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参照用 記事

多様体とバンドルのボキャブラリ (1) 基本記法

以前「主バンドルの基本的なこと (1/2)」という記事を書いたのですが、後編の「(2/2)」を書いていません。その理由のひとつは、2回で書き切る気がしなくなったからです。そんなこともあったので、分母を書かない番号「(1)」をこの記事のタイトルに付けました。主バンドルにフォーカスしているわけではないので、「主バンドルの基本的なこと」の続きではありません。 %
\newcommand{\R}{ {\bf R} } % Real
\newcommand{\u}[1]{ \underline{#1} } % underline
\newcommand{\In}{ \text{ in } } %
\newcommand{\id}{ \mathrm{id} } %
\newcommand{\hyp}{ \text{-} } %
\newcommand{\Iff}{ \Leftrightarrow } %
\newcommand{\inc}{ \mathrm{inc} } %
%
\require{color}
\newcommand{\Keyword}[1]{\textcolor{green}{#1} }%
\newcommand{\For}{\Keyword{ \text{For } } }%
\newcommand{\Let}{\Keyword{ \text{Let } } }%
\newcommand{\Where}{ \Keyword{\text{Where } } }%

長い一本の記事じゃなくて、番号を付けた幾つかの記事にする理由は「ベクトル空間上の複素密度 2/?」冒頭に書いた事情(=生存確認のため)です。記事を分ける際に「区切りがいいところ」は特に考慮しません。ぶつ切りもありです。

さて、多様体の具体例を出す場合、ユークリッド空間の部分集合 M \subseteq \R^N が多いですよね、例えば円周 S^1 \subseteq \R^2。ファイバーバンドルもやはりユークリッド空間に埋め込む場合があります。例えば、T(S^1) \subseteq \R^3

このような場合、多様体上の点とその座標の区別が難しくなります。点も座標もどちらも実数のタプルですから。同じように、多様体上のベクトルとその成分表示(これも実数のタプル)、ベクトルバンドルに働く変換(自己同型射)とフレームと行列の区別も困難になります。

この記事と引き続く記事では、実例の記述や計算で混乱しがちな事に対する説明と注意を述べます。実例そのものはあまり出しません(出すなら別記事にするでしょう)。混乱を避けるための用語法・記法の紹介あるいは提案が、一連の記事の主題です。

内容:

はじめに

この記事と引き続く記事の内容は、大部分は過去に書いた事です(蒸し返し)。が、散在している記述をまとめる意味はあるでしょう。過去記事へのリンクは入れるかも知れませんが、リンクを辿らなくていいように、できるだけ自己充足的〈self-contained〉に書くつもりです。

冒頭で述べたように、混乱を避ける方法が主題です。多くの場合、混乱の原因は記号の乱用や習慣的〈因習的*1〉記法です。なので、記号の乱用の説明が多くなります。逆説的に、「乱用の仕方」の解説になるかも知れません。記号の乱用は避けられないので、「乱用の仕方」も必要〈必要悪〉なのです。

タイトルに「多様体とバンドル」を入れましたが、けっこう一般論が入ります。

構造と台構造、エラボレーション

モノイドを M = (M, m, e) のように書きますが、これは記号の乱用です。M = (\u{M}, m_M, e_M) のほうがより正確です。ここで:

  • \u{M} はモノイド M台集合〈underlying set〉
  • m_M はモノイド M の乗法〈multiplication〉(と呼ばれる写像
  • e_M はモノイド M の単位〈unit〉(と呼ばれる特定元、または単元集合からの写像

台集合に下線を引くのは、underly と underline をかけた駄洒落です。モノイドの結合律を可換図式で書くなら:

