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参照用 記事

森岡正博氏を批判する理由は「間違っている」からじゃない

新型コロナウイルス感染者数の推定手法(ダメな例)」(3月26日)に対して、4日たった3月30日に追記を書きました。

「なんだこいつは!? バカじゃねーの」と思いました。カッとなった気分をそのまま書くと、後で後悔することもあるので、感情的批判は抑えて書くようにしています。しかし、何日かたってカッとなった感情はおさまっても、疑念を深める行為の妥当性は納得しても、やはり「なんだこいつは!? バカじゃねーの」とは思い続けているので、この追記を書きました。

最初(3月26日)に書いた記事では、「東京から無作為に200人をピックアップしたときに、その中に超有名人の志村けん氏が入ってる確率ってどのくらいだと思う?」に対して、超有名人の志村さんでも無名人の檜山でも同じだろ、と指摘しただけです。森岡氏を罵ったりはしていません。

4日後に「なんだこいつは!? バカじゃねーの」を2回繰り返してるのは、森岡氏に対しては、確率統計的議論が間違っているとか指摘してもしょうがなくて、「なんだこいつは!? バカじゃねーの」と罵るのが、自分に正直であり、より適切な反応だと判断したからです。

同じ日(3月30日)に、この話題で谷村省吾先生に迂闊な(特段に考えもなく)リプライをしてしまいました。

[谷村先生]
これ思い出すと腹わた煮えくりかえるんで、考えないようにしていたのですが。

谷村先生の怒りは僕より強いもので、僕が不快さを呼び戻すキッカケを作ってしまったみたいで、申し訳ないです。

「腹わた煮えくりかえる」とか「こういうの(重大な問題に関して超テキトーなことをぬかしておいて後は誰か片づけてねっていうやつ)は、本当に腹が立つだけです。」とおっしゃっているので、「確率統計的議論が間違っている」がポイントじゃないと思うのです。間違ったからって、腹わた煮えくりかえりませんもん。

にも関わらず、その後の展開をチラと見たら「非専門家が誤謬をおかすこと」が話題になっていたりして、その話じゃないでしょ、と思った。森岡氏の軽率で愚劣で卑怯な発言・行動が批判・批難すべきことだろう、と。


ちょっと余談ですけど;

[谷村先生]
どっちかって言うと、森岡正博氏よりも、「森岡問題に理解を示す、ものわかりのよいフォロワー」の方に私は呆れましたよ。

フォロワーは見てませんが、追記で引用した

に僕がさほど腹を立ててないのは、id:takeda25 さんが、おそらく森岡氏を擁護する気なんてなかったと思えるからです。その気がなくても、結果的に擁護していればダメ、というのも分かるんですが、「志村けんパラドックス」記事は、面白い確率統計クイズを面白く解説してみました、のノリでしょう。森岡氏に理解を示したのではなくて、森岡氏はクイズの提供者としてしか見てないと思われます。

とはいえ、森岡氏が「自分が提示した問題は、単なる感染者数の推定よりずっと深遠な意図を持っていたのだ」とか言い出す材料を提供してしまったのは事実ですが。

いずれにしても、発言が間違っていた〈誤謬〉かどうか? の話はやめたほうがよさそうです。そこが問題じゃないです。

線形代数と色々な行列式関手

行列式圏論的に定義したい、要望としては、行列式外積代数と関連付けて扱いたい -- と、考えてみたのですが、「これがベスト」という定義には至りませんでした。いくつかの定義を提示します。それぞれに一長一短があります。

この記事で定義する行列式関手は次の4種です。

  1. EndDet0:EndVectR
  2. EndDet1:EndVect→EndVect
  3. EndDetΛ:EndVect→EndVect
  4. SdDet:SdVectSdVect

必要な線形代数の復習も適宜手短に入れます。肝心の外積代数の復習が入ってないのですが、Wikipediaの外積代数の項目がなかなかに力作です。

内容:

線形代数の基本的概念

圏の定義は知っているものとします。Cが圏のとき、EndC(A) := C(A, A), IsoC(A, B) := {f∈C(A, B) | fは同型射〈可逆射〉} と約束します。

ベクトル空間は、R上に有限次元なものだけを考えます。この記事の文脈内では、圏Vectを次のように定義します。

  • (考えるベクトル空間の圏) = Vect := FdVectR = (R上の有限次元ベクトル空間の圏)

ベクトル空間Vの順序基底〈ordered basis〉とは、集合としての基底に全順序〈線形順序〉を入れたものです。次の3つの概念は密接に関係しています。

  1. Vの順序基底
  2. 写像 {1, 2, ..., n}→V で像が基底となるもの
  3. Rn→V の線形同型写像

順序基底と写像 {1, 2, ..., n}→V は区別せずに同一視し、その全体を OrdBasis(V) とします。Rn→V の線形同型写像フレーム〈frame〉と呼び、その全体を Frame(V) と書きます。Frame(V) := IsoVect(Rn, V) where n = dim(V) です。('where'は後からの追加説明を書くときに使うキーワード。)

全順序が付いた基底集合 A⊆V は、前段落で注意したように、{1, ..., n}→V ともみなします。これはまた、ベクトルのリスト a = (a1, ..., an) だとも言えます。このリスト({1, ..., n} からの写像a に対して、線形写像 a:Rn→V が一意に決まります。aを、a引き上げ〈pull-up〉と呼ぶことにします。写像 a:{1, ...,n}→V のお尻(域側)をベクトル空間へと引っ張り上げる感じです。逆に、f:Rn→V に対する写像 f:{1, ..., n}→V を、fの押し下げ〈push-down〉と呼びましょう。引き上げと押し下げは、次のような、随伴を形成する同型ペアです。

  • Set({1, ...,n}, U(V)) \cong Vect(Rn, V) where Rn = FreeVect({1, ..., n})
  • → の向きが引き上げ、← の向きが押し下げ

ここで、U(V) は、ベクトル空間Vの線形構造を忘れた集合〈台集合〉で、Rn は集合 {1, ..., n} から生成された自由ベクトル空間〈free vector space〉とみなします。

この記事では、行列計算の知識を仮定しますが、「数を長方形に並べたもの」としての行列は登場させないことにします。行列に相当し、行列と同一視可能なものとして、Vect(Rn, Rm) の要素、つまり線形写像 RnRm を考えます。このタイプの線形写像を「行列」と呼んでしまうのは抵抗があるので、ユークリッド線形写像〈Euclidean linear map〉、またはユークリッド〈Euclidean morphism〉と呼ぶことにします*1。具体的な射としてユークリッド射を考えますが、その表現としての「数の長方形」には言及しません。

行列式〈determinant〉 det は、det:EndVect(Rn)→R という写像だとします。次の性質を満たします。

  • α, β∈EndVect(Rn) に対して、det(α;β) = det(α)det(β)
  • det(idRn) = 1
  • αが可逆 ⇔ det(α) が可逆 ⇔ det(α) が0ではない実数
  • α が可逆なら det(α-1) = det(α)-1

ここで、α;β は射(線形写像)の図式順結合記法で、α;β = β\circα です。det(α)det(β) は単なる実数の積です。EndVect(Rn) を、射の結合〈合成〉に関するモノイド、Rを掛け算に関するモノイドとみなしたとき、detはモノイドのあいだのモノイド準同型写像になります。

det:EndVect(Rn)→R自然数 n (n = 0, 1, 2, ...)に依存するので、detn:EndVect(Rn)→R のように書くのが正確ですが、det = detn と省略します。det0 は、ゼロ空間 O = {0} の恒等射 idO に対して det(idO) = 1 だとします。

実数を値とする行列式関手

Cに対して、圏 EndC を次のように定義します。

  • 対象: Obj(EndC) = |EndC| := |C|
  • ホムセット: EndC(A, A) := EndC(A)
  • ホムセット: A ≠ B のときは、EndC(A, B) := ∅
  • 射の結合と恒等射は C と同じ。

EndCC の部分圏になります。

C = Vect と置いて、EndVect を考えます。V ≠ W ならば EndVect(V, W) = ∅ なので、ホムセットは EndVect(V, V) だけを考えれば十分です。

dim(V) = n として、a:Rn→V はフレームだとします。Vのフレームは EndVect の射ではないかも知れませんが、これからの議論で必要です。f:V→V in EndVect として、フレームaによるfの行列式 deta(f) を定義しましょう。

  • deta(f) := det(a;f;a-1)

