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多様体上のベクトルバンドルの接続と平行移動

多様体上で「ベクトルの平行移動」を定義して、それに基づいて共変微分を定義するのは、よく使われる普通の定式化です。平行移動と共変微分を繋ぐのは、「無限小の平行移動」という概念です。この「無限小の平行移動」のハッキリとした定義はあまり見かけませんし、僕はズーっと腑に落ちないままでした。

「無限小の平行移動」を経由して共変微分にうまく連絡できる形で「ベクトルの平行移動」を定義できないものでしょうか。

内容:

アダム・マーシュのリーマン幾何のテキスト

アダム・マーシュが、リーマン幾何のテキスト(教育目的の解説論文)を書いています。

最初に投稿されたのは2014年ですが、最新のアップデートは2019年2月27日、最近です。

主に物理で使うことを想定して、必要なことがコンパクトにまとまっています。70ページ中30ページは付録で、予備知識の要約になっています。先に付録に目を通してから本文を読んだほうがスムーズに読めるでしょう。

このテキストの特徴は、タイトルにも"Pictures"とあるように、絵が豊富にあることです。絵を使った直感的な説明は秀逸です。それでいて、概念や記法はモダンです。誤解や混乱しそうなポイントへの配慮も行き届いています。

マーシュ論説の最初の話題はベクトルバンドル(主に接バンドル)の接続〈connection〉です。接続が次の順序で導入されています。

  1. パス〈道〉に沿ったベクトルの平行移動〈parallel transport〉
  2. ベクトル場の共変微分〈covariant {derivative | differential}〉
  3. 接続1-形式〈connection 1-form〉

ベクトルの平行移動が最初にあるのは、「これが一番分かりやすい」という判断からでしょう。ベクトル場の共変微分は、ベクトルの平行移動から定義しています。が、平行移動の話と共変微分が、あまりうまく繋がってないように思えます。

マーシュのテキストの目的からして、直感的理解が優先であり、細かい所を突っ込むのは野暮でしょうが、昔から気になっていたことなので、平行移動から共変微分への流れを詮索してみます。比較的に直感的な描像であるベクトルの平行移動を、チャンと定義するのはけっこう面倒なのが分かります。

ベクトルの平行移動

次は、マーシュの論説の3ページ目にある絵です。

地球の表面の1/8が描かれていると思ってください。点pは、赤道と子午線が交わる点(アフリカ沖)だとしましょう。Bは、赤道に沿って、地球を1/4周するパスです。C1は、赤道からグリニッジを通って北極に向かうパスです。北極で90度向きを変えて赤道に向かって降りるのがC2です。カナダ→アメリカ→メキシコを通って、太平洋上の点qに到達します。

パスBに沿ってベクトルwをqまで平行移動した結果が ‖B(w) です。ここで、'‖B'は、「パスBによる平行移動」を表す記号です。パスC1、続いてパスC2に沿ってベクトルwをqまで平行移動した結果が ‖C(w) です。Cは、C1とC2を連接〈concatenate〉したパスのことです。ベクトルの平行移動は、移動するパスに依存するので、点qにおけるベクトル ‖B(w) と ‖C(w) は異なるベクトルになっています。

任意のパスと、パスの始点にあるベクトルに対して、パスに沿った平行移動が定義されていれば、異なる点にあるベクトルの差をとることができます。ごく近い2点に置いてあるベクトルの差をとって小さな数で割れば“微分”が定義できそうです -- これが共変微分のアイデアです。

ベクトルバンドルのIso圏

2009年に次の記事を書きました。

上記記事のなかで、次のように述べています。

接続が与えられたベクトルバンドルは、「底空間の道の圏」から「ベクトル空間の圏」への関手だったんですね。

マーシュの論説でも、(圏の言葉を使ってませんが)ほぼ同じ定式化をしています。多様体Mの2点p, qに対して、pからqに至るパスCがあると、Cに「点pにあるベクトル空間から点qにあるベクトル空間への線形写像」を対応させるメカニズムとして平行移動を導入しています。

平行移動は「パスの圏からの関手」という見方は間違いではありませんが、そこから「無限小の平行移動」までたどり着くのは大変です。ショートカットのためになんらかの変更や追加が必要になります。そうだとしても、ベクトルバンドルから作られた「ベクトル空間と線形写像の圏」はやはり使うので、以下で定義しておきましょう。

Mはなめらかな多様体で、π:E→M はなめらかなベクトルバンドルの射影とします。以下、なめらかな世界で考えるので、「なめらか」は省略することがあります。記号の乱用で、E = (E, M, π) のように、ベクトルバンドルとその全空間を同じ文字で表します。p∈M に対して、Ep は点p上のファイバーであるベクトル空間です。