\xymatrix {
  {} %1
  &{(\u{M}\times \u{M}) \times \u{M}} %2
      \ar[dl]_-{m_M \times \id_{\u{M}}}
      \ar[rr]^-{\alpha_{\u{M},\u{M},\u{M}} }
  &{} %3
  &{\u{M}\times (\u{M} \times \u{M}) } %4
        \ar[dr]^-{\id_{\u{M}} \times m_M }
  &{} %5
\\
  {\u{M}\times \u{M}} %1
    \ar[drr]_{m_M }
  &{} %2
  &{} %3
  &{} %4
  &{\u{M}\times \u{M}} %5
      \ar[dll]^{m_M}
\\
  {} %1
  &{} %2
  &{\u{M}} %3
  &{} %4
  &{} %5
}\\
\text{commutative in }{\bf Set}

通常は、下線を引いたり添字を付けたりは面倒だし、\alpha_{\u{M},\u{M},\u{M}} *2を律儀に書くのも面倒なので、次のような可換図式で済ませます。

\xymatrix@C+1pc {
 { M\times M \times M}
   \ar[r]^-{\id_M \times m}
   \ar[d]_{m\times \id_M}
 &{M\times M}
   \ar[d]^{m}
\\
 {M\times M}
   \ar[r]^-{m}
 &{M}
}\\
\text{commutative in }{\bf Set}

構造とその構造を載せている下部構造〈台〉を同じ記号で表すことは頻繁に行われます。例えば:

  1. 位相空間 X = (X, Open(X))
  2. ベクトル空間 V = (V, +, \cdot)
  3. ファイバーバンドル E = (E, M, \pi)

下線を引いて、下部構造〈台〉を表すことができますが、事情が複雑なことがあります。例えば:

  • ベクトル空間から係数体〈基礎体 | スカラー体〉の作用〈スカラー倍〉を忘れると加法群〈台加法群〉になる。
  • 加法群から足し算を忘れると単なる集合〈台集合〉になる。

この場合、「ベクトル空間 → 加法群 → 集合」という忘却系列が想定されるので、次のようになります。

  • V : ベクトル空間
  • \u{V} : 加法群
  • \u{\u{V}} : 集合

多様体位相空間 → 集合」という忘却系列なら:

ファイバーバンドルの場合は、「ファイバーバンドル → 全空間 → 底空間」という系列は変なので、「ファイバーバンドル → 全空間と底空間」と忘却して、全空間と底空間それぞれを位相空間に忘却することになります。

上部構造と下部構造〈台〉の区別を真面目にやると、非常に煩雑になります。M多様体のとき:

  • 開集合族(=位相)は位相空間に対して意味を持つのだから Open(M) はダメで Open(\u{M}) とすべき。
  • ベキ集合〈powerset〉は集合に対して意味を持つのだから Pow(M), Pow(\u{M}) はダメで Pow(\u{\u{M}}) とすべき。

これはさすがに面倒すぎるので Open(M), Pow(M) を許します。

オーバーロード〈多義的使用〉されている記号の意味を確定したり、省略記法の省略部分を補ったりする行為を、コンピュータ・ソフトウェア(特に証明支援系)の言葉でエラボレーション〈elaboration〉と呼びます。記号 'M' が多様体位相空間か集合かを判断したり、記号 E がファイバーバンドルかその全空間かを判断したり、恒等射の記号 '\id' がどの圏のどの対象の恒等射かを補ったりするのがエラボレーションです。

用語や記法は、読む側のエラボレーション能力を仮定して簡略化します。が、混乱のリスクがあるときはより正確な記法(例えば下線を引く)を適宜使います。

ラムダ記法と簡略ラムダ記法

2次関数をラムダ記法で書けば次のようになります。


\quad f := \lambda\, x\in \R.( x^2\, \in \R)

恒等関数なら、


\quad \id = \lambda\, x\in \R.( x\, \in \R)

単なる名前 \id を見て、それが \id_\R だと見なす行為が前節で言ったエラボレーションです。記号 \R が集合なのか位相空間なのか多様体なのかを判断するのもエラボレーションです。エラボレーションにより解釈は変わります。

  1. \id_\R : \R \to \R \In {\bf Set}
  2. \id_\R : \R \to \R \In {\bf Top}
  3. \id_\R : \R \to \R \In {\bf Man}

