このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

リー/モーレー/カルタン群層の実例: 正方行列構成

マリオス微分幾何とカルタン接続」の続きです。リー型群層〈group sheaf of Lie-type〉は、リー群が持つ構造の一部を代数的に取り出して層の世界で定式化したものです。モーレー/カルタン微分は、群に値を取る関数の対数微分を、やはり層の世界で公理化したものです。モーレー/カルタン微分を備えたリー型群層、つまりリー/モーレー/カルタン群層は、乗法的量の微分計算の抽象化されたバージョンです。

バシリウーの論文(https://arxiv.org/abs/math/9810083)に従って、リー/モーレー/カルタン群層の例を示します。正方行列を使った例で、これは重要な例でもあります。

この記事では、「マリオス微分幾何とカルタン接続」、特に「バンドルと層に関する準備」の節で述べた用語と記法を使います。\newcommand{\hyp}{\mbox{-}} \newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}\newcommand{\In}{\mbox{ in }}\newcommand{\shf}[1]{\mathcal{#1}}

内容:

正方行列の層

基礎体 {\bf K} = {\bf R} \mbox{ or } {\bf K} = {\bf C} は固定します。X は(なめらかな)多様体として:

  • {\bf A}\in |\bar{\bf K}\hyp{\bf Rng}[X]| は、{\bf K}値の(なめらかな)関数の環層
  • \Omega^1 \in |({\bf A}/\bar{\bf K})\hyp{\bf Mod}[X]| は、1次微分形式の加群

可換環{\bf A} を係数〈エントリー〉とするn次正方行列の集合層を M(n, {\bf A}) (MatrixのM)と書きます。これは単に集合層ですが、多元環構造を入れた多元環層は MA(n, {\bf A}) (Matrix AlgebraのMA)、リー代数構造を入れたリー代数層を ML(n, {\bf A}) (Matrix Lie algebraのML)、群構造を入れた正則行列〈可逆行列〉の群層は GL(n, {\bf A}) (General Linear groupのGL)と書きます。ML(n, {\bf A}) のリー括弧積は、MA(n, {\bf A}) の交換子として定義します。

  • M(n, {\bf A}) \in |{\bf Set}[X]|
  • MA(n, {\bf A}) \in |({\bf A}/\bar{\bf K})\hyp{\bf Alg}[X]|
  • ML(n, {\bf A}) \in |({\bf A}/\bar{\bf K})\hyp{\bf LieAlg}[X]|
  • GL(n, {\bf A}) \in |{\bf Grp}[X]|

環層 {\bf A} に限らず、任意の環対象に M(n, \hyp), MA(n, \hyp), ML(n, \hyp), GL(n, \hyp) を使っていいとして、開集合 U\subseteq X に対して次が成立します。

  • M(n, {\bf A})(U) = M(n, {\bf A}(U)) \in |{\bf Set}|
  • MA(n, {\bf A})(U) = MA(n, {\bf A}(U)) \in |({\bf A}/\bar{\bf K})(U)\hyp{\bf Alg}|
  • ML(n, {\bf A})(U) = ML(n, {\bf A}(U)) \in |({\bf A}/\bar{\bf K})(U)\hyp{\bf LieAlg}|
  • GL(n, {\bf A})(U) = GL(n, {\bf A}(U)) \in |{\bf Grp}|

以下、相対環層(環層の上の環層) {\bf A}/\bar{\bf K} を単に {\bf A} と略記します。また、M(n, \hyp) は正方行列を作る一般的な操作として使い、できた正方行列の集合/集合層に適当な構造(例えば加群)を暗黙に付与することがあります。

行列群層のリー型の表現

定義から、GL(n, {\bf A}) は群層であり、ML(n, {\bf A}) は“環層 {\bf A} = {\bf A}/\bar{\bf K} 上のリー代数層”です。次の形の表現(群層のあいだの射)があれば、リー型の群層〈group sheaf of Lie-type〉を構成できます。

  • \rho : GL(n, {\bf A}) \to autGrp\_{\bf A}\hyp{\bf LieAlg}[X](ML(n, {\bf A}) ) \In {\bf Grp}[X]

