hiroki_fさんがゲージ理論との関連でファイバーバンドル(fiber bundle, fibre bundle、ファイバー束)の説明をしています。
勝手に説明のお手伝いをします。とはいえ、僕が書きかけた話と関係あるので、そっちの話題とつなげようとの下心があります。
内容:
- 髪の毛とかマルとかがビッシリ生えている
- ポール付き時計もどきが生えている土地
- 針を真上にあわせる話
- 道ごとにポールの傾きの差が与えられる
- あなたを混乱させる情報
- これは整合的じゃない
- コサイクル条件
- コサイクル条件の破れ
- おまけ:ファイバーバンドルと圏
髪の毛とかマルとかがビッシリ生えている
hiroki_fさんがファイバーバンドルの説明に使っている絵は、次のものです。
頭に生えている髪の毛です。
これは確かにファイバーバンドルのイメージとしてよい例です。注意すべきは、頭皮に髪の毛がビッシリ生えていることです。モヒカン刈りやハゲ頭に毛が1本とかはダメです。頭皮上のすべての点に1本ずつ毛(ファイバー)が対応してないとバンドル(たば)になりません*1。
とはいえ、絵を描くときはパランパランに離れた点に対してしかファイバーを描けないときもあります。僕もファイバーバンドルの説明図を描いたことがあるんですが、こんなでした。
この絵では、ファイバーが毛じゃなくてマル(円周)です。髪の毛(ただし真っ直ぐな毛)は直線バンドル*2、僕が描いたのは円周バンドルとかU(1)バンドルとか呼ばれるもの*3です。
ポール付き時計もどきが生えている土地
ビッシリ生えたファイバーを絵に描くのは難しいし、微積分が必要になったりするので、ここでは、碁盤目(格子)状の道路と、道路が交差する点(格子点)だけを考えることにします。上の絵のように、交差点ごとに円周がくっついているのですが、もう少し実感が湧くように設定を変えてみます。次の絵です。
ポールが付いた時計です。いや、ホントの時計じゃないんです。
- 針は1本しかない。
- 時を刻むものではない。
- 文字盤は時計と同じ。
- ポール(棒)と文字盤は真っ直ぐシッカリとくっ付いている。
単なる円周ではなくて、ポール付き時計もどきが交差点ごとに立っていると仮定します。ただし、土地に起伏があったり、ポールが斜めに埋めてあったりと、ポールの方向はバラバラです。時計の針も、時刻を示すわけではないのでテンデンに勝手な方向を向いています。
ちなみにこれは本物の時計:
針を真上にあわせる話
話を簡単にするために、碁盤目状の道路の一部を切り取って考えます。
| | --(B)------------(C)-- | | | | | | | | | | --(A)------------(D)-- | |
交差点A, B, C, Dの4点です。
さて、時計もどきには文字盤があるので、針の位置を読み取ることができます。例えば、点Aでは3時、点Bでは11時30分とか。でも、時刻を示してないので、12時の方向からの角度で+90度、-15度とか言ったほうがいいかもしれません。通常は左回りの角度をプラスにしますが、文字盤が時計と同じなので右回りをプラスの角度にしておきます(どっちでも違いは出ません)。
ここで、A, B, C, Dの4点の時計の針を全部真上を向かせる、という課題を考えます。もし、ポールが全部真っ直ぐに立っているなら、それぞれの針を12時にあわせれば済む話です。でも、実際はポールが傾いているので、12時の指す方向が真上とは限りません。
道ごとにポールの傾きの差が与えられる
ポールの向き(従って12時の指す向き)がバラバラでも、各点でのポールの傾き(鉛直方向からの角度)がわかっていれば、時計の針をあわせるのは簡単です。例えば、ポールが左に30度傾いているなら、針を1時に調整すれば真上を指します。
我々が考える状況では、各点でのポールの傾きは与えられません。A→B のような道ごとに「ポールの傾きの差」が与えられています。例えば、「A→Bでは+15度」という情報は、「Aのポールを基準にすると、Bのポールは右に15度傾いている」ということです。ここで重要なことは、Aのポールの鉛直方向からの傾きは不明なので、Bのポールの鉛直方向に対する傾きもやっぱりわからないことです。あくまで、「Aのポールを基準にすると」ということです。
このような状況で、すべての針を真上に揃える作業はできるでしょうか? ちょっと考えてみてください。
あなたを混乱させる情報
まずすぐに気が付くのは、どれか1本のポールの、鉛直方向からの傾きが分からないと、どうにもならないことです。ラチがあかないのは困るので、A点のポールは左に30度傾いているとします。つまり、針を1時にすると真上を指します。
さらに、A→B、B→Cなどの方向付きの道に「ポールの傾きの差」が与えられています。これなら、A, B, C, Dすべての点で針を真上にあわせることが出来るでしょう。では実際のデータでやってみてください。角度は右回りがプラスです(実はどうでもいいが)。
道 | ポールの傾きの差 |
---|---|
A→B | +15度 |
A→D | -30度 |
B→A | -15度 |
B→C | +30度 |
C→B | 0度 |
C→D | -15度 |
D→A | 0度 |
D→C | +10度 |
どうでしょう。A, B, C, Dの4点全ての針を真上に向かせることができましたか。それぞれの点で何時(あるいは12時から何度)に調整するばよいですか?
