このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

微分はライプニッツ法則に支配されている 2: 局所性

微分はライプニッツ法則に支配されている」において、ライプニッツ法則を満たす線形作用素は、我々が知っている微分に限ることを示しました。しかし、それは一点での話です。ある領域全体に対して、「ライプニッツ法則を満たす線形作用素 = 我々が知っている微分」とは言ってません。

それで、領域全体での話をしようと思ったのですが、今日は気力に欠けるので、話の半分(だか1/3だか?)だけすることにします。微分作用素の特徴として、「R-線形性」と「ライプニッツ法則」以外に、「局所性」もあるよ、という話です。

内容:

シリーズ目次:

  1. 微分はライプニッツ法則に支配されている
  2. 微分はライプニッツ法則に支配されている 2: 局所性
  3. 微分はライプニッツ法則に支配されている 3/3: 領域導分と接ベクトル場

R-導分の復習

まずは、「微分はライプニッツ法則に支配されている」の復習をすると同時に、状況を特殊化して、用語・記法を簡略にします。

前の記事では、一般的な2つの可換環 K, A に対して相対可換環 A/K を考えましたが、ここでは、K = R固定します。相対可換環 A/RR-多元環R-代数〉と言っても同じです。Aが一般的な多元環ではなく、Aも可換環なので、A/RR-可換環R-commutative-ring〉ということにします。常に A/R と書くのもバカバカしいので、単にAと略記します。

AがR-可換環、MはA-加群(必然的にR-ベクトル空間)として、導分 X:A→M (X∈Der(A/R, M))を、AのMへのR-導分R-derivation of A into M〉と呼ぶことにします。R-導分の'R-'もしばしば省略します。単に導分といえば、R-導分です。

A = CGerm(Rn, 0), M = R(ただし、RにA-加群構造を考える) として、\partial_i|_0:A→RR-導分になるのでした。逆に、X:A→RR-導分なら、それは \partial_i|_0 達の実数係数線形結合で書けます。(それが、「微分はライプニッツ法則に支配されている」の主たる内容。)

関数ジャームの可換環ではなくて、なめらかな(Cな)普通の関数の環をAとしましょう。つまり、U⊆Rn を開集合として A = C(U) 。このとき、導分 X:A→A はどのように書けるか? が次の課題になります。結論を言えば、Xは我々が知っている偏微分作用素 \partial_i = \frac{\partial}{\partial x_i} の関数係数の線形結合で書けます。([追記]微分はライプニッツ法則に支配されている 3/3: 領域導分と接ベクトル場」で示しています。[/追記]

  •  X = \sum_{i=1}^n f^i \partial_i  \:\:\: \mbox{ where}\: f^i \in C^{\infty}(U)

関数の番号を上付き添字にしたのは、微分幾何の習慣(和を取る添字は上下に現れる)に従って、です。

作用素の局所性

前節最後に述べた結果を示そうと思うと、XがR-線形でライプニッツ法則を満たす作用素だという仮定だけからは難しいようです。別な言い方をすると、我々が知っている通常の偏微分作用素(関数から関数への作用素)は、R-線形性とライプニッツ性という代数的な条件だけでは特徴付け出来ないのです。([追記]ユークリッド空間Rnの開集合Uで定義された関数の範囲では、後述の層(小さな開集合への制限)を使わなくても、前節最後の定理は出るような気がします。たぶん、そのうち書きます。[/追記])([さらに追記]微分はライプニッツ法則に支配されている 3/3: 領域導分と接ベクトル場」に書きました。[/さらに追記]

我々が知っている偏微分作用素は、代数的ではない条件としての「局所性」を持っています。局所性〈locality〉とは、開集合Uの小さな部分領域V(別に小さくなくてもいいんだけどさ)においてだけ偏導関数を求めたいとき、Vの外における関数の挙動は関係しないことです。

局所性をハッキリと述べるために記号を導入します。偏微分作用素 \partial_i が作用する空間が C(V) のとき、 {}^V\partial_i と書くことにします。奇妙な記法ですが、右下添字は方向の番号、右上も  \partial_i^2 = \partial_i \partial_i として使う可能性があります。開集合Vを書く場所が左側添字しか残ってないのですよ*1

V⊆U⊆Rn、VもUも開集合として、次が成立します。

  • For f∈C(U),
     ({}^V\partial_i)(f|_V) = (({}^U\partial_i)f )|_V

ここで、'|V'は、関数の定義域をVに制限することを意味します。この等式が言っていることは:

  • 関数fを小さな領域Vに制限してから微分しても、微分した関数fを小さな領域Vに制限しても同じ。

これが局所性の定式化です。

R-可換環

R-可換環R-導分という代数的な道具だけだと、「関数を小さな領域に制限する」ことを表現できません。したがって、局所性を定式化することもできません。局所性を定式化するには、層の概念を使います。とはいえ、層の理論が必要なわけではなく、層の定義だけです。「層」という言葉を出す必要もないくらいです。

以下、開集合 U⊆Rn を固定します。R-可換環Aをひとつだけ考えるのではなくて、開集合V(ただし、V⊆U)ごとにR-可換環 A(V) がくっついている状況を考えます。開集合でインデックスされたR-可換環の族〈family〉ですね。次のような書き方をしましょう。

  • (A(V) | V⊆U)

「関数を小さな領域に制限する」ことに対応した、制限準同型写像〈restriction homomorphism〉の族もあります。V, WがUの部分開集合で、W⊆V のとき、

