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参照用 記事

双対接続ペア

情報幾何の入り口: 雑感と補遺 // プライマル接続とパートナー接続」で、2つの接続(共変微分)が互いに共役〈conjugate〉である状況について述べました。この状況は、情報幾何だけでなくて、一般的な接続(共変微分)の文脈でも意味を持つし、なんかの役に立つ可能性があります。

ここでは、接続と共変微分完全な同義語として扱います。代数的な手法により、可換環上の(たちの良い)加群に対して共変微分=接続を定義します。

この記事の話は、次の特殊ケースを想定すれば十分です。UはRnの開集合として:

この特殊ケースを貼り合わせれば、多様体上での議論になります。

内容:

可換環加群

基礎体は実数体Rに固定します(他の体でもいいのですが、たいていはRを使うので)。AはR上のベクトル空間であり、可換・結合的・単位的な掛け算を持っているとします。このとき、AをR-可換環R-commutative-ring〉と呼ぶことにします。A上の加群A-加群〈A-module〉と呼びます。A-加群は必然的にR-ベクトル空間です。

Aは可換環なので、左加群と右加群の区別はしなくてもいいのですが、なんらかの事情(書き方の習慣とか、本質的ではないくだらない事情もある)で、左右の片一方しか許さない(あるいは、推奨しない)こともあります。そこで、ここでは左A-加群と右A-加群いちおう区別します。ただし、必要なときはいつでも、左A-加群も右-A加群も両側A-加群とみなします。ここでの左A-加群は、「どちらかというと、左からのスカラー乗法を推奨」という程度のものです。

以下に登場する(左、右、両側)A-加群は、すべて有限基底を持つとします。有限基底を持つ加群(有限生成の自由加群)は、ベクトル空間と同じように扱えます。この仮定が不要なことも多いですが、いざとなったら有限基底で議論できるとしておけば安心です*1

Der(A) は、A上のR-導分R-derivation〉の全体からなるR-ベクトル空間とします。これについては、「微分はライプニッツ法則に支配されている 2: 局所性 // R-導分の復習」を見てください。X∈Der(A) ならば、X:A→A というR-線形写像で、Aの掛け算(積)に関してライプニッツの法則を満たします。

M, N を両側A-加群だとして、両側A-加群準同型写像の全体を A-Mod(M, N) と書きます。これは、両側A-加群の圏のホムセットです。M, N はR-ベクトル空間にもなります。R-ベクトル空間としての M, N のあいだのR-線形写像の全体は R-Vect(M, N) と書きます。集合としては、A-Mod(M, N) ⊆ R-Vect(M, N) となります。

両側A-加群とみなした A-Mod(M, N) を [M, N]A と書きます。同様に、R-ベクトル空間とみなした R-Vect(M, N) を [M, N]R と書きます。[M, N]A, [M, N]R をそれぞれ、(Nを底とする)指数加群〈exponential module〉、指数ベクトル空間〈exponential vector space〉ともいいます。指数と呼ぶ理由は、[M, N] を NM と書くことがあるからです。

両側A-加群MとNの、可換環Aに対するテンソル積を M\otimes_AN と書きます。同様に、R-ベクトル空間MとNの、体Rに対するテンソル積を M\otimes_{\bf R}N と書きます。

テンソル積と指数の同型と同一視

これから述べる同型/同一視は、ちゃんと述べずに暗黙の常識として使われてしまうことが多いのですが、モヤッとする人もいるかも知れないのでハッキリさせます。

Mは左A-加群とします。繰り返しますが、Aが可換環なので、Mを右加群/両側加群にすることも出来ます。左からのスカラー乗法が推奨されているだけです。Nも左A-加群として、[N, A]A を N*A とも書きます。N*A は、Nの(Aに関する)双対加群です。N*A は右A-加群と考えます。このへんの左右の決め方は、絶対的な意味があるわけではなくて、記法のツジツマを合わせるための便宜的な約束です(くだらない約束とも言える)。

以上のセッティングで、次の同型が成立します。

  • N*A\otimes_AM \stackrel{\sim}{=} [N, M]A

この同型を与える加群同型写像を、右肩に乗せる演算子記号を使って (-)# としましょう。(-)# の具体的な定義は、f∈N*A, n∈N, m∈M として、

  • (f\otimesm)#(n) = f(n)・m

ここで、f∈N*A ⇔ f:N→A だったので、f(n) は関数の値です。'・'は加群スカラー乗法です。

多くの場合、(-)# を使って、N*A\otimes_AM と [N, M]A を同一視してしまいます。例えば、f\otimesm と (f\otimesm)# を区別せずに次のように書きます。

