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参照用 記事

マイクロコスモ原理と逆帰納ステップ

最近、高次圏の話をいくつか書いてますが、高次圏そのものに興味を持ったというより、高次圏と向き合わざるを得ない感じなのです。

マイクロコスモ原理の問題がけっこうシリアスで、なんとか回避したいのですが、どうもスッキリとは解決できないんです。仏教に帰依しようか … なんてね。

内容:

マイクロコスモ原理

過去に何度か触れてますが、もう一度、マイクロコスモ原理の短い説明を引用しておきます。

https://ncatlab.org/nlab/show/microcosm+principle

Microcosm principle: Certain algebraic structures can be defined in any category equipped with a categorified version of the same structure.


マイクロコスモ原理: 特定の代数構造は、その代数構造を圏化した構造を備える圏のなかで定義可能である。

マイクロコスモ原理を素朴に解釈すれば、ある代数構造の定義をしたいときに、その構造の圏化〈categorification〉を際限なく続けなくてはならず、結局は何も定義できないように思えます。次の記事に、「これは怖い」と書きました。

マイクロコスモ原理では、構造を載せる対象物と、その対象物が棲んでいる環境が出てきます。対象物は圏論的意味での対象〈object〉で環境は圏〈category〉です。この「対象と圏」という関係が繰り返し繰り返し現れます。

高次圏: 複雑さの3つ目の方向と相対階数」において、「対象と圏」の関係を表すために'∈0'という記号を導入しました。X ∈0 Y は、X∈|Y| と同じ意味です。

直感的かつ素朴に考えてみると、次のような所属関係の系列(「所属関係の系列」も、「高次圏: 複雑さの3つ目の方向と相対階数」で定義しています)がありそうです。

  • 対象 ∈0 圏 ∈0 圏の圏 ∈0 圏の圏の圏 …

マジメに考えると、この系列を構成することは難しいのですが、素朴な発想のまま話を続けます。

代数構造の事例としてモノイド構造を考えます。モノイド構造を持った対象はモノイド対象と呼んでいいでしょう(実際にそう呼びます)。形容詞「モノイド」を同様の意味で使うと:

  1. モノイド対象
  2. モノイド圏
  3. モノイド(圏の圏)
  4. モノイド(圏の圏の圏)

といったモノイド・ナントカ達が出現します。「モノイド(圏の圏)」という書き方をしたのは、「(モノイド圏)の圏」と区別するためです。「圏の圏」にモノイド構造が載ったものが「モノイド(圏の圏)」で、「モノイド圏」達を対象とする圏は「(モノイド圏)の圏」です。

モノイド構造に対してマイクロコスモ原理を適用すると:

  1. モノイド対象を定義するには、モノイド圏の定義が必要である。
  2. モノイド圏を定義するには、モノイド(圏の圏)の定義が必要である。
  3. モノイド(圏の圏)を定義するには、モノイド(圏の圏の圏)の定義が必要である。

いったいどうすりゃいいんじゃい?! となります。

無限後退は回避されるのか

僕が当初抱いた感想は、「実際にはモノイド対象が定義できているのだから、何らかのメカニズムで無限後退は抑えられているのだ」というものです。「何らかのメカニズム」がハッキリすれば、恐怖も不安も解消されるはずです。

「何らかのメカニズム」として、自然的と人為的の二種類がありそうに思えました。

  1. 自然的: マイクロコスモ原理に従って、圏化の階層を昇る(所属関係の系列を右に行く)と、そのうち自然に圏化のプロセスが止まってしまう。
  2. 人為的: 圏化のプロセスを、人為的に(強制的に)やめる。しかし、人為的中断には合理的な根拠がある。

自然に階層(所属関係の系列)が止まるのが望ましい解決です。なので僕は、マイクロコスモ原理が適用できなくる地点があって、そこで階層が自然に止まることを期待していました。もし自然に止まらなかったら? 階層の適当なところでマイクロコスモ原理の適用を強制的にやめる算段を検討するしかないでしょう。

マックレーンの五角形で試してみると

モノイド構造の事例で、「マイクロコスモ原理が適用できなくる地点」を探してみましょう。それをやってみたのが次の記事です。(「マイクロコスモ原理の恐怖」にも概要は書いてあります。)

以下では、すぐ上に引用した記事とほぼ同じ記法を使いますが、ひとつ変更します。モノイド圏Cの単位対象を1(太字のイチ)で表し、唯一の対象と恒等射からなる自明圏はI(太字の大文字アイ)で表します。