ここで、{\bf Set}, {\bf Top}, {\bf Man} はそれぞれ、

  1. 集合と写像の圏
  2. 位相空間連続写像の圏
  3. (なめらかな)多様体となめらかな写像の圏

です。

射のプロファイル(域と余域)を指定するのは面倒なので次の略記を使います。


\quad f := \lambda\, x. x^2 \\
\quad \id := \lambda\, x. x

しかし、ほんとにプロファイルが不明だと、射が等しいか違うかの判断さえできません。\Rを省略している文脈では f \ne \id ですが、次なら話が違ってきます。


\quad f := \lambda\, x\in \{0, 1\}.( x^2\, \in \{0, 1\}) \\
\quad \id := \lambda\, x\in \{0, 1\}.( x\, \in \{0, 1\})

一方で、引数変数〈ラムダ束縛変数〉は何でもいいので、次の f, g は等しくなります。


\quad f := \lambda\, x\in \R.( x^2\, \in \R) \\
\quad g := \lambda\, t\in \R.( t^2\, \in \R)

実際の例では、引数変数に型の情報が暗黙に組み込まれていて(例:n なら整数、x なら実数)リネームできないことがあります。リネーム出来ない束縛変数は好ましくないのですが、型情報付き変数名は便利なので使っちゃいますね。

ハイフン、アンダスコア、マイナス(\hyp, \_, -)は、無名引数変数として使われることがあります。f := \hyp^2f := \lambda\,x. x^2 と同じです。引数変数の型は文脈から推測します。

無名引数変数は、関数だけでなく関手にもよく使います。例えば、集合の話をしている文脈で、


\quad F := \hyp \times A

と書けば、F は前もって決まった集合 A を直積する関手です。それは次のように定義されます。


F: {\bf Set} \to {\bf Set} \In {\bf CAT}\\
\Where \\
\quad \For X\In {\bf Set} \\
\qquad F(X) := (X\times A \In {\bf Set})\\
\quad \For f:X \to Y \In {\bf Set} \\
\qquad F(f) := (f\times \id_A : X\times A \to Y\times A \In {\bf Set})

なお、


X\In {\bf Set} :\Iff X\in |{\bf Set}| \\
f:X \to Y \In {\bf Set} :\Iff f\in {\bf Set}(X, Y)

多様体の話をしている文脈で、


\quad F := C^\infty(\hyp)

と書けば、F多様体から関数達からなる\R-環(\R上の可換多元環可換代数〉)を作る反変関手です。F は次のように定義されますが、詳細は気にしなくていいです。


F: {\bf Man} \to \R\hyp{\bf Rng} \In {\bf CAT}\\
\Where \\
\quad \For M\In {\bf Man} \\
\qquad F(M) := (C^\infty(M) \In \R\hyp{\bf Rng})\\
\quad \For \varphi:M \to N \In {\bf Man} \\
\qquad F(\varphi) := (\varphi^\ast  : C^\infty(N) \to  C^\infty(M)\In \R\hyp{\bf Rng}) \\
\qquad \Where \\
\qquad\quad \For g \in C^\infty(N) \\
\qquad\quad \quad \varphi^*(g) := (g\circ \varphi \in C^\infty(M))

多様体 M とその上のベクトルバンドル E を固定したとき、\Gamma_M(\hyp, E) は次のような反変関手(前層)を表しています。出てくる記号はすぐ後に箇条書きで説明しますが、これも今はよくわからなくても構いません。


\Let F := \Gamma_M(\hyp, E)\\
F: Open(M) \to {\bf Module} \In {\bf CAT}\\
\Where \\
\quad \For U \In Open(M) \\
\qquad F(U) := \Gamma_M(U, E) \In C^\infty(U)\hyp{\bf Mod}\\
\quad \For (U \subseteq V) :U \to V \In Open(M) \\
\qquad F(U \subseteq V) :=
  (res^V_U : \Gamma_M(V, E) \to \Gamma_M(U, E) \In {\bf Module} )\\

