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参照用 記事

多様体のあいだの写像の微分

\varphi:M \to N が、(なめらかな)多様体のあいだの(なめらかな)写像のとき、その“微分”を \varphi_* と書きます。この書き方についは、「多様体上のとある公式: 計算練習」で次のように言いました。

上下のアスタリスクを使う書き方は僕は嫌いですが(微分らしく見えないし、色々と紛らわしい!)、よく使われています。

記号が気に入らないだけではなくて、微分 \varphi_*なかなかに難しい概念だと思います。接写像 T\varphi と関係はしますが、もちろん接写像と同じではないし、素直な関手性を持つわけでもありません(込み入った関手性を持つ)。

というわけで、多様体のあいだの写像微分について述べます。合成関数の微分公式が目標です。\require{color}%
\require{AMScd}%
\newcommand{\T}{ \mathscr{T} }%
\newcommand{\D}{\mathscr{D}}%
\newcommand{\In}{\mbox{ in }}%
\newcommand{\hyp}{\mbox{-}}%
\newcommand{\Keyword}[1]{\textcolor{green}{#1} }%
\newcommand{\For}{\Keyword{ \mbox{For } } }%
\newcommand{\Define}{\Keyword{\mbox{Define } }}%
\newcommand{\Then}{\Keyword{\mbox{Then } } }%
\newcommand{\Assert}{\Keyword{ \mbox{Assert } } }%
\newcommand{\where}{ \Keyword{\mbox{ where } } }%
\newcommand{\vin}{ \style{display: inline-block; transform: rotate(-90deg)}{\in} }%
\newcommand{\veq}{ \style{display: inline-block; transform: rotate(-90deg)}{=} }%
\newcommand{\u}[1]{\underline{#1}}%
\newcommand{\wt}[1]{\widetilde{#1}}%

[追記 date="投稿当日"]間違いがあったので修正しました。修正箇所はこの色で識別できます。[/追記]*1

内容:

記号の約束

多様体上のとある公式: 計算練習」とだいたい同じ約束です。

  1. M, N, L : (なめらからな)多様体
  2. x, y, z多様体の点
  3. U \subseteq M : 開集合(今回は使わない)
  4. \varphi:M \to N,\; \psi:N \to L : (なめらかな)写像
  5.  TM : 接バンドル
  6. T\varphi:TM \to TN : 接写像
  7. T_x\varphi:T_x M \to T_{\varphi(x)}N : 接写像のファイバー、R-線形写像
  8.  \T M = \T(M) := \Gamma_M(TM) : 接バンドルの、大域セクション空間、C^\infty(M)-加群
  9.  \T_M(U) := \Gamma_M(U, TM) : 接バンドルの U 上の、局所セクション空間、C^\infty_M(U)-加群(今回は使わない)

今回話題にする“\varphi微分”は  \varphi_* ではなくて \D \varphi と書きます。特に、多様体 M, N 上で微分を考えていることを明示したいときは \D_{M, N} \varphi とします。

言葉・記号に関する注意

  1. 多様体写像は、何も言わなくてもすべてなめらかです。
  2. ベクトルバンドルしか考えないので、ベクトルバンドルを単にバンドル、ベクトルバンドル準同型射を単にバンドル射と呼びます。
  3. ベクトルバンドルのファイバー・ベクトル空間も、バンドル射の一点でのファイバー間線形写像も、どちらも単にファイバーと呼びます。
  4. 可換環しか出てこないので、環=可換環 です。
  5. 加群射/R-線形写像に対する引数渡し〈argument passing〉はブラケットまたは併置を使います。
  6. 加群射/R-線形写像の結合〈合成〉の反図式順記号に \bullet を使います。
  7. セクションの一点での値は (\hyp)_{|x} のように書きます。

写像微分微分作用素

多様体 M の接バンドル TM の大域セクション〈大域的ベクトル場〉の空間は  \T M = \T(M) と書きます。それに対して、局所セクション〈局所的ベクトル場〉の空間は  \T_M(U) と書きます。今日は、大域セクションの微分だけを扱います。局所セクションの微分では、層/前層の議論が出てきて面倒になるからです。