FdVectは、R上の有限次元ベクトル空間の圏とします。FdVectIsoは、線形同型写像だけからなるFdVectの部分圏とします。FdVectIso(V, W) := {f∈FdVect(V, W) | fは可逆 } 。

さて、ベクトルバンドルEから、Iso(E) という圏を定義しましょう。C := Iso(E) と置いて、圏Cを記述します。

  • 対象: Obj(C) = |C| := M
  • ホムセット: p, q∈|C| に対して、C(p, q) := FdVectIso(Ep, Eq)
  • 射の結合: 線形同型写像の結合〈合成〉
  • 恒等射: 恒等線形写像

Iso(E) では、ベクトルバンドルEを構成するファイバーEp達を、パランパランに分解して、ひとつひとつを独立した別のベクトル空間と考えています。そのため、ファイバー達をまとめ上げていた位相的な情報は失われます。

多様体Mのパスの圏 Path(M) をうまく作って、関手 Path(M)→Iso(E) として平行移動を定義しても、Iso(E) がパランパランなので、一点の近傍のミクロな情報は取り出せません。なので、無限小を扱う微分には直接的には繋がらないのです。

良い開集合

Mが多様体なら、チャート〈局所座標〉が存在します。チャートの定義域となっている開集合を座標近傍〈coordinate neighborhood〉と呼びます。多様体のチャートに関しては、次の記事で書いています。

M上のベクトルバンドルEは、局所的には自明バンドルと同型になっています(それがバンドルの定義)。このことを次の形で利用します。

  • Mの任意の点pに対して、p∈U であるMの開集合Uとベクトル空間Xがあり、f:E|U→U×X というバンドル同型写像がある。

ここで、U×X はファイバーがXである自明バンドルを意味し、E|U はEを開集合Uに制限したバンドルを意味します。fがバンドル同型であることは、fが可逆写像であり、f;π1 = π (πはバンドルE|Uの射影、π1は直積の第一射影)が成立することです。

(U, X, f) の3つ組を局所自明化〈local trivialization〉と呼びます。記号の乱用で、f = (U, X, f) 、あるいは f = (Uf, Xf, f) のようにも書きます。ベクトル空間Xは、局所自明化fの典型ファイバー〈typical fiber〉と呼びます。典型ファイバーは、局所自明化ごとに異なってもかまいません。つまり、f = (U, X, f) と g = (V, Y, g) がEの局所自明化のとき、X ≠ Y でもかまいません。しかし、XとYはベクトル空間として同型です。

局所自明化 (U, X, f) が存在する開集合Uを自明化近傍〈trivialization neighborhood〉と呼ぶことにします。自明化近傍の概念は、多様体Mだけではなくて、その上のベクトルバンドルEに依存して決まるものです。

多様体Mの開集合の全体を Open(M) と書くことにします。座標近傍の全体は、CoordN(M) 、Eの自明化近傍の全体は TrivN(E) としましょう。CoordN(M)⊆Open(M)、TrivN(E)⊆Open(M) です。

チャートが載る集合である座標近傍、局所自明化が載る集合である自明化近傍は、良い開集合と言っていいでしょう。ベクトルバンドルに関する計算を具体的にするときは、CoordN(M)∩TrivN(E) に所属する良い開集合を選びます。多様体ベクトルバンドルの定義は、具体的な計算を可能とする良い開集合が十分に存在することを保証するものだと捉えられます。

良いパス

最初に記号の約束: 実数の閉区間を [a, b]、開区間を (a, b) と書くのはよく使われる記法ですが、ペアと紛らわしいので、"interval"のIを先頭に付けて I[a, b], I(a, b) とします。

Mのパスとは、a, b(a < b)を実数として C:I(a, b)→M または C:I[a, b]→M というなめらかな写像のことです。定義域に無限区間を許すこともあります。

ここでは、一般的なパスを考えてもあまりうれしくないので、良いパスだけを考えます。良いパスとは、いたるところ微分係数(速度ベクトル)はゼロではなく、多様体のあいだの埋め込み(単射)になっているCです。このような良いパスの集合は、CEmb(I(a, b), M) と書けます。'CEmb'は「なめらかな埋め込み」の意味です。

さらに、パスCは、良い開集合内に収まるものだけ考えることにします。良い開集合とは、前節で述べた CoordN(M)∩TrivN(E) に入る開集合です。パスの域〈domain〉をI(a, b)、余域〈codomain〉をUに固定すると、良いパスの集合は CEmb(I(a, b), U) です。これらを寄せ集めれば:

