先日、「テンソル記法の決定版は(たぶん)これだ!」という記事を書きました。テンソル記法/テンソル計算に関しては、過去にも色々書いています。
- 2007年 テンソル:定義とか周辺の話とかナニやら
- 2007年 テンソル:なぜ難しいのか
- 2008年 伝統的テンソル計算を理解するヒント
- 2008年 テンソル計算:112はイチイチニかヒャクジュウニか
- 2015年 古典テンソル計算の上付き・下付きを、横に並べる
伝統的テンソル計算の欠点をあげつらっていますが、ほんとにダメで役立たずなものなら無視するわけで、なにかしら魅力や必要性があるから、ゴチャゴチャ言っているのです。実際、テンソル記法における、上下添字の書き分けや総和記号の省略(アインシュタインの規約)はホントに素晴らしいアイディアです。これは魅力的ですね。
「テンソル記法の決定版は(たぶん)これだ!」のような話は、伝統的テンソル記法の素晴らしい点はそのままにして、不明瞭なところをなんとかしよう、という試みです。
不明瞭さは、記法〈書き方〉だけに関わる問題ではありません。なんらかの記法〈書き方〉で書かれたテンソルが、ほんとのところ何を意味するのか? その正体が曖昧なのです。実際の運用では、この曖昧さを利用して計算を進めたりするので、意味をどれかひとつに決めることもできません。困ったもんだ。
意味の曖昧さに対して、僕は完全な解決策を知りません([追記]「テンソル記法の「意味不明問題」は解決した」で、ある程度の解決策を示しました。[/追記])。が、ともかくも、問題点を指摘しておくことにします。
テンソル計算をするときは、もとにするベクトル空間を有限個選びます。例えば、VとWの2つとしましょう。VとWから、双対空間とテンソル積を作ることで得られた空間達も考えます。例えば、V*, VW, VVV, WV* など。さらに、そうやって作ったベクトル空間のあいだの線形写像も考えます。
以上のような状況で、「x はテンソルである」と言われたとします。これだけだと、何を言っているか分かりません。テンソル x の成分表示が次のようだとしましょう。[追記]下のテンソル記法が と、j を2回使っていたので訂正しました。添字は i, α, j です。[/追記]
上付き添字が2つ、下付き添字が1つあるので、最初よりは情報が増えましたが、まだよく分かりません。さらに次の情報を付け加えます。
- 添字 i, j, k はベクトル空間 V のベクトルを表すために使う*1。
- 添字 α, β, γ はベクトル空間 W のベクトルを表すために使う。
今までの情報を総合すると、x の正体を推測できます。確定はできませんが、おそらく次のどれかでしょう。
- x は、V から VW への線形写像である。
- x は、ベクトル空間 VWV* のベクトルである。
- x は、ベクトル空間 V*W*V の双対空間のベクトルである。
ベクトル空間 X のベクトルは、R→X の線形写像といっても同じ*2だし、ベクトル空間 X の双対空間のベクトルは、X→R の線形写像といっても同じなので、次のようにも言えます。
で、結局 x はどれなんだ? といきなり聞かれても、それは分かりません。誰にも分かりません。曰く言い難いナニカに応じて、臨機応変に解釈を切り替えるのがワザみたいです。僕がずーーっと嫌っているのはココなんですよ。添字の使いこなしは、手順があるのでトレーニング可能ですが、解釈の切り替えは定義も手順もモヤッとしていて、「悟り」で会得するような… あーイヤだ。
なお、上に挙げた3種の解釈の関係はハッキリしています。以下の記事にある、射とそのネーム/コネームです。