この「キマイラ飼育記」の読者は、コンピュータ屋さんが多いと思うので、今回の記事の内容に関して「なにも今さらそんなことを」と感じるでしょうが、掛け算もしない人が実際にいそうなので、あえて書いたものです。文系だ理系だとか、そんなことじゃなくて、ほんとに基本的な理科教育をなんとかしないと今回みたいなとき困るんじゃないの? と思います。
説明するのが難しい/メンドくさいと思ったとき、この記事が多少のお役に立てれば幸いです。
放射線量に関することですが、「政府やNHKは数字のマジックでごまかしている」とか「自然放射線を考慮してない」とか「一瞬の被ばくと長期間の被ばくの違いを無視している」とか色々なご意見(?)があるようです。ほんとにごまかしているのか、真実の値がどの程度なのか、加減乗除さえできれば計算できるので、とりあえず計算してみませんか。
内容:
僕も知りませんでした、シーベルト
今日(2011年3月17日)の時点では随分とポピュラーになった感がある単位「シーベルト」、僕も知りませんでした。最初に耳にしたのは、原子力安全・保安院の記者会見です。初耳でした。「えー、なにそれ?」と。
それですぐに調べたわけでもないのですが、なんか放射線に関係する単位なんだろう、くらいの見当は付きます。単位の組み立て方(後述)から、シーベルト単位で測る物理量の計算の仕方はわかります。ただし、その値が「どのくらいだと危険なのか」とか、「ガン発病との因果関係」とか、そもそも「自分がいるこの場所でのシーベルト・ナンチャラの値は?」とか、そんな事はわかりません。そういう事は、手元で計算したり一人で考え込んでもダメ、調べるしかないです。
ここでは、特に調べなくてもわかる計算法を先に紹介します。計算とはいっても、加減乗除だけです。小学校3年生くらいの算数です。後のほうで、実際の測定値をもとに計算して、それを基準値と比較することもやってみます。
マイクロとミリ
まず、マイクロシーベルト、ミリシーベルトという2つの単位が出てくるので、マイクロとミリの話をします。
マイクロは知らなくても、ミリメートル(mm)のミリはご存知でしょう。1メートルの千分の一がミリメートルです。一般に、「ミリ」は千分の一を表します。「マイクロ」はミリのさらに千分の一、もとから考えると百万分の一を表します。
- | 略記号 | 大きさ |
---|---|---|
ミリ (milli) | m | 千分の一 |
マイクロ (micro) | μ | 百万分の一 |
1マイクロメートルは、千分の1ミリメートル=百万分の1メートルです。
マイクロメートル単位で測るモノといえば、例えば微生物ですね。Wikipedia項目「アメーバ」によると:
- 大型のものは1mmを越えるが、多くは10-100μm程度である。
毎時という単位
現在シーベルトが使われている文脈の多くでは、「毎時」が付いています。つまり、「マイクロシーベルト毎時」または「ミリシーベルト毎時」ですね。記号的に短く書くときは、「μSv/h」とか「mSv/h」となります。hはhour(時間)の略記です。
毎時とか毎分というのが、なんらかの意味で速度を表すことは見当が付きますよね。60キロメートル毎時(60km/h)とか、20メートル毎秒(20m/s)とかが速度の単位であることはご存知でしょう。
速度の概念は、走るときだけのものではありません。例えば、水道の蛇口からポタポタ水が出ていて、10分間で200ミリリットルの水が流れ出るなら、その“速度”は 20ミリリットル毎分(20ml/m)となります。ポタポタの量が変わらないなら、30分では 20ml/m × 30m = 600ml の水が流れ出ます。ある時間内に流れ出る総量が掛け算で計算できる点に注目してください。
10ミリシーベルト毎時(10mSv/h)という量があったら、それはある種の速度で、20時間に渡るナニカの総量は 10mSv/h × 20h = 200mSV = 200ミリシーベルト と計算できます。シーベルトが何であるかを知らなくても、ある時間内の総量が掛け算で計算できる事はわかるのです。
蓄積される量
