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参照用 記事

計算モデルに使えそうな2次元の圏:フレーム付き双圏

マイケル・シュルマン(Michael A. Shulman; 発音はForvoで調べた)が、"Framed bicategories and monoidal fibrations" という論文を書いています。

これ80ページあるんですが、僕は最初の数ページを読んだだけです(苦笑)。でも、「あー、なるほど」という感じがしました。その「なるほど」感について、ちょっと説明します。

内容:

  1. マイケル・シュルマンのフレーム付き双圏
  2. フレーム付き双圏の例
  3. 非可換の例と計算モデル
  4. あと、それから…

マイケル・シュルマンのフレーム付き双圏

ある抽象レベルにおける形式的な定義は同じでも、「2次元の圏にはニ種類ある」とマイケル・シュルマンは述べています。一方の種別の典型例は圏の圏Catで、もう一方の典型例は双加群の圏ModBiModと書いたほうが分かりやすいかも)です。後者の双加群スタイルの圏に対して精密な定式化と分析を与えるのが件の論文の目的でしょう(たぶん)。

シェルマンによれば、双加群スタイルの圏の1セルは「射(準同型)というよりは、これも対象だ」ということです。「なるほど」「確かに」と思い当たるフシがあるのは、(僕が)計算モデルに使う圏では、1セルを対象とみなすのが自然だからです。「2次元の圏における米田の補題がわからない」において、「特殊な状況」と言っているのも、1セルが準同型とは解釈しにくいような状況のことです。

以下、1セルを、M, Nなどの大文字で表すことにします。dom(M)、cod(M) は0セルですが、シェルマンは、域/余域(domain/codomain)ではなくて左フレーム(left frame)、右フレーム(right flame)と呼んでいます。2セルに対しても左フレーム、右フレームが定義されます(後述)。このフレーミングの構造*1と、横(左右)方向の結合、縦(上下)方向の結合を含めてフレーム付き双圏(framed bicategory)という2次元の圏を定義します。(フレーム付き双圏のごく短い解説はnLabにもあります; http://ncatlab.org/nlab/show/framed+bicategory

フレーム付き双圏の例

1セルはM, Nなどで表すとしたのですが、0セルに対してはアルファベットの最初のほうの文字A, Bなどを使いましょう。2セルはギリシャ小文字α, βなどにします。

矢印記号も使い分けて:

  • M:A >> B (1セル)
  • α::M⇒N (2セル)

と違う記法で。普通の矢印「→」は後で別な意味に使います。この記号法で、フレーム付き双圏の例を出します。シュルマンの論文に忠実なわけではありません

まず、0セルA, Bなどは可換環とします。1セルMは、2つの可換環A, Bを左右の係数域(スカラー)に持つ双加群(両側加群)です。M:A >> B とは、MがA左-B右加群であることです。2つの(それらが一致してもかまわない)可換環A, Bに対する双加群の全体を、BiMod(A, B) と書くことにします。M, N∈BiMod(A, B) に対して2セル α::M⇒N は、A左-B右加群の構造を保つ準同型写像 M→N だとします。

2次元の圏BiModを作りたいのですが、ホムセット BiMod(A, B) が小さい集合ではないので、サイズ問題になにかしらの対処が必要でしょう。気にしないで(つうか、あんまり分からないので)BiMod(A, B) を小さい集合のごとく扱います。1セル M:A >> B、L:B >> C の横結合(水平結合、スター積)M*L は、MとNに関して、中間の係数域Aに関してテンソル積を作ったものだとします。2セル α::M⇒N、β::N⇒P の縦結合(垂直結合)は、通常の準同型写像の合成で定義します。

加群の準同型(2セル)と縦結合を含めたホム圏を再び同じ記号 BiMod(A, B) と書いて、可換環の圏の上でホム圏達を全部寄せ集めると、2次元の圏BiModができます -- サイズの問題は適切に処理されたとしてくださいね。

この例では、1セルが双加群なので、準同型ではなくてやはり対象(モノ、構造を持った集合)です。1セルである双加群の両端にある可換環は、射の域/余域の意味はなくて、左右にくっ付いているナニカです。左右にくっ付いているナニカをシュルマンはフレームと呼んだわけです。