これは整合的じゃない
先の問題「A, B, C, Dのすべての点で針を真上に向かせる」を考えみます。まず、点Aでは、ポールが-30度傾いているので針は+30度(1時)にします。次にB点を見ると、A→Bでポールが+15度(左回りで角度を計っている)の変動を受けるので、針は-15度の補正が必要です。よって、針は +30度 + (-15度) = +15度 にすればいいでしょう。
こんな具合で針の調整ができます。しかし上のデータには困った点があります。整合性がないのです。例えば、A→Bでポールが+15度傾くなら、B→Aでは-15度になります -- あっている; 確かにAとBではあっているんですが、BとCでは、B→Cで+30度、C→Bで0度とツジツマがあってません。
いま、A→Bでのポールの向きの変動を(角度らしく)θ(A, B)と書くとします。すると、整合性のためには次の条件が必要です。
- θ(A, B) = -θ(B, A)
- θ(B, C) = -θ(C, B)
- θ(C, D) = -θ(D, C)
- θ(D, A) = -θ(A, D)
また、A→B→C の順で回って針を調整したときと、A→D→C の順で回って針を調整したときで結果が一致するためには、次の条件が必要です。
- θ(A, B) + θ(B, C) = θ(A, D) + θ(D, C)
針の調整結果が手順にかかわらず一意的になるには、これらの条件群が必要なのです。
コサイクル条件
4点A, B, C, Dと道の図を見ると、A→Cという道はありません。仮にA→Cがあってθ(A, C)も定義されているとするなら、「θ(A, B) + θ(B, C) = θ(A, D) + θ(D, C)」は次の形に書き換えられます。
- θ(A, B) + θ(B, C) = θ(A, C)
- θ(A, D) + θ(D, C) = θ(A, C)
| | --(B)------------(C)-- | /| | / | | / | | / | | / | | / | --(A)------------(D)-- | |
A→Cの道が実際にはない場合でも、θ(A, C) := θ(A, B) + θ(B, C) と無理に決めた上で、このθ(A, C)が θ(A, D) + θ(D, C) と等しいと主張すれば、もとの等式が再現します。
「θ(A, B) + θ(B, C) = θ(A, D) + θ(D, C)」の別な見方として、右辺を移項して:
- θ(A, B) + θ(B, C) - θ(A, D) - θ(D, C) = 0
「-θ(A, D) = θ(D, A)」と「-θ(D, C) = θ(C, D)」を使うと:
- θ(A, B) + θ(B, C) + θ(C, D) + θ(D, A) = 0
となり、A→B→C→D→A の順でグルッと一周すれば「ポールの傾きの差」の累積は0になることを表しています。AからAに戻ったので、傾きの差が0で元に戻るのは自然です。
いま述べたような条件はコサイクル条件と呼ばれます。
コサイクル条件の破れ
ファイバーバンドルとは、頭皮とか土地とかに例えられる底空間に、直線とか円周とかがビッシリと生えている構造です。この記事の例では円周、つまり円周バンドルを扱っています。各点に付随している円周達が無関係だと面白くもなんともないので、近所の円周達の相互関係が規定されているのが普通です。それを(ファイバーバンドルの)接続と呼びますが、今回の例では、ポールの傾きの差 θ(X, Y) として接続が与えられます。
接続θが、θ(X, Y) = -θ(Y, X) とか θ(X, Y) + θ(Y, Z) = θ(X, Z) を満たせば確かに都合がいいのですが、いつでもそれが期待できるわけじゃありません。適当なサイクル(閉じた道)に沿ってグルッと回りながら「ポールの傾きの差」であるθ(X)を累積したら0にならないかも知れません。つまり、コサイクル条件が破れることがあるわけです。
