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参照用 記事

双対ベクトル空間、もう少し知っておいたほうがイイカモ

昨日「双対ベクトル空間、これくらい知ってればイインジャナイ」という記事を書きました。これは、後で参照する目的があったのですが、その目的にはちょっと足りないかな、と思うので補足します。新しい内容を追加するというよりは、別な観点から眺めたりまとめたりです。

説明の重複を避けるため、「双対ベクトル空間、これくらい知ってればイインジャナイ」へのリンクが含まれます。必要があればリンクをたどってください。

出現するベクトル空間はすべて、R上の有限次元ベクトル空間です。

内容:

双対ペアの三つ組形式と四つ組形式

双対ペアは、2つのベクトル空間 X, Y と非退化双線形形式 φ:Y×X→R から構成されます。R値の双線形写像を双線形形式と呼ぶ習慣があります。φの域〈domain〉がX×YじゃなくてY×Xなのは行きがかり上です、意味はありません。

双対ペア (X, Y, φ) に対して、p:X→Y* と q:Y→X* を次のように定義します。

  • p := φ : X→Y*
  • q := φ : Y→X*

無名ラムダ変数(ハイフン)を使って簡略に書けば:

  • p(x) := φ(-, x)
  • q(y) := φ(y, -)

今、φからp, qを定義しましたが、それとは逆に、先にp, qが与えられていて次を満たすとします。

  1. p:X→Y*単射
  2. q:Y→X*単射
  3. p(x)(y) = q(y)(x)

この設定から、φ(y, x) := p(x)(y) (あるいは φ(y, x) := q(y)(x))と定義すると、φは非退化双線形形式になります。つまり、(X, Y, φ) が随伴ペアになります。

以上から、双対ペアを (X, Y, φ) と定義しても、(X, Y, p, q) と定義しても同じことです。(X, Y, φ) の形を三つ組形式〈triad form〉、(X, Y, p, q) の形を四つ組形式〈tetrad form〉と呼ぶことにします。三つ組でも四つ組でも同値なので、必要に応じて相互に変換して議論します。

シャーとジェー

Rnを、ベクトル空間としてのユークリッド空間*1とします。R0 = {0}, R1 = R とします。

ユークリッド空間はもっとも馴染み深いベクトル空間であり、ベクトル空間全体のなかでも特別な地位にあります。その特別性のひとつに、自分自身とペアを組んだ標準的な双対ペアが定義できることがあります。

(Rn, Rn, (-|-)) を内積空間ペアとします。ここで、(-|-)はRn内積で、次のように定義されます。

  • (y|x) := y1x1 + ..., + ynxn

(-|-) をユークリッド空間の単純内積〈simple inner product〉、標準内積canonical inner product〉と呼びます。

(Rn, Rn, (-|-)) を四つ組形式で表しましょう。定義に従えば:

  • p(x) := (-|x)
  • q(y) := (y|-)

内積は対称なので (-|x) = (x|-)、したがって p = q : Rn→(Rn)* です。このpをШnと書くことにします。

  • Шn(x) := (-|x) = (x|-) : Rn→(Rn)*

特に n = 1 の場合は、'×'を実数の普通の掛け算として、

Ш1 := λa∈R.(λx∈R.(a×x : R) : Lin(R, R))

あるいは簡略に:

  • Ш1(a) := (a×-) : RR

文字'Ш'はキリル文字のシャー〈Sha〉です*2。固有名詞として使うんで、他の文字とバッティングが起きないように珍しい文字を選びました。この Шn:Rn→(Rn)* を使うと、標準内積を備えたユークリッド空間の双対ペアの四つ組形式は次のようになります。

  • (Rn, Rn, Шn, Шn)

次に、内積ではなくて標準的なスカラー積〈ペアリング〉による標準双対ペアを考えましょう。(X, X*, <-|->) ですね。これを四つ組形式で表現する場合、p:X→(X*)*, q:X*→X* は次のようになります。

