[追記]エイプリルフール・ネタも令和ネタも書きません。[/追記]
マリオス微分幾何は、「代数幾何の手法を真似しただけじゃん」と言われれば、まーそうなんですが、真似するにも技量とセンスが要ります。マリオスによる定式化は、いい感じのバランスを保っています。特に、共変微分を定義するフレームワークとしては、とても使いやすそうです。
内容:
参考資料
マリオス〈Anastasios Mallios〉はギリシャ(もちろん、現在のギリシャ)の人です。そのためか、マリオス微分幾何〈マリオスの抽象微分幾何〉について論じている人もほぼギリシャ人のようです。
- Efstathios Vassiliou
- Maria Fragoulopoulou
- M.H. Papatriantafillou
- Ioannis Raptis
名前をなんて読むか(発音するか)は、ちょっと、よく分かりません*1。でも、検索はしやすいです。ちなみに、デミハン〈Arda H. Demirhan〉はたぶんトルコ人です。
arXivにある論文だけ、URLを挙げておきます。
- https://arxiv.org/abs/1305.6471 Efstathios Vassiliou
- https://arxiv.org/abs/math/9810083 Efstathios Vassiliou
- https://arxiv.org/abs/1311.6489 M. Fragoulopoulou, M. Papatriantafillou
- https://arxiv.org/abs/gr-qc/0607038 Ioannis Raptis
情報は断片的ですが、かき集めれば、だいたいの想像は付きます。
代数化空間
スカラー体としてはRかCを使います。Kは、RかCのどちらかを表すとします*2。
K上のベクトル空間であって、単位的・結合的・可換な乗法を備えたK-代数〈K-多元環〉を、K-可換環、混乱の心配がなければ単にK-環と呼びます。位相空間Xと、X上のK-可換環の層Aの組 (X, A) を、マリオスはK-代数化空間〈K-algebraized space〉と呼んでいます。
これは、可換環付き空間〈commutative-ringed space〉とか環付き空間〈ringed space〉と呼ばれるものと同じです*3。あえて別な名前を付ける必要があったのか? ちょっと疑問です。いずれにしても、実体としてはK-可換環の層そのものなので:
K-代数化空間 (X, A) に対して、A係数の加群の層Ωを載せると、A-加群付き空間〈A-moduled space〉 (X, A, Ω) ができます。これに、ライプニッツ射 d:A→Ω を添えると、抽象微分多様体〈微分三つ組〉となります。
下部構造から上部構造に至る階層は:
ベクトル層
抽象微分多様体〈微分三つ組〉に対して、ベクトル層〈vector sheaf〉という概念があります。これは、ベクトル空間の層〈sheaf of vector spaces〉とは別物です。なめらか多様体の場合のベクトルバンドルに相当する概念です。
ベクトル層の定義には、微分〈ライプニッツ射〉は不要なので、代数化空間〈可換環付き空間〉のレベルで定義できます。(X, A) がK-代数化空間のとき、A-加群(加群の層)であって、局所自由有限階数〈locally free, finite rank〉なモノがベクトル層です。
「局所」の意味は、「位相空間Xの任意の点の近傍で」ということです。有限階数〈有限次元〉の自由加群の概念は完全に代数的なものです。適当な開集合Uをとれば、加群の層Eが、E(U) A(U)r となることなので、“ファイバー次元がrのベクトルバンドル”の局所自明化条件と同じです。
ベクトルバンドルに相当するベクトル層と同様に、主バンドルに相当する主層〈principal sheaf〉というモノも定義されています。主層の定義は、ベクトル層より複雑です(僕はよく分かってない)。
ベクトル層と主層が、マリオス微分幾何の中心的な話題のようです。
共変微分
ベクトル層の共変微分の定義には、下部構造として、基本となるライプニッツ射が必要です。つまり、抽象微分多様体上のベクトル層に対して共変微分が定義できます。
(X, A, Ω, d) が抽象微分多様体、Eが (X, A) 上のベクトル層(局所自由なA-加群)だとします*4。∇がEの共変微分〈covariant {derivative | differential}〉だとは、∇:E→EΩ というK-ベクトル空間の層のあいだの射であって、次のライプニッツの法則を満たすことです。
- For x∈E(U), a∈A(U),
∇U(x・a) = ∇U(x)・a + x⊗dUa
ここで、UはXの開集合で、'・'は右からの(係数の)掛け算で、'⊗'は要素のテンソル積(双線型写像)です。掛け算を左からにするなら、∇:E→ΩE になります。
共変微分∇は、抽象微分多様体の微分dをベースに定義されています。∇もベースとなるdもライプニッツ射です。“微分”とはライプニッツ射だとみなして、色々な微分と、そのあいだの相互関係を調べよう、という発想です。
ベースとなる係数可換環の上に、たくさんの加群が存在するのと同様に、ベースとなる微分の上に、たくさんの共変微分が存在します。これは、「微分付き可換環の上に、微分付き加群が広がっている」と言ってもいいでしょう。
加群の代数的な理論に、台空間の位相とライプニッツ射としての微分が、幾何的・微分的な香りを添えています。確かにこれは“抽象微分多様体”と呼ぶべき対象物ですね。