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参照用 記事

圏論:モノかつエピな射 再び

以前、「モノかつエピだがアイソではない例」というエントリーを書きました。順序集合を圏とみなした圏では、すべての射がモノかつエピとなりますが、アイソでない射も含まれる、という内容です。

もう少し普通な(なにが普通だ?)の例としてよく引き合いに出されるのは、有理数の集合Qを実数の集合Rに埋め込む包含写像です。ただし、集合圏ではなくて、位相空間の圏Topで考えます。e:QR in Top は、モノかつエピだがアイソではない例になっています。それと、単位元付きの可換環の圏で、整数環Z有理数の環Qに埋め込む写像も、モノかつエピだがアイソではありません。これらの例を紹介します。

有理数を実数に埋め込む例

e:QR (eはembeddingから)は、集合と写像の意味で単射なので、圏Topのモノになります。この部分では、eが連続写像であることは特に使いません。次に、eがエピであることを示しましょう。eがエピであるとは、次が成立することです。

別な言い方をすると、f, gをRの部分集合Qに制限したものが等しいなら、fとgは等しいということです。このことを確かめてみます。

x∈R有理数のときは、定義から f(x) = g(x) です。xが有理数でないときでも、r0, r1, r2, ... という有理数の無限列でxに収束するものがあります。ri 達はすべて有理数なので:

  • f(ri) = g(ri)

fは連続ですから、f(x) は yi = f(ri) の極限です。f(ri) = g(ri) だったので、yi = g(ri) でもあります。

  • f(x) = f(lim ri) = lim f(ri) = lim yi
  • g(x) = g(lim ri) = lim g(ri) = lim yi

これで、∀x.[f(x) = g(x)] が示せたので、f = g です。

eがモノかつエピでも、QRはアイソ(位相同型)ではありません。圏Topは集合ベースの圏なので、Topでの同型はSetに忘却しても同型のはずですが、QRの基数は違います。

埋め込みを引き込めるか

埋め込み e:QR に対して、e;p = idQ となるような p:RQ はあるでしょうか? このようなpは、eに対する射影とか引き込み(レトラクト)と呼ばれるものです。実は、この埋め込みに対する引き込みはありません。引き込みpがあるとして矛盾を導いてみます。

πは円周率とします。円周率が有理数でないことは既知とします*1。今、3, 3.1, 3.14, 3.141, 3.1415, ... のように、πに収束する有理数の列を考えて、これを ri (i = 0, 1, 2, ...)とします。pは連続なので、p(π) = p(lim ri) = lim p(ri) となります。

ところで、e;p = id から、有理数rに関しては p(e(r)) = p(r) = r が成立します。lim p(ri) = ri です。Qの位相は、Rの部分集合として誘導された位相に一致するので、p(π) = lim ri = π のはずです。しかし、πは有理数ではないので、p(π)はQに入りません。これは、p(π) が有理数であるという最初の仮定に矛盾します。

引き込みの存在は同型よりずっと弱い条件です(RR2の埋め込み x|→(x, 0) は引き込めます)が、それも存在しないのです。

整数を有理数に埋め込む例

e:ZQ を整数を有理数に埋め込む写像とします。今度は単位可換環(乗法の単位元を持った可換環)の圏で考えます。この圏の射は、乗法単位元を保存する可換環準同型です。eがモノなのはすぐにわかります。eがエピであるとは:

  • 任意の単位可換環Rと準同型 f, g:Q→R に対して、e;f = e;g ならば f = g。

これも、Qの部分単位可換環Z上で同じ値を取る2つの準同型が一致すると言い換えられます。この形で示します。

少し記号の準備をしましょう。Rが単位可換環のとき、その乗法単位元を1Rとします。R内で足し算ができるので、1R + 1R + ... (n回の足し算) = nR と書きます。このnRを、単にnと書いてしまいましょう。1 = 1R, 2 = 2R, 3 = 3R などです。このとき:

  • f:R→S が単位可換環の射なら、f(a×n) = f(a)×n

つまり、n倍する演算は射で保存されます。

さて当該命題の証明; f, g:Q→R, n∈Z に対して f(n) = g(n) と仮定します。この仮定のもとで、f(1/n) と g(1/n) は等しくなります。なぜなら、

  • 1 = f(1) = f((1/n)×n) = f(1/n)×n
  • 1 = g(1) = g((1/n)×n) = g(1/n)×n

これから、f(1/n)×n = g(1/n)×n = 1 です。一般に、単位可換環のなかで、a×n = b×n = 1 ならば a = b です(練習問題)。これより、f(1/n) = g(1/n)。

さらに、f(m/n) = m×f(1/n) = m×g(1/n) = g(m/n) となり、すべての有理数 m/n に対して f(m/n) = g(m/n) です。

この例でも、埋め込み e:ZQ を引き込むことはできません。e;p = idZ となる p:QZ があったとすれば、1 = p(1) = p((1/2)×2) = p(1/2)×2 ですが、x×2 = 1 という方程式はZ内で解けません。

*1:別に円周率でなくても、無理数ならなんでもかまいません。