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参照用 記事

コジュール接続の圏 その2

コジュール接続の圏」の続きを書きます。と言っても、ちょっと思いついたこと(一般射という概念)があるんで、それのメモみたいなもんです。

内容:

はじめに

コジュール接続の圏」では、ベクトルバンドルEに対して、E上の共変微分の集合 CovDer(E) をもとにして、グロタンディーク構成によってコジュール接続の圏 KoszConnection を構成しました。そのとき、次のように書きました。

もうひとつ別な方法でも KoszConnection を構成したいですね。

 {\bf KoszConnection} := {\displaystyle \int_{\to\:{\bf Man}}} {\bf KoszConn}[\mbox{-}]

もちろん、ふたつの定義の同値性を期待しています(あー疲れる)。

以前とは別な方法でコジュール接続の圏を構成します。ただし、過去記事の時点で想定していたEP射(embedding と projection のペア)以外に、より一般的な射も使います。多様体Mに対する圏 KoszConn[M] が一意に決まるわけではなく、射の選び方に幾つかの候補があります。

圏の記号 射の呼び名 ひとこと
KoszConniner[M] 慣性射〈inertial morphism〉 これだけでは不足
KoszConngen[M] 一般射〈generic morphism〉 一般的(過ぎるかも)
KoszConnEP[M] EP射〈EP morphism〉 以前の記事で想定していたのはこれ

これらの圏を定義・紹介していきます。

オーバーロードと省略のルール

出現する様々な概念・対象物に名前を付けていくと、文字・記号が足りなくなってしまうので、文字・記号のオーバーロード〈多義的使用〉と省略をします。

これから先の(この記事の)説明でだいたい足りると思いますが、用語・記法は次の記事にまとめてあります*1

主役であるコジュール接続は、X, Y などアルファベットの後ろの方の大文字で表します。コジュール接続を構成するベクトルバンドルをE、共変微分を∇とすると、X = (E, ∇) です。'X'とは別な文字'E'を消費しないように、

  • E = X
  • ∇ = X

とします。下線を引いたのは、underlying と underline をかけたダジャレです。この書き方を使うと:

  • X = (X, X∇)

ベクトルバンドルEの底空間は|E|と書き、E = (E, |E|, Eπ) とします。ここでは、ベクトルバンドル全体とその全空間を同じ記号でオーバーロード(記号の乱用)しています。コジュール接続Xが載る底空間は |X| と書けます。が、今日は底空間を固定するので、|X| = M とします。

コジュール接続Xに対して、そのベクトルバンドルXのセクション空間を、同じ記号Xで表します。つまり、コジュール接続とそのセクション空間に同じ記号をオーバーロードします。このオーバーロードけっこう使いやすいからです。

  • X = Γ(X) = ΓM(X)

底空間Mの開集合Uに対しては、

  • X(U) = Γ(U, X) = ΓM(U, X) = ΓM(X|U)

結局、M上の層 ΓM(-, X) を X = X(-) と書くことになります。

底空間M上の、微分形式の層を Ω(-) = ΩM(-) と書きます。共変微分作用素 X∇ の、開集合Uにおける局所表現は、

  • XU:X(U)→X(U)\otimesΩ(U)

セクションの記号'Γ'を使えば次のようです。

  • XU:Γ(U, X)→Γ(U, X)\otimesΓ(U, T*M)

テンソル\otimes は、可換環 Φ(U) = ΦM(U) = CM(U) に関するテンソル積です。

この記事内では、左肩への上付き添字を多用しています。それに違和感か興味をいだいた方は次の記事をどうぞ。

イントラベースとインターベース

ベクトルバンドルの射〈準同型写像〉」とだけ言っても意味が曖昧で困ることがあるので、次の2つの言葉を導入します。

  • イントラベース・バンドル射〈intrabase bundle morphism〉
  • インターベース・バンドル射〈interbase bundle morphism〉

E = (E, |E|, Eπ), F = (F, |F|, Fπ) をベクトルバンドルとして、f:E→F がイントラベース・バンドル射とは、|E| = |F| = M で次の図式が可換になることです。

\require{AMScd}
\newcommand{id}{\mbox{id}} %
\newcommand{\For}{\mbox{For}\:\:} %
%
\begin{CD}
 E     @>f>>    F \\
 @V{{}^E\pi}VV  @VV{{}^F\pi}V \\
 M   @=         M
\end{CD}

このような条件を付けないバンドル射はインターベース・バンドル射です。f:E→F の底写像(底空間のあいだの写像)を |f| とすると、インターベース・バンドル射では |f| = id とは限らない可換図式となります。


\begin{CD}
 E     @>f>>     F \\
 @V{{}^E\pi}VV   @VV{{}^F\pi}V \\
 |E|   @>{|f|}>> |F|
\end{CD}

注意すべきことは、|E| = |F| = M であっても、|f| = idM でないならイントラベース・バンドル射ではないことです。

M上のベクトルバンドルとイントラベース・バンドル射からなる圏は VectBdl[M]、任意のインターベース・バンドル射からなる圏は VectBundle です。すぐ上の注意は、「|E| = |F| = M であっても VectBundle(E, F) と VectBdl[M](E, F) は必ずしも一致しない」ということです。

コジュール接続のあいだの慣性射

多様体Mを固定して、圏 KoszConn[M] を定義します。□の場所には、iner, gen, EP のいずれかが入ります。これらの圏の対象は、|X| = M であるようなコジュール接続 X = (X, X∇) です。2つのコジュール接続 X, Y に対して、そのあいだの射を定義する必要があります。最初に特殊な射から定義します。

ベクトルバンドルのイントラベース射〈イントラベース・バンドル射〉 f:XY in VectBdl[M] が、コジュール接続のあいだの慣性射〈inertial morphism〉だとは、fから誘導される前送り f*:X→Y (X = ΓM(-, X), Y = ΓM(-, Y))が、次の図式を可換にすることです。


\begin{CD}
 X   @>{{}^X\nabla}>> X\otimes\Omega \\
 @V{f_\ast}VV           @VV{f_\ast\otimes \id_\Omega}V \\
 Y   @>{{}^Y\nabla}>> Y\otimes\Omega
\end{CD}

ここで、Ω = ΩM は、M上の微分形式の層でした。X, Y, Ω はいずれも層なので、Mの開集合U上で考えれば:


\begin{CD}
 X(U)             @>{{}^X\nabla^U}>> X(U) \otimes \Omega(U) \\
 @V{{f_\ast}^U}VV                    @VV{{f_\ast}^U \otimes \id_{\Omega(U)}}V \\
 Y(U)             @>{{}^Y\nabla^U}>> Y(U)\otimes\Omega(U)
\end{CD}

可換図式内に出てくる射が何種類かあるので注意してください。図の縦方向(たまたま縦なだけ)の射は、Φ-加群です。正確に言えば、Φ = ΦM(-) = CM(-) は可換環の層であり、Φ上の加群層の圏 Φ-Mod-Sh[M] の射です。横方向(たまたまね)の射は(Φ/R)-微分です -- これは、R-ベクトル空間の層の圏 R-Vect-Sh[M] の射であって、Φ-スカラー(Φ(U)の要素)との掛け算に関してはライプニッツ法則を満たす射です。(Φ/R)-微分射はΦ-加群射とは限りません。

多様体M上のコジュール接続と、そのあいだの慣性射の全体は圏をなすので、それを(M上の)コジュール接続とイントラベース慣性射の圏〈category of Koszul connections and intrabase inertial morphisms〉と呼び、 KoszConniner[M] と書くことにします。この圏は狭すぎて不十分なのですが、慣性射は単純で扱いやすい射だとは言えます。慣性射と名付けたのは、ある状況下では、物理の慣性系〈inertial frame of reference〉と関係するからです。

微分

前節で言及した微分〈{derivative | differential} morphism〉を念のため定義しておきましょう。多様体Mとその開集合Uに対して、標準的〈canonica〉な外微分は定まっています*2

  • For U∈Open(M),
    dUM(U)→ΩM(U)

X = (X, X∇) がコジュール接続だとは、X∇:X→X\otimesΩ in R-Vect-Sh[M] が、標準外微分 d に関してライプニッツ法則を満たすことでした。

  • For U∈Open(M), For a∈Φ(U), x∈X(U),
    (XU)(x・a) = (XU(x))・a + x\otimesda

ここで、'・'は右からのスカラー倍です。Φ(U)は可換環なので、スカラー倍は右も左も許すことにします。

このライプニッツ法則を満たすR-線形写像が、(Φ/R)-微分〈Φ/R-{derivative | differential} morphism〉です。

今定義した微分射は、X∇:X→X\otimesΩ という形でしたが、D:X→Y\otimesΩ という微分射も定義しましょう。f:X→Y in Φ-Mod-Sh[M] がΦ-加群射だとして、Dがfに沿った(Φ/R)-微分〈(Φ/R)-{derivative | differential} morphism along f〉とは、次の変形したライプニッツ法則を満たすことです。

  • D(x・a) = (Dx)・a + f(x)\otimesda on Y\otimesΩ

これは、層のあいだの射に関する等式なので、正確に書けば:

  • For U∈Open(M), For a∈Φ(U), x∈X(U),
    DU(x・a) = (DUx)・a + fU(x)\otimesdUa on Y(U)\otimesΩ(U)

通常の微分射は、恒等射に沿った微分射ということになります。

コジュール接続のあいだの一般射

X, Y は多様体M上のコジュール接続として、ベクトルバンドルのあいだのイントラベース射 f:XY in VectBdl[M] が慣性射にはならない場合を考えます。先程の図式が可換とは限らないので、次の等式は期待できません。

  •  ({}^Y\nabla)\circ f_\ast = (f_\ast \otimes \id_\Omega) \circ ({}^X\nabla) \:\: : X\to Y\otimes\Omega

