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参照用 記事

コジュール接続とQ-多元環

1年3ヶ月ほど前に書いた「コジュール接続の圏」に次のように書いています。

先週ボンヤリと考えていたことがあったんですが、ちょっと面倒になってきて気力萎え。だけど、いつかまた興味と気力が湧いたときに参照できるようにメモ書きを残しておきます。

この続きの「コジュール接続の圏 その2」もあるのですが、どうもマトマリがないですね。「いつかまた興味と気力が湧いたとき」とありますが、今日、興味が少し湧きました(気力はないけど)。

コジュール接続(ベクトルバンドルの線形接続)だけを考えていても、どうもうまくないようです。Q-多元環〈Q-algebra〉という構造を考えて、コジュール接続をQ-多元環に持ち込んで考えたほうがいい気がします。

内容:

曲DG代数あらためQ-多元環

コジュール接続の記事のすぐ後に書いた「シュバレー/アイレンベルク関手の話」のなかで、曲DG代数〈curved differential graded algebra〉に触れています。

この3ページのノートはホントにありがたい解説で、これでだいたい曲DG代数が何であるかわかります。コジュール接続の扱い方も書いてあります。どうしてすぐさま曲DG代数を使わなかったのか? 今思うと不思議です。気力が萎えていてボンヤリしていたからでしょう。

さて、曲DG代数の'D'は differential ですが、DG代数における「微分」は外微分のような平方ゼロ〈square zero | nilquadratic〉な作用素です。曲DG代数でも、「微分」と呼ばれる作用素があり同じ記法が使われるのですが、曲DG代数の「微分」は平方ゼロじゃないです。このことがちょっと引っかかっていたのですが、アルバート・シュワルツ〈Albert Schwarz〉が曲DG代数を Q-algebra と呼んでいるのを知って「こっちがいい!」と思ったので、Q-algebra に乗り換えます。

"algebra" の訳語はそのまんま「代数」が多いですが、Q-algebra に関しては「多元環」を使うことにします(ちょっとした理由があります、次節)。「代数」と「多元環」は原則的に同義語で、混じって使用されています。ゆるい使い分けルールはあります(次節)が、まー気にしないでください。

Q-多元環へ至る階層

相対的な代数構造が出てきます。相対的とは、とあるベース構造を固定して、そのベース構造に基いてより上位の代数構造を考えることです。例えば、ベース構造である体を固定して、その体を係数域とするベクトル空間を考えるのが、相対的な代数構造の一例です。相対的な代数構造は、(代数構造)/(ベースとなる代数構造) の形で書きます。例えば、体K上のベクトル空間Vならば、V/K〈V over K〉 と書きます。

Q-多元環を考える際に、最初に基礎体〈ground field〉を固定します。基礎体Kの上の可換環Rと可換階付きDG代数〈可換階付きDG多元環 | commutative graded algebra〉Ωを考えます。可換DG代数Ωの上でコジュール接続Xや、Q-多元環Aを考えます。図にまとめると次のようです。


\xymatrix{
  *{|{\bf KoszConn}| \ni X} \ar@{|->}[rr]^{EndAlg}
  & *!<0em, -2em>{}
  & *{A \in |{\bf Q\mbox{-}Alg}|}
\\
  *!<3em, 0em>{|{\bf Rng}| \ni R} \ar@{^{(}->}[rr]_{R = \Omega^0}
  & {}
  & *{\Omega\in |{\bf DGRng}|}  \ar@{.}[ull]|{X/\Omega}
\\
  {}
  & *{K \in |{\bf Field}|}
  & {}
}

図に出現している圏は:

  1. Field: (可換)体の圏
  2. Rng: (可換)環の圏
  3. DGRng: (可換)DG環〈DG代数〉の圏
  4. KoszConn: コジュール接続の圏
  5. Q-Alg: Q-多元環の圏

これらの代数構造のあいだの関係はけっこう込み入っていますが、三階層になっているとみなしていいでしょう。

  1. 基礎体の階層: 基礎体(可換)KはRCを使います。Rに固定と考えてもいいです。考える代数構造はすべて基礎体K上のものです。
  2. 可換構造の階層: 基礎体の上の可換環と可換DG代数を考えます。可換DG代数の可換性は階付き可換性〈graded commutativity〉ですが、これも可換と言っていいでしょう。
  3. 非可換構造の階層: 可換環と可換DG代数を使って、コジュール接続と非可換(可換とは限らない)Q-多元環を構成します。

相対的な代数構造としての「環」「多元環」「代数」は同義語ですが、ここでは、だいたい次の方針で使い分けます。

  • 〈ring〉は可換代数〈commutative algebra〉のこと。基礎体の上の相対的な環〈可換代数〉を考える。結合的・単位的であることは仮定する。
  • 多元環〈algebra〉は可換とは限らない代数のこと。環〈可換代数〉の上の相対的な多元環〈非可換代数〉を考える。結合的・単位的であることは仮定する。

環も多元環も階付き(Zで階付き)バージョンがあります。階付き環〈graded ring〉は階付き可換で結合的・単位的な階付き代数です。階付き多元環〈graded algebra〉は、可換性を仮定しない結合的・単位的な階付き代数です。

