昨日の記事「順序集合や距離空間も実はモノイドだった」において:
この事実の背後には大きなストーリーがありそうですが、個別事例としても面白いと思います。
冒頭で、「この事実の背後には大きなストーリーがありそう」と言いました。とはいえ、大きなストーリーはよく分かってません。
よく分かってないのだけど、「こんなんかも知れない」という現時点での感じをとりとめなく記しておきます。
内容:
行列計算の一般化
「順序集合や距離空間も実はモノイドだった」の話は、特殊な圏を技巧的に使って、無理矢理な当てはめをしている印象があるかも知れません。そのような印象が生じる理由は、扱っている話題がミニチュア過ぎるせいだと思うのです。
もっと大規模な現象があって、極端に単純な一部を取り出しているのだろう、と。その大規模な現象を「大きなストーリー」と呼んだのです。ミニチュアによる実験結果と断片的な知識を、妄想で繋ぎ合わせると、大きなストーリーがおぼろげに浮かび上げる感じがします。
大きなストーリー=妄想をひと言でいえば、豊饒プロ関手(enriched profunctor)の計算体系があるだろう、ということです。「順序集合や距離空間も実はモノイドだった」では、順序半環を係数域とする行列計算をベースにしましたが、もっと大規模な行列計算だって出来るはず。大規模つっても、100万列×100万行の行列とかって話じゃなくて、構造的階層の上位における計算ね。
どうもうまい言葉が見つからない。つまんない言葉で表現するなら、行列計算の一般化です。
豊饒圏とプロ関手
豊饒圏に関しては:
- 簡単な導入: モノイド圏、豊饒圏、閉圏と内部ホム
- チャンとした定義や関連トピック: enriched category in nLab
ちょっと言葉に関して; 英語だと、-edと-ingを使って"enriched category"と"enriching category"の区別が出来るけど、日本語だと-ed, -ingみたいな区別ができないので、"enriching category"を意訳して豊饒化基礎圏とします。豊饒化基礎圏Vで豊饒化(enrichment)された圏をV-圏と呼びます。
モノイド圏Vを豊饒化基礎圏として、Xを対象の集合とする豊饒圏のホムは、X×X→V で与えられます。これは、半環Kを係数域とする正方行列 S×S→K と似てます。
特殊例 | 一般化? |
---|---|
係数の半環K | 豊饒化基礎圏V |
添字の集合S | 対象の集合X |
正方行列 S×S→K | 豊饒圏 X×X→V |
しかし、正方行列は掛け算が出来ますが、同じ対象集合X上の豊饒圏CとDがあっても掛け算が定義できません。
掛け算ができる“圏のようなもの”としてプロ関手があります。C, Dを普通の(ホムが集合である)圏だとして、プロ関手は、Dop×C→Set という二項関手(双関手)として定義されます。
FがCからDへのプロ関手、GがDからEへのプロ関手のとき、FとGの結合(合成)は次の公式で計算します。
積分記号はコエンド(coend)と呼ばれる圏的演算で、無限和のようなものだと思ってかまいません。この公式は、形の上からは行列の積の公式と同じです。プロ関手が行列の一般化だと思って良さそうです。
プロ関手は集合圏Setを“係数域”に使ってますが、C, DがV-豊饒圏なら、Vを使って、Dop×C→V と定義するのが自然でしょう。次の一般化が考えられます。
特殊例 | 一般化 |
---|---|
係数の半環K | 豊饒化基礎圏V |
添字の集合S | V-豊饒圏C |
正方行列 S×S→K | V-プロ関手 Cop×C→V |
Kの掛け算 | Vのモノイド積 |
総和 | コエンド |
行列の掛け算 | V-プロ関手の結合 |
行列のあいだの順序 | V-プロ関手のあいだの自然変換 |
ヒューズのアロー
ヒューズ(John Hughes)によるアロー(Arrows; http://www.cse.chalmers.se/~rjmh/Papers/arrows.pdf)は、いろいろな解釈がありますが、"Arrows, like Monads, are Monoids" (Chris Heunen and Bart Jacobs)によれば、とある圏のなかのモノイドとみなせます*1。
とある圏とは、Cop×C→C という二項関手の圏です。この形になっているのは、Cが自分自身を豊饒化基礎圏としているからです。アローが、Cop×C→V(ただし、V = C)というV-プロ関手の圏のなかのモノイド対象の実例になります。
アローはモナドの一般化だと言われています。それは、圏Cの自己関手と自然変換の圏 Cat(C, C) が、圏Cの自己プロ関手と自然変換の圏 Prof(C, C) に埋め込めるからです。この埋め込みにより、Cat(C, C)内のモノイドであるモナドは、Prof(C, C)内のモノイドであるアローとして解釈できます。この事情は、S→S という写像が、添字集合Sのブール値正方行列(S上の関係)とみなせるのと同じです。
"What is a Categorical Model of Arrows?"でアトキー(Robert Atkey)は、アローはフレイド圏やその変種でモデル化できると言っています。また "Freyd categories are enriched Lawvere theories" (Sam Staton)は、フレイド圏が豊饒ローヴェル・セオリーだと主張しています。
アローがプロ関手の圏のなかに棲んでいる生き物だとすると、同種の存在物らしきフレイド圏/ローヴェル・セオリーもプロ関手の圏のなかで飼えるでしょう。
垣間見えたり、見えなかったり
プロ関手の圏(双圏)をProfとして、Set : Rel = Cat : Prof という“比例式”はよく指摘されます。さらに、Kを順序半環、Vをモノイド圏として、Set : Rel : K-Mat = Cat : Prof : V-Prof という“三項比例式”が成立しそうです。
K-Matは、K係数の行列の全体です。K-Matにおけるお馴染みの概念や計算がV-Profにおける対応物を持つだろうと期待できます。行列計算の係数域Kを変えると様相がガラリと変わるように、豊饒化基礎圏Vを変えると V-Prof も変わります。その変わり方は、係数域の取り替えと同じように、(余)インデックス付き圏の構造で制御されるでしょう。
「形式言語理論のための代数」で述べたように、オートマトン(ラベル付き遷移系)も行列とのアナロジーを持ちます。行列を中継して、オートマトンとプロ関手のアナロジーをたどると:
オートマトン | プロ関手 |
---|---|
型式言語の代数 | 豊饒化基礎圏V |
状態空間 | V-圏 |
オートマトン | V-プロ関手 |
形式言語の包含順序 | Vの射 |
オートマトンの順序 | プロ関手のあいだの自然変換 |
状態空間のあいだの関係 | V-圏のあいだの関手? |
関係の転置 | 関手の随伴? |
模倣 | ? |
双模倣 | ? |
模倣/双模倣あたりになるとナンダカ分かりません。
以上に述べたような“比例式”(対応)が正確である自信はありませんが、ミニチュアな実験結果から垣間見える向こうに大きなストーリーがあるのは間違いないと思えます。見えそうで見えない事が多いので、フラストレーションを感じますけど。
*1:[追記]Exequiel Rivas, Mauro Jaskelioff の http://www.fceia.unr.edu.ar/~mauro/pubs/Notions_of_Computation_as_Monoids.pdf (38p)にも、色々なモノイドの例があります。[/追記]