多様体上で何かを計算するときに、開被覆族に載った層係数のコチェーン〈チェック・コチェーン〉が出てきます。これは記法として便利です。便利なので、条件をゆるめてもっと広く使ってもいい気がします。
- 開集合の族が被覆になってなくてもいいとする。
- 係数域は層ではなくて前層でいいとする。
この方針で作った、位相空間X上の前層Fに対するF係数のコチェーン全体の圏 CochX(F) を構成します。離散圏/やせた圏に対するグロタンディーク構成を繰り返して作ります。
係数域に使うFが層とは限らないので「貼り合わせの原理」が使えるとは限りません。また、コチェーンが載ってる開集合族が被覆とは限らないので、X全体の話になるとは限りません。
ここで定義するコチェーンは、局所的に定義されたモノ(の集まり)を記述します。が、局所的に定義されたモノを貼り合わせて大域的なモノを構成する目的には使えないかも知れません。それでも、統一的な記法を提供する意味はあるでしょう。
内容:
開集合族の圏
Xを位相空間として、その開集合の全体を Open(X) とします。Open(X) は順序集合ですが、順序集合からできるやせた圏とみなします。
- A → B in “圏 Open(X)” ⇔ A ⊆ B on “順序集合 Open(X)”
Aを集合として、Aをインデックス集合〈インデキシング集合〉とする開集合族〈{indexed}? family of open sets〉とは、写像 U:A → Open(X) のことです。集合Aを離散圏とみなすと、U:A → Open(X) は関手です。関手として扱います。
A, Open(X) をそれぞれ圏とみなせば、関手圏 [A, Open(X)] ∈|Cat| を作れます。関手とみなした開集合族が対象で、自然変換が射です。この場合の自然変換 ψ::U ⇒ V:A → Open(X) in Cat は次の形です。
- すべての a∈A に対して ξa:Ua → Va in Open(X) が対応していて、自然変換としての可換性を満たす。
圏 Open(X) の射は集合の包含です。よって、自然変換の成分 ξa とは、Ua ⊆ Va のことで、自然性を表す可換図式は次のようになります。
縦方向はイコールなので特に意味ないですが、可換図式の形にするためにあえて描いています。
集合のあいだの写像 ψ:A → B in Set があると、プレ結合引き戻し ψ*:[B, Open(X)] → [A, Open(X)] in Cat が定義できます。A [A, Open(X)], (ψ:A → B) (ψ*:[B, Open(X)] → [A, Open(X)]) は、全体として、反変関手 [-, Open(X)]:Setop → Cat in CAT を定義します。これは、集合圏Set上のインデックス付き圏〈indexed category〉になります。値の圏はすべてやせています。
インデックス付き圏があればグロタンディーク構成ができるので、それを「グロタンディーク構成と積分記号」に従って とします。ここに出てくる平坦化圏 を(Xの)開集合族の圏〈category of families of open sets〉とします。Xの開集合族の圏を OpenFam(X) と書くことにします。
Xの開集合族の圏 OpenFam(X) の射を具体的に記述しましょう。f:(U:A → Open(X)) → (V:B → Open(X)) in OpenFam(X) として、fの実体は、写像 f:B → A で次の包含条件を満たすものです。
- ∀a∈A. Ua ⊆ Vf(a)
包含写像の族を (ιf)a:Ua → Vf(a) in Open(X) と書けば、f = (f, ιf) と書けます。が、しばしば、f と f を同一視します。
「グロタンディーク構成と積分記号」で説明した用語法に従うと、
- f = (f, ιf) : (U:A → Open(X)) → (V:B → Open(X)) in OpenFam(X)
と書いたとき、f:A → B in Set がベースパートで、ιf:U → f*(V) in [A, Open(X)] がファイバーパートです。開集合族のケースに即して言えば、インデックスパート〈index part〉と包含パート〈inclusion part〉がふさわしいでしょう。開集合族のあいだの射の向きは、インデックスパートの向き/包含パートの向きと同じといえます。
インデックス集合が単元集合である開集合族 (U:1 → Open(X)) ∈|OpenFam(X)| は、単一の開集合と同一視できます。特に、X∈Open(X) をポインティングする写像が定義する開集合族(事実上単一の開集合)を X~:1 → Open(X) in Set とすると、X~∈|OpenFam(X)| は、圏 OpenFam(X) の終対象になります。
(U:A → Open(X)) ∈|OpenFam(X)| があるときに、A' ⊆ A に制限した部分開集合族 (U':A' → Open(X)) ∈|OpenFam(X)| を作ると、射 J:U' → U in OpenFam(X) も同時に作れます。Jのインデックスパートは包含写像 i:A' → A in Set で、包含パートは開集合のあいだのイコールになります。自然変換と考えた ιJ::U' ⇒ i*(U):A' → Open(X) in Cat は、成分がすべて可逆なので、U' と i*(U) のあいだの自然同型〈natural isomorphism〉になります。
