このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

偏微分記号の逆数形式: 瓢箪から駒

昨日、行きがかり上 \frac{\partial x}{\partial} という記号を導入しました。偏微分の記号 \frac{\partial }{\partial x} の分母と分子をひっくり返したものです。

誰かこの記号を見たことありますか? (見たことある方は教えてくださいませ。)

\frac{\partial x}{\partial}\frac{\partial }{\partial x} の“逆”なのですが、偏微分作用素としての逆ではありません線形代数的な逆です。

数・関数・行列などの掛け算記号を省略せずに、一律にドットで書きます(これ、重要!)。Haskellのセクション記法を借りて、左からaを掛ける写像を (a・)、右からaを掛ける写像を (・a) と書きます(これも重要)。偏微分作用素を含んだ行列の計算を次のように決めます。


\frac{\partial} {\partial x} =
\begin{bmatrix}
 \frac{\partial} {\partial x^1} &
 \frac{\partial} {\partial x^2} &
 \cdots &
 \frac{\partial} {\partial x^n}
 \end{bmatrix}
\:\\
v =
 \begin{bmatrix}
 v^1 \\
 v^2 \\
 : \\
 : \\
 v^n
 \end{bmatrix} \\

として、掛け算は:


\:\:\:\: \frac{\partial} {\partial x}\cdot v\\
= \begin{bmatrix}
 \frac{\partial} {\partial x^1} &
 \frac{\partial} {\partial x^2} &
 \cdots &
 \frac{\partial} {\partial x^n}
 \end{bmatrix}
\cdot
 \begin{bmatrix}
 v^1 \\
 v^2 \\
 : \\
 : \\
 v^n
 \end{bmatrix} \\
=  \frac{\partial} {\partial x^1}\cdot v^1 +
\frac{\partial} {\partial x^2}\cdot v^2 + \cdots +
\frac{\partial} {\partial x^n}\cdot v^n

クドイですが、ドットは掛け算です。偏微分作用素としての作用ではありません。通常は、誤解を避けるために左から関数を掛け算します(掛け算記号なし)。しかしそうすると、お馴染みの行列計算のルールと整合しません。

この計算は多様体上の座標近傍(座標写像 x の定義域)U上でも意味を持ちます。掛け算する写像 (\frac{\partial}{\partial x}\cdot) は、次のようなベクトルバンドル写像を定義します。

  • RnU→TM|U over U

ここで、RnU はファイバーがRn(要素は縦一列の行列だと思う)であるU上の自明ベクトルバンドル、TM|UはMの接ベクトルバンドルのUへの制限です。底空間U上で考えているので over U と書いてます。

この写像はファイバーごとに可逆、全体としても可逆なので、逆写像を持ちます。それを (\frac{\partial x}{\partial}\cdot) と書くと約束します。

  • (\frac{\partial x}{\partial}\cdot) : TM|URnU over U

バンドル写像 (\frac{\partial x}{\partial}\cdot) は、セクション空間の写像を誘導するので、同じ記号で表します(オーバーロード)。

  • (\frac{\partial x}{\partial}\cdot) : Γ(TM|U)→Γ(RnU) over U

これだけのことです。

まだ一日しか使ってませんが、 \frac{\partial x}{\partial} って、メチャクチャ便利なんじゃないのかな。例えば、xからyへの局所座標の取り替えに伴う接ベクトル場Vの成分表示の変換公式は次のように書けます。([追記]等式を修正して別な形を「あるいは」の後に追加。[/追記]


\:\:\: \frac{\partial y}{\partial}\cdot V =
(\partial t)_x \cdot
(\frac{\partial x}{\partial}\cdot  V) \\
\mbox{where} \\
\:\:\: t = y\circ x^{-1}

あるいは、


\:\:\: \frac{\partial y}{\partial}\cdot V =
\frac{\partial y}{\partial x} \cdot
(\frac{\partial x}{\partial}\cdot  V)

これ、すごく自然で簡潔です。ええんちゃう(似非関西弁)。

あらためてシミジミと感じたことは:

  • 演算子記号を無闇と省略するのは良くない*1非常に良くない。
  • 演算子記号を省略すると、次のような演算が区別できなくなる。
    1. 微分作用素としての作用
    2. 様々な掛け算〈乗法〉
    3. 写像に関する適用と結合〈合成〉

因習に囚われずに、適度な演算子記号/関数記号をちゃんと入れれば、分かりやすさはだいぶ改善されます。

[追記 date="翌日"]
だいぶ分かった。ちょっと考えて、  \frac{\partial x}{\partial } = dx かと思ったのですが、そうではないですね。 \frac{\partial x}{\partial} は、 dx とも  \frac{\partial}{\partial x} とも違うナニモノカです。

 \frac{\partial}{\partial x}微分作用素 dx微分形式」ということをすっかり忘れて、純粋に線形代数の文脈で考えると、

  •  (\frac{\partial}{\partial x})^{-1} = dx^\ast

が成立します。ここで、右肩マナナスイチは逆線形写像、右肩アスタリスクは双対線形写像です。この等式の解釈には微妙なところ(コベクトルとフォームを同一視するか区別するか)がありますが、肝心なのは、線形代数だけで考えることです。

記号の約束として、

  •  \frac{\partial x}{\partial} := (\frac{\partial}{\partial x})^{-1}

ユークリッド空間では、線形写像としての \partial が意味を持つので、

  •  \frac{1}{\partial} := \partial^{-1}

部分可逆な t:Rn⊇→Rn に関して次の等式も成立します。あくまで、線形代数のなかでの等式です。

  •  \frac{\partial t}{\partial} = \partial t \cdot \frac{1}{\partial} = \partial t \cdot \partial^{-1}

ここで、\partial t はtのヤコビ行列で、ナカグロ〈センタードット〉は、反図式順で書いた“線形写像(または行列)の結合(または掛け算)記号”です。

さらにシミジミと感じたことは:

  • 微積分の議論と線形代数的な議論をゴチャゴチャにしないで、必要なら分離して議論する。

[/追記]

*1:[追記]関手と自然変換の計算に出てくる演算子記号とか // 酷い話」で、関手の縦結合も横結合も演算子記号を省略して並置で書く、という例を紹介しました。当然に、解釈も計算もできなくなります。「二項演算を並置で書く」が許されるのは演算ひとつまでです! 一緒に使う二つ以上の演算に対して「並置で書く」ルールを適用するのは極悪ですが、実際に存在するのが腹立たしい。[/追記]