関係(非決定性写像)に関する用語を一式準備します。できるだけ新しい言葉を作らないで、既存の言葉を流用します。その流用が整合的であることにも注意をはらいます。$`\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1}}
\newcommand{\hyp}{\text{-}}
\newcommand{\Imp}{\Rightarrow}
\newcommand{\Iff}{\Leftrightarrow}
`$
内容:
続き:
同じモノ、同じコト
関係〈二項関係〉と非決定性写像とブール値係数の行列は、事実上同じモノです。
$`X, Y`$ は集合とします。$`{\bf B}`$ はブール値〈二値真偽値〉からなる集合(ブール型)、$`\mrm{Pow}(\hyp)`$ はベキ集合〈power set〉を作る操作を表すとします。以下に挙げる3つのモノは、相互に移りあえます。
- 部分集合 $`R \subseteq X \times Y`$
- ベキ集合への写像 $`f: X \to \mrm{Pow}(Y)`$
- 2つのインデックスを持つブール値の族 $`A :X\times Y \to {\bf B}`$
上から順に、「$`X`$ から $`Y`$ への関係」、「$`X`$ から $`Y`$ への非決定性写像」、「$`X`$ と $`Y`$ をインデックス集合とするブール値係数の行列」と呼びます。$`x\in X, y\in Y`$ に対して、以下は同じコトです。
- $`(x, y) \in R`$
- $`y \in f(x)`$
- $`A(x, y) = \mrm{True}`$
$`R, f, A`$ が相互に移りあえるモノ達です。歴史的経緯から、同じコトでも違った書き方をします。
- 関係記号を中置演算子記号のように書けば、$`(x, y) \in R`$ は $`x\,R\,y`$ と書く。
- $`\mrm{True}`$ を $`1`$ と書いて、インデックス〈添字〉をテンソル計算の流儀で書けば、$`A(x, y) = \mrm{True}`$ は $`A_x^y = 1`$ と書く。
また、ブール値係数の行列は次のようなモノと考えることもできます。
- 2つの引数を持つブール値写像 $`p :X\times Y \to {\bf B}`$
このときは、「$`X`$ と $`Y`$ に関する二項述語」と言います。
ブール値の論理ORを足し算とみなすと、無限の足し算でも自由にできます。“ブール値係数の行列とみなした成分総和”と“二項述語とみなした存在限量〈existential quantification〉”は同じコト(相互に移りあえるコト)です。
$`\quad \sum_{x\in X}A_x^y \longleftrightarrow \exists x\in X. p(x, y)`$
関係に関する用語
同じモノ/同じコトに異なるたくさんの言葉を割り当てたり、既存の言葉があるのに新しい言葉を追加したりすると、概念は単一(あるいは少数)なのに、言葉ばかり増える現象が起きます。覚えることが増えて嫌です。言葉が違うと同一性(あるいは同型性、同値性)が認識できないリスク*1も増えます。(逆に、偶発的な同綴異義語で混乱することもありますが。)
関係に関する言葉〈用語〉を一式準備したいのですが、上記の理由から、既存の言葉を整合性を保って流用したいと思います。既存の言葉は次のような言葉達です。
- 写像に関して: 域、余域、像、単射、全射
- 線形写像に関して: 核〈零空間 | null space〉、余核、余像〈coimage〉
- 部分写像に関して: 全域〈total〉
- 行列に関して: 転置
関係に関しても、これら既存の言葉を流用します。表立っては使わない裏メニュー・アイテムのような言葉を少数追加します(以下の表で丸括弧で囲っています)。ほんとに新規な言葉として「単葉〈univalent | 一価〉」がありますが、これも複素関数論などで既存の言葉です。
既存の用語 | 関係に関する用語 | 略記 |
---|---|---|
域 | 域 | dom |
余域 | 余域 | cod |
像 | 像 | img または im |
単射【形容詞】 | 単射的 | isInj |
全射【形容詞】 | 全射的 | isSurj |
核 | (零域) | null |
余核 | (余零域) | conull |
余像 | 余像 | coimg または coim |
全域【形容詞】 | 全域的 | isTotal |
単葉【形容詞】 | isUniv | |
転置 | 転置 | (-)t (右肩に t) |
形容詞はなるべく「的」を付けることにしますが、単葉には「的」を付けてません。「的」を省いても文句は言わないことにします。
関係を $`R\subseteq X\times Y`$ として、以下に用語の定義を挙げます。
- $`\mrm{dom}(R) := X`$
- $`\mrm{cod}(R) := Y`$
- $`\mrm{img}(R) := \{y\in Y\mid \exists x\in X.\, (x, y)\in R \}`$
- $`\mrm{isInj}(R) :\Iff \forall x, x'\in X, y\in Y.\, (x, y)\in R \land (x', y)\in R \Imp x = x'`$
- $`\mrm{isSurj}(R) :\Iff \forall y\in Y.\exists x\in X.\, (x, y)\in R`$
- $`\mrm{null}(R) := \{x\in X\mid \lnot (\exists y\in Y.\, (x, y)\in R) \}`$
- $`\mrm{conull}(R) := Y \setminus \mrm{img}(R)`$
- $`\mrm{coimg}(R) := X \setminus \mrm{null}(R)`$
- $`\mrm{isTotal}(R) :\Iff \forall x\in X.\exists y\in Y.\, (x, y)\in R`$
- $`\mrm{isUniv}(R) :\Iff \forall x\in X, y, y'\in Y.\, (x, y)\in R\land (x, y')\in R \Imp y = y'`$
- $`R^t := \{(y, x) \in Y\times X\mid (x, y)\in R\}`$
線形写像とのアナロジーは、関係を非決定性写像と考えて、ゼロベクトルを空集合だと思って、商空間をとる(割り算する)代わりに集合の引き算をしています。念のため、線形写像に関する定義は:
- $`\mrm{ker}(f) = \mrm{null}(f) := \{x\in X \mid f(x) = 0\}`$
- $`\mrm{coker}(f) = \mrm{conull}(f) := Y/\mrm{img}(f)`$
- $`\mrm{coimg}(f) := X/\mrm{ker}(f) = X/\mrm{null}(f)`$
上の用語の定義を眺めていると、幾つかのことが分かります。
- $`R`$ の転置が単射的なら、$`R`$ は単葉。
- $`R`$ の転置が全射的なら、$`R`$ は全域的。
- $`R`$ の像が余域と一致するなら、$`R`$ は全射的
- $`R`$ の余像が域と一致するなら、$`R`$ は全域的
関数〈写像〉は単葉かつ全域的な関係とみなせ、部分関数〈部分写像〉は単葉な関係とみなせます。このような“みなし”による同一視をおこなっても、用語の整合性は保てます。
続きがあります。
*1:同一性/同型性/同値性が認識できないと、同じ(あるいはほぼ同じ)モノが、違ったたくさんのモノに見えます。違ったたくさんのモノを個別に理解したり覚えたりする労力は膨大になります。これはほんとに膨大な無駄、膨大な損失です。損失をまねく原因ですから、リスクと言うのは大げさではありません。