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参照用 記事

バエズ/ドーラン曲面の意義と使い方

先日の「たわ言かも知れない」話を確認するには、バエズ/ドーラン茂みについて考える必要があります。が、最初に用語の変更をしておきます。

「バエズ/ドーラン・ツリー」、「バエズ/ドーラン林」など植物由来の用語から、悪ノリして「バエズ/ドーラン植物」、「バエズ/ドーラン茂み」なんて言葉を使ったのですが、もっとわかりやすい用語にします。

今後これを使う 悪ノリ
バエズ/ドーラン・ツリー
バエズ/ドーラン林
バエズ/ドーラン円板
バエズ/ドーラン曲面 バエズ/ドーラン茂み
連結バエズ/ドーラン曲面 バエズ/ドーラン植物

ツリーと林は植物由来ですが、あとは2次元図形を指す普通の言葉です。植物縛りはやめます。

バエズ/ドーラン曲面は、スケマティックな(「スケマティック」参照)リントンの定理(「リントンの定理」参照)にとって非常に重要です。しかし、バエズ/ドーラン曲面の意義と使い方には微妙な点があります。それをこの記事で説明します。$`
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\newcommand{\hyp}{\text{-} }
\newcommand{\H}{\text{-} }
%\newcommand{\twoto}{\Rightarrow }
`$

内容:

曲面の“穴”について

バエズ/ドーラン植物 // 曲面の穴ってなに?」で述べたことですが、“穴〈hole〉”には要注意。以下の図は、ドーナッツの表面、あるいはタイヤのチューブのような曲面で、裏側が赤いとします。

*1

“ドーナッツの穴”の意味の穴がひとつあって、“靴下の穴”の意味の穴がふたつ開いています -- タイヤのチューブならパンクしてます。これらニ種類の“穴”を区別しないとワケワカランになります。今後、単に「穴」と言った場合、“靴下の穴”の意味だとします。“ドーナッツの穴”を意味したいときはその旨記します。

以下の図は、2つの曲面を貼り合わせて新しい曲面を作ることを表しています。片一方の曲面は、3つの穴が開いた球面と同相(事実上同じ)です。もう一方の曲面(パイプに見える)は、2つの穴が開いた球面と同相です

*2

もとの2つの曲面には、(どちらにも)“ドーナツの穴”はありませんが、貼り合わせた結果には“ドーナツ”の穴ができています。

貼り合わせても穴ができない

全体がひとつながりである曲面は連結〈connected〉だといいます*3。連結な曲面(穴があってもよい)の“ドーナツの穴”の数を種数〈genus〉と呼びます。

種数 0 (ドーナツの穴がない)2つの曲面を貼り合わせると、種数が 1 以上になることもあります。以前、この現象を取り扱わないといけないと思っていました。が、最近、種数が 1 以上の曲面は不要だろう、と気づきました。

貼り合わせの結果、“ドーナツの穴”ができても、すぐに消滅すると考えます。例えば、2本のパイプ(円筒形)を曲げて貼り合わせると、ひとつのドーナツ形ができます。このドーナツ形はすぐさま球面に変化してしまう、と考えます。

“ドーナツの穴”はできても消滅する、というのは奇妙な話です。確かに、幾何的には奇妙です。が、後で述べる組み合わせ化〈combinatorization〉をすると、“ドーナツの穴”は意味がないので、無くてもいいのです。

どう貼り合わせようと“ドーナツの穴”はできないので、我々が考える連結な曲面は、球面に n 個の穴(“靴下の穴”の穴)を開けた図形と同相(事実上同じ)です。以下は、球面に3つの穴が開いた図形です。

*4

0 と番号が付けられた穴を大きく広げて、平面上にベシャッと押し付けると、2つの穴が開いた円板になります。0番の穴は円板の境界である円周になります。一般に:

  • 球面に (n + 1) 個の穴を開けた図形は、円板に n 個の穴を開けた図形と同相(事実上同じ)。

曲面を穴の境界の部分で貼り合わせることは、円板の穴に、他の円板を(縮小して)はめ込むことと同じです。「1個以上の穴を持つ曲面 ←→ 円板」の連続同相変形は重要です(後で例が出てきます)。

バエズ/ドーラン曲面とは

バエズ/ドーラン曲面〈Baez-Dolan surface〉とは、その表面にストリング図が描かれた曲面のことです。ここで曲面とは、n 個の穴が開いた球面と同相な図形です。n = 0 (穴がない球面)を認めるかどうかは目的によります。目的によっては、n ≧ 1 という条件を付けたほうが便利なこと(例えば、円板表示が可能)もあります 。

次の図は、ワイヤーだけ(ボックス〈ノード〉がない)のストリング図が描かれた曲面です。バエズ/ドーラン曲面の例ですね。

*5

3つの穴のうちの2つに A, B と名前〈識別子〉を付けています。ワイヤーの端点となる境界上の点はポート〈port〉と呼びます。ポートは全部で9個あるのですが、一部は見えていません。また、ポートのうち 6個には、a, b, c, d, e, f で名前〈識別子〉を付けています(3個は無名です)。