等式は成立しないけれど、等式の左右の差がΦ-加群射 A:X→Y\otimesΩ in Φ-Mod-Sh[M] で与えられるとします。

  •  (f_\ast \otimes \id_\Omega) \circ ({}^X\nabla) - ({}^Y\nabla)\circ f_\ast = A  \:\: : X\to Y\otimes\Omega

同じことですが:

  •  ({}^Y\nabla)\circ f_\ast +  A = (f_\ast \otimes \id_\Omega) \circ ({}^X\nabla) \:\: : X\to Y\otimes\Omega

図式順記法なら:

  •  f_\ast;({}^Y\nabla) +  A =  ({}^X\nabla);(f_\ast \otimes \id_\Omega) \:\: : X\to Y\otimes\Omega

この状況を、次の図式で表しましょう(可換図式ではありません)。


\begin{CD}
 X   @=               {}  @>{{}^X\nabla}>> X\otimes\Omega \\
 @V{f_\ast}VV         @.{\nearrow + A}     @VV{f_\ast\otimes \id_\Omega}V \\
 Y   @>{{}^Y\nabla}>> {} @=                Y\otimes\Omega
\end{CD}

ベクトルバンドルのイントラベース射 f:XY in VectBdl[M] と、Φ-加群射 A:X→Y\otimesΩ in Φ-Mod-Sh[M] が上の条件を満たしているとき、(f, A) を、コジュール接続XからYへの一般射〈generic morphism〉と呼ぶことにします。

コジュール接続のあいだの一般射 (f, A):X→Y があると、R-線形射  ({}^Y\nabla)\circ f_\ast +  A \: : X\to Y\otimes\Omega は、Φ-加群射 f*:X→Y に沿った (Φ/R)-微分射になることは直接計算で示せます。

f:XY, g:YZ in VectBdl[M] で、A:X→Y\otimesΩ, B:Y→Z\otimesΩ in Φ-Mod-Sh[M] だとして、(f, A):X→Y, (g, B):Y→Z がコジュール接続のあいだの一般射だとします。f*\otimesidΩ を f*1 と書くことにします(g*1 も同様)。このとき、次の等式が成立しています。

  1.  \For x \in X, \: {}^Y\nabla(f_\ast x) + A x = f_\ast^1({}^X\nabla x)
  2.  \For y \in Y, \: {}^Z\nabla(g_\ast y) + B y = g_\ast^1({}^Y\nabla y)

y = f*x と代入して等式変形をすると、次の等式が得られます。

  •  {}^Z\nabla(g_\ast f_\ast x) + B f_\ast x + g_\ast^1 A x = g_\ast^1 f_\ast^1 ({}^X\nabla x)

これから、(f, A) と (g, B) の結合は次のように定義すればいいことが分かります。

  •  (g, B)\circ(f, A) \: := (g\circ f, B\circ f_\ast + g_\ast^1 \circ A)

今定義した結合と、idX := (idX, 0) により恒等射を定義すると、コジュール接続と一般射の全体は圏をなします。圏の結合律、単位律は直接計算で示せます。こうしてできた圏を(M上の)コジュール接続とイントラベース一般射の圏〈category of Koszul connections and intrabase generic morphisms〉と呼び、KoszConngen[M] と書きます。

さらなる略記

記述を簡潔にするために、さらに略記を導入します。

前節で (f, A) と書いていたコジュール接続のあいだの一般射を一文字 f で表します。一般射 f の構成素であるイントラバンドル射は f とします。こうすると、f:X→Y in KoszConngen[M] に対して f:XY in VectBdl[M] なので辻褄が合います。f* と書いていたΦ-加群射は f0 に変更して、f*1 は f1 に変更して、A は fA とします。

コジュール接続 X のセクション空間 ΓM(-, X) を X0 とも書き、X1 = X0\otimesΩ とします。一般的には、Xk := X0\otimesΩk ですが、今回は k = 0, 1 しか使いません。

結局、コジュール接続のあいだの一般射 f は、f = (f, fA) と書けて、一般射であるための条件は次の図式になります。


\begin{CD}
 X^0   @=               {}  @>{{}^X\nabla}>>  X^1 \\
 @V{f^0}VV              @.{\nearrow + \;{{}^f A}} @VV{f^1}V \\
 Y^0   @>{{}^Y\nabla}>> {} @=                 Y^1
\end{CD}

コジュール接続のあいだのEP射

コジュール接続 X, Y のあいだのEP射〈{EP | embedding-projection} morphism〉 f は、(fe, fp, fA) として定義されます。fe, fpベクトルバンドルのあいだのイントラベース射で、fe:XY, fp:YX 、かつ fp\circfe = idX を満たすとします。fA は、X0→Y1 というΦ-加群射です。f = (fe, fp, fA) がEP射である条件は、 (fe, fA) が一般射になることです。

コジュール接続とそのあいだのEP射の全体は圏をなすことは容易に確認できます。その圏を(M上の)コジュール接続とイントラベースEP射の圏〈category of Koszul connections and intrabase EP morphism〉と呼び、KoszConnEP[M] と書きます。

定義より、KoszConnEP[M] は KoszConngen[M] への忘却関手を持ちます。忘却関手は、fp を忘れて、(fe, fA) を残します。

EP射の場合は、fα := fA\circfp : Y0→Y1 と置いて、f = (fe, fp, fα) という表示も可能です。この fα は、EP射 f の接続形式〈connection form〉です。EP射 f が、ベクトルバンドルの自明化(同型射)のとき、fα は通常の接続形式〈接続係数〉になります。

そしてそれから

M上のベクトルバンドルの圏(射はイントラベース・バンドル射) VectBdl[M] は、テンソル積をモノイド積とする対称モノイド構造を持ちます。さらに、コンパクト閉構造も持ちます。KoszConngen[M] と KoszConnEP[M] にも同様な対称モノイド構造/コンパクト閉構造を定義したいですね。コジュール接続からベクトルバンドルへの忘却関手は、対称モノイド構造/コンパクト閉構造を保つ関手になるはずです。

今回は、底空間となる多様体Mを固定してますが、異なる底空間上のコジュール接続をつなぐインターベースな射も必要です。インターベースな射からなる圏の構成はグロタンディーク構成です。「コジュール接続の圏」で想定していた「別な構成法」は、CoszConnEP[-] からのグロタンディーク構成です。これが、CovDer[-] からのグロタンディーク構成と一致すればメデタイわけです。

構成の続きはまた気が向いたとき。

*1:手書きのときの書き方は「バンドルと層の記法 速記用」。

*2:開集合Uに対する dU の全体は、R-ベクトル空間層のあいだの射 d:Φ→Ω を形成します。

伝統的テンソル計算における添字の上げ下げ

伝統的(むしろ因習的テンソル計算では、「添字を上げる/下げる」というな言い回しが出てきます。例えば、 x_{j}^{i k} の添字 i を下げ、j を上げ、k はそのままにすると x_{i}^{j k} になります。

伝統的〈因習的〉記法・語法に慣れてないと何のことだかわかりません。この「添字の上げ下げの」を添字無しスタイルで説明します。ベクトル空間の場合について述べますが、ベクトルバンドルのセクション加群に関しても同じ議論が通用します。

VをR上の有限次元ベクトル空間として、V*をVの標準双対空間とします。Vには内積があるとして、内積(双線形形式)を G:V×V→R とします。Gは非退化、対称、正定値*1です。このとき、g:V→V* を次のように定義します。

  • g(v) := G(v, -)

ここで、ハイフンは無名ラムダ変数です。ちゃんとラムダ記法を使うならば*2

  • g(v) := (λw∈V.(G(v, w) ∈R)) ∈V*

Gの性質から、gに関して次が言えます。

  1. g:V→V* は線形同型写像(可逆写像
  2. G(v, w) = g(v)(w) = g(w)(v)
  3. G(v, v) = g(v)(v) ≧ 0

G':V*×V*R を次のように定義します。

  • G'(α, β) := G(g-1(α), g-1(β)) = α(g-1(β))

G'はV*上の内積になり、g:V→V*, g-1:V*→V は、内積を保存する線形写像になります。つまり、内積空間として、(V, G) \cong (V*, G') via g です。

G, g, g-1, G' は、密接に関連はしてますが別物です。伝統的テンソル計算では、これら4つの写像を同じ親文字gで表し、添字の付け方で区別する方法をとっています -- 僕は嫌い。

「ベクトルの添字を下げる」とは、Vの要素にgを適用すること、「コベクトルの添字を上げる」とは、V*の要素にg-1と適用することです。

  • ベクトルvの添字を下げたコベクトル = g(v) ∈V*
  • コベクトルαの添字を上げたベクトル = g-1(α) ∈V

U = (U, GU), V = (V, GV) が内積空間、Wがベクトル空間(内積がなくてもよい)ならば、

  • gU\otimes(gV)-1\otimesidW : U\otimesV*\otimesW → U*\otimesV\otimesW

が定義できます。ここで、gUはUの内積GUから定まるgであり、gVはVの内積GVから定まるgです。

この状況で、a∈U\otimesV*\otimesW だとします。そして、a' = (gU\otimes(gV)-1\otimesidW)(a) とします。冒頭の表現「 x_{j}^{i k} の添字 i を下げ、j を上げ、k はそのままにすると x_{i}^{j k} になります。」の意味は:

  • U, V, W に適当な基底をとり、その基底によるaの成分が  x_{j}^{i k} だとする。ここで、iはUの基底を渡るインデックス、jはVの基底を渡るインデックス、kはWの基底を渡るインデックス。ただし、Vの基底と対応する相反基底〈双対基底〉(V*の基底)に対しても同じjを使う。
  • 同じ基底によるa'の成分は x_{i}^{i k} と書く。ここで、iはUの基底に対応する相反基底(U*の基底)を渡るインデックスと解釈する。jはVの基底を渡るインデックス、kはWの基底を渡るインデックス。

「添字を上げる = g-1:V*→V を適用する」「添字を下げる = g:V→V* を適用する」なので、gとg-1の存在、つまりは内積 G:V×V→R の存在が前提されていることに注意してください。

