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参照用 記事

指標の話: 形状の記述と形状付き集合

昨日の記事「指標の組織化と表現方法と呼び名は色々だ」において、イワニス・マルカキス〈Ioannis Markakis〉の論文 "Computads for generalised signatures" を引き合いに出しました。このマルカキス論文には、色々なことが書いてあって面白い。面白いトピックごとに短い記事として紹介することにします。

昨日、マルカキスの「指標」は、形状〈シェープ〉の記述を切り離していると述べました。今日は、切り離した形状の部分に注目してみます。$`\newcommand{\mrm}[1]{ \mathrm{#1} }
\newcommand{\cat}[1]{ \mathcal{#1} }
\newcommand{\In}{\text{ in }}
%\newcommand{\id}{ \mathrm{id} }
\newcommand{\op}{ \mathrm{op} }
\newcommand{\hyp}{\text{-} }
\newcommand{\NFProd}[3]{ \mathop{_{#1} \!\underset{#2}{ \times }\,\!_{#3} } }
\require{color} % Using
\newcommand{\NN}[1]{ \textcolor{orange}{\text{#1}} } % New Name
\newcommand{\NX}[1]{ \textcolor{orange}{#1} } % New EXpression
\newcommand{\T}[1]{\text{#1} }
`$

内容:

ハブ記事:

形状の記述

指標の組織化と表現方法と呼び名は色々だ」から、無法則な圏の指標を再掲します。

$`\T{signature }\NN{LawlessCategory}\:\{\\
\:\T{shape }\{\\
\quad \T{sort } \NX{O}\\
\quad \T{sort } \NX{M}\\
\quad \T{face } \NX{\mrm{dom}} : M \to O\\
\quad \T{face } \NX{\mrm{cod}} : M \to O\\
\:\}\\
\:\T{algebra }\{\\
\quad \T{operation } \NX{\mrm{comp}} : M \NFProd{\mrm{cod}}{O}{\mrm{dom}} M \to M\\
\quad \T{operation } \NX{\mrm{id}} : O \to M\\
\:\}\\
\}`$

この指標のシェープ・パートだけを抜き出して、有向グラフの指標を作ります。

$`\T{signature }\NN{DiGraph}\:\{\\
\:\T{shape }\{\\
\quad \T{sort } \NX{O}\\
\quad \T{sort } \NX{M}\\
\quad \T{face } \NX{\mrm{dom}} : M \to O\\
\quad \T{face } \NX{\mrm{cod}} : M \to O\\
\:\}\\
\}
`$

シェープ・パート内をさらにパートに分けると次のようです。

$`\T{signature }\NN{DiGraph}\:\{\\
\:\T{shape }\{\\
\:\:\T{sorts }\{\\
\quad \NX{O}\\
\quad \NX{M}\\
\:\:\}\\
\:\T{faces }\{\\
\quad \NX{\mrm{dom}} : M \to O\\
\quad \NX{\mrm{cod}} : M \to O\\
\:\:\}\\
\:\}\\
\}
`$

入れ子の中括弧ブロックが鬱陶しいので、入れ子を一段階減らして、パートの名前や構成素役割り名を有向グラフっぽくすると:

$`\T{signature shape }\NN{DiGraph}\:\{\\
\:\T{cells }\{\\
\quad \NX{V}\\
\quad \NX{E}\\
\:\}\\
\:\T{faces }\{\\
\quad \NX{\mrm{src}} : E \to V\\
\quad \NX{\mrm{trg}} : E \to V\\
\:\}\\
\}\\
`$

本質的には何も変わってなくて、表層的・恣意的な変更をしてるだけです。それでも、確かに“雰囲気”は変わります。

さて、マルカキスが形状の記述を指標から切り離しているのは、形状をリーディ圏Reedy category〉として定義しているからです。マルカキスは、特別なリーディ圏である direct category しか使ってませんが、direct category を順行リーディ圏〈direct Reedy category〉と呼ぶことにします。direct category とペアになる inverse category は逆行リーディ圏〈inverse Reedy category〉にします。リーディ圏の次数〈degree〉は、次元〈dimension〉と呼んだほうがふさわしいのでそう呼びます(マルカキスも次元を使っています)。

