id:hiroki_fさん(a.k.a. ジョニー)が統計力学と熱力学について、本質的かつ難しいことを語ろうとしてますが、ついて行けそうにないので、非本質的かつやさしい議論をします。
物理的な背景やらメカニズムを理解するのは最初からあきらめ、簡単な例について、なんらかの量を計算できればそれでいい、という方針。ジョニー@居酒屋・天狗に教わったことの(おそらくは曲解しての)復習ですね。
内容:
模型(モデル)の構成
磁石(または類似の現象)の話に限ることにして、模型を作るには次の構成要素を決定します。
- 物体が存在する空間
- 物体の形状
- 物体上に分布する量
- 物体の状態という概念
- エネルギーの求め方
- エネルギーを確率変数とみなしての確率分布
まず、物体が存在する空間は1次元だとします。物体は直線内にあるナニカですね。1次元空間=直線は普通の実数直線でモデル化します*1。
物体の形状は、離散的なモデルを採用して、直線内に閉じ込められた単純無向グラフ*2だとします。整数の点をグラフの頂点とみなし、お隣どうしの点(例えば、2と3)が辺でつながっているかどうかを指定すれば、グラフが定義できます。
とにかく単純化したいので、グラフの頂点は {1, 2, ..., N} だとして、次のような関数Jでつながり具合を表現します。
- J(i) = (iとi+1がつながっていれば1, そうでなければ0)
N = 6 の場合、J(1) = 1, J(2) = 1, J(3) = 0, J(4) = 0, J(5) = 1 だとすると、“物体”は次の図のようになります。
物体(1次元に閉じ込められた単純無向グラフ)の各頂点にスピンが割り当てられます。「スピンとはなんぞや」は棚上げして、ともかくも2値の量だとします。スピンの表現は、0と1でも、黒と白でも何でもいいのですが、+1と-1を採用します。単に、+, -と符号だけを書くこともあります。
物体上のスピンの分布は、{0, 1, ..., N}→{+1, -1}という関数で表現されます。この関数を状態(配位ともいう)と同一視します。例えば、s(1) = +1, s(2) = +1, s(3) = -1, s(4) = -1, s(5) = +1, s(6) = -1 は1つの状態です。頂点がN個ある物体において、状態の総数は2N個になります。6頂点の物体なら26 = 64個の状態を持ちます。確率の言葉では、各状態が標本点ということです。
状態とエネルギー
N = 6の例でも、状態は64個あるので列挙するのが面倒です。N = 3のケースで、J(1) = 1, J(2) = 0 である物体を考えます。状態sを、(s(1), s(2), s(3))という長さ3のタプルで表現します。例えば、(+, -, +) は1つの状態です。すべての状態を列挙しても8個なのでたいしたことはありません。
状態のエネルギーは、各状態に対して定義される実数値で、その状態の起こりやすさの目安を与えます。
- エネルギーが高い状態は起こりにくい。
- エネルギーが低い状態は起こりやすい。
状態sのエネルギーをE(s)として、適当な関数fにエネルギーを代入した量 f(E(s)) がsの起こりやすさに比例する量となります。僕は、Eやfの具体的な形をどうやって決めるか(決まったのか)サッパリわかりませんでしたし、今でもわかりません。が、ジョニー@居酒屋・天狗曰く、「Eやfの具体的な表式はどうでもよくて、最終的に磁石になりやすい、なりにくいが説明できればいい」と。
そういう次第で、Eやfの具体的な形にはこだわらないことにして、E(s), f(E(s))の算出法を述べます。物体のモデルであるグラフの辺を、ボンドとも呼びます。ボンドと呼んだほうが感じが出る(なんの感じ?)のでそうします*3。エネルギーはボンドごとに計算するとして、
- ボンドの両端が同じスピンなら、そのボンドの局所エネルギーは-1
- ボンドの両端が違うスピンなら、そのボンドの局所エネルギーは1
とします。状態sのエネルギーを求めるには、ボンドの局所エネルギーを足し合わせます。一般的な表式は:
- Σ(i=1からi=N-1まで : (-1)×J(i)×s(i)×s(i+1) )
となります。上で出した例では、ボンドが1本(頂点1と頂点2をつなぐボンド)しかないので、総和の必要はありません。以下に、8つの状態のエネルギーを列挙します。
状態s | エネルギーE(s) |
---|---|
+, +, + | -1 |
+, +, - | -1 |
+, -, + | 1 |
+, -, - | 1 |
-, +, + | 1 |
-, +, - | 1 |
-, -, + | -1 |
-, -, - | -1 |
状態の実現確率
エネルギーが低い状態のほうが起こりやすいので、(+, -, +)より(+, +, +)のほうが起こりやすいことは分かります。が、もっと計量的に“起こりやす”さを評価したいものです。物理的背景とメカニズムはさておき(そういう方針)、天下りに 0<c<1 である定数cを導入して、cE(s) が状態sの出現確率を与えるとします(エネルギーを確率変数とみなして、指数分布というらしい)。ただし、すべての状態の出現確率を足して1になるように定数Zで割り算しておく必要はあります。
