2005-05-23 「Whitespace(6):続きはあるのか?」より:
同じネタ(しかもあのテの)で、あまりに引っ張ると鬱陶しい、シツコイ、っていうか自分でもしんどくなる(笑)から、…(省略)
あのテの話は勢いで書くものだから、あいだが空くとノリが失われてしまうわけで、そのことを「しんどくなる」と表現したのです。
が、“合いの手”が入ればまた話を続ける気力も出るというものです。その合いの手とは:
さて、日常雑談からソフトウェアの話題に格上げ(?)して話を続行します。
僕が「Whitespace言語は教育的だ」と思った理由のひとつは、川俣さんと同様に、スタックマシン(仮想機械)を体験できることです。が、それだけではありません。
通常のプログラミング言語は、それがトイ言語であっても、字句解析や構文構造(ツリー構造が多い)を作る部分が面倒で、それゆえに言語処理系の全体を作ってみる試みのハードルが高いと思うのです。
しかしWhitespace言語は、字句解析も構文解析もやたらに簡単です。実行系はスタックマシンですから、これも(他の方式に比べ)単純です。そこまで話が単純だと、自明さゆえのバカバカしさが気力を萎えさせますが、Whitespace言語は、その構文が自明でない(というか、尋常でない!)特徴、つまり見えないという特異な性質を持っているので、興味を持続することができるのです。
(続く)