このような \rho は、開集合 U\subseteq X ごとに定義すればいいので、次の写像を構成して、層の制限写像との整合性を確認すればいいわけです。

  • {}^U\rho : GL(n, {\bf A}(U)) \to autGrp\_{\bf A}(U)\hyp{\bf LieAlg}(ML(n, {\bf A}(U)) ) \In {\bf Grp}

開集合に対する“成分” {}^U\rho は単なる写像なので、次のようなラムダ記法で定義できます。併置は行列の積です。

\mbox{For }U\in Open(X),\\
{}^U\rho := \lambda\, g\in GL(n, {\bf A}(U)).(\, \lambda\, x\in ML(n, {\bf A}(U)).(\, g x g^{-1}\,)\,)

無名ラムダ変数としてのハイフンを使って簡単に書けば、g \mapsto g (\hyp) g^{-1} という対応です。g (\hyp) g^{-1} = \lambda\, x.(g x g^{-1}) が行列交換子リー代数の射であることは簡単な計算でわかります。\rho(h g) = \rho(h)\circ \rho(g) から、群の射であることもわかります。定義の局所整合性(制限写像との整合性)は容易に確認できるので、\rho はリー型の表現となり、行列群層 GL(n, {\bf A}) にリー型群層の構造が入ります。

行列群層のモーレー/カルタン微分

リー型群層の構造を持った行列群層のモーレー/カルタン微分 \delta は(もし、それがあるなら)次のような作用素です。

  • \delta : GL(n, {\bf A}) \to ML(n, {\bf A})\otimes \Omega^1 \In {\bf Set}[X]
  • \mbox{For }U\in Open(X),\; ({}^U \delta)[a b] = ({}^U\tilde{\rho})(b^{-1})( ({}^U\delta)[a]) + ({}^U\delta)[b]

[補足][追記]
上記の  ML(n, {\bf A})\otimes \Omega^1  M(n, {\bf A})\otimes \Omega^1 でかまいません。リー代数であることをまったく使わないからです。しかし、加群であることを使うので、 {\bf A}\hyp{\bf Mod}[X] の対象とみなすことがあります。

結局、M(n, {\bf A}) は、場合により、次のように解釈される可能性があります。

  1. M(n, {\bf A}) \in {\bf Set}[X]
  2. M(n, {\bf A}) \in \bar{\bf K}\hyp{\bf Mod}[X]
  3. M(n, {\bf A}) \in ({\bf A}/\bar{\bf K})\hyp{\bf Mod}[X]

一方で、ML(n, {\bf A})加群と考えたり集合と考えたりと、忘却関手で構造を忘れることもあります。
[/追記][/補足]

では、局所的な作用素{}^U\delta \mbox{ for }U\subseteq X を定義しましょう。実際の定義には、露骨〈explicit〉な表示を使います。開集合 U\subseteq X として座標近傍を取れば、\Omega^1(U) には局所座標から決まるフレーム \theta^i = dx^i \in  \Omega^1(U) \;(i = 1, \cdots, m)m多様体 X の次元)があり、次のように表示できます。

  • \Omega^1(U) = {\bf A}(U)\theta^1 \oplus \cdots \oplus {\bf A}(U)\theta^m = \bigoplus_{i = 1}^m {\bf A}(U)\theta^i

すると、次のような具体的な同型が得られます。以下で、ギリシャ文字 \alpha, \beta は 1 から n を走る添字として、行列もラムダ記法  x = \lambda\,{}^\alpha_\beta[x^\alpha_\beta] で表します。e_\alpha^\beta は行列の空間の基底達です。


\quad M(n, \Omega^1(U)) \;\ni \lambda\,{}^\alpha_\beta[\omega^\alpha_\beta]\\
=  M(n, \bigoplus_{i = 1}^m {\bf A}(U)\theta^i) \;\ni \lambda\,{}^\alpha_\beta[\sum_i {f^\alpha_\beta}_i \theta^i] \\
\cong \bigoplus_{i = 1}^m M(n, {\bf A}(U))\theta^i \;\ni \sum_i (\lambda\,{}^\alpha_\beta[{f^\alpha_\beta}_i]) \theta^i\\
\cong M(n, {\bf A}(U))\otimes \Omega^1(U)\;\ni \sum_{\alpha, \beta, i} {f^\alpha_\beta}_i (e_\alpha^\beta \otimes \theta^i)\\

d:{\bf A} \to \Omega^1 \In \bar{\bf K}\hyp{\bf Mod}[X] は通常の外微分作用素とします。外微分作用素を行列の成分ごとに作用させると次の作用素が得られます。