  • p(x) := <-|x> : X*R
  • q(y) := <y|-> : X→R

pはゲルファント変換 x|→x^ であり、qは恒等写像 y|→y です。ベクトル空間Xのゲルファント変換ЖX、恒等写像をidXと書けば:

  • p = ЖX
  • q = idX*

文字'Ж'はキリル文字のジェー〈Zhe〉です*3。以下、ゲルファント変換を表す固有名詞としてЖを使います*4

ЖX:X→X** を使うと、標準双対ペアの四つ組形式は次のようになります。

  • (X, X*, ЖX, idX*)

線形写像Ш〈シャー〉やЖ〈ジェー〉は、表立って取り上げられることがないのですが、暗黙に使ってしまうことにより、話が曖昧になったり意味不明になることがあるので、Ш, Жをちゃんと意識することにします。

[追記]有限次元ベクトル空間Xに対して、ЖX:X→X** は常に定義できます。しかし ШX:X→X* は、一般的には定義できません。Xが内積空間なら、同型写像ШXを定義できます。また、ШX:X→X*から内積を再現できます。[/追記]

「双対空間」の3つの用法

双対ベクトル空間、これくらい知ってればイインジャナイ」に加えてこの記事を書いた主たる理由は、形容詞「双対」の意味と使い方に注意を促したかったからです。線形代数に限定しても、形容詞「双対」の意味が色々あって、なかには通常の意味とまったく違った用法もあります。

まずは、空間(ベクトル空間のこと)に付ける形容詞「双対」の意味から。「双対空間」の意味するところは:

  1. 標準双対空間を「双対空間」と呼ぶ
  2. ペアにおける役割としての「双対空間」
  3. ペアにおける相方を意味する「双対空間」

ベクトル空間Xに対して、X* := Lin(X, R) で定義されるベクトル空間を双対空間と呼びます。一番多い用法です。これはいいですね(オワリ)。

(X, Y, φ) が双対ペアのとき、Yをこのペアにおける双対空間と呼びます。このときの「双対空間」は、ペア内での役割を指しています。Xを注目する空間(主要空間)とみなしたときの、Yの役割が双対空間です。

ただし、Xがエライとか、Xが先に存在するとかではなくて、ペアにおけるXとYは対等です。単に2つの役割を担っているだけです。漫才コンビにボケとツッコミの役割があるのと同じです。

漫才コンビと言えば立ち位置があります。客席から見て右か左かということです。漫才の場合、役割と立ち位置に関係性はありません(「圏論の随伴をちゃんと抑えよう // 左と右を忘れるんだが」参照)。今使っている双対ペアの記法 (X, Y, φ) においては、一番目の空間が主要空間の役割、二番目の空間が双対空間の役割に固定しています。したがって、

  • 出現位置(立ち位置)が一番目なら、役割は主要空間
  • 出現位置(立ち位置)がニ番目なら、役割は双対空間

僕の記事のなかでは、役割としての主要空間〈primary space〉/双対空間〈dual space〉という言葉は使わないことにします。代わりに、第一空間〈first space〉、第二空間〈second space〉と呼びます。

形容詞「双対」の三番目の用法は、ペアにおける相方〈partner〉を指す場合です。

  • Xに対して、Yを「Xの双対空間」と呼ぶ。
  • Yに対して、Xを「Yの双対空間」と呼ぶ。

単純に、相方/相棒と同義語です。

これらの「双対」の用法に対して、僕の記事では次の言葉を使います。

意味 檜山の記事内では
標準双対空間 標準双対空間
役割としての双対空間 第ニ空間
相方を意味する双対空間 相方空間

「双対写像」の3つの用法

写像(線形写像)に付ける「双対」も幾つかの用法があります。

  1. 標準双対写像を「双対写像」と呼ぶ
  2. ペアの準同型写像における役割としての「双対写像
  3. ペアの準同型写像における相方としての「双対写像

f:X→Y が線形写像のとき、一意的に f*:Y*→X* が決まります。「双対ベクトル空間、これくらい知ってればイインジャナイ // 双対線形写像」では、このf*を単に(fの)双対写像と呼んでいます。標準双対空間のあいだに(逆向きに)誘導される写像なので、標準双対写像canonical dual map〉と呼ぶほうがより正確でしょう。

