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参照用 記事

非可換環上の加群は豊穣関手である

表題のような主張を、いつかどこかで見たことがあるんですが、いつ・どこで?かは思い出せません。なぜ「非可換環上の加群は豊穣関手」とみなせるか?は説明できそうなので、この記事に書いてみます。$`\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1} }
\newcommand{\In}{\text{ in }}
\newcommand{\cat}[1]{ \mathcal{#1} }
\require{color} % 緑色
\newcommand{\Keyword}[1]{ \textcolor{green}{\text{#1}} }%
\newcommand{\For}{\Keyword{For } }%
%`$

内容:

“自己射の非可換環”への準同型射としての加群

$`R`$ を非可換環とします。これは、掛け算の可換性を要求してないだけで、可換であることを禁止しているわけではありません。したがって、可換環は非可換環です。非可換環の足し算はプラス記号で $`r + s`$ 、掛け算は併置〈juxtaposition〉で $`rs`$ と書くことにします。

$`{\bf Ab}`$ をアーベル群〈可換群〉の圏とします。圏の対象はアーベル群で、圏の射はアーベル群のあいだの準同型射です。射の結合〈composition〉は、図式順記法なら $`f;g`$ 、反図式順記法なら $`g\circ f`$ と書きます。ここでは主に図式順記法を使います。

$`A \in |{\bf A}|`$ をアーベル群だとして、$`A`$ の自己射〈自己準同型射 | endomorphism〉達の集合を次のように定義します。

$`\quad \mrm{End}_{\bf Ab}(A) := {\bf Ab}(A, A) = \mrm{Hom}_{\bf Ab}(A, A)`$

以下、下付きの $`{\bf Ab}`$ を省略して $`\mrm{End}(A) := \mrm{End}_{\bf Ab}(A)`$ とも書きます。$`\mrm{End}(A)`$ を非可換環に仕立てましょう。$`f, g\in \mrm{End}(A)`$ として:

  • 足し算: $`f + g`$ は $`(f + g)(a) := f(a) + g(b)`$ と定義する。
  • ゼロ元: $`z(a) = 0`$ で定義される射。$`z`$ も単に $`0`$ で表す。
  • 掛け算: $`fg`$ は $`fg := f;g`$ と定義する。$`fg := f\circ g`$ でもよい。左右の順番は好みの問題なのでどーでもいい
  • 単位元: $`\mrm{id}_A`$ が単位元。単に $`1`$ で表す。

上記の定義で、$`(\mrm{End}(A), +, 0, \text{juxtaposition}, 1)`$ が実際に非可換環になることを確認する必要がありますが、そうなります。この非可換環も記号の乱用で単に $`\mrm{End}(A)`$ と書きます。

$`\quad \mrm{End}(A) = (\mrm{End}(A), +, 0, \text{juxtaposition}, 1)`$

非可換環の圏を $`{\bf NCRng}`$ とすると、$`\mrm{End}(A) \in |{\bf NCRng}|`$ ということになります。

$`R\in |{\bf NCRng}|`$ に対して、非可換環の準同型射

$`\quad \varphi : R \to \mrm{End}(A) \In {\bf NCRng}`$

があると、$`\varphi`$ はアーベル群 $`A`$ 上に$`R`$-加群構造を誘導します。$`\mrm{End}(A)`$ の掛け算を $`fg = f;g`$ と決めたので、右加群のほうが自然に書けます。右加群の右スカラー倍を $`\cdot`$ で表すことにして、次のように定義します。

$`\For a\in A, r\in R\\
\quad a\cdot r := \varphi(r)(a)
`$

$`fg = f\circ g`$ と決めたのなら、左スカラー倍(同じくドットで表します)を次のように定義します。

$`\For a\in A, r\in R\\
\quad r\cdot a := \varphi(r)(a)
`$

左右の違いに注意する必要はありますが、スカラー倍は加群の公理を満たすことを確認できます。よって、次の3つの概念は同じだということが分かります。三番目は言い回しを変えただけです。

  1. 非可換環 $`R`$ 上の加群(右加群または左加群)
  2. 非可換環のあいだの準同型射 $`\varphi: R \to \mrm{End}(A)`$
  3. 非可換環 $`R`$ の、表現加群 $`A`$ 上の表現 $`\varphi`$

豊穣圏と豊穣関手

一般的な豊穣圏〈enriched category〉と豊穣関手〈enriched functor〉の話はしません。豊穣化圏〈enriching category | base category of enrichment〉が $`{\bf Ab}`$ の場合に限って説明します。