コサイクル条件の破れることは別に悪いことではありません。どのくらい破れているかを計ることにより、ファイバーバンドルの曲がり具合、捩れ具合、欠損の存在などを検出できます。
おまけ:ファイバーバンドルと圏
[追記 date="翌日"]アリャ、すぐ下の道の定義がマズイわ。よく知られている普通の定義は次の2段落に書いてあるものなんです(で、書いてしまった)が、これを採用すると、その後に書いてある性質が成立しません。これじゃダメじゃ。それと、文字tを定数と変数の両方で使ってたりするし。まーとりあえず、下の2段落をそのまま残しますが、その後に訂正を挿入します。[/追記]
ファイバーバンドルの底空間をMとしましょう。Mの道とは、実数の閉区間[0, 1]からMへの写像 α:[0, 1]→M です(区分的になめらかとか、αに適当な条件は付けますが)。ただし、単調な可逆関数 f:[s, t]→[0, 1] によってパラメータを付け替えた α'(t) = α(f(t)) と、もとのαは区別しないことにします。
Mの2点x, yに対して Path(x, y) = {α | αは、α(0) = x, α(1) = y である道} と定義します。特に、ιx(t) = x で決まる自明な道ιx があります。また、α∈Path(x, y) と β∈Path(y, z) に対して、αとβをつないだ道を作れます。αとβをこの順でつないだ道を α;β と書きましょう。
[追記 date="翌日"]
「Mの道」の定義を修正:Mの道とは、実数の閉区間[a, b](a≦b)からMへの写像 α:[a, b]→M です(区分的になめらかとか、αに適当な条件は付けますが)。ただし、単調な可逆関数 f:[a', b']→[a, b] によってパラメータを付け替えた α'(t) = α(f(t)) と、もとのαは区別しないことにします。
Mの2点x, yに対して Path(x, y) = {α:[a, b]→M | αは、α(a) = x, α(b) = y である道} と定義します。特に、ιx:[0, 0]→M; ιx(0) = x で決まる自明な道ιx があります。また、α∈Path(x, y) と β∈Path(y, z) に対して、αとβをつないだ道を作れます。αとβをこの順でつないだ道を α;β と書きましょう。
[/追記]
以上の定義で圏が出来上がっていることは簡単に分かると思います。出来た圏を C = CM とすると:
- Cの対象類はMである; |C| = M 。
- 対象x, yに対するホムセットはPath(x, y)である; C(x, y) = Path(x, y) 。
- 射の結合は道の結合で与えられる。
- 恒等者は自明な道で与えられる。
道のパラメータを付け替えていいことを考慮すれば、結合律と単位律も成立します。
ここで、分かりやすい例としてファイバーがベクトル空間であるファイバーバンドルを考えましょう。接続は与えられているとします。接続が与えられると、道に沿ってファイバーを“平行移動”するという概念を定義できます。α∈Path(x, y) として、αに沿ってファイバーを平行移動していくと、点xでのファイバーであるベクトル空間Vxと、点yでのファイバーであるベクトル空間Vyとの対応関係 Fα:Vx→Vyが定義できます。このFαは線形写像(通常は同型)です。
さて、VxをF(x)、FαをF(α)と記法を変えて、先に定義した圏Cの言葉で言い換えてみると:
- Cの対象xにベクトル空間F(x)が対応している。
- Cの射αに線形写像F(α)が対応している。
F(α;β)とF(ιx)がどうなるかを観察すると、Fが圏Cから圏Vect(ベクトル空間の圏)への関手であることがわかります。
そうです、接続が与えられたベクトルバンドルは、「底空間の道の圏」から「ベクトル空間の圏」への関手だったんですね。
僕が圏のコサイクルに興味を持った動機のひとつは、ファイバーバンドルを圏論的に見たらどうなるか? です。微積分との関連では無限小領域の圏論(無限に短い射とか)が必要そうです。難しそうだけど、面白そうでしょ。