*1:実際は非負定値ですが、正定値と呼ぶ習慣です。

*2:g := λv∈V.(λw∈V.( G(v, w) ∈R) ∈V*) とも書けますが、大きなラムダ式と小さなラムダ式を区別して書くなら、g := <v∈V | λw∈V.( G(v, w) ∈R) ∈V*> です。

スタック図の逆襲

だいぶ昔ですが、2次元の圏に関する描画に、スタック図という描画法を使っていました。例えば、2006年に書いた次の文書でスタック図も描いています。

ストリング図に比べて特にメリットがないので、スタック図を描くのはやめてしまいました。スタック図は(僕のなかでは)葬り去られた存在でした。

しかし、最近事情が変わって、再びスタック図の出番がきたのです。そう、いま、スタック図はよみがえるのだ。

内容:

スタック図

2次元の圏なら何でもいいのですが、一番お馴染みであろう“圏の圏Cat”を例として話を進めます。

スタック図は、ストリング図とペースティング図の中間的な描画法で、対象〈0-射〉、射〈1-射〉、2-射を次のように描きます。

ストリング図 スタック図 ペースティング図
対象 領域 二重線
矢印
2-射 領域 二重矢印

次の3つの状況を、ストリング図、スタック図、ペースティング図で描いたものを下に挙げます。Catのなかで考えます。記号 '*C' は、圏Cを接続点(共通境界)とする関手の図式順結合記号〈diagrammatic order composition symbol〉です。

  1. α::F⇒G:CD in Cat
  2. α::F*DG⇒H:CE in Cat
  3. α::F*CG⇒H*DK:BE in Cat

[補足]
スタック図は、サンティアゴ大学の人(複数)が使っていた記憶があります。今「サンティアゴ大学」を調べてみたら、

  1. サンティアゴ・デ・チレ大学 - チリの大学
  2. サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学 - スペインの大学
  3. サンティアゴ・デ・エステーロ国立大学 - アルゼンチンの大学

えっ、3つもあるんかい。出典を探すのは面倒そうなので諦めます。

四角形を積み上げて描くことから、「スタック図」と名付けたのは僕です。グリッド・レイアウトを使うので「グリッド図」でもいいかも知れません。

対象を二重線にしたのは今回の変更点です。サンティアゴ大学の人も僕も、対象も射も実線(一重)で描いていました。二重線にすると視認性が改善されるし、後述の“貧相なペースティング図”との相性も良くなります。
[/補足]

なぜ今、スタック図なのか

貧相なペースティング図」で述べたように、このブログで使える描画機能(MathJax + AMScd)では、四角いレイアウトの可換図式しか描けません。が、ギリギリなんとかペースティング図(もどき)を描けます。

“貧相なペースティング図”は四角(長方形)を積み上げたレイアウトしか出来ないのです。このレイアウト上の制約はスタック図と同じです。であるならば、スタック図と“貧相なペースティング図”はほぼ同じものと考えていいでしょう。

このブログ内に絵図〈picture | diagram〉を載せるとき、ストリング図を手描きして、それをスタック図に直して、そのスタック図を見ながらTeXコードへの翻訳、という手順にすればよさそうです(めんどいけどなあー)。スタック図≒貧相なペースティング図は、ストリング図と(普通の)ペースティング図の中間的存在なので、どちらに翻訳するのも比較的に容易です(どっちつかずの中途半端、とも言う)。

また、ストリング図とペースティング図を相互に翻訳するとき、スタック図は中間フォーマットとして役に立つでしょう。レイアウト調整(見栄えの改善)を無視すれば、ストリング図←→スタック図←→ペースティング図 の変換は機械的にできます。

スタック図は、論理の証明図とも類似しているので、論理と圏論を対応させるとき(例えば、カリー/ハワード/ランベック対応)にも使えそうです。

事例 1:モナドの結合律

モナドを (A, μ, η)/C in Cat という形で表しましょう。モナドの素材〈ingredient | constituent〉は:

  1. C は圏
  2. A は関手 A:CC
  3. μ は自然変換 μ::A*A⇒A:CC ('*'は図式順の結合記号)
  4. η は自然変換 η::IdC⇒A:CC (IdCは恒等関手)

モナドが満たすべき法則 -- 結合律、左単位律、右単位律のなかで、結合律だけを扱います。次が結合律です。

  • (μ*A);μ = (A*μ);μ :: A*A*A⇒A : CC in Cat

結合律をストリング図で描けば次のようです。

ストリング図をスタック図に描き変えるには次の手順に従います。

  1. ストリング図の各領域を、適当な長さの縦の二重線で表す。縦二重線は圏(の名前)でラベルする。
  2. ストリング図のワイヤー(ストリング)を、横線として描く。横線は、2つの縦二重線のあいだを繋ぎ、縦二重線に直交するように描く。横線は関手(の名前)でラベルする。
  3. ストリング図のノード(点)は、縦二重線と横線で囲まれた四角形になる。何本かの縦二重線が、四角形に貫入するかも知れない。四角形は、自然変換(の名前)でラベルする。

結合律の左辺をスタック図で表すと次のようになります。

四角形の内部には自然変換(2-射)のラベルが入りますが、右上の四角形にはラベルがありません。ラベルがない四角形は退化四角形〈degenerate square〉です。四角形として描いてはありますが、実際は横線と同じです。あるいは、「恒等自然変換 IDA のラベルが省略されている」と思ってもいいです。いずれにしても、退化四角形は横線に潰すことが可能です。

スタック図を通常のペースティング図に変換するには、縦二重線を一点に縮めます。その後に、ペースティング図の習慣に従い、横線を矢印に、領域を二重矢印に変えます。

退化四角形は、ペースティング図上では退化二角形〈退化二辺形〉になります(斜線網掛け部分)。もちろん、退化二角形は一本の矢印に潰してかまいません。

ストリング図でもペースティング図でも、トポロジカルな情報を変えない範囲でレイアウト変更は自由です。カーブの矢印を直線にしてみると、次のような、四角形に対角線の図になります。太めの矢印は、潰した退化二角形です。

上のようなレイアウトにしたペースティング図により、モナドの結合律(モノイドの結合律と思ってもよい)を書いてみると:

四角形の対角線を入れ替える等式になっています。これは、三角形分割〈triangulation〉のアレクサンダー移動〈Alexander move〉(あるいは、2次元のパッヒナル移動〈Pachner move〉)のひとつです。三角形分割の移動〈変更〉は、格子2次元TQFT〈Lattice Topological Quantum Field Theory in Two Dimensions〉のFHK(福間将文, 細野忍, 川合光)理論で本質的な役割りを演じます。例えば、次の論文を参照。

さて、モナドの結合律左辺をアスキーアート(文字による2次元レイアウト)にすれば次のようです。僕の環境では四角に見えるようにレイアウトしましたが、環境によってはレイアウトがズレるかも知れません。

C     C     C     C
‖--A--‖--A--‖--A--‖
‖     μ     ‖     ‖
‖-----A-----‖--A--‖
‖           μ     ‖
‖-----------A-----‖

これを、頑張って MathJax + AMScd のTeXコードに翻訳します。このとき、「はてなブログで貧相なペースティング図」に書いておいたTeXマクロを使います(\catもマクロです)。

\require{AMScd}
\newcommand{\hyph}{\mbox{-}}%
\newcommand{\cat}[1]{{\mathcal {#1}}}%
\newcommand{\incat}{\:\: \mbox{in}\:}%
\newcommand{\S}{\downdownarrows} %
\newcommand{\NE}{\nearrow\!\!\!\nearrow} %
\newcommand{\NW}{\nwarrow\!\!\!\nwarrow} %
\newcommand{\SE}{\searrow\!\!\!\searrow} %
\newcommand{\SW}{\swarrow\!\!\!\swarrow} %
\newcommand{\For}{\mbox{For}\:\:} %
\newcommand{\Comm}{\mbox{commutative}} %
%
\begin{CD}
\cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} \\
@|              @.{\S\mu}       @|              @|      \\
\cat{C} @=      {}      @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} \\
@|              @.              @.{\S\mu}       @|      \\
\cat{C} @=      {}      @=      {}      @>{A}>> \cat{C} \\
\end{CD}

\begin{CD}
\cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} \\
@|              @.{\S\mu}       @|              @|      \\
\cat{C} @=      {}      @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} \\
@|              @.              @.{\S\mu}       @|      \\
\cat{C} @=      {}      @=      {}      @>{A}>> \cat{C} \\
\end{CD}

右辺を追加して、モナドの結合律を表すペースティング図の等式は次のようになります


\begin{CD}
\cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} \\
@|              @.{\S\mu}       @|              @|      \\
\cat{C} @=      {}      @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} \\
@|              @.              @.{\S\mu}       @|      \\
\cat{C} @=      {}      @=      {}      @>{A}>> \cat{C} \\
\end{CD}
=
\begin{CD}
\cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} \\
@|              @|              @.{\S\mu}       @|      \\
\cat{C} @>{A}>> \cat{C} @=      {}      @>{A}>> \cat{C} \\
@|              @.              @.{\SW\mu}      @|      \\
\cat{C} @>{A}>> \cat{C} @=      {}      @=      \cat{C} \\
\end{CD}\\

不格好ですが、なんとか意図は伝わるのではないでしょうか?

