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参照用 記事

カロウビ展開圏:実例

カロウビ展開圏(Karoubi envelope)の話はチマチマとしていくつもり。

カロウビ展開圏の実例は自分で作ってください -- と言いたいところですが、いくつかの実例を提示しておきます。集合の圏Setや順序集合の圏Ordのカロウビ展開圏は、計算(コンピュータやプログラム)への応用で扱うつもりなので、ここではそれらとは別な例を出します。

元の圏とカロウビ展開圏が変わらない例

例を作るときは、まずは極端な圏で考えるのがいい方法です。痩せた圏Cの場合を考えましょう。痩せた圏では、C(A, A) = {idA}です。idAはベキ等射ですが、それ以外にベキ等射は(つうか、自己射が)存在しないので、|KE(C)| = |C| となります。どんな射 f:A→B でも idA;f;idB = f を満たすので、KE(C)(A, B) = C(A, B) となり、結局、KE(C) = C です。痩せた圏でなくても、ベキ等射が恒等射以外に存在しない圏Cでは、KE(C) = C となり、カロウビ展開圏を作っても、元の圏と同じものしか出てきません。

次に、対象が1つしかない圏、つまりモノイドを考えます。モノイドの話では、a;b の代わりに ab と書くことにします。モノイドの単位元(圏の恒等射)をeと書きます。すぐ上の議論から、単位元以外にベキ等元がないモノイドMでは、KE(M) = M です。例えば、正自然数の全体に掛け算を考えたモノイド(単位元は1)のカロウビ展開圏はそれ自身です。

右自明モノイド

破壊的代入のモデルとなる右自明モノイドのカロウビ展開圏はどうなるでしょう。右自明モノイドMは次のように定義されました。

  • b≠e ならば、任意の a∈M に対して、ab = b
  • 任意の a∈M に対して、ae = a

この定義から、すべての元がベキ等になり、|KE(M)| = M となります。カロウビ展開圏を作ったら、対象がメイッパイ増えましたね。射はホムセットごとに考えてみます。以下、K = KE(M) と略記します。

  • x∈K(a, b) ⇔ axb = x

b≠e ならば、axb = (ax)b = bですから、axb = b は x = b を意味します。つまり、

  • b≠e ならば K(a, b) = {b}

Kの形状は完全グラフのように思えます。が、単位元のところでは少し違います。x ≠ eならば axe = x が成立するので:

  • K(a, e) = M\{e} (a ≠ e のとき)
  • K(e, e) = M

となり、単位元eに向かうホムセットは太っています。

ベキ集合のミートによるモノイド

[追記 date="翌日"]oto-oto-otoさんのご指摘により、包含の向きの間違いを訂正しました。間違い部分には取り消し線。[/追記]

集合T(total set)を1つ固定して、Tの部分集合の全体Pow(T)に、集合の共通部分(ミート)を取る演算∩を考えます。Pow(T)は、∩演算に対して単位元をTとするモノイドになります。このモノイドをMと置きます。

任意の A∈M(つまり A⊆T)に対して A∩A = A なので、Mの全ての元がベキ等元です。|KE(M)| = M となります。再び、K = KE(M) と略記して、ホムセットK(A, B)を考えます。

  • X∈K(A, B) ⇔ A∩X∩B = X

A∩X∩B = X は、(A∩B)∩X = X と書けるので、(A∩B) ⊆ X X ⊆ (A∩B) を意味します。つまり:

  • X∈K(A, B) ⇔ (A∩B) ⊆ X X ⊆ (A∩B)

特に、K(T, T) = {T}、0空集合として K(A, 0) = K(0, A) = M  K(T, T) = M、0空集合として K(A, 0) = K(0, A) = {0} などが分かります。

有限次元ベクトル空間の圏

有限次元ベクトル空間の圏FdVectのカロウビ展開圏を考えてみます。無限次元でも話は同じですが、無限次元は恐ろしいので言及しません。実は、僕はこの話をあまりチャント考えてないので、線形代数をご存知の方、間違い・誤解があったら教えてください。

FdVectのなかのベキ等射は、ベクトル空間V上の射影作用素です。P:V→V が射影作用素のとき、像空間Im(A)が決まります。一般的には、射影作用素と像空間は1:1に対応しませんが、だいたいのところ、V上の射影作用素はVの部分空間を表すとみてよいでしょう。

P:V→V と Q:W→W が射影作用素のとき、A:V→W が P;A;Q = A を満たすとき、Aはどんな線形写像かというと(たぶん)、

  • Ker(P) ⊆ Ker(A)
  • Im(A) ⊆ Im(Q)

雰囲気としては、Aは、Im(P) と Im(Q) に制限しても意味を持つ線形写像です。内積/計量/直交性とかを考えるともっと面白い話になると思うのですが、あんまり考えてません。

ベキ等射と部分対象

ベクトル空間の例で触れたように、ベキ等射(射影)は、だいたい部分対象に対応します -- このことを(雰囲気じゃなくて)正確に述べることもできます。今日は正確な記述はしませんが、順序の話をしておきます; 部分対象のあいだには包含順序がありますが、ベキ等射のあいだにも次のように順序が定義できます。

  • a ≦ b ⇔ a;b = a

a, bがベキ等であることから、「a ≦ a」と 「a ≦ b, b ≦ c ならば a ≦ c」は容易に示せます。しかし、「a ≦ b, b ≦ a ならば a = b」はうまくいかないと思います。すぐ上で「順序」と書きましたが、実はプレ順序にしかなりません。

「a ≦ b, b ≦ a だが、a = b ではない」例を出しましょう。「/」を改行の代わりに使って、2行2列の行列を [1, 0/ 0, 1] のように書くことにします。A = [1, 0/ 0, 0], B = [1, 1/ 0, 0] とすると、通常の行列の掛け算でどちらもベキ等になります。単純な計算で、A;B = BA = A と B;A = AB = B が示せます。つまり、A ≦ B かつ B ≦ A ですが、もちろん A = B ではありません。

この例を見ると、ベキ等射には単に外延としての部分対象より深い情報が織り込まれているようです。「a ≦ b, b ≦ a」にも関わらず「a = b」を導けない事情には、非可換性が関わっています。実際、ベキ等射のあいだに可換性 a;b = b;a を仮定すれば、「a ≦ b, b ≦ a ならば a = b」が出てきます。

ここらへんは、象の尻尾のさらに先っぽを触っているような感じで、背後になにかビッグピクチャーがありそうですがサッパリ見えません。でもまー、カロウビ展開圏の話としては横道に逸れたので、このへんにしておきます。