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参照用 記事

もっとちゃんと微分、デザインパターンを使って

※この記事は、MathJax / XyJax 使いまくりで長いので、(クライアント側に負担がかかる)重いページです。この機会に書いておこうと色々詰め込んであり、ハナシが前後している箇所(良く言えばトップダウン的記述)もあります。記述の順番を整理する気力はないので、そのままで投稿します。

多様体のあいだの写像の微分」で、間違いや書き忘れがあって修正しました。修正箇所は薄いピンクでマークしているので、僕が何をやらかしたかもトレースできると思います。加群の係数環〈スカラー環〉の扱いが杜撰〈ずさん〉過ぎたのです。

当該過去記事から引用:

スカラー倍の計算をしてなかったのでさほどの影響はないですが、別記事で、係数〈スカラー〉の拡張と制限、スカラー倍の変換公式は話題にしないとマズい気はしてます。

マズいですね。それと:

今日は、大域セクションの微分だけを扱います。局所セクションの微分では、層/前層の議論が出てきて面倒になるからです。


大域セクションだけでは不十分で局所セクションも考慮する必要があります。これらの不満・要望から、加群層での定式化が出てきます。

やっぱり局所セクションも扱わないとダメです。加群層をちゃんと使って、係数環層によるスカラー倍について(ある程度は)ちゃんと書くことにします。僕にとって、(現時点において)一番納得感がある「写像微分」の定義を紹介します。ただし、個別の詳細には立ち入りません。全体の大枠を見ていくことにします。

表題にある「デザインパターン」(ソフトウェア開発の用語)については、「加群層とデザインパターン」以降に書いてあります。\require{color}%
\require{AMScd}%
\newcommand{\sh}[1]{ \mathcal{#1} }%
\newcommand{\T}{ \mathscr{T} }%
\newcommand{\D}{\mathscr{D}}%
\newcommand{\In}{\mbox{ in }}%
\newcommand{\hyp}{\mbox{-}}%
\newcommand{\Keyword}[1]{\textcolor{green}{#1} }%
\newcommand{\For}{\Keyword{ \mbox{For } } }%
\newcommand{\Define}{\Keyword{\mbox{Define } }}%
\newcommand{\Then}{\Keyword{\mbox{Then } } }%
\newcommand{\Assert}{\Keyword{ \mbox{Assert } } }%
\newcommand{\Let}{\Keyword{ \mbox{Let } } }%
\newcommand{\where}{ \Keyword{\mbox{ where } } }%
\newcommand{\vin}{ \style{display: inline-block; transform: rotate(-90deg)}{\in} }%
\newcommand{\veq}{ \style{display: inline-block; transform: rotate(-90deg)}{=} }%
\newcommand{\u}[1]{\underline{#1}}%
\newcommand{\wt}[1]{\widetilde{#1}}%
\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1} }%

内容:

記号と言葉の約束

多様体のあいだの写像の微分」と同じ約束を採用するので、当該記事の最初の2節を参照してください。

  1. 多様体のあいだの写像の微分 // 記号の約束
  2. 多様体のあいだの写像の微分 // 言葉・記号に関する注意

ベクトルバンドルE = (\u{E}, \wt{E}, \pi_E) のように書きます。この書き方については:

この記事で新しく導入する記法に \hat{\Gamma},\; \hat{C^\infty} があります。多様体に、それぞれ局所セクション/局所関数の集合(全体として層)を対応させる関手ですが、大域セクション/大域関数の場合と区別するためにハットを乗せます。従来の記法との関係は:


\For U\in Open(M), E\in |{\bf VectBdl}[M]|\\
\quad \hat{\Gamma}(E)(U) = \Gamma_M(U, E)\\
\quad \hat{C^\infty}(M)(U) = C^\infty_M(U)\\
\quad \Gamma_M(E) = \hat{\Gamma}(E)(M) \\
\quad C^\infty(M) = \hat{C^\infty}(M)(M) \\

ここで、Open(M) は、位相空間とみた多様体 M の開集合達の順序集合です(順序を射として、圏とみなすことがあります*1)。\hat{\Gamma},\; \hat{C^\infty} がどのような関手であるかは後述します。

多様体のあいだの写像の微分」で定義した \T にもハットを付ける約束を適用して、次のように定義します。


\For U\in Open(M)\\
\quad \hat{\T}(M)(U) := \T_M(U) = \Gamma_M(U, TM)

\hat{\T} M = \hat{\T}(M) は、M 上の \hat{ C^\infty }(M) 係数の加群層になります。「多様体のあいだの写像の微分」では、\T と別に微分の記号 \D を導入しましたが、微分は関手 \hat{\T} の射部分〈morphism part〉なので今回は同じ記号 \hat{\T} で済ませます

以下は、文字種・フォントに関する追加の約束です。

  1. 一般的な層は(TeXで言うところの)カリグラフィー体の大文字 \sh{X}, \sh{Y} などで表す。
  2. 環の層は \sh{R}, \sh{S} などで表す。
  3. 加群の層は \sh{A}, \sh{B} などで表す。
  4. 加群層のあいだの準同型射は大文字ギリシャ文字 \Phi: \sh{A} \to \sh{B} などで表す。
  5. 環層のあいだの準同型射は小文字ギリシャ文字 \rho: \sh{S} \to \sh{R} などで表す。

忘却関手(むしろ、構成素のセレクター関手)を明示しないために曖昧性や混乱が生じることがしばしばあるので、忘却関手の名前と記法を決めておきます。

  1. \sh{X} が載っている空間(この記事では多様体)をキャリア〈carrier | 担体〉と呼び、Carr(\sh{X}) = |\sh{X}| と書く。
  2. 加群\sh{A} の係数環層〈sheaf of coefficient rings〉を Coef(\sh{A}) = \wt{\sh{A}} と書く。
  3. 加群\sh{A} の台アーベル群層〈sheaf of underlying Abelian groups〉を  Ab(\sh{A}) = \u{\sh{A}} と書く。

キャリアは、台空間、底空間などとも呼ばれますが、用語のコンフリクトを避けるためにここでは「キャリア」を使います。

加群層の書き方 \sh{A}= (\u{\sh{A}}, \wt{\sh{A}}, \mu_{\sh{A}})\mu_{\sh{A}}スカラー倍)は、ベクトルバンドルの書き方  E = (\u{E}, \wt{E}, \pi_E) と対応するように決めています。

成り行きで決めた次の略記は今回も継続して使用します。略記の意味は後述します。

  1. \varphi^\flat[b] : 関数〈スカラー場〉(局所関数でもよい)の、写像 \varphi による引き戻し。\varphi^\flat は環層準同型射。
  2. \varphi^\sharp F = \varphi^\sharp(F) ベクトルバンドルの、写像 \varphi による引き戻し。\varphi^\sharp は関手。
  3. \varphi^{\sharp\sharp} \sh{B} = \varphi^{\sharp\sharp}(\sh{B}) 加群層の、写像 \varphi による引き戻し。\varphi^{\sharp\sharp} は関手。

概要

多様体のあいだの写像の微分」より:

微分 \varphi_* はなかなかに難しい概念だと思います。接写像 T\varphi と関係はしますが、もちろん接写像と同じではないし、素直な関手性を持つわけでもありません(込み入った関手性を持つ)。

この記事では、微分の「込み入った関手性」を説明します。局所関数/局所セクションまで考えると、写像微分微分した結果)は、加群層のあいだの加群層準同型射〈加群層射〉になります。単なる集合ではなくて層を扱う点で難しくなりますが、環層やアーベル群層じゃなくて加群層であることが話をややこしくしてします。

環やアーベル群のように、単一の集合を台〈underlying object〉とする代数系は単ソート代数〈single-sorted algebra〉と呼びます。ベクトル空間や加群は、係数域とアーベル群の2つの代数系の複合物で、複数の台を持ちます -- これは多ソート代数〈many-sorted algebra〉ですね。 ベクトル空間/加群の場合、スカラー倍〈スカラー乗法〉が2つの代数系の相互作用を規定しています。

加群層は、単ソート代数に比べて複雑な多ソート代数で、さらに、層〈集合層〉ベースの構造物として定義されています。二重に複雑化しているわけです。その複雑なメカニズムをできるだけハッキリさせたいと思います。

以下、次の圏が出てきます。

  1. {\bf Man}多様体と(なめらかな)写像の圏
  2. {\bf VectBundle}ベクトルバンドルとバンドル射の圏、「多様体のあいだの写像の微分」参照
  3. {\bf ModSheaf}加群層と加群層射の圏、後述。
  4. {\bf RngSheaf} : 環層〈可換環層〉と環層射の圏、後述。

微分関手(微分をおこなう操作)は、次の図式で定義されます。

 % 三角
\xymatrix {
  {\bf Man} \ar[d]^{T} \ar[dr]^{\hat{\T}}
  & {}
\\
  {\bf VectBundle} \ar[r]^{\hat{\Gamma} }
  & { {\bf ModSheaf} }
}\\
\mbox{commutative in }{\bf CAT}

つまり、微分関手 \hat{\T} は、接関手 T とセクション加群層を作る関手 \hat{\Gamma} のこの順での結合〈composition〉です。

ベクトルバンドルの圏 {\bf VectBundle} と、加群層の圏 {\bf ModSheaf} は、ファイバー付き圏〈fibred category〉の構造を持ちます。関手のペア (\hat{\Gamma}, \hat{C^\infty}) は、ファイバー付き圏のあいだの準同型関手〈デカルト関手 | cartesian functor〉になっています(下図)。

 % 四角
\xymatrix{
 {\bf VectBundle} \ar[r]^{\hat{\Gamma}} \ar[d]_{Base}
 & { {\bf ModSheaf} } \ar[d]^{Coef}
\\
 {\bf Man}         \ar[r]^{\hat{C^\infty} } &  { {\bf RngSheaf}^{op} }
}\\
\mbox{commutative in }{\bf CAT}\\


(\hat{\Gamma}, \hat{C^\infty}): 
\begin{bmatrix}
 {\bf VectBundle}\\
 Base \downarrow \\
 {\bf Man}
\end{bmatrix}
\longrightarrow
\begin{bmatrix}
 {\bf ModSheaf}\\
 Coef \downarrow \\
 {\bf RngSheaf}^{op}
\end{bmatrix}\\
\In {\bf FiberedCAT}

全体像をひとつの図式にまとめると以下のようです。{\bf FiberedFiberedCAT} は、ファイバー圏を底圏として入れ子になったファイバー圏の圏です(これ以上の説明は今日はしませんが)。

 % 総合
\xymatrix @R+3ex{
   {\bf Man} \ar[r]^-{T} \ar@/_/[dr]_{\mathrm{Id}_{\bf Man}} \ar@/^2pc/[rr]^{\hat{\T} }
 & {\bf VectBundle} \ar[r]^{\hat{\Gamma}} \ar[d]^{Base}
 & { {\bf ModSheaf} } \ar[d]_{Coef} \ar@/^3pc/[dd]^{Carr}
\\
 {}
 & {\bf Man} \ar[r]^{ \hat{C^\infty} } \ar@/_/[dr]_{\mathrm{Id}_{\bf Man}}
 & { {\bf RngSheaf}^{op} } \ar[d]_{Carr}
\\
 {}
 & {}
 & {\bf Man}
}
\\
\mbox{commutative in }{\bf CAT}\\


(\hat{\Gamma}, \hat{C^\infty}, \mathrm{Id}):
\begin{bmatrix}
\xymatrix{
  {\bf VectBundle} \ar@/_/[d]_{Base}
\\
  {\bf Man} \ar@/_/[u]_{T} \ar@{=}[d]_{\mathrm{Id}}
\\
  {\bf Man}
}
\end{bmatrix}

\longrightarrow

\begin{bmatrix}
\xymatrix{
  {}
  & {\bf ModSheaf} \ar@/_/[dd]_{Carr} \ar[dl]_{Coef}
\\
 { {\bf RngSheaf}^{op}} \ar@/_/[dr]_{Carr}
 &  {}
\\
 {}
 & {\bf Man} \ar@/_/[uu]_{\hat{\T} } \ar@/_/[ul]_{\hat{C^\infty}}
}
\end{bmatrix}\\
\In {\bf FiberedFiberedCAT}

ここで、{\bf RngSheaf}(環層の圏)が反対圏になっていることに注意してください。次に挙げる関手は反変関手です。

  1.  Coef: {\bf ModSheaf} \to {\bf RngSheaf} \mbox{  (contravariant)}
  2.  \hat{C^\infty}: {\bf Man} \to {\bf RngSheaf} \mbox{  (contravariant)}
  3.  Carr: {\bf RngSheaf} \to {\bf Man} \mbox{  (contravariant)}

同じ名前に(オーバーロード)してますが、Carr: {\bf ModSheaf} \to {\bf Man} は共変関手です。反変関手と共変関手が入り混じっているので混乱しがちです。

[補足]
今日は説明しませんが、 \Omega:{\bf RngSheaf} \to {\bf ModSheaf} という関手があります。この関手は、環層から1次微分形式の加群層を作り出す関手です。線形代数/層の理論の意味での双対をとると、環層から接加群層を作り出す関手 \Omega^* になります(\Omega, \Omega^* のどっちが先でもいいですが)。関手の反図式順結合記号を小さい黒丸として \hat{\T} = \Omega^* \cdot \hat{C^\infty} と書けます。

このことから、環層 \hat{C^\infty}(M) = C^\infty_M のなかに、微分形式や接ベクトル場の情報もすべてエンコードされていることが分かります。
[/補足]

環層と引き戻し

層の引き戻し〈逆像〉と前送り〈順像 | 押し出し〉については既知とします、ここで説明はしません。

多様体 M 上の集合層〈sheaf of sets | set sheaf〉の圏を {\bf SetSh}[X] とします。写像 \varphi:M \to N\In {\bf Man} に対して、双方向の関手ペアが対応します。


\For \varphi:M \to N\In {\bf Man}\\
\xymatrix @C+4ex{
  {{\bf SetSh}[M]} \ar@/^1.5pc/[r]^{ {\bf SetSh}_*[\varphi]} \ar@{}[r]|{\top}
  &{ {\bf SetSh}[N]} \ar@/^1.5pc/[l]^{ {\bf SetSh}^*[\varphi]}
} \\
\In {\bf CAT}

図式内の   {\bf SetSh}^*[\varphi] \dashv {\bf SetSh}_*[\varphi] は随伴関手ペアです。“圏の圏”における随伴ペア〈随伴系 | adjunction〉というより、トポスのあいだの幾何射〈geometric morphism〉と捉えるのが適切でしょうが、ここでは単に随伴ペアとしておきます。

次のように略記します。

  •  \varphi_\vdash = {\bf SetSh}_*[\varphi]  : {\bf SetSh}[M] \to {\bf SetSh}[N] 集合層の順像〈前送り〉関手
  •  \varphi^\dashv = {\bf SetSh}^*[\varphi] : {\bf SetSh}[N] \to {\bf SetSh}[M] 集合層の逆像〈引き戻し〉関手

この関手達を使うと、多様体の射に沿って、集合層を別なキャリアに双方向に移すことができます。ここでは主に、集合層の引き戻し関手 \varphi^\dashv を使います。

\sh{S} が、多様体 N 上の環層のとき、\sh{S} = (U(\sh{S}), +_\sh{S}, 0_\sh{S}, -_\sh{S}, \cdot_\sh{S}, 1_\sh{S}) のように書けます。ここで、U(\sh{S}) は台集合層で、その他は環の演算や特別な要素を表します。

\sh{S} を、\varphi:M \to N \In {\bf Man} に沿って M 上に引き戻すには次のように定義します。

  •  \varphi^\dashv(\sh{S}) := (\varphi^\dashv(U(\sh{S})), \varphi^\dashv(+_\sh{S}), \varphi^\dashv(0_\sh{S}), \varphi^\dashv(-_\sh{S}), \varphi^\dashv(\cdot_\sh{S}), \varphi^\dashv(1_\sh{S}))

環構造の構成素である集合層/集合層射をすべて引き戻します。環は等式的な公理系で定義されているので、引き戻された集合層/集合層射の集まりも同じ等式達を満たします -- つまり、 M 上の環層({\bf SetSh}[M] 内の環対象)になります。次が成立します。

  • \sh{S}N 上の環層ならば、\varphi^\dashv(\sh{S})M 上の環層になる。

記号的な表現で書くなら:

  • \sh{S} \in |{\bf RngSh}[N]| \Rightarrow \varphi^\dashv(\sh{S}) \in |{\bf RngSh}[M]|

対象だけではなく、射に関しても同様なことが言えます(以下に、同じ内容を別な書き方で)。

  • \tau: \sh{S} \to \sh{S'}N 上の環層射ならば、\varphi^\dashv(\tau) : \varphi^\dashv(\sh{S}) \to \varphi^\dashv(\sh{S'})M 上の環層射になる。
  •  \tau \in {\bf RngSh}[N](\sh{S},  \sh{S'})  \Rightarrow \varphi^\dashv(\tau) \in  {\bf RngSh}[M](\varphi^\dashv(\sh{S}), \varphi^\dashv(\sh{S'}) )
  •  \tau: \sh{S} \to \sh{S'} \In {\bf RngSh}[N] \Rightarrow \varphi^\dashv(\tau) : \varphi^\dashv(\sh{S}) \to \varphi^\dashv(\sh{S'}) \In {\bf RngSh}[M]

環層の圏

\sh{S}, \sh{R} が環層のとき、これらのあいだの準同型射(圏 {\bf RngSheaf} の射)を定義します。注意すべきは、\sh{S}, \sh{R} のキャリア(多様体)が同じとは限らないことです。\sh{S}\sh{R} は、異なる多様体の上に載っているかも知れません。

環層の射 \sh{S} \to \sh{R} を定義するためには、まずは \sh{S}, \sh{R} のキャリアを揃える必要があります。環層 \sh{S} を、キャリア |\sh{R}| 上に移動します*2。そのためには、キャリア(多様体)のあいだの射 \varphi: |\sh{R}| \to |\sh{S}| \In {\bf Man} による引き戻しをします。

  • \varphi:M \to N \In {\bf Man} \where M = |\sh{R}|, N = |\sh{S}|
  •  \varphi^\dashv: {\bf RngSh}[N] \to {\bf RngSh}[M] \In {\bf CAT}
  • \For \sh{S}\in |{\bf RngSh}[N]|,\; \varphi^\dashv \sh{S} \in {\bf RngSh}[M]

これで、|\sh{R}| = M 上の環層 \varphi^\dashv \sh{S} が作れたので、同じキャリア上での環層の準同型射を考えることができます。

  •  \rho' :  \varphi^\dashv \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSh}[M]

\rho = (\varphi, \rho') と組にして、キャリアが異なるかも知れない環層のあいだの射を定義します。

  •  \rho = (\varphi, \rho') : \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSheaf}

\varphi を環層射 \rhoキャリアパート〈carrier part〉、\rho'\rho余ファイバーパート〈{cofibre | cofiber} part〉と呼ぶことにします。呼び名「余ファイバーパート」は、後の一般論における呼び名をそのまま流用しています。余ファイバーパートを次のように略記します。

 
\rho = (|\rho|, \rho^\flat) :\sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSheaf} \\
\where \\
\qquad |\rho| : |\sh{R}| \to |\sh{S}| \In {\bf Man} \\
\qquad \rho^\flat  : |\rho|^\dashv \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSh}[|\sh{R}|]

環層射の余ファイバーパートを cofibpar(\rho) = \rho^\flat と書くと、環層射にその余ファイバーパートを対応付ける写像のプロファイル(域と余域)は次のようになります。


\begin{array}{ccc}
cofibpar : & {\bf RngSheaf}   & \to & \coprod_{M\in |{\bf Man}|}{\bf RngSh}[ M ] \\
       & \vin             &         &  \vin \\
 & \rho : \sh{S}\to \sh{R} & \mapsto & \rho^\flat : |\rho|^\dashv \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSh}[|\sh{R}|]
\end{array}

キャリアパートが環層射の“横成分”、余ファイバーパートが“縦成分”であると解釈されます。縦横の成分を組み合わせることにより環層射を作り出すことができます。

次のことに注意してください;  \rho : \sh{R} \to \sh{S} に対して  |\rho| : |\sh{S}| \to |\sh{R}| となるので、キャリア関手〈キャリアパート関手〉は反変関手です。

  •  Carr = |\hyp| : {\bf RngSheaf}^{op} \to {\bf Man} \In {\bf CAT}

環層の圏が(細部はともかくとして)定義できたので、反変関手 \hat{C^\infty} を定義できます。対象 M \in |{\bf Man}| に対する値 \hat{C^\infty}(M) \in |{\bf RngSheaf}| は知られているとして、反変関手の射パートだけを定義します。以下の \Let は、定義をするのではなくて、便宜上の名前付けをするだけの指示語です。


\For \varphi: M \to N \In {\bf Man} \\
\Let \rho := (\hat{C^\infty}(\varphi) : \hat{C^\infty}(N) \to \hat{C^\infty}(M) \In {\bf RngSheaf} ) \\
\Define |\rho| := (\varphi : M = |\hat{C^\infty}(M)| \to N = |\hat{C^\infty}(M)|) \\
\For U\in Open(M) \\
\For V\in Open(N) \where \varphi(U) \subseteq V \\
\Define (\rho^\flat)_{U,V} : \hat{C^\infty}(N)(V) \to \hat{C^\infty}(M)(U) := \\
\qquad \lambda\, b\in \hat{C^\infty}(N)(V).(\, b\circ \varphi \; \in \hat{C^\infty}(M)(U)\,)

層の逆像(引き戻し)の定義を参照すると、 \rho^\flat の定義は、開集合 V \where \varphi(U) \subseteq V を動かして余極限を取ることになりますが、やっていることは、関数を \varphi でプレ結合引き戻しするだけです。

以上の \hat{C^\infty} の定義から、次のことが分かります。

  •  |\hat{C^\infty}(\varphi)| = \varphi
  •  \hat{C^\infty}(\varphi)^\flat = \varphi^\flat
  •  \hat{C^\infty}(\varphi) = (\varphi, \varphi^\flat)

以前使った記法 \varphi^\flat は乱用(肩のフラット記号のオーバーロード)になりますが、\varphi が誘導する環層射の余ファイバーパートの略記と位置付けられます。

[補足]
環層〈sheaf of rings | ring sheaf〉と環付き空間〈ringed space〉は同義語です。環層の射と環付き空間の射も同じものです。

https​://ncatlab.org/nlab/show/ringed+space を見ると、環付き空間の射のファイバーパート(余ファイバーパートの随伴によるパートナー)は

  •  \rho^\sharp: \sh{S} \to \varphi_\vdash \sh{R} \In {\bf RngSh}[|\sh{S}|] \where \varphi = |\rho|

となっています。実は、随伴性  \varphi^\dashv \dashv \varphi_\vdash からのホムセット同型

  •  {\bf RngSh}[|\sh{R}|](\varphi^\dashv \sh{S}, \sh{R}) \cong {\bf RngSh}[|\sh{S}|](\sh{S}, \varphi_\vdash \sh{R})

があるので、この同型により \rho^\flat \leftrightarrow \rho^\sharp が対応しているのです。

上記nLab項目では、 \rho^\sharp を環付き空間の射の余射〈comorphism〉と呼んでますが、別な項目 https​://ncatlab.org/nlab/show/comorphism での余射の意味はちょっと違っています。
[/補足]

加群層とデザインパターン

多様体 M, N をキャリアとする環層 \sh{R}, \sh{S} があり、それぞれの環層の上の加群\sh{A}, \sh{B} があるとします。2つの加群層のあいだの射 \Phi: \sh{A} \to \sh{B} はなかなかに複雑なものです。

加群層の射  \Phi は、係数環層の射〈coefficient part | scalar part〉Coef(\Phi) = \wt{\Phi} と主要部〈main part〉main(\Phi) からなりますが、主要部のプロファイル(域と余域)は次の形になります。


\sh{A} \to CExt[cofibpar(Coef(\Phi))](\, {\bf RngSh}^*[Carr(\Phi)](\sh{B}) \,) \In (Coef(\sh{A}))\hyp{\bf ModSh}[Carr(\sh{A})]

随分とゴチャゴチャしてますよね。通常は、暗黙の了解とか様々な略記によりスッキリした記法にしています。この記事では、スッキリ書く努力はあまりせずに、ゴチャゴチャのままを提示することにします。ゴチャゴチャしているのが事実なので。

このようなゴチャゴチャ -- 大規模で複雑な構造物 -- へのアプローチとして、ソフトウェア開発ではデザインパターン〈design pattern〉という手法が古くから使われています。繰り返し現れる構造と定式化のパターンに名前を付けて識別します。パターンの実例〈インスタンス〉に対しては、パターンの一般論を適用します。

デザインパターンとその実例は、(モデル理論における)指標〈signature〉とモデルと言ってもほぼ同じですが、デザインパターンのほうがより非形式的〈informal〉でカジュアルだと言えます。自然言語による補足的説明や若干の曖昧性を許します*3

ゴチャゴチャした加群層の射を記述するために使用するデザインパターンは「ベース・ファイバー分解」と名付けます。このデザインパターンの背景は、インデックス付き圏〈indexed category〉とファイバー付き圏〈{fibered | fibred} category〉の同値性ですが、背景をあまり意識しなくてもデザインパターンの運用により実例を取り扱い可能となります。

“ベース・ファイバー分解”デザインパターンの背後にあるインデックス付き圏については、次の記事が参考になるかも知れません。

“ベース・ファイバー分解”デザインパターンには2つの変種があり、以下の図式で表現できます。

域側ベース・ファイバー分解:

\xymatrix@C+2pc {
  {\cat{D}} \ar@{-->}[r]^-{\delta} \ar[d]^{\pi}
  & { \coprod_{X\in |\cat{B}|}\cat{C}[X]  } \ar[d]^{\pi'}
\\
  {\cat{B}} \ar@{-->}[r]^{dom}
  & {|\cat{B}|}
}

余域側ベース・ファイバー分解:

\xymatrix@C+2pc {
  {\cat{D}} \ar@{-->}[r]^-{\gamma} \ar[d]^{\pi}
  & { \coprod_{X\in |\cat{B}|}\cat{C}[X]  } \ar[d]^{\pi'}
\\
  {\cat{B}} \ar@{-->}[r]^{cod}
  & {|\cat{B}|}
}

これらの図式は、圏論で出てくる通常の可換図式とは少し違います。実線矢印は関手ですが、破線矢印は関手ではありません。したがって、可換性の意味も変わってきます。

デザインパターンだけを実例なしに説明しても分かりにくいと思うので、次節で実例と共に説明します。“域側ベース・ファイバー分解”と“余域側ベース・ファイバー分解”の実例は既に出てきています(それを次節と次々節で解説)。