Cは小さい圏だとして、Cにモノイド構造を載せます。構造を載せる対象物であるCは、圏の圏Catという環境に棲んでいます。Catの対象〈0-射〉であるCの上の構造は、Cat内の1-射(関手)や2-射(自然変換)を使って定義されます。それら、構造を定義するための1-射、2-射は:

  • 1-射 I = IdC : CC  ― 恒等関手
  • 1-射 Y = \otimes : C×CC  ― モノイド積二項関手
  • 1-射 i : IC  ― 単位対象を識別するポインティング関手
  • 2-射 α :: YI*Y⇒IY*Y : C×C×CC  ― 結合律子自然変換
  • 2-射 λ :: iI*Y⇒I : CC  ― 左単位律子自然変換
  • 2-射 ρ :: Ii*Y⇒I : CC  ― 右単位律子自然変換

そして、これらの素材からの(Cat内に拡がる)構成物を支配する法則として、マックレーンの五角形と三角形があります。今は五角形のほうに注目しましょう。

マックレーンの五角形をインデックスなしの等式で表す」では、マックレーンの五角形を3-射として記述しました。

  • 3-射 penta ::: YII*α ; IIY*α ≡> αI*Y ; IYI*α ; Iα*Y :: YII*YI*Y ⇒ IIY*IY*Y : C×C×C×CC

2-圏であるCatの3-射とは等式なので、次のように書けます。

  • 等式 YII*α ; IIY*α = αI*Y ; IYI*α ; Iα*Y :: YII*YI*Y ⇒ IIY*IY*Y : C×C×C×CC

等式の両辺である自然変換は同じプロファイルを持っていて、そのプロファイルは次です。

  • YII*YI*Y ⇒ IIY*IY*Y : C×C×C×CC

実は、ここの記述が不正確です。僕だけでなく、ほとんど常に不正確に書かれています。「ごまかしている」と言われかねない状況です。

上記のプロファイルが意味を持つには、次が要求されます。

  • dom(YII*YI*Y) = dom(IIY*IY*Y) = C×C×C×C

よく考えてみると、この等式は成立していません(次節で詳述)。なので、何らかの補正をしないと、マックレーンの五角形に関する記述の根底が崩れて無意味になります。左右の単位律子やマックレーンの三角形も不正確で、先に挙げたままではダメです。

五角形の等式を検証

前節の最後の等式:

  • dom(YII*YI*Y) = dom(IIY*IY*Y)

'*'は関手の結合を意味するので、

  • dom(YII*YI*Y) = dom(YII)
  • dom(IIY*IY*Y) = dom(IIY)

となります。よって、次の等式を吟味すればいいでしょう。

  • dom(YII) = dom(IIY)

直積の記号'×'を省略しているので、ちゃんと書くと:

  • YII = (Y×I)×I
  • IIY = (I×I)×Y

I = IdC : CC であり、Y = \otimes : C×CC だったので、

  • dom(YII) = (dom(Y)×dom(I))×dom(I) = ((C×CCC
  • dom(IIY) = (dom(I)×dom(I))×dom(Y) = (C×C)×(C×C)

以上より、等式 dom(YII*YI*Y) = dom(IIY*IY*Y) は、 等式 ((C×CCC = (C×C)×(C×C) と同値です。しかし、((C×CCC = (C×C)×(C×C) は成立しません。等式ではなくて:

  • ((C×CCC \stackrel{\sim}{=} (C×C)×(C×C)

この同型を与えるのは、Catが備えている直積×に関する結合律子です。Cの結合律子α(Cat内の2-射=自然変換)と区別するために、太字のαを使うと、直積×に関する結合律子αは:

  • α :: (×)×IDCat×IDCat ; (×)×IDCat ; (×) ⇒ IDCat×IDCat×(×) ; IDCat×(×) ; (×)

'×'は、Catが棲んでいる環境が備えている直積の記号です。結合の記号';'も、上記の式内では環境における2-射の縦結合を意味します。

さて、「圏の圏Catが棲んでいる環境」とはいったいどこでしょう? Catは厳密2-圏なので、「(厳密2-圏)の圏」が環境でしょう。しかし、Catは大きな厳密2-圏なので、「(小さな厳密2-圏)の圏」ではダメです。「(必ずしも小さくない厳密2-圏)の圏」をs2-CATとしましょう。このs2-CATが「圏の圏Catが棲んでいる環境」と考えてよさそうです。つまり、

