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参照用 記事

何も分からないままに望月新一氏のInter-universal理論について語ってみる

とある界隈では、京大数理解析研究所望月新一教授ABC予想で大騒ぎですね。一般のマスコミも、9月18日くらいから報道をしているようです。ABC予想を解いたとされる論文自体は8月30日から公開されていたそうです。一時、アクセスが困難でしたが、今はサクッとレスポンスが戻ります -- サーバー機能を増強したんでしょうか。

タイトルに「IV」とあるように、これはシリーズの4番目の論文で、全体では500ページくらいあるそうです。

報道(識者のコメントってやつかな)を1つだけ引用すると:

“If Mochizuki’s proof is correct, it will be one of the most astounding achievements of mathematics of the twenty-first century.” (Dorian Goldfeld, a mathematician at Columbia University in New York.)

ABC予想の解決は、数学における超弩級の成果だ、ということですね。

内容:

  1. n-Categoryカフェの記事
  2. テレンス・タオのコメント
  3. 不思議な第3節
  4. Inter-universal理論と圏の幾何学
  5. 未来から来た理論

n-Categoryカフェの記事

9月10日の時点で、n-Categoryカフェの記事でこの話題が取り上げられていました。

僕は、この記事をチラッとは見たのですが、そこに出ていた"Mochizuki"という綴りが「望月」であることに気付かないほどのチラ見でした。後になって「そういえば」と思ってもう一度眺めたわけです。

この記事内には、関連する情報へのリンクがたくさん含まれす。

The online world of mathematics has taken a considerable interest in Mochizuki’s proposed proof of the ABC conjecture. The best exposition, including some by Minhyong Kim, is in answer to this MO question.

だそうです。answer to this MO (math overflow) question とは:

Philosophy behind Mochizuki's work について解説しているMinhyong Kim*1は、n-Categoryカフェの2007年4月の記事にコメントを寄せています(強調は檜山)。

Dear Terry,

...[snip]...


I don’t really know how Grothendieck thought about his program, but my friend Shin Mochizuki has the striking view that anabelian geometry is primarily concerned with the relation between the additive and multiplicative structures of rings. It's not so easy to explain this point of view since it arises from the actual proofs of theorems rather than their statements. ...[snip]...

5年半も前の話です。その当時から、周辺の人々は望月氏*2の the striking view を知っていたのですね。(どうでもいいハナシですけど、Shinichiって発音しづらいのか、Shin と書かれているのを見かけます。)

テレンス・タオのコメント

Minhyong Kimの5年半前のコメントの最初が「Dear Terry,」ですが、このTerryはテレンス・タオです。

望月新一氏の経歴における天才っぷりが話題になってますが、

1969年生まれ
1988年 - プリンストン大学を卒業(16歳入学、19歳卒業)
1996年8月 - 京都大学数理解析研究所助教授に就任(27歳)
2002年2月- 京都大学数理解析研究所教授に就任(32歳)

テレンス・タオは、

1975年 - オーストラリアのアデレードに生まれる
9歳で実家から程近いフリンダース大学へ飛び級で入学し、
24歳にしてカリフォルニア大学ロサンゼルス校正教授に就任

タオは、一般向けの啓蒙的な本も書いているし、

数学オリンピックチャンピオンの美しい解き方

数学オリンピックチャンピオンの美しい解き方

Wordpress.com でブログもやっているし、

アインシュタイン公開講義で構演したり(2010年の AMS Einstein Public Lecture in Mathematics、前置き部分が長くて5分半後くらいにタオ登場)

元・天才少年(で大人になっても天才)な有名人です。

そんなテレンス・タオが、http://quomodocumque.wordpress.com/2012/09/03/mochizuki-on-abc/?#comment-10506 (03 Sep12 "Mochizuki on ABC" へのコメント)で次のように言っています。

I have always been fond of the idea that model-theoretic connections between objects (e.g. relating two objects by comparing the sentences that they satisfy) are at least as important in mathematics as the more traditional category-theoretic connections (where morphisms are the fundamental connective tissue between objects) or topological connections (where the objects are gathered into some common topological space or metric space in order to compare them).