“ベース・ファイバー分解”デザインパターン(2種類)に慣れておけば、加群層の射も“ベース・ファイバー分解”デザインパターンの実例として理解できます。

ベース・ファイバー分解の実例:ベクトルバンドル

前節のデザインパターン“域側ベース・ファイバー分解”の事例を挙げます。パターン内で使われている一般的呼称・記号と、事例〈インスタンス〉内の特定的呼称・記号の対応を示します。

一般的 特定的
全圏 \cat{D} ベクトルバンドルの圏 {\bf VectBundle}
底圏  \cat{B} 多様体の圏 {\bf Man}
射影 \pi 底空間関手  Base
ファイバーパート \delta ファイバーパート VectBdl.\delta
インデックス付き圏 \cat{C}[\hyp] インデックス付き圏 {\bf VectBdl}[\hyp]
離散化射影  \pi' 離散化射影  VectBdl.\pi'

この事例は VectBdl という名で呼びます。パターン内の一般的呼称・記号は、役割名/役割記号〈role name / role symbole〉ともいいます。事例内の圏や関手は、VectBdl. を前置した役割名/役割記号で参照してもよいし、この事例固有の呼称・記号で参照してもかまいません。

デザインパターン“域側ベース・ファイバー分解”の事例 VectBdl は、以下の図式で示せます。


\xymatrix@C+2pc {
  {\bf VectBundle} \ar@{-->}[r]^-{VectBdl.\delta} \ar[d]^{Base}
  & { \coprod_{X\in |{\bf Man}|} {\bf VectBdl}[X]  } \ar[d]^{VectBdl.\pi'}
\\
  {\bf Man} \ar@{-->}[r]^{dom}
  & {|{\bf Man}|}
}

四角形の左縦列はファイバー付き圏〈fibred category〉で、右縦列は離散化したファイバー付き圏〈discretized fibred category〉です。圏の対象集合 |{\bf Man}| は離散圏ともみなします。

四角形の横の辺である VectBdl.\delta,\; dom は、圏の射集合のあいだの写像です(右下の |{\bf Man}| は離散圏とみなしての話です)。対象については考えないので、横の辺は関手ではありません。

この図式の可換性は、圏の射集合〈morphism set〉のあいだの写像としての可換性です。つまり、以下の図式の可換性です。


\xymatrix@C+2pc {
  {Mor({\bf VectBundle})} \ar[r]^-{VectBdl.\delta} \ar[d]^{Base_{mor}}
  & { Mor( \coprod_{X\in |{\bf Man}|}  {\bf VectBdl}[X]  ) } \ar[d]^{ VectBdl.\pi'_{mor} }
\\
  {Mor({\bf Man})} \ar[r]^{dom}
  & {|{\bf Man}| \approx Mor(|{\bf Man}|)}
}\\
\mbox{commutative in }{\bf SET}

ここで、(\hyp)_{mor} は関手の射パート、{\bf SET} は大きい集合も含む集合圏です。|{\bf Man}| \approx Mor(|{\bf Man}|) は、対象を恒等射(離散圏の射)ともみなす、ということです -- 同様な記法は後でも使います。

f:E \to F \In {\bf VectBundle} をバンドル射として、 Base(f) = (\varphi : M \to N \In {\bf Man}) と置いて、射のあいだの関係を図示すると:


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{f:E \to F} \ar@{|->}[r]^-{VectBdl.\delta} \ar@{|->}[d]^{Base}
  & *++[o][F]{ \delta(f):E \to \varphi^\sharp F  } \ar@{|->}[d]^{VectBdl.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ \varphi: M \to N} \ar@{|->}[r]^{dom}
  & *++[o][F]{ M \approx \mathrm{id}_M }
}

ここで、\delta(f) はファイバーパート VectBdl.\delta(f) の略記、 \varphi^\sharp Fベクトルバンドルの引き戻しです。

特に、f = T\varphi のときは次のようになります。


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{T\varphi: TM \to TN} \ar@{|->}[r]^-{VectBdl.\delta} \ar@{|->}[d]^{Base}
  & *++[o][F]{ \delta(T\varphi):TM \to \varphi^\sharp TN  } \ar@{|->}[d]^{VectBdl.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ \varphi: M \to N} \ar@{|->}[r]^{dom}
  & *++[o][F]{ M \approx \mathrm{id}_M }
}

\varphi の接写像をベース・ファイバー分解すると、\varphi, \delta(T\varphi) に分解されます。接写像のファイバーパート  \delta(T\varphi) は、ユークリッド空間の微分計算におけるヤコビ行列に相当します。

ベース・ファイバー分解の実例:環層

デザインパターンを使うと、共通構造を持つ現象を、パターンの“当てはめ”で理解できます。環層は“余域側ベース・ファイバー分解”デザインパターンの事例になっています。しかし、反変関手が出てくると、どう“当てはめ”るかがややこしくなります。

反変関手を表すために、以下の3種類の書き方をします。

  1. F:\cat{C} \underset{\mathrm{cont.}}{\longrightarrow} \cat{D}
  2. F:\cat{C}^{op} \to \cat{D} (反対圏からの共変関手)
  3. F:\cat{C} \to \cat{D}^{op} (反対圏への共変関手)

反対圏を使うことにより、共変関手だけに統一することができます。

(f:X \to Y) \In \cat{C} に対して、反対圏における同じ射を次のいずれかで書きます。

  1.  (f:X \to Y)^{op} \;\in \cat{C}^{op}(Y, X)
  2.  f^{op}: (X \to Y)^{op} \;\in \cat{C}^{op}(Y, X)
  3.  f: (X \to Y)^{op} \;\in \cat{C}^{op}(Y, X)

射自体は、もとの圏でも反対圏でも同じモノを使うので  f = f^{op} です。変更されるのは射や対象ではなくて、dom, cod, comp (域、余域、結合)の定義です。

さて、“余域側ベース・ファイバー分解”デザインパターンの、環層の事例は RngSh という名で呼びましょう。

一般的 特定的
全圏 \cat{D} 環層の圏 {\bf RngSheaf}
底圏  \cat{B} 多様体の圏の反対圏 {\bf Man}^{op}
射影 \pi キャリア反変関手  Carr
余ファイバーパート \gamma 余ファイバーパート cofibpar
インデックス付き圏 \cat{C}[\hyp] インデックス付き圏 {\bf RngSh}[\hyp]
離散化射影  \pi' 離散化射影  RngSh.\pi'

“域側ベース・ファイバー分解”の事例 RngSh は、以下の図式で示せます。


\xymatrix@C+2pc {
  {\bf RngSheaf} \ar@{-->}[r]^-{cofibpar} \ar[d]^{Carr}
  & { \coprod_{X\in |{\bf Man}|} {\bf RngSh}[X]  } \ar[d]^{RngSh.\pi'}
\\
  { {\bf Man}^{op} } \ar@{-->}[r]^{cod}
  & {|{\bf Man}^{op}|}
}

キャリア反変関手  Carr は反変関手ですが、図では反対圏への共変関手としています。下段横矢印の cod は、反対にする前の圏では dom のことです。また、インデックス付き圏 {\bf RngSh}[\hyp] と書いてありますが、これは反対圏 {\bf Man}^{op} 上のインデックス付き圏なので、{\bf Man} 上で考えれば余インデックス付き圏〈coindexed category〉です。反変・共変による矢印の向きの逆転は、ほんとにハナシをややこしくしています。

\rho:\sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSheaf} を環層射として、 Carr(\rho) = (\,(\varphi : M \to N)^{op} \In {\bf Man}^{op}\,) と置いて、射のあいだの関係を図示すると:


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{\rho:\sh{S} \to \sh{R} } \ar@{|->}[r]^-{cofibpar} \ar@{|->}[d]^{Carr}
  & *++[o][F]{ \rho^\flat : \varphi^\dashv \sh{S} \to \sh{R} } \ar@{|->}[d]^{RngSh.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ (\varphi: M \to N)^{op}} \ar@{|->}[r]^{cod}
  & *++[o][F]{ M \approx \mathrm{id}_M }
}

特に、\rho = \hat{C^\infty}(\varphi) のときは次のようになります。


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{\hat{C^\infty}(\varphi): \hat{C^\infty}(N) \to \hat{C^\infty}(M) } \ar@{|->}[r]^-{cofibpar} \ar@{|->}[d]^{Carr}
  & *++[o][F]{ \hat{C^\infty}(\varphi)^\flat: \varphi^\dashv \hat{C^\infty}(N) \to \hat{C^\infty}(M) } \ar@{|->}[d]^{RngSh.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ (\varphi: M \to N)^{op}} \ar@{|->}[r]^{cod}
  & *++[o][F]{ M \approx \mathrm{id}_M }
}

\hat{C^\infty}(\varphi)^\flat を(記号の乱用で)単に \varphi^\flat とも書くのでした。

なお、環層射は、“域側ベース・ファイル分解”でも記述できます(下図)。色々な記述ができることは、柔軟性と混乱の両方をもたらします。


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{\rho:\sh{S} \to \sh{R} } \ar@{|->}[r]^-{fibpar} \ar@{|->}[d]^{Carr}
  & *++[o][F]{ \rho^\sharp :  \sh{S} \to \varphi_\vdash\sh{R} } \ar@{|->}[d]^{RngSh2.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ (\varphi: M \to N)^{op}} \ar@{|->}[r]^{dom}
  & *++[o][F]{ N \approx \mathrm{id}_N }
}

ベース・ファイバー分解の実例:加群

“域側ベース・ファイバー分解”デザインパターンを使って加群層の構造を記述します。最初にパターンに当てはめて状況を把握して、その後で実際の定義をします。この事例は ModSh という名で呼びます。

一般的 特定的
全圏 \cat{D} 加群層の圏 {\bf ModSheaf}
底圏  \cat{B} 環層の圏の反対圏 {\bf RngSheaf}^{op}
射影 \pi 係数環層反変関手  Coef
ファイバーパート \delta 主要部  main
インデックス付き圏 \cat{C}[\hyp] インデックス付き圏  (\hyp)\hyp{\bf ModSh}
離散化射影  \pi' 離散化射影  ModSh.\pi'

デザインパターン“域側ベース・ファイバー分解”の事例 ModSh は、以下の図式で示せます。


\xymatrix@C+2pc {
  {\bf ModSheaf} \ar@{-->}[r]^-{main} \ar[d]^{Coef}
  & { \coprod_{X\in |{\bf RngSheaf}^{op}|} X\hyp{\bf ModSh} } \ar[d]^{ModSh.\pi'}
\\
  {{\bf RngSheaf}^{op} } \ar@{-->}[r]^{dom}
  & {|{\bf RngSheaf}^{op}|}
}

ややこしい反変・共変に注意; 一般的パターンにおける“ファイバー付き圏の射影”のインスタンスである加群層の係数環層 Coef は反変関手です。それが図では、反対圏への共変関手になっています。インデックス付き圏  (\hyp)\hyp{\bf ModSh}{\bf RngSheaf}^{op} 上のインデックス付き圏なので、{\bf RngSheaf} 上の余インデックス付き圏です。

\Phi:\sh{A} \to \sh{B} \In {\bf ModSheaf}加群層射として、 Coef(\Phi) = (\rho : \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSheaf})^{op} と置いて、射のあいだの関係を図示すると:


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{\Phi:\sh{A} \to \sh{B}} \ar@{|->}[r]^-{main} \ar@{|->}[d]^{Coef}
  & *++[o][F]{ main(\Phi):\sh{A} \to \rho_\$ \sh{B} } \ar@{|->}[d]^{ModSh.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ (\rho: \sh{S} \to \sh{R})^{op} } \ar@{|->}[r]^{dom}
  & *++[o][F]{ \sh{R} \approx \mathrm{id}_{\sh{R}} }
}

ここで出てきた関手 \rho_\$ については次節以降で説明します。

特に、\Phi = \hat{\T}\varphi のときは次のようになります。


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{\hat{\T}\varphi: \hat{\T} M \to \hat{\T} N} \ar@{|->}[r]^-{main} \ar@{|->}[d]^{Coef}
  & *++[o][F]{ main(\hat{\T}\varphi): \hat{\T} M \to (\hat{C^\infty}\varphi)_\$ \hat{\T}N } \ar@{|->}[d]^{ModSh.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ (\hat{C^\infty}\varphi: \hat{C^\infty}(N) \to \hat{C^\infty}(M))^{op} } \ar@{|->}[r]^{dom}
  & *++[o][F]{ \hat{C^\infty}(M) \approx \mathrm{id}_{\hat{C^\infty}(M)} }
}

\hat{\T}\varphi は、多様体のあいだの写像 \varphi の“微分”です。写像微分は、2つの多様体の接バンドル加群層〈接層〉のあいだの射になっています。加群層の射は係数部と主要部からなり、主要部 main(\hat{\T}\varphi) は、環層 \hat{C^\infty}(M) 上の加群層射です。

環層の場合と同様、加群層の記述も多様性〈恣意性〉があるので、記述法の変種は他に幾つもあります。変種が生まれる原因は、あちこちに随伴・双対が潜んでいるので、ペアのどちらを選ぶかの二択自由度が 2n の選択肢を作ってしまうからです。n が大きくなると“指数爆発”します*4

インデックス付き圏

“ベース・ファイバー分解”デザインパターンの背後にはインデックス付き圏があります。インデックス付き圏自体もデザインパターンとして記述できるでしょう。ここでは、次の図式で“インデックス付き圏”デザインパターンを表すことにします。


\xymatrix @C+1pc {
  {\cat{D}} \ar[d]_{\pi}
 & {}
\\
  {\cat{B}} \ar[r]^-{\cat{C}[\hyp]}
  & { {\bf CAT}^{op} }  \ar@{.}@/_1pc/[ul]
}

このパターンにおける一般的呼称・記号は次のとおり。“ベース・ファイバー分解”とおおむね同じです。

記号 呼称
\cat{D} ファイバー付き圏の全圏
\cat{B} ファイバー付き圏の底圏=インデキシング圏
 \pi ファイバー付き圏の射影
 \cat{C}[\hyp] インデックス付き圏の構造関手

 \cat{C}[\hyp] はインデックス付き圏そのものなので、パート〈構成素〉としての名前は特にないのですが、ありきたりに構造関手と呼んでおきます。

図の曲がった点線は、それ自体には意味がありませんが、次の関係を示唆しています。

  • \cat{D} \cong \int_{x\in \cat{B}}\cat{C}[x] (圏同型または圏同値*5

点線は、「横向きの構造関手が立ち上がってファイバー付き圏になる」というイメージを表しています。積分記号については、「グロタンディーク構成と積分記号」を参照してください。

今までに出てきた“ベース・ファイバー分解”パターンの事例は、“インデックス付き圏”パターンの事例でもあります。

事例:ベクトルバンドル


\xymatrix @C+1pc {
 { \begin{array}{c}{\bf VectBundle}\\ f:E \to F\end{array} }  \ar[d]_{Base}
& {}
\\
 { \begin{array}{c} {\bf Man}\\ \wt{f} = \varphi: M \to N\end{array} } \ar[r]^-{ {\bf VectBdl}[\hyp]} 
  & { \begin{array}{c}{\bf CAT}^{op}\\ ( \varphi^\sharp: {\bf VectBdl}[N] \to {\bf VectBdl}[M] )^{op} \end{array} } 
  \ar@{.}@/_1pc/[ul]
}

次の略記が使われます。

  •  Base(\hyp) = \wt{(\hyp)}
  •  {\bf VectBdl}[\hyp] = (\hyp)^\sharp (習慣上、略記は射に対してのみ)

 {\bf VectBdl}[\hyp] は、多様体に圏/写像に関手を対応させる対応(インデックス付き圏の構造関手)です。 Base^{-1}(M) \cong {\bf VectBdl}[M] (射影関手の逆像ファイバー \cong 構造関手の値である圏)が成立しています。パターンの一般論としては、 \pi^{-1}(Y) \cong \cat{C}[Y] です。

事例:環層


\xymatrix @C+1pc {
  { \begin{array}{c}{\bf RngSheaf}^{op} \\ (\rho : \sh{S} \to \sh{R})^{op} \end{array}}
   \ar[d]_{Carr}
& {}
\\
  { \begin{array}{c}{\bf Man}\\ |\rho| = \varphi : M \to N \end{array} } 
    \ar[r]^-{ {\bf RngSh}^*[\hyp]} 
  & { \begin{array}{c}{\bf CAT}^{op} \\ (\varphi^\dashv : {\bf RngSh}[N] \to {\bf RngSh}[M])^{op} \end{array} } 
    \ar@{.}@/_1pc/[ul]
}

この場合、ファイバー付き圏の射影関手が反変なので余ファイバー付き圏〈反ファイバー付き圏〉といいます。変性(反変または共変)が変わると、「余」「反」の接頭辞が付きます。 {\bf RngSh}^*[\hyp] の上付きアスタリスクは、次の前送り〈順像〉関手を使ったインデックス付き圏と区別するためです。

  • {\bf RngSh}_*[\varphi] = \varphi_\vdash : {\bf RngSh}[M] \to {\bf RngSh}[N] \In {\bf CAT}

ウーム、ややこしい

次の略記が使われます。

  •  Carr(\hyp) = |\hyp| (反変のキャリア関手)
  •  {\bf RngSh}^*[\hyp] = (\hyp)^\dashv (習慣上、略記は射に対してのみ)
事例:集合層

環層の台〈underlying object〉となっているのは集合層です。環層と同じパターンに従います。次の図で示せます。


\xymatrix @C+1pc {
  {\begin{array}{c} {\bf SetSheaf}^{op} \\ (\alpha: \sh{Y} \to \sh{X})^{op} \end{array} }
    \ar[d]_{Carr}
& {}
\\
  { \begin{array}{c} {\bf Man} \\ |\alpha| = \varphi : M \to N \end{array} } 
    \ar[r]^-{ {\bf SetSh^*}[\hyp]} 
  & { \begin{array}{c} {\bf CAT}^{op} \\ (\alpha^\dashv: {\bf SetSh}[N] \to {\bf SetSh}[M])^{op} \end{array} } 
    \ar@{.}@/_1pc/[ul]
}

略記は環層の場合と同じです。

事例:加群


\xymatrix @C+1pc {
  {\begin{array}{c} {\bf ModSheaf} \\ \Phi: \sh{A} \to \sh{B} \end{array} }
    \ar[d]_{Coef}
& {}
\\
  { \begin{array}{c} {\bf RngSheaf}^{op} \\ (\wt{\Phi} = \rho : \sh{S} \to \sh{R})^{op} \end{array} } 
    \ar[r]^-{ (\hyp)\hyp{\bf ModSh_*}} 
  & { \begin{array}{c} {\bf CAT}^{op} \\ (\rho_\$ : \sh{S}\hyp{\bf ModSh} \to \sh{R}\hyp{\bf ModSh} )^{op} \end{array} } 
    \ar@{.}@/_1pc/[ul]
}

次の略記が使われます。

  •  Coef(\hyp) = \wt{(\hyp)} (反変の係数環層関手)
  •  (\hyp)\hyp{\bf ModSh}_* = (\hyp)_\$ (習慣上、略記は射に対してのみ)

 (\hyp)\hyp{\bf ModSh}_* は共変関手です。インデックス付き圏の構造関手は反変関手なので、共変の場合は余インデックス付き圏になります。図式の横方向が余インデックス付き圏のときは、縦方向は余ファイバー付き圏(射影関手が反変)です。あー、ややこしい。でも、そろそろ慣れてきたでしょ。

加群層-余インデックス付き圏

前節の最後に出てきた次の余インデックス付き圏の構造共変関手を定義します。

  •  (\hyp)\hyp{\bf ModSh}_* : {\bf RngSheaf} \to {\bf CAT} \In \mathbb{CAT}

 \mathbb{CAT} は、“小さいとは限らない圏”の圏 {\bf CAT} を対象として含む圏の圏です。ここで扱うインデックス付き圏は、高次圏を出さずとも通常の圏論で扱えるものなので、 {\bf CAT},\; \mathbb{CAT} の2-射〈自然変換〉は考慮していません -- 1-圏ベースのデカルト閉圏とみなしています。

 (\hyp)\hyp{\bf ModSh}_* の対象パートと射パートは次のような対応です。

  • 対象パート: \sh{S} \mapsto \sh{S}\hyp{\bf ModSh} \in |{\bf CAT}|
  • 射パート:  (\rho : \sh{S} \to \sh{R}) \mapsto (\rho_\$: \sh{S}\hyp{\bf ModSh}\to \sh{R}\hyp{\bf ModSh} \In {\bf CAT})

対象パートは明らかでしょうから、射パートの構成をします。 \rho_\$ = (\rho)\hyp{\bf ModSh}_* が関手なので、対象パートと射パートがあります。

  • 対象パート:  \sh{B} \mapsto \rho_\$ \sh{B} \in |\sh{R}\hyp{\bf ModSh}|
  • 射パート:  (\Psi:\sh{B} \to \sh{C}) \mapsto (\rho_\$(\Psi): \rho_\$ \sh{B} \to \rho_\$ \sh{C} \In \sh{R}\hyp{\bf ModSh})

\rho : \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSheaf} に対して \rho_\$ を構成するのがけっこう面倒。加群の代数におけるよく知られた構成(係数拡大)を実行すればいいのですが、層が絡むとけっこう複雑です。単一のキャリア上での話から始めましょう(次節)。

同一キャリア上の加群層の係数拡大

環層、加群層がすべて同一のキャリア M 上にある場合を考えます。 {\bf RngSh}[M] はキャリアを固定した環層の圏、{\bf ModSh}[M] はキャリアを固定した加群層の圏です。\sh{R}\in {\bf RngSh}[M] に対して、\sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M] は、キャリアは M で、係数環層が \sh{R} である加群層の圏です。

環層にはキャリアの情報が組み込まれているので、次のどの書き方をしても同じです。

  • \sh{R}\hyp{\bf ModSh}
  • \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[|\sh{R}|]
  • \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M] \where M = |\sh{R}|

情報として冗長ですが、\sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M] が一番分かりやすい気がします。

加群層に関する“インデックス付き圏”パターンを、同一キャリア上の環層/加群層に適用すると:


\xymatrix @C+1pc {
  {\begin{array}{c} {\bf ModSh}[M] \\ \Phi: \sh{A} \to \sh{B'} \end{array} }
    \ar[d]_{Coef}
& {}
\\
  { \begin{array}{c} {\bf RngSh}[M]^{op} \\ (\wt{\Phi} = \tau : \sh{S'} \to \sh{R})^{op} \end{array} } 
    \ar[r]^-{ (\hyp)\hyp{\bf ModSh[M]_*}} 
  & { \begin{array}{c} {\bf CAT}^{op} \\ (\tau_\$ : \sh{S'}\hyp{\bf ModSh}[M] \to \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M] )^{op} \end{array} } 
    \ar@{.}@/_1pc/[ul]
}

{\bf ModSh}[M] がよく分からない気がしますが、下段の余インデックス付き圏がハッキリすれば、上側の {\bf ModSh}[M] はグロタンディーク構成〈Grothendieck construction〉で自動的に作れます(それも含めて“インデックス付き圏”パターン)。

余インデックス付き圏の構造関手  (\hyp)\hyp{\bf ModSh[M]_*} に下付きアスタリスクが付いているのは、上付きアスタリスクの別バージョンがあるからです。ここでも二択自由度があるのです。下付きアスタリスクの構造関手に環層射 \tau : \sh{S'} \to \sh{R} を渡した形は:

  •  (\tau)\hyp{\bf ModSh[M]_*} = \tau_\$ = CExt(\tau)

今出てきた CExt(\hyp)加群層の係数拡大〈coefficient extension | scalar extension〉の意味で、環層射に沿って加群層の係数環層を取り替えます。環/加群の場合の係数拡大は、(加群の)線形代数の教科書にある話題です。それを層に対して延長した手順が CExt です。次のように定義されます。


\For \sh{B'} \in |\sh{S'}\hyp{\bf ModSh}[M] | \\
\Let \sh{B''} = CExt(\tau)(\sh{B'}) \in |\sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M]| \\
\Define \sh{B''} := (\underline{\sh{R}|^\tau \otimes_{\sh{S'}} \sh{B'} }, \sh{R}, \mu_{B''} )

ここで:

  • \sh{R}|^\tau は、環層射 \tau: \sh{S'} \to \sh{R} を介して、\sh{R}\sh{S'}-加群層とみなしたものです(環構造は忘れます)。
  •  \sh{R}|^\tau \otimes_{\sh{S'}} \sh{B'} は、2つの\sh{S'}-加群層をテンソル積した加群層です。\sh{S'}-スカラー倍を持ちます。
  • \underline{\sh{R}|^\tau \otimes_{\sh{S'}} \sh{B'} } は、\sh{S'}-スカラー倍を忘れてアーベル群層とみなしたものです。
  • \mu_{\sh{B''}} は、\sh{R}-加群としてのスカラー倍で、次のように定義されます。
    \mu_{\sh{B''}}(r', r\otimes b') := (r'r)\otimes b'

この手順 CExt(\tau) は、加群射に対しても拡張できて、全体として次のような関手となります。

  •  CExt(\tau): \sh{S'}\hyp{\bf ModSh}[M] \to \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M]

さらに、\tau \mapsto CExt(\tau) という対応が、余インデックス付き圏の構造関手(下)となることも確認できます。

  • CExt : {\bf RngSh}[M] \to {\bf CAT} \In \mathbb{CAT}
  • CExt(\hyp) = CExt_M(\hyp) = (\hyp)\hyp{\bf ModSh[M]_*}

キャリアが異なる加群層のあいだの射

いよいよ大詰め、キャリアが異なる(かも知れない)加群層のあいだの射を定義します。次の状況です。

  • \sh{A} \in |\sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M]|
  • \sh{B} \in |\sh{S}\hyp{\bf ModSh}[N]|
  • \Phi : \sh{A} \to \sh{B} \In {\bf ModSheaf}
  • \Phi \in {\bf ModSheaf}(\sh{A}/\sh{R}, \sh{B}/\sh{S})

\sh{A}/\sh{R} という書き方は、加群\sh{A} が環層 \sh{R} 上の加群層であること(つまり、 Coef(\sh{A}) = \sh{R} )を意味しています。

加群層射 \Phi をベース・ファイバー分解すると、

  •  \Phi = (\wt{\Phi}, main(\Phi))

係数環層の射を

  • \Let \rho := \wt{\Phi} = Coef(\Phi) : \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSheaf}

と置きます。

さらに \rho = (|\rho|, \rho^\flat) とベース・ファイバー分解できます。

  • \Let \varphi := |\rho|:M \to N \where M = |\sh{R}|, N = |\sh{S}|

と置けば:


\Phi = (\wt{\Phi}, main(\Phi)) \\
= ( \rho, main(\Phi)) \where \rho := \wt{\Phi} = Coef(\Phi)\\
= ( (|\rho|, \rho^\flat), main(\Phi)) \\
= ( (\varphi, \rho^\flat), main(\Phi)) \where \varphi := |\rho| = |\wt{\Phi}| = Carr(Coef(\Phi))\\

係数環層の射 \rho = (\varphi, \rho^\flat) : \sh{S} \to \sh{R} は既知として、主要部 main(\Phi) を定義します。主要部は、“ベース・ファイバー分解”パターンのファイバーパートになります。主要部=ファイバーパートは次のプロファイルを持ちます。

  • main(\Phi):\sh{A} \to \rho_\$ \sh{B} \In \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M]

関手 \rho_\$:\sh{S}\hyp{\bf ModSh}[N] \to \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M] \In{\bf CAT} は、前節の \tau_\$ とほぼ同じですが、次の置き換えをして考えます。

  •  \sh{S'} := \varphi^\dashv \sh{S}
  •  \sh{B'} := \varphi^\dashv \sh{B}
  •  \tau := \rho^\flat

つまり、次のようになります。


\quad \rho_\$ \sh{B} \\
= CExt(\tau)( \sh{B'}) \where \tau := \rho^\flat, \sh{B'} := \varphi^\dashv \sh{B} \\
= (\underline{\sh{R}|^\tau \otimes_{\sh{S'}} \sh{B'} }, \sh{R}, \mu_{B''} )
\where \sh{B''} := CExt(\tau)( \sh{B'})
= (\underline{\sh{R}|^{\rho^\flat} \otimes_{\varphi^\dashv \sh{S} } \varphi^\dashv \sh{B} }, \sh{R}, \mu_{B''} )

 \rho_\$  \sh{B} の定義に出てくる素材はすべて関手なので、射 \Psi:\sh{B} \to \sh{C} \In \sh{S}\hyp{\bf ModSh}[N] に対する \rho_\$ \Psi も同様に定義できます。そして、 \rho_\$ が関手であることが確認できます。

“ベース・ファイバー分解”パターンのベースパートである係数環層のあいだの射 \rho = \wt{\Phi} = Coef(\Phi) から誘導された関手 \rho_\$ = (\rho)\hyp{\bf ModSh}[M]_* が決まったので、ファイバーパートである main(\Phi) は次のプロファイルの射ならいいわけです。

  •  main(\Phi) : \sh{A} \to \rho_\$ \sh{B} \In \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M]

以上で、キャリアが異なる加群層のあいだの射

  • \Phi = (\wt{\Phi}, main(\Phi)):\sh{A}/\sh{R} \to \sh{B}/\sh{S}  \In {\bf ModSheaf}

の定義は完了です。

このような加群層射の特別な例として、多様体写像 \varphi: M \to N \In {\bf Man}微分があります。

  •  \hat{\T}\varphi = ( Coef(\hat{\T} \varphi), main(\hat{\T}\varphi)): \hat{\T} M / \hat{C^\infty}(M) \to \hat{\T} N / \hat{C^\infty}(N)  \In {\bf ModSheaf}
  •  Coef(\hat{\T} \varphi) = \hat{C^\infty}(\varphi) = (\varphi, \hat{C^\infty}(\varphi)^\flat) : \hat{C^\infty}(N) \to \hat{C^\infty}(M) \In {\bf RngSheaf}
  •  \hat{C^\infty}(\varphi)_\$ = \varphi^{\sharp\sharp} : \hat{C^\infty}(N)\hyp{\bf ModSh}[N] \to \hat{C^\infty}(M)\hyp{\bf ModSh}[M] \In{\bf CAT}
  •  main(\hat{\T}\varphi) : \hat{\T} M \to \varphi^{\sharp\sharp}( \hat{\T} N) \In \hat{C^\infty}(M)\hyp{\bf ModSh}[M]

この枠組みのなかで「多様体のあいだの写像の微分」を解釈すれば、事情はハッキリすると思います。

*1:Open(M) を圏とみなした場合は、U\in |Opne(M)| と書くべきでしょうが、そこまではしません。

*2:環層 \sh{R} を、キャリア  |\sh{S}| 上に移動することもできます。移動は双方向にできるからです。

*3:ゆるい指標〈relaxed signature〉と言えばいいのかな。

*4:今の話題では、n = 2, 3 くらいなので爆発というほどのことは起きません。が、随伴/双対がたくさんある状況での記述では、小爆発くらいにはなる可能性があります。対策としては、選択肢のどちらかを選ぶのではなくて、随伴/双対をそのまま扱う方法があります。

*5:当面は圏同型で考えます。圏同値のほうが望ましいと思います。

多様体のあいだの写像の微分

\varphi:M \to N が、(なめらかな)多様体のあいだの(なめらかな)写像のとき、その“微分”を \varphi_* と書きます。この書き方についは、「多様体上のとある公式: 計算練習」で次のように言いました。

上下のアスタリスクを使う書き方は僕は嫌いですが(微分らしく見えないし、色々と紛らわしい!)、よく使われています。

記号が気に入らないだけではなくて、微分 \varphi_*なかなかに難しい概念だと思います。接写像 T\varphi と関係はしますが、もちろん接写像と同じではないし、素直な関手性を持つわけでもありません(込み入った関手性を持つ)。

というわけで、多様体のあいだの写像微分について述べます。合成関数の微分公式が目標です。\require{color}%
\require{AMScd}%
\newcommand{\T}{ \mathscr{T} }%
\newcommand{\D}{\mathscr{D}}%
\newcommand{\In}{\mbox{ in }}%
\newcommand{\hyp}{\mbox{-}}%
\newcommand{\Keyword}[1]{\textcolor{green}{#1} }%
\newcommand{\For}{\Keyword{ \mbox{For } } }%
\newcommand{\Define}{\Keyword{\mbox{Define } }}%
\newcommand{\Then}{\Keyword{\mbox{Then } } }%
\newcommand{\Assert}{\Keyword{ \mbox{Assert } } }%
\newcommand{\where}{ \Keyword{\mbox{ where } } }%
\newcommand{\vin}{ \style{display: inline-block; transform: rotate(-90deg)}{\in} }%
\newcommand{\veq}{ \style{display: inline-block; transform: rotate(-90deg)}{=} }%
\newcommand{\u}[1]{\underline{#1}}%
\newcommand{\wt}[1]{\widetilde{#1}}%

[追記 date="投稿当日"]間違いがあったので修正しました。修正箇所はこの色で識別できます。[/追記]*1

内容:

記号の約束

多様体上のとある公式: 計算練習」とだいたい同じ約束です。

  1. M, N, L : (なめらからな)多様体
  2. x, y, z多様体の点
  3. U \subseteq M : 開集合(今回は使わない)
  4. \varphi:M \to N,\; \psi:N \to L : (なめらかな)写像
  5.  TM : 接バンドル
  6. T\varphi:TM \to TN : 接写像
  7. T_x\varphi:T_x M \to T_{\varphi(x)}N : 接写像のファイバー、R-線形写像
  8.  \T M = \T(M) := \Gamma_M(TM) : 接バンドルの、大域セクション空間、C^\infty(M)-加群
  9.  \T_M(U) := \Gamma_M(U, TM) : 接バンドルの U 上の、局所セクション空間、C^\infty_M(U)-加群(今回は使わない)

今回話題にする“\varphi微分”は  \varphi_* ではなくて \D \varphi と書きます。特に、多様体 M, N 上で微分を考えていることを明示したいときは \D_{M, N} \varphi とします。

言葉・記号に関する注意

  1. 多様体写像は、何も言わなくてもすべてなめらかです。
  2. ベクトルバンドルしか考えないので、ベクトルバンドルを単にバンドル、ベクトルバンドル準同型射を単にバンドル射と呼びます。
  3. ベクトルバンドルのファイバー・ベクトル空間も、バンドル射の一点でのファイバー間線形写像も、どちらも単にファイバーと呼びます。
  4. 可換環しか出てこないので、環=可換環 です。
  5. 加群射/R-線形写像に対する引数渡し〈argument passing〉はブラケットまたは併置を使います。
  6. 加群射/R-線形写像の結合〈合成〉の反図式順記号に \bullet を使います。
  7. セクションの一点での値は (\hyp)_{|x} のように書きます。

写像微分微分作用素

多様体 M の接バンドル TM の大域セクション〈大域的ベクトル場〉の空間は  \T M = \T(M) と書きます。それに対して、局所セクション〈局所的ベクトル場〉の空間は  \T_M(U) と書きます。今日は、大域セクションの微分だけを扱います。局所セクションの微分では、層/前層の議論が出てきて面倒になるからです。

写像 \varphi:M \to N微分した結果である \D \varphi は、加群準同型射という意味で線形です。が、写像微分をおこなう微分作用素 \D は線形ではありません。というか、線形かどうかを云々できる設定になっていません。微分作用素  \D のプロファイル(入力と出力の仕様)は:

 
\begin{array}{ccc}
{\D = \D_{M, N} :} & {\bf Man}(M, N) & \to & ? \\
                   & \vin            &     & \vin \\
                   & \varphi         & \mapsto & \D \varphi 
\end{array}

です。ここで、{\bf Man}多様体の圏で、{\bf Man}(M, N) はホムセットです。疑問符の部分が微分作用素が値をとる空間ですが、いまんところ謎です。この謎の空間を明らかにするのはこの記事の目的のひとつです。

とりあえずは、写像微分した結果である \D \varphi と、微分する操作そのものである \D を混同しないように、と注意しておきます。

ベクトルバンドルと接関手

ベクトルバンドルを記すとき、普通は記号の乱用をして E = (E, M, \pi) のように書きます。バンドル自体と全空間〈total space | entire space〉を同じ記号で表します。これが混乱を招くときもあるので、ここでは E = (\u{E}, \wt{E}, \pi_E) と書きます。バンドル射 f:E \to F は、次の図式を可換にする写像のペア f = (\u{f}, \wt{f}) です。


\begin{CD}
\u{E}    @>{\u{f}}>>   \u{F} \\
@V{\pi_E}VV            @VV{ \pi_F}V \\
\wt{E}   @>{\wt{f}}>>  \wt{F}
\end{CD}\\
\mbox{commutative in }{\bf Man}

ベクトルバンドルとバンドル射は圏をなすので、それを {\bf VectBundle} とします。バンドル/バンドル射にその底空間/底写像を対応させる関手があります。


\begin{array}{ccc}
{Base = \wt{(\hyp)}:} & {\bf VectBundle} & \to    & {\bf Man} \\
                      & \vin             &        & \vin \\
                      & (f:E \to F)      &\mapsto & (\wt{f}:\wt{E}\to \wt{F})
\end{array}

多様体に接バンドルを、写像に接写像を対応させると、これも関手になります。接関手〈tangeng functor〉ですね。


\begin{array}{ccc}
{T:} &  {\bf Man}      & \to    & {\bf VectBundle}  \\
     & \vin             &        & \vin \\
     & (\varphi:M \to N)&\mapsto & (T\varphi: TM \to TN)
\end{array}

 \wt{T\varphi} = \varphi が成立するので、次の図式は可換です。


\xymatrix{
 {} & {\bf VectBundle} \ar[d]^{Base}\\
 {\bf Man}\ar@{=}[r] \ar[ur]^{T} &   {\bf Man} 
}\\
\mbox{commutative in }{\bf CAT}

セクション加群関手と微分のアンマッチ

アーベル群 A が単なる群ではなくてR-加群であることを明示するために、(必要があれば) A/R\: (A \mbox{ over }R) と書くことにします。

ベクトルバンドルのセクションの空間 \Gamma_M(E) は関数環 C^\infty(M) 上の加群なので、\Gamma_M(E) / C^\infty(M) と書けば加群であることが明らかになります。バンドルが接バンドルのときも同様に、\T M/C^\infty(M), \; \T N/C^\infty(N) のように書けます。

接バンドルのセクション(つまり接ベクトル場)の加群\T(M) = \Gamma_M(TM) と定義され、微分 \D \varphi はこの加群を域〈domain〉とする写像です。X \in \T(M) に対する \D \varphi の値 \D \varphi [X] もまたベクトル場なので、次のようなプロファイル(入出力の仕様)を期待してしまいます。


\For \varphi: M \to N\\
\D f : \T M = \Gamma_M(TM) \to \T N = \Gamma_N(TN)

しかし、このようには定義できません

仮に(あくまで仮)、


\For X\in \T M\\
\Define Y := \D \varphi [X] \\
\Then Y\in \T{N}

だとしましょう。\varphi: M \to N全射ではないとき、y \in N\setminus \varphi(M) である点  y \in N が取れます。この点に対して、 Y_{|y} をどう定義すればいいでしょうか?

\varphi: M \to N単射ではないとき、x, x' \in M, x \ne x', \varphi(x) = \varphi(x') = y である点  x, x' \in M, y\in N が取れます。X_{|x} \ne X_{|x'} であるベクトル場 X \in \T N を選んだとき、 Y_{|y} をどう定義すればいいでしょうか?

うまくいかないですよね。上記のような安直な期待はかなえられないと分かります。

写像に沿ったセクション

[追記 date="投稿当日"] あっ、係数の拡張〈スカラーの拡張〉を忘れた。全体的な修正をしたくないので、この節において、 \T_\varphi N = \Gamma_\varphi(TN) の定義を小細工して辻褄を合わせることにします。\bar{\Gamma}_\varphi(F) が小細工のために導入した記法です。

スカラー倍の計算をしてなかったのでさほどの影響はないですが、別記事で、係数〈スカラー〉の拡張と制限、スカラー倍の変換公式は話題にしないとマズい気はしてます。ベクトルバンドルより加群として扱うなら、そういうところをちゃんとしないとダメだし。[/追記]

\varphi: M \to N多様体のあいだの写像FN 上のバンドル(i.e. \wt{F} = N )だとします。写像 s:M \to \u{F} が次の図式を可換にするとき、\varphi に沿った F のセクションと呼びます。


\xymatrix{
 {} & \u{F} \ar[d]^{\pi_F}\\
 {M}\ar[ur]^s \ar[r]^\varphi & {N= \wt{F}}
}\\
\mbox{commutative in }{\bf Man}

\varphi に沿った F のセクションの全体を \bar{\Gamma}_\varphi(F) と書きます。セクションのあいだの足し算とスカラー倍が定義できるので、加群 \bar{\Gamma}_\varphi(F)/C^\infty(N) となります。が、このままでは C^\infty(M) 上の加群にはなりません。以下のようにして、セクションに C^\infty(M) の要素(関数)を掛け算〈スカラー倍〉できるようにします。([追記 date="投稿翌日"]以下、 C^\infty(M)\otimes_{C^\infty(N)}\bar{\Gamma}_{\varphi}(F) を作ろうとしています。C^\infty(M)\otimes_{C^\infty(N)}\Gamma_N(F) でも同じことだと思いますが、写像に沿ったセクションのほうが幾何的に理解しやすいだろうと。でも、手短に説明ができなくてグダグダです。[/追記]

直積集合 C^\infty(M) \times \bar{\Gamma}_\varphi(F) の上に、次の関係 \sim を導入します。

\For a\in C^\infty(M), b\in C^\infty(N), Y\in \bar{\Gamma}_\varphi(F)\\
\quad (a\cdot_\varphi b, Y) \sim (a, b Y)

ここで、掛け算 \cdot_\varphi は、

 (a\cdot_\varphi b)_{|x} := a_{|x}b_{|\varphi(x)}

と定義します。

関係 \sim は、C^\infty(M) \times \bar{\Gamma}_\varphi(F) から自由生成されたアーベル群にまで拡張でき、足し算と整合する同値関係になります。同値関係としての \sim による商集合
(\, C^\infty(M) \times \bar{\Gamma}_\varphi(F)\, からの自由生成アーベル群)/\sim
はアーベル群になりますが、さらに C^\infty(M) の要素によるスカラー倍を、

\For a'\in C^\infty(M),\;  a'[(a, Y)] := [(a'a, Y)] (ブラケットは同値類)

と定義して、C^\infty(M)-加群になります。同値類 [(a, Y)]a\otimes Y とも書きます。([追記]とりあえずの修正、ここまで。係数環を C^\infty(N) から C^\infty(M) に拡張できました。詳細はまたいずれ。[/追記]

上記の手順で作ったC^\infty(M)-加群\Gamma_\varphi(F)/C^\infty(M) と書きます。特に、 \Gamma_\varphi(TN)/C^\infty(M) \T_\varphi(N)/C^\infty(M) とも書きます。

\varphi: M \to N微分 \D \varphi は次の形で定義できます。

  • \D \varphi : \T M/C^\infty(M) \to \T_\varphi N/C^\infty(M)

加群射であることを強調するために係数環も書きました。C^\infty(M)-加群の圏を C^\infty(M)\hyp{\bf Mod} とすると、次のようにも書けます。

  • \D \varphi : \T M \to \T_\varphi N \In C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}

実際の定義は:


\For X \in \Gamma_M(TM), x\in M\\
\Define (\D \varphi [X])_{|x} := (T_x\varphi) [X_{|x}] \;\in T_{\varphi(x)}N \\
\Then \D \varphi [X] \in \Gamma_\varphi(TN) = \T_\varphi N

[追記]\D \varphi [X] \in \Gamma_\varphi(TN) = \T_\varphi N であることを示すには、拡張したスカラー倍に関する考慮が必要です。が、今回は気にしないで別な機会に説明します。[/追記]

これをもとに、微分作用素 \D = \D_{M,N} のプロファイルを書くことができるでしょうか?

 
\begin{array}{ccc}
{\D = \D_{M, N} :} & {\bf Man}(M, N) & \to & ? \\
                   & \vin            &     & \vin \\
                   & \varphi         & \mapsto & (\D \varphi  : \T M \to \T_\varphi N )
\end{array}

これを見てわかるように、作用素 \D の被作用素〈operand〉ごとに戻り値〈return value〉の型が違ってしまうのです。プログラミング言語型理論では、プロファイルに依存型を含む、という言い方をします。作用素 \D の余域〈codmain〉がシグマ依存型と呼ばれる型になります。シグマ依存型を使ってプロファイルを書けば:


\D = \D_{M, N} : {\bf Man}(M, N) \to \sum_{\varphi\in {\bf Man}(M, N)} C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}(\T M, \T_\varphi N)

ここで、C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}(\hyp, \hyp) は、可換環 C^\infty(M) 上の加群の圏のホムセットです。シグマ記号は、ホムセットを \varphi に渡ってすべて寄せ集めることです。型理論の習慣によりシグマを使いましたが、\coprod\int のほうが“感じ”が出るかも知れません。

これで一応、作用素 \D のプロファイルを書けましたが、幾何的にあまり扱いやすくないので、もう少し調整します。

ベクトルバンドルの圏と引き戻し

多様体 M に対して、M 上のベクトルバンドルの圏を {\bf VectBdl}[M] とします。この圏の射は、底写像\mathrm{id}_M であるバンドル射です(下図)。


\begin{CD}
\u{E} @>{\u{f}}>>  \u{F} \\
@V{\pi_E}VV        @VV{\pi_F}V\\
\wt{E} = M @>{\mathrm{id}_M}>>  M = \wt{F}
\end{CD}\\
\mbox{commutative in }{\bf Man}

すべてのバンドル射を含む圏 {\bf VectBundle} と、多様体ごとに定義される圏 {\bf VectBdl}[M] は、グロタンディーク構成で結ばれますが、今日はその話は省略します。

 {\bf VectBdl}[\hyp] は、多様体に圏を対応させますが、多様体の射 \varphi:M \to N \In {\bf Man} には関手が対応します。

 
\begin{array}{cc}
 {\bf Man}         & \to \mbox{  (反変)} & {\bf CAT} \\
   \vin            &         & \vin \\
  (\varphi:M\to N) & \mapsto & ( {\bf VectBdl}[\varphi]: {\bf VectBdl}[N] \to {\bf VectBdl}[M])
\end{array}

\varphi:M \to N \In {\bf Man} から誘導された反変関手 {\bf VectBdl}[\varphi] \varphi^\sharp と略記します。

  • \varphi^\sharp : {\bf VectBdl}[N] \to {\bf VectBdl}[M] \In {\bf CAT}

F \in |{\bf VectBdl}[N]| に対する値 \varphi^\sharp F \in |{\bf VectBdl}[M]| は、ベクトルバンドル引き戻し〈pullback〉と呼ばれるものです。引き戻しバンドルの具体的な構成は割愛しますが、ここで必要な事実は次です。

これを使うと、写像微分のプロファイルを書き換えられます。


\For \varphi\in {\bf Man}(M, N) \\
\D_{M, N}\varphi = \D\varphi : \Gamma_M(TM)/C^\infty(M) \to \Gamma_M(\varphi^\sharp TN )/C^\infty(M)

 \Gamma_M(\varphi^\sharp F ) \cong \Gamma_\varphi(F) なので、同じ略記  \T_\varphi N := \Gamma_M(\varphi^\sharp TN ) を採用すると、

  • \D\varphi : \T M \to \T_\varphi N

と短く書けます。実際のところ、\T_\varphi = \Gamma_M(\varphi^\sharp F ) = \Gamma_\varphi(F) という同一視をおこないます。

加群の圏と引き戻し

多様体の関数環の上の加群の圏を C^\infty(M)\hyp{\bf Mod} と書きました。ベクトルバンドルからセクションの加群を作ることは、次のプロファイルの関手とみなせます。

  • \Gamma_M : {\bf VectBdl}[M] \to C^\infty(M)\hyp{\bf Mod} \In {\bf CAT}

関手 \Gamma_M の像圏を  C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl} と書くことにします。 C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl} の対象とは、ベクトルバンドルから構成された加群で、射はベクトルバンドル射から誘導された加群射です。

局所セクションまで考えれば、ベクトルバンドルから構成された加群を代数的・位相的に〈層論的に〉特徴付けることができます*2が、今は大域セクションしか考えてないので、セクション関手の像圏という扱いでガマンします。

以下の図式が可換になるような、加群の圏のあいだの関手を考えます。


\For \varphi:M \to N \In {\bf Man}\\
\:\\
\begin{CD}
{\bf VectBdl}[N] @>{ {\bf VectBdl}(\varphi) }>>  {\bf VectBdl}[M] \\
@V{\Gamma_N}VV                           @VV{\Gamma_M}V \\
C^\infty(N)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl} @>{ C^\infty(\varphi)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl} }>>  C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl}
\end{CD}\\
\:\\
\mbox{commutative in }{\bf CAT}

この図式で出てきた  C^\infty(\varphi)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl} は長ったらしく不格好なので、\varphi^{\sharp\sharp} と略記することにすれば:


\begin{CD}
{\bf VectBdl}[N] @>{ \varphi^\sharp }>>  {\bf VectBdl}[M] \\
@V{\Gamma_N}VV                           @VV{\Gamma_M}V \\
C^\infty(N)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl} @>{ \varphi^{\sharp\sharp} }>>  C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl}
\end{CD}\\
\:\\
\mbox{commutative in }{\bf CAT}

この可換図式が言っている内容を等式的に書き下してみましょう。圏の対象に関する等式は:


\For F \in |{\bf VectBdl}[N]| \\
\varphi^{\sharp\sharp}(\Gamma_N(F) ) = \Gamma_M( \varphi^\sharp (F) ) \In C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl}

この等式は、右辺により左辺を定義しているとみると、\varphi^{\sharp\sharp} の対象パートの存在が示せます。

圏の射に関する等式は次のようになります。


\For g:F \to F' \In {\bf VectBdl}[N] \\
\varphi^{\sharp\sharp}(\Gamma_N(g) ): \varphi^{\sharp\sharp}(\Gamma_N(F) ) \to \varphi^{\sharp\sharp}(\Gamma_N(F') )\\
\qquad  \veq \\
\Gamma_M( \varphi^\sharp (g) ): \Gamma_M( \varphi^\sharp(F)) \to \Gamma_M( \varphi^\sharp (F'))
\quad
\In C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl}

この等式も、上段の \varphi^{\sharp\sharp} が下段により定義される、と読めます。

関手 \varphi^{\sharp\sharp} は、多様体のあいだの写像 \varphi に沿って、逆向きに加群加群射を引き戻す作用を持ちます。この加群加群射引き戻し関手は、次節の合成関数の微分公式で使います。

合成関数の微分公式

\varphi: M \to N,\; \psi:N \to L \In {\bf Man} とします。それぞれの微分は次の形です。

  •  \D\varphi: \Gamma_M(TM)/C^\infty(M) \to \Gamma_M(\varphi^\sharp TN )/C^\infty(M)
  •  \D\psi: \Gamma_N(TN)/C^\infty(N) \to \Gamma_N(\psi^\sharp TL )/C^\infty(N)

2つの写像の合成写像(結合した写像)の微分は次の形です。

  •  \D(\psi\circ \varphi): \Gamma_M(TM)/C^\infty(M) \to \Gamma_M( (\psi \circ \varphi)^\sharp TL )/C^\infty(M)

これらのあいだには次の関係があります。合成関数の微分公式ですね*3

  •  \D(\psi \circ \varphi) = \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi)  \bullet  \D \varphi

これを示すには、左辺と右辺を計算して一致すればいいわけです。実際の計算の前に注意事項を述べます。

  1. \T_\varphi = \Gamma_M(\varphi^\sharp F ) = \Gamma_\varphi(F) という同一視は全面的に使います。引き戻しバンドルのセクションと写像に沿ったセクションは同じものとして扱います。([追記]ここでも、拡張したスカラー倍に関する考慮が必要です。計算のなかで、生のセクション \bar{\Gamma}_\varphi(F) と係数拡大したセクション \Gamma_\varphi(F) がハッキリと区別されてませんが、スカラー倍をしないときは気にしなくても大丈夫です。詳細は別な機会に。[/追記]
  2. x\in M, y\in N, z\in L としますが、自由に選ばれた点ではなくて、y = \varphi(x), z = \psi(y) という縛りがあります。

まず、 \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi) の見た目がグロテスクなので、一点での値の計算をしておきます。


\For Y \in \Gamma_\varphi(TN), x\in M \\
\quad ( \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi) [Y])_{|x} \:\in T_z L \\
= T_{\varphi(x)} \psi [Y_{|x}] \:\in T_z L \\
= T_y \psi [Y_{|x}] \:\in T_z L \\
\quad \where Y_{|x}\in T_y N,\; T_y\psi : T_y N \to T_z L

定義をたどるとこうなります。一点での値はゴツイ式ではないです。

次に、右辺の \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi)  \bullet  \D \varphi に引数〈argument〉を渡してみます。


\For X \in \Gamma_M(TM) \\
\quad (\varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi)  \bullet  \D \varphi)[X] \:\in \Gamma_{\psi\circ \varphi}(TL) \\
= \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi)[ \D \varphi[X] ] \:\in \Gamma_{\psi\circ \varphi}(TL) \\
= \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi)[ Y ] \:\in \Gamma_{\psi\circ \varphi}(TL) \\
\quad \where Y = \D \varphi [X] \in \Gamma_\varphi(TN)