前層係数のコチェーン
Fを位相空間X上のC値前層だとします。これは、F:Open(X)op → C in CAT を意味します。関手圏の記法を使えば、F∈|[Open(X)op, C]| です。ここで出てきた関手圏 [Open(X)op, C] をC値前層の圏とも呼び、C-PSh[X] と書きます。単に PSh[X] と書いたときはSet値前層です。
開集合族 (U:A → Open(X)) ∈|OpenFam(X)| を固定して、開集合族Uに載ったF係数コチェーンの集合 CochX(U, F) をこれから定義します。
ここでは、開集合族U上のコチェーンを、Uのインデックス集合Aに渡ってナニカを足し合わせた形式的な和と考えます。次の形です。
形式的な和の生成元は、a∈A ごとに1つずつ存在する形式的な“項”で、それを または あるいは単に と書きます。これらの生成元に係数を付けて足し合わせたものがコチェーンです。
コチェーンの係数は、前層 F:Open(X)op → C の“要素”(セクションともいう)から取るのですが、C の対象が要素を持つとは限りません。次のどちらかの方法で要素を考えることにします。
- Cは、集合圏Setへの忘却関手を持っているとして、忘却してから(台集合を取ってから)要素を考える。
- Cは、終対象を持っているして、終対象からの射を要素と考える。
ここから先、D∈|Open(X)| に対して「F(D)の要素〈セクション〉」は上記のようにして意味があるとします。
さて、コチェーンの具体的な形は次のようです。
ここで、 です。 が要素を持たないなら、形式的総和から外します。
上記のように定義したコチェーンの全体が CochX(U, F) です。CochX(U, F) の要素をちゃんと言うとX上の、Uに載ったF係数コチェーン〈F-coefficient cochain over U on X〉です。
具体例: 部分アトラス
(なめらかな)多様体M上のチャート〈局所座標〉とは、Mの開集合Dからユークリッド空間への(なめらかで)同相な埋め込み x:D → Rn で微分 Tpx:TpD → Tx(p)Rn がどの点でも可逆〈非特異〉なものです。開集合D上のチャートの全体を ChartM(D) とします。すると、Chart(-):Open(M)op → Set は前層になります。
Chartは前層ですが層にはなりません。層化しても意味がありません(チャートではないモノが入り込んでしまうので)。Chart(D) が空になることも珍しくないです。
U:A → Open(M) を開集合族として、次のコチェーンを考えることができます。
Uが被覆になっているときは、このコチェーンはアトラスと同じことです。しかし、必ずしもM全体を覆わなくても、チャートの集まりは意味を持ちます。被覆とは限らないチャートの集まりを部分アトラス〈partial atlas〉と呼ぶと、上のコチェーンは部分アトラスを表しています。
コチェーンの圏
位相空間X上の開集合族 (U:A → Open(X)) ∈|OpenFam(X)| ごとに、コチェーンの集合 CochX(U, F) が対応します。開集合族のあいだの射 f =(f, ιf) :U → V in OpenFam(X) があると、次の写像が誘導されます。
- f*:CochX(V, F) → CochX(U, F) in Set
f* の作り方は次のようにします。
- f:U → V in OpenFam(X) があると、a∈A に対して (ιf)a:Ua → Vf(a) in Open(X) という包含がある。
- 開集合のあいだの包含に対して、C値前層Fによる射が誘導される。
F(Vf(a)) → F(Ua) in C - これにより、Vに載ったコチェーンの係数をUに載ったコチェーンの係数に変換できる。
各開集合族Uに対して、CochX(U, F) は集合ですが、集合を離散圏とみなすと、インデックス付き圏 CochX(-, F):OpenFam(X)op → Cat in CAT となります。このインデックス付き圏からグロタンディーク構成をすれば、次のファイバー付き圏が得られます。
このグロタンディーク構成の平坦化圏がX上のF係数コチェーンの圏〈category of F-coefficient cochains on X〉 CochX(F) です。
圏の作り方から、2つのコチェーン c, d のあいだの射は開集合族の射だけで決まります。c → d in CochX(F) があることは、載っている開集合族が違うだけで、cとdは係数において大差ないことを意味します。射の存在を順序 c ≦ d のように捉えてもいいでしょう。
それから
開集合族に対して「被覆である」、「局所有限である」などの性質を定義できます。特定の性質を持つ開集合族(例えば、局所有限な被覆)だけを考えることは多いです。良い性質を持つ開集合族を考えれば、例えば、1の分解をコチェーンとして表現できます。
今までの話は0次のコチェーンでした。チェック復体を定義する要領で、1次、2次などの高次のコチェーンを考えることができます。係数の前層を層にして、高次のコチェーンとコサイクル条件を考えると、通常のチェックの方法になります。