右辺のdetは、ユークリッド射に対する通常の行列式です。状況は、次の可換図式のようです。

\require{AMScd}
\begin{CD}
{\bf R}^n  @>{a;f;a^{-1}}>>  {\bf R}^n \\
@V{a}VV                      @AA{a^{-1}}A \\
V          @>{f}>>           V \\
\end{CD}

a, b:Rn→V が2つのフレームであるとき、b = ψ;a となるような ψ:RnRn が存在します。もちろん、ψ = b;a-1 です。


\begin{CD}
{\bf R}^n  @>{\psi = b;a^{-1}}>>  {\bf R}^n \\
@V{b}VV                           @VV{a}V \\
V          @=                     V \\
\end{CD}

このような ψ = b;a-1 を b/a と書くことにします。次が成立します。

  • (c/b);(b/a) = (c/a)
  • (a/a) = idRn
  • (a/b) = (b/a)-1
  • (b/a);a = b

反図式順記法を使っているときは、b/a より a\b がいいでしょう。例えば、a\circ(a\b) = b となります。スラッシュ/バックスラッシュを使う記法は、分数計算が使えて便利ですが、記法の順序と非可換性に注意してください。

さて、deta(f) と detb(f) に差があるかどうかを見てみましょう。

\newcommand{\det}{\mbox{det}}\newcommand{\vol}{\mbox{vol}}\newcommand{\fmap}{\mbox{fmap}}
\:\:\:\:  \det_b(f) \\
 = \det( b;f;b^{-1} ) \\
 = \det( ( (b/a);a) ; f ;( (b/a);a)^{-1} ) \\
 = \det( (b/a);(a; f ; a^{-1}); (b/a)^{-1} ) \\
 = \det( (b/a) ) \det(a; f ; a^{-1}) \det( (b/a)^{-1} ) \\
 = \det( (b/a) ) \det( (b/a)^{-1} ) \det(a; f ; a^{-1}) \\
 = \det( (b/a) ) \det( (b/a) )^{-1} \det_a( f ) \\
 = 1\cdot \det_a( f ) \\
 = \det_a(f)

deta(f) はフレーム a の選び方によらずに決まるので det(f) と書きます。det:EndVect(V, V)→R は、Vが何であっても定義できるので、次の関手を定義できます。

  • EndDet0:EndVect(V, V)→R

ここで、矢印の右のRは、掛け算モノイドとしてのRを単対象の圏とみなした圏です。Rの唯一の対象を(何でもいいけど)0 とすると:

  • V∈|EndVect| に対して、EndDet0(V) := 0
  • f:V→V in EndVect に対して、EndDet0(f) := det(f)

このように定義した EndDet0:EndVect(V, V)→R が関手であることは容易に確認できます。これが第一の行列式関手〈determinant functor〉です。

ユークリッド自己射を値とする行列式関手

前節の EndDet0 では、関手の余域である圏は掛け算モノイドであるRを圏とみなした圏でした。EndDet1 では、EndDet0をわずかに変更して、EndDet1:EndVect→EndVect とします。次のように定義します。

  • V∈|EndVect| に対して、EndDet1(V) := R
  • f:V→V in EndVect に対して、EndDet1(f) := (det(f):RR)

EndDet1(V) の定義では、Rを1次元のベクトル空間とみなすので、EndDet1(V)∈|EndVect| です。EndDet1(f) は、RR という線形写像ですが、実数 det(f) は、掛け算することにより線形写像だとみなします。EndDet1(f) は、1次元ユークリッドベクトル空間のユークリッド自己射(自己射であるユークリッド射)です。

以上により、第二の行列式関手〈determinant functor〉が定義できました。第二の行列式関手は、EndVect上の自己関手〈endofunctor〉です*2

最高次外ベキの自己射を値とする行列式関手

ベクトル空間 V (dim(V) = n)に対して、Λn(V) を、Vの最高次外ベキ〈the top exterior power of V〉と呼びます。これは、Vが何であっても1次元ベクトル空間になります。dim(V) = 0 のときも、Vの最高次外ベキ Λ0(V) はRになるので確かに1次元です。

関手 EndDetΛ:EndVect→EndVect を次のように定義します。

  • V∈|EndVect| に対して、EndDetΛ(V) := Λn(V) where n = dim(V)
  • f:V→V in EndVect に対して、EndDetΛ(f) := (det(f):Λn(V)→Λn(V))

EndDetΛ(V) の定義では、Vの最高次外ベキは1次元ベクトル空間なので、EndDetΛ(V)∈|EndVect| です。EndDetΛ(f) = det(f) は、スカラー倍する作用により線形写像 Λn(V)→Λn(V) だとみなします。

以上により、第三の行列式関手〈determinant functor〉が定義できました。第三の行列式関手も、EndVect上の自己関手〈endofunctor〉です。

符号付き密度付きベクトル空間と符号付き体積

Vをベクトル空間として、Λn(V) は最高次外ベキとします。最高次外ベキ Λn(V) は、Vが何であっても1次元ベクトル空間でした。ゼロではない線形写像 μ:Λn(V)→R を、V上の符号付き密度〈signed density〉と呼びます。符号付き密度μは、Λn(V) の標準双対空間〈canonical dual space〉の要素です; μ∈(Λn(V))*。ベクトル空間Vと符号付き密度μの組 (V, μ) を符号付き密度付きベクトル空間vector space with signed density〉と呼びます -- ぎごちない*3呼び名で恐縮ですが。

(V, μ) を、n次元の符号付き密度付きベクトル空間として、v = (v1, ..., vn)∈Vn をV内の平行体〈parallelogon〉とみなして、その符号付き体積〈signed volume〉vol(v) は次のように定義できます。

  • vol(v) = vol(v1, ..., vn) := μ(v1∧...∧vn)

定義より、volはn重の交代複線形写像 V×...×V→R です。写像volの域であるn重のVである Vn = V×...×V には、モノイド Vect(Rn, Rn) が作用しています。この作用は、「数の長方形」としての行列を使うと比較的簡単に記述できますが、ユークリッド射だけを用いて定義するなら以下のようになります。

ベクトルのリスト v = (v1, ..., vn)∈Vnを、Rn→Vn写像とみなします。同じ記号をそのまま使って v:Rn→Vn と書けば:

  • For ξ∈Rn, v(ξ) := (v1ξ1, ..., vnξn) ∈Vn

ベクトルのリスト v は、ときに応じて、R→V\oplus...\oplusV や Rn→V×...×V や Rn→V という写像とみなされます。この「みなし」が暗黙的に行われるし、記号も変えないので紛らわしいので要注意。この節の最後に補足説明を入れているので、混乱したら読んでみてください。

今は、v = (v1, ..., vn) を v:Rn→Vn とみなすと、ユークリッド射 α:RnRn を前結合〈pre-composition〉できます。(α, v) \mapsto α;v を、Vect(Rn, RnVect(Rn, V)→Vect(Rn, V) というモノイド左作用とみなします。反図式順記法なら、右作用 Vect(Rn, V)×Vect(Rn, Rn)→Vect(Rn, V) のほうが(記法として)自然でしょう。

Vn 上のR値交代複線形写像〈交代複線形形式〉である det は、ユークリッド自己射のモノイド Vect(Rn, Rn) = EndVect(Rn) の作用に対してどう反応するでしょうか? それは次の公式で与えられます。

  • vol(α;v) = det(α)vol(v)

αによる前結合(という作用)が、det(α)による掛け算として反応します。外積代数ありき、ならば、これが行列式の定義だとも言えます(符号付き密度μの分の任意性がありますが)。これは、直感的には明らかそうですが、外積代数でマジメに計算しないと出てきません。詳細は割愛します。

[補足]
ベクトル空間Vの要素からなる長さnのリスト(またはタプル)とは、直積 Vn の要素のことです。リストを写像とみなす場面と方法がたくさんあります。それらを列挙します。

  • Vn \cong Map({1, ..., n}, V)

右辺を圏論的に書けば、忘却関手をUとして、Set({1, ..., n}, U(V)) です。この同型は、同一視(イコール扱い)が多いと思います。

  • Vn \cong Vect(R, Vn)

これは、Vnの要素(集合を離散圏とみての対象)aポインティング写像 a~ とみなす同型です。僕は格上げと呼んでいます(「圏論の計算を劇的に簡単にするための考察 (1) // 格上げ操作」参照)。このときの直積 Vn は、直和 V\oplus...\oplusV とみなすほうが適切でしょう。

  • Vn \cong Vect(Rn, V)

これは、随伴に伴う同型 Set({1, ..., n}, U(V)) \cong Vect(FreeVect({1, ..., n}, V) です。この記事の最初の節で述べたように、aSet({1, ..., n}, U(V)), f∈Vect(FreeVect({1, ..., n}, V) に対して、引き上げ a と押し下げ f で同型を表します(この記事での記法)。