事例 2:モナド準同型射の条件

もうひとつの例を挙げましょう。(A, μ, η)/C と (B, ν, ε)/Dモナドとします。モナドのあいだの準同型射を考えることができます。ただし、モナド準同型射の定義はいくつかあります。ここでは、「モナド論をヒントに圏論をする(弱2-圏の割と詳しい説明付き) // 左斜め加群と右斜め加群」で述べた左斜め加群モナド準同型射とします。モナドモナド準同型射の圏をMndとしましょう。

(F, δ):(A, μ, η)/C→(B, ν, ε)/D in Mndモナド準同型射であるとき、F, δ はそれぞれ、関手と自然変換です。

  • F:CD in Cat
  • δ::A*F⇒F*B:CD in Cat

(F, δ) がモナド準同型射である条件のひとつは次です。記号'*'は、関手の結合、関手と自然変換のヒゲ結合、自然変換の縦結合にオーバーロード〈多義的使用〉してます。記号';'は自然変換の縦結合です。

  • (μ*F);δ = (A*δ);(δ*B);(F*ν) :: A*A*F⇒F*B : CD in Cat

この等式を題材にします。とりあえずストリング図で描いてみます。

等式の左辺をスタック図で描けば:

等式の右辺のスタック図は:

頑張ってTeXコードにします。


\begin{CD}
\cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{F}>> \cat{D} \\
@|              @.{\SW\mu}      @|              @|      \\
\cat{C} @>{A}>> {}      @=      \cat{C} @>{F}>> \cat{D} \\
@|              @.              @.{\S\delta}    @|      \\
\cat{C} @=      {}      @>{F}>> \cat{D} @>{B}>> \cat{D} \\
\end{CD}
=
\begin{CD}
\cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{F}>> \cat{D} \\
@|              @|              @.{\S\delta}    @|      \\
\cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{F}>> \cat{D} @>{B}>> \cat{D} \\
@|              @.{\S\delta}    @|              @|      \\
\cat{C} @>{F}>> \cat{D} @>{B}>> \cat{D} @>{B}>> \cat{D} \\
@|              @|              @.{\SW\nu}      @|      \\
\cat{C} @>{F}>> \cat{D} @>{B}>> {}     @=       \cat{D} \\
\end{CD}

\begin{CD}
\cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{F}>> \cat{D} \\
@|              @.{\SW\mu}      @|              @|      \\
\cat{C} @>{A}>> {}      @=      \cat{C} @>{F}>> \cat{D} \\
@|              @.              @.{\S\delta}    @|      \\
\cat{C} @=      {}      @>{F}>> \cat{D} @>{B}>> \cat{D} \\
\end{CD}
=
\begin{CD}
\cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{F}>> \cat{D} \\
@|              @|              @.{\S\delta}    @|      \\
\cat{C} @>{A}>> \cat{C} @>{F}>> \cat{D} @>{B}>> \cat{D} \\
@|              @.{\S\delta}    @|              @|      \\
\cat{C} @>{F}>> \cat{D} @>{B}>> \cat{D} @>{B}>> \cat{D} \\
@|              @|              @.{\SW\nu}      @|      \\
\cat{C} @>{F}>> \cat{D} @>{B}>> {}     @=       \cat{D} \\
\end{CD}

オマケ:等式を象徴する図形

等式 L = R があるとき、左辺Lと右辺Rをストリング図で表すと、等式は図形から図形への変形過程を表すことになり、等式自体もひとつの図形として表現されます。例えば、モナドやモノイドの結合律は、次のような図形で表されます。

この図は、「律子からカタストロフへ」に載せたもので、同記事には他の例もあります。

今回記事の二番目の例の等式は、ベックの分配法則と関係していて、等式を表す図形はベックの分配法則とほとんど同じです。「ベックの法則と複合モナド」に載せた等式を表す図形は次のようです

ストリング図ではなくてペースティング図をベースにしても、等式を表す図形が得られます。前節の等式を例にやってみます。

前節の等式左辺をペースティング図にすれば次のようです。

曲がった矢印を真っ直ぐな矢印にすると、これは五角形と一本の対角線になります。右辺も同様に描き変えると、五角形と1個の内点、内点と頂点をつなぐ3辺になります。ふたつの図形が等号で結ばれます。

五角形を円周上の5点として描き、左辺を円柱の上面、右辺を円柱の下面として描きます。上面は、円周と一本の弦、下面は円周内にY字形(ベンツのロゴマークに似てる)になります。円柱の上面から下面への変形が、等式の左辺から右辺への変形になります。

変形は円柱の表面ではなくて内部で起こります。上面の弦(線分)が下面のY字形に変化します。ねじれ〈ひねり〉を無視すれば、変形の中間は次のような図形で表現されるでしょう。

この図形は、前節の等式を象徴する図形と言っていいでしょう。

ストリング図やペースティング図を描くことによって、等式を図形の変形とみなす、さらには等式そのものをひとつの図形とみなすことができるのですね。絵を描くと楽しいでしょ。

*1:「(2)」はありません。が、「ベックの法則と複合モナド」が「(2)」に相当します。

ストリング図とストライプ図

昨日の記事の最後の節(付録)「図式思考の例として、ラックス・モノイド関手について考えてみる // ストリング図とストライプ図」の続きです。

内容:

自然変換ストリング図と関手ストリング図

単に「ストリング図」と言ってきましたが、二種類のストリング図が登場してましたね。「自然変換、関手、圏」を表すストリング図を自然変換ストリング図〈natural transformation string diagram〉、「関手、圏」を表すストリング図を関手ストリング図〈functor string diagram〉と呼んで区別することにします。

自然変換ストリング図と関手ストリング図では、各次元の図形〈セル〉が表すものが違います。

自然変換ストリング図 関手ストリング図
エリア(2次元) (なし)
ワイヤー(1次元) 関手
ノード(0次元) 自然変換 関手

下の図は、「図式思考の例として、ラックス・モノイド関手について考えてみる」に出てきた自然変換ストリング図と関手ストリング図です。次元が食い違ってます。

ストライプ図も含めて、縦結合、横結合、直積の方向に関しては:

自然変換ストリング図 関手ストリング図 ストライプ図
縦結合方向 上から下に縦 (なし) 上から下に縦
横結合方向 左から右に横 上から下に縦 奥から手前
直積方向 手前から奥 左から右に横 左から右に横

次はストライプ図の例です。

それぞれの描画法ごとに、次元と方向の使い方がマチマチです。これが混乱・困惑の原因になってますが、一方で、文字通り多面的な/多方向からの見方をする助けにもなっています。

ストリング図書き換え

昨日の「図式思考の例として、ラックス・モノイド関手について考えてみる」で紹介した、本来の3次元ストリング図書き換えでは、自然変換を2次元図の書き換えとみなします。

方向の使い方は次のようです。(上のバートレットの図では横結合が下から上ですが、僕は上から下です。)

自然変換ストリング図 3Dストリング図書き換え
縦結合方向 上から下に縦 奥から手前
横結合方向 左から右に横 上から下に縦
直積方向 手前から奥 左から右に横

ストリング図書き換えを2次元内に描くときは、奥から手前の縦結合方向を、2次元内に適当に収めます。次の図は、「図式思考の例として、ラックス・モノイド関手について考えてみる」の図をわずかに変更したもので、ラックス・モノイド関手の結合律を表す図です。β1, β2, β3, γ1, γ2, γ3 と名前が付けられた矢印は書き換え(自然変換)を表します。

ラベル付けが誤解を招きそうなので注意しておくと; β1, β2, β3, γ1, γ2, γ3 は、ストリング図の一部の書き換えにラベル付けしたのではなくて、ストリング図全体の書き換えを意味します。例えば、β3は、下段1番のストリング図全体を上段1番のストリング図に書き換える自然変換の名前です。

ストライプ図

前節のラックス・モノイド関手の結合律を表すストリング図書き換えを、ストライプ図で描くと以下のようになります。ストリング図書き換えの下段4番から上段1番に至る2つの書き換えパスは等しいことを意味します。ストリング図書き換えの、「上段4番 → 上段3番」と「下段4番 → 下段3番」の書き換えはストライプ図には現れません(奥行きの前後を表現できないので)。

ストリング図書き換えの個々のストリング図は、ストライプ図では単純でストレートなストライプ模様(シース*1に包まれた芯線〈心線〉の並び)になります。書き換え(自然変換)が曲がりや合流として描かれます。

例えば、ストリング図書き換えの下段4番の図は、ストライプ図等式左辺の最上部パーツに対応します(次の図)。

ストライプ図を描くときは、圏Cの3つの対象 A, B, C を選びます。A, B, C がストライプ図ケーブル(シースに包まれたワイヤー)の芯線〈心線〉になります。

関手の組み合わせ ((F×F)×F)*(\otimes×Id)*\otimes に、公平3-タプル*2(A, B, C) を渡すと、値は(普通の書き方で)(F(A)\otimesF(B))\otimesF(C) になります。ストリング図では (A, B, C).( ((F×F)×F)*(\otimes×Id)*\otimes ) という構成・構造が描かれ(ドットは図式順の適用)、ストライプ図では純化した結果 (F(A)\otimesF(B))\otimesF(C) が描かれます。

ストライプ図では、ストリング図の上下縦方向が前後奥行き方向になることにより、前後関係の情報は見えなくなります。それが、いい具合に単純化と視認性の良さにつながっています。

*1:シースとは、電線(例えば同軸ケーブル)の外側を包むビニルやゴムの外皮です。「モノイド関手/ラックス・モノイド関手とその実例」に写真があります。

*2:公平な3-タプルとは、((A, B), C) と (A, (B, C)) の区別がない長さ3のタプルのことです。

図式思考の例として、ラックス・モノイド関手について考えてみる

圏論に自然変換の概念が入ってくると、2-射を持つ2次元の圏(「圏の圏」です)を扱うことになります。圏の直積も普通に使います。例えば、二項関手〈双関手〉の定義には圏の直積が必要です。直積は、関手にも自然変換にも定義できます。その結果、「圏の圏」は「直積を持つ2次元の圏」となります。

直積を持つ2次元の圏のなかでは、横結合、縦結合、直積という三種類の演算があり、計算は2次元/3次元的なものになります。文字・記号を1次元的に並べたテキストでは無理があり、絵図〈picture | diagram〉による記述と計算が必要になります。