  • ρW⊆V:A(V)→A(W)

というR-可換環準同型写像(これが制限準同型写像)があるとします。a∈A(V) に対して、ρW⊆V(a)∈A(W) を a|W と略記します。この書き方をすると「制限した」雰囲気がただよいます。

R-可換環の族 (A(V) | V⊆U) と準同型写像の族 (ρW⊆V:A(V)→A(W) | W⊆V⊆U) からなるシステムがR-可換環の層〈sheaf of R-commutative-rings〉です。これらは、「制限する」にふさわしい幾つかの性質を持ちます。が、その性質(公理)は直感的に自然なものなので割愛します。

導分の層

AがR-可換環のとき、AのAへのR-導分〈R-derivation of A into A〉とは(復習):

  1. X:A→A は、R-線形写像
    1. X(a + b) = Xa + Xb
    2. X(ra) = r(Xa)
  2. X:A→A は、ライプニッツ法則を満たす X(ab) = (Xa)b + a(Xb)

単一のR-可換環の導分ではなくて、R-可換環の層に対する導分を考えましょう。((A(V) | V⊆U), (ρW⊆V:A(V)→A(W) | W⊆V⊆U)) を前節で述べたR-可換環の層だとします。層のシステム全体をまとめてAで表します。

  • A = ((A(V) | V⊆U), (ρW⊆V:A(V)→A(W) | W⊆V⊆U))

これから、層Aに対して、Xが A→A という導分(AのAへの導分)を定義しましょう。もちろん、Xは単独の導分ではダメです。Aが層、つまりインデックス族〈indexed family〉なので、Xもインデックス族になります。V⊆U に対して:

  • VX:A(V)→A(V)

全体としては、

  • X = (VX:A(V)→A(V) | V⊆U)

VX が導分になっていることは要求するので、X = (VX:A(V)→A(V) | V⊆U) は、導分のインデックス族です。

さらに、VX 達は、制限準同型写像 ρW⊆V 達と整合性を持たなくてはなりません。具体的に言えば、次の等式の成立を要求します。

  •  ({}^W X)\circ(\rho_{\,W \subseteq V}) =  (\rho_{\,W \subseteq V} )\circ({}^V X)

a∈A(V) を引数に渡せば:

  •  ({}^W X)(\rho_{\,W \subseteq V}(a)) = \rho_{\,W \subseteq V}( ({}^V X)a)

制限を縦棒記法で書けば:

  •  ({}^W X)(a|_W) = (({}^V X)a)|_W

この等式が言っていることは:

  • 要素aを小さな領域Wに制限してからXしても、Xした要素aを小さな領域Wに制限しても同じ。

つまり、Xが局所性を持つことです。

今述べたようなXを導分の層〈sheaf of derivations〉(ちゃんと言えばR-導分の層)といいます。導分の層とは、局所性を持つ導分の族です。

[追記][補足]「導分の層」という言い方は、誤解と混乱をまねくリスクが少しあるかも知れません。補足しておきます。U⊆Rn は開集合とします。

話を簡単にするために、代数構造が入ってない単なる集合と写像の例で話します。AとBが、U上の集合の層だとします。つまり、部分開集合 V⊆U ごとに、集合 A(V), B(V) が割り当てられており、制限写像も備わっているとします。

この状況で、写像の層とは、V⊆U でインデックスされた写像の族

  • Vf:A(V)→B(V)

のことです。Vが左肩に乗っているのは行きがかり上です。右下添字が多いです。

写像の層は、集合の層のあいだの準同型なので、集合の層の準同型〈homomorphism〉といったほうが正確で誤解は少ないでしょう。

2つの集合があると、写像の集合が定義できます。それを、Map(-, -) で表しましょう。2つの集合の層 A, B に対して、第三の集合の層 M を次のように定義できます。

  • M(V) = Map(A(V), B(V))

これは、“写像集合の層”という集合の層です。写像の層と写像集合の層は別物です。写像の層は、写像集合の層のセクションになっています。次のことが言えます。

  • 写像の層は、集合の層ではなくて、写像集合の層のセクションである。

となると、「写像の層」という言い方は不適切だとも言えます。「(集合の)層じゃなくて、セクションでしょ。セクションを層と呼ぶのはいかがなものか?」と言われれば、おっしゃるとおり。

「導分の層」も、「可換環の層/加群の層と整合性を持つ導分の族」とか言えば正確でしょう。でも、長ったらしい。このへんの言い回しは悩みますねー。
[/補足][/追記]

微分作用素の抽象化・公理化

我々が知っている具体的な微分作用素は局所性を持っています。局所性は大事な性質です。微分作用素を抽象化・公理化しようとするとき、局所性を取り除いてしまうわけにはいかないので、抽象的セッティングで局所性を定式化する必要があります。

R-可換環の層、可換環上の加群の層、可換環準同型の層*2、導分の層などの、ナントカの層を使うと、代数的な構造と局所性がミックスされた状況をうまく表現できます。

単一の導分ではなくて、導分の層が、微分作用素の抽象化・公理化としてふさわしいものです。局所性を備えていますからね。

*1: \partial_{i, V} のように書くテもありますが。

*2:可換環の層”の準同型(層のあいだの準同型)と可換環準同型の層は、同じになります。が、この2つの概念が同値であることをキチンと述べるのはけっこう大変です。