  • (f\otimesm)(n) = f(n)・m

M, N が右A-加群のとき(右スカラー乗法が推奨のとき)は、

  • M\otimes_AN*A \stackrel{\sim}{=} [N, M]A

この同型を与える加群同型写像を、(-) とすれば:

  • (m\otimesf)(n) = m・f(n)

(-) を使って、M\otimes_AN*A と [N, M]A も同一視します。

結果的に、N*A\otimes_AM と M\otimes_AN*A と [N, M]A は、ほんとは違うものだけど、テキトーに同じものだとみなす、という習慣があります。こういう、明示化されない暗黙の習慣は(僕は)嫌いなんですが、現に使われているのでしょうがないです。

微分形式の加群と外微分

R-可換環Aに対して、Der(A) はR-導分の加群でした。「微分はライプニッツ法則に支配されている 3/3: 領域導分と接ベクトル場」で述べたように、A = C(U) の場合は、Der(A) はU上の接ベクトル場の加群とみなしてかまいません。Der(C(U)) = TVF(U) (TVFは Tangent Vector Field)ですね。

(1次の)微分形式の加群は、接ベクトル場の加群の双対なので、[Der(C(U)), C(U)]C(U)微分形式の加群です。この構成をR-可換環Aに関しても適用して:

  • Ω(A) := [Der(A), A]A = Der(A)*A

と定義します。これを、R-可換環Aの(1次の)微分形式の加群〈module of differential forms〉と呼びます。余導分の加群〈module of coderivations | coderivation module〉という言葉が適切な気がします(使われているのを見たことはありませんが)。導分=ベクトル場、余導分=余ベクトル場=微分形式 というわけです。

さらに、微分〈exterior {derivative | differential}〉 d:A→Ω(A) を次のように定義します。

  • (d(a))(X) := X(a)

Ω(A) = [Der(A), A]A だったことを思い出せば、この定義がwell-definedであることが分かるでしょう。

この記事内で使うわけではありませんが、ベクトル場=導分 や 微分形式=余導分 を具体的に計算するときは、基底による表示を使います。ベクトル場の加群=導分の加群 Der(A) が有限基底を持つとして、それを X1, ..., Xn としましょう。すると、任意の Y∈Der(A) は、

  •   Y = \sum_{i=1}^n y^i X_i \:\:\: \mbox{ where}\: y^i \in A

と書けます。

x1, ..., xn∈A があって、Xi達と次の関係があるとします。

  •   X_i(x^j) = \delta_i^j

このとき、d(xj) 達は Ω(A) の有限基底となって、

  •  (d(x^j))(X_i) = \delta^j_i

となります。つまり、Xi 達と d(xj) 達は、互いに双対基底の関係にあります。伝統的記法では、

 X_i = \frac{\partial}{\partial x^i}, \:\: d(x^j) = dx^j, \\ (d(x^j))(X_i) = dx^j(X_i) = dx^j(\frac{\partial}{\partial x^i}) = \frac{\partial x^j}{\partial x^i}

と書きます。

接続付き加群

Mを左A-加群(左スカラー乗法を推奨)とします。写像 ∇:M→Ω(A)\otimes_AM が共変微分〈covariant derivative〉だとは、∇が次の性質をもつことです。

  1. ∇はR-線形である。
    1. ∇(m + m') = ∇(m) + ∇(m')
    2. ∇(r・m) = r・∇(m) for r∈R
  2. ∇はライプニッツ法則を満たす。
    ∇(a・m) = d(a)\otimesm + a・∇(m) for a∈A

Mを左A-加群とみての共変微分なので、左右の区別をしたいなら左共変微分となります。

Mが右A-加群の場合の右共変微分 ∇:M→M\otimes_AΩ(A) は次のようです。

  1. ∇はR-線形である。
    1. ∇(m + m') = ∇(m) + ∇(m')
    2. ∇(m・r) = ∇(m)・r for r∈R
  2. ∇はライプニッツ法則を満たす。
    ∇(m・a) = ∇(m)・a + m\otimesd(a) for a∈A

さきに述べた Ω(A) \cong [Der(A), A]A、M\otimes_AΩ(A) \stackrel{\sim}{=} [Der(A), M]A という同型を使うと、共変微分を ∇:M→[Der(A), M]A の形で定義することもできます。

  1. ∇はR-線形である。
    1. ∇(m + m') = ∇(m) + ∇(m')
    2. ∇(r・m) = r・∇(m) for r∈R
  2. ∇はライプニッツ法則を満たす。
    (∇(a・m))(X) = d(a)(X)・m + a・(∇(m)(X)) for a∈A, X∈Der(A)