これに対して一点での値を求めます。


\For Y \in \Gamma_\varphi(TN), x\in M \where Y = \D \varphi [X]\\
\quad ( \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi) [Y])_{|x} \:\in T_z L \\
= T_y \psi [Y_{|x}] \:\in T_z L \\
= T_y \psi [T_x \varphi [X_{|x}]  ] \:\in T_z L \\

これは、左辺の一点での値(以下)です。


\For X \in \Gamma_M(TM), x\in M \\
\quad (\D (\psi \circ \varphi)[X])_{|x}  \:\in T_z L \\
= T_x (\psi \circ \varphi)[X_{|x} ]  \:\in T_z L \\
= T_y \psi [ T_x \varphi [X_{|x} ]  ]  \:\in T_z L

そして、それから

定義や計算をするために、バンドルの圏と加群の圏を行ったり来たりしてました。これは鬱陶しいですね。バンドルの圏を介さないで、加群の圏だけで議論をしたいところです。また、大域セクションだけでは不十分で局所セクションも考慮する必要があります。これらの不満・要望から、加群層での定式化が出てきます。

写像微分加群層射と解釈する方針をとると、この記事で説明した以外の“微分”も定義できるようになります。微分の定義は一通りではないので、用途に応じて使い分けることが出来るようになります。微分の概念って、多様多彩なんですね。

*1:追記を挿入して修正すると汚くなってしまうのですが、同じ間違いを繰り返すことがあるので、間違った記録を残すのは無意味ではないと思います。

*2:局所的に有限階数自由生成な加群層です。

*3:厳密に言うと等式ではなくて同型で結ばれる関係ですが、幾つかの同一視のもとで等式だとみなしています。

多様体上のとある公式: 計算練習

オンライン上の某所にて「次の等式がよくわからん」と:

 \tilde{\varphi} S = \varphi_* \circ S \circ {\varphi_*}^{-1}

解釈を試みてみます。\require{color}%
\newcommand{\R}{{\bf R}}%
\newcommand{\shf}[1]{ \mathscr{#1} }%
\newcommand{\sla}{ \: / \: }%
\newcommand{\In}{\mbox{ in }}%
\newcommand{\hyp}{\mbox{-}}%
\newcommand{\tr}{\mathrm{tr}}%
\newcommand{\Keyword}[1]{\textcolor{green}{#1} }%
\newcommand{\For}{\Keyword{ \mbox{For } } }%
\newcommand{\Define}{\Keyword{\mbox{Define } }}%
\newcommand{\Then}{\Keyword{\mbox{Then } } }%
\newcommand{\Assert}{\Keyword{ \mbox{Assert } } }%
\newcommand{\hom}[1]{ [\!(#1)\!] }%
\newcommand{\where}{ \Keyword{\mbox{ where } } }%

この等式は結局、次の図式の可換性として表現されます。

\require{AMScd}
\begin{CD}
(\shf{T}_M \otimes \shf{T}_M^*)(U) @>{\varphi_* \otimes (\varphi^{-1})^*}>> (\shf{T}_M \otimes \shf{T}_M^*)(\varphi(U)) \\
@V{\hom{\hyp}}VV                                     @VV{\hom{\hyp}}V \\
Hom(\shf{T}_M, \shf{T}_M)(U) @>{Hom( (\varphi_*)^{-1}, \varphi_*)}>> Hom(\shf{T}_M, \shf{T}_M)(\varphi(U))
\end{CD}

内容:

記号の約束(状況設定)

  1. M : (なめらからな)多様体
  2. x, y\in M多様体の点
  3. U, V\subseteq M : 開集合
  4. \varphi, \psi:M \to M : (なめらかな)可逆写像
  5.  TM : 接バンドル
  6.  T^* M : 余接バンドル
  7. T\varphi:TM \to TM : 接写像
  8. T_x\varphi:T_x M \to T_{\varphi(x)}M : 接写像のファイバー、R-線形写像
  9.  \shf{T}_M(U) := \Gamma_M(U, TM) : 接バンドルの U 上の、局所セクション空間、C^\infty_M(U)-加群
  10.  \shf{T}^*_M(U) := \Gamma_M(U, T^*M) : 余接バンドルの U 上の、局所セクション空間、C^\infty_M(U)-加群

書き方の約束

関数〈写像〉への引数渡し〈argument passing〉をすべて丸括弧で書くと、わかりにくいこともあるので次の約束をします。

  1. U 上の局所セクション s の、点 x\in U での値は s_{|x} と書く。実数値関数のときもこの書き方を使う。
  2. C^\infty_M(U)-加群準同型射 \Phi に対して、局所セクション s を引数に渡す場合は \Phi s (併置)または \Phi[s] と書く。丸括弧 \Phi(s) は使わない。なお、ブラケットは通常のグルーピング括弧としても使う(引数渡し専用ではない)。
    [追記]この規則が一部守られてないところがありました。修正しました(が、完全かどうかは不安)。[/追記]
  3. ベクトルバンドルのファイバーからファイバーへのR-線形写像に対して、ファイバーの要素を渡す場合も上記と同様の書き方を使う。

微分の定義

多様体のあいだの写像 \varphi, \psi:M \to M は、なめらかな可逆写像で、接写像のすべての点でのファイバーは線形同型写像だとします。\varphi, \psi:M \to M に対して、“\varphi微分 \varphi_*”と“ \psi の双対微分 \psi^*”を定義します。

上下のアスタリスクを使う書き方は僕は嫌いですが(微分らしく見えないし、色々と紛らわしい!)、よく使われています。微分/双対微分も開集合 U に依存しますが、ここでは明示しません(暗黙に適当な開集合上で考える*1

緑色のキーワードを使った半形式的記法で定義します。見ればわかると思います。まずは“微分”:


\For X\in \shf{T}_M(U), y\in \varphi(U)\\
\Define (\varphi_* X)_{|y} := (T_x \varphi) [X_{|x}]  \where x = \varphi^{-1}(y) \\
\Then \varphi_* X \in \shf{T}_M(\varphi(U))

この定義は、\varphi が可逆であることに依存しています(一般性に欠ける)。以下で、可逆性に依存した議論をしますが、いちいち注意はしません。さて、次に“双対微分”:


\For \tau\in \shf{T}_M(\psi(U)), x\in U\\
\Define (\psi^* \tau)_{|x} := (T_x \psi)^\star [\tau_{|y}]  \where y = \psi(x)\\
\Then \psi^* \tau \in \shf{T}_M^*(U)

ここで、アスタリスクではない星印が付いた (T_x \psi)^\star は、接写像のファイバーの双対線形写像です。ベクトル空間と線形写像の双対は黒い星印 \star にします、アスタリスクを使い過ぎなので。

\psi = \varphi^{-1} だとして、開集合 V = \varphi(U) 上の双対微分を考えると:

  • \psi^* = (\varphi^{-1})^*: \shf{T}^*_M(\varphi^{-1}(V)) \to \shf{T}_M^*(V)

V = \varphi(U), U = \varphi^{-1}(V) なので、

  •  (\varphi^{-1})^*: \shf{T}^*_M(U) \to \shf{T}_M^*(\varphi(U))

\varphi_*,\: (\varphi^{-1})^* が定義される領域〈開集合〉が一緒なので、次のようなテンソル積は定義可能です。

  •  \varphi_* \otimes (\varphi^{-1})^* :\shf{T}_M(U) \otimes_{C^\infty_M(U)} \shf{T}^*_M(U)) \to \shf{T}_M(\varphi(U)) \otimes_{C^\infty_M(\varphi(U) )} \shf{T}_M^*(\varphi(U))

テンソル積をとるときの可換環 C^\infty_M(U),\: C^\infty_M(\varphi(U)) は同型なので、暗黙に同一視しています。

冒頭の謎の等式のなかに出てくる \tilde{\varphi} はこのテンソル積です。

  •  \tilde{\varphi} := \varphi_* \otimes (\varphi^{-1})^*

より詳しく書き下すなら:


\For X\in \shf{T}_M(U), \omega\in \shf{T}^*_M(U)\\
\Define \tilde{\varphi}[X\otimes \omega] := 
   (\varphi_*[X]) \otimes ( (\varphi^{-1})^*[\omega] ) \\
\Then \tilde{\varphi}[X\otimes \omega] \in \shf{T}_M(\varphi(U)) \otimes_{C^\infty_M(\varphi(U))} \shf{T}_M^*(\varphi(U))

テンソル加群とホム加群

加群に関する記法の約束だけしておきます。

R可換環とします。A, BR 上の加群とします。R が可換なので、加群は両側加群と考えます。

A, BR 上のテンソル積は A\otimes_R B と書きます。混乱の恐れがなければ単に A \otimes B とも書きます。

A から B へのR-加群準同型射の全体に加群構造を入れたR-加群Hom_R(A, B) と書きます。混乱の恐れがなければ単に Hom(A, B) とも書きます。

f:A \to A', g:B \to B' が2つの加群準同型射ならば、射のテンソル

  • f\otimes g:A\otimes B \to A'\otimes B'

が定義できます。

h:A' \to A, g:B \to B' が2つの加群準同型射ならば、射のホム

  •  Hom(h, g):Hom(A, B) \to Hom(A', B')

が定義できます。h方向が逆なことに注意してください。具体的な定義は:


\For u\in Hom(A, B)\\
\Define Hom(h, g)[u] := g \circ u\circ h \\
\Then Hom(h, g)[u] \in Hom(A', B')

ここまで、登場するすべての加群の係数環は同じ R としてきましたが、次の状況を考えます。

  • A, BR 上の加群
  • A', B'R' 上の加群
  • 環の同型 r:R' \to R がある。

このとき、射 f, g, h は、r:R' \to R, r^{-1}:R \to R' を介して加群準同型射になっているとします。この状況でも、射のテンソル積/ホムを考えることができます。

  • f\otimes g:A\otimes_R B \to A'\otimes_{R'} B'
  •  Hom(h, g):Hom_R(A, B) \to Hom_{R'}(A', B')

R, R' は環として同型なので、同一視してしまうこともあります。前節の C^\infty_M(U),\: C^\infty_M(\varphi(U)) の同一視がその例です。

図式のセットアップ

加群テンソル積やホムを、領域〈開集合〉ごとに作ることを、次のような記法で表現することにします。

  • (\shf{T}_M \otimes \shf{T}_M^*)(U) :=   \shf{T}_M(U) \otimes_{C^\infty_M(U)} \shf{T}_M^*(U)
  • Hom(\shf{T}_M, \shf{T}_M)(U) := Hom_{C^\infty_M(U)}(\shf{T}_M(U), \shf{T}_M(U) )

次のような加群準同型射があります。

  •  \varphi_* : \shf{T}_M(U)  \to  \shf{T}_M(\varphi(U))
  •  (\varphi^{-1})^* : \shf{T}_M^*(U) \to \shf{T}_M^*(\varphi(U))
  •  (\varphi_*)^{-1} : \shf{T}_M(\varphi(U)) \to \shf{T}_M(U)

これらを組み合わせて次の図式を考えることができます(まだ図式が可換かどうかは分かりません)。

\require{AMScd}
\begin{CD}
(\shf{T}_M \otimes \shf{T}_M^*)(U) @>{\varphi_* \otimes (\varphi^{-1})^*}>> (\shf{T}_M \otimes \shf{T}_M^*)(\varphi(U)) \\
@V{\hom{\hyp}}VV                                     @VV{\hom{\hyp}}V \\
Hom(\shf{T}_M, \shf{T}_M)(U) @>{Hom( (\varphi_*)^{-1}, \varphi_*)}>> Hom(\shf{T}_M, \shf{T}_M)(\varphi(U))
\end{CD}

ここで出てきた凹レンズ括弧は、テンソル加群とホム加群の同型を与える加群準同型射で、次のように定義します。


\For X\in \shf{T}_M(U), \omega\in \shf{T}_M^*(U)\\
\Define \hom{ X\otimes \omega } := \lambda\, Y\in \shf{T}_M(U). \langle \omega \mid Y \rangle X\\
\Then \hom{ X\otimes \omega } \in Hom_{C^\infty_M(U)}(\shf{T}_M(U), \shf{T}_M(U))

定義内の、\lambda\, \cdots はラムダ記法です。\langle \hyp \mid  \hyp \rangle は双対ペア (\shf{T}_M^*(U), \shf{T}_M(U)) のペアリングで、加群の意味で双線型形式です。

3つの補題

前節の図式の可換性を示すための補題を準備します。

  1. 逆関数微分公式
  2. スカラー倍公式
  3. 写像に沿った双対性
逆関数微分公式

今使っている記法で書くと、逆関数微分公式は次の形になります。(別な記法では別な表現になります)


(\varphi^{-1})_* = (\varphi_*)^{-1} : \shf{T}_M(\varphi(U)) \to \shf{T}_M(U)

噛み砕いて書けば:

 
\For W\in \shf{T}_M(\varphi(U)), x\in U\\
\Assert ( (\varphi^{-1})_*[W] )_{|x} = ( (\varphi_*)^{-1}[W])_{|x}

微分を定義している接写像のファイバーを確認すると:

  •  T_y(\varphi^{-1}) : T_y M \to T_x M \where x = \varphi^{-1}(y)
  •  T_x \varphi : T_x M \to T_y M \where y = \varphi(x)
  •  (T_x \varphi)^{\dashv} : T_y M \to T_x M \where x = \varphi^{-1}(y)

線形写像の双対に \star を使ったのと同じ理由(区別を付けるため)で、線形写像の逆には \dashv を使っています。((-1)乗記号で混乱する事例は「(-1)乗記号の憂鬱と混乱」参照。)

 W\in \shf{T}_M(\varphi(U)),\; y = \varphi(x),\; x = \varphi^{-1}(y) として、逆関数に関連する以下の式はすべて等しくなります。

  1.  ( (\varphi_*)^{-1} [W])_{|x}
  2.  ( (\varphi^{-1})_* [W])_{|x}
  3.   T_y(\varphi^{-1}) [W_{|y} ]
  4.  (T_x \varphi)^{\dashv}  [W_{|y} ]

逆関数微分公式の証明は割愛します。

スカラー倍公式

写像 \varphi :M → M があると、開集合 V \subseteq M 上の実数値関数(スカラーとも呼ぶ) b\in C^\infty_M(V)U = \varphi^{-1}(V) 上のスカラーに引き戻すことができます。この(プレ結合による)スカラー引き戻しを次にように書きます。

  •  \varphi^\flat[b] := b\circ \varphi
  •  (\varphi^\flat[b])_{|x} := (b\circ \varphi)_{|x} = b_{|\varphi(x)}
  •  \varphi^\flat  : C^\infty_M(V) \to C^\infty_M(\varphi^{-1}(V))
  •  \varphi^\flat  : C^\infty_M(\varphi(U)) \to C^\infty_M(U)

スカラーの引き戻しは \varphi^\ast(b) と書かれることが多いですが、アスタリスクを使い過ぎなのでフラット記号にします。

局所セクション(ベクトル場)のスカラー倍と、写像微分のあいだの関係に次があります。


\For a\in C^\infty_M(U), X\in \shf{T}_M(U) \\
\Assert \varphi_*[a X] = (\varphi^{-1})^\flat [a] \,\varphi_*[X] \mbox{ on }\shf{T}_M(\varphi(U))

これは y\in \varphi(U) に対して両辺の値を計算してみれば分かります。


\quad \mathrm{LeftHandSide}_{|y} \\
= (\varphi_*[a X])_{|y} \\
= (T_x \varphi)[ (a X)_{|x} ] \where x = \varphi^{-1}(y) \\
= (T_x \varphi)[ a_{|x}\, X_{|x} ] \\
= a_{|x} (T_x \varphi)[  X_{|x} ] \\
= a_{|\varphi^{-1}(y)} (T_x \varphi)[  X_{|x} ] \\
= ( (\varphi^{-1})^\flat [a] )_{|y} \, (\varphi_*[X])_{|y} \\
= \mathrm{RightHandSide}_{|y}

写像に沿った双対性

\varphi微分/双対微分に関連して次の2つの加群準同型射がありました。

  •  (\varphi^{-1})^* : \shf{T}_M^*(U) \to \shf{T}_M^*(\varphi(U) )
  •  (\varphi_*)^{-1} : \shf{T}_M(\varphi(U)) \to \shf{T}_M(U)

この2つの加群準同型射は、(加群の意味で)互いに双対な関係にあります。次のような図式で見ると少しは分かりやすいかも知れません。

\xymatrix{
  {}
  & {\shf{T}_M^*(U)} \ar[r]^{(\varphi^{-1})^*} \ar@{.}[dl] \ar@{<-->}[dd]|{\mbox{dual}}
  & {\shf{T}_M^*(\varphi(U) )} \ar@{.}[dr] \ar@{<-->}[dd]|{\mbox{dual}}
  & {}
\\
  {C^\infty_M(U)}
  & {}
  & {}
  & {C^\infty_M(\varphi(U))}
\\
  {}
  & {\shf{T}_M(U)} \ar@{.}[ul]
  & {\shf{T}_M(\varphi(U))} \ar[l]^{(\varphi_*)^{-1}} \ar@{.}[ur]
  & {}
\\
}

双対性を規定する等式〈公式〉は次のようです。


\For \omega \in \shf{T}_M^* (U), W \in \shf{T}_M(\varphi(U)) \\
\Assert \langle (\varphi^{-1})^* [\omega] \mid W \rangle = (\varphi^{-1})^\flat [ \langle \omega \mid (\varphi_*)^{-1} [W]\rangle  ]

y\in \varphi(U) に対する等式は:


\langle (\varphi^{-1})^* [\omega] \mid W \rangle_{|y} = \langle \omega \mid (\varphi_*)^{-1} [W]\rangle_{|\varphi^{-1}(y)}

この等式を計算で確認します。


\quad \mathrm{LeftHandSide}\\
= \langle (\varphi^{-1})^* [\omega] \mid W \rangle_{|y} \\
= \langle ( \varphi^{-1})^* [\omega]_{|y} \mid W_{|y} \rangle \\
= \langle T_y(\varphi^{-1})^\star [\omega_{|x} ] \mid W_{|y} \rangle \where x = \varphi^{-1}(y) \\
= \langle \omega_{|x}  \mid T_y(\varphi^{-1}) [W_{|y}] \rangle ↓逆関数の微分公式\\
= \langle \omega_{|x}  \mid ( (\varphi_*)^{-1} [W] )_{|x} \rangle \\
= \langle \omega \mid (\varphi_*)^{-1} [W]\rangle_{|x} \\
= \langle \omega \mid (\varphi_*)^{-1} [W]\rangle_{|\varphi^{-1}(y)} \\
= \mathrm{RightHandSide}\\

図式の可換性

可換性を示したい図式を再掲します。

\require{AMScd}
\begin{CD}
(\shf{T}_M \otimes \shf{T}_M^*)(U) @>{\varphi_* \otimes (\varphi^{-1})^*}>> (\shf{T}_M \otimes \shf{T}_M^*)(\varphi(U)) \\
@V{\hom{\hyp}}VV                                     @VV{\hom{\hyp}}V \\
Hom(\shf{T}_M, \shf{T}_M)(U) @>{Hom( (\varphi_*)^{-1}, \varphi_*)}>> Hom(\shf{T}_M, \shf{T}_M)(\varphi(U))
\end{CD}

 S\in (\shf{T}_M \otimes \shf{T}_M^*)(U) を取って、二通りの計算をしますが、S が次の形のときを調べれば十分です。


\For X \in \shf{T}_M(U) , \omega \in \shf{T}_M^*(U)\\
\Define S := X\otimes \omega \\
\Then S\in (\shf{T}_M \otimes \shf{T}_M^*)(U)

次の疑問符のところで結果が一致すればいいわけです。

\xymatrix{
  {S = X\otimes \omega} \ar@{|->}[r]^-{\varphi_* \otimes (\varphi^{-1})^*} \ar@{|->}[d]_{\hom{\hyp}}
 & {\varphi_*[X]\otimes (\varphi^{-1})^*[\omega]} \ar@{|->}[d]^{\hom{\hyp}}
\\
 {\hom{X\otimes \omega} } \ar@{|->}[r]^-{Hom( (\varphi_*)^{-1}, \varphi_*)}
 & {?}
}

時計回りの計算と反時計回りの計算をします。


\quad \mathrm{Clockwise} \\
= \hom{ \varphi_*[X]\otimes (\varphi^{-1})^*[\omega] } \\
=  \lambda\, Z\in \shf{T}_M(\varphi(U)).\langle (\varphi^{-1})^* [\omega] \mid Z\rangle ( \varphi_*[X] )\\

\:\\
\quad \mathrm{AntiClockwise} \\
= Hom( (\varphi_*)^{-1}, \varphi_*)[\, \hom{X\otimes \omega} \,] \\
= \varphi_* \circ\hom{X\otimes \omega} \circ (\varphi_*)^{-1} \\
= \varphi_* \circ (\lambda\, Y\in \shf{T}_M(U).\langle \omega \mid Y\rangle X) \circ (\varphi_*)^{-1}

得られた式に、W \in \shf{T}_M(\varphi(U)) を渡してみます。


\quad \mathrm{Clockwise} [W] \\
= ( \lambda\, Z\in \shf{T}_M(\varphi(U)).\langle (\varphi^{-1})^* [\omega] \mid Z\rangle ( \varphi_*[X] ) )[W] \\
= \langle (\varphi^{-1})^* [\omega] \mid W\rangle\,  \varphi_*[X]  ↓双対性の公式 \\
= (\varphi^{-1})^\flat [\langle \omega \mid ( \varphi_*)^{-1} [W] \rangle] \, \varphi_*[X] \\

\:\\
\quad \mathrm{AntiClockwise} [W] \\
= ( \varphi_* \circ (\lambda\, Y\in \shf{T}_M(U).\langle \omega \mid Y\rangle X) \circ (\varphi_*)^{-1}) [W] \\
=  \varphi_* [\, (\lambda\, Y\in \shf{T}_M(U).\langle \omega \mid Y\rangle X) [ (\varphi_*)^{-1}[W] ] \,]\\
=  \varphi_* [\, \langle \omega \mid (\varphi_*)^{-1}[W]\rangle X \,] ↓スカラー倍公式 \\
=  (\varphi^{-1})^\flat[  \langle \omega \mid (\varphi_*)^{-1}[W]\rangle ] \, \varphi_* [X ] \\

時計回りと反時計回りが一致しました。

結論と感想

前節の図式の可換性を等式で書けば次のとおり。

  •  \hom{\tilde{\varphi}[S]} = \varphi_* \circ \hom{S} \circ (\varphi_*)^{-1}

S\hom{S} などを同一視すると冒頭の等式になります。思いのほか、示すのが大変でした。

第2節の「書き方の約束」で述べた変更以外は、だいたい慣用の記法を使いました。オーバーロード(記号の多義的使用)を多少は解消するようにしたのですが、それでもまだオーバーロードが激しくて紛らわしいですね。多様体のあいだの写像により、セクションの空間がどう動くかを最初に整理しておいて、あとは加群の代数的計算に集中するようにすると楽になる気がしました。

気力があれば、記法と計算法をもうちょいマシにしたいところですが、気力がぁ‥‥

*1:上下アスタリスク記法や暗黙の開集合を推奨しているわけではありません。むしろ嫌い、やめて欲しい。今日のところは一般的・多数派な記法に迎合しています。

マルコフ・テンソルに関連する圏達

昨日の記事「マルコフ圏におけるテンソル計算の手順とコツ」で次のような表を挙げました。

対象が番号/番号リスト 対象が集合/集合リスト 簡約多圏
L FinSet Poly(FinSet)
Mat FXMat Poly(FXMat) = FXTens
Tens FXTens = T -

これらの圏について、ちょっと説明を付け加えておきます。 %
\newcommand{\P}{ {\bf P} }%
\newcommand{\N}{ {\bf N} }%
\newcommand{\In}{ \mbox{ in } }%
\newcommand{\For}{ \mbox{For } }%
\newcommand{\lis}[1]{ \boldsymbol{ #1 } }%

内容:

対象とホムセット

対象の集合(大きな集合=類 かも知れない)に注目すると、次のようになっています。

  1. |L| = N
  2. |Mat| = N
  3. |Tens| = List(N)
  4. |FinSet| = (すべての有限集合)
  5. |FXMat| = |FinSet|
  6. |FXTens| = List(|FinSet|)

自然数に上付きのバーは次の意味だとします。

  • \bar{0} := \emptyset
  • \bar{1} := \{1\}
  • \bar{2} := \{1, 2\}
  • \bar{n} := \{1, 2, \cdots, n\}

リスト \lis{n}\in List(\N) に対しては、

  •  \bar{\lis{n}} = \overline{(n_1, \cdots, n_r)} := (\bar{n_1}, \cdots, \bar{n_r}) (集合のリスト)

 \P := \{x\in {\bf R}\mid x \ge 0\} は非負実数の集合で、足し算と掛け算を考えて半環になります。以下、行列・テンソルの係数は任意の実数ではなくて非負実数だとします。

さて、ホムセットは次のようです。

  1. \For n, m\in \N,\: {\bf L}(n, m ) := Map(\bar{n}, \bar{m})
  2. \For n, m\in \N,\: {\bf Mat}(n, m ) := (n列m行の行列の全体) = Map(\bar{n}\times\bar{m}, \P)
  3. \For \lis{n}, \lis{m}\in List(\N),\: {\bf Tens}(\lis{n}, \lis{m}) := Map(\prod(\bar{\lis{n}})\times \prod(\bar{\lis{n}}), \P)
  4. \For A, B\in |{\bf FinSet}|,\: {\bf FinSet}(A, B) := (AからBへの写像の全体) = Map(A, B)
  5. \For A, B\in |{\bf FinSet}|,\: {\bf FXMat}(A, B) := Map(A\times B, \P)
  6. \For \lis{a}, \lis{b}\in List(|{\bf FinSet}|),\: {\bf FXTens}(\lis{a}, \lis{b}) := Map(\prod(\lis{a})\times \prod(\lis{b}), \P)

このなかで、FXTens については、T という短い名前で昨日の記事で詳しく説明しました。

相互関係

自然数 n に集合 \bar{n} を対応させると、次のような規準的な埋め込み関手が作れます。

  • LFinSet
  • MatFXMat
  • TensFXTens (リスト \lis{n} に集合のリスト \bar{\lis{n}}

それだけでなくて、“縦方向”の埋め込み関手も存在します。


\xymatrix {
 {\bf L} \ar[d] \ar[r] & {\bf FinSet} \ar[d] \\

 {\bf Mat}\ar[d]\ar[r] & {\bf FXMat} \ar[d]\\

 {\bf Tnes}\ar[r]& {\bf FXTens}
}

上段の縦方向は identity-on-objects(対象の上では恒等)な関手で、ホムセットのあいだでは埋め込み写像になっています。下段の縦方向は、対象の自然数/集合を単項リスト〈singleton list〉にする充満忠実関手です。