  • VnVect(Rn, Vn)

この節で述べた対応です。同型とは限りませんが埋め込みです。この対応を仮に (-) で表すことにすると、a∈Vn に対して a:Rn→Vn です。aa の関係は次の可換図式で表されます。Σは、n個のベクトルの総和をとる写像です。


\begin{CD}
{\bf R}^n @>{{\bf a}^{\diamond} }>>  V^n \\
@|                                  @VV{\Sigma}V \\
{\bf R}^n @>{^\uparrow{\bf a} }>>  V \\
\end{CD}

ベクトルの集合 {a1, ..., an}、リスト a = (a1, ..., an)、各種の写像 a~, a, a、そして平行体のような幾何的イメージをいつも区別するのは煩雑過ぎますが、一度は区別して理解しておくことをおすすめします。
[/補足]

符号付き密度付きベクトル空間のあいだの射の行列式

(V, μ), (W, ν) を符号付き密度付きベクトル空間として、dim(V) = dim(W) = n だとします。f:V→W は任意の線形写像とします。リスト a = (a1, ..., an)∈Vn に対する集合 {a1, ..., an} は基底になっているとします。別な言い方をすると、a は順序基底とみなせて、引き上げ a:Rn→V は同型射〈フレーム〉です。

順序基底 a に対して、deta(f) を次のように定義します。

  • deta(f) := vol(f(a1), ..., f(an))/vol(a1, ..., an)

a = (a1, ..., an) は順序基底なので、分母の vol(a1, ..., an) = μ(a1∧...∧an) は0にはなりません。分子の vol(f(a1), ..., f(an)) = ν(f(a1)∧...∧f(an)) が0になることはあり得ます。deta(f) は、平行体とみなした順序基底 a の符号付き体積と、その平行体をfで移した〈写した〉平行体の符号付き体積との比です。

deta(f) は、順序基底 a に依存して定義されています。が、deta(f) は a の取り方によりません。それを確認しましょう。

f:V→W から誘導される写像 Vn→Wn を fmap(f) とします。'fmap'は一部のプログラミング言語で使われるキーワードです(もう、記号が尽きてきたので)。

  • fmap(f)(v) = fmap(f)(v1, ..., vn) := (f(v1), ..., f(vn))

前節で説明したように、モノイド Vect(Rn, Rn) は、前結合により集合 Vect(Rn, Vn) に作用します。リスト v∈Vn を、Vect(Rn, Vn) の要素とみなした場合に、次の公式が成立します。

  • For α∈Vect(Rn, Rn), fmap(f)(α;v) = α;(fmap(f)(v))

つまり、モノイド Vect(Rn, Rn) による左作用(書き方によっては右作用)が fmap(f) により保存されます。写像 fmap(f) が、モノイド作用に対して同変〈equivariant〉である、とも言います。

符号付き体積は、完全に同変ではありませんが、行列式 det を介しての同変と言えます。

  • For α∈Vect(Rn, Rn), vol(α;v) = det(α)vol(v)

これらの、同変性を使うと、次の等式が出ます。

  • vol(fmap(f)(ψ;a)) = det(ψ)vol(fmap(a))


\:\:\:\: \vol(\fmap(f)(\psi ; {\bf a})) \\
 = \vol (\psi ; \fmap(f)({\bf a}))  \\
 = \det(\psi) \vol(\fmap(f)({\bf a}))  \\

これから、目的の等式が得られます。a, b はリストですが、順序基底/フレームともみなします。ab に変換するユークリッド射は b/a と書きます。

  • deta(f) = detb(f)


\:\:\:\: \det_{\bf b}(f) \\
 = \vol(\fmap(f)({\bf b})) / \vol({\bf b})  \\
 = \vol(\fmap(f)( ({\bf b}/{\bf a});{\bf a} )) / \vol( ({\bf b}/{\bf a});{\bf a} ) \\
 = \vol( ({\bf b}/{\bf a});\fmap(f)( {\bf a} )) / \vol( ({\bf b}/{\bf a});{\bf a} ) \\
 = \det({\bf b}/{\bf a}) \vol( \fmap(f)( {\bf a} )) / \det({\bf b}/{\bf a}) \vol({\bf a})  \\
 =  \vol( \fmap(f)( {\bf a} )) /  \vol({\bf a})  \\
 = \det_{\bf a}(f)

これで、f:V→W に対して、順序基底を指定せずに det(f)∈R が一意に定義できました。

符号付き密度付きベクトル空間の圏上の行列式関手

符号付き密度付きベクトル空間の圏をSdVectとします。SdVectの対象は符号付き密度付きベクトル空間ですが、射は何の制限も付けない任意の線形写像です。SdVectの対象は、平行体に対する体積測度(ただし符号付き)を備えたベクトル空間とみなせます。線形代数と測度論の中間に位置する存在物ですね。

SdVect上で定義された行列式関手 SdDet:SdVectSdVect を定義しましょう。前節で定義した det(f) を使います。

  • (V, μ)∈|SdVect| に対して、SdDet(V, μ) := (Λn(V), μ) where n = dim(V)
  • f:V→W in SdVect, div(V) = dim(W) = n のとき、SdVect(f) = (det(f):Λn(V)→Λn(W))
  • f:V→W in SdVect, div(V) ≠ dim(W) のとき、SdVect(f) = (0:Λn(V)→Λn(W))

説明を追加します:

  • Vが何であれ、Λn(V) は1次元ベクトル空間です。1次元ベクトル空間の最高次外ベキは、その1次元ベクトル空間自身なので、Λ1n(V)) = Λn(V) 。したがって、μ:Λn(V)→R は Λn(V) 上の符号付き密度となり、(Λn(V), μ) は符号付き密度付きベクトル空間です。
  • 前節で定義した det(f) は実数ですが、スカラー倍作用により Λn(V)→Λn(W) とみなします。
  • 次元が違うベクトル空間のあいだの写像 f:V→W where dim(V) = n, dim(W) = m に対しては、ゼロ写像 Λn(V)→Λm(W) を対応させます。

この定義が関手の定義になっているかは練習問題(という名の説明省略)。

関手SdDetは圏SdVect上の自己関手ですが、関手の余域圏を、1次元の符号付き密度付きベクトル空間の圏に制限することもできます -- そのほうが自然に感じる人もいるでしょう。

今定義した SdDet:SdVectSdVect が汎用性があるとは思いますが、これが決定版だとは言いにくいですね。行列式関手は、用途に応じて選んで使うものみたいです。

*1:一般的なユークリッド対象については、「ユークリッド空間って何なんだろう?」、「奇妙なユークリッド空間とデカルト構造」参照。

*2:自己関手ですが、その像圏は非常に小さいので、余域の圏を小さく取り直すことができます。

*3:「ぎこちない」でしょ、と言われそうですが、僕の正しい日本語/正しい外来語に対する態度は「言葉は通じることが一番だいじ」「誤訳だろうが定着すれば立派な日本語」参照。

理不尽の説明としての妄想とデマ

僕が目にした、同意しにくい意見を並べてみます。

  1. 新型コロナウイルス生物兵器である。
  2. 新型コロナウイルスは人口削減の道具である。
  3. 3月29日の雪は人工的に気象操作された。
  4. 新型コロナ禍は、トランプ大統領が仕組んだ。
  5. 全部、中国/中国人が悪い。
  6. 全部、安倍が悪い。←追記
  7. (3月末の時点でも)新型コロナウィルスは、インフルエンザと同程度のもので恐れるほどのものではない。
  8. 新型コロナ禍は、政府とマスコミが仕掛けた茶番で、たいした被害は出てない。
  9. 志村けんは殺された。芸能人のニュース(違法薬物使用など)は、政府/政治に利用されている。
  10. 予防薬・特効薬は既にあり、上級国民だけが使える。

共通するのは、今回の新型コロナ禍には首謀者・黒幕がいる、という想定です。

分かりやすい首謀者・黒幕は、特定個人であるトランプ大統領習近平主席です。個人よりは漠然としますが、政府、上級国民(?)などを首謀者・黒幕と想定している人もいます。僕は見てないのですが、フリーメイソンイルミナティを(いつもの常連さんなので)首謀者・黒幕だと言っている人もいるでしょう。そして、(これも見てませんが)「神の怒りだ」もありそうです。

新型コロナウィルスも、我々が通常「自然」と呼んでいるシステムの一部だと僕は思っています。しかし、自然というシステム内における新型コロナウィルス発生のメカニズムを解明するのは難しいでしょう。つまりは、正体不明なナニモノカに我々は攻撃されていることになります。理不尽に感じます。

発生過程が説明できない(そもそも目に見えない)謎の敵を、具体性がある敵に置き換えれば、正体はハッキリするし、攻撃の意図も説明できます。理不尽さに説明が与えられれば、不安とストレスが多少は軽減するのかも知れません。

そう考えると、「精神の安定のために、しょうがないのかな」とも思うのですが、置き換えられた敵を攻撃する行為は許容できません。その意味で、直接反撃しようがない超越的な「神」が、攻撃ではなくて「試練を与えている」と考えるのは悪くはない気がします(僕自身は無神論者ですが)。

少数の観測事例への感想しか言えないのが歯がゆいですが; 具体的で分かりやすいという理由で、敵を置き換えるのは、やっちゃダメだ。

誤訳だろうが定着すれば立派な日本語

同情と鼓舞はしても、具体策は何もなし -- という批判はもっともだと思います。が、この文章に出現する「明けない夜はない」に食い付いている人がいたりします。なんでそこに食い付く?

