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参照用 記事

形容詞「複」「多」と箙〈えびら〉

圏には、様々な一般化があります。モノイド圏、豊饒圏、内部圏、高次圏、…。一般化のひとつの方向として、input/outputのアリティ(項数)を増やすことが考えられます。複圏(multicategory)と多圏(polycategory)がその方向での一般化です。圏は 1-in 1-out、複圏は n-in 1-out、多圏は n-in m-out です。

「圏 → 複圏 → 多圏」という一般化は単純な原理に貫かれていて分かりやすいです。形容詞の「複(マルチ)」と「多(ポリ)」の語感も僕は好きです。なので、形容詞「複」「多」を全面的に採用した用語法を使いたいと思うのですよ。

Xを対象(object)の集合とします。X上の圏をC、複圏をM、多圏をPとします。X*(星はクリーネスター)の要素(リスト、タプル)を [A1, ..., An] と書くことにします。

まずはホムセット(homset)に関して:

  • Cのホムセットは C(A, B)。
  • 複圏Mの複ホムセットは M([A1, ..., An], B)。
  • 多圏Pの多ホムセットは P([A1, ..., An], [B1, ..., Bm])。

「圏のホムセット」「複圏の複ホムセット」「多圏の多ホムセット」で辻褄があってます。気持ちいいです。では、ホムセットの要素はどう呼ぶでしょう。

  • ホムセットC(A, B)の要素を射と呼ぶ。
  • 複ホムセットM([A1, ..., An], B)の要素を複射と呼ぶ。
  • 多ホムセットP([A1, ..., An], [B1, ..., Bm])の要素を多射と呼ぶ。

これでよさそうですが、英語だと:

  • 射: morphism
  • 複射: multimorphism
  • 多射: polymorphism

polymorphismは「多相」とか「多態」とか訳す言葉で、オブジェクト指向の人が大好きな言葉ですから、厄介事を避けたいなら使うべきじゃないです。polymapとかpolyarrowとか言い換えているようです。でも、日本語の「多射」は違う語なので大丈夫そう。

ところで、複圏はオペラッド(operad)と呼ぶことも多いです。もともとは、対象が1個だけの対称複圏をオペラッドと呼んでいたのですが、最近は「オペラッド=複圏」として使うことが多く、「オペラッド」のほうが多数派の印象もあります。

圏から結合(composition)と恒等(identity)を忘れてしまうとグラフ(多重辺、自己ループ辺を許す有向グラフ)になります。グラフから自由生成して圏を作れます。この状況を複圏と多圏にも拡張したいですね。

  • 圏から結合と恒等を忘れるとグラフ。
  • 複圏から複結合と恒等を忘れると複グラフ。
  • 多圏から多結合と恒等を忘れると多グラフ。

これも英語だと問題があります。multigraphは、多重辺を許すグラフの意味で使われます(Wikipedia: Multigraph*1。そして、polygraphは嘘発見器です。

そもそも「グラフ」という言葉は曖昧で、無向か有向かもハッキリしないし、多重辺・自己ループ辺の扱いもその場その場で決めることになります。多重辺・自己ループ辺を許す有向グラフを意味する言葉にquiverがあります(Wikipedia: Quiver)。quiverは矢筒のことで、日本語では〈えびら〉という訳語があります。日本の箙の写真↓

箙という言葉を使うなら、辺はやっぱりアロー(矢)と呼ぶべきでしょう。

  • 圏から結合と恒等を忘れると箙。箙はアローの集合。
  • 複圏から複結合と恒等を忘れると複箙。複箙は複アローの集合。
  • 多圏から多結合と恒等を忘れると多箙。多箙は多アローの集合。

あー、用語法の辻褄を合わせるのは難しい。それに、辻褄を合わせると世間の習慣からズレてしまうこともあるし。頭が痛い。

*1:ちなみに、多重辺・自己ループ辺を許さず向きもないグラフは単純グラフです(mathworld: Simple Graph)。