  • {\bf d} = M(n, d) : M(n, {\bf A}) \to M(n, \Omega^1) \In \bar{\bf K}\hyp{\bf Mod}[X]

ここで、行列と作用素は圏 \bar{\bf K}\hyp{\bf Mod}[X] 内で考えています。作用素の域を GL(n, {\bf A}) \subseteq M(n, {\bf A}) に制限して、すぐ上の同型で余域も変更すると、次の作用素が構成できます。

  • {\bf d}': GL(n, {\bf A}) \to M(n, {\bf A})\otimes \Omega^1 \In {\bf Set}[X]

\require{AMScd}
\begin{CD}
M(n, {\bf A}) @>{{\bf d}}>>   M(n, \Omega^1) \\
@A{\subseteq}AA                          @VV{\cong}V \\
GL(n, {\bf A}) @>{{\bf d}'}>> M(n, {\bf A})\otimes \Omega^1
\end{CD}\\
\mbox{commutative in }{\bf Set}[X]

GL(n, {\bf A}) の(局所的な)要素は、 M(n, {\bf A})\otimes \Omega^1 の(局所的な)要素に行列掛け算 \cdot により作用できるので、次の定義はwell-definedです。

  • \mbox{For } g\in GL(n, {\bf A}(U) ),\; ({}^U\delta)[g] := g^{-1}\cdot ({}^U{\bf d}')[g]

この定義が局所整合性を持つのは明らかでしょうから、これで層のあいだの射 \delta が構成できました。

掛け算の微分公式

モーレー/カルタン微分の公理である、群の掛け算に対する微分公式(対数微分公式)を示します。それは次でした。

  • ({}^U \delta)[a b] = ({}^U\tilde{\rho})(b^{-1})( ({}^U\delta)[a]) + ({}^U\delta)[b]

次の約束をします。

  • 行列の積は併置で表す。
  • 行列と、行列係数の1次微分形式の積はドットで表す。
  • 前節の {\bf d}' をあらためて {\bf d} と書く。
  • 微分作用素の適用はブラケットで示す。
  • 開集合を表す左上の添字は省略する。

行列と1次微分形式の積は次のように計算できます。

  • a\cdot (b\otimes \omega) = (ab)\otimes \omega
  • (a\otimes \omega)\cdot b = (ab)\otimes \omega
  • a\cdot (b \cdot (c \otimes \omega) ) = (ab)\cdot (c \otimes \omega)

行列の積に対してライプニッツの法則が成立します。

  • {\bf d}[ab] = {\bf d}[a]\cdot b + a\cdot {\bf d}[b] \mbox{ on }M(n, {\bf A}(U))\otimes \Omega^1(U)

局所的な状況で、群層の要素(局所セクション)の積のモーレー/カルタン微分を計算してみます。


\quad \delta[gh] \\
= (g h)^{-1} \cdot {\bf d}[g h] \\
= (g h)^{-1} \cdot ({\bf d}[g]\cdot h + g\cdot {\bf d}[h] )\\
= (g h)^{-1} \cdot ({\bf d}[g]\cdot h) + (g h)^{-1} \cdot (g\cdot {\bf d}[h]) \\
= (g h)^{-1}h \cdot {\bf d}[g] + (g h)^{-1} g \cdot {\bf d}[h] \\
= h^{-1} g^{-1} h  \cdot {\bf d}[g] + h^{-1} \cdot {\bf d}[h] \\
= h^{-1} \cdot (g^{-1} \cdot {\bf d}[g])\cdot h + h^{-1} \cdot {\bf d}[h] \\
= h^{-1} \cdot \delta[g] \cdot h + \delta[h] \\
= h^{-1} \cdot \delta[g] \cdot (h^{-1})^{-1} + \delta[h] \\
= \tilde{\rho}(h^{-1})( \delta[g] ) + \delta[h] \\

これで、正方行列のリー型群層に定義された作用素 \delta がモーレー/カルタン微分であることがわかりました。よって、このモーレー/カルタン微分を備えた正方行列群層 GL(n, {\bf A}) はリー/モーレー/カルタン群層です。リー型群層は自明な主層になるので、この例は主層のカルタン接続の例にもなっています。