大連休も今日で最後、休日にはもう飽きたという人もいるんじゃないかな。
少し前に書いた記事「多様体上のベクトルバンドルの接続と平行移動」で、アダム・マーシュのリーマン幾何のテキストを紹介しました。
マーシュは、この続編とも言える次の解説論文も書いています。
これら2つの論説を併せると、ゲージ理論への入門書とみなせます。とりあえず、ザッと眺めた感想と関連する事を書いときます。
内容:
マーシュの二部作
リーマン幾何:
- Title: Riemannian Geometry: Definitions, Pictures, and Results
- Author: Adam Marsh
- Pages: 70p
- URL: https://arxiv.org/abs/1412.2393
ゲージ理論とファイバーバンドル:
- Title: Gauge Theories and Fiber Bundles: Definitions, Pictures, and Results
- Author: Adam Marsh
- Pages: 42p
- URL: https://arxiv.org/abs/1607.03089
合計で112ページなので、コンパクトな教科書として使えます。この分量なので、詳細な解説にはなっていません。その代わり、丁寧に描かれた絵が何枚も入っています。直感的に分かりやすい「絵解き」スタイルが、このテキストの特徴です。
マーシュ論説には、具体例があまりないですね。ゲージ理論は、もともとが物理的理論なので、例も物理からのものになるでしょう。物理的な予備知識が要求されると、物理に無知な僕には理解不能です。電磁気あたりならギリなんとかなるかなぁ?
電磁場の物理的な意味は詮索しないで、天下りで我慢することにして、ゲージ理論として電磁気を扱っている短めの解説がないかなー。
ポンサンのテキスト
探してみたら、次のノベール・ポンサン*1のテキストを見つけました。
- Title: Fiber Bundles and Connections
- Author: Norbert Poncin
- Pages: 62p
- URL: https://orbilu.uni.lu/bitstream/10993/14274/1/MM4-9November2011.pdf
62ページあるので(十数ページの僕の想定に比べて)短くないのですが、内容的にはマーシュのテキストとかぶっています -- 差分なら十数ページ分かな。ハミルトン力学と電磁気(マクスウェルの場)に触れているので、そこをマーシュ・テキストへの補足のように使えます。物理的背景は述べてませんが、それはしょうがないでしょう。
ポンサンのテキストは、マーシュのテキストより後に見つけたという理由で補足扱いしてるのですが、ポンサン・テキストはかなり自己完結的で、よくまとまっています。ポンサン・テキストをメインにして、絵をマーシュから補う、というのもありでしょう。
「場」という言葉
物理や微分幾何では「場〈field〉」という言葉が出てくるんですが、これは何なんでしょう? 物理はよく知らないので、物理的な解釈には触れないで、現象をモデル化した(抽象化した)幾何的構造側で考えます。
抽象微分幾何のマリオスは「場とは、接続を持つファイバーバンドルだ」と言っています*2。電磁場(のモデル)や重力場(のモデル)における「場」はこの意味でしょう。
「ゲージ場」という言い方も、ゲージ理論で定式化できる「場」という意味で、ゲージ理論=ファイバーバンドルの理論なので、結局、「ゲージ場」=「場」=「接続を持つファイバーバンドル」と解釈できます。
しかし、もう少し狭い意味で「場」を使うことがあります。ベクトル場とかスカラー場とかいうときの「場」です。空間の各点になんかの量が割り当てられている状況ですね。こっちは、ファイバーバンドルのセクション〈section | 断面〉という概念に対応します。
接続を持つファイバーバンドルと(そのファイバーバンドルの)セクションは別な概念です。どちらも「場」と呼びますが、混同するのはまずいです。ただし、無関係というわけではなくて、ファイバーバンドルが持つ構造や特徴が、そのセクションにより表現されることがよくあります。
マリオス・スタイルと層
少し前に、マリオス微分幾何に興味をひかれました。
マリオス微分幾何は、徹底的に層を利用するので、「層ありき」から出発します。ファイバーバンドルも、対応する層(ベクトル層/主層)として扱います。層以外の存在物は扱わない、と言ってもいいでしょう。
一方で、マーシュもポンサンも層には触れてません。微分幾何や物理の入門的解説では、層を使うのは一般的ではないのかも知れません。ですが、座標を使って具体的に計算するときは、潜在的に層を使っています。層に関する性質を暗黙に仮定しています。潜在的・暗黙的なモノ・コトを表に出せば層になります。であるのなら、最初から層を表に出すマリオスのスタイルが望ましいような気がします。
ファイバーバンドル、特にベクトルバンドルは、層を使って再定義できます。マーシュとポンサンはベクトルバンドルのまま扱い、マリオスは層として定義されたベクトルバンドル(ベクトル層)を扱っているわけです。
ベクトルバンドルには、計算の道具としては問題があります。
- ベクトルバンドルの引き戻し〈pullback〉は作れるが、前送り〈pushout | push-forward〉がうまく作れない。
- 線形代数の標準的な構成である核〈kernel〉、像〈image〉がうまく作れない。
制約を付けて問題点をある程度回避することは出来ますが、ぎごちない印象は否めません。
微分幾何でなにか計算するときは、多様体を局所座標(チャート)達で覆うことになります。局所的計算(足し算・掛け算や微分)をつなぎ合わせて全体の計算結果が得られます。この手法が既に層を使っていることになります。
層を、あまり理念的に捉えずに、よくできた計算デバイス/計算マシナリーと割り切って使えばいいんじゃないかと思います。マリオス・スタイルは、この割り切りが極端で、ファイバーバンドルをほとんど捨てています*3。
バンドル&層・ハイブリッド方式
ファイバーバンドルではうまくいかない前送りの構成は、層では驚くほど簡単です。一方、ファイバーバンドルでは直感的に構成できる引き戻しは、層で作るのは面倒です。
こんなことがあるので、バンドルだけ/層だけに限定すると、話が難しくなってしまうようです。状況に応じて、バンドルと層を使い分けるのがよろしいかと。
バンドルと層の関係を圏論的に考えてみると次のようになります; ファイバーが圏Cの対象であるようなバンドル全体からなる圏を C-Bundle とします。例えば C = Vect = (ベクトル空間の圏) ならば、Vect-Bundle はベクトルバンドルの圏です。C-Bundle を埋め込むのにふさわしい圏 D-Sheaf があったとします。D-Sheaf は、値を圏Dに取る層の圏です。例えば、D = Mod = (加群の圏) として Mod-Sheaf。
都合のよい埋め込み C-Bundle→D-Sheaf があれば、バンドルの圏での構成を層の圏でも行えます。実際に出てくる圏C は、Vect(ベクトル空間の圏)、LieGrp(リー群の圏)、Princ(主等質空間の圏)くらいです。具体的なCに対して、適切な D-Sheaf を見つけて埋め込みを構成します。
埋め込み C-Bundle→D-Sheaf を、明示的かつ積極的に使うスタイルがバンドル&層・ハイブリッド方式です。どうせ暗黙的かつ消極的には使っています。暗黙的かつ消極的だから曖昧さがつきまとうのです。曖昧さ/気持ち悪さを解消するには、バンドル&層・ハイブリッド方式が望ましいでしょう。
とはいえ、埋め込み関手の構成はそれほど単純じゃないし、バリエーションもあるので、ハッキリとしたことは、まー、そのうちぼちぼち。