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参照用 記事

「分布、測度、密度」は同じか違うか

「確率変数」と言うのはやめよう」において:

今出てきた「分布」も厄介な言葉です。スターツの用法を見ると、「分布」を禁止はしてませんが、分布と測度を同義語として使っているようです。「分布」も「測度」に置換したほうがいいんじゃないかと僕は思います。それで変だったら、暗黙の(伝達と理解が困難な)ニュアンスを持ち込んでいるはずです。

と、そう書きました。確率・統計における「分布」も意味がハッキリしないで悩まされる言葉です。

「分布」を「測度」に置換しても問題ないことが多いですが、使い分けているらしき用例もあります。特に方針はなく、気ままに「分布」「測度」「密度」を併用しているように見えることもあります。

[追記]コメント欄にて、「確率変数」や「分布」が数学的にもロクに定義がなされていない用語だと主張しているように読める、というご指摘がありました。

でも、むしろ話は逆です。「ニュアンスを持ち込んでいる」「用例もあります」「併用しているように見えることもあります」とか言っているのは、数学的な定義と比較して、なにか微妙な意味の追加や文脈による制約、あるいは用語の転用、拡大解釈などをしているのではないか、という事です。フォーマルな意味に基づき解釈するとズレを感じるんだが、という話です。[/追記]

背景として、次の事実があります; 集合、関数、測度の三者ある程度は置き換え可能な関係がある。それらを繋いでいるのは積分です。

測度と密度

(A, ΣA, μ) を測度空間とします。f:A→R≧0 を非負実数値の積分可能な関数とします。B∈ΣA とすると、関数fの集合B上の積分が定義できます。

\int_{x\in B}f(x)d\mu

この積分をI(B, f, μ)と書くことにします。I(B, f, μ)には、3つの引数があるので、2つに減らすことを考えます。集合Bの特性関数をχBとすると、I(B, f, μ) = I(A, χBf, μ) と書けて、右辺の第1引数は常にAなので省略できます。このとき、集合→関数 という対応を使っています。

積分がI(f, μ)の形になると、fが積分されるほう、μが積分するほうという役割になります。積分される典型的な物理量に密度があります。質量密度を空間に渡って積分したら全質量が出るわけです。

この典型例から、次のような言い方は許されるでしょう。

  • 積分されるほうを密度と呼ぶ。
  • 積分するるほうを測度と呼ぶ。

密度と測度は別物ですが、ここでもある程度は置き換え可能な事情があります。fが積分可能な関数、つまり密度と呼んでよい関数として、g|→ I(gf, μ) で定義される写像を g|→ J(g) とすると、Jは積分と呼んでよい性質を持ちます。Jにおける「積分するほう」の役割をνと置けば、

 J(g) = \int g(x)d\nu = \int g(x)f(x)d\mu

と書けます。集合Bに対する測度(の値)ν(B)は次のようです。

 \nu(B) = \int \chi_{B}(x)d\nu = \int \chi_{B}(x)f(x)d\mu = \int_{x\in B}f(x)d\mu

最初に与えられた標準的な測度μをベースにして、密度fが新しい測度νを定義したことになり、密度→測度 という対応が存在します。

分布

分布は、おそらくは密度と同義です。前節で述べたように、密度→測度 の対応があるんで、この対応を経由して、分布は測度の意味でも使われるのでしょう。文脈による解釈のニュアンスは、たぶん次のよう; 「たぶん」としか言いようがないのは、ニュアンスは決して明示的に述べられないからです。

  • 分布が積分される側のとき、それは単なる可積分関数としての密度のこと。
  • 分布が積分する側のとき、それは測度、あるいは測度を定義するための密度のこと。

他に、実数や単位区間の上の測度である、とか、他の測度空間からの前送り測度である、とかもニュアンスに含まれるかも知れません。


どんなコミュニティにもジャーゴン(隠語)や暗黙の風習があり、それが文化の一部を形成しています。部外者には意味不明な言葉を解釈し、操れるようになって一人前になれる、と。でもねー、毎度それが障壁となって苦労させられると、古来からの因習を踏襲することに疑問を感じます。変えたら既存の体系とコミュニケーションが壊れるから変えようがないのでしょうが。