曰く; シェイクスピアの原文 "the night is long that never finds the day" の意味は「夜明けの来ない夜は長い」であり、誤訳・珍訳だ。文化庁長官ともあろう方がそんなことも知らんのか、と。こういう文句の付け方はホンットに嫌い。

「古き良き日本語を守ろう」も「外来語は原義に忠実に使おう」も、反対はしません、そういう態度が教養の一部を形成するのかも知れません。だけど、既に一般化し定着した“言葉の意味・運用法”にイチャモンを付けることには、腹が立つ。なぜ腹が立つのかは自分でも分からない。

僕も、「意味が分からなくて困る」という理由で、日本語が激しく変化していくのは歓迎はしていません。できれば変わってほしくない。と言ってみても、日本語が変化するのを止めることは出来ないし、外国語由来の言葉が、日本で独自の意味・運用法を持ってしまうのも避けられないでしょう。

極度に汎用化された「やばい」や、もって回った「わかりみが深い」とか、最初は意味不明であったり、自分はうまく使えないので困惑しました。が、皆んなが使えば、もはや通用する日本語なのだから、自分の日本語のボキャブラリーにも組み入れざるを得ません(積極的に使う気はしないけど)。

DMM英会話 英語でなんてuKnow?」に、Sayaka Nakaiさんという方がまっとうな説明を書いてくださっています。'['と']'のなかは檜山の注釈です。

[原文は]シェイクスピアの悲劇マクベスの中の台詞で、そのまま訳せば
 明けぬ夜は長い夜だ
となります。まるで夜明けが来ない長い夜のようなひどい時代だと私たちは思っているが、(マクベスを倒せば)夜明けは来る というニュアンスなので「明けぬ夜はない」と訳されたようです。

[日本語での意味・運用法を、逆に英語にすれば]
 Through every dark night, there's a bright day.
 暗い夜を抜ければいつも明るい朝が来る。
これが一番希望や励ましのニュアンスを持っているかもしれません。

起源である英語とその意味がどうであれ、日本語を使う人々が「明けない夜はない」を"Through every dark night, there's a bright day."〈今は辛いけれども、いつか状況は好転する〉の意味で使うことが、いったい何が悪いっつうの?

ちなみにに、僕は新型コロナ禍には悲観的(より正確には反楽観的)想定をしていて、「この夜はなかなか明けないだろう」と思っています。

余次元1の埋め込みの向き

多様体の向きに関しては、「多様体の向き:色々な定義」に書いた、外積代数バンドルを使う向きの定義がスッキリしている気がします。が、しかし:

ところで、「0次元多様体は向き付け不可能なのでは」で触れた法直線バンドル/法ベクトル場を使った向きの定義も、捨てがたいものがあります。超曲面〈超部分多様体〉や境界を扱う場合は、法直線バンドル/法ベクトル場の方法が良さそうです。

僕の好みだけの問題かも知れませんが、法直線バンドル/法ベクトル場を使う方法は、幾何的イメージがハッキリしている点がいいな、と感じます。ただし注意すべきは、法直線バンドル/法ベクトル場により定義される向きは、多様体それ自体の性質/構造ではないことです。多様体のあいだの埋め込みに対して定義される性質/構造です。多様体の性質/構造と、写像の性質/構造が峻別できてないと混乱するかも知れません。

なお、この記事内で出てくる「大域フレーム{場}?」のような表現は、「場」を省略可能なことを表します。詳しいことは次の記事に書いてあります。

内容:

基本的な概念

バラバラと用語の定義を書き並べます。定義を理解するには、より基本的な知識が必要ですが、そこまでは説明してません(前提とする)。面白みのない列挙で恐縮です。

単に多様体〈manifold〉といった場合は、境界を許すなめらかな多様体で、多様体のあいだの写像〈map | mapping | homomorphism | morphism〉はなめらかな写像のことです。f:M→N が、f(∂M)⊆∂N のとき境界を保存する〈preserve boundary〉といいますが、一般的写像にこの条件は要求しません。

階数〈rank | ファイバー次元〉が1のベクトルバンドル直線バンドル〈line bundle〉と呼びます。

多様体M上のベクトルバンドルEのフレームバンドルを frame(E) と書き、その大域セクションの空間は ΓM(frame(E)) と書きます。ΓM(frame(E)) の要素を次のように呼びます(すべて同義語と思ってよい*1)。

  1. Eの大域自明化〈global trivialization〉
  2. Eの大域フレーム{場}?〈global frame {field}?〉
  3. Eのフレーミング〈framing〉
  4. Eの平行化〈parallelization〉

平行化という言葉を使うならば、ベクトルバンドルの平行化可能性は次のように定義できます:

  • Eは平行化可能〈parallelizable〉 :⇔ ΓM(frame(E)) ≠ ∅

大域自明化可能〈globally trivializable〉でも、平行化可能と同義です。なんの事情なのか、このへんは同義語・類義語が溢れかえっています。鬱陶しい。

ベクトルバンドル E とセクション ψ∈ΓM(frame(E)) の組 (E, ψ) を、平行化済みベクトルバンドル〈parallelized vector bundle〉または{大域}?フレーム付きベクトルバンドル〈{globally}? framed vector bundle〉と呼びます。

フレームバンドル frame(E) に群Gが作用していて、商を取ったバンドル frame(E)/G を考えることがよくあります。多様体の向きの定義(のひとつ)もそのように考えました。frame(TM)/GL+(m) のセクションが多様体Mの向きでした(「0次元多様体は向き付け不可能なのでは」参照)。

f:M→N が多様体のあいだの写像だとして、fが埋め込み〈embedding〉であるとは、次の条件を満たすことです*2

  1. fは写像として単射である。
  2. 各点での接写像 TpM→Tf(p)N が単射線形写像である。

MからNへの埋め込みの全体を Emb(M, N) と書きます。MからNへの埋め込みが存在しないこともあるので、Emb(M, N) が空集合であることもあります。f∈Emb(M, N) に対して、dim(N) - dim(M) を埋め込みの余次元〈codimension〉と呼びます。

埋め込み f:M→N が次の条件も満たすとき、局所同型埋め込み〈locally isomorphic embedding〉または開埋め込み〈open embedding〉と呼びます。

  • 各点での接写像 TpM→Tf(p)N が双射線形写像〈可逆線形写像〉である。

局所同型埋め込みが、実際に局所同型になることは、逆関数定理から出ます。局所同型埋め込みは、開集合を開集合に移す性質を持ちます(ゆえに開埋め込み)。“局所同型埋め込み=開埋め込み”の余次元は0です。

埋め込みの法バンドル

M, X が多様体で、i;M→X は埋め込みだとします。i# は、ベクトルバンドルの引き戻しを表します。X上にベクトルバンドル F があると、i#F = i#(F) は、M上のベクトルバンドルになり、(i#F)p = Fi(p) が成立します。

埋め込み i:M→X を (M, i) とも書くことにして、埋め込みの法{ベクトル}?バンドル〈normal {vector}? bundle〉 N(M, i) を次のように定義します。

  • N(M, i) := (i#TX)/TM

これは、M上の2つのベクトルバンドル i#TX と TM の商ベクトルバンドルです。点 p∈M ごとに、(TM)p⊆(i#TX)p という部分空間の関係があるので、点ごとに商ベクトル空間を作り、それらを束ねたバンドルが (i#TX)/TM です。MとXにリーマン計量があるのならば、部分空間の直交補空間のバンドルとして法バンドルを実現することができます。