小規模なリーディ圏は、指標の構文で書き下せます。セルソート(リーディ圏の対象)と面射〈face morphism〉(リーディ圏の射)以外に次元関数を定義する必要があります。

$`\T{signature shape }\NN{DiGraph}\:\{\\
\:\T{cells }\{\\
\quad \NX{V}\\
\quad \NX{E}\\
\:\}\\
\:\T{faces }\{\\
\quad \NX{\mrm{src}} : E \to V\\
\quad \NX{\mrm{trg}} : E \to V\\
\:\}\\
\:\T{dimension }\{\\
\quad \mrm{dim}(V) := 0\\
\quad \mrm{dim}(E) := 1\\
\:\}\\
\}\\
`$

0次元のセルが頂点〈Vertex〉で、1次元のセルが辺〈Edge〉だと宣言しています。そして、1次元セルには2つの面〈faces〉があり、2つの面を始点〈source〉と終点〈target〉と呼ぶわけですね。

次元は任意の順序数〈ordinal number〉を値に取れますが、多くの応用では自然数だけでも十分でしょう。

以下は、四角形〈square〉という形状の定義です。二重圏の記述を意識して、セルソート(絵図要素の種別)には Object, Vertical, Horizontal, Double の頭文字を使っています。下に対応する絵があります。

$`\T{signature shape }\NN{Square}\:\{\\
\:\T{cells }\{\\
\quad \NX{O}\\
\quad \NX{V}\\
\quad \NX{H}\\
\quad \NX{D}\\
\:\}\\
\:\T{faces }\{\\
\quad \NX{\mrm{srcD}} : D \to H\\
\quad \NX{\mrm{trgD}} : D \to H\\
\quad \NX{\mrm{leftD}} : D \to V\\
\quad \NX{\mrm{rightD}} : D \to V\\
\quad \NX{\mrm{leftH}} : H \to O\\
\quad \NX{\mrm{rightH}} : H \to O\\
\quad \NX{\mrm{srcV}} : V \to O\\
\quad \NX{\mrm{trgV}} : V \to O\\
\:\}\\
\:\T{equations }\{\\
\quad \NN{srcLeft} :: \mrm{srcD};\mrm{leftH} = \mrm{leftD} ; \mrm{srcV}\\
\quad \NN{srcRight} :: \mrm{srcD};\mrm{rightH} = \mrm{rightD} ; \mrm{srcV}\\
\quad \NN{trgLeft} :: \mrm{trgD};\mrm{leftH} = \mrm{leftD} ; \mrm{trgV}\\
\quad \NN{trgRight} :: \mrm{trgD};\mrm{rightH} = \mrm{rightD} ; \mrm{trgV}\\
\:\}\\
\:\T{dimension }\{\\
\quad \mrm{dim}(O) := 0\\
\quad \mrm{dim}(V) := 1\\
\quad \mrm{dim}(H) := 1\\
\quad \mrm{dim}(D) := 2\\
\:\}\\
\}\\
`$

$`\quad \xymatrix@R+1.5pc@C+1.5pc {
\cdot \ar[r]^{H \,\mrm{src}}
\ar[d]_{V\, \mrm{left}}
\ar@{}[dr]|{D}
& \cdot \ar[d]^{V\, \mrm{right}}
\\
\cdot \ar[r]_{H \, \mrm{trg}}
& \cdot
}
`$

この例では、1次元のセルが2種類あって、セルソート $`V`$(Vertical)な縦辺とセルソート $`H`$(Horizontal)な横辺です。

「形状の記述にはリーディ圏を使うので指標から切り離して、指標とは呼ばない」というのもひとつの判断です。しかし僕は、形状の記述にも指標構文を適用できるのだから、形状指標〈signature for shape〉とか呼べばいんじゃないのかな、と思います。