ここで、図のなかの矢印・線について簡単に触れましょう。

  1. 環Rは、DG環〈DG ring | 可換DG代数〉Ωの0次の部分となっている。
  2. コジュール接続Xは、DG環Ωの上に定義される。
  3. EndAlgは、コジュール接続からQ-多元環を構成する関手。この関手を使って、コジュール接続をQ-多元環の世界に埋め込める。

コジュール接続は、Q-多元環を作り出す素材と考えます。素材なので、コジュール接続には多くを期待しません。Q-多元環を作り出すメカニズムが関手 EndAlg です。コジュール接続の定義にも、関手 EndAlg の定義にも、DG環Ωを使います。その意味で、可換なDG環Ωが非可換な上部構造を支えています。

具体的な状況設定

Q-多元環(ちゃんと定義してないけど)は、多様体上の量を計算するための計算デバイスと考えます。代数的・抽象的なQ-多元環は、多様体由来のものとは限りませんが、ここでの用途は「多様体に関わる計算の道具」です。

(なめらかな)多様体Mを固定したとき、前節の K, R, Ω が何に対応するかというと:

  • K := R
  • R := C(M)
  • Ωp := ΓMp(T*M))

Ωは微分形式の階付きベクトル空間になりますが、外積と外微分を添えてDG環とみなします。これは、ド・ラーム復体をDG環に仕立てたものなのでド・ラームDG環〈de Rham DG ring〉と呼ぶます。

R = C(M) は(なめらかな)関数のR-環(C(M)/R)ですが、Ωの0次部分になっています。

多様体Mの開集合Uごとに環RやDG環Ωを考える場合は次のようになります。

  • R(U) := CM(U)
  • Ωp(U) := ΓM(U, Λp(T*M))

それぞれ局所的に定義された関数の環、局所的に定義された微分形式のDG環です。開集合Uを動かして制限写像を付け加えれば、環の層、DG環の層になります。

コジュール接続はベクトルバンドルと関連しますが、ベクトルバンドルは表に出さないで、R-加群に導分〈derivation〉(ライプニッツ法則を満たす写像)を付けた構造と考えます。X = (X, X∇) がコジュール接続〈Koszul connection〉だとは:

  1. X はR-加群(R = Ω0
  2. X∇:XX\otimesRΩ1 は次のライプニッツの法則を満たす。
    X∇[xr] = X∇[x]r + x\otimesd[r] for x∈X, r∈R

ライプニッツ法則の記述にベースDG環Ωの微分dが必要になります。ただし、Ωの2次より上の部分は使いません。コジュール接続Xを、Q-多元環に“引き伸ばす”ときにはΩの2次以上の部分も使います。

コジュール接続の圏 再論

Q-多元環を計算の道具として使う場合の要〈かなめ〉は、関手 EndAlg:KoszConnQ-Alg です。この関手の構成は次の機会として、とりあえず圏 KoszConn を定義しておきます。以前の記事でも KoszConn を定義したことがあったのですが、モタモタした記述だったのでここで再度述べます。

基礎体KとベースDG環Ωは固定します。R = Ω0 も固定されます。この状況でコジュール接続Xを考えるので、Xは X/Ω/K と書けます。コジュール接続の圏も KoszConn/Ω/K または KoszConn[Ω/K] のように書くべきですが、単に KoszConn と略記します。

コジュール接続の圏」と「コジュール接続の圏 その2」では、コジュール接続のあいだの射を一般的に定義するのに四苦八苦してます。一般化はうまくいってません。

コジュール接続の圏を一般化しようというアプローチはやめて、Q-多元環の圏に埋め込んでしまい、あとはQ-多元環で議論する方式に切り替えるので、コジュール接続の圏 KoszConn控え目に定義します。コジュール接続のあいだの射として最初に考えたのは加群のあいだのEPペア〈embedding-projection pair〉でした。その素朴なアイディアをそのまま採用します。

M, N がR-加群のとき、MからNへのEPペアとは、加群射(加群の意味での線形写像)φ:M → N と φ:N → M の組 φ = (φ, φ) で、φ = φ\circφ = idM を満たすものです。記号の乱用で φ = (φ, φ) とも書きます。φ;ψ = (φ;ψ, ψ) が成立します。

2つのコジュール接続 (X, X∇), (Y, Y∇) のあいだの射は、R-加群のEPペア φ = (φ, φ):XY とR-加群射 a:Y → Y\otimesRΩ1 の組 (φ, a) = (​(φ, φ), a) で、次の等式を満たすものです。


\qquad {}^Y\nabla = \hat{\phi}\circ {}^X\nabla \circ \phi^\leftarrow - a \\ 
\qquad \mbox{ where } \hat{\phi} := \phi^\rightarrow \otimes \mathrm{id}_{\Omega^1} : \underline{X}\otimes \Omega^1 \to \underline{Y}\otimes \Omega^1

(\phi, a):X → Y,\; (\psi, b):Y → Z の結合は、 (\psi\circ \phi,\; \hat{\psi}\circ a\circ \phi^\leftarrow + b ) で与えられます。

こうして定義した圏KoszConnは、あまり一般性はありませんが、これ以上に一般的な議論はQ-多元環とQ-多元環上の加群(Q-加群)を使うことにします。以前(2019年末)、行き詰まってしまったのは、圏KoszConnに拘り過ぎだったのでしょう。KoszConnは、計算の道具として良い圏ではなかったようです。

今は、Q-多元環の圏、Q-加群の圏がより良い圏だろうと期待しています。