M上のベクトルバンドルの圏内に、次の完全列が作れます。

\require{AMScd}
\begin{CD}
0 @>>> TM @>Di>> i^{\#}TX @>>> N(M, i) @>>> 0 \\
\end{CD}

Diは、iの“微分”で、接写像 Ti:TM→TX の TX をM上に引き戻したものです*3

法バンドルに関連して、管状近傍定理を紹介しておきます*4。埋め込みの像(埋め込み先Xの部分多様体)のタチの良い開近傍として、埋め込みの法バンドルの凸近傍と位相同型な開集合(それを管状近傍と呼ぶ)が取れることを主張する定理です。

EはM上のベクトルバンドルとして、0M:M→E は、Mの点をファイバーのゼロベクトルに写すゼロセクションとします。ゼロセクションとゼロセクションの像を区別しないことが多いですが、ここでは、ZeroM = ZeroME = Im(0M) ⊆ E と書くことにします。セクション 0M:M→E も、部分多様体 ZeroM⊆E も、呼び名はゼロセクション〈zero section〉です(要注意)。

ZeroM ⊆ C ⊆ E である開集合Cが、Eの(ゼロセクションの)凸近傍〈convex neighborhood〉だとは、Cが局所的には U×D の形をしていることです。ここで:

  • U⊆M は開集合
  • VをEの典型ファイバー・ベクトル空間として、D⊆V はゼロを含む凸開集合

特に、開凸集合 D を Rr(rはファイバー次元)の単位開円板〈単位開球体〉に取ることができます。

管状近傍定理〈tubular neighborhood theorem〉の主張は、埋め込み i:M→X に対して、法バンドル N(M, i) の凸近傍Cへの i の拡張 j:C→X で、Cとj(C) が位相同型となるものが存在する、ということです。j(C)⊆X はXの開集合で i(M) を含むので、i(M) の開近傍になります。そして、Cと同じ形をしています。j(C) として与えられる i(M) の開近傍を、管状近傍〈tubular neighborhood〉といいます。

次の可換図式が、管状近傍定理の状況を表しています。ラベルがない矢印は包含写像です。

\require{AMScd}
\begin{CD}
M      @>i>>  i(M) @>>> X  \\
@V{0_M}VV     @VVV      @| \\
C      @>j>>  j(C) @>>> X  \\
@VVV          @.        @. \\
N(M, i)@.     {}   @.   {} \\
\end{CD}

次の図は、M = [0, 1] ⊆ R, X = R2 のときの管状近傍の例です。

超曲面埋め込みの向き

余次元が1の埋め込み i:M→X を超曲面埋め込み〈hypersurface embedding〉とも呼びます。「曲面」は部分多様体の意味で、次元が2とは限りません。余次元1の部分ベクトル空間(または部分アフィン空間)を、次元が何であれ超平面と呼ぶのと同様です。

超曲面埋め込み i:M→X が向き付け可能〈orientable〉だとは、次の条件を満たすことです。

  • 超曲面埋め込みの法バンドル N(M, i) が平行化可能である。

i の余次元が1であることから、法バンドル N(M, i) は直線バンドルになります。平行化可能の定義から、次のように言っても同じです。

超曲面埋め込みの向き付け可能性には、MとXの(多様体としての)向き付け可能性や向きは一切関与してません。前もって、MやXに(多様体としての)向きを与える必要はないし、MもXも向き付け不可能であっても、i:M→X が向き付け可能になることはあります。

超曲面埋め込み (M, i) が向き付け可能ならば、法バンドル N(M, i) は“大域フレーム=フレーミング”を持つので、セクション空間 ΓM(N(M, i)) は空ではありません。ΓM(N(M, i)) に次の関係をいれます。

  • For s, t∈ΓM(N(M, i)),
    s ~ t :⇔ (s = t・r となる r∈C(M, R+) が存在する)

ここで、'・'はスカラー倍で、R+ は正実数の集合です。~ は同値関係となり、商集合を作れるので、超曲面埋め込み (M, i) の向きの集合を次のように定義します。

  • Or(M, i) := ΓM(N(M, i))/~

これは、次の定義でも同じです。

  • Or(M, i) := ΓM(N(M, i)/R+)

ここで、R+ は正実数の掛け算の群で、1次元ファイバーにスカラー倍として作用します。商(スラッシュ記号)は、この群作用による商です。

Mが連結多様体で、超曲面埋め込み (M, i) が向き付け可能なとき、向きの集合 Or(M, i) は二元集合になります。連結でないときは、各連結成分ごとに2つの向きがあります。

多様体の向きと超曲面埋め込みの向きは違うものですが、直線バンドルのセクション空間が鍵となっている点は類似しています。多様体の連結成分ごとに2つの向きがあることは、直線から原点〈ゼロ〉を除くと、2つの部分に分かれることが背景にあります。

多様体の向きと超曲面埋め込みの向き

古典的曲面論では、2次元多様体Mを調べる際に、i:M→R3 という超曲面埋め込みを使っていました。2次元多様体Mの性質/構造と、超曲面埋め込み i の性質/構造が分離されていなかったので、「向き」の概念が「何に対して定義されるか」が不明確になってしまったのでしょう(たぶん*5)。

超曲面埋め込みに対して「向き付け可能」「向き」という用語を使い続けると、混乱を助長するので、一時的に用語を変更します。

  • 超曲面埋め込みが向き付け可能 → 超曲面埋め込みが法平行化可能〈normally parallelizable〉
  • 超曲面埋め込みの向き → 超曲面埋め込みのフレーミング〈normal framing〉

normal, normally (「正規」「正常」と解釈できる)を使うのが、そもそも誤解を招くのですが、直交〈orthogonal〉、垂直〈perpendicular〉を使うと計量の存在を暗示してしまうし、ベクトルバンドルの作り方から商〈quotient〉とか補〈complement〉とか付けたら一般的過ぎるし。致し方ないので、「法〈normal〉」は使い続けます。

さて、超曲面埋め込み i:M→X が法平行化可能だとします。つまり、超曲面埋め込みの法バンドル〈法直線バンドル〉N(M, i) はフレーミング〈大域フレーム | 大域自明化〉を持ちます。法バンドルのフレーミングを法フレーミングと呼ぶのでした。法平行化可能埋め込みは、法フレーミングをたくさん持つかも知れません。ひとつの法フレーミングnを選んで固定した組 (M, i, n) をフレーミング付き埋め込み〈normal framed embedding〉と呼びましょう。ひとつの法平行化可能埋め込みから、いくつかの法フレーミング付き埋め込みを構成できます。Mが連結なら、ひとつの法平行化可能な超曲面埋め込みに対して2つの法フレーミング付き埋め込みがあります。

法平行化可能性と法フレーミング付き構造は、多様体ではなくて超曲面埋め込みの性質/構造です。にも関わらず、2次元多様体の超曲面埋め込み i:M→R3 のときは、超曲面埋め込みの法平行化可能性が“Mの向き付け可能”として、超曲面埋め込みの法フレーミングが“Mの向き”として語られます。これは合理化できるのでしょうか。

外積代数バンドルと法バンドル

多様体それ自身の向き(いわば内在的向き)の定義として、冒頭で言った外積代数バンドルを使った定義を採用しましょう(「多様体の向き:色々な定義」参照)。

i:M→X は超曲面埋め込み、dim(M) = m とします。多様体Mの向きも、超曲面埋め込み (M, i) の向きも、直線バンドルとそのセクションに関係しています。もし、2つの直線バンドル Λm(TM), N(M, i) が(ベクトルバンドルとして)同型なら、次が言えます。

  • Λm(TM) が平行化可能 ⇔ N(M, i) が平行化可能
  • Γ(Λm(TM)) \cong Γ(N(M, i))

言葉使いを変えるならば:

  • 多様体Mが向き付け可能 ⇔ 超曲面埋め込み (M, i) が向き付け可能
  • 多様体Mの向きの集合 \cong 超曲面埋め込み (M, i) の向きの集合

つまり、向き付け可能性/向きの議論において、「多様体M」と「超曲面埋め込み (M, i)」は置き換えてもいいことになります。

という事情で Λm(TM) \cong N(M, i) が欲しいのですが、Λm(TM)\oplusTM \cong i#TX が示せればOKです。なぜなら; ベクトルバンドル線形代数から、Λm(TM)\oplusTM \cong i#TX ならば Λm(TM) \cong i#TX/TM ですが、右辺は N(M, i) に他なりません。

Λm(TM)\oplusTM \cong i#TX を示すには、定義に従ってベクトルバンドルの同型写像を構成することになるでしょうが(なんかアクロバットがあるのか?)、頑張れば出来そうです。このとき、Xは任意の多様体ではなくて、R3(一般化すればRn)なので、次のような良い性質が使えます。

