自然数全体の集合を $`\mathbf{N}`$ と書きます。最初の無限順序数は $`\omega`$ と書きます。$`\mathbf{N}`$ も $`\omega`$ も特定の集合を名指す固有名です。
現在主流のオフィシャルな立場から言えば、$`\mathbf{N}`$ と $`\omega`$ は同じです。特定の集合に対する2つの別名が '$`\mathbf{N}`$' と '$`\omega`$' です。最初の無限基数である $`\aleph_0`$ も $`\mathbf{N}, \omega`$ と同じ集合です。
同じひとつの集合が、単なる集合として扱われたり、順序数とみなされたり、基数の役割りを果たしたりするわけです。用途や役割りにより別な名前を使う、ということです。例えば、順序数としての用途・役割りを強調したいなら($`\mathbf{N}`$、$`\aleph_0`$ より)$`\omega`$ を使います。$`\newcommand{\mbf}[1]{\mathbf{#1}}`$
以上はあくまでオフィシャルな立場です。気持ちの上では $`\mbf{N}`$ と $`\omega`$ は違うと思います。ここから先、$`\mbf{N}`$ は、小学校以来慣れ親しんだ素朴な自然数達の集合だとします。素朴な自然数とは、やれ集合論だの圏論だのと理屈を持ち出さないで、幼少時からの経験により獲得されたメンタルイメージとしての自然数です。
素朴自然数ではない、ZFC集合論内で厳密に定義された自然数が一意に決まるかというと、実は決まりません。現在のメジャーな(形式的な)自然数の定義がフォン・ノイマン〈John von Neumann〉流であるだけです。他の流儀として、例えばツェルメロ〈Ernst Friedrich Ferdinand Zermelo〉流の自然数があります。
- フォン・ノイマン流の 0, 1, 2, 3: $`\emptyset, \{\emptyset\}, \{\emptyset, \{\emptyset\}\}, \{\emptyset, \{\emptyset\}, \{\emptyset, \{\emptyset\}\}\}`$
- ツェルメロ流の 0, 1, 2, 3:$`\emptyset, \{\emptyset\}, \{\{\emptyset\}\}, \{\{\{\emptyset\}\}\}`$
いずれにしても、我々が知っている素朴な自然数がこんなものだとは思えません。フォン・ノイマン流の自然数(有限順序数と同義)の全体が $`\omega`$ だとするなら、気持ちの上では $`\mbf{N}\ne \omega`$ です。
ZFC集合論原理主義的なガチガチに形式的な態度をとらないと議論がうまく進まないときも確かにあります。が、日常的には $`\mbf{N}\ne \omega`$ だと捉えていてもいいと僕は思います。気持ちとしては、$`\mbf{N}= \omega`$ だと信じ込む理由も必要性もないもんね。
ZFC集合論は無限集合の存在を要請してますが、特定の無限集合までは規定していません。フォン・ノイマンの自然数、ツェルメロの自然数、私の自然数、あなたの自然数があってもいいのです。各自の思い描く $`\mbf{N}`$ が、それぞれに異なる集合を指していても、別に困ることはないです。
エヌ($`\mbf{N}`$)を、各自(人それぞれ)の自然数達の集合の意味で使っていいとすると、オフィシャルなフォン・ノイマン流の自然数〈有限順序数〉達の集合であるオメガ($`\omega`$)と対応をとる必要があります。次の約束をしましょう。
- $`n \in \mbf{N}`$ に対応するフォン・ノイマン流の有限順序数を $`\hat{n}`$ と書く。
例えば、$`\hat{0} = \emptyset, \hat{1} = \{\emptyset\}`$ です。
まとめると、エヌとオメガの使い分けには以下の2つの立場があります。
- ZFC集合論+フォン・ノイマン流自然数をベースとするオフィシャルな立場: 集合としては $`\mbf{N} = \omega`$ 、用途・役割りによる使い分けはする。
- 気持ちを優先する立場: $`\mbf{N} \ne \omega`$ だが $`\mbf{N} \cong \omega`$ 、$`\mbf{N}\ni n \mapsto \hat{n} \in \omega`$ で一対一対応する。