\qquad \Where \\
\qquad\quad \For s \in \Gamma_M(V, E) \\
\qquad\quad \quad res^V_U(s) := (s|_U  \in \Gamma_M(U, E) )

  1. Open(M) は、開集合全体からなる順序集合を圏と考えたもの。
  2. {\bf Module} は、係数環を固定しない(色々な係数環を持つ)加群の圏。
  3. R\hyp{\bf Mod} は、係数環を R に固定した加群の圏。
  4. \Gamma_M(U, E) は、多様体 M 上のベクトルバンドル E の、開集合 U 上の局所セクションの加群

無名引数変数〈無名ラムダ束縛変数〉を使ったラムダ式簡略ラムダ式と呼ぶことにします。簡略ラムダ式は便利なので多用しますが、背後にはけっこう複雑な意味を背負っていることがあります。エラボレーション(略記の解釈)は大変になります。

写像の制限

集合圏 {\bf Set} で話をしますが、{\bf Top}, {\bf Man} でも事情は同じです。

f:X \to Y \In {\bf Set} があるとき、A\subseteq X に対する制限〈restriction〉 f|_A : A \to Y \In {\bf Set} が定義できます。f|_A は次の図式を可換にします。

\xymatrix{
  {A} \ar[r]^{f|_A} \ar@{^{(}->}[d]
  &{Y} \ar@{=}[d]
\\
  {X} \ar[r]^{f}
  &{Y}
}\\
\text{commutative in }{\bf Set}

集合 B\subseteq Y f(A)\subseteq B のときは、余域も制限した f|^B_A : A \to B \In {\bf Set} を定義できます。f|^B_A は次の図式を可換にします。

\xymatrix{
  {A} \ar[r]^{f|^B_A} \ar@{^{(}->}[d]
  &{B} \ar@{^{(}->}[d]
\\
  {X} \ar[r]^{f}
  &{Y}
}\\
\text{commutative in }{\bf Set}

f|^B := f|^B_X と約束すると次が成立します。

  • f|_A = f|_A^Y \;: A \to Y
  • f|^B = f|_X^B \;: X \to B

写像の像集合を Im(f) 、包含写像〈inclusion map〉 \xymatrix@1{ {A}\ar@{^{(}->}[r] & {X}} \inc^X_A と書くことにします。任意の写像 f:X \to Y\In {\bf Set} は次のように分解できます。(セミコロンは、写像の図式順結合〈合成〉記号です。)


f = f|^{Im(f)} ; \inc_{Im(f)}^Y : X\to Y \In {\bf Set}\\
\Where \\
\quad f|^{Im(f)}:X \to Im(f) \In {\bf Set} \\
\quad \inc|_{Im(f)}^Y :Im(f) \to Y \In {\bf Set} \\

図式で描けば:

\xymatrix{
 {X} \ar[rr]^{f} \ar[dr]_{f|^{Im(f)}}
 &{}
 &{Y}
\\
 {}
 &{Im(f)} \ar@{^{(}->}[ur]_{\inc^Y_{Im(f)}}
 &{}
}

f:X \to Y が可逆でなくても、f|^{Im(f)} が可逆なときがあります。例えば、
\xymatrix@1{
  {M\supseteq U} \ar[r]^-{x} & { \R^n } 
} 
\In {\bf Man} 
多様体の局所座標〈チャート〉のとき、x|^{Im(x)} は可逆になります。よって、 (x|^{Im(x)})^{-1} : Im(x) \to U \subseteq M が作れます。たいていの場合、 (x|^{Im(x)})^{-1} を単に x^{-1} と書きます。

x^{-1} を略記ではなく合理化する方法として、次の図式のような状況を想定することもあります。

\xymatrix@C+1.5pc{
 {U} \ar@/^/[r]^{x} \ar@{^{(}->}[d]
 &{V} \ar@/^/[l]^{x^{-1}} \ar@{^{(}->}[d]
\\
 {M}
 &{ {\bf R}^n}
}

右肩に -1 を乗せる記法は混乱を招くことが多いので注意してください(「(-1)乗記号の憂鬱と混乱」参照)。