前の節で、蛇口から流れ出る水の話をしました。この水をペットボトルに貯めるとしましょう。20ミリリットル毎分(20ml/m)のポタポタを1時間貯めたらどのくらいの量になるでしょうか? このときも掛け算です。流れ出る量は貯まる量と同じですから当たり前。計算は、20ml/m × 1h = 20ml/m × 60m = 1200ml = 1.2l = 1.2リットル です。リットルのエルがイチと紛らわしいので注意してください。
蛇口からのポタポタが一定ではなくて変動するときはどうでしょう。例えば、次のように変化したとしましょう。
- 0分から2分 -- 20ミリリットル毎分
- 2分から5分 -- 22ミリリットル毎分
- 5分から6分 -- 23ミリリットル毎分
- 6分から10分 -- 25ミリリットル毎分
このときは、単純に掛け算とはいかず、次のように計算します。
- (20ml/m × 2m) + (22ml × 3m) + (23ml × 1m) + (25ml × 4m) = 40ml + 66ml + 23ml + 100ml = 229ml
これを精密にすると、物理量の時間に沿った積分になります。
シーベルトの計算
では、シーベルトの計算をしてみましょう。
Wikipedia項目「シーベルト」によると:
人体が放射線にさらされる事を放射線被曝(ほうしゃせんひばく)といい、人体は年間およそ2.4ミリシーベルト(世界平均)の自然放射線に常にさらされている。ごく微量の放射線では人体に影響を与えることはないが、大量の放射線は人体に有害である。
自然放射線で、1年間の総量が2.4ミリシーベルトなのですね。また、CTスキャン1回では6.9ミリシーベルトだそうです。
本日(2011-03-17)の放射線量を http://pow-source.com/311/ で調べてみます。グレイ(Gy)という単位も出てきますが、「原子力災害対策特別措置法では1Sv=1Gyとなっております。」とのことなので、今回はシーベルトとグレイを区別する必要はなさそうです。
茨城県が詳しいので、茨城県の最高値を探してみます。ひたちなか市堀口が 881ナノグレイ毎時(881nGy/h)という高い値を示しています。でも、「ナノ」はマイクロのさらに千分の一なので、マイクロに換算しておくと、0.881マイクログレイ毎時です。シーベルト=グレイ なので、0.881マイクロシーベルト毎時(0.881μSv/h)となります。
0.881μSv/h が、ひたちなか市堀口における一時間あたりの被ばく量と考えていいでしょう。当然ながらこの値は変動しますが、同じ値が1年間続くとして掛け算すると:
- 0.881μSv/h × (24 × 365)h = 7717.56μSv
マイクロが千分の一ミリだったことを思い出して、端数は四捨五入すると:
- 7.718mSv
自然放射線はどっちみち浴びるので、CTスキャン1回より若干多い被ばくとなります。ただし、CTスキャンは短時間に被ばくしますが、7.718mSvは1年間に蓄積される総量です。(短時間と1年間の差による影響は、僕は知りません。)
危険な量は
Wikipedia項目「シーベルト」によれば、自衛隊・消防・警察の許容放射線量は 50mSv/年 となっています。これは、自然放射線に積み上げる量だと思いますが、仮に2.4ミリシーベルトを引いても大差なく、40ミリシーベルト代の値です。
年間総量40ミリシーベルトを(24 × 365)時間で割り算すると:
- 40mSv ÷ (24 × 365)h = 0.00457mSv/h (端数は四捨五入)
ミリからマイクロに直すと 4.57μSv/h です。この値は、1年間一定で同じ値が続いたときのことです。一時的な最大値を意味しているわけではありません。
我々の多くは自衛隊・消防・警察ではないので、毎時の値がマイクロシーベルト単位で1未満であってほしいと思います。ただし、長くは続かない一時的なピークであれば、マイクロシーベルト単位の値であるなら恐怖を感じるほどのこともないでしょう。もっとも、恐怖の感覚は個人差があるので、「それでもコワイ」という感覚を責める気はありません。