  1. 向き付け可能である。より強く、接バンドルは平行化可能である*6
  2. 標準的な向きが存在する。接バンドルに標準的なフレーミングがひとつ指定されている。
  3. 標準的なリーマン計量が存在する。

古典曲面論で、多様体の性質/構造を、超曲面埋め込みの性質/構造として語ることは合理化できるわけですが、異なる概念がいっしょくたになっているのは好ましくない気がします。

[補足]余談:
0次元多様体の向きの定義が納得できない」において、TN(M) := TM\oplus_{\perp}LM (LMは自明な直線バンドル)というベクトルバンドルを出しましたが、Mが向き付け可能ならば、

  • TM\oplusΛm(TM) \cong TM\oplusLM \cong TM\oplusR

となります。Mの向き付け可能性に関係なく、新たに TN(M) を、

  • TN(M) := TM\oplusΛm(TM) = Λ1(TM)\oplusΛm(TM)

と定義すると、TN(M) は超曲面埋め込みの議論に使えそうです。
[/補足]


0次元多様体の向きに疑問を感じたのをキッカケに(「0次元多様体の向きの定義が納得できない」参照)、ちょっと向きについて考えたのですが、向きは思いのほか複雑な概念ですね。「よくわからん」と放り出したコホモロジー的向き(https://ncatlab.org/nlab/show/orientation+in+generalized+cohomology)も少しは理解したいな。

*1:ΓM(frame(E)) のセクションを、E→M×Rm という写像とみなす場合は大域自明化、逆方向の M×Rm→E という写像とみなす場合は大域フレーム場、と区別することがあります。

*2:埋め込みから単射性を除くとはめ込み〈immersion〉になります。埋め込みを単射はめ込み〈injective immersion〉と呼んだほうが、全射しずめ込み〈surjective submersion〉とペアになっていいと思うけど、埋め込みは多用されるから短く呼ぶのはしょうがない。

*3:この完全列から言えば、埋め込みの法バンドルは、埋め込みの微分が定める余核バンドル〈cokernel bundle〉 Coker(Di) です。

*4:ついでに、ということもありますし、いずれどこかで使うような気がするので。

*5:歴史をちゃんと調べる気はないので、僕の推測です。

*6:Mが平行化可能ならば、Mは向き付け可能であるのは明らかですが、逆は成立しません。その反例は2次元球面 S2 です。

新型コロナウイルス感染者数の推定手法(ダメな例)

森岡正博氏のツイート:https://twitter.com/Sukuitohananika/status/1242698846032953345

みんな冷静に計算してほしいけど、東京都の新コロナ感染者数は現在171人。東京から無作為に200人をピックアップしたときに、その中に超有名人の志村けん氏が入ってる確率ってどのくらいだと思う? 現在の感染拡大ペースは我々の想像をはるかに超えてるよ。桁違いの感染者数になってるよ。

問い:「1000万人の人口からX人を無作為にピックアップしたときに、全員が知っているある有名人YがそのX人の集団に含まれていることが理にかなっているためには、Xは何人でなければならないか計算せよ。」このときのXが東京都の感染者数の推定となる。統計強い人よろしくお願いします。

案の定、諌められたり馬鹿にされたりしているけど。統計的に計算してみましょうは全然悪くはないです。が、「全員が知っているある有名人YがそのX人の集団に含まれていること」という事象のとり方が …

全員が知っているある有名人Yって、志村けんさん、まさにその人ですよね。したがって、「志村けんさんがそのX人の集団に含まれていること」としても同じ。で、僕(檜山正幸という、まさにその人)が感染したとして、「檜山正幸がそのX人の集団に含まれていること」の値は変わりますか?

僕は「全員が知っているある有名人」じゃないから、森岡氏の思惑からは計算不能または計算不適ってことなのかも知れないけど。

[追記 date="当日"]科学者であっても変なことを言うのだから、致し方ないですが。「確率概念はホンットに難しい〉参照。[/追記]


[追記 date="2020-03-30"]
kzauさんのコメントにより、次の記事を教えていただきました。

志村けんさんはお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。

上記の「志村けんパラドックス」記事では、森岡氏は、単に感染者数を推測したかったのではなくて、「公式に発表されている感染者数は嘘だろう」という疑念をより深めた、という解釈です。これはその通りだと思えます。そして、疑念〈確信〉を深める行為として森岡氏の考え方は合理的である、よって

「確率の考え方がおかしい」と思った人は反省してください

とのことで、僕は反省しました。

でも、最初の文面を変更する気はありません。

森岡氏は単に感染者数を推測したかったのではなかったようですが、僕も森岡氏の推論そのものを単に「間違っている」と言いたかったわけではありません。最初の文面にはまったく書いていない(つもり)ですが、僕はカッとなっていたのです。

「なんだこいつは!? バカじゃねーの」と思いました。カッとなった気分をそのまま書くと、後で後悔することもあるので、感情的批判は抑えて書くようにしています。しかし、何日かたってカッとなった感情はおさまっても、疑念を深める行為の妥当性は納得しても、やはり「なんだこいつは!? バカじゃねーの」とは思い続けているので、この追記を書きました。

誤訳だろうが定着すれば立派な日本語」の例も同じなんですが、自分が分かってもないことをしたり顔で言ったり揚げ足取りすることが教養や見識だと思っているのでしょうが、それは教養や見識じゃなくてアホまる出し -- あっ、やっぱりカッとなったままかも。
[/追記]

多様体の向き:色々な定義

次の2つの記事で「0次元多様体の向き」について書きました。

「向き」の定義が二種類あって、0次元のところでその齟齬が目立ってしまう、という事情でした。これらの記事を書く際に、特に参照した資料はなかったのですが、今になって(やるべき順番が逆ですが)「向き」の定義を調べてみました。僕が触れた二種類だけじゃなくて、「向き」の定義は色々あります。

内容:

向き付きベクトル空間:nLabの定義

いつものように、まずはnLabのエントリーを見てみます。

最初にベクトル空間の向きを定義して、それに基づいてベクトルバンドル多様体の向きを定義しています。ベクトル空間の向きは、順序付き基底〈ordered basis〉の同値類です。順序付き基底とフレームは同じものなので、nLabの定義と「0次元多様体は向き付け不可能なのでは」で述べたフレームバンドルによる定義は本質的に同じです。

ベクトル空間Vの2つの順序付き基底 (v1, ..., vn) と (w1, ..., wn) が同値であるとは、これらのあいだの変換行列〈transformation matrix〉の行列式が正であること、と定義します。2つの同値類ができますが、それら同値類がベクトル空間Vの向きです。

問題の0次元の場合ですが:

In the case n = 0, the only ordered basis is the empty list, but we still declare there to be two orientations by fiat, usually called positive and negative.


n = 0 の場合は、順序付き基底は空リストしかない[檜山注: 2つの同値類は作れない]が、それにも関わらず、"by fiat"、通常、正の向き/負の向きと呼ばれる2つの向きがあるとみなす。

"by fiat"って分からなかったのですが、「絶対的な権威による命令に従って」みたいなことらしい; まさに天下りだ。

とはいえ、さすがnLabと言うべきは、n ≧ 1 の場合と n = 0 の場合を統合する定義を提示しているところです。ちょっと無理矢理感はただよってますが。

3つ組 (V, v, ε) を考えます。ここで:

  • Vは(実数体上で有限次元の)ベクトル空間
  • vは、Vの順序付き基底 v = (v1, ..., vn)
  • εは +1 または -1

2つの3つ組 (V, v, ε), (W, w, δ) が同値だとは:

  • V = W (ベクトル空間は同じ)
  • sign(det(w/v)) = δ/ε (sign(x) := x/|x|)

ここで、w/v は、順序付き基底vwに移す変換行列です。δ/εは通常の割り算で、+1 か -1 になります。

n = 0 のときは、V = W = O = {0}, w = v = () = 空リスト となりますが、()/() = idO = (0行0列の行列), det(idO) = +1 と定義します。したがって、(O, (), ε) と (O, (), δ) が同値なのは、ε = δ のときです。

今述べた同値関係の同値類が向き付きベクトル空間〈oriented vector space〉になります。まどろっこしい定義になってしまいますが、0次元の場合をちゃんと含んでいるのがメリットです。

外積代数を使う向きの定義

Vが有限次元ベクトル空間のとき、その外積代数 Λ(V) を定義できます。Λ(V) は階付きベクトル空間〈graded vector space | 次数付きベクトル空間〉で、整数 i で番号付けられたベクトル空間達 Λi(V) の集まりです。次の性質を持ちます。