  • Cat0 s2-CAT

モノイドの定義が先送りされる構造

Cの対象のひとつをAとすると、Aから始まる所属関係の系列があります。

  • A ∈0 C0 Cat0 s2-CAT

この系列に沿って、マイクロコスモ原理は次のように適用されます。

  1. 対象Aのモノイド構造は、圏Cのなかで定義される。Cのモノイド構造が必要。
  2. Cのモノイド構造は、圏の圏Catのなかで定義される。Catのモノイド構造が必要。
  3. 圏の圏Catのモノイド構造は、圏の圏の圏s2-CATのなかで定義される。s2-CATのモノイド構造が必要。

定義に必要な射を表にまとめると:

環境 A C Cat s2-CAT
構造の0-射      1, A I, C J, Cat
構造の1-射 m, e \otimes, i ×, i
構造の2-射 as, lu, ru α, λ, ρ α, λ, ρ
構造の3-射 penta, tri penta, tri
構造の4-射
  • 1は、モノイド圏Cの単位対象です。
  • as, lu, ruはそれぞれ、結合律、左単位律、右単位律の等式です。
  • J∈|s2-CAT| は、唯一の対象と恒等射と恒等2-射からなる自明な厳密2-圏です。
  • α, λ, ρ は、α, λ, ρ と同様な役割を持つs2-CATの2-射です。
  • penta, tri は、penta, tri と同様な法則を表すs2-CATの3-射です。

モノイド構造には、二項演算である乗法と、無項演算(定数)である単位があります。それがどのようになっているかを示します。

  • 対象Aの上のモノイド構造: m:A\otimesA→A, e:1→A in C
  • の上のモノイド構造: \otimes:C×CC, i:IC in Cat
  • 圏の圏Catの上のモノイド構造: ×:Cat×CatCat, i:JCat in s2-CAT

Cat×Cat」の×は上の表には出てこなくて、圏の圏の圏s2-CATが棲んでいる環境(圏の圏の圏の圏)のなかの1-射(関手)です。この×のプロファイルは、×:s2-CAT𝕏s2-CATs2-CAT のようになり、さらにs2-CATの環境の環境(圏の圏の圏の圏の圏)のなかの1-射である直積𝕏を要求します*1

もうお分かりと思いますが、「自然に階層(所属関係の系列)が止まる」ことは期待できそうにありません。「環境の環境の…」として「圏の圏の…」がいくらでも出現してしまいます。

ひとつ注意事項を加えます。上の表のなかの「?」についてです。s2-CATは3-圏になるので、3-射は等式(恒等3-射)以外にも在ります。もし、等式を可逆3-射に弱めると、可逆3-射であるpentatriを統制する法則としての4-射、つまり3-圏s2-CATのなかの等式が必要でしょう。その等式が不明なので「?」を入れています。

楽観的な見通しとしては、「?」は不要かと思います。3-圏s2-CATの全体は不要で、3-射を削り落として2-圏とみなしたs2-CAT(2)を考えて、penta, tri はやはり等式として扱うのです。所属関係の系列が伸びていっても、圏の次元は2よりは上がらない(上げる必要がない)だろう、と楽観視してます。けど、モノイド圏を弱化した構造も意味があるとは思います。

帰納ステップ

数学的帰納法には、ベースとステップがあります。自然数kを含む命題P(k)があるとき、「P(k)ならばP(k + 1)」の形が帰納のステップです。k = 0 と置いたベースP(0)とステップが一緒になると、任意の自然数nに対するP(n)が成立します。

さて、「P(k + 1)ならばP(k)」という形の命題を考えます。帰納ステップと逆*2なので帰納ステップと呼びましょう。

マイクロコスモ原理の状況では、逆帰納ステップ形式の命題が現れます。A ∈0 C0 Cat0 s2-CAT のような所属関係の系列に対して、基準を決めて相対階数(「高次圏: 複雑さの3つ目の方向と相対階数」参照)を導入します。左端のAを基準として、相対階数が 0, 1, 2, ... と自然数になるようにしましょう。こうやって決めた相対階数を、一時的に単に階数と呼びます。

所属関係の系列をひとつ固定して(例えば、A ∈0 C0 Cat0 s2-CAT0 …)、「階数rの対象物にモノイド構造が定義できる」という命題を考えます。この命題をQ(r)とします。