圏論的、位相的な手法による対象の比較だけでなく、モデル論的な手法も有効なんじゃないか、といった話です。なんでここでモデル論が出てくるかと言うと、件の論文 Inter-universal Teichmuller Theory IV の第3節がモデル論っぽい内容だからです。

しかし、タオは次のようにも述べています(強調は檜山)。

So perhaps all the set and model theory here is in fact something of a red herring as far as the application to ABC is concerned, and are primarily relevant for further development of Mochizuki's inter-universal geometry instead? (Among other things, this would render the issue of the non-conservative nature of Grothendieck set theory somewhat moot.)

"red herring" て何だ? と辞書(英辞郎)を引いたら「人の気をそらすもの[情報]、おとり」。えっ? ABC予想には直結しない? でも、同じ論文に入れているってことは何か関係があるのでしょう。

不思議な第3節

さて、問題の Inter-universal Teichmuller Theory IV ですが、案の定、眺めても皆目わかりません。シリーズ論文の一部を拾い読みしているからという事情ではなくて、もうチンプンカンプン。まー、そりゃそうだ。

ところがですね、テレンス・タオが "red herring" と言った第3節、ここは不思議に読めます。ほんとに不思議な感じなんですが、第3節は、実例を除けば数論の知識は不要です。公理的集合論圏論の基本的な知識があれば(おそらく)読み進めることができます。って、僕は結局ちゃんと読んでませんが、時間をかければ読めそうな感じがあります。

第1節、第2節やシリーズの他の論文への参照もありません。実例は、遠アーベル幾何とかスキームがどうたらなんですが、そこを飛ばせばself-containedに近いでしょう。しかも、この第3節は、書きかけの教科書の一部のように唐突に終わってしまいます。

やっぱり、further development of Mochizuki's inter-universal geometry のための準備という位置付けなんでしょうか。

Inter-universal理論と圏の幾何学

Inter-universalのuniverse(宇宙)とは何なのか、正確なところはわかりませんが、グロタンディーク宇宙かそれに近いものでしょう。

ある命題が、単一の宇宙だけでなく複数の宇宙で成立していることが分かれば、特定の宇宙においてよく知られた命題を他の宇宙でも主張することができ、それは新しい発見かもしれません。あるいは、宇宙Uで成立する命題は宇宙Wでも成立することが保証されれば、宇宙Uの固有の事実や知見を使って証明した命題がWでも使えることになります。

… って、レストランのドアが開いたときにただよってきた匂いを根拠にそのレストランのコース料理の紹介をするような真似をしているので、これ以上はやめます(苦笑)。

でも、望月新一さんが、数論の特定問題にアタックするための道具以上のナニカを開発しているのは確かでしょう。2005年に玉川安騎男さんによって書かれた「望月新一さんの数学」(http://mathsoc.jp/publication/tushin/1001/tamagawa2.pdf)のなかに:

最近の望月さんは, 自身のホッジ・アラケロフ理論の研究を大きく展開(転回?)させて, 圏論を基礎とする全く新しい幾何学の壮大な理論の構築とその数論的応用を精力的に研究されています.

と書かれています。望月さんの論文は http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/papers-english.html からアクセスできますが、Anabelian Geometry, the Geometry of Categories というセクションに属する論文が一番数が多く、26篇です。Anabelian Geometry は僕にはなんだかワカリマセンが、the Geometry of Categories と言われると妄想が刺激されます。

未来から来た理論

テレンス・タオがコメントをつけていたブログは、Jordan S. Ellenberg (http://www.math.wisc.edu/~ellenber/)が書いているQuomodocumque(http://quomodocumque.wordpress.com/)ですが、その記事に次の文章があります。

it's clear that it involves ideas which are completely outside the mainstream of the subject. Looking at it, you feel a bit like you might be reading a paper from the future, or from outer space.

...[snip]...

It’s tremendously exciting.

現在の主流のものとはまったく異なったアイディアに基づく、まるで未来か外宇宙から来た論文のようだ、と。ABC予想を解いた(らしい)という事実だけではなく、望月さんの新しい世界観が多くの人を興奮させているのでしょう。

*1:発音が分からないので原語のママとします。

*2:すごくえらい人には敬称が付けにくい」に書いたような事情で、敬称をどうしようか悩むんですが、「教授」「氏」「さん」が混じってます。