(f, g):(X, Y, φ)→(X', Y', φ') を双対ペアのあいだの準同型写像とします。このとき、第二空間Y'から第二空間Yへの(向きに注意)は、ペアの準同型写像の双対パートと言えます。役割としての双対空間から、役割としての双対空間への写像だから、役割としての双対写像と言っていいでしょう。しかし、僕の記事では、この意味で「双対写像」を使うことはなく、単に(準同型写像の)第二写像〈second map〉と呼びます。

双対ペアのあいだの準同型写像は、2つの線形写像のペア (f, g) として記述しますが、写像ペアのどちらか一方が決まればもう一方は自動的に決まります。この様子を見るには、四つ組形式 (X, Y, p, q), (X', Y', p', q') のほうが便利です。

  • f:X→X' に対して、gは、g := q';f*;q-1 : Y'→Y として定まる。
  • g:Y'→Y に対して、fは、f := p;g*;p'-1 : X→X' として定まる。

第一写像fに対する g = q';f*;q-1 を、fの随伴写像〈adjoint map〉と呼び、fと書くのが習慣です。第二写像gに対する f = p;g*;p'-1 も、相方という意味でgの随伴写像と呼んでもよさそうですが、既存の用法とはズレる気がします。「随伴」という言葉には、単純に「相方」「もう一方」という意味だけでなく、役割も絡んでいるようです。

「右随伴」「左随伴」を使う案もありますが、左右を使うと覚えにくくて困ります。ここでは、第二写像gに対して決まる第一写像fを、gの余随伴写像〈co-adjoint map〉と呼んでおきます。記法は、g とします。現実的にも、随伴写像 f と余随伴写像 g は区別したほうがいいことがあります。

意味 檜山の記事内では
標準双対写像 双対写像
役割としての双対写像 第二写像
相方を意味する双対写 随伴写像/余随伴写像

その他イレギュラーな「双対」の用法

ここまで、形容詞「双対」の用法をある程度は区別するために、次の用語を導入しました。

  1. 標準双対空間 X*
  2. (ペアの)第二空間 Y
  3. (ペアにおける)相方空間 Xに対するY, Yに対するX
  4. 標準双対写像 f*(以下、これを単に双対写像と呼ぶ)
  5. 準同型写像の)第二写像 g
  6. (ペアにおける)随伴写像 fに対する f
  7. (ペアにおける)余随伴写像 gに対する g

これらのどれにも当てはまらない状況でも「双対」を使うことがあります。それは、「双対基底」、「双対フレーム」、「双対座標」などで使っている「双対」です。これらの用法における「双対」は「逆随伴 = 随伴写像の逆写像」の意味です。

古典的(古式な)微分幾何・ベクトル解析で逆随伴が出てくるのですが、逆随伴であることが指摘されることがないので、例によって記法と計算手順だけ示されて、実体/実状はモヤンモヤンなんですよね。その話は次の機会に(その話をしたかったのですが、これで準備は出来たと思います)。

*1:ユークリッド空間」って何? と思ったら、「ユークリッド空間って何なんだろう?」「奇妙なユークリッド空間とデカルト構造」を参照。

*2:手書きするときは、「川」の字の下に横棒引けばいいかと思います。正確な書き方知らないけど。

*3:手書きするときは、エックス(またはバッテン)に縦棒を重ねればいいかと思います。正確な書き方知らないけど。

*4:ベクトル空間の二重の双対はどうなるか」では、(自然変換としての)ゲルファント変換をギリシャ文字大文字Θで表しています。