ここんとこF1の話ばっかりしてますな。
「いわゆる「一元体」の正体をちゃんと考えてみる」において、「F1」という記法も、「一元体」「標数1の体」という言葉もあまりにも不適切でヒド過ぎるとブーたれたけど、いまさらどうにもならないので、F1を使います。太字・下付きが面倒ならF1、呼び方はエフワンだとカーレースみたいだからエフイチ。
F1の計算て、デジャブな感じ、何かと思い当たるふしがあるのです。そこが面白い。コンヌみたいな超天才の大数学者が、喩え話とかではなくて、モロに 1 + 1 を真剣に探求しているってことも、世間話としては楽しいしね。
F1単独じゃなくて、F2、B、F1の3つ組で考えるとより興味深いと思います。どれも台集合は {0, 1} で、足し算が違います。もし1ビットの計算機があったら、機械語命令Addは、繰り上がりを捨てて 1 + 1 = 0 とするのが自然だと思います; これはF2の計算。真偽値計算なら、1 + 1 = 1 (論理OR)ですよね; Bの計算がこれです。skipとhangについては「コンヌの挑戦とプログラムの代数」で述べました; これ、F1の計算になっています。
もうひとつ「思い当たるふし」は、「マスロフ式算数がやたらに面白いんですけど」で紹介したマスロフ式算数(マスロフ代数)との関係です。R≧0 を非負実数の集合として、掛け算は普通の掛け算を考えます。足し算は次の形のマスロフ和を採用します。
- (x1/h + y1/h)h
パラメータhは正の実数で、マスロフのプランク定数、物理に出てくる本物のプランク定数のアナロジーです。h = 1 ではマスロフ和は普通の足し算、hが0となる極限で、足し算がmax(大きい方、正確には小さくないほうを選ぶ演算)になります。この h → +0 の過程をマスロフ脱量子化(Maslov Dequantization)と呼ぶのでした。下の図で、TRADITIONAL MATHEMATICS が h = 1 の世界、IDEMPOTENT MATHMATICS が h = +0 の世界です。
h → +0 とは逆方向に、マスロフのプランク定数hを正の無限大に飛ばすと、足し算は定義できなくなります。
つまり、マスロフのプランク定数を変動させると、3つの典型的な代数構造ができるわけです。それは、(R≧0, ×, +), (R≧0, ×, ∨), (R≧0, ×) です。記号「∨」はmax演算の中置演算記号です。この3つは、F2、B、F1 の類似物ですよね。
プランク定数 | 非負実数の代数系 | 二元の代数系 |
---|---|---|
h = 1 | (R≧0, ×, +) | F2 |
h = +0 | (R≧0, ×, ∨) | B |
h = +∞ | (R≧0, ×) | F1 |
どうやら、F2、B、F1 は離散有限、それも極小の有限におけるプランク定数 1, +0, +∞ の代数系みたいです。
さらに別な話:以前、アミダやブレイドの圏の話をしました。
アミダのほうがブレイドより簡単な圏です。アミダの圏は恒等 I:1→1 と 入れ替え X:2→2 を元にして、結合(アミダを縦に繋ぐこと)とモノイド積(アミダを横に並べること)で生成した圏になります。これ以外に途中で切れた紐 !:1→0 (下図)を入れると、アミダより広い圏ができます。仮に拡張アミダ圏とでも呼びましょう。
恒等
・
|
|
・入れ替え
・ ・
\/
/\
・ ・切れた紐
・
|−
1956年にティッツ(Tits)が夢想した「n次の一般線形群GLn(K)が、n次の対称群(置換群)になる」状況は、拡張アミダ圏で実現できます。つまり、拡張アミダ圏は、“足し算なしの線形代数”のモデルになっています。
半世紀近くも見つからなかった構造がこんなに簡単だったなんて、なんか面白いでしょ。
[追記]
あーそうだ、もうひとつ理由がありますね。F1の掛け算九九は簡単です:「ゼロゼロがゼロ、ゼロイチがゼロ、イチゼロがゼロ、インイチがイチ」 -- これなら子供に負けないでしょう。(http://d.hatena.ne.jp/m-hiyama/20100714#c1279078194 参照)
[/追記]