 \bigcup_{a, b\in {\bf R}, a \lt b,\; U\in CoordN(M)\cap TrivN(E)}C^{\infty}Emb(I(a, b), \;U)

これが、我々が扱う良いパス全体の集合になります。TrivN(E) がベクトルバンドルEに依存しているので、良いパスの集合もベクトルバンドルEに依存して決まることに注意してください。今定義した良いパスの集合を GoodPath(M, E) と書きます。

パスごとに平行移動関手

多様体上のベクトルの平行移動の記述として、パスの圏 Path(M) から、ファイバー間の線形同型写像の圏 Iso(E) への関手ではなくて、良いパスCごとに Iso(E) への関手を作ります。以下、単に「パス」と言っても、良いパスを意味するとします。

パス C:I(a, b)→U (C∈GoodPath(M, E))があるとき、圏 \square(a, b) から圏 Iso(E|U) への関手 τC:\square(a, b)→Iso(E|U) を割り当てるメカニズムτとして平行移動を表現します。まずは圏 \square(a, b) の定義; \square(a, b) は、集合 I(a, b) から作られる余離散圏〈codiscrete category〉です。より具体的には、D := \square(a, b) として:

  • 対象: Obj(D) = |D| := I(a, b)
  • 射: Mor(D) := I(a, b)×I(a, b)
  • 域・余域: dom((s, t)) = s, cod((s, t)) = t
  • 結合: (s, t);(t, u) = (s, u)
  • 恒等射: ids = (s, s)

\square(a, b) のホムセットは、(\square(a, b))(s, t) = {(s, t)} と単元集合で、この圏はやせた圏です。(s, t)-1 = (t, s) なので、すべての射は可逆です。すべての射が可逆な圏は亜群〈groupoid〉と呼びます。つまり、\square(a, b) はやせた亜群です。

パスCに対して、τCは関手 τC:\square(a, b)→Iso(E|U) なので、その関手性〈functoriality〉を書き下すと:

  1. τCの対象部分〈object part〉は、C:I(a, b)→M 。I(a, b) = |\square(a, b)|, M = |Iso(E|U)| 。
  2. (s, t)∈(|\square(a, b)| = I(a, b)) に対して、τC((s, t)) を τC(s, t) と書くと、τC(s, t)∈(Iso(E|U))(C(s), C(t)) 。つまり、τC(s, t):EC(s)→EC(t) in FdVectIso
  3. τC(s, t);τC(t, u) = τC(s, u) : EC(s)→EC(u) in FdVectIso 。(';'は、線形同型写像の図式順の結合記号。)
  4. τC(s, s) = id : EC(s)→EC(s) in FdVectIso

Iso(E|U) も亜群なので、τCは、亜群のあいだの関手になります。

ベクトル空間 EC(s) や、線形同型写像 τC(s, t):EC(s)→EC(t) は、実数でパラメトライズされているので、実数パラメータを連続的に動かすことはできます。しかし、Iso(E|U) がパランパランなので、ファイバー(であるベクトル空間)や、そのあいだの線形同型写像の極限・収束を議論できません。さらに設定と条件を付け加える必要があります。

局所自明化関手

ベクトルの平行移動を定義する上で、Iso(E|U) がパランパランなのが困った問題です。どこかで何とかして、ベクトル空間達のつながり具合/まとまりを回復しなくてはなりません。つながり具合/まとまりを回復する手段が局所自明化です。

パスCに沿った平行移動を、関手 τC:\square(a, b)→Iso(E|U) として定義したので、局所自明化も関手として定義すると具合がいいです。局所自明化 (U, X, f) に対応する関手を定義しましょう。

一般に、f:E|U→F|U が(Uに制限された)ベクトルバンドルのあいだのバンドル写像のとき、ファイバーのあいだの写像 fp:Ep→Fp for p∈U が決まります。fは、fp達を、p∈U に渡って寄せ集めたものだとみなせます。つまり、

  • バンドル写像は、ファイバー間写像のバンドルである。

fが局所自明化 f:E|U→U×X のときは、U×X のファイバー {p}×X をXと同一視して、fp:Ep→X とみなせます。fpの余域が、pによらずに単一のベクトル空間Xになってしまうところがキモです。

以上の準備のもと、局所自明化fに対応する関手 f~:Iso(E|U)→GL(X) を定義します。ここで、GL(X)は、ベクトル空間Xの自己同型線形写像全体からなる群 FdVectIso(X, X) を、単一対象の圏とみなしたものです。対象は |GL(X)| = {*} で、唯一のホムセットは GL(X)(*, *) = FdVectIso(X, X) です。ホムセット GL(X)(*, *) も単にGL(X)と書くことにします。