無限集合も入れると

ここまで、対象として現れる集合はすべて有限集合でした。無限集合も許すと、前節の図式を次のように拡張できます。右列の横方向関手は、充満忠実埋め込み関手になっています。


\xymatrix {
 {\bf L} \ar[d] \ar[r] & {\bf FinSet} \ar[d] \ar[r] & {\bf Set} \ar[d]\\

 {\bf Mat}\ar[d]\ar[r] & {\bf FXMat} \ar[d] \ar[r] & {\bf XMat} \ar[d] \\ 
 
 {\bf Tnes}\ar[r] & {\bf FXTnes}\ar[r] & {\bf XTens}
}

ここで出てきた XMat, XTens は次のように定義されます。

  •  |{\bf XMat}| := |{\bf Set}|
  • \For A, B\in |{\bf XMat}|,\:  {\bf XMat}(A, B) := Map(A, Map_{finSupp}(B, \P) )
  •  |{\bf XTens}| := List(|{\bf Set}|)
  • \For \lis{a}, \lis{b}\in |{\bf XTens}|,\:  {\bf XTens}(\lis{a}, \lis{b}) := Map(\prod(\lis{a}), Map_{finSupp}(\prod(\lis{b}), \P) )

ここで、

  • \For f\in Map(X, \P),\: supp(f) := \{x\in X \mid f(x)\ne 0\}
  •  Map_{finSupp}(X, \P) := \{f\in Map(X, \P)\mid supp(f) が有限集合\}

無限集合を許すと、有限台〈finite support〉という条件を付ける必要があり、定義や計算が面倒になります。興味ある人は、有限の場合の定義を無限集合まで拡張してみるといいでしょう。

保存法則による制限

前節の図式の中段と下段の二行に出てくる圏は、行列の圏またはテンソルの圏です。行列/テンソルに関しては、保存法則〈conservation law〉を考えることができます。

  • \forall x\in A.(\, \sum_{y\in B} m(y\mid x) = 1 \,) (行列の保存法則)
  • \forall x\in \prod(\lis{a}).(\, \sum_{y\in\prod(\lis{b})} t(y\mid x) = 1 \,)テンソルの保存法則)

保存法則を満たす行列/テンソルマルコフ行列/テンソル〈Markov matrix/tensor〉と呼びます。行列/テンソルの圏のなかで、マルコフ行列/テンソル達は部分圏を形成します。形容詞としての「マルコフ」(意味は「保存法則を満たす」)を一文字 'M' で表すとして、次の図式があります。


\xymatrix {
 {\bf L} \ar[d] \ar[r] & {\bf FinSet} \ar[d] \ar[r] & {\bf Set} \ar[d]\\

 {\bf MMat}\ar[d]\ar[r] & {\bf MFXMat} \ar[d] \ar[r] & {\bf MXMat} \ar[d] \\ 
 
 {\bf MTnes}\ar[r] & {\bf MFXTnes}\ar[r] & {\bf MXTens}
}

前節の図式とほぼ同じですが、下側の二行は「保存法則を満たす」という制限で部分圏に置き換えています。

全部ひっくるめて図式にすると:

\newcommand{\B}[1]{ {\bf #1} }
\xymatrix{
% 1
    {\B{L}}\ar[d]\ar[rr]
  & {}
  & {\B{FinSet}}\ar[d]\ar[rr]
  & {}
  & {\B{Set}}\ar[d]
  & {}
\\
% 2
    {\B{MMat}} \ar[dd]\ar[dr]\ar[rr]
  & {}
  & {\B{MFXMat}} \ar[dd]\ar[dr]\ar[rr]
  & {}
  & {\B{MXMat}} \ar[dd]\ar[dr]
  & {}
\\
% 3
    {}
  & {\B{Mat}}  \ar[dd] \ar[rr]
  & {}
  & {\B{FXMat}} \ar[dd] \ar[rr]
  & {}
  & {\B{XMat}} \ar[dd]
\\
% 4
    {\B{MTens}} \ar[dr]\ar[rr]
  & {}
  & {\B{MFXTens}}\ar[dr]\ar[rr]
  & {}
  & {\B{MXTens}}\ar[dr]
  & {}
\\
% 5
    {}
  & {\B{Tens}}\ar[rr]
  & {}
  & {\B{FXTens}}\ar[rr]
  & {}
  & {\B{XTens}}

}

矢印はすべて埋め込み関手なので、どのような埋め込みなのかを確認すると図式の意味がハッキリします。

マルコフ圏におけるテンソル計算の手順とコツ

圏論では、さまざまな絵図/テキスト式が出てきます。絵図〈diagram | picture〉とテキスト式〈text expression〉とのあいだの相互翻訳や、絵図/テキスト式を使った計算は、機械的作業(アルゴリズムの実行)です。したがって、手順をマスターすれば、誰でも出来ることです。ひらめきや才能が必要なのではなくて、トレーニングが必要なだけです。

ただし、手早く処理したりショートカットするために、多少のコツはあります。この記事では、ストリング図で記述されているマルコフ射(マルコフ圏の射)を、テキスト式に翻訳して計算する手順とコツを述べます。ここでのコツとは、「変数に名前を付けないで番号で済ませる」という(割とくだらない)方法です。\require{enclose}%
\newcommand{\V}[1]{\enclose{circ}{#1}}%
\newcommand{\hyp}{\mbox{-} }%
\newcommand{\eq}{\mathrm{eq} }%
\newcommand{\P}{ {\bf P} }%
\newcommand{\In}{ \mbox{ in } }%
\newcommand{\For}{ \mbox{For } }%
\newcommand{\cat}[1]{ \mathcal{ #1 } }%
\newcommand{\lis}[1]{ \boldsymbol{ #1 } }%
\newcommand{\conc}{ \mathop{\#} }%
\newcommand{\BR}[1]{ \left[\!\left[ {#1} \right]\!\right]}%

内容:

マルコフ圏とその多圏

マルコフ圏についてはここでは説明しません。「マルコフ圏 A First Look -- 圏論的確率論の最良の定式化」とそこから参照されている記事を参照してください。

C がマルコフ圏のとき、C をそのまま使うより(簡易的な)多圏を作ったほうが便利です(作り方は「対称モノイド多圏(簡約版)」参照)。D = Poly(C) を、Cから作った簡約多圏〈reduced polycategory〉とすると、D = Poly(C) は次のように定義されます。

  • 対象:  |\cat{D}| := List(|\cat{C}|) \cal{C} の対象のリストの集合)
  • ホムセット: \For \lis{a}, \lis{b}\in |\cat{D}|,\;  \cat{D}(\lis{a}, \lis{b}) := \cat{C}(\bigotimes(\lis{a}), \bigotimes(\lis{b}) )

ここで出てきたリストに対する総モノイド積 \bigotimes(\hyp) は次のように定義されます。

  • \bigotimes( () ) := {\bf 1}_{\cat{C}}\cat{C} の単位対象)
  • \bigotimes( (A_1) ) := A_1
  • \bigotimes( (A_1, A_2) ) := A_1\otimes A_2
  • \bigotimes( (A_1, \cdots, A_n) ) := A_1\otimes \cdots \otimes A_n

Dの結合と恒等射は、この定義と整合するように決めます。また、Dのモノイド構造は次のように定義します。

  • \For \lis{a}, \lis{b}\in |\cat{D}|,\;  \lis{a}\otimes\lis{b} := \lis{a}\conc\lis{b} (リストの連接 \conc がモノイド積)
  • 射に対するモノイド積は、\cat{C} のモノイド積を引き継ぐ(多少の細工が必要)。
  • {\bf 1}_{\cat{D}} := () (空リストが単位対象)

多圏Dにおけるプロファイルの書き方に、略記の習慣があります。

  • f \in \cat{D}(\lis{a}, \lis{b})
  •  \lis{a} = (A_1, \cdots, A_n)
  •  \lis{b} = (B_1, \cdots, B_m)

のとき、f: \lis{a} \to \lis{b}\In \cat{D} を次のように書きます。

  • f: A_1, \cdots, A_n  \to B_1, \cdots, B_m \In \cat{D}

リストを囲む丸括弧を省略します。ここではこの略記を採用せずに、次のように丸括弧をちゃんと書きます。略記による便利さより弊害のほうが大きいと思うので。

  • f: (A_1, \cdots, A_n)  \to (B_1, \cdots, B_m) \In \cat{D}

マルコフ・テンソル

マルコフ圏の典型例は、可測空間の圏Meas上のジリィモナドのクライスリ圏Stocです。Stocの射はマルコフ核と呼びます(「マルコフ核: 確率計算のモダンな体系」参照)。

可測空間を有限離散可測空間だけに制限すると、マルコフ圏Stocの部分マルコフ圏FinDiscStocになります。圏FinDiscStocの射であるマルコフ核は(ちょっと拡張した)マルコフ行列で表現できます。そして、Poly(FinDiscStoc) の射はマルコフテンソル(後述)で表現できます。

テンソル」は多義曖昧語ですが、ここで出てきたテンソル*1は、次の形の写像です。

  •  t:\prod(\lis{x})\times \prod(\lis{y}) \to \P \In {\bf Set}

ここで、ボールド体の \lis{x}, \lis{y} などは有限集合のリストを表し、\P は非負実数の半環を意味します。\prod(\hyp) はリストに対する総直積で、\bigotimes(\hyp) と同様に定義されます。次の点には注意してください -- 空リストの総直積は単元集合*2で、その唯一の要素をアスタリスクで表します。

  • \prod( () ) = {\bf 1} = \{\ast\}

テンソル s をラムダ記法で書くならば:

  •  s = \lambda\, (x, y)\in \prod(\lis{x})\times \prod(\lis{y}).(\, s(x, y)\:\in \P \,)

\lis{x} = (X_1, \cdots, X_n), \lis{y} = (Y_1, \cdots, Y_m) として、露骨〈explicit〉な成分表示(入れ子の括弧を若干省略)をするなら:

  •  s = \lambda\, ( (x_1,\cdots, x_n),(y_1, \cdots, y_m)  )\in (X_1\times \cdots \times X_n)\times (Y_1\times \cdots\times Y_m).(\, s( (x_1,\cdots, x_n),(y_1, \cdots, y_m) )\:\in \P \,)

反図式順記法に合わせるために、引数の左右順序をひっくり返す(ペアの右が第一成分、左が第二成分、区切り記号を縦棒とする)と:

  •  s = \lambda\, ( y_1, \cdots, y_m \mid x_1,\cdots, x_n )\in (X_1\times \cdots \times X_n)\times (Y_1\times \cdots\times Y_m).(\, s( y_1, \cdots, y_m \mid x_1,\cdots, x_n)\:\in \P \,)

色々省略して簡潔に書けば:

  •  s = \lambda\, (y_1, \cdots,  y_m \mid x_1,\cdots, x_n ).(\, s( y_1, \cdots, y_m \mid x_1,\cdots, x_n) \,)

成分に展開するのをやめれば:

  •  s = \lambda\, (y \mid x ).(\, s( y \mid x) \,)

さて、テンソルの圏 T *3を次のように定義します。

  • 対象:  |{\bf T}| = List(|{\bf FinSet}|) {\bf FinSet} は有限集合の圏)
  • ホムセット: \For \lis{x}, \lis{y}\in |{\bf T}|,\; {\bf T}(\lis{x}, \lis{y}) := Map(  \prod(\lis{x})\times\prod( \lis{y}), \P)

テンソルTの射)の結合は、次のように定義します。


\For s = \lambda\, (y\mid x).(\, s(y \mid x)\,) : \lis{x} \to \lis{y} \In {\bf T}\\
\qquad t = \lambda\, (z\mid y).(\, t(z \mid y) \,) : \lis{y} \to \lis{z} \In {\bf T}\\
t\circ s := \lambda\, (z\mid x).(\, \sum_{y} t(z \mid y) s(y \mid x) \,)  : \lis{x} \to \lis{z} \In {\bf T}

恒等射は次のようです。


\mathrm{id}_{\lis{x}} := \lambda\, (x'\mid x).(\, \eq(x', x) \,) \In \lis{x} \to \lis{x} \In {\bf T}

ここで、\eq(\hyp, \hyp) は、2つの引数が等しければ 1 を返し、そうでなければ 0 を返す関数です。

2つのテンソルテンソル積(圏のモノイド積)は次のようです。


\For s = \lambda\, (y\mid x).(\, s(y \mid x)\,) : \lis{x} \to \lis{y} \In {\bf T}\\
\qquad u = \lambda\, (w\mid z).(\, u(w \mid z) \,) : \lis{z} \to \lis{w} \In {\bf T}\\
s\otimes u := \lambda\, (y, w\mid x, z).(\, s(y \mid x) u(w \mid z) \,)  : \lis{x}\otimes\lis{z} \to \lis{y}\otimes\lis{w} \In {\bf T}

テンソル s = \lambda\, (y\mid x).(\, s(y \mid x)\,)マルコフテンソル〈Markov tensor〉であるとは、次の条件(保存法則〈conservation law〉という)を満たすことです。

  • \forall x\in \prod(\lis{x}).(\, \sum_{y} s(y\mid x) = 1 \,) (保存法則)

射をマルコフテンソルだけに制限すると、圏 T の部分圏となるので、その部分圏を MT とします。

今定義した圏MTと、有限離散可測空間とマルコフ核の圏から作った簡約多圏 Poly(FinDiscStoc) のあいだには規準的〈canonical〉な同型があります。

  • {\bf MT} \cong Poly({\bf FinDiscStoc}) \In {\bf CAT}

この規準的な同型を通して、MT と Poly(FinDiscStoc) はしばしば同一視されます。ここでは、もっぱら圏 MT を扱いますが、その背後に Poly(FinDiscStoc) があることは想定しています。

[補足]

この記事では触れませんが、関連するいくつかの圏があります。それらを表にまとめておきます。([追記]マルコフ・テンソルに関連する圏達」により詳しい話を書きました。[/追記]

対象が番号/番号リスト 対象が集合/集合リスト 簡約多圏
L FinSet Poly(FinSet)
Mat FXMat Poly(FXMat) = FXTens
Tens FXTens = T -

L は、|L| := N, L(n, m) := Map({1, ..., n}, {1, ..., m}) で定義される圏です。行列の圏 Mat の対象集合も N で、番号ベースのテンソルの圏 Tens の対象集合は List(N) です。FXTens をこの記事では短く T と書いています。T は既に定義しました。

N, List(N) を、有限集合/有限集合のリストに一般化した圏が表の二列目にあります。表の三列目は二列目の圏を多圏化した簡約多圏です。FXTens は既に多圏なので多圏化する必要はありません。

FX は、Finitely eXtended の略で、単に X なら有限性の条件が外れます。

  • XMat : 対象を(有限とは限らない)任意の集合にまで拡張した行列の圏
  • XTens : 対象を(有限とは限らない)任意の集合のリストにまで拡張したテンソルの圏

保存法則を満たす行列・テンソルの圏には M を付けることにすると:

  • MMat : 番号ベースのマルコフ行列の圏*4
  • MTens : 番号ベースのマルコフテンソルの圏
  • MFXMat : 集合ベースのマルコフ行列の圏、FinDiscStoc と同型。
  • MFXTens : 集合ベースのマルコフテンソルの圏、Poly(FinDiscStoc) と同型。

[/補足]

例題: 同時化

次のストリング図を例題にします。この図が表す射をテキスト式で書き下します。


\xymatrix {
  {} & *+[o][F]{a}\ar[d]^X & {} 
\\
  {}  & *{\Delta}\ar[dl]^X \ar[dr]_X & {} 
\\
  {\mathrm{I}} \ar[d]^X  & {} & *+[F]{f} \ar[d]_Y
\\
  {}   &  {} & {}
}\\
\mbox{in }{\bf MT}

ストリング図をXyJaxで描いているので(「カリー/ハワード対応のための記法・図法」参照)だいぶ不格好です。幾つか注意をしておくと:

  1. 矢印があるので明らかですが、描画方向は上から下です。
  2. ノード(射の図示)a は、三角形で表すのが多数派です。三角で囲むことが出来なかったので丸で囲んでます。
  3. \Delta は、マルコフ圏の対角射〈コピー射〉です。枝分かれしたワイヤーだけで描くことが多いと思います。
  4. 左側の I は恒等射です。通常、恒等射はノードとしては描かずワイヤーだけです。

図に出現している射のプロファイルを列挙します。

  1.  a:() \to (X) \In {\bf MT}
  2.  \Delta = \Delta_X :(X) \to (X, X) \In {\bf MT}
  3.  \mathrm{I} = \mathrm{I}_X = \mathrm{id}_X: (X) \to (X) \In {\bf MT}
  4.  f: (X) \to (Y) \In {\bf MT}

ストリング図全体として、次の射を表しています。

  •  a;\Delta_X;(I_X \otimes f) : () \to (X, Y)\In {\bf MT}

この射(テンソル)を、ラムダ記法で具体的に表現したらどうなるか? が課題です。

まず、ストリング図に出現するワイヤーに番号を付けておきます。


\xymatrix {
  {} & *+[o][F]{a}\ar[d]_1^X & {} 
\\
  {}  & *{\Delta}\ar[dl]_2^X \ar[dr]_X^3 & {} 
\\
  {\mathrm{I}} \ar[d]_4^X  & {} & *+[F]{f} \ar[d]_Y^5
\\
  {}   &  {} & {}
}\\
\mbox{in }{\bf MT}

この番号を変数名に含む変数を使うことにします。次の5つの変数です。

  1.  x1 \in X
  2.  x2 \in X
  3.  x3 \in X
  4.  x4 \in X
  5.  y5 \in Y

そして、アスタリスク \ast は、\prod( ()) = {\bf 1} の唯一の要素です。

それぞれの射(テンソル)を簡略なラムダ記法で表示すると次のようです。

  1.  a = \lambda\, (x1\mid\ast) .(\, a(x1\mid \ast)  \,)
  2.  \Delta = \lambda\, (x2, x3 \mid x1) .(\, \Delta(x2, x3\mid x1)  \,)
  3.  \mathrm{I} = \lambda\, (x4 \mid x3) .(\, \mathrm{I}(x4\mid x3)  \,)
  4.  f = \lambda\, (y5 \mid x3).(\, f(y5\mid x3) \,)

ちょっとずつ計算してみると:


\quad \Delta \circ a \\
= \lambda\, (x2, x3 \mid \ast) .(\, \sum_{x1}\Delta(x2, x3\mid x1) a(x1\mid \ast) \,)\\
\:\\
\quad \mathrm{I}\otimes f \\
= \lambda\, (x4, y5 \mid x2, x3).(\, \mathrm{I}(x4 \mid x2) f(y5\mid x3)  \,)\\
\:\\
\quad (I\otimes f)\circ (\Delta \circ a) \\
= \lambda\, (x4, y5 \mid \ast).(\, \sum_{x2,x3}\left[ \mathrm{I}(x4 \mid x2) f(y5\mid x3)\sum_{x1}\Delta(x2, x3\mid x1) a(x1\mid \ast)\right] \,)\\
= \lambda\, (x4, y5 \mid \ast).(\, \sum_{x2,x3}\sum_{x1} \mathrm{I}(x4 \mid x2) f(y5\mid x3)\Delta(x2, x3\mid x1) a(x1\mid \ast) \,)

ここから先は、ラムダ関数式の本体式〈body expression〉だけを抜き出して計算します。次の表示を利用します。

  • \mathrm{I}(x4 \mid x2) = \eq(x4, x2)
  • \Delta(x2, x3\mid x1) = \eq(x2, x1)\eq(x3, x1)

計算を続けましょう。(後に解説があります。)


\quad \sum_{x2,x3}\sum_{x1} \mathrm{I}(x4 \mid x2) f(y5\mid x3)\Delta(x2, x3\mid x1) a(x1\mid \ast)\\
= \sum_{x2,x3, x1} \mathrm{I}(x4 \mid x2) f(y5\mid x3)\Delta(x2, x3\mid x1) a(x1\mid \ast)\\
= \sum_{x2,x3,x1} \eq(x4, x2) f(y5\mid x3) \eq(x2, x1)\eq(x3, x1) a(x1\mid \ast)\\
= \sum_{x2,x3} \eq(x4, x2) f(y5\mid x3) \eq(x3, x2) a(x2\mid \ast)\\
= \sum_{x2} \eq(x4, x2) f(y5\mid x2)  a(x2\mid \ast)\\
= f(y5\mid x4) a(x4\mid \ast)\\

上の計算の詳細は次節にあるので、とりあえず結果を認めてもう一度ラムダ関数式のなかに収めると:


\quad (I\otimes f)\circ (\Delta \circ a) \\
= \lambda\, (x4, y5 \mid \ast).(\, \sum_{x2,x3}\sum_{x1} \mathrm{I}(x4 \mid x2) f(y5\mid x3)\Delta(x2, x3\mid x1) a(x1\mid \ast) \,)\\
= \lambda\, (x4, y5 \mid \ast).(\, f(y5\mid x4) a(x4\mid \ast) \,) \\
= \lambda\, (x, y \mid \ast).(\, f(y\mid x) a(x\mid \ast) \,)

最後の変形は、ラムダ束縛変数の名前は好きにリネーム(アルファ変換という)してよい、という規則を使っています。

最終的結果である \lambda\, (x, y \mid \ast).(\, f(y\mid x) a(x\mid \ast) \,) は、fa による同時化〈jointfication〉といいます。つまり、最初のストリング図は同時化の図だったのです。

総和の計算規則

ここからは、計算の規則の説明をします。個々の計算ではなくて、計算全般に共通するパターンの説明です。このテの説明には、式や変数を表すメタ変数が必要になります。筆記体\mathscr{E}, \mathscr{F} などは式を表すメタ変数、ギリシャ小文字 \xi, \eta などは変数を表すメタ変数とします。

次はひとつの計算規則です。併置(単に並べる)は掛け算を意味します。

  •  \sum_\xi \mathscr{E}\mathscr{F} = \mathscr{E} \sum_\xi \mathscr{F}

ただし、無条件に使える計算規則ではなくて、次の条件が付きます。

  • \mathscr{E} のなかに変数 \xi が現れない。

例を挙げると:


\quad \mathrm{I}(x4 \mid x2) f(y5\mid x3)\sum_{x1}\Delta(x2, x3\mid x1) a(x1\mid \ast) \\
= \sum_{x1} \mathrm{I}(x4 \mid x2) f(y5\mid x3)\Delta(x2, x3\mid x1) a(x1\mid \ast)

これは、次のようにして計算規則を適用している例です。

  • 変数 \xi が、実際には x1
  • \mathscr{E} が、実際には \mathrm{I}(x4 \mid x2) f(y5\mid x3)
  • \mathscr{F} が、実際には \Delta(x2, x3\mid x1) a(x1\mid \ast)
  • 等式の左右は入れ替わって  \mathscr{E} \sum_\xi \mathscr{F}  = \sum_\xi \mathscr{E}\mathscr{F}

次も総和に関する計算規則です。

  • \sum_\xi (\sum_\eta \mathscr{E}) = \sum_{\xi, \eta} \mathscr{E}

総和の繰り返しは、2つの変数を同時に動かして一気に総和したものと同じです。総和記号はまとめたり分解したりできます。

例を挙げると:


\quad \sum_{x2,x3}\sum_{x1} \mathrm{I}(x4 \mid x2) f(y5\mid x3)\Delta(x2, x3\mid x1) a(x1\mid \ast)\\
= \sum_{x2,x3, x1} \mathrm{I}(x4 \mid x2) f(y5\mid x3)\Delta(x2, x3\mid x1) a(x1\mid \ast)

これは、次のようにして計算規則を適用している例です。

  • 変数 \xi が、実際には x2, x3 (2個の変数)
  • 変数 \eta が、実際には x1
  • \mathscr{E} が、実際には \mathrm{I}(x4 \mid x2) f(y5\mid x3)\Delta(x2, x3\mid x1) a(x1\mid \ast)

最後に、総和記号を消去するときに使う計算規則です。

  •  \sum_\xi \eq(\xi, \eta)\mathscr{E} = \mathscr{E}\BR{\xi := \eta}

記号の説明をすると:

  • \mathscr{E}\BR{\xi := \eta} は、式 \mathscr{E} に出現する変数 \xi\eta で置き換えた式

例を挙げると:


\quad \sum_{x2} \sum_{x3} \eq(x4, x2) f(y5\mid x3) \eq(x3, x2) a(x2\mid \ast)\\
= \sum_{x2} \eq(x4, x2) f(y5\mid x2)  a(x2\mid \ast)\\

これは、次のようにして計算規則を適用している例です。

  • 一番外側の総和はそのまま、内側の総和に計算規則を適用
  • 変数 \xi が、実際には x3
  • 変数 \eta が、実際には x4
  • \eq(x3, x2) を前に持ってくる。
  • \mathscr{E} が、実際には \eq(x3, x2) f(y5\mid x2)  a(x2\mid \ast)

変数に名前を付けない

先の計算例では、使う変数は次のような名前を持っていました。

  • x1, x2, x3, x4, y5

bashの関数定義やTeXのマクロ定義では、変数に名前はなくて番号で識別します。これはもちろん不便なことがありますが、変数は無名でもよい事例になっています。

変数を、ドル記号+番号 として先の計算をしてみると次のようになります。


\quad \sum_{\$2,\$3}\sum_{\$1} \mathrm{I}(\$4 \mid \$2) f(\$5\mid \$3)\Delta(\$2, \$3\mid \$1) a(\$1\mid \ast)\\
= \sum_{\$2,\$3, \$1} \mathrm{I}(\$4 \mid \$2) f(\$5\mid \$3)\Delta(\$2, \$3\mid \$1) a(\$1\mid \ast)\\
= \sum_{\$2,\$3,\$1} \eq(\$4, \$2) f(\$5\mid \$3) \eq(\$2, \$1)\eq(\$3, \$1) a(\$1\mid \ast)\\
= \sum_{\$2,\$3} \eq(\$4, \$2) f(\$5\mid \$3) \eq(\$3, \$2) a(\$2\mid \ast)\\
= \sum_{\$2} \eq(\$4, \$2) f(\$5\mid \$2)  a(\$2\mid \ast)\\
= f(\$5\mid \$4) a(\$4\mid \ast)\\