形状の次元

$`\cat{I}`$ をリーディ圏とします。リーディ圏は小さい圏で、次元関数(次数関数とも呼ぶ)を持ちます。

$`\quad \mrm{dim} = \mrm{dim}_\cat{I} : |\cat{I}| \to |{\bf Odnl}|`$

ここで、$`|{\bf Odnl}|`$ はすべての(集合論の意味での)順序数〈ordinal number〉からなるクラスです*1。順序から誘導される圏のほうを $`{\bf Odnl}`$ として、順序構造の台集合は $`|{\bf Odnl}|`$ と書いています。適当なグロタンディーク宇宙を設定するにしても、$`|{\bf Odnl}|`$ は非常に大きな集合(むしろ、非常に長い集合)です。

$`|\cat{I}|`$ は小さい集合なので、次の性質を持つ順序数 $`\gamma`$ が存在します。

$`\quad \forall i\in |\cat{I}|.\, \mrm{dim}_\cat{I}(i) \le \gamma`$

このような順序数 $`\gamma`$ のなかで最小な順序数が一意に存在するので、それを $`\mrm{Dim}(\cat{I})`$ とします。$`\mrm{dim}_\cat{I}`$ と $`\mrm{Dim}(\cat{I})`$ は別物ですから注意してください。$`\mrm{dim}_\cat{I}`$ はリーディ圏 $`\cat{I}`$ ごとに決まる次元関数ですが、$`\mrm{Dim}`$ はリーディ圏に順序数を対応させます。

$`\quad \mrm{Dim} : |{\bf ReedyCat}| \to |{\bf Odnl}|`$

$`\mrm{Dim}(\cat{I}) \in |{\bf Odnl}|`$ であることから、順序数の性質により $`\mrm{Dim}(\cat{I})\subset {\bf Odnl}`$ (真の部分順序構造)となります。$`\cat{I}`$ の次元関数は次の形に制限できます。

$`\quad \mrm{dim}_\cat{I} : |\cat{I}| \to |\mrm{Dim}(\cat{I})|`$

$`\mrm{Dim}(\cat{I})`$ は、小さい台集合を持つ全順序集合なので、次元関数は集合圏のなかの写像となります。次元関数の余域が真のクラス(小さくない集合)じゃなくなるので、気持ちが落ち着くかも知れません。僕は余域が真のクラスでも別にかまいませんが。

マルカキスの指標の理論では、リーディ圏の次元関数が非常に重要な役割りを果たします。順序数の集合論的な性質と次元関数に全面的に依拠した構成(相互超限再帰的構成)が使われるので、次元概念がないと何も出来ません。

形状付き集合

リーディ圏は、ある種の図形達 -- 組み合わせ幾何的対象物達〈combinatorial-geometric objects〉が共有する形状を記述する定義デバイス〈defining device〉です。そして、リーディ圏 $`\cat{I}`$ で記述される形状を持つ図形は、前層または余前層として定義されます。

前層を使うなら、形状が $`\cat{I}`$ である図形 $`X`$ は:

$`\quad X \in \mrm{Obj}([\cat{I}^\op, {\bf Set}])`$

ここで、ブラケット $`[\hyp, \hyp]`$ は関手圏です。余前層を使うときは:

$`\quad X \in \mrm{Obj}([\cat{I}, {\bf Set}])`$

前層でも余前層でも同じっちゃ同じなのですが、用語法や記号法に影響が出るのでけっこう頭痛のタネです。例えば、形状〈リーディ圏〉内の射 $`\varphi: i\to j`$ は、$`X`$ が前層〈反変関手〉なら
$`\quad X(\varphi): X(j) \to X(i) \In {\bf Set}`$
となります。向きが逆転するので、$`\varphi`$ は「余面〈coface〉」で、$`X(\varphi)`$ は「面〈face〉」と呼ぼう、てなことになります。鬱陶しいですね。共変ならどっちも「面」でいいのですが、これはこれで、形状内の射か集合圏の射(写像)かの区別が付かなくて困ります。

