2-圏(厳密な2-圏、強2-圏)の例としては、たいてい“圏の圏”Catが使われます。確かにCatは面白いし、Catを2-圏として理解することは役に立つとは思います。が、Catは難しいですよね。「n-圏とは何だろう」において、より簡単な2-圏の例として順序集合の圏を紹介しました。でも、まだ難しいような… そこで今日は、行列だけで2-圏を作ってみます。
内容:
非負行列の圏
ゼロまたは正の数を非負の数といいます。整数でも実数でも、非負ならなんでもいいです。成分がすべて非負の数からなる行列を、ここでは非負行列と呼ぶことにします。
非負行列を掛け算しても非負行列です。単位行列は非負行列です。よって、非負行列の全体は圏となります。行列の圏の部分圏です。この圏をNNMat(NonNegative Matrix)と呼ぶことにすると:
- |NNMat| = Obj(NNMat) = 非負の整数 = {0, 1, 2, ...}
- NNMat(n, m) = m行n列の非負行列の全体
- domは列の数、codは行の数
- idn は単位行列
- 射の結合(composition)は行列の掛け算
非負行列の順序
AとBは、同じサイズ(列の数と行の数)の行列だとします。成分どうしを比較して、どの成分に関してもAよりBが大きいとき、A≦B と定義します。A[j, i]を「j行i列の成分」だとしてハッキリと書くと:
- A, B∈NNMat(n, m)、
- どんな 1≦i≦n, 1≦j≦m に対しても A[j, i]≦B[j, i]、
- このとき、A≦B。
この関係≦はあきらかに順序関係です。
- A≦A
- A≦B かつ B≦C ならば A≦C
- A≦B かつ B≦A ならば A=B (これは使わない)
あまりにも素朴(悪い意味でナイーブ)で、こんな順序を定義しても意味が無いように思えますが、そうでもないんです。次の性質があります。
- A, B∈NNMat(n, m)、C, D∈NNMat(m, k) のとき、A≦B かつ C≦D ならば CA ≦ DB
ここで、CAは普通の行列の掛け算です。掛け算を逆順に書くときはセミコロンを使うことにして(つまり、A;C = CA)、圏論ぽい記法で書くと:
- A, B:n→m、C, D:m→k のとき、A≦B かつ C≦D ならば A;C ≦ B;D
ホム圏と横結合
2-圏とは、ホムセットが単なる集合ではなくて圏の構造を持つものです。非負行列の圏におけるホムセットはNNMat(n, m)ですが、上で述べたことから順序集合になります。ところが、順序集合は圏とみなせるんですよね。「はじめての圏論 その第3歩:極端な圏達」を参照してください。
これで、各ホムセットが圏になっている構造ができました。A≦B であるような行列のペア (A, B) がホム圏(圏であるホムセット)の射です。わかりやすいように、そのようなペアを [A≦B] と書きましょう。高次圏の用語法で言い換えると:
- NNMatの0セルは非負整数である。
- NNMatの1セルは非負行列 A:n→m である。nとmは0セル。
- NNMatの2セルは [A≦B]::A⇒B:n→m である。nとmは0セル、AとBは1セル。
ホム圏の対象は非負行列、ホム圏の射は順序です。ホム圏における射の結合は、順序の推移律で与えられます。
- [A≦B];[B≦C] = [A≦C]
さて、各ホムセットが圏になっているだけではまだ不十分で、2-圏では2セルの横結合(水平結合、並列結合)が必要です。横結合は星印で表すことが多く、スター積と呼ぶこともあります。順序の横結合=スター積は次のように定義されます。
- A, B:n→m、C, D:m→k のとき、[A≦B]*[C≦D] = [A;C≦B;C]
この定義が有効(well-defined)であることは、「A≦B かつ C≦D ならば A;C ≦ B;D」が保証します。
2-圏の法則
NNMatの0セルと1セルは圏を構成していました。ホムセットNNMat(n, m)は圏となりますが、この圏(ホム圏)の対象は1セル、射は2セルです。2セルをα、βなどで表し、特に [A≦A]はιAとします。次は、「圏になってます」の表現です。
- (α;β);γ = α;(β;γ)
- α;ιA = α
- ιA;α = α
横結合に関しても結合律と単位律は成立します。
- (α*β)*γ = α*(β*γ)
- α*ιI = α
- ιI*α = α
ここでιIは、正確に書くと、サイズnの単位行列Inに対する[In≦In]のことです。
2セルの縦結合と横結合のあいだには次の関係があります。
- (α;β)*(γ;δ) = (α*γ);(β*δ)
- ιA*ιB = ιA;B
これは交替律です。
参考エントリー
- 行列の圏については: はじめての圏論 その第2歩:行列の圏
- 部分圏については: はじめての圏論 その第4歩:部分圏
- 順序集合が圏であることは: はじめての圏論 その第3歩:極端な圏達
- 2-圏としての順序集合の圏については: n-圏とは何だろう
- 行列の圏を対角和に関してモノイド圏とみなす方法は: 自己関手の圏とモナド
- ホムセットが構造を持った圏については: モノイド圏、豊饒圏、閉圏と内部ホム
- 交替律については: 指を使った足し算と interchange law
- 交替律の応用については:序数、基数、モノイド圏とエックマン/ヒルトン論法