フレーム付き双圏は、もっと別な追加的な構造を持ちます。名前は「双圏」ですが、実際は二重圏の構造も持っていて、0セルA, Cのあいだの射 f:A→C なども考えます。今の例では、fは可換環Aから可換環Cへの可換環準同型写像です。2つの1セル M:A >> B、N:A >> B を結ぶ2セル α::M⇒N は、図形的には2辺形となります。一方、f:A→C、g:B→D、L:C >> D なら、γ::M⇒L は、M, f, g, L を辺とする矩形(4辺形、タイル)となります。一般的には矩形2セルを考え、fをγの左フレーム、gをγの右フレームと呼びます。

A > M > B
| |
f| γ |g
v v
C > L > D

非可換の例と計算モデル

先の例で、A, Bなどを可換環としていたところを、可換とは限らない多元環にしても、同様な2次元の圏ができます。定義では同様なんですが、意味的には違った構造である気もします。もちろん、「意味的には」と言っているのは特定の事例における意味で、一般論ではありません。

僕が想定している事例では、2つの可換環を係数域に持つ双加群の類似物はホーア論理です。S, Tを2つの状態空間として、Sの部分集合の全体(の適当なサブセット)はブール代数になります。ブール代数は、ほんとの可換環ではありませんが、足し算も掛け算もベキ等な半可換環となります。T上にも同様にブール代数が作れます。SからTへの状態遷移(非決定性)は、SとTのあいだの関係なので、S×T の部分集合とみませます。Rel(S, T) には集合の合併で足し算が入り、左右から先ほどのブール代数達が作用します。これはつまり、2つの可換半環が左右から作用する可換(足し算)モノイドなので、双加群の類似物です(双半加群?)。遷移(=関係)の転置と組み合わせると、ホーア論理の意味論が構成できます。

係数域が非可換のケースとは、状態空間上の自己遷移モノイドが非可換スカラーとなり、プレ結合、ポスト結合により作用している状況です。End(S) = Rel(S, S) が左の係数域、End(T) = Rel(T, T) が右の係数域となり、Rel(S, T) に作用するわけです。ΔS をSの対角関係(=関係圏の恒等)として、p⊆ΔS のような関係pはSの部分集合に相当するので、掛け算(=集合の共通部分)が可換となり、非可換半環に埋め込まれた可換半環となります。

と、そういう状況を想定するのなら、可換の場合の係数域は論理述語のブール代数、非可換の場合の係数域は自己遷移の非可換半多元環となり、かなり違った様相を呈します。論理述語のブール代数が、自己遷移の半多元環のなかに(対角Δに含まれる遷移として)埋め込めるので、お互いに関係付けることはできますけどね。

あと、それから…

フレーム付き双圏の双加群とは別なタイプの例として、コボルディズム圏があります。1セルがコボルディズムで、左フレームが始境界、右フレームが終境界です。2セルは、コボルディズムのあいだの幾何的写像で、境界を境界に写す(移す)ものです。

オートマトンやトランスデューサーが作る圏は、コボルディズム圏ととてもよく似た構造を持ちます。このことが、おそらくはマーク・ホプキンスの主張*2の背景なのでしょう。しかし、先に述べた双加群の圏とのアナロジーとは別物です。

コンピュータとソフトウェアの計算モデルとして使える圏のひとつの候補(オートマトンやトランスデューサーが作る圏)は、複数の(少なくとも2つの)フレーム付き双圏を組み合わせたような、あるいはもっと複雑な構造を持つことは間違いないと思われます。

*1:結び目の話などで、全然別な意味でframed, framingが使われることもあるので注意してください。

*2:[追記]マークの "The Quantum Field Theory - Computer Science Correspondence" とは、物理における場の量子論と計算科学のオートマトン形式言語理論のあいだに類似性・対応関係がある、というものです。この類似性は、始状態と終状態を持つオートマトンは、離散的なコボルディズムとみなせることから来ているように思えるのです。[/追記]