[追記 date="2019-09-06"]以下の定義は誤解をまねく危険があります。定義のあとの追記・補足説明を読んでください。[/追記]

この場合は、∇(m)(X) を ∇X(m) とも書きます。この書き方を使えば:

  1. XR-線形である。
    1. X(m + m') = ∇X(m) + ∇X(m')
    2. X(r・m) = r・∇X(m) for r∈R
  2. Xライプニッツ法則を満たす。
    X(a・m) = X(a)・m + a・∇X(m) for a∈A

[追記 date="2019-09-06"]∇:M→[Der(A), M]A があるとき、m∈M, X∈Der(A) に対して、∇(m)(X) を ∇X(m) とも書くよ、という話で、これは単に記法の約束に過ぎません。記法が変わっただけで定義自体は何の変更もありません。

しかし、上記のニ法則(R-線形性、ライプニッツ法則)だけを書くと、次の法則の存在を忘れてしまう危険があります。

  • m∈M を固定して ∇(-)(m) はA-線形である。
    1. (X + Y)(m) = ∇X(m) + ∇Y(m)
    2. aX(m) = a∇X(m)

もちろん、この法則は ∇:M→[Der(A), M]A という∇のプロファイルに含まれる情報なので、繰り返し書く必要はないのですが、うかつな人は忘れるでしょう。実際、僕は上記のA-線形性のことをスッパリと忘れていて、「リー微分を共変微分だ」と言ってしまいました。「リー微分は共変微分か? -- 代数的に考えれば // 修正前」と「リー微分は共変微分か? -- 代数的に考えれば // 修正後」を参照。[/追記]

以上に述べたような細かい違いは、要するに書き方の習慣の違いだけです。書き方(記法)は大事ですが、書き方の違いだけで混乱・困惑しないように注意しましょう。

A-加群Mと共変微分∇を一緒にした (M, ∇) は共変微分付き加群です。共変微分と接続は同義語(として扱う約束)なので、接続付き加群〈module with connection〉と呼ぶことにします。

双対接続ペア

前節までで準備が出来たので、双対接続ペアを定義しましょう。

2つのA-加群 M, M' と、A-双線形写像 <-|->:M'×M→A が(A-加群の)双対ペア〈dual pair〉であるとは、<-|-> が非退化なことです。

  • b∈M' が ∀x∈M.(<b|x> = 0) ならば b = 0
  • a∈M が ∀y∈M'.(<y|a> = 0) ならば a = 0

M(またはM')が有限基底を持つとき、互いに双対な有限基底を取れるので、MとM'はA-加群として同型になります。しかし、この同型は標準的ではないので、積極的に使うべきものではありません。

(M, M', <|>) がA-加群の双対ペアのとき、A-双線形写像 <-|->:M'×M→A を拡張できます。

  • 拡張その1: <-|->' : Ω(A)\otimes_AM' × M → Ω(A)
  • 拡張その2: <-|->'' : M' × Ω(A)\otimes_AM → Ω(A)

それぞれの定義は:

  • \otimesb|a>' := ω・<b|a>
  • <b|a\otimesω>'' := <b|a>・ω

<-|->' も <-|->'' も <-|-> と書いてしまうことにします。つまり、<-|-> を、3種類の意味でオーバーロード〈多義的使用〉します。また、テンソル積やスカラー乗法の左右に関して神経質に気にすることもしません。普通のイイカゲンサで定義や計算をします。

双対接続ペアを構成する素材〈構成素〉は次のものです。

  • A-加群 M, M'
  • A-双線形写像 <-|->:M'×M→A
  • M上の接続 ∇:M→M\otimes_AΩ(A)
  • M'上の接続 ∇':M'→Ω(A)\otimes_AM'

(M, M', <-|->, ∇, ∇') が双対接続ペア〈dual connection pair〉だとは、(M, M', <-|->) がA-加群の双対ペアで、∇, ∇' が次のライプニッツの法則を満たすことです。

  • d<b | a> = <∇'b | a> + <b | ∇a> in Ω(A)

M = M' = C(U) で、<-|-> がリーマン計量を定義する内積のとき、情報幾何の共役接続ペアは、双対接続ペアになります。情報幾何の共役接続では、捩れ無しという付加的条件が付きます。M = M' = A、∇ = ∇' = d として、<-|-> はAの積とすれば、自明な双対接続ペアができます。


接続付き加群の圏における双対ペアの概念として、今定義した双対接続ペアは自然なのではないかと思います。

*1:なめらかな多様体を代数的に扱う場合、有限基底を持つことは強すぎる仮定ではありません。ベクトルバンドルのセクション加群は、局所的には有限基底を持ちますから。