  1. Λ0(V) = R
  2. Λ1(V) = V
  3. Λk(V) の次元は、dim(V) = r として rCk
  4. Λi(V)×Λj(V)→Λi+j(V) という外積がある。(外積は双線形写像で、代数的な法則を満たす。)

dim(V) = 0 のとき、V = O と書いて:

  1. Λ0(O) = R
  2. Λ1(O) = O
  3. Λk(O) の次元は、0Ck
  4. 非自明な外積は Λ0(O)×Λ0(O)→Λ0(O) だけで、実数の掛け算で与えられる。

つまり、k ≠ 0 なら Λk(O) = O です。それでも、Λ0(O) = R はゼロではありません。

dim(V) = r として、rが0の場合も含めて次が成立します。

  • Λr(V) \cong R

Λr(V)\{0} \cong R\{0} = {x∈R | x ≠ 0} の(位相的な)連結成分は2つです。連結成分のどちらか一方を選ぶことにより、Vの向きが定義されます。

外積代数によってベクトル空間の向きを定義する方法だと、なぜ0次元のときだけ符号(プラスとマイナス)が決まるかを説明できます。dim(V) = r ≠ 0 のときは、Λr(V) \cong R なだけで、Λr(V) = R ではありません。0を取り除いてできる2つの連結成分に正負の区別はないのです。dim(V) = r = 0 の場合は、R\{0} の連結成分は正か負で、実数が持っていた符号で識別できます。

多様体の向き

向き付きベクトルバンドル〈oriented vector bundle〉とは、各ファイバーが向き付きベクトル空間であり、その向きの割り当て方が(なんらかの意味で)なめらかになっているものです。前節で定義した外積代数を使う向きの定義は、ベクトルバンドルとの相性がよく、外積代数バンドルからベクトルバンドルの向きが容易に定義できます。

ベクトルバンドル E の階数〈ファイバー次元〉を r として、外積代数バンドル Λ(E) が構成できて、そのr階部分〈r次部分〉は階数〈ファイバー次元〉1のベクトルバンドル Λr(E) となります。Λr(E) からゼロを取り除いて、R+(正実数の乗法群)作用で商空間を作れば二重被覆(ファイバーが二元集合のバンドル)となります。前節で述べたように、ファイバー次元が0であっても、目的の二重被覆が作れます。

“ファイバー・ベクトル空間の向きのバンドル”が作れれば、もとのベクトルバンドルに向きを与えることは、「向きのバンドルの大域セクションを選ぶこと」と同じです。ベクトルバンドルの向き付け可能性は、向きのバンドルが大域セクションを持つかどうかで判定できます。

多様体の向き付け可能性/向きは、接ベクトルバンドルの向き付け可能性/向きとして定義します。多様体Mの次元がmのとき、Mの向きの集合は次のように定義されます。

  • Or(M) := ΓM((Λm(TM)\0M)/R+)

ここで、0M は、ベクトルバンドル全空間 TM のゼロベクトルを集めた部分多様体です。この定義は、構成が比較的容易で0次元も扱えるので優れていると思います。

[補足][追記]
Λm(TM) は、余接バンドルから作った Λm(T*M) とは別です。Λm(TM) と Λm(T*M) は同型ですが、標準的に〈canonically〉同型ではありません。

Mの向きは、Λm(TM) のセクションで代表させることができるので、非標準的な同型を経由して Λm(T*M) のセクション、つまり微分形式で代表できます。が、微分形式による表示は、非標準的な同型を使った間接的で恣意的なものになります(「根拠なき選択」参照)。
[/追記][/補足]

nLabエントリー "orientation" には、他にコホモロジーをベースにした向きの定義も書いてあります。コホモロジー的向きに関する次のエントリー(↓)は、nLabの面目躍如たるブーストした解説で、僕にはよくわかりません(苦笑)。

ところで、「0次元多様体は向き付け不可能なのでは」で触れた法直線バンドル/法ベクトル場を使った向きの定義も、捨てがたいものがあります。超曲面〈超部分多様体〉や境界を扱う場合は、法直線バンドル/法ベクトル場の方法が良さそうです。

0次元多様体は向き付け不可能なのでは

今日書いた記事「0次元多様体の向きの定義が納得できない」への補足です。同じ記事への追記・修正でもいいのですが、追記としては若干長め、大きな修正は原則しない方針なので別記事にします。

まず、先の記事では、

主に心理的な理由で、境界を許すコンパクトなリーマン多様体の圏で話をします。

としたのですが、リーマン計量は不要なので、リーマン計量なしで向きの定義を書いてみます。コンパクト性の仮定もはずします

Mをm次元の多様体*1、TM = T(M) を接バンドルとします。接バンドル TM のフレームバンドルは frame(TM) と書きます。frame(TM) はベクトルバンドルではありませんが、行列の群 GL(m) を構造群とする主バンドルになります。なお、主バンドルのことも、その全空間のことも(記号の乱用で)frame(TM) で表します。

  • GL+(m) = {A∈GL(m) | det(A) > 0 }

と定義します。GL+(m) は GL(m) の部分群なので、frame(TM)(の全空間)に作用します。商空間 frame(TM)/GL+(m) を作り、ファイバーバンドル π:frame(TM)/GL+(m)→M を作ります。

M = R, m = 1 の例を考えると; frame(TM) \cong R×R 、ここで R = {x∈R | x ≠ 0} 。GL+(1) = R+ = {a∈R | a > 0 } 。商空間は (R×R)/R+ となり、R×{[-1], [+1]} とみなせます。[-1] と [+1] は、-1 と +1 が所属する同値類(商空間の要素)です。

一般に、m次元多様体 M の向きの集合〈set of orientations〉は次のように定義します。

  • Or(M) := ΓM(frame(TM)/GL+(m))

Or(M) は、ファイバーバンドルのセクションの集合なので、空集合であることもあります。Or(M) = ∅ ならMは向き付け不可能〈non-orientable〉、Or(M) ≠ ∅ ならMは向き付け可能〈orientable〉です。Mが向き付け可能なとき、特定の向き θ∈Or(M) を選んだ組 (M, θ) が向き付き多様体〈oriented manifold〉です*2。Or(M) = ∅ ならば、Mを台とする向き付き多様体は作れません。

さて、M = {p} = 一点, m = 0 の場合を考えます。この場合の接バンドル TM は、O→{p} という自明な写像で与えられます。O = {0} は零ベクトルだけからなるベクトル空間です。Oのフレームの集合は空集合になってしまうので、フレームバンドルが作れないのです。∅→{p} という写像は存在しますが、全射ではないのでバンドルとは呼べません。

一時的にバンドルの定義をゆるくして、ψ:E→M が全射じゃなくてもいいとしましょう。セクションの定義は同じで:

  • Γ(ψ:E→M) := {s:M→E | s;ψ = idM}

このように定義をゆるくすれば、ΓM(frame(TM)/GL+(m)) は定義できます。このとき、GL+(0) = GL(0) = (単位元だけからなる群) とします。群が空集合に作用することはできますが、商空間も空集合になります。したがって:

  • ΓM(frame(TM)/GL+(m)) = Γ{p}(∅/GL+(0)) = Γ{p}(∅→{p}) = ∅

よって、Or({p}) = ∅ となり、一点だけの多様体は向き付け不可能です。

ところが、通常は「一点だけの多様体は向き付け可能であり、正の向きと負の向きがある」とされています。いったいこれはどういうこった? -- それが「0次元多様体の向きの定義が納得できない」の問題意識でした。

「一点は向き付け不可能」と「一点は向き付け可能」は矛盾するので、同じ前提から出てくるはずはありません。矛盾の原因は、向き付け可能の定義が違うからでしょう。今まで述べた向き付け可能性の話は、多様体の内在的な性質と構造に関するものでした。3次元ユークリッド空間に埋め込まれた曲面の向き付け可能性は次の性質で定義されることがあります。

  • 法ベクトル場が存在する。

法ベクトル場は、法直線バンドルのセクションです。向きは、法ベクトル場の同値類となります。

法ベクトル場を使う定義は、多様体だけでは定義しようがありません。多様体を1次元高い別な多様体に埋め込んで定義します。なので、「多様体の向き」というよりは、「埋め込みの向き」というべきです。

一点 M = {p} を、1次元高いユークリッド空間 R に埋め込んだ法ベクトル場とは、R の一点から出る矢線ベクトルです。この矢線ベクトルに正方向/負方向があるのは明らかです。つまり、一点を直線に埋め込んだ場合の法ベクトル場は存在するので、一点は -- より正確に言えば埋め込みは向き付け可能です。