ウゲゲ、なんか気持ち悪いですね。自然数値が定数として出現することはほとんどないので、番号(自然数値)そのものを変数として使ってしまっても問題はないでしょう。


\quad \sum_{2,3}\sum_{1} \mathrm{I}(4 \mid 2) f(5\mid 3)\Delta(2, 3\mid 1) a(1\mid \ast)\\
= \sum_{2,3, 1} \mathrm{I}(4 \mid 2) f(5\mid 3)\Delta(2, 3\mid 1) a(1\mid \ast)\\
= \sum_{2,3,1} \eq(4, 2) f(5\mid 3) \eq(2, 1)\eq(3, 1) a(1\mid \ast)\\
= \sum_{2,3} \eq(4, 2) f(5\mid 3) \eq(3, 2) a(2\mid \ast)\\
= \sum_{2} \eq(4, 2) f(5\mid 2)  a(2\mid \ast)\\
= f(5\mid 4) a(4\mid \ast)\\

これなら見やすい。さらに、\eq(i, j) (i = j) と略記すると次のようになります。これが、僕が普段実際に使っている書き方です。


\quad \sum_{2,3}\sum_{1} \mathrm{I}(4 \mid 2) f(5\mid 3)\Delta(2, 3\mid 1) a(1\mid \ast)\\
= \sum_{2,3, 1} \mathrm{I}(4 \mid 2) f(5\mid 3)\Delta(2, 3\mid 1) a(1\mid \ast)\\
= \sum_{2,3,1} (4 = 2) f(5\mid 3) (2 = 1)(3 = 1) a(1\mid \ast)\\
= \sum_{2,3} (4 = 2) f(5\mid 3) (3 =  2) a(2\mid \ast)\\
= \sum_{2} (4 = 2)  f(5\mid 2) a(2\mid \ast)\\
= f(5\mid 4) a(4\mid \ast)\\

ワイヤーに番号が付いたストリング図(下に再掲)と見比べならが計算すると、ラクチンに計算できます。テキスト式が反図式順なので、上下左右の方向には注意する必要があります。


\xymatrix {
  {} & *+[o][F]{a}\ar[d]_1^X & {} 
\\
  {}  & *{\Delta}\ar[dl]_2^X \ar[dr]_X^3 & {} 
\\
  {\mathrm{I}} \ar[d]_4^X  & {} & *+[F]{f} \ar[d]_Y^5
\\
  {}   &  {} & {}
}\\
\mbox{in }{\bf MT}

例題: 周辺化

もうひとつ例題をやっておきましょう。


\xymatrix {
  {}  & *+[o][F]{a}\ar[dl]_1^X \ar[dr]_Y^2 & {} 
\\
  {\mathrm{I}} \ar[d]_3^X  & {} & *+[o][F]{!}
\\
  {}   &  {} & {}
}\\
\mbox{in }{\bf MT}

射(テンソルa, \mathrm{I}, ! は次のプロファイルを持ちます。

  1.  a:() \to (X, Y) \In {\bf MT}
  2.  \mathrm{I} = \mathrm{I}_X = \mathrm{id}_X : (X) \to (X)\In {\bf MT}
  3.  ! = !_Y : (Y) \to () \In {\bf MT}

とりあえずは名前のある変数を導入しましょう。

  1. x1 \in X
  2. y2 \in Y
  3. x3 \in X

この変数により射をラムダ記法で書くと:

  1.  a = \lambda\, (x1, y2\mid \ast).(\,a(x1, y2\mid \ast) \,)
  2.  \mathrm{I} = \lambda\, (x3 \mid x1).(\, \mathrm{I}(x3 \mid x1) \,)
  3.  ! = \lambda\, (\ast \mid y2).(\, !(\ast \mid y2) \,)

次の等式が使えます。

  •  \mathrm{I}(x3 \mid x1) = \eq(x3, x1)
  •  !(\ast \mid y2) = 1

次の計算規則があると思ってもいいです。

  •  \sum_{\xi} !(\ast \mid \xi)\mathscr{E} = \sum_{\xi} \mathscr{E}

変数を番号だけにして予備的な計算をしてみましょう。


\quad \sum_{1,2} (\mathrm{I}(3 \mid 1) !(\ast \mid 2)) a(1, 2\mid \ast)\\
= \sum_{1,2} (3 = 1) a(1, 2 \mid \ast)\\
= \sum_{2} a(3, 2 \mid \ast)

これより:


\quad (I \otimes !)\circ a\\
= \lambda (x3 \mid x1, y2).(\, \mathrm{I}(x3\mid x1) !(\ast \mid x2) \,) \circ 
\lambda\, (x1, y2\mid \ast ).(\, a(x1, y2\mid \ast) \,) \\
= \lambda (x3 \mid \ast).(\, \sum_{y2} a(x3, y2 \mid \ast)  \,)\\
= \lambda (x \mid \ast).(\, \sum_{y} a(x, y \mid \ast)  \,)

最後の変形は、ラムダ束縛変数のリネーム(アルファ変換)です。この計算で得られた結果は、a第一周辺化〈1st marginalization〉といいます。ストリング図の左右を入れ替えると第二周辺化〈2nd marginalization〉が定義できます。

まとめ

テンソルTの射)の結合と恒等射とテンソル積は、次のようです。

  •  t\circ s := \lambda\, (z\mid x).(\, \sum_{y} t(z \mid y) s(y \mid x) \,)
  •  \mathrm{id}_{\lis{x}} := \lambda\, (x'\mid x).(\, \eq(x', x) \,)
  •  s\otimes u := \lambda\, (y, w\mid x,z).(\, s(y \mid x)u(w \mid z) \,)

マルコフテンソルを定義する保存法則〈保存性〉は次の条件です。

  • \forall x\in \prod(\lis{x}).(\, \sum_{y} s(y\mid x) = 1 \,)

基本的な射 \mathrm{I} = \mathrm{id}, \Delta, ! に関しては次の等式が使えます。(変数名は適当に変更してかまいません。)

  •  \mathrm{I}(x2 \mid x1) = \eq(x2, x1)
  •  \Delta(x2, x3 \mid x1) = \eq(x2, x1)\eq(x3, x1)
  •  !(\ast \mid x) = 1

総和に関する計算規則には次があります。

  • \mathscr{E} のなかに変数 \xi が現れないとき、 \sum_\xi \mathscr{E}\mathscr{F} = \mathscr{E} \sum_\xi \mathscr{F}
  • \sum_\xi (\sum_\eta \mathscr{E}) = \sum_{\xi, \eta} \mathscr{E}
  •  \sum_\xi \eq(\xi, \eta)\mathscr{E} = \mathscr{E}\BR{\xi := \eta}

*1:「多行列」という言葉を使うと紛れがないのですが一般的ではなく、多義曖昧語「テンソル」が無闇と無節操に使われています。

*2:空集合だと誤解している人が相当数いるようです。空リストの総直和なら空集合ですが、総直積は単元集合です。

*3:僕がやっているセミナー内では、行きがかり上 FXTens という長い名前を使っています。ここでは短く T としました。

*4:FinDiscStocのモノイド積を、MMat内で表現できなくはないですが、非常に煩雑になります。おすすめしません。

リー/モーレー/カルタン群層の実例: 正方行列構成

マリオス微分幾何とカルタン接続」の続きです。リー型群層〈group sheaf of Lie-type〉は、リー群が持つ構造の一部を代数的に取り出して層の世界で定式化したものです。モーレー/カルタン微分は、群に値を取る関数の対数微分を、やはり層の世界で公理化したものです。モーレー/カルタン微分を備えたリー型群層、つまりリー/モーレー/カルタン群層は、乗法的量の微分計算の抽象化されたバージョンです。

バシリウーの論文(https://arxiv.org/abs/math/9810083)に従って、リー/モーレー/カルタン群層の例を示します。正方行列を使った例で、これは重要な例でもあります。

この記事では、「マリオス微分幾何とカルタン接続」、特に「バンドルと層に関する準備」の節で述べた用語と記法を使います。\newcommand{\hyp}{\mbox{-}} \newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}\newcommand{\In}{\mbox{ in }}\newcommand{\shf}[1]{\mathcal{#1}}

内容:

正方行列の層

基礎体 {\bf K} = {\bf R} \mbox{ or } {\bf K} = {\bf C} は固定します。X は(なめらかな)多様体として:

  • {\bf A}\in |\bar{\bf K}\hyp{\bf Rng}[X]| は、{\bf K}値の(なめらかな)関数の環層
  • \Omega^1 \in |({\bf A}/\bar{\bf K})\hyp{\bf Mod}[X]| は、1次微分形式の加群

可換環{\bf A} を係数〈エントリー〉とするn次正方行列の集合層を M(n, {\bf A}) (MatrixのM)と書きます。これは単に集合層ですが、多元環構造を入れた多元環層は MA(n, {\bf A}) (Matrix AlgebraのMA)、リー代数構造を入れたリー代数層を ML(n, {\bf A}) (Matrix Lie algebraのML)、群構造を入れた正則行列〈可逆行列〉の群層は GL(n, {\bf A}) (General Linear groupのGL)と書きます。ML(n, {\bf A}) のリー括弧積は、MA(n, {\bf A}) の交換子として定義します。

  • M(n, {\bf A}) \in |{\bf Set}[X]|
  • MA(n, {\bf A}) \in |({\bf A}/\bar{\bf K})\hyp{\bf Alg}[X]|
  • ML(n, {\bf A}) \in |({\bf A}/\bar{\bf K})\hyp{\bf LieAlg}[X]|
  • GL(n, {\bf A}) \in |{\bf Grp}[X]|

環層 {\bf A} に限らず、任意の環対象に M(n, \hyp), MA(n, \hyp), ML(n, \hyp), GL(n, \hyp) を使っていいとして、開集合 U\subseteq X に対して次が成立します。

  • M(n, {\bf A})(U) = M(n, {\bf A}(U)) \in |{\bf Set}|
  • MA(n, {\bf A})(U) = MA(n, {\bf A}(U)) \in |({\bf A}/\bar{\bf K})(U)\hyp{\bf Alg}|
  • ML(n, {\bf A})(U) = ML(n, {\bf A}(U)) \in |({\bf A}/\bar{\bf K})(U)\hyp{\bf LieAlg}|
  • GL(n, {\bf A})(U) = GL(n, {\bf A}(U)) \in |{\bf Grp}|

以下、相対環層(環層の上の環層) {\bf A}/\bar{\bf K} を単に {\bf A} と略記します。また、M(n, \hyp) は正方行列を作る一般的な操作として使い、できた正方行列の集合/集合層に適当な構造(例えば加群)を暗黙に付与することがあります。

行列群層のリー型の表現

定義から、GL(n, {\bf A}) は群層であり、ML(n, {\bf A}) は“環層 {\bf A} = {\bf A}/\bar{\bf K} 上のリー代数層”です。次の形の表現(群層のあいだの射)があれば、リー型の群層〈group sheaf of Lie-type〉を構成できます。

  • \rho : GL(n, {\bf A}) \to autGrp\_{\bf A}\hyp{\bf LieAlg}[X](ML(n, {\bf A}) ) \In {\bf Grp}[X]

このような \rho は、開集合 U\subseteq X ごとに定義すればいいので、次の写像を構成して、層の制限写像との整合性を確認すればいいわけです。

  • {}^U\rho : GL(n, {\bf A}(U)) \to autGrp\_{\bf A}(U)\hyp{\bf LieAlg}(ML(n, {\bf A}(U)) ) \In {\bf Grp}

開集合に対する“成分” {}^U\rho は単なる写像なので、次のようなラムダ記法で定義できます。併置は行列の積です。

\mbox{For }U\in Open(X),\\
{}^U\rho := \lambda\, g\in GL(n, {\bf A}(U)).(\, \lambda\, x\in ML(n, {\bf A}(U)).(\, g x g^{-1}\,)\,)

無名ラムダ変数としてのハイフンを使って簡単に書けば、g \mapsto g (\hyp) g^{-1} という対応です。g (\hyp) g^{-1} = \lambda\, x.(g x g^{-1}) が行列交換子リー代数の射であることは簡単な計算でわかります。\rho(h g) = \rho(h)\circ \rho(g) から、群の射であることもわかります。定義の局所整合性(制限写像との整合性)は容易に確認できるので、\rho はリー型の表現となり、行列群層 GL(n, {\bf A}) にリー型群層の構造が入ります。

行列群層のモーレー/カルタン微分

リー型群層の構造を持った行列群層のモーレー/カルタン微分 \delta は(もし、それがあるなら)次のような作用素です。

  • \delta : GL(n, {\bf A}) \to ML(n, {\bf A})\otimes \Omega^1 \In {\bf Set}[X]
  • \mbox{For }U\in Open(X),\; ({}^U \delta)[a b] = ({}^U\tilde{\rho})(b^{-1})( ({}^U\delta)[a]) + ({}^U\delta)[b]

[補足][追記]
上記の  ML(n, {\bf A})\otimes \Omega^1  M(n, {\bf A})\otimes \Omega^1 でかまいません。リー代数であることをまったく使わないからです。しかし、加群であることを使うので、 {\bf A}\hyp{\bf Mod}[X] の対象とみなすことがあります。

結局、M(n, {\bf A}) は、場合により、次のように解釈される可能性があります。

  1. M(n, {\bf A}) \in {\bf Set}[X]
  2. M(n, {\bf A}) \in \bar{\bf K}\hyp{\bf Mod}[X]
  3. M(n, {\bf A}) \in ({\bf A}/\bar{\bf K})\hyp{\bf Mod}[X]

一方で、ML(n, {\bf A})加群と考えたり集合と考えたりと、忘却関手で構造を忘れることもあります。
[/追記][/補足]

では、局所的な作用素{}^U\delta \mbox{ for }U\subseteq X を定義しましょう。実際の定義には、露骨〈explicit〉な表示を使います。開集合 U\subseteq X として座標近傍を取れば、\Omega^1(U) には局所座標から決まるフレーム \theta^i = dx^i \in  \Omega^1(U) \;(i = 1, \cdots, m)m多様体 X の次元)があり、次のように表示できます。

  • \Omega^1(U) = {\bf A}(U)\theta^1 \oplus \cdots \oplus {\bf A}(U)\theta^m = \bigoplus_{i = 1}^m {\bf A}(U)\theta^i

すると、次のような具体的な同型が得られます。以下で、ギリシャ文字 \alpha, \beta は 1 から n を走る添字として、行列もラムダ記法  x = \lambda\,{}^\alpha_\beta[x^\alpha_\beta] で表します。e_\alpha^\beta は行列の空間の基底達です。


\quad M(n, \Omega^1(U)) \;\ni \lambda\,{}^\alpha_\beta[\omega^\alpha_\beta]\\
=  M(n, \bigoplus_{i = 1}^m {\bf A}(U)\theta^i) \;\ni \lambda\,{}^\alpha_\beta[\sum_i {f^\alpha_\beta}_i \theta^i] \\
\cong \bigoplus_{i = 1}^m M(n, {\bf A}(U))\theta^i \;\ni \sum_i (\lambda\,{}^\alpha_\beta[{f^\alpha_\beta}_i]) \theta^i\\
\cong M(n, {\bf A}(U))\otimes \Omega^1(U)\;\ni \sum_{\alpha, \beta, i} {f^\alpha_\beta}_i (e_\alpha^\beta \otimes \theta^i)\\

d:{\bf A} \to \Omega^1 \In \bar{\bf K}\hyp{\bf Mod}[X] は通常の外微分作用素とします。外微分作用素を行列の成分ごとに作用させると次の作用素が得られます。

  • {\bf d} = M(n, d) : M(n, {\bf A}) \to M(n, \Omega^1) \In \bar{\bf K}\hyp{\bf Mod}[X]

ここで、行列と作用素は圏 \bar{\bf K}\hyp{\bf Mod}[X] 内で考えています。作用素の域を GL(n, {\bf A}) \subseteq M(n, {\bf A}) に制限して、すぐ上の同型で余域も変更すると、次の作用素が構成できます。

  • {\bf d}': GL(n, {\bf A}) \to M(n, {\bf A})\otimes \Omega^1 \In {\bf Set}[X]

\require{AMScd}
\begin{CD}
M(n, {\bf A}) @>{{\bf d}}>>   M(n, \Omega^1) \\
@A{\subseteq}AA                          @VV{\cong}V \\
GL(n, {\bf A}) @>{{\bf d}'}>> M(n, {\bf A})\otimes \Omega^1
\end{CD}\\
\mbox{commutative in }{\bf Set}[X]

GL(n, {\bf A}) の(局所的な)要素は、 M(n, {\bf A})\otimes \Omega^1 の(局所的な)要素に行列掛け算 \cdot により作用できるので、次の定義はwell-definedです。

  • \mbox{For } g\in GL(n, {\bf A}(U) ),\; ({}^U\delta)[g] := g^{-1}\cdot ({}^U{\bf d}')[g]

この定義が局所整合性を持つのは明らかでしょうから、これで層のあいだの射 \delta が構成できました。

掛け算の微分公式

モーレー/カルタン微分の公理である、群の掛け算に対する微分公式(対数微分公式)を示します。それは次でした。

  • ({}^U \delta)[a b] = ({}^U\tilde{\rho})(b^{-1})( ({}^U\delta)[a]) + ({}^U\delta)[b]

次の約束をします。

  • 行列の積は併置で表す。
  • 行列と、行列係数の1次微分形式の積はドットで表す。
  • 前節の {\bf d}' をあらためて {\bf d} と書く。
  • 微分作用素の適用はブラケットで示す。
  • 開集合を表す左上の添字は省略する。

行列と1次微分形式の積は次のように計算できます。

  • a\cdot (b\otimes \omega) = (ab)\otimes \omega
  • (a\otimes \omega)\cdot b = (ab)\otimes \omega
  • a\cdot (b \cdot (c \otimes \omega) ) = (ab)\cdot (c \otimes \omega)

行列の積に対してライプニッツの法則が成立します。

  • {\bf d}[ab] = {\bf d}[a]\cdot b + a\cdot {\bf d}[b] \mbox{ on }M(n, {\bf A}(U))\otimes \Omega^1(U)

局所的な状況で、群層の要素(局所セクション)の積のモーレー/カルタン微分を計算してみます。


\quad \delta[gh] \\
= (g h)^{-1} \cdot {\bf d}[g h] \\
= (g h)^{-1} \cdot ({\bf d}[g]\cdot h + g\cdot {\bf d}[h] )\\
= (g h)^{-1} \cdot ({\bf d}[g]\cdot h) + (g h)^{-1} \cdot (g\cdot {\bf d}[h]) \\
= (g h)^{-1}h \cdot {\bf d}[g] + (g h)^{-1} g \cdot {\bf d}[h] \\
= h^{-1} g^{-1} h  \cdot {\bf d}[g] + h^{-1} \cdot {\bf d}[h] \\
= h^{-1} \cdot (g^{-1} \cdot {\bf d}[g])\cdot h + h^{-1} \cdot {\bf d}[h] \\
= h^{-1} \cdot \delta[g] \cdot h + \delta[h] \\
= h^{-1} \cdot \delta[g] \cdot (h^{-1})^{-1} + \delta[h] \\
= \tilde{\rho}(h^{-1})( \delta[g] ) + \delta[h] \\

これで、正方行列のリー型群層に定義された作用素 \delta がモーレー/カルタン微分であることがわかりました。よって、このモーレー/カルタン微分を備えた正方行列群層 GL(n, {\bf A}) はリー/モーレー/カルタン群層です。リー型群層は自明な主層になるので、この例は主層のカルタン接続の例にもなっています。

マリオス微分幾何とカルタン接続

2019年にマリオス〈Anastasios Mallios〉の抽象微分幾何(以下、マリオス微分幾何)について紹介したことがあります。

その後もたまにマリオス達の論文を眺めることもありました。2,3日前に、バシリウー〈Efstathios Vassiliou〉の次の論文を見返しました(なんとなく)。

主層〈principal sheaf〉に関して僕が誤解していたので、主層とその上のカルタン接続について述べます。\newcommand{\hyp}{\mbox{-}} \newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}\newcommand{\In}{\mbox{ in }}\newcommand{\shf}[1]{\mathcal{#1}}

※注: この記事では、数式は一文字であってもすべてMathJaxで書いてみました。そのため、レンダリングが重いページになっているかも知れません。それと、テキストレイアウトが若干崩れるかも知れません。

内容:

ベクトル層と主層

抽象微分多様体、もうチョット」より:

ベクトルバンドルに相当するベクトル層と同様に、主バンドルに相当する主層〈principal sheaf〉というモノも定義されています。主層の定義は、ベクトル層より複雑です(僕はよく分かってない)。

ベクトル層と主層が、マリオス微分幾何の中心的な話題のようです。

この時点(2019年4月1日)で、主層をよく分かってないです。

抽象微分多様体、さらに:共変微分のアフィン構造」より:

マリオス達が使っている「ベクトル層」「主層」という言葉は、「ベクトルバンドル←→ベクトル層」「主バンドル←→主層」という対応があり便利です。が、この用語法を広げて使うのは無理がありそうです。バンドルから作られる層をバンドル層と呼ぶことにして、

に言い換えます。

これは翌日(2019年4月2日)の記事です。「主バンドル←→主層」という対応があると言ってますが、これは誤解していました。ベクトル層は、ベクトルバンドル由来の層だと思っていいですが、主層は主バンドル由来とは限らないです。

マリオス微分幾何の特徴は、バンドル〈ファイバーバンドル〉に言及せずに直接的に層を使うことです。がしかし、バンドルが全然出てこないわけではありません。バンドルと層の関係性がだいぶ紛らわしいです。過去記事の上記引用のように、バンドルから生成された層は「ナントカ・バンドル層」と呼ぶことにします。逆に、バンドル由来でない層を「ナントカ・バンドル層」とは呼びません。これでハッキリするでしょう -- 主層は主バンドル層ではありません。

問題の主層ですが、これは主バンドルには言及せずに層の言葉だけで定義されています。主バンドル層は典型的な主層だし、具体的な記述や計算では、主バンドル層でないとうまくいきませんが、主層の定義にバンドルは出てきません。

マリオス/バシリウー達の記法では、「空間 X 上の層は、TeXの意味でのカリグラフィー体(\mathcalで指定)*1で書く」というルールです。が、このルールが守り切れてない、というか守ろうとしてもフォント指定を忘れたり間違えたりがけっこう多いです。結果的に、論文が読みにくくなっています。

この記事では、一般的な層(特定の層ではない)はカリグラフィー体で表しますが、特定されている層はボールド体か大文字ギリシャ文字にします。マリオス/バシリウー達は、環付き空間〈ringed space〉の構造層である環の層を固定してないので \mathcal{A} (カリグラフィー体)と書いてますが、ここでは固定するので \bf{A} (ローマン体太字)です(定義は後述)。その他、記法はできるだけ整理して、書き間違いのリスクが少なくなるようにします。

バンドルと層に関する準備

X は(なめらかな)多様体とします。マリオス微分幾何の特徴は、多様体とは限らない位相空間も考えることですが、ここでは、空間を多様体に限定して話を簡単にします。

バンドルは、局所自明性を持つファイバーバンドルのことです。単なる連続写像 p:Y \to X\In {\bf Top} をバンドルと呼ぶことがあります(例えば、ココ参照)が、ここでは、それはバンドルとは言いません。

バンドルを、記号の乱用で E = (E, X, \pi) のように書きます。バンドル E の点 p \in X におけるファイバーは(E_p ではなくて)E_{@p} 〈fibre of E at p〉と書き、典型ファイバーは E_{@*} と書くことにします。バンドルの定義より、局所的に(開集合 U \subseteq X 上で)E|_U \cong U\times E_{@*} です。バンドルの典型ファイバーも明示するときは、E = (E, X, \pi, E_{@*}) と四つ組にします。

底空間 X 上の、ファイバーが F である自明バンドル〈直積バンドル〉を F_{/X} = (F_{/X} = X\times F, X, \pi_1, F) と書きます。この記法を使うと、一般のバンドルの局所自明条件は、次のように書けます。Open_p(X) は、点 p を含む開集合の集合です。

  • \forall p\in X.\exists U\in Open_p(X).(\, E|_U \cong (E_{@*})_{/U} \mbox{ as bundle} \,)

バンドル E = (E, X, \pi) のセクション〈大域セクション〉の集合は \Gamma(E) です。開集合 U\subseteq X 上の局所セクションの集合は、若干記号の乱用をして \Gamma_X(U, E) = \Gamma_X(E)(U) = \Gamma(E|_U) と書きます。\Gamma(E)(\hyp) = \Gamma_X(E)(\hyp)X 上の集合の層になります*2

多様体 X 上のすべてのバンドルと(底空間 X を動かさない)バンドル射の全体は圏をなすので、それを {\bf Bdl}[X] と書きます。圏 {\bf Bdl}[X] は、ファイバー積に関してデカルト圏になります。デカルト積(実体はファイバー積)を \times_Xデカルト圏として単位対象兼終対象を {\bf 1}_X と書きます。

僕は今まで、X 上の層(集合の層)の圏を {\bf Set}\hyp{\bf Sh}[X] または {\bf Sh}[X] と書いていましたが、集合の層の圏は {\bf Set}[X] と書きます。同様に、(可換な)環の層は {\bf Rng}[X] です。また、「ナントカの層」の「の」は省いて「ナントカ層」と呼びます。例えば、群層〈sheaf of groups | group sheaf〉の圏は {\bf Grp}[X] となります。このような書き方は、誤解のリスクが若干あります*3が、簡略でいいので採用します。

環層の圏 {\bf Rng}[X] の対象は、集合層の圏 {\bf Set}[X] のなかの環対象〈ring object〉です。群層の圏 {\bf Grp}[X] の対象は、集合層の圏 {\bf Set}[X] のなかの群対象〈group object〉です。X = \{0\} と置いたときは、{\bf Set}[X] \cong {\bf Set},\; {\bf Grp}[X] \cong {\bf Grp} のように、通常の集合圏や群の圏が再現します。

\shf{R}\in |{\bf Rng}[X]| とします。つまり、\shf{R}X 上の環層です。\shf{R} を係数環〈スカラー環〉層とする加群層の圏は \shf{R}\hyp{\bf Mod}[X] と書きます。加群層に結合的・単位的な掛け算が入った代数系の層は多元環層〈algebra sheaf〉と呼び、多元環層の圏は \shf{R}\hyp{\bf Alg}[X] と書きます。また、結合的・単位的な掛け算ではなくて、リー括弧積が入った代数系の層の圏は \shf{R}\hyp{\bf LieAlg}[X] です。これら、係数環層の上の、加群層の圏/多元環層の圏/リー代数層の圏はよく使われます。

体とベクトル空間に関しては、今までの調子で層に拡張はできません。体から環層を作って、ベクトル空間はその環層の上の加群層だとみなしましょう; {\bf K} を基礎体とします。ここでは、{\bf K} = {\bf R}\mbox{ or }{\bf K} = {\bf C} で、一般的な体は考えません。どんな開集合 U\subseteq X にも {\bf K} を対応させる前層は層にはなりません。その前層を層化した層を \bar{\bf K} とします。層 \bar{\bf K}{\bf K}値局所定数関数の層とみなせます。層 \bar{\bf K} には環の構造が入るので、\bar{\bf K}\in |{\bf Rng}[X]| とみなします。そして、\bar{\bf K}\hyp{\bf Mod}[X] の対象をベクトル空間相当物と考えます。

