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参照用 記事

ヒンティッカ集合のunderstanding

丸山善宏さんの「圏論的双対性の理論入門」と understanding conferrability」で紹介した丸山さんの言葉によれば、understandingとは「単なるexplanationを超え出た」納得感ということになります。

とあるきっかけで、3ヶ月前くらいにヒンティッカ集合(Hintikka set)について考えたことがあります。現時点で、ヒンティッカ集合がなんであるかのexplanationは出来そうですが、「understandingに至っているか? understandingを与えられる(understanding conferrable)か?」というと、ダメですね。納得感は持ってないです。そのへんの事情を書くのも無駄ではあるまい(少なくとも自分自身の整理のために)、と、以下に記します。

ヒンティッカ集合とは

まずはヒンティッカ集合の定義を述べます。

閉じた論理式(命題とも呼ぶ)の集合をPとします(propositionからP)。もちろん、Pが確定するには論理式の構文の定義が必要ですが、常識的な構文が定まっているとします。常識的とは、∧、∨、¬、∀、∃ の記号が普通に使える、ということです。

Uは個体の集合とします。Uの要素(=個体)に対応する定数記号は論理式の構文に入っているとします。ここでは、“Uの要素”と“それに対応する定数記号”を同一視して、Uが定数記号の集合だとみなしてしまいましょう。論理式Aのなかに出現する自由変数xを固体(=定数記号)aで置き換えた論理式を A[a/x] と書きます。

以上の準備のもとで、Pの部分集合Hがヒンティッカ集合であるとは、次が成立することです。

  1. (A∧B)∈H ならば、A∈H かつ B∈H
  2. (A∨B)∈H ならば、A∈H または B∈H
  3. (∀x.A)∈H ならば、任意の a∈U に対して A[a/x]∈H
  4. (∃x.A)∈H ならば、とある a∈U に対して A[a/x]∈H
  5. A∈H かつ (¬A)∈H ということはない。

命題論理しか考えないときは、∀と∃に関する条件は不要です。また、∀と∃に関する条件も、無限個かもしれない連言(∧)と選言(∨)とみなせます。特に個体領域Uが有限集合なら、∀と∃に関する条件は∧と∨に関する条件に吸収できます。

条件を眺めると、「Hに属する複合論理式に対して、その根拠となるような命題(部分式や具体化)はHに入っている」ということですね。最後の条件は、命題の集合Hが矛盾してないことです。次の形に書いても同じことです。

  • A∈H ならば、 (¬A)∈H ではない。

[追記 date="2013-11-16"]以下に述べる「Hが矛盾してないことは、H≠P」は、ヒンティッカ集合ではなくてセオリーに関する性質です。よって、次の節である「セオリーとヒンティッカ集合」に書くのがふさわしい内容でした。[/追記]

矛盾を表す記号を⊥として、次の二つの推論規則があるならば、Hが矛盾してないことは、H≠P とも書けます。

A ¬A
---------



---------
B (Bは任意の論理式)

以上がヒンティッカ集合の定義ですが、「なぜヒンティッカ集合を考えるのか?」という問に、「技術的に必要だから」と答えてもunderstandingには繋がらないでしょう。

セオリーとヒンティッカ集合

ヒンティッカ集合の定義は、セオリー(形式的理論、定理集合)の定義の“逆”のように思えます。ここで“逆”とは、条件の前提と結論がひっくり返っているという意味です。

Pの部分集合Tがセオリーであるとは、次が成立することです。

  1. A∈T かつ B∈T ならば、(A∧B)∈T
  2. A∈T または B∈T ならば、 (A∨B)∈T
  3. 任意のa∈U に対して A[a/x]∈T ならば、(∀x.A)∈T
  4. とある a∈U に対して A[a/x]∈T ならば、(∃x.A)∈T
  5. A∈T かつ (¬A)∈T ということはない。

セオリーは推論に関して閉じた集合です。例えば、「A∈T かつ B∈T ならば、(A∧B)∈T」ということは、次の推論規則に関して閉じていることです。

A B
-------[∧導入]
A∧B

セオリーは通常、公理系として選んだ命題の集合から生成されます。これは、公理系をベースとして、推論をどんどん適用して、これ以上は大きくできないギリギリのところまで膨らました(だがそれ以上は膨らませない)集合です。

ヒンティッカ集合は、推論規則の逆の規則に関して閉じています。通常の推論を前方推論(forward reasoning/inference)と呼ぶなら、後方推論(backward reasoning/inference)と呼べるものです。例えば、連言(∧)に関しては次の規則が後方推論規則です。

A∧B
-------[∧分解]
A B

これから言えることは、ヒンティッカ集合は後方推論(逆推論、分解)に関して閉じた集合であることです。

納得できるか?

「セオリーは前方集合で閉じた集合、それに対してヒンティッカ集合は後方推論に対して閉じた集合」という事実は、理解・納得に多少は貢献しますが、決定的ではないですね。

ヒンティッカ集合に関する一番重要な性質は、次のヒンティッカの定理(ヒンティッカの補題)でしょう。

  • ヒンティッカ集合は充足可能である。

ヒンティッカ集合に属するすべての命題を真にするモデルが作れる、ということです。これから、ヒンティッカ集合は実際的に意味がある(存在が許される)概念を記述していると解釈できます。そうだとしても、そんなに納得感はないなー。

おそらくは、前方推論と後方推論の関係、セオリーとヒンティッカ集合の関係がもっとハッキリすれば、納得=understandingに近づくのでしょう。