  1. Q(0) ⇔ 階数0の対象物にモノイド構造が定義できる
  2. Q(1) ⇔ 階数1の対象物にモノイド構造が定義できる
  3. Q(2) ⇔ 階数2の対象物にモノイド構造が定義できる

マイクロコスモ原理は、「Q(r)であるためにはQ(r + 1)を要求する」なので「Q(r + 1)ならばQ(r)」の形で逆帰納ステップになります。

帰納ステップの形の命題では、Q(r)の成立をQ(r + 1)に先送りすることになります。今の場合は、rが階数を表すので、ひとつ上の階数へと先送りします。階数が上がると外の環境へ・外の環境へと階層を昇るので、逆帰納ステップは、事物に関する命題の記述を環境の構造に依存させる形になります。

普通に考えれば、逆帰納ステップの命題を与えられてもどうにもなりません、何も言えません。

帰納ステップを止める手段

rが自然数全体を動くとして、「Q(r + 1)ならばQ(r)」の形の逆帰納ステップがまったく無意味とは思いません。不動点や終対象は、そのような状況に意味を与えてくれることがあります。しかし、今考えている「Q(r) ⇔ 階数rの対象物にモノイド構造が定義できる」の文脈では、rを無限に大きくしていくことは(僕には)考えにくいです。

有限な自然数Nに対してQ(N)を確定させて、逆帰納ステップを止めることを考えます。どうやって止めるか? 考えられる候補は次のようなものでしょう(他にも在るかも知れないけど)。

  1. Q(N)は、経験的・直観的*3に明らかだとする。
  2. Q(N)を、より単純で強い命題に置き換えてしまう。
  3. Q(N)の証明を、圏論から離れて別な方法で行う。

それぞれの手段をより具体的にみていきましょう。

まず、「経験的・直観的に明らかだとする」とは、階数Nの環境は熟知しているので、それ以上の形式化は不要だと判断することです。A ∈0 C0 Cat0 s2-CAT0 … の例では、階数2のCat内の現象は十分に知っているから、そこから外には出ないと決めることです。これは、「マイクロコスモ原理の恐怖 // どうやって無限後退を避けるか」でも書いた方法です。

「より単純で強い命題に置き換える」は、環境となる圏が備える直積(デカルト・モノイド積)を厳密だと仮定することです。実際には、直積は厳密モノイド積じゃないことが多いのですが、厳密モノイド積だと仮定しても不都合はないだろう、と考えます。暗黙にこの方法が使われている例は多そうです。ほんとに不都合がないことを示すには、厳密化定理が必要です。厳密化定理の定式化に現れるモノイド圏の定義をどうするか? で、また循環に陥〈おちい〉りそうな気配もあります。

最初の方法で、Catは十分に知っているから、そこから外には出ないことにしました。十分に知っている根拠が経験と直観だというのが気になるなら、Cat集合論のなかで具体的に定義して、集合論的対象物として処理する方法があります。おそらくこれが標準的な方法だと思います。

内部からの視点だけで処理すること

マイクロコスモ原理から逆帰納ステップの形の命題が生じます。この逆帰納ステップが自然に止まることはないので、どこかで人為的に止める必要があります。前節で止める方法(の候補)を述べました。

正直なところ、心情的にあまりスッキリしません。しかしいずれにしても、ある環境のなかでの自己充足的な処理は必要です。環境の外に出ることはしないで、すべての事をその環境内の道具だけで遂行します。もはやそれ以上は外に出られない環境を、ワーキング宇宙(のトップレベル)という言葉で表現したことがあります。

世界を外から見られる視点と世界のなかだけしか見えない視点、それらの相互関係を正確に把握することが肝なんだと思うのですが、なかなかに難しい。

大乗仏教中観派と一般モデル理論」で紹介したダイアコネスクは、中観派〈ちゅうがんは〉思想に傾倒している様子でしたが、確固たる基礎が望めないような階層的世界の解釈には仏教が相性がいいのかも知れません。でも、僕の仏教との接点は法事とお墓参りくらい、ですね。

*1:記号'𝕏'は、黒板太字(blackboard bold)のエックスです。ユニコードのU+1D54Fの文字です。

*2:逆は、含意命題の前件と後件が入れ替わっていること。

*3:直感と直観は意味が違うらしいんだけど、辞書引いてもその後すぐに忘れます。