関手f~の対象部分は、自明で、U→{*} という写像です。ホムセットごとの写像は、

  • f~p, q:Iso(E|U)(p, q)→GL(X)

これは次のようにも書けます。

  • f~p, q:FdVectIso(Ep, Eq)→FdVectIso(X, X)

α:Ep→Eq in FdVectIso に対して、f~p, q(α):X→X in FdVectIso は、次のように定義できます。

  • f~p, q(α) := fp-1;α;fq

これが実際に関手であるためには、次の条件が必要です。

  1. p, q, r∈U、α:Ep→Eq, β:Eq→Er に対して、f~p, q(α);f~q, r(β) = f~p, r(α;β)
  2. idp:Ep→Ep に対して、f~p, p(idp) = idX

これは容易に確認できます。

平行移動の連続性/なめらかさ

パスCに対して、関手 τC:\square(a, b)→Iso(E|U) があれば、平行移動の代数的な情報は十分です。しかし、圏 Iso(E|U) のパランパランさにより、位相構造や可微分構造が失われていました。

局所自明化関手 f~:Iso(E|U)→GL(X) があると、τC に f~ を繋いだ関手 τC;f~:\square(a, b)→GL(X) が構成できます。この τC;f~ が、位相・可微分構造を回復します。なぜなら:

  1. \square(a, b) の対象集合はRの部分開集合、射集合はR2の部分開集合なので、標準的な位相・可微分構造を持つ。(\square(a, b) は、位相・可微分な圏である。)
  2. 有限次元ベクトル空間XはRkと同型となる標準的な位相・可微分構造を持つ。(Xは、位相・可微分なベクトル空間である。)
  3. 自己線形写像の群 GL(X) は GL(Rk) と同型になり、GL(Rk) はRk×k の部分開集合と同型となる標準的な位相・可微分構造を持つ。(GL(X)は、位相・可微分な群である。)

τC;f~ は、位相・可微分構造を持つ集合のあいだの写像になるので、連続性/なめらかさを云々することができます。τC;f~ を短く τC, f と書くことにして、Cに沿った平行移動 τC の連続性/なめらかさは次のように定義できます。

  • 任意の局所自明化 f = (U, X, f) に対して、τC, f:\square(a, b)→GL(X) が連続/なめらかなとき、Cに沿った平行移動 τC は連続/なめらかと言う。

すべてのパス C∈GoodPath(M, E) に対して τC が連続/なめらかなら、ベクトルバンドルEの平行移動τは連続/なめらかとなります。

パスに沿った共変微分

多様体M上にベクトルバンドルEがある状況で、Wが良い開集合U上で定義されたベクトルバンドルEのセクションだとします。つまり、W:U→E|U で、W;π = idU です。

良いパス C:I(a, b)→U に対して、Cに沿ったWの共変微分〈共変導関数〉∇CW を定義できます。t∈I(a, b) における共変微分係数(=共変導関数の値)は次の形です。

 lim_{\epsilon \to 0}\:\frac{1}{\epsilon}(W(C(t + \epsilon)) - \tau_{C}(t, t + \epsilon)[W(C(t))] )

εが有限のとき、異なる2点にあるベクトルの差  W(C(t + \epsilon)) - \tau_{C}(t, t + \epsilon)[W(C(t))] は完全に定義できますが、εを0に近づけた極限、つまり無限小のときの挙動が、τC だけでは記述できませんでした。

無限小の状況を議論するには、局所自明化 f = (U, X, f) を取って、τC を τC, f に置き換えればいいのです。セクションWもfを使って Wf:U→X という関数として表現すれば、共変微分係数は次の極限で計算できます。

 lim_{\epsilon \to 0}\:\frac{1}{\epsilon}(W_f(C(t + \epsilon)) - \tau_{C, f}(t, t + \epsilon)[W_f(C(t))] )

計算に使ったfによらずに値が意味を持つことは、別に確認する必要があります。

おわりに

ベクトルの平行移動から共変微分を定義する方式は、直感に訴える点は良いと思います。しかし、平行移動の代数的な情報を持つ τC だけでは無限小の議論ができません。無限小(極限、収束)の議論をするには、局所自明化を施した τC, f が必要です。

通常(マーシュのテキストもそうですが)、τC と τC, f が区別されず、根拠とメカニズムがハッキリしないままに極限操作をしてしまうようです。これでは腑に落ちない感じが残ります。

圏論的な定式化をすることにより、局所自明化が、パランパランのファイバー達をまとめ上げて、位相・可微分構造を回復するカニズムがハッキリしたと思います。