カリグラフィー体ではない太字の {\bf A} は、多様体上の(なめらかな){\bf K}値関数の環層だとします。つまり、{\bf A}\in |\bar{\bf K}\hyp{\bf Rng}[X]|,\; {\bf A} = C^\infty_X です。ここで、\bar{\bf K}\hyp{\bf Rng}[X] は、体から作った環層 \bar{\bf K} を基礎環層とする環層〈相対環層〉の圏です。また、 \Omega^1多様体 X 上の1次微分形式の層だとします。\Omega^1 \in |({\bf A}/\bar{\bf K})\hyp{\bf Mod}[X]| です。ここで、({\bf A}/\bar{\bf K})\hyp{\bf Mod}[X] は、基礎環層 \bar{\bf K} 上の環層 {\bf A} = {\bf A}/\bar{\bf K} 上の加群層の圏です。

他にも必要なバンドルと層に関する概念はありますが、それは必要になったところで導入することにします。

圏の内部ホムと内部系

層の圏を扱うときに、内部ホムと内部系(内部群、内部環など)を使いますが、明示されずに暗黙に使われていることが多いです。マリオス微分幾何でも、いつのまにか内部ホムから作られた内部オート群が使われていたりします。ここらへんをハッキリさせましょう。

この節は圏論の話なので、カリグラフィー体 \cat{C}, \cat{D} などは(層ではなくて)一般的な圏を表します。

\cat{C}デカルト閉圏であるとき、内部ホム対象〈指数対象〉は [A, B] B^A hom(A, B) などと書きます。が、複数の圏を扱うときに、どこの圏の内部ホムか分からなくなるので  hom_{\cat{C}}(A, B) 、さらに下付きを避けて  hom\_{\cat{C}}(A, B) と書くことにします。内部ホムの定義から次のホムセット同型があります。

  • \mbox{For }A, B, C \in |\cat{C}|,\; \cat{C}(A\times B, C) \cong \cat{C}(A, hom\_\cat{C}(B, C)) \In {\bf Set}

次の素材を使って、\cat{C} を豊饒化圏〈enriching category〉とする豊饒圏〈enriched category〉が作れます(構成の詳細は割愛)。

  • hom\_\cat{C} : |\cat{C}|\times |\cat{C}| \to |\cat{C}| \In {\bf SET}
  • \mbox{For }A, B, C \in |\cat{C}|,\; comp\_\cat{C}_{A, B, C}:home\_\cat{C}(A, B)\times home\_\cat{C}(B, C) \to hom\_\cat{C}(A, C)\In \cat{C}
  • \mbox{For }A \in |\cat{C}|,\; id\_\cat{C}_A:{\bf 1}  \to hom\_\cat{C}(A, A) \In \cat{C}

デカルト閉圏は、自分自身の上に豊饒化された圏となります。例えば、集合圏はそのような圏です。

\cat{D} が 圏 \cat{C} 上の具象圏とします。これは、忠実忘却関手  U:\cat{D} \to \cat{C}\In {\bf CAT} が存在することです。特に、\cat{D} \subseteq \cat{C}\In {\bf CAT} (部分圏)なら、\cat{D}\cat{C} 上の具象圏です。\cat{C}デカルト閉圏なら、次のようにして、 \cat{D}\cat{C}-豊饒圏になります。

  • \mbox{For }A, B \in |\cat{D}|,\; hom\_\cat{D}(A, B) := hom\_\cat{C}(U(A), U(B)) \in |\cat{C}|
  • \mbox{For }A, B, C \in |\cat{D}|,\;  comp\_\cat{D}_{A, B, C} := comp\_\cat{C}_{U(A), U(B), U(C)} : hom\_\cat{D}(A, B)\times hom\_\cat{D}(B, C) \to hom\_\cat{C}(A, C) \In \cat{C}
  • \mbox{For }A \in |\cat{D}|,\; id\_\cat{D}_A := id\_\cat{C}_{U(A)} : {\bf 1} \to hom\_\cat{D}(A, A) \In \cat{C}

\cat{D} のもとのホムセットは、次の同型から回復できます。

  • \mbox{For }A, B \in |\cat{D}|,\; \cat{D}(A, B) \cong \cat{C}({\bf 1}, hom\_\cat{D}(A, B)) \In {\bf Set}

以下、圏 \cat{D}デカルト閉圏 \cat{C} で豊饒化されている状況で考えます。このとき、\cat{D} の対象 A に対して、エンドモノイド〈endo monoid〉 endMon\_\cat{D}(A)\cat{C} 内の(\cat{D} 内ではない!)モノイド対象として定義できます。

エンドモノイド endMon\_\cat{D}(A) は次のようなものです。

  • 台対象〈underlying object〉は end\_\cat{D}(A) := hom\_\cat{D}(A, A)\in |\cat{C}|
  • モノイド演算は comp\_\cat{D}_{A, A, A}:end\_\cat{D}(A)\times end\_\cat{D}(A) \to end\_\cat{D} \In \cat{C}
  • モノイド単位は id\_\cat{D}_A : {\bf 1} \to end\_\cat{D}(A) \In \cat{C}

これらが、モノイド法則を満たすことは確認が必要ですが、実際に \cat{C} 内のモノイド対象になります。

もし、圏 \cat{D}\cat{C} 内のアーベル群対象(内部アーベル群)で豊饒化されているなら、エンド対象 end\_\cat{D} に足し算があるので、\cat{C} 内にエンド多元環〈endo algebra〉を構成することができます。\cat{D} の対象 A のエンド多元環endAlg\_\cat{D}(A) と書きます。

\cat{C} 内のモノイド対象とモノイド射の圏を Mon(\cat{C})多元環対象と多元環射の圏を Alg(\cat{C}) とすると、次が成立します。

  • \mbox{For }A\in |\cat{D}|,\; endMon\_\cat{D}(A) \in |Mon(\cat{C})|
  • \mbox{For }A\in |\cat{D}|,\; endAlg\_\cat{D}(A) \in |Alg(\cat{C})|

さて、マリオス微分幾何の主層理論で使われるオート群〈auto group〉ですが、これはエンドモノイドの可逆元からなる群です。直感的には分かりやすいのですが、実際に構成するのは自明とは思えません。豊饒化圏 \cat{C}デカルト閉圏なだけでは無理なんじゃないのかな。\cat{C} がトポスなら、論理式で絞り込んで end\_\cat{D}(A) \in |\cat{C}| の部分対象として aut\_\cat{D}(A) \in |\cat{C}| を作れそうです。

  • aut\_\cat{D}(A) := \{f\in end\_\cat{D}(A) \mid IsInvertible(f)\}

集合の内包的記法で部分対象を特定することは、単なるデカルト閉圏では無理です。

マリオス微分幾何では、\cat{C} = {\bf Set}[X] と置くと、\cat{C} が実際にトポスになっているので、その内部でオート群の台対象である aut\_\cat{D}(A) は作れて、群の構造を与えることができます。オート群〈auto group〉は、

  • autGrp\_\cat{D}(A) = (aut\_\cat{D}(A), comp\_\cat{D}_{A, A, A}, id\_\cat{D}_A, inv\_\cat{D}_A)

と書けます。オート群は、\cat{C} 内の群対象になるので:

  • \mbox{For }A\in |\cat{D}|,\; autGrp\_\cat{D}(A) \in |Grp(\cat{C})|

他にも、\cat{C} = {\bf Set}[X] 内で集合圏と同様な操作ができることがけっこう使われます。

群層、群作用層、主層

群層〈group sheaf〉、群作用層〈group action sheaf〉は、それぞれ群、群作用を層で考えたものです。つまり、集合層の圏 {\bf Set}[X] のなかの群対象が群層で、群作用対象が群作用層になります。群対象や群作用対象は、どんなデカルト圏(より一般にモノイド圏)でも定義できます。

いつものとおりの記号の乱用を使えば、群層は \shf{G} = (\shf{G}, m, e, i) と書けます。台対象(群層と同じ記号をオーバーロード\shf{G} は集合層で、群乗法 m 、単位 e 、逆元 i は集合層のあいだの射で、群の法則を満たします。逆元の法則だけ可換図式で書いておくと:

\require{AMScd}
\begin{CD}
\shf{G} @>{\Delta_\shf{G}}>>  \shf{G}\times\shf{G} \\
@|              @VV{\mathrm{id}_\shf{G}\times i}V \\
\shf{G} @<{m}<<   \shf{G}\times\shf{G}
\end{CD}\\
\mbox{commutative }\In {\bf Set}[X]

ここで、\Delta_{\shf{G}}デカルト圏の対角射〈コピー射〉です。

群作用には左群作用〈left group action〉と右群作用〈right group action〉がありますが、ここでは主に右群作用を考えます。右群作用を定義する射を a:\shf{S}\times \shf{G} \to \shf{S} \In {\bf Set}[X] とします。群作用としての結合法則は次の可換図式になります(少しサボって単純化してます)。


\begin{CD}
\shf{S}\times \shf{G}\times \shf{G}  @>{a\times \mathrm{id}_\shf{G}}>> \shf{S}\times \shf{G} \\
@V{\mathrm{id}_\shf{S}\times m}VV                       @VV{a}V \\
\shf{S}\times \shf{G}  @>{a}>>                          \shf{S}
\end{CD} \\
\mbox{commutative }\In {\bf Set}[X]

等式的理論としての群/群作用の理論は、集合圏でも集合層の圏でも変わりません。

群層 \shf{G} をひとつ固定して、\shf{G}-右群作用層の圏を \shf{G}\hyp{\bf RAct}[X] とします。圏 \shf{G}\hyp{\bf RAct}[X] の射 f:(\shf{S}, a) \to (\shf{T}, a) は、集合層の射 f:\shf{S} \to \shf{T}\In {\bf Set}[X] であって、次の図式を可換にするものです。


\begin{CD}
\shf{S}\times \shf{G} @>{a}>>     \shf{S} \\
@V{f\times \mathrm{id}_\shf{G}}VV @VV{f}V \\
\shf{T}\times \shf{G} @>{a}>>     \shf{T} 
\end{CD}\\
\mbox{commutative }\In {\bf Set}[X]

さて、\shf{G}-右主層〈right principal sheaf〉とは、\shf{G}-右群作用層で次の条件を満たすものです。


\forall p\in X. \exists U\in Open_p(X).(\\
\quad \exists f:\shf{S}|_U \to \shf{G}|_U \In {\bf Set}[U].(\\
\qquad f: (\shf{S}|_U, a|_U) \stackrel{\cong}{\to} (\shf{G}|_U, m|_U)
   \In (\shf{G}|_U)\hyp{\bf RAct}[U] \\
\quad)\\
)

この条件は、\shf{G} による右群作用が、局所的には(右群作用とみた)群の乗法と同型であると言っています。条件のなかに出てくる f:\shf{S}|_U \to \shf{G}|_U は、ある種の“局所自明化”と言えます。

リー型群層

群層は、群の層的対応物ですが、リー群の層的対応物は何でしょうか? これに対してひとつの定式化を与えたことが、マリオス/バシリウーの主層理論〈theory of principal sheaves〉のポイントだと思います。「リー群はリー代数を持ち、そのリー代数を表現空間とする標準的な群表現(随伴表現)を持つ」ということに着目し、そこだけ抜き出して、リー型の群層〈group sheaf of Lie-type〉を定義しました。これは優れたアイディアだと思います。

リー型群層は、群層とその表現を一緒にしたものです。群層の表現を考えるには、先に述べた内部オート群が必要になります。単なる加群層ではなくてリー代数層の内部オート群です。

環層 {\bf A} \in \bar{\bf K}\hyp{\bf Rng}[X] 上のリー代数層の圏 {\bf A}\hyp{\bf LieAlg}[X] は、通常の環上のリー代数の圏と同様に定義できます。圏 {\bf A}\hyp{\bf LieAlg}[X] は、トポス {\bf Set}[X] への忠実忘却関手を持つので、{\bf Set}[X] 内の群対象として、オート群を持ちます。

  • \mbox{For }\shf{L}\in {\bf A}\hyp{\bf LieAlg}[X],\\ autGrp\_{\bf A}\hyp{\bf LieAlg}[X](\shf{L}) \in |Grp({\bf Set}[X])|

群層 \shf{G} があると、それは圏 Grp({\bf Set}[X]) \cong {\bf Grp}[X] の対象なので、次の群層のあいだの射は意味を持ちます。

  • \rho : \shf{G} \to autGrp\_{\bf A}\hyp{\bf LieAlg}[X](\shf{L}) \In {\bf Grp}[X]

群層 \shf{G} に、リー代数\shf{L} \in |{\bf A}\hyp{\bf LieAlg}[X]| と上記の群層の射 \rho を一緒にした構造 (\shf{G}, \shf{L}, \rho)リー型群層〈group sheaf of Lie-type〉と呼びます。リー型群層のモデルとなった構造は、リー群とそのリー代数、そして随伴表現の三つ組です。

リー/モーレー/カルタン群層

X 上の群層の典型的な例は、群バンドルのセクションの層です。自明な群バンドルを考えると、セクションは群値関数のことです。群がリー群なら、群値関数の微分を考えることができます。一番簡単な群値関数として、f:{\bf R} \to {\bf R}_{\ge 0} を考えてみます。f は、非負実数の乗法群に値を取ります。単なる微分ではなくて対数微分を考えます。

  •  \delta[f] := \frac{d}{dx}[\log\circ f] (対数微分の定義)
  •  \delta[f] = \frac{1}{f}\frac{d}{dx}[f] (これを定義にしてもよい)
  •  \delta[f g] = \delta[f] + \delta[g]

この対数微分を一般化・公理化した微分演算がモーレー/カルタン微分です。モーレー/カルタン微分は、多様体上の“乗法的な量の場”の微分です。乗法的な量の微小な変化を、対数化(線形化)した量で測ります。乗法的な量を線形化した空間としてリー代数が使われます。

(\shf{G}, \shf{L}, \rho) をリー型群層だとして、その上のモーレー/カルタン微分〈Maurer–Cartan differential〉とは次にような微分作用素です。

  •  \delta:\shf{G} \to \shf{L}\otimes \Omega^1 \In {\bf Set}[X]

ここで、リー代数\shf{L} も1次微分形式の層 \Omega^1 も環層 {\bf A} 上の加群層なので、テンソル積は環層 {\bf A} に関して取ります。

作用素 \delta は以下の性質(モーレー/カルタン微分の公理)を持つとします。群の乗法は単に併置で表しています。\tilde{\rho} は、\tilde{\rho}(g)(l \otimes \omega) := \rho(g)(l)\otimes \omega として定義される群層の表現(群層のあいだの射) \tilde{\rho}:\shf{G} \to aut\_{\bf A}\hyp{\bf Mod}[X](\shf{L}\otimes \Omega^1) です。

  •  \delta[s t] = \tilde{\rho}(t^{-1})(\delta[s]) + \delta[t] \mbox{ on } \shf{L}\otimes \Omega^1

これは、対数微分の性質の一般化です。この等式の正確な意味は次のようになります。


\forall U\in Open(X).(\\
\quad \forall s, t\in \shf{G}(U).(\\
\qquad \delta_U[s t] = \tilde{\rho}_U(t^{-1})(\delta_U[s]) + \delta_U[t] \\
\qquad \mbox{ on } \shf{L}(U)\otimes_{ {\bf A}(U)} \Omega^1(U)\\
\quad )\\
)

なお、今は開集合の添字を \delta_U のように右下に付けましたが、右下・右上は他の目的で使うので、僕は {}^U\delta のように左上に付けることが多いです。

リー型群層にモーレー/カルタン微分が備わっていれば、群層の要素(群値関数に相当)を微分することができます。モーレー/カルタン微分を備えたリー型群層をリー/モーレー/カルタン群層〈Lie-Maurer–Cartan group sheaf〉と呼びます。

主共変微分カルタン接続

(\shf{G}, \shf{L}, \rho, \delta) をリー/モーレー/カルタン群層とします。そして、\shf{G}-右主層 \shf{P} = (\shf{P}, a) があるとします。主層の台である集合層 \shf{P} にも微分作用素を考えます。\shf{P} は、局所的には \shf{G} と同じなので、主層の微分は、群層のモーレー/カルタン微分とだいたい同じです。次のような作用素です。

  •  D:\shf{P} \to \shf{L}\otimes \Omega^1 \In {\bf Set}[X]

満たすべき性質もモーレー/カルタン微分と同様です。群層による右作用はドットで表します。

  •  D[p \cdot t] = \tilde{\rho}(t^{-1})(D[p]) + \delta[t] \mbox{ on } \shf{L}\otimes \Omega^1

この性質を満たす作用素を主層 \shf{P} 上の主共変微分〈principal covariant derivative〉と呼ぶことにします。ベクトルバンドル層の共変微分に相当するからです。主層に作用している群層がリー/モーレー/カルタン群層でないと主共変微分を考えることはできません。

主共変微分を備えた、リー/モーレー/カルタン群層上の主層をカルタン接続〈Cartan connection〉と呼びます。ベクトルバンドル層のコジュール接続に相当します。だいたい次の対応があります。

加法的 乗法的
加群 主層
共変微分 主共変微分
ベクトルバンドル 主バンドル層
コジュール接続 カルタン接続

そしてそれから

前節のカルタン接続の定義と、そこに至るまでの各種の定義に、バンドルは出てきていません。しかし、群層、主層、主共変微分などを、バンドルと無関係に考えることは難しいと思います。一般的な枠組みは層の言葉だけで作っておいて、そのなかで主バンドル層やベクトルバンドル層を扱うことになるでしょう。

扱う対象物をバンドル層に限定する場合でも、一般的な枠組みがあると見通しが良くなります。実際にバンドル層を扱うのは次の機会に。そのとき、この記事で述べた記法や定義を使うことになるでしょう。

*1:TeXの意味でのカリグラフィーがほんとにカリグラフィーかは怪しいです。むしろ、\mathscr がカリグラフィーっぽい。

*2:バンドルが構造を持てば、層もそれに応じた構造を持ちます。

*3:例えば、{\bf Bdl}[X] は層の圏ではないですが、見た目は層の圏と同じ記法になっています。

開集合族に載った前層係数のコチェーン

多様体上で何かを計算するときに、開被覆族に載った層係数のコチェーン〈チェック・コチェーン〉が出てきます。これは記法として便利です。便利なので、条件をゆるめてもっと広く使ってもいい気がします。

  1. 開集合の族が被覆になってなくてもいいとする。
  2. 係数域は層ではなくて前層でいいとする。

この方針で作った、位相空間X上の前層Fに対するF係数のコチェーン全体の圏 CochX(F) を構成します。離散圏/やせた圏に対するグロタンディーク構成を繰り返して作ります。

係数域に使うFが層とは限らないので「貼り合わせの原理」が使えるとは限りません。また、コチェーンが載ってる開集合族が被覆とは限らないので、X全体の話になるとは限りません。

ここで定義するコチェーンは、局所的に定義されたモノ(の集まり)を記述します。が、局所的に定義されたモノを貼り合わせて大域的なモノを構成する目的には使えないかも知れません。それでも、統一的な記法を提供する意味はあるでしょう。

内容:

開集合族の圏

Xを位相空間として、その開集合の全体を Open(X) とします。Open(X) は順序集合ですが、順序集合からできるやせた圏とみなします。

  • A → B in “圏 Open(X)” ⇔ A ⊆ B on “順序集合 Open(X)”

Aを集合として、Aをインデックス集合〈インデキシング集合〉とする開集合族〈{indexed}? family of open sets〉とは、写像 U:A → Open(X) のことです。集合Aを離散圏とみなすと、U:A → Open(X) は関手です。関手として扱います。

A, Open(X) をそれぞれ圏とみなせば、関手圏 [A, Open(X)] ∈|Cat| を作れます。関手とみなした開集合族が対象で、自然変換が射です。この場合の自然変換 ψ::U ⇒ V:A → Open(X) in Cat は次の形です。

  • すべての a∈A に対して ξa:Ua → Va in Open(X) が対応していて、自然変換としての可換性を満たす。

圏 Open(X) の射は集合の包含です。よって、自然変換の成分 ξa とは、Ua ⊆ Va のことで、自然性を表す可換図式は次のようになります。

\require{AMScd}
\begin{CD}
  U_a   @>{\subseteq}>>   V_a \\
  @V{\mathrm{id}}VV             @VV{\mathrm{id}}V \\
  U_a   @>{\subseteq}>>   V_a
\end{CD}

縦方向はイコールなので特に意味ないですが、可換図式の形にするためにあえて描いています。

集合のあいだの写像 ψ:A → B in Set があると、プレ結合引き戻し ψ*:[B, Open(X)] → [A, Open(X)] in Cat が定義できます。A \mapsto [A, Open(X)], (ψ:A → B) \mapsto*:[B, Open(X)] → [A, Open(X)]) は、全体として、反変関手 [-, Open(X)]:SetopCat in CAT を定義します。これは、集合圏Set上のインデックス付き圏〈indexed category〉になります。値の圏はすべてやせています。

インデックス付き圏があればグロタンディーク構成ができるので、それを「グロタンディーク構成と積分記号」に従って \int_{x\in {\bf Set}}[x, Open(X)] \to {\bf Set} とします。ここに出てくる平坦化圏 \int_{x\in {\bf Set}}[x, Open(X)] を(Xの)開集合族の圏〈category of families of open sets〉とします。Xの開集合族の圏を OpenFam(X) と書くことにします。

Xの開集合族の圏 OpenFam(X) の射を具体的に記述しましょう。f:(U:A → Open(X)) → (V:B → Open(X)) in OpenFam(X) として、fの実体は、写像 f:B → A で次の包含条件を満たすものです。

  • ∀a∈A. Ua ⊆ Vf(a)

包含写像の族を (ιf)a:Ua → Vf(a) in Open(X) と書けば、f = (f, ιf) と書けます。が、しばしば、f と f を同一視します。

グロタンディーク構成と積分記号」で説明した用語法に従うと、

  • f = (f, ιf) : (U:A → Open(X)) → (V:B → Open(X)) in OpenFam(X)

と書いたとき、f:A → B in Set がベースパートで、ιf:U → f*(V) in [A, Open(X)] がファイバーパートです。開集合族のケースに即して言えば、インデックスパート〈index part〉と包含パート〈inclusion part〉がふさわしいでしょう。開集合族のあいだの射の向きは、インデックスパートの向き/包含パートの向きと同じといえます。

インデックス集合が単元集合である開集合族 (U:1 → Open(X)) ∈|OpenFam(X)| は、単一の開集合と同一視できます。特に、X∈Open(X) をポインティングする写像が定義する開集合族(事実上単一の開集合)を X~:1 → Open(X) in Set とすると、X~∈|OpenFam(X)| は、圏 OpenFam(X) の終対象になります。

(U:A → Open(X)) ∈|OpenFam(X)| があるときに、A' ⊆ A に制限した部分開集合族 (U':A' → Open(X)) ∈|OpenFam(X)| を作ると、射 J:U' → U in OpenFam(X) も同時に作れます。Jのインデックスパートは包含写像 i:A' → A in Set で、包含パートは開集合のあいだのイコールになります。自然変換と考えた ιJ::U' ⇒ i*(U):A' → Open(X) in Cat は、成分がすべて可逆なので、U' と i*(U) のあいだの自然同型〈natural isomorphism〉になります。

前層係数のコチェーン

Fを位相空間X上のC値前層だとします。これは、F:Open(X)opC in CAT を意味します。関手圏の記法を使えば、F∈|[Open(X)op, C]| です。ここで出てきた関手圏 [Open(X)op, C] をC値前層の圏とも呼び、C-PSh[X] と書きます。単に PSh[X] と書いたときはSet値前層です。

開集合族 (U:A → Open(X)) ∈|OpenFam(X)| を固定して、開集合族Uに載ったF係数コチェーンの集合 CochX(U, F) をこれから定義します。

ここでは、開集合族U上のコチェーンを、Uのインデックス集合Aに渡ってナニカを足し合わせた形式的な和と考えます。次の形です。

{\displaystyle \sum_{a\in A}(ナニカ)}

形式的な和の生成元は、a∈A ごとに1つずつ存在する形式的な“項”で、それを \langle a \rangle_U または  \langle U_a \rangle あるいは単に \langle a \rangle と書きます。これらの生成元に係数を付けて足し合わせたものがコチェーンです。

コチェーンの係数は、前層 F:Open(X)opC の“要素”(セクションともいう)から取るのですが、C の対象が要素を持つとは限りません。次のどちらかの方法で要素を考えることにします。

  • Cは、集合圏Setへの忘却関手を持っているとして、忘却してから(台集合を取ってから)要素を考える。
  • Cは、終対象を持っているして、終対象からの射を要素と考える。

ここから先、D∈|Open(X)| に対して「F(D)の要素〈セクション〉」は上記のようにして意味があるとします。

さて、コチェーンの具体的な形は次のようです。

{\displaystyle \sum_{a\in A} c_a \langle U_a \rangle }

ここで、 c_a \in F(U_a) です。F(U_a) が要素を持たないなら、形式的総和から外します。

上記のように定義したコチェーンの全体が CochX(U, F) です。CochX(U, F) の要素をちゃんと言うとX上の、Uに載ったF係数コチェーン〈F-coefficient cochain over U on X〉です。

具体例: 部分アトラス

(なめらかな)多様体M上のチャート〈局所座標〉とは、Mの開集合Dからユークリッド空間への(なめらかで)同相な埋め込み x:D → Rn微分 Tpx:TpD → Tx(p)Rn がどの点でも可逆〈非特異〉なものです。開集合D上のチャートの全体を ChartM(D) とします。すると、Chart(-):Open(M)opSet は前層になります。

Chartは前層ですが層にはなりません。層化しても意味がありません(チャートではないモノが入り込んでしまうので)。Chart(D) が空になることも珍しくないです。

U:A → Open(M) を開集合族として、次のコチェーンを考えることができます。


{\displaystyle \sum_{a\in A} x_a \langle U_a \rangle } \\
\mbox{where } x_a \in Chart(U_a)

Uが被覆になっているときは、このコチェーンはアトラスと同じことです。しかし、必ずしもM全体を覆わなくても、チャートの集まりは意味を持ちます。被覆とは限らないチャートの集まりを部分アトラス〈partial atlas〉と呼ぶと、上のコチェーンは部分アトラスを表しています。

コチェーンの圏

位相空間X上の開集合族 (U:A → Open(X)) ∈|OpenFam(X)| ごとに、コチェーンの集合 CochX(U, F) が対応します。開集合族のあいだの射 f =(f, ιf) :U → V in OpenFam(X) があると、次の写像が誘導されます。