見えてないワイヤー/ポートが見えるように、潰して平面に押し広げましょう。次のようになります。ワイヤーの色がグレーから黒に変わったのは意味ないです(たまたま)。

*6

バエズ/ドーラン曲面には、絵柄(あるいは模様)としてストリング図が描かれますが、ストリング図のワイヤーとは別に、シーム〈seam〉という閉じた曲線(円周と同相)も描いていいとします。次の図のオレンジ色の線(見えない所を含めると円周)がシームです。

*7

これも円板に潰すと、円周上のシームは領域を囲うことになります。シームで囲まれた領域をシーム領域〈seamed region〉あるいは単に領域〈region〉と呼びます。

シームは、入れ子のストリング図〈nested string diagram〉を表す手段です。シーム領域の内側に描かれたストリング図は、入れ子レベルが一段深い部分(描き方によっては、一段高い部分)だと考えます。シームを消去すると、その部分の入れ子構造が無くなります。すべてのシームを消去すれば、平坦〈flat〉な(入れ子ではない)ストリング図になります。

バエズ/ドーラン曲面には、ワイヤー、シーム、穴、スポット(「穴、スポット、エリア、シーム」参照)が描かれます。単色で描いた図でこれらを区別するのは困難でしょう。実際、これらの区別が出来ないがための誤認・誤解・混乱を見かけます。色の約束を決めて三色ペンを使うのが良いでしょう。

シーム消去

バエズ/ドーラン曲面のあいだの演算には次があります。

  • 併置〈juxtaposition〉: 2つのバエズ/ドーラン曲面を、何もしないで単に並べて置くだけ。圏論的にはモノイド積。
  • 貼り合わせ〈gluing〉: 穴の境界の部分でピタッとくっつける。このとき、ストリング図の絵柄もきちんと繋がるようにくっつける。バエズ/ドーラン曲面を円板として描いた場合は充填〈filling〉/はめ込み〈inset〉などと呼ぶ(その他同義語多数)。ツリー状に描いた場合は接ぎ木〈grafting〉と呼ぶ(その他同義語多数)。圏論的には結合(複結合/多結合も含む)。

同義語が無闇とたくさんあることに関しては、「リントンの定理: 概要、実例、注意事項 // 注意事項への注意事項」とそれに引き続く節を参照してください。

あまり注目も言及もされませんが、シーム消去〈seam elimination〉はとても重要な演算です。以下で述べます。

シームを持つバエズ/ドーラン曲面を、毎度立体的に描くのは大変です。左のような立体的な見取り図のおおよその情報を、右のツリーのように描くと簡略で便利です。詳細は「穴、スポット、エリア、シーム」を参照してください。

*8

上記の左(立体的な見取り図)でも右(簡略なツリー)でも、シーム消去とはオレンジ色の線を消すことです(それだけ!)。単純明快な操作ですが、スケマティックなリントン/ローヴェア・モナドの主要な機能はシーム消去です。バカにできないのですよ。

バエズ/ドーラン・ツリー: 色々な描画法」から、もうひとつシーム消去の例を再掲します。以下は、合計で8個の穴と3本のシームを持つバエズ/ドーラン曲面です。描かれているストリング図については省略しています。

*9

シーム消去は次のようになります。

*10

すべてのシームを消去すると、7本指の指出し手袋のような図形になります。これは、8個の穴があいた球面と同相です。

*11

上記の絵では、バエズ/ドーラン曲面をツリー状に描いていましたが、円板状に描くなら、シーム消去は次のようです。入れ子構造を消している(入れ子を平坦化している)ことがよく分かるでしょう。

*12

バエズ/ドーラン曲面は無意味か?

バエズ/ドーラン曲面達は、併置、貼り合わせ、シーム消去、その他にストリング図の変形操作も持つ一種の代数系を形成します(「貼り合わせ代数」にも記述あり)。これは、けっこう複雑な代数系になります。

バエズ/ドーラン曲面達が形成する代数系を、ローヴェアの“代数セオリーの理論”やリントンの定理に適合させようとすると、曲面とか穴とかの幾何的概念は邪魔になります。バエズ/ドーラン曲面は組み合わせ幾何的対象物〈combinatorial geometric object〉ですが、幾何的要素をすべて抜き去って純組み合わせ的対象物〈purely combinatorial object〉にします。この工程を組み合わせ化〈combinatorization〉と呼びます。

この組み合わせ化により、曲面の“ドーナツの穴”の情報は消えてしまいます。どうせ消えてしまうなら「最初から“ドーナツの穴”は考えなくてよかろう」が先に述べた「貼り合わせても穴ができない」の背景です。

組み合わせ化した結果には、幾何的概念は一切含まれません。最終的には、幾何的構造や幾何的情報がすべて落ちてしまうなら、「幾何的概念は不要だ」とも言えます。実際、幾何的概念は出さないで最初から組み合わせ的に進めるアプローチもあります。

しかし、僕の経験では、バエズ/ドーラン曲面は発見的手法〈ヒューリスティック〉とメンタルモデルとしてとても有効だと思います。また、視覚的にアピールするので説明の手段にも好適です。

バエズ/ドーラン曲面は無意味ではない! と言っておきます。