お断り:続きはいつになるか分かりません。この準備編だけで終わる可能性もありますね ^^;
コンヌとコンサニの論文 "Characteristic 1, entropy and the absolute point" ( http://www.alainconnes.org/docs/Jamifine.pdf)を拾い読みすると、次のようなメッセージがあるように思えます。
- 掛け算があれば、足し算はなくてもいいんじゃないか
今まで可換環が担っていた役割を、吸収元付き可換モノイド(commutative monoid with absorbing element)で代用することがかなりの程度できるようです。ただし、足し算は冗長な概念だったということではなくて、足し算がない世界も存在し得るということです。そして足し算がない世界は、足し算がある世界とは様相が一変します。エキゾチックを超えてミステリアスな世界のようです*1。
以下では、モノイド演算は常に掛け算(乗法)とみなし、その吸収元をゼロと呼びます。足し算は考えないので、ゼロは足し算の中立元(単位元)ではなくて、掛け算により次のように特徴付けられる元です。
- 任意のxに対して、x・0 = 0・x = 0
ゼロ付き可換モノイドの圏をCMoZ(Commutative Monoid with Zero から)と書くことにします。CMoZの射は、f(0) = 0 となるモノイド準同型です。(コンヌ/コンサニは、CMoZではなくMoという記法を使っています。)
ここでは、コンヌ/コンサ二に沿って、ゼロ付き可換モノイド概念だけから幾何空間(geometric space)を構成します。「空間」という言葉はやたらに色々な場面で使われるので、本来の幾何学的な空間を幾何空間と呼びます。幾何空間とは位相空間であって、座標や関数環(の類似)の概念を持つものです。デカルトの意味での解析幾何の対象物と言ってもいいかもしれません。
まだ定義はしていませんが、幾何空間の圏をGSと書きます。モノイドがベースなので、モノイド幾何空間または幾何モノイド空間(monoidal geometric space, geometric monoidal space)と呼ぶのが正式ですが、モノイド・ベースだと了解されているなら単に幾何空間とします。モノイド空間とは限らない場合は、「一般の幾何空間」と呼ぶことにします。
幾何空間の圏GSの性質をチャンと記述する能力も気力も僕にはないので、CMoZからGSへの関手 Spec:CMoZ→GS の具体的構成だけを述べます。Specは反変関手で、充満埋込みとなります。つまり、CMoZの反対圏は、GSの部分圏と同一視可能です。関手Specは、素スペクトル関手ですが、環の素スペクトル関手とほとんど同じように構成できます。
関手Specの構成だけでも色々と作業があるので、今回は枠組みの準備です。
一般の幾何空間のアブストラクトナンセンスな定義
Cは圏で、その部分圏Lが与えられているとします。C=(可換環の圏)、L=(局所環の圏)が典型的な例です。圏Cの対象は、空間の上に棲んでいる関数達の集合を表現するモノです。部分圏Lの対象は特に、1点での関数芽の集合を表現するのに適したモノ、Lの射は1点の周辺の対応を記述するモノですね。茎や芽の概念を定義するために、圏Cでは、有向系(directed family of objects)の極限が取れる必要があります。
さて、(X, S)が(C, L)に値を持つ幾何空間であるとは:
- Xは位相空間である。Xを、幾何空間の台空間(underlying (topological) space)と呼ぶ。
- SはX上の層である。Sを、幾何空間の構造層(structure sheaf)と呼ぶ。
- Xの点xにおける茎Sxは、部分圏Lの対象となる。
最後の条件は局所性(locality)条件と呼びます。Cの部分圏Lに属する対象は、空間の1点の状況を記述する目的のモノで、局所対象と呼びます。局所性条件は、空間の各点が実際に局所対象で記述できるということです。
C=(可換環の圏)、L=(局所環の圏)であるときが、通常の代数幾何のセッティングです。これ以外の状況を一般的に定義してもナンセンスな感じですが、可換環以外の例が少なくとも1つ(モノイドのケース)がある*2ので、一般的な定義を与えておきます。
