圏論に関する解説的論文(サーベイ/チュートリアル)で、あまり長くないものというと、次はお勧めです。
- 題名:A Categorical Manifesto
- 著者:Joseph A. Goguen
- 分量:20ページ
- URL:http://citeseer.ist.psu.edu/goguen91categorical.html
- 題名:SHORT INTRODUCTION TO ENRICHED CATEGORIES
- 著者:Francis Borceux, Isar Stubbe
- 分量:28ページ
- URL:http://www.win.ua.ac.be/~istubbe/PDF/EnrichedCatsKLUWER.pdf
最近、もう1つ秀逸な記事を見つけました。「幼稚園児のための量子力学」を書いたボブ・クック(↓このニイチャン)*1による「物理系実務者のための圏論入門」(Introducing categories to the practicing physicist)です。
- 題名:Introducing categories to the practicing physicist
- 著者:Bob Coecke
- 分量:29ページ
- URL:http://web.comlab.ox.ac.uk/oucl/work/bob.coecke/Cats.pdf
その概要を紹介しましょう。
こんな構成
目次はこんなです。原文の見出し(括弧内に並記)は「なにが書いてあるのだろう?」と興味をひかせる短くそっけないもの。ネタばらしになりますが、多少意訳してみました。
- なぜ圏論なの? (Why?)
- 圏てなに? (What?)
- 圏はどこで見つかるの? (Where?)
- 量子とどう関係するの? (Quantum?)
- 他になにが必要? (Which?)
- どうやって量を測るの? (How much?)
- 重要な圏論的概念 (Key categorical concepts)
- 豊饒圏について少し (Enriched categories)
- 閉性と内部ホム (Logical closure)
- 圏論的行列計算 (Categorical matirix calculus)
- 圏論的量子性 (Categorical quantumness)
- 結語 (Conclusion)
どんなことがどう書いてあるか
一般的な圏論入門ではありません。題名のとおり、物理系の実務者向けの解説です。より具体的には、量子情報の圏論的定式化(Categorical Quantum Mechanics / Informatics)の基礎を紹介する目的で書かれています。物理的/工学的直感に訴えて、主要な道具であるモノイド圏(monoidal categories)とその変種をグイグイ・グリグリと語り尽くします。
物理が苦手な僕には、ピンとこないところもあるのですが、ボブ・クックの達者な話芸に「オオー、フムフム」と感嘆/感心することしきり。物理的バックグランドがない人にもお勧めできます。
全体に、語りは口語体つうか講義調で、早口でシャベリまくっている雰囲気(typoもあり)。そのため、先走りやギャップもあって、セルフコンテインドとは言い難いのですが、要所要所の説明はホントに巧みだし、具体例も豊富なので納得感/お得感がありますよ。絵や図もキレイだし、重要な定義に赤い枠をつけたりと、学習参考書みたいな工夫もしてあって、“早口さ”を気にしなければ、楽しくわかりやすいナイスなチュートリアルです。
量子力学に興味がなくても、モノイド圏、直積と直和(デカルト圏と余デカルト圏)、豊饒圏と内部ホム、閉圏、双積、コンパクト閉圏、強(ダガー)コンパクト閉圏などの諸概念の手短な解説として利用できます。
読みどころ
有限次元ヒルベルト空間の圏FdHilbが話題の中心なんですが、「4. 量子とどう関係するの? (Quantum?)」に、「FdHilbと集合の圏Setは似てないが、FdHilbと関係の圏Relは似てる。」という指摘があります。これは面白い。「なぜ似てるか」の内的メカニズムも示唆されています。
「5. 他になにが必要? (Which?)」は、徹底的に物理的概念を使ったモノイド圏の解説。ここはまったく見事な説明で、モノイド圏(の言葉)が、物理的システムとその操作(過程)を記述するための最も自然な言語だと思えてきます。
第5節の終わりから「6. どうやって量を測るの? (How much?)」にかけて、抽象スカラー(abstract scalars)を導入・説明しています。これは、スカラー(係数)の概念が、モノイド圏のなかで定義できるというハナシ。スカラー/ベクトル/テンソルなどの区別を事前・天下りにする必要はなくて、モノイド圏さえ与えられればそこから自然に導かれる概念(射の種別)だということ。この事実が、FdHilbとRelが似てる背景のひとつだし、結び目の量子不変量に関係したりします。
第6節以降、いろいろな圏論的諸定義を手早く導入し、第11節でアブラムスキー/クック流の量子力学(Kindergaten quantum mechanics)を少しだけ展開。道具はお絵描き計算(graphical/pictorial/diagrammatic calculus/calculation)*2。量子テレポーテーションもヤンキング(引っ張ってほどく操作↓)の"trivial application"なんだそうです。
僕は、ベル状態(Bell state)とか言われてもなんのことだか分からないので、ヤンキングの物理的意味は実感できない、あー残念。
それで
第4節のFdHilbとRelが似てるという話、それと第6節の抽象スカラーはとても興味深いので、多少アレンジしていつか(?)ネタにするかもしれません。
[追記]「『物理系実務者のための圏論入門』への補遺+檜山の戯言」もご覧下さい。[/追記]
*1:"Coecke"は「クック」と読むのだろうと推測した事情はhttp://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20060811/1155276617を参照。
*2:http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20060712/1152672819で、「絵算」という訳語を提案してます。