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参照用 記事

なぜにテンソル記法は意味不明なのか

先日、「テンソル記法の決定版は(たぶん)これだ!」という記事を書きました。テンソル記法/テンソル計算に関しては、過去にも色々書いています。

  1. 2007年 テンソル:定義とか周辺の話とかナニやら
  2. 2007年 テンソル:なぜ難しいのか
  3. 2008年 伝統的テンソル計算を理解するヒント
  4. 2008年 テンソル計算:112はイチイチニかヒャクジュウニか
  5. 2015年 古典テンソル計算の上付き・下付きを、横に並べる

伝統的テンソル計算の欠点をあげつらっていますが、ほんとにダメで役立たずなものなら無視するわけで、なにかしら魅力や必要性があるから、ゴチャゴチャ言っているのです。実際、テンソル記法における、上下添字の書き分けや総和記号の省略(アインシュタインの規約)はホントに素晴らしいアイディアです。これは魅力的ですね。

テンソル記法の決定版は(たぶん)これだ!」のような話は、伝統的テンソル記法の素晴らしい点はそのままにして、不明瞭なところをなんとかしよう、という試みです。

不明瞭さは、記法〈書き方〉だけに関わる問題ではありません。なんらかの記法〈書き方〉で書かれたテンソルが、ほんとのところ何を意味するのか? その正体が曖昧なのです。実際の運用では、この曖昧さを利用して計算を進めたりするので、意味をどれかひとつに決めることもできません。困ったもんだ。

意味の曖昧さに対して、僕は完全な解決策を知りません([追記]テンソル記法の「意味不明問題」は解決した」で、ある程度の解決策を示しました。[/追記])。が、ともかくも、問題点を指摘しておくことにします。


テンソル計算をするときは、もとにするベクトル空間を有限個選びます。例えば、VとWの2つとしましょう。VとWから、双対空間とテンソル積を作ることで得られた空間達も考えます。例えば、V*, V\otimesW, V\otimesV\otimesV, W\otimesV* など。さらに、そうやって作ったベクトル空間のあいだの線形写像も考えます。

以上のような状況で、「x はテンソルである」と言われたとします。これだけだと、何を言っているか分かりません。テンソル x の成分表示が次のようだとしましょう。[追記]下のテンソル記法が  x^{j \,\alpha}_j と、j を2回使っていたので訂正しました。添字は i, α, j です。[/追記]

  •  x^{i\,\alpha}_j

上付き添字が2つ、下付き添字が1つあるので、最初よりは情報が増えましたが、まだよく分かりません。さらに次の情報を付け加えます。

  • 添字 i, j, k はベクトル空間 V のベクトルを表すために使う*1
  • 添字 α, β, γ はベクトル空間 W のベクトルを表すために使う。

今までの情報を総合すると、x の正体を推測できます。確定はできませんが、おそらく次のどれかでしょう。

  1. x は、V から V\otimesW への線形写像である。
  2. x は、ベクトル空間 V\otimesW\otimesV* のベクトルである。
  3. x は、ベクトル空間 V*\otimesW*\otimesV の双対空間のベクトルである。

ベクトル空間 X のベクトルは、R→X の線形写像といっても同じ*2だし、ベクトル空間 X の双対空間のベクトルは、X→R の線形写像といっても同じなので、次のようにも言えます。

  1. x は、V → V\otimesW という線形写像である。
  2. x は、R → V\otimesW\otimesV* という線形写像である。
  3. x は、V*\otimesW*\otimesV → R という線形写像である。

で、結局 x はどれなんだ? といきなり聞かれても、それは分かりません。誰にも分かりません。曰く言い難いナニカに応じて、臨機応変に解釈を切り替えるのがワザみたいです。僕がずーーっと嫌っているのはココなんですよ。添字の使いこなしは、手順があるのでトレーニング可能ですが、解釈の切り替えは定義も手順もモヤッとしていて、「悟り」で会得するような… あーイヤだ。

なお、上に挙げた3種の解釈の関係はハッキリしています。以下の記事にある、射とそのネーム/コネームです。

*1:正確に言えば、i, j, k は、Vの基底、または基底と1:1対応するインデックス集合の上を動く変数です。

*2:圏論ベースの線形代数だと、要素という概念は使いたくないので、R→X のほうが好都合です。