位相空間Xの開集合の全体を順序集合とみなしたモノをOpen(X)とします。Open(X)は圏でもあり、X上の構造層とは、圏Open(X)上の反変関手です。f:X→Y が連続写像だとすると、f-1は、Open(Y)→Open(X) という関手を定義します。関手とみなしたf-1を前結合(pre-compose)することにより、X上の層からY上の層を誘導できます。この方法でSから作ったY上の層 f-1;S :Open(Y)→C を、fによりSを押し出した層といい、f*S と書きます。f, f-1, f*と、矢印の方向がめまぐるしく入れ替わるので注意してください。
([追記]層の準同型Ψの向きが逆でした。取り消し線で訂正しますが、可換図式は置き換えてあります。[/追記])
(X, S)と(Y, T)が(C, L)に値を持つ幾何空間のとき、準同型ψ:(X, S)→(Y, T) とは、位相空間のあいだの連続写像 f:X→Y と、Y上の層の準同型 Ψ:f*S→T T→f*S の組です。つまり、ψ = (f, Ψ) です。ここで、層の準同型は、層を関手とみなしての自然変換で与えられます。
Ψを具体的に記述してみましょう。U, V をYの開集合で、V⊆U とします。自然変換Ψの成分は、ΨU:S(f-1(U)) → T(U) T(U) → S(f-1(U)) というCの射です。ρ'U,V:S(f-1(U))→S(f-1(V))、ρU,V:T(U)→T(V) は層の制限射です。Ψは自然変換なので、次の可換性を満たします。
T(U) -----ρU,V ---> T(V)
| |
ΨU ΨV
| |
v v
S(f-1(U)) --ρ'U,V --> S(f-1(V))
ψ = (f, Ψ):(X, S)→(Y, T) が幾何空間の準同型であるには、次の局所性条件が必要です。
- Yの点yにおける茎のあいだの対応Ψy:
(f*S)y→TyTy→(f*S)y は、部分圏Lの射である。
モノイド・ベースの幾何空間
上の一般的な幾何空間の定義では、(C, L)がパラメータになっていました。(C, L)を具体化します。
- ベースとなる圏Cとして、CMoZを採用する。つまり、可換な掛け算ができて、0を持つような代数系とその準同型の圏です。
- Cの部分圏Lとして、対象はCMoZと同じで、可逆元の逆像がちょうど可逆元になるような準同型(後述)からなる圏をとる。
二番目の条件は次の意味です; f:M→N がCMoZの射だとして、M×, N×を可逆元の集合だとします。掛け算の単位1は可逆元なので、M×, N×は空ではありません。fが局所射だとは次が成立することです。
- f-1(N×) = M×
可換モノイドの圏では、特に局所モノイドは定義されません(すべての可換モノイドが局所モノイドであると考えてよい*3)。一方、局所射はかなり厳しい条件で定義されます。CMoZの局所性の定義がなんでこうなっているのか、僕はよく分からないのですが、「点」の概念のひとつの表現らしいです。
足し算と掛け算
ここまでの話は、やたらに一般的な枠組みを準備しただけで、「足し算が不要」とか「掛け算だけ」の内容には踏み込んでいません。「掛け算だけでOK」を実質的に示すには、可換な掛け算(とゼロ)だけを持つモノイドM(CMoZの対象)から、幾何空間 Spec(M) を実際に作る必要があります。Spec は関手になっていて、CMoZをGSに(反変的に)埋め込みます。
これが事実なら、可換モノイドは必ず何らかの幾何空間なのだ(控えめに言えば、「何らかの幾何空間から派生するものだ」)と言えます。
[追記]
圏GSは、グロタンディーク構成の良い例になっていますので、そのことを補足します。
位相空間X上の「圏Cに値をとる層」の圏をShf[X]とします。圏のベキ(指数)DCを[C, D]とも書くことにすれば、Shf[X] = ([Open(X), C]の適当な部分圏)です。連続写像 f:X→Y があると、層の押し出しは、f*:Shf[X]→Shf[Y] という関手を定義します。この状況は、(関手の反変・共変の違いを無視すれば)Shf[-] が位相空間の圏Topをベース圏とするインデックス付き圏(indexed category)であることを意味します。幾何空間の圏は、このようなインデックス付き圏から作ったグロタンディーク構成になっています。(「インデックス付き圏のグロタンディーク構成」を参照。)
[/追記]