ここでは、ラックス・モノイド関手の結合律と単位律を例にして、高次元の圏的構造〈higher dimensional categorical structure〉の絵図表現〈{pictorial | diagrammatic | graphical} {presentation | representation}〉を紹介します。

また、本文と独立に読める付録として、ストリング図とストライプ図の関係を説明します。

内容:

関連する記事:

ラックス・モノイド関手

モノイド圏、各種モノイド関手、モノイド自然変換については、以下の記事を参照してください。だいたいの雰囲気を知っていればいいです、完全な理解は要求してません。

次の記事にも関連する内容があります。

モノイド、モナド、ラックス・モノイド関手は似ています。似ているのには理由があるのですが、今はその理由には踏み込みません*1。注意すべきことは、ラックス・モノイド関手が単なる関手(プレーンな関手)ではなくて、モノイドやモナドと類似の代数構造であることです。これは、乗法と単位を持ち、結合律と単位律を満たすことを意味します。

モノイド モナド ラックス・モノイド関手
集合 自己関手 関手
集合の直積 自己関手の結合 関手とモノイド積の組み合わせ
乗法と単位 写像 自然変換 自然変換

ストリング図書き換え

前節で参照した過去記事では、ラックス・モノイド関手の記述と計算は主にストライプ図〈stripe diagram〉を使っています。今回は別な描画法を紹介します。ブルース・バートレット〈Bruce Bartlett〉によるストリング図書き換え〈string diagram rewriting〉です。次の論文で説明されています。なお、バートレット自身は、ストリング図をワイヤー図〈wire diagram〉と呼んでいます。

次のような3次元的状況を考えます。右側に“3次元図を見ている人”がいるとします。この人から見ると、二重矢印の α は、自分に向かって来るように見えます。

この状況を紙面(あるいは画面、{ホワイト | ブラック}ボード)に描くときは次のようにします。

重要な点は:

  • 奥から手前に向かってくる2-射 α を、紙面の左から右に向かって描く。

この約束により、「左側のストリング図を、αにより、右側のストリング図に書き換えた」とみなします。

縦方向は、1-射の横結合の方向になります。バートレットによる注意を引用すると:

Unfortunately, what is usually called vertical composition \circ of 2morphisms runs horizontally in wire diagrams, and what is usually called horizontal composition * runs vertically!


不幸なことに、2射の縦結合と呼ばれている演算 \circ はワイヤー図では横方向になり、横結合と呼ばれる演算 * は縦方向になる!

この程度の不幸は日常茶飯事です。気にしたり嘆いたりしないでサッサと割り切りましょう。そもそも、縦と横の選択に根拠・必然性がないので、縦結合と名付けられているからといって縦に書くべき筋合いなんてないのです*2

[補足]以前、「縦のものを横にされてしまうと辛い」と書いたことがあるので、誤解されないように補足しておくと、これは「横のものも縦のものも、なんでも横にされてしまうと辛い」です。つまり、2次元のトポロジー/レイアウトの情報を潰されるとデコードが大変すぎて辛いってことです。縦を横に、横を縦にされるのも嬉しくはないですが、まーしょうがないです。

縦横上下左右の変更には対応せざるを得ないので、対応力をトレーニングしましょう。

[/補足]

この記事で使うルールは、バートレットとは少し違うのでまとめておきます。

  1. テキスト記法は図式順記法として演算子記号は「関手と自然変換の計算に出てくる演算子記号とか // 今後使う予定の演算子記号」に従う。
  2. 紙面の横方向は直積の方向として、左から右に見る。つまり、Fの右横にGが書いてあったら、F×G と解釈する。
  3. 紙面の縦方向は横結合の方向として、上から下に見る。つまり、Fの下にGが書いてあったら、F*G と解釈する。(縦方向が横結合ですよ!

もうひとつバートレットの注意を引用しておきます。

it will usually just be drawn flat in the page (but the three-dimensional picture should be kept in mind),


図は、ページにフラットに描かれるが、3次元的な絵を心に持ち続けるべきである。

ラックス・モノイド関手の素材

まず、記号の乱用と省略の話。いつのように、C = (C, \otimes, I) のような記号の乱用をします。C, D が2つのモノイド圏のとき、それぞれのモノイド積/単位対象は別物なので、C = (C, \otimesC, IC), D = (D, \otimesD, ID) と書くべきでしょうが、どれも \otimes, I と書くことがあります。二項演算子記号 '\otimes' を関手記号にするときは、Haskell風の '(\otimes)' (丸括弧で包む)を使うことがありますが、丸括弧を付けることさえ横着して、\otimes:C×CC のように書くかも知れません。だいぶモノグサするのでご注意ください。

我々が扱うモノイド圏は小さいものに限定しましょう。モノイド圏達が定義される環境・世界は、小さい圏の2-圏Catです。単に関手といえば、Catの射のことで、単に自然変換といえばCatの2-射のことです。モノイド圏、モノイド関手、モノイド自然変換は、Catの 0, 1, 2-射を組み合わせて作る構造物です。

C, D はモノイド圏として、関手 F:CD が厳密モノイド関手だとは、次の可換性が成り立つことです。

\require{AMScd}
\newcommand{\hyph}{\mbox{-}}%
\newcommand{\cat}[1]{{\mathcal {#1}}}%
\newcommand{\incat}{\:\: \mbox{in}\:}%
\newcommand{\NE}{\nearrow\!\!\!\nearrow} %
\newcommand{\NW}{\nwarrow\!\!\!\nwarrow} %
\newcommand{\SE}{\searrow\!\!\!\searrow} %
\newcommand{\SW}{\swarrow\!\!\!\swarrow} %
\newcommand{\For}{\mbox{For}\:\:} %
\newcommand{\Comm}{\mbox{commutative}} %
%
\begin{CD}
\cat{C}\times\cat{C} @>{F\times F}>> \cat{D}\times\cat{D}  \\
@V{\otimes_\cat{C}}VV                 @VV{\otimes_\cat{D}}V \\
\cat{C}              @>{F}>>          \cat{D}
\end{CD}\\
\Comm \incat {\bf Cat}

可換図式とペースティング図」で述べたように、図式の可換性を'eq'でマークすると:


\begin{CD}
\cat{C}\times\cat{C} @=      {}    @>{F\times F}>> \cat{D}\times\cat{D}  \\
@V{\otimes_\cat{C}}VV        @.{\SW eq}             @VV{\otimes_\cat{D}}V \\
\cat{C}              @>{F}>> {}    @=               \cat{D}
\end{CD}\\
\incat {\bf Cat}

'eq' は等号なので、上のペースティング図は (F×F);\otimes = \otimes;F を意味します。A, B∈|C| を取って成分表示すれば:

  • F(A)\otimesF(B) = F(A\otimesB) on |D|

'eq' を等号(恒等自然変換)とは限らない自然変換 μ に置き換えると:


\begin{CD}
\cat{C}\times\cat{C} @=      {}    @>{F\times F}>> \cat{D}\times\cat{D}  \\
@V{\otimes_\cat{C}}VV        @.{\SW \mu}             @VV{\otimes_\cat{D}}V \\
\cat{C}              @>{F}>> {}    @=               \cat{D}
\end{CD}\\
\incat {\bf Cat}

この μ がモノイド関手の乗法です。

F:CD が単位対象を厳密に保存することは、次の等式で書けます。

  • F(I) = I on |D|

これは、次の可換図式としても表現できます。


\begin{CD}
☆ @>{(I_\cat{C})^\sim}>> \cat{C} \\
@|                        @VV{F}V \\
☆ @>{(I_\cat{D})^\sim}>> \cat{D} \\
\end{CD}\\
\Comm \incat {\bf Cat}

ここで:

  • ☆は、単一の対象と恒等射だけを持つ自明圏
  • 対象 A∈|C| に対して、A~:☆→C は、Aをポイントするポインティング関手

(IC)~ = (ID)~ は、F(I) = I と同じことです(IC = I, ID = I と略記)。

等式(恒等自然変換)を自然変換 η に置き換えると:


\begin{CD}
☆ @=                     {}  @>{(I_\cat{C})^\sim}>> \cat{C} \\
@|                        @.{\NE\eta}                @VV{F}V \\
☆ @>{(I_\cat{D})^\sim}>> {} @=                      \cat{D} \\
\end{CD}\\
\incat {\bf Cat}

以上に述べた、μ, η がラックス・モノイド関手(一種の代数系)の素材です。

  • μ :: (F×F)*\otimes\otimes*F : C×CD in Cat
  • η :: I~ ⇒ I~*F : ☆→D in Cat

これらをストリング図書き換えで描けば:

既に注意したように、横方向が直積(記号'×')、縦方向が横結合(記号'*')です。☆を表すワイヤーは点線にします。

簡略貸して描いたストライプ図書き換えは次のようになります。


  • 関手 F はラベルなしの白丸で略記。
  • モノイド積・二項関手 \otimes はラベルなしの黒丸で略記。
  • 単位対象のポインティング関手 I~ は黒三角で略記。

書き換え(実体は自然変換)μ, η をストライプ図で描けば次のようになります。

ストリング図とストライプ図の関係は後でまた述べますが、ここで注意すべきは; ストリング図の点線は自明圏☆を表しますが、ストライプ図の点線は単位対象のポインティング関手 I~ を表していることです。ストリング図の黒三角がストライプ図の点線です

関手 F、自然変換 μ, η はあくまで素材〈ingredient | constituent〉なので、これらがラックス・モノイド関手になるための条件〈法則 | 公理〉が別にあります。

ラックス・モノイド関手の結合律と単位律

ラックス・モノイド関手の結合律と単位律は、次の記事で(ストライプ図を使って)書いています。

ストライプ図の利用例は:

法則の記述法としては、次の記事も参考になるかも知れません。

上記記事内で、マックレーンの五角形を次のように描きました。これもストリング図書き換えによる描画です。

同じ描画法で、ラックス・モノイド関手の結合律と左単位律を描いてみると次のようになります。右単位律は左単位律と同様なので省略。


タイト・モノイド関手、反ラックス・モノイド関手のときも使えるように、書き換え(自然変換)の方向は書いてません。一群のストリング図達が書き換えによって相互に繋がれている状況です。

