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参照用 記事

スピヴァック理論に行き着くまで -- 遠くにルーリーを眺めながら

昨日、デイヴィッド・スピヴァック(David I. Spivak)の圏的情報学/関手的データモデルを紹介しました。スピヴァック理論は、検索を繰り返すうちに見つけたものです。では、どんな動機で何を探していたのでしょうか。そのあたりの経緯と背景を記しておきます。

少し前に「サービスプランニング」という言葉を提案しました。サービスプランニングは、フロントエンド側とバックエンド側に大きく分けることができます。それぞれを(仮に)、インタラクションプランニング、エンティティプランニングと呼んでいます。インタラクションプランニングについては、境界付き有向グラフを水平1-セル、グラフの準同型を2-セルとするモノイド二重圏を使えば形式的モデルができそうだと見当が付きました。

しかし、エンティティプランニングについてはどうも分からない。単純なキーバリューストア(KVS)や、いわゆNoSQLデータベースも考慮に入れたいので、RDBの理論では固すぎて適切とは思えません。そこで、「もっと柔軟で使い勝手が良いデータモデルの理論はないかなー」と探していたわけです。そしたら… そうです、スピヴァック理論に出会ったのですね。

スピヴァックは、圏的情報学/関手的データモデルが、従来の関係データモデルなどに比べて、ずっと単純で直接的で、分かりやすく学習の負担も少ない、と言っています。これは、バイアスがかかった意見であることは歪めません。なぜなら、スピヴァック圏論の超ヘビーユーザーだからです。

スピヴァックの学位論文(Derived Smooth Manifolds)は、ジェイコブ・ルーリー(Jacob Lurie)の影響を受けていると思われます。ルーリーは、高次トポス(higher topos)や導来代数幾何(derived algebraic geometry)を開拓した当人です。スピヴァックもルーリー同様にハイパー・カテゴリストでしょう。

昨日の記事で僕は、スピヴァックの関手的データモデルは、ローヴェル(William Lawvere)の代数理論(algebraic theory)と同じだ、と書きました。この点に、スピヴァックは自覚的だったと思います。つまり、「ローヴェルの方法を採用する」と明確な決定をしていると想像できます。

こう想像する根拠は、学位論文ネタ(導来多様体)での発表資料である http://math.mit.edu/~dspivak/dman--vancouver-talk.pdf に、次の記述があるからです。

  • Use Lawvere's "algebraic theories," but do so in a "homotopical way."

圏的情報学/関手的データモデル以前に、スピヴァックはローヴェルの代数理論を熟知し、応用していたのです。

もうひとつ気になるキーワード "homotopical way" があります。現時点では、圏的情報学/関手的データモデルでホモトピーが前面に出ているわけではありません。しかし、スピヴァックのバックグランドからして、「ホモトピーを使う気がない」とは考えにくいのです。いずれ、使い出すと思いますよ。

ホモトピーと計算科学については、「ホモトピー・ナントカ」とか「ホモトピー・ラムダ計算とホモトピー型理論」あたりに多少書きました。これは、ヴォエヴォドスキー(Vladimir Voevodsky)、アウディ(Steve Awodey)らのホモトピー的な型理論を意識したものですが、それとは別に、「並列処理とホモトピーのGさん:プログラムと異空間の旅」で書いたような、ゴシェー/ゴボ*1/グロンディ(Philippe Gaucher, Eric Goubault, Marco Grandis)らの取り組みもあります。

ホモトピー・ナントカ」の最初の一文をもう一度繰り返しておくと:

最後にルーリーについてもう一度触れます。「ジェイコブ・ルーリー : 同時代の天才」において、次のように書きました。

僕がルーリーに興味を惹かれるのは、同じ人類とは思えない突出した知的存在に対する好奇心が大部分ですが、ごくわずかでもルーリーのプロジェクトのオコボレにあずかれるのではないか、という期待感もあります。



ジェイコブ・ルーリーが開発中の道具立てが(本人はたぶん考えてないでしょうが)オートマトンなどの計算モデルの分析にも使えるのではないかと、妄想したりするのです。

ルーリーの膨大な仕事は、僕の理解力を絶望的に超越したもので、妄想する以上に出来ることはなかったのです。しかし、かつてルーリー的手法を実践していたデイヴィッド・スピヴァックが情報学に転向(?)してくれたおかげで、関手的データモデルのような素晴らしいアイディアが僕らの手が届く場所に降りて来ました。間接的ながらも、ルーリーのプロジェクトのオコボレにあずかれるようになった気がします。これはGood Newsです。

*1:Goubaultさんの名前の表記「ゴボ」については、「Goubaultさんの名前が聞き取れない」。