「おとぎ話としてのn-圏 -- 計算できる図形達の世界」にて:
-1次元の恒等と0次元の結合は取り上げませんでしたが、ここから別な面白い話題へと誘導されます。それはまた機会があれば。
と書きました。負次元に関しては、例えばバエズ(John C. Baez)が、Negative Thinking と称して興味深い話をしています("Lectures on n-Categories and Cohomology" http://arxiv.org/abs/math/0608420)。
ここでは、「バエズのNegative Thinking」の紹介ではなくて、やれ1次元だ0次元だと言ったときの1や0って値の根拠があやしいものだ、って話をします。
内容:
- 図形の次元なんてあてにならない
- 点がアトムの表象とは限らない
- ループと膜の計算
- モノイド圏とホモトピー
●図形の次元なんてあてにならない
前もって言っておきますが、次元概念を正確に定義しようなんて気はサラサラありません。日常直感レベルの「図形の次元」の話です。例えばいま目の前に、縦が10cm、横が20cmの長方形があるとして、この図形は何次元でしょう? という問を考えます。面積を持つ平面図形の次元は2です。縦と横の2方向に広がっているのですから2次元ですよね。
では、縦が0.1mmで横が1mの長方形ならどうでしょう? これだって面積を持つ平面図形ですが、感じとしては四角形というよりは線分でしょう。だって、すげー細いんだもん。
それとは逆に、遠目に見たら0次元だったモノが実は1次元、いや2次元図形だったなんてこともあるかもしれません。下の図を見てください。
Aは線分の端で点(0次元)に見えた。が、近づいてみれば線分ではなくて管(チューブ)であり、端であるAも実は円周だった、ってのがまん中の絵です。もっと近づくと、円周じゃなくてドーナツ面(トーラス)だった、てのが最後の絵。
●点がアトムの表象とは限らない
例えば、集合{A, B, C}を図示するとき、3つの点を描いて、全体にまとまりを付けるため、円で囲んだりします(下図)。
集合の要素=点は、0次元のモノとして描かれるのですが、A, B, Cがホントは線で、円板を貫<つらぬ>いているのかも知れません。あるいはまた、3本の線分A, B, Cの両端は点X, Yでまとまっているかもしれません。ひょとしたら、A, B, Cは1点で交わるループかもしれません。
0次元の点だと思ったものに、長さや厚みや奥行きを付けてみると、そのほうが本質がみえてくることもあります。実際、n-圏を扱うときにはそんな場面に遭遇します。与えられた次元を絶対的だとは思わずに、次元の格上げをしてみたり、格下げしてみたりすると視点が開けることがあるのです。
●ループと膜の計算
「おとぎ話としてのn-圏 -- 計算できる図形達の世界」で、-1次元のモノとして*を出しました。
点Aは0次元の図形なので、その上端/下端は-1次元の図形となります。図では星印で表しました。ミステリアスに考える必要はありません。「*」と書かれた-1次元のモノがただ1つだけ存在すると考えます。
この説明では、天下りに*は-1次元のモノだと言ってますが、*の次元を1つ格上げすると0次元、つまり*は点になります。すると、点は線に、線は面へとそれぞれ格上げされます。それを絵に描くと次のようです。
f:A→B のAとBは0次元でしたが、次元格上げされると点*を通るループになります。すると、矢印で表現されていたfは、ループとループをつなぐ膜のようなモノとして図示されます(膜は2次元です)。格上げされた後は、AとBは1-セル、fは2-セルということになります。
さて、ここからが面白い。点*を通るループ(A, Bとは限らない、任意のループ)は、ループを繋ぎあわせる演算によりモノイドになります。つまり、*から出て*に戻るループXがあると、それでループを終わりにしないで、引き続き*から出るループYを繋いで*に戻ると新しいループができます。できたループをX・Yとします。*から出て次の瞬間に*に戻るつぶれたループを1*とすると、1*・X = X・1* = X が成立し、1*は単位として振る舞います。さらに、ループの繋ぎ合わせ「・」の結合律も成立します。
ループAとBのあいだに張られた膜fと、ループBとCのあいだに張られた膜gは、境界線ループBを消し去るとループAとCのあいだに張られた膜f;gとなります。膜の繋ぎ合わせ「;」も単位律と結合律を満たします。ただし、境界ループで隣接している膜しか繋ぎあわせはできません。
こうして、点*、ループA, Bなど、膜f, gなどのあいだに2つの演算「・」「;」を入れることができます。
●モノイド圏とホモトピー
点*、ループA, Bなど、膜f, gなどから構成される世界には、0次元、1次元、2次元のモノが棲んでいました。0次元のモノは*だけなので、とりあえずその存在を忘れ去り、ループと膜を次元格下げして、再び点と線(矢印)だと考えます。ただし、先に定義した演算「・」「;」は残します。実はこれ、モノイド圏(monoidal category)そのものなんです。
別な言い方をすると、0-セルが1つしかない2-圏*1とモノイド圏は事実上同じものなのです。「0-セルが1つしかない2-圏 ←→ モノイド圏」の対応は、次元の格下げ/格上げにより与えられます。
ところで、ループと膜の絵を見ていると、基点付き空間のホモトピーの絵を連想します。
Xを基点*を持つ空間として、ループは円周からXへの写像、ホモトピーは円筒(円周×時間)からXへの写像です。
僕はホモトピーをろくに知らないので、「絵を描いてみたら、なんか似ている」という以上の指摘はできないのですが、メイ(J.P. May)やバエズの洞察の断片的受け売りで言えば、このような類似は本質的らしく、n-圏はup-to-homotopyの計算体系とみなせるようです。ホモトピーでは、次元の違いはさして重要ではないので、「あーそうなのかもな」という気はします。
*1:2-圏には強2-圏と弱2-圏があり、それぞれが、厳密モノイド圏と一般の(relaxed)モノイド圏に対応します。「n-圏とは何だろう」の最後のほうを見てください。