- sの出現確率 = 1/Z×cE(s)
定数cには温度が含まれるのですが、温度は一定として、ほんとの定数と思っていいでしょう。ここでは、c = 1/2 = 0.5 に決めてしまいます。関数f(x) を (1/2)xとして、f(E(s)) = (1/2)E(s) を出現確率の計算に使います。例に対して(1/2)E(s)を算出しておきます。
状態s | エネルギーE(s) | (1/2)E(s) |
---|---|---|
+, +, + | -1 | 2 |
+, +, - | -1 | 2 |
+, -, + | 1 | 1/2 |
+, -, - | 1 | 1/2 |
-, +, + | 1 | 1/2 |
-, +, - | 1 | 1/2 |
-, -, + | -1 | 2 |
-, -, - | -1 | 2 |
確率の分母となる定数Zは:
- Z = Σ(すべての状態sに渡って : (1/2)E(s))
上の例では、Z = 2 + 2 + 1/2 + 1/2 + 1/2 + 1/2 + 2 + 2 なので、Z = 10 です。このZで割り算して状態の出現確率が出ます。
状態s | エネルギーE(s) | (1/2)E(s) | 状態sの出現確率 | |
---|---|---|---|---|
+, +, + | -1 | 2 | 1/5 | |
+, +, - | -1 | 2 | 1/5 | |
+, -, + | 1 | 1/2 | 1/20 | |
+, -, - | 1 | 1/2 | 1/20 | |
-, +, + | 1 | 1/2 | 1/20 | |
-, +, - | 1 | 1/2 | 1/20 | |
-, -, + | -1 | 2 | 1/5 | |
-, -, - | -1 | 2 | 1/5 |
スピンが揃っている状態が磁石なので、この場合は、4/5 の割合で磁石、1/5の割合で磁石じゃないわけです。
イジング模型とポッツ模型
先の模型では、磁石となる割合(磁石である状態の出現確率)が大きかったのですが、それはなぜかというと、磁石になりやすい物体(物質の空間的な拡がりと性質)をモデル化しているからです。「磁石になりやすいように作ったから、磁石になりやすい」だけ。
今示した磁石になりやすい物体のモデルはイジング模型(Ising model)の最も簡単な例です。一方、磁石になりにくい物体のモデルにポッツ模型(Potts model)があります。局所エネルギーがイジング模型と違うだけで、ポッツ模型の局所エネルギーは次のように定義されます。
- ボンドの両端が同じスピンなら、そのボンドの局所エネルギーは1
- ボンドの両端が違うスピンなら、そのボンドの局所エネルギーは0
イジング模型と同じように、ポッツ模型における状態の出現確率を求めると:
状態s | エネルギーE(s) | (1/2)E(s) | 状態sの出現確率 | |
---|---|---|---|---|
+, +, + | 1 | 1/2 | 1/12 | |
+, +, - | 1 | 1/2 | 1/12 | |
+, -, + | 0 | 1 | 1/6 | |
+, -, - | 0 | 1 | 1/6 | |
-, +, + | 0 | 1 | 1/6 | |
-, +, - | 0 | 1 | 1/6 | |
-, -, + | 1 | 1/2 | 1/12 | |
-, -, - | 1 | 1/2 | 1/12 |
1/3 の割合で磁石、2/3の割合で磁石じゃない、という結果です。
分配関数と結び目
状態の出現確率を求めるとき、分母(正規化因子)としてZが出てきました。Zは次のように定義されます。
- Z = Σ(すべての状態sに渡って : cE(s))
これを状態和とか分配関数と呼びます。「定数なのに、なんで関数やねん?」と疑問に思うのですが、実際には温度Tがパラメータで入ります。温度一定と仮定しても、物体の形状によりZの値が変わります。物体の形状はグラフGで表現されるので、ZはGの関数 Z(G) となります。
イジング模型やポッツ模型のような、状態の出現確率の算出法を1つ選択して固定すると、その分配関数Zは、直線内のグラフGの関数だとわかりました。空間を2次元にすると、同様にして2次元グラフGの関数 Z = Z(G) が定義できます。
3次元空間内の結び目(knot)や絡み目(link)は、平面に射影して、影である2次元グラフ(4-正則グラフに取れる)と、交差点における紐の上下を指定するマーキングによって記述できます。上下交差マーキング付き平面グラフGに対して、分配関数(に相当する量)をうまく定義すると、まったく不思議なことに結び目や絡み目の不変量(分類の指標)を与えます。
いったいなんで、磁石と紐が関係するんだ? 冷蔵庫にメモを貼り付ける磁石と梱包用ビニール紐を眺めてみたが、「たまに使うからないと困る」以外の共通点は見つからなかった。