特定のストリング図を指定するために、「結合律・下段2番」のように呼ぶことにします。上段・下段とも、左から右に便号をふることにします。

結合律は8つのストリング図のあいだの書き換えですが、「上段3番←→上段4番」、「下段3番←→下段4番」の書き換え(交替律による)は省略していいかも知れません。逆に、丁寧に書けばストリング図はもっと増えます。「上段1番←→下段1番」、「上段4番←→下段4番」では、(C×CC \cong C×(C×C) (直積の結合律同型)を使っているので、これを明示するとストリング図は10個になります。単位律の場合も、記述の丁寧さでストリング図の個数は変わります。

これらのストリング図書き換えがそれぞれ結合律、左単位律という等式を表しています。等式と解釈するためには左辺と右辺が必要です。そのためには、書き換えのスタートとゴールを決めて、スタートからゴールに至る2つの書き換えパスを左辺と右辺にします。

例えば、結合律に関する2つの書き換えパスは:

  1. 下段4番 → 上段4番 → 上段3番 → 上段2番 → 上段1番
  2. 下段4番 → 下段3番 → 下段2番 → 下段1番 → 上段1番

左単位律に関する2つの書き換えパスは:

  1. 上段3番 → 上段2番 → 上段1番 → 下段1番
  2. 上段3番 = 下段3番 → 下段2番 → 下段1番

書き換えは自然変換で、書き換えの順次実行は自然変換の縦結合になるので、自然変換に関する等式が得られます。

絵をテキストで表現することは、記述と計算の観点からは意味ありませんが(絵で記述・計算すればよい)、異なる言語(絵図言語とテキスト言語)のあいだの翻訳としては意味があります。「下段4番 → 上段4番」という書き換えだけテキスト化してみましょう。

まず、書き換えの方向は下から上だとしてレイアウトをそのまま写し取ると:


\begin{CD}
\begin{matrix}
F\times\ F\times F \\
Id_{\cat{D}}  \times (\otimes_\cat{D}) \\
(\otimes_\cat{D})
\end{matrix} \\
@AA{\begin{matrix}ID_{F\times\ F\times F} \\ \alpha^\cat{D} \end{matrix}}A \\
\begin{matrix}
F\times\ F\times F \\
(\otimes_\cat{D}) \times Id_{\cat{D}} \\
(\otimes_\cat{D})
\end{matrix}
\end{CD}

ここで、

  • (F×F)×F と F×(F×F) の区別をせずに F×F×F と書いてます。
  • Id は恒等関手
  • ID は恒等自然変換
  • αD は、モノイド圏Dの結合律子 αD::(\otimes×Id)*\otimes⇒(Id×\otimes)*\otimes

次に、縦方向のスタックは上から下への横結合なので、横結合記号'*'を挟んで横向きに書いて、矢印の方向は左から右へと変更します。


\begin{CD}
(F\times\ F\times F) * ( (\otimes_\cat{D}) \times Id_{\cat{D}} ) * (\otimes_\cat{D})
@>{ID_{F\times\ F\times F}\, *\, \alpha^\cat{D}}>>
(F\times\ F\times F) * (Id_{\cat{D}}  \times (\otimes_\cat{D}) ) * (\otimes_\cat{D})
\end{CD}

反図式順記法なら、横結合記号を変えて左右を入れ替えます。


\begin{CD}
(\otimes_\cat{D}) \cdot ( (\otimes_\cat{D}) \times Id_{\cat{D}} ) \cdot (F\times\ F\times F)
@>{\alpha^\cat{D}\, \cdot\,ID_{F\times\ F\times F}}>>
(\otimes_\cat{D}) \cdot (Id_{\cat{D}}  \times (\otimes_\cat{D}) ) \cdot (F\times\ F\times F)
\end{CD}

書き換えごとに矢印を1本作って、それらを適当な多角形にレイアウトした可換図式を作れます。その可換図式をさらにテキスト化してもいいですが、僕はやる気になれません。

他の表現方法として、等式の左辺・右辺をそれぞれペースティング図にして、ベースティング図の等式とすることもできます。ペースティング図の等式の例は「可換図式とペースティング図」にあります。

いずれにしても、絵をテキスト化するのは労力がかかります。それで僕が疲労困憊した記録が次の記事にあります。

ストリング図とストライプ図

ここから先は付録です。今までの話とは独立に読めます。関手と自然変換を表すストリング図とストライプ図の関係を見ていきます。ストリング図については、「圏論の随伴をちゃんと抑えよう: お絵描き完全解説」の第3節(「図式順記法と混合記法」)まで読めば十分です。

F:CD を関手とします。A∈|C| に対して、ポインティング関手〈ポインター関手〉 A~:☆→C が決まります。ここで、☆は単一の対象と恒等射だけを持つ自明圏〈単位圏 | 終圏〉です。関手の図式順結合(横結合とみる)を'*'で表すと:

  • A~*F = F(A)

A~:☆→C を A∈|C| と同一視して単に A と書くことがあります。

今の状況は、次の図の上段のように書けます。上段のストリング図の次元を1次元上げて、圏を部屋(3次元)、関手を壁(2次元)で描くと下段のようになります。

壁Aに一本の線を描いて、壁Fに短冊状の窓を付けます。窓は色付き半透明として、部屋Dにいる人が窓から線を眺めた絵がストライプ図です。

自然変換 α::F⇒G:CD がある場合も同じように考えて、αの成分表示 αA:F(A)→G(A) in D のストライプ図が得られます。

ストリング図における横結合、例えば A*α*H は、ストライプ図では入れ子になります。α*H(これは自然変換と関手の横結合=α*IDH)のA成分を、部屋Eから眺めた図が下段のストライプ図です。

ストライプ図は横結合に奥行き方向(横断方向)を使うので、横方向は余っています。なので、横方向は直積の方向として使うことにします。(F×F’)*H の (A, B)成分は次のように書きます。

この状況を、再びストライプ図で描いてみます。下の左側のストリング図では、圏がワイヤー(1次元)、関手がノード(0次元)です。縦方向が横結合方向で、横方向は直積方向です。一方、右側のストリング図は、圏が領域(2次元)、関手が線(1次元)、横方向が横結合方向で縦方向が直積方向です。

上の右側のストリング図の次元を上げて、圏を部屋(3次元)、関手を壁(2次元)にします。先程と同じように、赤い線を描き短冊状の半透明窓を作ると、部屋Eから見た眺めとしてストライプ図が再現します。このストライプ図の横方向は直積方向になります。

関連する話題が次の記事にあります。

必要に応じて、縦横上下左右も次元も変更しながら、色々な観点から描画しましょう。

*1:似てる理由を一言でいえば、どれも 3-圏のホム2-圏 BICATlax(K, L) で記述できるからです。関連すること(ヒント)は、「モナド、双圏、変換手」にあります。

*2:縦横ではなくて、左右の選択もまったく根拠がないので覚えられない、という話は「ガーッ! また左と右が。カン拡張

あれ、chimairaサーバーが落ちている

このブログの画像を提供している chimaira.org のサーバーが落ちてますね。僕のチョンボのせいですが、いつ復旧するかはわかんない。

以前もこういうことがあって、ひょっとして一時的にimgurを使うかも知れません。

[追記]imgurは、以前は単なる画像置き場に使えたけど、今はSNSっぽくなって、imgurに誘導する埋め込み画像しか使えないみたい。無料画像ストレージじゃ厳しいだろうから、そりゃそうだろうね。

今日の記事だけ、一時的にimgurの埋め込みにしてみます。
[/追記]
[さらに追記 date="Mon Feb 17 18:48:33 2020"]復旧しました。[/さらに追記]

ガーッ! また左と右が。カン拡張

以前、「カン拡張における上下左右: 入門の前に整理すべきこと」というけっこう長い記事を書いたにもかかわらず、 -- にもかかわらずですね、カン拡張の左と右の定義を忘れた。どっちが左でどっちが右か分からなくなった。ハァ(ため息)。

カン拡張の左と右って、「根拠なき選択」なんですよね。左(resp. 右)カン拡張を「左」(resp. 「右」)と呼ぶべき必然性はどこにもないから覚えられないのです。必然性なき選択ですわ。

となると、なんかにコジツケて覚えるしかないです。コジツケ方の話をします。

内容:

左カン拡張と右カン拡張

最初に、「カン拡張における上下左右: 入門の前に整理すべきこと」に載せていた、拡張/持ち上げの状況を表すストリング図を再掲。黒が与えられた圏・関手で、赤が拡張/持ち上げとなる関手・自然変換です。

同じことをペースティング図でも書いておけば:

最近使い始めた、MathJaxで描く貧相なペースティング図なら:

\require{AMScd}
\newcommand{\hyph}{\mbox{-}}%
\newcommand{\cat}[1]{{\mathcal {#1}}}%
\newcommand{\incat}{\:\: \mbox{in}\:}%
\newcommand{\NE}{\nearrow\!\!\!\nearrow} %
\newcommand{\NW}{\nwarrow\!\!\!\nwarrow} %
\newcommand{\SE}{\searrow\!\!\!\searrow} %
\newcommand{\SW}{\swarrow\!\!\!\swarrow} %
%
\begin{CD}
\cat{D} @>{G}>> {}  @=       \cat{E} \\
@A{K}AA        @.{\NW\alpha} @|      \\
\cat{C}@=      {}   @>>{F}>  \cat{E} \\
\end{CD} \\
\:\\
\begin{CD}
\cat{D} @>{G}>> {}  @=       \cat{E} \\
@A{K}AA        @.{\SE\alpha} @|      \\
\cat{C}@=      {}   @>>{F}>  \cat{E} \\
\end{CD} \\
\:\\
\begin{CD}
\cat{E} @=   {}  @>{G}>>      \cat{C} \\
@|              @.{\NE\alpha} @VV{K}V \\
\cat{E} @>{F}>> {}   @=       \cat{D} \\
\end{CD} \\
\:\\
\begin{CD}
\cat{E} @=   {}  @>{G}>>      \cat{C} \\
@|              @.{\SW\alpha} @VV{K}V \\
\cat{E} @>{F}>> {}   @=       \cat{D} \\
\end{CD} \\