ここでは、スピヴァック〈David I. Spivak〉にならって、共変・余前層をデフォルトにして、$`\cat{C}`$ 上の余前層を$`\cat{C}`$-集合〈$`\cat{C}`$-set〉と呼びます。$`\cat{C}`$ 上の余前層を対象として、余前層射を射とする圏は$`\cat{C}`$-集合の圏〈category of $`\cat{C}`$-sets〉で次のように書きます。

$`\quad \cat{C}\text{-}{\bf Set} \; \in |{\bf CAT}|`$

前層のときは $`\cat{C}^\op\text{-}{\bf Set}`$ です。余前層をデフォルトにすると、前層には $`\hyp^\op`$ を付けるハメになりますが、致し方ないです。

$`\cat{I}`$ が形状〈リーディ圏〉のとき、$`\cat{I}\text{-}{\bf Set}`$ の対象は、(共変の)$`\cat{I}`$-形集合〈{covariant}? $`\cat{I}`$-shaped set〉で、$`\cat{I}^\op\text{-}{\bf Set}`$ の対象は、$`\cat{I}^\op`$-形集合〈$`\cat{I}^\op`$-shaped set〉、または反変の$`\cat{I}`$-形集合〈contravariant $`\cat{I}`$-shaped set〉です。「形」と付けているのは単に気分だけの問題です -- それ以上の特段の意味はありません。

単体集合〈simplicial set〉、半単体集合〈semi-simplicial set〉、方体集合〈cubical set〉、球体集合〈globular set〉などは、適当な形状 $`\cat{I}`$ に対する$`\cat{I}`$-形集合または$`\cat{I}^\op`$-形集合です。

前層の圏はトポスになるので、形状 $`\cat{I}`$ に対する$`\cat{I}`$-形集合達または$`\cat{I}^\op`$-形集合達の圏は、ほとんど集合圏と同じように振る舞います。形状 $`\cat{I}`$ を決めて $`\cat{I}^\op\text{-}{\bf Set}`$ または $`\cat{I}\text{-}{\bf Set}`$ で議論をすることは、集合圏のひとつのバリアント〈変種〉内で議論をすることです。

$`\cat{I}^\op`$-形集合の圏(前層の圏)だと、米田埋め込みがあります。

$`\quad \text{よ} : \cat{I} \to \cat{I}^\op\text{-}{\bf Set} \In {\bf CAT}`$

米田埋め込みの像である$`\cat{I}^\op`$-形集合を$`\cat{I}`$-プレックス〈$`\cat{I}`$-plex〉と呼びます。$`\cat{i}\in |\cat{I}|`$ で、$`\mrm{dim}(i) = \alpha`$ のとき、
$`\quad \text{よ}^i = [\cat{I}^\op, {\bf Set}](\hyp, i) \in |\cat{I}^\op\text{-}{\bf Set}|`$
を、$`\alpha`$次元の$`i\text{-}\cat{I}`$-プレックス〈$`i\text{-}\cat{I}`$-plex of dimension $`\alpha`$〉と呼びます。次元 $`\alpha`$ のセルソートがたかだかひとつしかないなら、「$`\alpha`$次元の$`\cat{I}`$-プレックス」でも曖昧性がありません。「2次元の球体=円板」は、球体形状のリーディ圏を $`{\bf G}`$ として「2次元の$`{\bf G}`$-プレックス」です。

「プレックス」という呼び名はサイモン・ヘンリー〈Simon Henry〉によるようですが*2、前層〈反変関手〉に対する呼び名なので、共変になったら「余」を付けるのか付けないのか、付けるならどこに「余」を付けるのか? よく分かりません(あー、めんどくさい)。

*1:マルカキスは $`{\bf Ord}`$ と書いてますが、順序集合達の圏と紛らわしいので $`{\bf Odnl}`$ とします。

*2:[追記]"Non-unital polygraphs form a presheaf category" によると、アルバート・ブロニ〈Albert Burroni〉がヘンリーより前に「プレックス」を使っていたようです。[/追記]