圏 $`\cat{C}`$ が$`{\bf Ab}`$-豊穣圏〈$`{\bf Ab}`$-enriched category〉であるとは、任意のホムセット $`\cat{C}(A, B)`$ がアーベル群の構造(つまり足し算)を持つことです。各ホムセットが持つ足し算と圏の結合演算は整合的に調和する必要がありますが、これは分配法則(下)が成立することです。

$`\quad (f + g);h = f;h + g;h\\
\quad f;(g + h) = f;g + f;h`$

あとそれと:

$`\quad f;0 = 0\\
\quad 0;g = 0`$

アーベル群の圏 $`{\bf Ab}`$ は$`{\bf Ab}`$-豊穣圏になります。前節で、$`\mrm{End}_{\bf Ab}(A)`$ に足し算が入って非可換環になると言いましたが、足し算だけならどのホムセットにも入ります。

$`\cat{C}, \cat{D}`$ が$`{\bf Ab}`$-豊穣圏だとして、関手 $`F:\cat{C} \to \cat{D}`$ が$`{\bf Ab}`$-豊穣関手だとは、関手を各ホムセットに制限した写像

$`\quad F_{X, Y}:\cat{C}(X, Y) \to \cat{D}(F(X), F(Y))`$

が、アーベル群の準同型射(足し算・ゼロを保存する写像)になっていることです。

関手は結合と恒等を保存する〈尊重する〉ので、(結合を掛け算とみて)掛け算構造を保存すると言っていいでしょう。それに加えて、$`{\bf Ab}`$-豊穣関手なら足し算構造も保存します。したがって、$`{\bf Ab}`$-豊穣圏と$`{\bf Ab}`$-豊穣関手は、掛け算・足し算を持つ代数系と準同型射の一般化になっています。

非可換環上の加群は豊穣関手

$`\cat{R}`$ は$`{\bf Ab}`$-豊穣圏で、対象がただ1つしかないとします。ただ1つの対象を星印で表します。

$`\quad |\cat{R}| = \{*\}`$

対象が1つしかないので、ホムセットも1つだけです。$`\cat{R}(*, *)`$ が唯一のホムセット。このホムセットには射の結合と足し算が定義されています。恒等射 $`\mrm{id}_*`$ とゼロ射 $`0`$ も考えれば、$`\cat{R}(*, *)`$ が非可換環になることは分かります。

さてここで、対象がただ1つの$`{\bf Ab}`$-豊穣圏 $`\cat{R}`$ からアーベル群の圏 $`{\bf Ab}`$ への$`{\bf Ab}`$-豊穣関手 $`M:\cat{R} \to {\bf Ab}`$ を考えます。$`M`$ の対象パートと射パート(ホムセット・パート)をそれぞれ考えると:

  • $`M_\mrm{obj} : \{*\} → |{\bf Ab}|`$
  • $`M_{*\,*} : \cat{R}(*, *) → {\bf Ab}(M(*), M(*))`$

$`A := M(*)`$ と置くと:

$`\quad M_{*\,*} : \cat{R}(*, *) → {\bf Ab}(A, A) = \mrm{End}(A)`$

$`{\bf Ab}`$-豊穣関手の射パート(ホムセット・パート) $`M_{*\,*}`$ は、非可換環 $`\cat{R}(*, *)`$ から非可換環 $`\mrm{End}(A)`$ への非可換環の準同型射になります。最初の節の議論から、非可換環の準同型射は非可換環上の加群を定めるのでした。

結局、対象がただ1つの$`{\bf Ab}`$-豊穣圏 $`\cat{R}`$ からアーベル群の圏 $`{\bf Ab}`$ への$`{\bf Ab}`$-豊穣関手 $`M:\cat{R} \to {\bf Ab}`$ は、非可換環 $`\cat{R}(*, *)`$ 上の加群を定めることになります。言い方を変えると、

  • 対象がただ1つの$`{\bf Ab}`$-豊穣圏からアーベル群の圏への$`{\bf Ab}`$-豊穣関手と、非可換環上の加群は、同じ概念である。

右加群か左加群かの違いは、関手が共変関手か反変関手かの違いで説明できます(ただし、書き方の約束に依存する)。

対象がただ1つの$`{\bf Ab}`$-豊穣圏は、$`{\bf Ab}`$-豊穣圏の特殊なものですから、非可換環上の加群は、$`{\bf Ab}`$-豊穣関手の特殊なものとみなせます。