以上は、カンとは限らない一般的な拡張/持ち上げの状況です。持ち上げはあまり使わないので、以下では拡張だけ扱います。

関手のあいだの自然変換が存在することを不等号'≦'で略記することにします。

  • F ≦ G :⇔ (FからGに向かう自然変換が在る)

この記法で、Gが、Kに沿ったFの左拡張であることは F ≦ K*G と書けます。ここで、'*'は関手の図式順結合記号です。左拡張Lが、この不等号に関する“最小性”を持つことは次のように書けます。

  • F ≦ K*G ならば、L ≦ G

これは、Lが左拡張のなかでは最小であることを主張しています。Lが左カン拡張である条件がこれです。同様な書き方で、

  • K*G ≦ F ならば、G ≦ R

これは「Rが右拡張のなかで最大である」こと -- 右カン拡張の条件です。

不等号で書いてみると、左拡張を優拡張、右拡張を劣拡張と呼びたくなります。(「順序集合のカン拡張と特徴述語論理」でそう呼んでます。)

  • 優拡張のなかで最小のもの(最小優拡張)が、カン優拡張
  • 劣拡張のなかで最大のもの(最大劣拡張)が、カン劣拡張

とかなら、まだしも覚えやすかったのだけど、実際は何の連想も働かない左と右、どうコジツケましょうか?

随伴の左右と結びつける

随伴の左右と結びつけることにします。随伴に関しては、左右の定義を覚えてます(僕は)。これもコジツケで覚えてるのですが、今日はそのコジツケの話はしないで、ともかくも「随伴の左右は知ってるよ」を前提します*1

Lが、Kに沿ったFの左カン拡張(最小優拡張)であることを次のように書きましょう。

   F ≦ K*G in [C, E]
 -----------------------↓↑
   L ≦ G in [D, E]

この意味は:

  1. 不等号 ≦ は、既に説明したとおりです。
  2. [C, E] と [D, E] は関手圏です。
  3. 右端の ↓↑ は、上から下、下から上の両方向の推論が出来ることです。
  4. つまり、不等号の根拠となる自然変換のあいだに1:1の対応があります。

これをホムセットの同型として書けば:

  • [C, E](F, K*G) \cong [D, E](L, G)

Lが、Kを固定した上でFから決まるとすれば、L = LK(F) と書けます。

  • [C, E](F, K*G) \cong [D, E](LK(F), G)

関手Kによる前結合引き戻しを K*:[D, E]→[C, E] とすると、上のホムセット同型は、次の随伴関係を示唆します。

  • LK -| K*

実際に、LKとK*は随伴で、LKが随伴系の左関手になります。

オオーッ、左と左が一致した! 次のように覚えましょう。

  • 前結合引き戻し関手K*随伴関手が、カン拡張関手である。

同様に、

  • 前結合引き戻し関手K*随伴関手が、カン拡張関手である。

これで覚えられるのかなぁ?

*1:随伴に関しては、「圏論の随伴をちゃんと抑えよう」参照。

可換図式とペースティング図

昨日の記事「はてなブログで貧相なペースティング図」に書いたやり方で、不格好ながらもなんとかペースティング図を描けるようになりました。そこで、通常の図式(1次元の図式)とペースティング図(2次元の図式)の可換性について考えてみます。(可換図式の基本的なことは「圏論図式の描き方と解釈のコツ」参照。)

まずは可換図式の例を挙げます。

\require{AMScd}
\newcommand{\hyph}{\mbox{-}}%
\newcommand{\cat}[1]{{\mathcal {#1}}}%
\newcommand{\incat}{\:\: \mbox{in}\:}%
\newcommand{\SW}{\swarrow\!\!\!\swarrow} %
%
\begin{CD}
A      @>{f}>>  C \\
@V{h}VV         @VV{k}V \\
B      @>{g}>>  D \\
\end{CD}\\
\mbox{commutative}\incat \cat{C}

これは、次の等式と同じことです。

  • f;k = h;g : A→D in C

Cが2次元の圏ならば、次のペースティング図が意味を持ちます。


\begin{CD}
A       @=   {}    @>{f}>>  C \\
@V{h}VV      @.{\alpha\SW}  @VV{k}V \\
B       @=   {}    @>{g}>>  D \\
\end{CD}\\
\incat \cat{C}

これは、次のような、2-射 α の宣言と同じことです。

  • α:: f;k ⇒ h;g : A→D in C

等式と2-射の宣言を見比べれば、同じ形式だとわかるでしょう。実際、等式は特殊な2-射の宣言とみなせます。「等しい」ことを表す2-射を eq と書けば、最初の等式は次のように書いてもかまいません。

  • eq:: f;k ⇒ h;g : A→D in C

これをペースティング図で描けば:


\begin{CD}
A       @=   {}    @>{f}>>  C \\
@V{h}VV      @.{eq\SW}  @VV{k}V \\
B       @=   {}    @>{g}>>  D \\
\end{CD}\\
\incat \cat{C}

つまり、可換図式は特殊なペースティング図なのです。一般に次のことが言えます。

  1. ペースティング図は、2-射を宣言または定義する。
  2. 可換図式は、「等しい」を意味する2-射 eq を宣言または定義する。
  3. 射に関する(幾つかの)等式はペースティング図で表現できる。

さてところで、ペースティング図の等式というものがあります。


図の出典はそれぞれ:


2つのペースティング図を S, T とすると、ペースティング図の等式は S = T という形です。「等式はペースティング図で表現できる」という原則を適用すると、ペースティング図の等式もペースティング図で表現できるはずです。ただし、高次元のペースティング図になります。

通常の可換図式が、辺達の等式を表す可換多角形を持つのに対して、高次元の可換図式は、面達の等式を表す可換多面体を持つことになります。多面体の集まり(3次元図形)をリアルに描くのは手間なので、高次元の可換図式はあまり見かけません。たいていは、ペースティング図の等式で済ませています。

立体的に描く代わりに、次のような描画法もあります。


これは1-射(通常の射)を省略して、2-射達のあいだをつなぐ3-射と、3-射達のあいだをつなぐ4-射を描いています。立体的に描く代わりに、矢印の“太さ”で次元を表すことにより平面内に収めています。

一般的に言えば; n-射の組み合わせのあいだの等式は、(n + 1)-射の特別なものになり、(n + 1)次元の“多面体”に'eq'とマークされた“可換多面体”で表現されます。

はてなブログで貧相なペースティング図

内容:

幾つかの事例

MathJaxで可換図式」で述べたように、はてなブログでは、四角いレイアウトの可換図式しか描けません(素晴らしい描画能力を持つXyJaxは使えないので)。マックレーンの五角形も、五角形にはレイアウト出来なくて四角にするしかないです。

\require{AMScd}
\begin{CD}
( (A\otimes B)\otimes C)\otimes D  @>\alpha_{A\otimes B,C,D}>>  (A\otimes B) \otimes (C\otimes D) \\
@|                                                              @VV \alpha_{A,B,C\otimes D} V \\
{}                                 @.                           A\otimes (B \otimes (C\otimes D) ) \\
@V \alpha_{A,B,C}\otimes \mbox{id}_D VV                         @AA {\mbox{id}_A\otimes \alpha_{B,C,D}} A \\
(A \otimes (B \otimes C))\otimes D @>\alpha_{A,B\otimes C,D}>>  A\otimes ( (B\otimes C)\otimes D)
\end{CD}

ペースティング図もサポートしてません。ペースティング図とは、アロー(1-射)が作る多角形の内部に2-射を描く図式です。例えば、「モナド、双圏、変換手 // 図式の描き方」で言及したエイドリアン・トシャー・ミランダの論文からペースティング図を引用しましょう。

これを、非力な MathJax AMScd でなんとか描いてみます。(TeXソースは後の節にあります。)


\begin{CD}
F(x)       @=        {}  @>{S_x}>>                              F'(x) \\
@V{F(g\ast f)}VV     @.{\sigma_{g\ast f}\swarrow\!\!\!\swarrow} @VV{F'(g\ast f)}V \\
F(z)       @>>{S_z}> {} @=                                      F'(z)
\end{CD}\\

ウーン、だいぶ貧相だけどこんなもんかな。四角のちょうど真ん中にテキストを書くことが出来ないんですよ、辛い。

次は丸っこいペースティング図。

これも四角なレイアウトで。


\begin{CD}
F(x)       @=        {} @>{Ff}>>                F(y) \\
@|                   @.{\upuparrows F(\rho_f)}  @| \\
F(x)       @=        {} @>>{F(f\ast I_x)}>      F(y)
\end{CD}\\

だいぶ印象が違うなー。しょうがないか(泣)。

そして、入れ子がある丸っこいヤツ。

どうすりゃいいんだ? コレ。


\begin{CD}
F(x) @= {} @=                       {}      @>{Ff}>>                F(y) \\
@|      @.                          @.{\upuparrows \rho'_{Ff}}      @|   \\
F(x) @= {} @>{I'_{F(x)}}>>          F(x)    @>{Ff}>>                F(y) \\
@|      @.{\downdownarrows \iota_x} @|                              @|   \\
F(x) @= {} @>{FI_x}>>               F(x)    @>{Ff}>>                F(y) \\
@|      @.                          @.{\downdownarrows \mu_{f,I_x}} @|   \\
F(x) @= {} @=                       {}      @>>{F(f\ast I_x)}>      F(y) \\
\end{CD}