  • f*:CochX(V, F) → CochX(U, F) in Set

f* の作り方は次のようにします。

  • f:U → V in OpenFam(X) があると、a∈A に対して (ιf)a:Ua → Vf(a) in Open(X) という包含がある。
  • 開集合のあいだの包含に対して、C値前層Fによる射が誘導される。
    F(Vf(a)) → F(Ua) in C
  • これにより、Vに載ったコチェーンの係数をUに載ったコチェーンの係数に変換できる。

各開集合族Uに対して、CochX(U, F) は集合ですが、集合を離散圏とみなすと、インデックス付き圏 CochX(-, F):OpenFam(X)opCat in CAT となります。このインデックス付き圏からグロタンディーク構成をすれば、次のファイバー付き圏が得られます。

{\displaystyle \int_{x\in OpenFam(X)} Coch_X(x, F) \to OpenFam(X)  }

このグロタンディーク構成の平坦化圏がX上のF係数コチェーンの圏〈category of F-coefficient cochains on X〉 CochX(F) です。

圏の作り方から、2つのコチェーン c, d のあいだの射は開集合族の射だけで決まります。c → d in CochX(F) があることは、載っている開集合族が違うだけで、cとdは係数において大差ないことを意味します。射の存在を順序 c ≦ d のように捉えてもいいでしょう。

それから

開集合族に対して「被覆である」、「局所有限である」などの性質を定義できます。特定の性質を持つ開集合族(例えば、局所有限な被覆)だけを考えることは多いです。良い性質を持つ開集合族を考えれば、例えば、1の分解をコチェーンとして表現できます。

今までの話は0次のコチェーンでした。チェック復体を定義する要領で、1次、2次などの高次のコチェーンを考えることができます。係数の前層を層にして、高次のコチェーンとコサイクル条件を考えると、通常のチェックの方法になります。

コジュール接続とQ-多元環

1年3ヶ月ほど前に書いた「コジュール接続の圏」に次のように書いています。

先週ボンヤリと考えていたことがあったんですが、ちょっと面倒になってきて気力萎え。だけど、いつかまた興味と気力が湧いたときに参照できるようにメモ書きを残しておきます。

この続きの「コジュール接続の圏 その2」もあるのですが、どうもマトマリがないですね。「いつかまた興味と気力が湧いたとき」とありますが、今日、興味が少し湧きました(気力はないけど)。

コジュール接続(ベクトルバンドルの線形接続)だけを考えていても、どうもうまくないようです。Q-多元環〈Q-algebra〉という構造を考えて、コジュール接続をQ-多元環に持ち込んで考えたほうがいい気がします。

内容:

曲DG代数あらためQ-多元環

コジュール接続の記事のすぐ後に書いた「シュバレー/アイレンベルク関手の話」のなかで、曲DG代数〈curved differential graded algebra〉に触れています。

この3ページのノートはホントにありがたい解説で、これでだいたい曲DG代数が何であるかわかります。コジュール接続の扱い方も書いてあります。どうしてすぐさま曲DG代数を使わなかったのか? 今思うと不思議です。気力が萎えていてボンヤリしていたからでしょう。

さて、曲DG代数の'D'は differential ですが、DG代数における「微分」は外微分のような平方ゼロ〈square zero | nilquadratic〉な作用素です。曲DG代数でも、「微分」と呼ばれる作用素があり同じ記法が使われるのですが、曲DG代数の「微分」は平方ゼロじゃないです。このことがちょっと引っかかっていたのですが、アルバート・シュワルツ〈Albert Schwarz〉が曲DG代数を Q-algebra と呼んでいるのを知って「こっちがいい!」と思ったので、Q-algebra に乗り換えます。

"algebra" の訳語はそのまんま「代数」が多いですが、Q-algebra に関しては「多元環」を使うことにします(ちょっとした理由があります、次節)。「代数」と「多元環」は原則的に同義語で、混じって使用されています。ゆるい使い分けルールはあります(次節)が、まー気にしないでください。

Q-多元環へ至る階層

相対的な代数構造が出てきます。相対的とは、とあるベース構造を固定して、そのベース構造に基いてより上位の代数構造を考えることです。例えば、ベース構造である体を固定して、その体を係数域とするベクトル空間を考えるのが、相対的な代数構造の一例です。相対的な代数構造は、(代数構造)/(ベースとなる代数構造) の形で書きます。例えば、体K上のベクトル空間Vならば、V/K〈V over K〉 と書きます。

Q-多元環を考える際に、最初に基礎体〈ground field〉を固定します。基礎体Kの上の可換環Rと可換階付きDG代数〈可換階付きDG多元環 | commutative graded algebra〉Ωを考えます。可換DG代数Ωの上でコジュール接続Xや、Q-多元環Aを考えます。図にまとめると次のようです。


\xymatrix{
  *{|{\bf KoszConn}| \ni X} \ar@{|->}[rr]^{EndAlg}
  & *!<0em, -2em>{}
  & *{A \in |{\bf Q\mbox{-}Alg}|}
\\
  *!<3em, 0em>{|{\bf Rng}| \ni R} \ar@{^{(}->}[rr]_{R = \Omega^0}
  & {}
  & *{\Omega\in |{\bf DGRng}|}  \ar@{.}[ull]|{X/\Omega}
\\
  {}
  & *{K \in |{\bf Field}|}
  & {}
}

図に出現している圏は:

  1. Field: (可換)体の圏
  2. Rng: (可換)環の圏
  3. DGRng: (可換)DG環〈DG代数〉の圏
  4. KoszConn: コジュール接続の圏
  5. Q-Alg: Q-多元環の圏

これらの代数構造のあいだの関係はけっこう込み入っていますが、三階層になっているとみなしていいでしょう。

  1. 基礎体の階層: 基礎体(可換)KはRCを使います。Rに固定と考えてもいいです。考える代数構造はすべて基礎体K上のものです。
  2. 可換構造の階層: 基礎体の上の可換環と可換DG代数を考えます。可換DG代数の可換性は階付き可換性〈graded commutativity〉ですが、これも可換と言っていいでしょう。
  3. 非可換構造の階層: 可換環と可換DG代数を使って、コジュール接続と非可換(可換とは限らない)Q-多元環を構成します。

相対的な代数構造としての「環」「多元環」「代数」は同義語ですが、ここでは、だいたい次の方針で使い分けます。

  • 〈ring〉は可換代数〈commutative algebra〉のこと。基礎体の上の相対的な環〈可換代数〉を考える。結合的・単位的であることは仮定する。
  • 多元環〈algebra〉は可換とは限らない代数のこと。環〈可換代数〉の上の相対的な多元環〈非可換代数〉を考える。結合的・単位的であることは仮定する。

環も多元環も階付き(Zで階付き)バージョンがあります。階付き環〈graded ring〉は階付き可換で結合的・単位的な階付き代数です。階付き多元環〈graded algebra〉は、可換性を仮定しない結合的・単位的な階付き代数です。

ここで、図のなかの矢印・線について簡単に触れましょう。

  1. 環Rは、DG環〈DG ring | 可換DG代数〉Ωの0次の部分となっている。
  2. コジュール接続Xは、DG環Ωの上に定義される。
  3. EndAlgは、コジュール接続からQ-多元環を構成する関手。この関手を使って、コジュール接続をQ-多元環の世界に埋め込める。

コジュール接続は、Q-多元環を作り出す素材と考えます。素材なので、コジュール接続には多くを期待しません。Q-多元環を作り出すメカニズムが関手 EndAlg です。コジュール接続の定義にも、関手 EndAlg の定義にも、DG環Ωを使います。その意味で、可換なDG環Ωが非可換な上部構造を支えています。

具体的な状況設定

Q-多元環(ちゃんと定義してないけど)は、多様体上の量を計算するための計算デバイスと考えます。代数的・抽象的なQ-多元環は、多様体由来のものとは限りませんが、ここでの用途は「多様体に関わる計算の道具」です。

(なめらかな)多様体Mを固定したとき、前節の K, R, Ω が何に対応するかというと:

  • K := R
  • R := C(M)
  • Ωp := ΓMp(T*M))

Ωは微分形式の階付きベクトル空間になりますが、外積と外微分を添えてDG環とみなします。これは、ド・ラーム復体をDG環に仕立てたものなのでド・ラームDG環〈de Rham DG ring〉と呼ぶます。

R = C(M) は(なめらかな)関数のR-環(C(M)/R)ですが、Ωの0次部分になっています。

多様体Mの開集合Uごとに環RやDG環Ωを考える場合は次のようになります。

  • R(U) := CM(U)
  • Ωp(U) := ΓM(U, Λp(T*M))

それぞれ局所的に定義された関数の環、局所的に定義された微分形式のDG環です。開集合Uを動かして制限写像を付け加えれば、環の層、DG環の層になります。

コジュール接続はベクトルバンドルと関連しますが、ベクトルバンドルは表に出さないで、R-加群に導分〈derivation〉(ライプニッツ法則を満たす写像)を付けた構造と考えます。X = (X, X∇) がコジュール接続〈Koszul connection〉だとは:

  1. X はR-加群(R = Ω0
  2. X∇:XX\otimesRΩ1 は次のライプニッツの法則を満たす。
    X∇[xr] = X∇[x]r + x\otimesd[r] for x∈X, r∈R

ライプニッツ法則の記述にベースDG環Ωの微分dが必要になります。ただし、Ωの2次より上の部分は使いません。コジュール接続Xを、Q-多元環に“引き伸ばす”ときにはΩの2次以上の部分も使います。

コジュール接続の圏 再論

Q-多元環を計算の道具として使う場合の要〈かなめ〉は、関手 EndAlg:KoszConnQ-Alg です。この関手の構成は次の機会として、とりあえず圏 KoszConn を定義しておきます。以前の記事でも KoszConn を定義したことがあったのですが、モタモタした記述だったのでここで再度述べます。

基礎体KとベースDG環Ωは固定します。R = Ω0 も固定されます。この状況でコジュール接続Xを考えるので、Xは X/Ω/K と書けます。コジュール接続の圏も KoszConn/Ω/K または KoszConn[Ω/K] のように書くべきですが、単に KoszConn と略記します。

コジュール接続の圏」と「コジュール接続の圏 その2」では、コジュール接続のあいだの射を一般的に定義するのに四苦八苦してます。一般化はうまくいってません。

コジュール接続の圏を一般化しようというアプローチはやめて、Q-多元環の圏に埋め込んでしまい、あとはQ-多元環で議論する方式に切り替えるので、コジュール接続の圏 KoszConn控え目に定義します。コジュール接続のあいだの射として最初に考えたのは加群のあいだのEPペア〈embedding-projection pair〉でした。その素朴なアイディアをそのまま採用します。

M, N がR-加群のとき、MからNへのEPペアとは、加群射(加群の意味での線形写像)φ:M → N と φ:N → M の組 φ = (φ, φ) で、φ = φ\circφ = idM を満たすものです。記号の乱用で φ = (φ, φ) とも書きます。φ;ψ = (φ;ψ, ψ) が成立します。

2つのコジュール接続 (X, X∇), (Y, Y∇) のあいだの射は、R-加群のEPペア φ = (φ, φ):XY とR-加群射 a:Y → Y\otimesRΩ1 の組 (φ, a) = (​(φ, φ), a) で、次の等式を満たすものです。


\qquad {}^Y\nabla = \hat{\phi}\circ {}^X\nabla \circ \phi^\leftarrow - a \\ 
\qquad \mbox{ where } \hat{\phi} := \phi^\rightarrow \otimes \mathrm{id}_{\Omega^1} : \underline{X}\otimes \Omega^1 \to \underline{Y}\otimes \Omega^1

(\phi, a):X → Y,\; (\psi, b):Y → Z の結合は、 (\psi\circ \phi,\; \hat{\psi}\circ a\circ \phi^\leftarrow + b ) で与えられます。

こうして定義した圏KoszConnは、あまり一般性はありませんが、これ以上に一般的な議論はQ-多元環とQ-多元環上の加群(Q-加群)を使うことにします。以前(2019年末)、行き詰まってしまったのは、圏KoszConnに拘り過ぎだったのでしょう。KoszConnは、計算の道具として良い圏ではなかったようです。

今は、Q-多元環の圏、Q-加群の圏がより良い圏だろうと期待しています。

ド・ラーム復体とホモトピー

「ド・ラーム・コホモロジーホモトピー不変量だ」と言われます。これはいったいどういう意味なんでしょう? 「ホモトピー」が色々な意味で使われ過ぎていて何だかヨクワカリマセン。事情をハッキリさせましょう。

※ 言葉と表記に関する注意: 英単語の語尾をカタカナ書きに反映させるのは嫌いなんですが、「ホモトピー」「ホモトピック」「ホモトピカル」が全部違う意味なので、致し方なく書き分けます。通常は「ホモトピー☓☓☓」というところを「ホモトピック☓☓☓」と書いている場合があります。例えば「ホモトピック関係」。同綴同音異義語をなるべく避けるためです。

内容:

ホモトピー圏とホモトピカル圏

ホモトピー圏〈homotopy category〉とホモトピカル圏〈homotopical category〉って違う意味なんですよね。これ、僕は混同・混乱してました。nLab項目は:

ホモトピカル圏は、構造付き圏の種類です。通常の圏Cに部分圏 WC が指定された構造 (C, W) です。部分圏Wには次の2つの条件が付きます。

  1. すべての恒等射はWに含まれる。
  2. 2-out-of-6-条件〈2-out-of-6-property〉を満たす。

ホモトピカル圏は、弱同値を持つ圏〈category with weak equivalences〉とほぼ同じです。

弱同値を持つ圏もペア (C, W) で、部分圏Wに次の2つの条件を要求します。

  1. すべての同型射はWに含まれる。
  2. 2-out-of-6-条件を満たす。

ホモトピカル圏と弱同値を持つ圏は、さほどの違いはありません。ホモトピカル圏は定義より弱同値を持つ圏になります。

もっとゆるい条件の構造付き圏は相対圏〈relative category〉です。

相対圏 (C, W) のWは広い部分圏〈wide subcategory〉なら何でもかまいません。「広い」が満たされなくても、対象と恒等射を足せばいいだけなので、Wは事実上無条件です。

一方のホモトピーは、なんか特定の圏や圏の種類ではなくて、圏に圏を対応させる関手のたぐいです。ホモトピカル圏/弱同値を持つ圏/相対圏を C = (C, W) と記号の乱用で表記して、に含まれる射をすべて可逆射とみなした圏が Ho(C) = Ho(​(C, W)) です。Ho(-) によるCの値を“Cホモトピー圏”と呼んでいます。

Ho(C) は、C[W-1] とか W-1C とか書かれるときもあり、CWによる局所化〈localization〉とも呼ばれます。ホモトピー圏と局所化された圏は同じことです。

鎖復体のホモトピー圏はホモトピー圏ではない

次数が下がる境界作用素を備えたベクトル空間(または加群)の列を鎖復体〈chain complex〉、次数が上がる余境界作用素を備えたベクトル空間の列を余鎖復体〈cochain complex〉と呼びます。ただし、余鎖復体も鎖復体と呼ぶことが多いです*1

実数係数のベクトル空間と線形写像の列である鎖復体の圏を Ch(R-Vect)、余鎖復体の圏を Ch(R-Vect) と書くことにします。ここでは主に余鎖復体の圏 Ch(R-Vect) を扱いますが、余鎖復体を鎖復体とも呼びます(困った習慣だけど、そう呼ぶのよ)。

圏 Ch(R-Vect) のホムセットごとに、鎖ホモトピック〈chain homotopic〉(余鎖ホモトピックというべきだが)という同値関係が入り、各ホムセットごとにその同値関係の商集合を取ってできる圏を K(R-Vect) と書いて、(鎖復体の)“ホモトピー圏”と呼びます。が、前節で定義したホモトピー圏とは違います。ここでは区別してホモトピー商圏〈homotopy quotient category〉と呼ぶことにします。ホモトピー商(ホモトピック関係による商集合達)を作る操作は、ホムセットに同値関係(圏論的合同)がある圏に対する操作になります。

ホモトピー圏=圏の局所化を作るときは、形式的な逆射を追加してますが、ホモトピー商を作るときは、同値関係で同一視して射を束ねています。圏を作る方法が違います*2

位相空間の圏Topに対しても、通常の、連続写像のホモトピック関係を使ってホモトピー商圏を作れます。一般に、C = (C, ~) をホムセットごとの同値関係(圏論的合同)を備えた圏として、商圏を Quo(C) = Quo(​(C, ~)) とすると、次が言えます。

  • K(R-Vect) := Quo(​(Ch(R-Vect), ~ch)) (~ch は鎖ホモトピック関係)
  • hTop := Quo(​(Top, ~h)) (~h連続写像のホモトピック関係)

K(R-Vect) や hTop を作るときに圏の局所化は関わってなくて、圏の商を取っているだけです。ド・ラーム復体とホモトピーとの関係では、とりあえずはホモトピー商圏だけが問題になります(後々はホモトピー圏も関係しますが)。

今定義したホモトピー商圏hTopのこともホモトピー〈homotopy category〉と呼ぶことがあるようです。Wikipedia項目 Homotopy category では、ホモトピー商圏hTopは素朴ホモトピー圏〈naive homotopy category〉と呼んでいます。ややこしいなー、もう。

多様体の圏のホモトピー商圏

Man を(なめらかな)多様体の圏とします。境界の扱いが不明ですから、右下添字で区別することにします。

右下添字がないときのデフォルトはケースバイケースで決めることにします。ここでは、Man := Manb とします。

連続写像のホモトピック関係でホムセットごとに商を取った圏が hTop := Quo(​(Top, ~h)) でしたが、同様にして hMan := Quo(​(Man, ~sh)) が定義できます。ここで、~sh はなめらかな写像のあいだのなめらかなホモトピック〈smooth homotopic〉関係です。

hManの構成には若干の問題があるので、それを述べます。

f, g:M → N in Man のとき、fとgを結ぶホモトピーHは、H:M×[0, 1] → N in Man と定義されるはずですが、実際には定義できません。圏 Mannb, Manb のなかでは区間 [0, 1] との積は定義できません。M∈|Mannb| なら M×[0, 1]∈|Manb|、M∈|Manb| なら M×[0, 1]∈|Manc| で、Mが居た圏からはみ出す可能性があります。

これは、柱体 M×[0, 1] を構成するときだけ一時的に広い圏 Manc で考える、という例外的規約で対処することにします。ご都合主義的ですが、別に問題はないでしょう。

f, g, h:M → N in Man のとき H::f ⇒ g, J::g ⇒ h とします。これは、Hはfからgへのホモトピー、Jはgからhのホモトピー、という意味です。2つのホモトピー H, J を結合してfからhへのホモトピーを構成したいとき、結合したホモトピー K::f ⇒ h がなめらかかどうかが問題です。一般には、繋ぎ目でなめらかさが保証できません。

ホモトピー H::f ⇒ g, J::g ⇒ h, K::f ⇒ h に対して全域的なめらかさを要求せずに、連続で区分的になめらかでよいとするのも一案です。が、“区分的になめらか”の定義をする必要があります。好みの問題に過ぎませんが、僕は“区分的になめらか”を採用したくありません。

別な方法として、H:M×[0, 1] → N の区間 [0, 1] を時間とみて、変形開始時 0 ≦ t < ε と 変形終了時 1 - ε < t ≦ 1 は“動かない”と定義します。具体的には:

  • 適当な正実数 0 < ε < 1/2 があって、
  • 0 ≦ t < ε ならば、任意の点 x∈M に対して H(x, t) = H(x, 0)
  • 1 - ε < t ≦ 1 ならば、任意の点 x∈M に対して H(x, t) = H(x, 1)

変形の最初と最後は止まっているわけです。

最初と最後は止まっているなめらかなホモトピーを使って、2つのなめらかな写像 f, g:M → N in Man のあいだのホモトピック〈homotopic〉関係を定義できます。ホモトピック関係は、ホムセット Man(M, N) = C(M, N) 上の同値関係になります。同値関係であるホモトピック関係が、圏の結合と整合的であること(圏論的合同であること)が確認できるので、商圏 hMan := Quo(​(Man, ~sh)) が構成できます。hManが、Manホモトピー商圏です。

Manと圏hManは対象を共有し、各ホムセットごとに商集合への射影を考えると、全体として関手 Q:ManhMan が構成できます。定義の仕方から、Qは対象上で恒等な充満関手〈identity-on-object full functor〉です。f∈Man(M, N) に対する Q(f)∈QMan(M, N) は、なめらかな写像fのホモトピック類〈homotopic class〉(通常、ホモトピー類という)です。これを「ホモトピー同値類」と言うと(まったく正しい呼び名ですが)、誤解の原因になるかも知れません(次段落)。

2つの多様体 M, N∈|Man| がホモトピー同値〈homotopy equivalent〉だとは、なめらかな写像 f:M → N, g:N → M があって、次が成立することです。

  • f;g ~sh idM on Man(M, M)
  • g;f ~sh idN on Man(N, N)

ホモトピー同値は、(大きな)集合 |Man| の上の同値関係です。2つの多様体 M, N のホモトピー同値を与える写像の組 (f, g) もホモトピー同値〈homotopy equivalence〉と呼びます。英語だと "equivalent" が形容詞で、"equivalence" が名詞です。

Manにおけるホモトピー同値は、ホモトピー商圏hManでは単に対象の同型のことです。

紛らわしい言葉が多いので、まとめておきます。

  1. (なめらかな)ホモトピー: H:M×[0, 1] → N in Manc という(なめらかな)写像。最初と最後は“止まっている”。
  2. (2つの写像が)ホモトピック:H(x, 0) = f(x), H(x, 1) = g(x) となるホモトピーがあるとき、fとgはホモトピック。ホモトピック関係は、Manのホムセット上の同値関係。
  3. (2つの多様体が)ホモトピー同値: ホモトピックな意味で(up-to-homotopyで)互いに逆な写像で繋がっていること。
  4. ホモトピー同値写像): 2つの多様体ホモトピー同値を与える写像のペア、またはペアの片一方。
  5. Manの)ホモトピー商圏: この節で定義したhManWikipediaの用語では素朴ホモトピー圏。
  6. ホモトピー: 前節参照。
  7. ホモトピカル圏: 前節参照。

鎖復体の圏のホモトピー商圏

通常、鎖復体のホモトピー圏と呼ばれている圏は、最初の節の意味でのホモトピー圏(局所化した圏)ではありません -- ホモトピー商圏です。前節で定義した多様体の圏のホモトピー商圏とほぼ並行に定義できます。

多様体の圏 鎖復体の圏
多様体 鎖復体(余鎖復体)
なめらかな写像 鎖復体射〈鎖写像 | 鎖射〉
なめらかなホモトピー ホモトピー
2つの写像がホモトピック 2つの鎖復体射が鎖ホモトピック
ホモトピック関係による商圏 鎖ホモトピック関係による商圏

圏 Ch(R-Vect) の鎖ホモトピック関係による商圏を、習慣として K(R-Vect) と書くのでした。

多様体の圏とは少し違うのは、ヌルホモトピック〈null homotopic | ゼロホモトピック〉という概念が定義できることです。鎖復体の圏 Ch(R-Vect) のホムセットはベクトル空間なので*3、各ホムセットごとにゼロベクトルがあります。f∈Ch(R-Vect)(C, D) が f ~c 0 のとき、fはヌルホモトピックだといいます。

鎖ホモトピックでホムセットの商集合をとるとき、ホムセットがベクトル空間であることからヌルホモトピックな要素からなる部分ベクトル空間に関して商ベクトル空間を作ると考えたほうが分かりやすいかも知れません。

  • Ch(R-Vect)(C, D)/~c = Ch(R-Vect)/Null(C, D)

Null(C, D) はヌルホモトピックな要素(鎖復体射)からなる部分ベクトル空間です。

ド・ラーム復体となめらかなホモトピー/鎖ホモトピー

ド・ラーム・コホモロジーの、コホモロジーを取る前の鎖復体(実際は余鎖復体)をド・ラーム復体〈de Rham complex〉といいます。ド・ラーム復体のレベルで既に、ホモトピー*4との整合性は成立しています。

多様体にド・ラーム復体を対応付ける反変関手を CDR:Man → Ch(R-Vect) とします。この関手がホモトピー商構成と整合的だということは、次の図式が可換になるような“対象上で恒等な反変関手” HCDR が存在することです。

\require{AMScd}
\begin{CD}
{\bf Man} @>{C_{\mathrm{DR}} }>>    Ch^\bullet ({\bf R}\mbox{-}{\bf Vect}) \\
@V{Q}VV                             @VV{Q}V\\
{\bf hMan} @>{HC_{\mathrm{DR}} }>>  K^\bullet ({\bf R}\mbox{-}{\bf Vect})
\end{CD}

ここで、Man と Ch(R-Vect) は同値関係(圏論的合同)を持つ圏と考えているので、より正確に書けば次のようです。

\require{AMScd}
\begin{CD}
({\bf Man},\sim_{sh}) @>{C_{\mathrm{DR}} }>>    (Ch^\bullet ({\bf R}\mbox{-}{\bf Vect}), \sim_{ch}) \\
@V{Q}VV                             @VV{Q}V\\
Quo( ({\bf Man},\sim_{sh}) ) @>{HC_{\mathrm{DR}} }>>  Quo( (Ch^\bullet ({\bf R}\mbox{-}{\bf Vect}), \sim_{ch}) )
\end{CD}

CDR も HCDR も対象上で恒等な関手なので、ホムセットごとに議論すればすみます。ホムセット Man(M, N) と Ch(R-Vect)(CDR(N), CDR(M)) で考えて、次が成立すればいいわけです。

  • f ~sh g on Man(M, N) ならば、CDR(f) ~ch CDR(g) on Ch(R-Vect)(CDR(N), CDR(M))

これを示すには幾つかの手順を経る必要があります。これが示せれば、多様体の圏と鎖復体の圏を、それぞれのホモトピー商圏に置き換えても、ド・ラーム復体関手はホモトピー商圏のあいだの関手としてwell-definedなことが分かります。

鎖復体のコホモロジーは、鎖ホモトピー同値な別な鎖復体に対して同一になります。したがって、ホモトピー同値な2つの多様体のド・ラーム・コホモロジーは一致します。このことから、ド・ラーム・コホモロジーは(他のコホモロジーでもそうですが)多様体に対して定義されているというより、多様体ホモトピー同値類(|Man| 上の同値関係の同値類)に対して定義されているといえます。

*1:この記事では鎖復体と呼んでますが、単に復体〈complex〉とも呼びます。

*2:違う構成法で作った圏が圏同値になることはあります。

*3:整数で番号付けられたベクトル空間の列ですが、それらを直和で寄せ集めて単一のベクトル空間を作ることができます。

*4:ここでの「ホモトピー」の意味は漠然としていて、圏Manや圏Ch(R-Vect)が持つホモトピー的構造くらいの意味です。