今までの話をまとめると; 多様体論では、多様体それ自体の内在的な性質と構造として向きの話をします。なのに、0次元多様体に関しては、埋め込みの法ベクトル場により向きを定義する方式になっているので、齟齬が生まれている -- と、そういう事情ではないでしょうか。

[追記]その他の向きの定義について、「多様体の向き:色々な定義」に書きました。[/追記]

*1:[追記]あっ、前の記事では「Mの次元はn」だった。最近は、大文字小文字の対応をとって dim(M) = m, dim(N) = n とすることが多いのですが、徹底してません。[/追記]

*2:[追記]多様体の圏Manの対象ごとに集合 Or(M) がくっついています。集合を離散圏(または余離散圏)とみなして、グロタンディーク構成で向き付き多様体の圏が作れるかというと、そうはいきません。写像により向きを引き戻すことができないのです。引き戻しが定義できる写像に制限するとうまくいきますが、でき上がる圏が小さすぎます。 [/追記]

0次元多様体の向きの定義が納得できない

話を簡単にするために、多様体はコンパクトなものだけを考えます。0次元多様体は、(コンパクト性の仮定のもとで)有限個の点です。0次元多様体にも向き〈orientation〉を考えることができて、向き付き0次元多様体〈oriented 0-dimensional manifold〉とは符号付き点の集まり〈signed points〉だとされています。符号(プラスまたはマイナス)付き点の集まりは、荷電粒子の集まりと言ってもいいでしょう。

向き付き0次元多様体を上のように考えれば辻褄が合うことが多いので「そんなもんか」と思ってしまうのですが、しかし … しかしそれにしても、0次元のときだけ向きの定義が天下り過ぎだろうよ。なんか納得がいかん。

[追記]多少は納得できそうな話を「0次元多様体は向き付け不可能なのでは」に書きました。[/追記]

多様体の向きの集合

向きの話に計量は関係ないのですが、主に心理的な理由で、境界を許すコンパクトなリーマン多様体の圏で話をします。リーマン多様体なら、接ベクトル空間の自己変換群として、GL(n)(可逆行列の群)より小さい O(n)(直交行列の群)を取れます。小さい群のほうが取り扱いやすいことが、リーマン計量を入れて考える理由です -- とはいえ、リーマン計量が必須でもないので「心理的」です。

Mをn次元のコンパクト・リーマン多様体として、ONFT(M) を、接ベクトルバンドル T(M) の正規直交枠〈OrthoNormal Frame of Tangent space〉のバンドルとします。開集合 U⊆M をうまく取れば、ONFT(M)|U は、U×O(n) と同型になります。つまり、次の図式を可換にする τ (局所自明化)があります。

\require{AMScd}
\begin{CD}
ONFT(M)|_U @>{\tau}>> U \times O(n) \\
@V{\pi}VV             @VV{\pi_1}V \\
U          @=         U
\end{CD}

なんやかんやで、ONFT(M) は、O(n) を構造群とする主バンドルになります。O(n) の部分群である SO(n)(特殊直交群)も ONFT(M) に作用します。SO(n) の作用で商空間を作ると、次のバンドルができます。

  • ONFT(M)/SO(n)→M

局所的に見ると、このバンドルは U×{-1, +1}→U のような形をしています。ファイバーは二元集合です。つまり、二重被覆になります。このバンドルの大域セクションがMの向きを与えると考えてよいので、Mの向きの集合〈set of orientations〉 Or(M) を

  • Or(M) := ΓM(ONFT(M)/SO(n))

と定義します。ここで、ΓM(-) はM上の大域セクションの空間です。

n = 0 のとき、この定義はうまく適用できません(ONFT(M) が空集合になってしまう)。0次元多様体だけ特別扱いすべきなのでしょうか?

法直線付き接ベクトルバンドルを使う

Lを1次元の内積空間とします*1。Vも内積空間として、代数的な直和 V\oplusL に、VとLが垂直になるような内積を入れた空間を(VとLの)直交直和空間〈orthogonal direct sum of spaces〉と呼び、 V{\oplus}_{\perp}L と書くことにします。

LM は、ファイバーをLとする自明なベクトルバンドル π1:M×L→M を表します。ファイバーごとに直交直和を作って、内積を備えたベクトルバンドル T(M){\oplus}_{\perp}LM を作ります。一点でのファイバーは:

  • (T(M){\oplus}_{\perp}LM)p = Tp(M){\oplus}_{\perp}L

Lは接ベクトル空間に対する法直線〈normal line〉とみなします。ベクトルバンドル T(M){\oplus}_{\perp}LM を TN(M) と略記します(Tangent space with Normal line)。

TN(M) の各点での直交直和分解を尊重するような(TpM と L を混ぜないような)直交変換は O(n)×O(1) で表現できます。TN(M) の任意の直交変換は O(n + 1) で表現されます。O(n)×O(1) を O(n + 1) に埋め込めば行列式を取れます。次の部分群を考えます。

  • S(O(n)×O(1)) := {X∈O(n)×O(1) | det(X) = 1}

S(O(n)×O(1)) は SO(n + 1) の部分群とみなせます。S(O(n)×O(1)) の要素は、O(n) の行列 A と ε ∈{-1, +1} = O(1) のペア (A, ε) で書けて de(A, ε) = det(A)ε = 1 となるので、次のどちらかになります。

  1. det(A) = 1 かつ ε = +1
  2. det(A) = -1 かつ ε = -1

ベクトルバンドル TN(M) の正規直交枠で、T(M) の正規直交枠と LM の正規直交枠のペアの形の正規直交枠からなるバンドルを ONFTN(M) とします。ONFTN(M) から S(O(n)×O(1)) の作用で商空間 ONFTN(M)/S(O(n)×O(1)) を作り、これをバンドル π:ONFTN(M)/S(O(n)×O(1))→M に仕立てます。

この設定のもとで、前節とは異なる方法で、Mの向きの集合 Or(M) を

  • Or(M) := ΓM(ONFTN(M)/S(O(n)×O(1)))

と定義します。定義に使った1次元ベクトル空間 L を、別な1次元ベクトル空間 L' に取り替えても Or(M) には影響しません。

n = 0, M = {p} のとき、O(0) = {id{0}}, det(id{0}) = 1 とすれば、ONFTN({p}) は二元集合、S(O(0)×O(1)) \cong SO(1) は一元群となり、

  • Or({p}) := Γ{p}(二元集合/一元群) \cong 二元集合

一点の向きは二種類あることになります。

これで、0次元だけ特別扱いせずに「一点にも向きがある」ことは出てきますが、何故に(接ベクトルバンドルではなくて)法直線付き接ベクトルバンドルを使うのか? は明らかではありません。「そうするとうまくいくから」では単なるご都合主義です。もっと必然性が欲しいところです。

[追記]多少は納得できそうな話を「0次元多様体は向き付け不可能なのでは」に書きました。[/追記]

*1:L = R としてもいいのですが、R だと最初から正方向が決まっていることが、むしろ誤解を招く気がします。

情報怪物としてのコロナウイルスが怖い

2020年3月21日の段階で、新型コロナウイルスによる死亡者数が一万一千人を超えている。人を死なせる病原菌としても怖いが、今の被害 -- 人間の社会・文明に与えたダメージは、死亡者数から想定される規模をはるかにはるかに超えている。この怖い感じを適切かつ合理的に言葉には出来ないので、稚拙な例え話をしてみる。

一千匹の草食動物の群れを、一匹のライオンが襲うとする。何匹かの草食動物は食べられてしまう。とはいえ、ライオンの食欲を満たすのに必要な餌食は一,ニ匹だろう。

ライオンの襲来を察知した群れはいっせいに逃げ出す。集団全体が大きな川に向かい、半数の五百匹が溺れ死ぬ。

ライオンが殺すのは一,ニ匹でも、集団パニックでは五百匹が死ぬ。草食動物は、直接にライオンを観測しなくても、周りの仲間達の行動からなにものかの襲来を知り、行動を起こす。それが的確な行動かは判断せずに。

発達した情報インフラは、我々人間をも、草食動物の集団と同じように行動させてしまう*1新型コロナウイルスは、情報インフラを経由して、その破壊力を何千倍にも増幅された怪物になっている。怖い。

*1:[追記]現状で、みんな川で溺れ死んでいるとは言いませんが、ウィルス・病気で死ぬ以外の被害はあるだろうし、それが予想外に甚大な被害になるリスクもあると思います。[/追記]