くっ、苦しい。イコールやたら多くなっちゃうし。ギリギリ読めなくもない、というレベルかな。それでも、けっこうな手間かかってます、ハァ。

描き方のルール

四角いレイアウトしか出来ないので、イコールが多用されることになります。例えば、f;g = h を表す可換図式が、

\begin{CD}
A @>{f}>> B \\
@|        @VV{g}V \\
A @>>{h}> C
\end{CD}
あるいは、

\begin{CD}
A @>{f}>> B  @>{g}>> C \\
@|        @.         @| \\
A @=      A  @>>{h}> C
\end{CD}
のようになります。同じ頂点ラベルを繰り返すのは煩雑なので、省略していいとします。


\begin{CD}
A  @>{f}>> B \\
@|        @VV{g}V \\
{} @>>{h}> C
\end{CD} \\
\;\\
\begin{CD}
A  @>{f}>> B  @>{g}>> C \\
@|         @.         @| \\
{} @=      {}  @>>{h}> {}
\end{CD}

空白になっている部分は容易に推測可能でしょう。

2-射を表す矢印は、“二重線の矢印”(例:⇒)の代わりに“並べた2本の矢印”(例:\rightrightarrows)を使います。これは、描画機能の制約から致し方なく代替表現にしています。

TeXソースとマクロ

% 最初のペースティング図
\begin{CD}
F(x)       @=        {}  @>{S_x}>>                              F'(x) \\
@V{F(g\ast f)}VV     @.{\sigma_{g\ast f}\swarrow\!\!\!\swarrow} @VV{F'(g\ast f)}V \\
F(z)       @>>{S_z}> {} @=                                      F'(z)
\end{CD}\\

% 丸っこいペースティング図
\begin{CD}
F(x)       @=        {} @>{Ff}>>                F(y) \\
@|                   @.{\upuparrows F(\rho_f)}  @| \\
F(x)       @=        {} @>>{F(f\ast I_x)}>      F(y)
\end{CD}\\

% 入れ子がある丸っこいヤツ
\begin{CD}
F(x) @= {} @=                       {}      @>{Ff}>>                F(y) \\
@|      @.                          @.{\upuparrows \rho'_{Ff}}      @|   \\
F(x) @= {} @>{I'_{F(x)}}>>          F(x)    @>{Ff}>>                F(y) \\
@|      @.{\downdownarrows \iota_x} @|                              @|   \\
F(x) @= {} @>{FI_x}>>               F(x)    @>{Ff}>>                F(y) \\
@|      @.                          @.{\downdownarrows \mu_{f,I_x}} @|   \\
F(x) @= {} @=                       {}      @>>{F(f\ast I_x)}>      F(y) \\
\end{CD}

2-射を表すために、'⇒'の方向を変えた印、合計8方向が使われます。二本の'→'を並べる代替表現をマクロ(ユーザー定義のコマンド)にしておくと良さそうです。マクロの名前は東西南北の略号です。

\newcommand{\N}{\upuparrows} %
\newcommand{\S}{\downdownarrows} %
\newcommand{\E}{\rightrightarrows} %
\newcommand{\W}{\leftleftarrows} %
\newcommand{\NE}{\nearrow\!\!\!\nearrow} %
\newcommand{\NW}{\nwarrow\!\!\!\nwarrow} %
\newcommand{\SE}{\searrow\!\!\!\searrow} %
\newcommand{\SW}{\swarrow\!\!\!\swarrow} %
%
N: \N\; S: \S\; E: \E\; W: \W\; \\
NE: \NE\; NW: \NW\; SE: \SE\; SW: \SW\;

表示:


\newcommand{\N}{\upuparrows} %
\newcommand{\S}{\downdownarrows} %
\newcommand{\E}{\rightrightarrows} %
\newcommand{\W}{\leftleftarrows} %
\newcommand{\NE}{\nearrow\!\!\!\nearrow} %
\newcommand{\NW}{\nwarrow\!\!\!\nwarrow} %
\newcommand{\SE}{\searrow\!\!\!\searrow} %
\newcommand{\SW}{\swarrow\!\!\!\swarrow} %
%
N: \N\; S: \S\; E: \E\; W: \W\; \\
NE: \NE\; NW: \NW\; SE: \SE\; SW: \SW\;

根拠なき選択

谷村省吾先生(TANIMURA Shogo (@tani6s) | Twitter)が少し前のツイートのなかで、『〈現実〉とは何か―数学・哲学から始まる世界像の転換』という本を紹介なさっていました。

〈現実〉とは何か (筑摩選書)

〈現実〉とは何か (筑摩選書)

僕はこの本を読んだことはないし、今後も読まないでしょう(ごめんなさい)。が、とても気になった言葉があります。

https://twitter.com/tani6s/status/1220706787877257217

とくにこの本で強調されている「非規準的選択」という概念はよかったと思います。何かを述べるために特定の基準や特定の記述様式を選ばないといけないけれども、じつは選んだ基準や記述様式には依らないことを言いたかった、そういう選択のことを指しています。

非規準的選択」 -- これです。何かを述べるための基準として、恣意的でもイイカゲンでも何でもいいからトニカク選んだ、というやつ。あるある。ものすごくあるある。あるあるなのに、適切な言葉がなくて困っていたんですわ*1

これはいいな、と、「非規準的選択」「非標準的選択」を、口頭で使ってみたのですが、耳慣れない言葉なので、意味が伝わりにくいですね。「皆んな、使ってみて」とプロモーション活動をするのもアリですが、当座の策として、「根拠なき選択」にしてみました。印象は強くなるけど、品がなくなりますね。僕が使うぶんには、品がなくてもいいや。

根拠なき選択の一例を挙げましょう; 平面内の回転の向きは時計回りと反時計回りがあります。どちらかを正の向きだと決めたいとき、その選択に根拠はありません*2。が、「反時計回りを正の向きにする」と既に(根拠なく)選択・決定されています*3

平面といえば、平面の座標軸はお馴染みですよね。二本の軸を縦(鉛直方向)と横(水平方向)に取るのは前提だとして、どちらを第一軸とするかは根拠なき選択です。我々は横軸を第一軸だと(根拠なく)選択しています。横軸の正方向を左右どっちにするかも、その選択に根拠などありません。が、我々は(根拠なく)右向きを正方向に選んでいます。横軸を何と呼ぶかに根拠などありません。が、我々は(根拠なく)「x-軸」と呼んでいます。根拠なき選択のオンパレードです。

一度根拠なく選択されると、我々はそれを前例・習慣・伝統として守ります。前例・習慣・伝統を守るのはまーいい(あえて逆らう理由もない)のですが、その前例・習慣・伝統が、根拠がない恣意的・偶発的な選択・決定によるものだ、という事実を忘れがちなんです。神様が決めた絶対的なルール、あるいは自然の摂理のように思い込んでしまう人がいます。

こういう思い込みがなぜマズイのかと言うと、「根拠なく選択したのだから変えてもいい」という発想を邪魔するからです。根拠なき選択は、なんの必然性もないので変えてもいい、いやっ、むしろ変えるべき -- 変更・変換の自由さを持つものです。根拠なき選択を絶対視してしまうと、それを変更・変換したときに、違和感・困惑・抵抗感が生じます。これがマズイ。

マズイのだけど、僕の乏しい経験で言えば、変更・変換を拒否する心理は一般的みたい。根拠があろうがなかろうが、一度選択した基準を変更・変換するのは、皆んな本能的(?)に嫌うんじゃないのかな。変えない/変わらないことは、安心感をもたらすから、かも(よく知らんけど)。

非規準的な繋がりを規準的(系統的、必然的、根拠あり)と思い込みたい心理として思い浮かぶ一例は、「双対ベクトル空間」。有限次元ベクトル空間 V と、その双対ベクトル空間 V* = {f:V→R | fは線形} は、別なベクトル空間です。非規準的には同型だけど、規準的(系統的、必然的、根拠あり)に同型ではありません。同一視不可能です。でも、同一視したがる人はいます(僕の乏しい経験で言えば、です)。

もとのベクトル空間 V に内積があれば規準的同型になるので、V と V* を同一視したい心理とは、「すべてのベクトル空間に内積が決まっている」と考えたい心理です。もっと強い要望・要請は、「すべてのベクトル空間に基底が決まっている」。確かに、すべてのベクトル空間に基底と内積が決まっている*4なら、事情は単純であり、安寧な世界を保てるでしょう。しかしそれは、世界を矮小化して*5得られた安寧です。

V と V* の同型は非規準的ですが、V とその二重双対空間 V** との同型は規準的です。となると、何が規準的で、何が非規準的かが問題になります。これは難しいですね。線形代数の話ならば、関手や自然変換を使って規準性を(ある程度は)定義できますが、一般論になると(僕は)よく分かりません。でもそれにしても、明らかな根拠なき選択(非規準的選択)は数多〈あまた〉あります。そんな根拠なき選択は、変えてもいいんだよ、変えてみそ。

*1:「あるある」とか言って、本読んでないから「非規準的選択」の意味が実はズレていた、とかだと恥ずかしいですけどね。[追記]ズレてはなかったみたい、https://twitter.com/tani6s/status/1228888451858067460[/追記]

*2:ここでは、歴史的経緯とか、選択・決定のときのエピソードとかは根拠とみなしません。根拠とは、なんらかの条件のもとでの一意性定理です。一意性は、up-to-isomorphism, up-to-equivalence でもかまいませんが、isomorphism class、equivalece class からの代表の選択はまた根拠なき選択になるでしょう。

*3:その選択は、平面に向き〈orientation〉という構造を追加しています。単なる平面が、恣意的かつ強制的に向き付けられた平面にされています。

*4:そして基底は、都合のよい正規直交基底ですね、トーゼンながら。

*5:「過度に単純化〈over-simplify〉して」と言ってもいいでしょう。単純化は、何かを削ぎ落とすことだけではなくて、余分な構造や条件を恣意的に付け加えることもあります。