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参照用 記事

「確率変数」と言うのはやめよう

カーク・スターツ(Kirk Sturtz)という人が、なにやら圏論ベースの確率論をやっています。スターツarXiv論文リストをたどって、アブストラクトと第1節を拾い読みしてみると、「『確率変数』という言葉は使わない」という記述がありました*1

なるほど。共感・同意します。

謎すぎた「確率変数」

僕が確率を嫌がっていた理由のひとつは、この「確率変数」という言葉の尋常じゃない謎さかげんです。まったく意味不明で、やる気を失いました。

僕、普通の確率論なーんにも知らんわ。高校の教科書に確率もあったのですが、「確率変数」の定義があまりに意味不明で、それ以来毛嫌いしているのでした。

かなりシッカリした内容の教科書でも、「確率変数とは、値がハッキリとは決めることができない変数です」みたいな“定義”から始まります。

「確率変数」を使わないなら何と呼べばいいのか? 「可測写像」です。可測写像を定義するには、可測空間の概念が必要ですが、離散可測空間だけ考えるなら、任意の写像が可測写像になるので、可測写像の代わりに「写像」でもかまいません。離散可測空間(単なる集合)なんて役に立たないのではないか? そうでもありません。入門の素材は十分に提供可能です。

可測写像には、曖昧な点もミステリアスな点もありません。いたってドライです。「確率変数」を機械的に「可測写像」に置き換えて、それで意味がハッキリするときもあれば、余計にワケわからなくなるときもあります。「可測写像」に置換して不適切なところは、なにか別な意味で「確率変数」を使っていたことになります。

「確率変数」を可測写像以外の意味で使ったり、文脈に依存したニュアンスを持たせようとしているわけです。もともとが意味不明な言葉に、さらに多義性や文脈依存性を持たせて使われたのでは、たまったもんじゃありません

ニュアンスや曖昧性

可測写像は、集合A、Bに対する x:A→B のような写像です。xに条件が付きますが、写像であることは間違いありません。特に確率変数と呼びたいのは、Bが実数であることを強調したいのかもしれません。それならば、x:A→R と書けばいいし、R値可測写像と呼べばいいだけです。値の空間が他の特別な集合のときも同じです。x:A→{0, 1} とか明示的に書けばいいし、そのほうが事情がハッキリします。

値の空間をなんとなく「確率変数」と呼んでいる例もあります。気持ちの上では、なにかAがあって、x:A→R を考えたいけど、実はAがなくて、Rだけのときがあります。確率変数xの分布とは、単にR上の分布だったりします。

今出てきた「分布」も厄介な言葉です。スターツの用法を見ると、「分布」を禁止はしてませんが、分布と測度を同義語として使っているようです。「分布」も「測度」に置換したほうがいいんじゃないかと僕は思います。それで変だったら、暗黙の(伝達と理解が困難な)ニュアンスを持ち込んでいるはずです。

「分布」のよくある使用例は、A上の測度μを、可測写像 x:A→B により前送りした測度 x*(μ) を「分布」と呼ぶ例です。この状況なら「像測度(image measure)」または「前送り測度(pushforward measure)」と呼べば意味がハッキリします。「像」や「前送り」を付けたくないキモチは、だんだんAをフェードアウトさせてB上の議論をしたい、ってのがあるかも知れません。それなら、「Aはもう考えない」とキッパリと宣言したほうがスッキリします。

「値がハッキリとは決めることができない変数」なんて“定義”を採用するのは、できるだけ準備を少なくして、実例や計算法を早く説明するための方便でしょう。それがふさわしいときもあるでしょうが、伝統・習慣として定着し過ぎですよ。アンチ伝統として、「確率変数」という言葉を禁止する、ついでに「分布」も禁止する(「測度」を使う)くらいの試みがあったほうがいいと思いますね。

*1:https://arxiv.org/pdf/1312.1445.pdf の "1 Introduction" p.5 に we avoid the use of the terminology of 'random variables' と書いてあります。