写像 \varphi:M \to N微分した結果である \D \varphi は、加群準同型射という意味で線形です。が、写像微分をおこなう微分作用素 \D は線形ではありません。というか、線形かどうかを云々できる設定になっていません。微分作用素  \D のプロファイル(入力と出力の仕様)は:

 
\begin{array}{ccc}
{\D = \D_{M, N} :} & {\bf Man}(M, N) & \to & ? \\
                   & \vin            &     & \vin \\
                   & \varphi         & \mapsto & \D \varphi 
\end{array}

です。ここで、{\bf Man}多様体の圏で、{\bf Man}(M, N) はホムセットです。疑問符の部分が微分作用素が値をとる空間ですが、いまんところ謎です。この謎の空間を明らかにするのはこの記事の目的のひとつです。

とりあえずは、写像微分した結果である \D \varphi と、微分する操作そのものである \D を混同しないように、と注意しておきます。

ベクトルバンドルと接関手

ベクトルバンドルを記すとき、普通は記号の乱用をして E = (E, M, \pi) のように書きます。バンドル自体と全空間〈total space | entire space〉を同じ記号で表します。これが混乱を招くときもあるので、ここでは E = (\u{E}, \wt{E}, \pi_E) と書きます。バンドル射 f:E \to F は、次の図式を可換にする写像のペア f = (\u{f}, \wt{f}) です。


\begin{CD}
\u{E}    @>{\u{f}}>>   \u{F} \\
@V{\pi_E}VV            @VV{ \pi_F}V \\
\wt{E}   @>{\wt{f}}>>  \wt{F}
\end{CD}\\
\mbox{commutative in }{\bf Man}

ベクトルバンドルとバンドル射は圏をなすので、それを {\bf VectBundle} とします。バンドル/バンドル射にその底空間/底写像を対応させる関手があります。


\begin{array}{ccc}
{Base = \wt{(\hyp)}:} & {\bf VectBundle} & \to    & {\bf Man} \\
                      & \vin             &        & \vin \\
                      & (f:E \to F)      &\mapsto & (\wt{f}:\wt{E}\to \wt{F})
\end{array}

多様体に接バンドルを、写像に接写像を対応させると、これも関手になります。接関手〈tangeng functor〉ですね。


\begin{array}{ccc}
{T:} &  {\bf Man}      & \to    & {\bf VectBundle}  \\
     & \vin             &        & \vin \\
     & (\varphi:M \to N)&\mapsto & (T\varphi: TM \to TN)
\end{array}

 \wt{T\varphi} = \varphi が成立するので、次の図式は可換です。


\xymatrix{
 {} & {\bf VectBundle} \ar[d]^{Base}\\
 {\bf Man}\ar@{=}[r] \ar[ur]^{T} &   {\bf Man} 
}\\
\mbox{commutative in }{\bf CAT}

セクション加群関手と微分のアンマッチ

アーベル群 A が単なる群ではなくてR-加群であることを明示するために、(必要があれば) A/R\: (A \mbox{ over }R) と書くことにします。

ベクトルバンドルのセクションの空間 \Gamma_M(E) は関数環 C^\infty(M) 上の加群なので、\Gamma_M(E) / C^\infty(M) と書けば加群であることが明らかになります。バンドルが接バンドルのときも同様に、\T M/C^\infty(M), \; \T N/C^\infty(N) のように書けます。

接バンドルのセクション(つまり接ベクトル場)の加群\T(M) = \Gamma_M(TM) と定義され、微分 \D \varphi はこの加群を域〈domain〉とする写像です。X \in \T(M) に対する \D \varphi の値 \D \varphi [X] もまたベクトル場なので、次のようなプロファイル(入出力の仕様)を期待してしまいます。


\For \varphi: M \to N\\
\D f : \T M = \Gamma_M(TM) \to \T N = \Gamma_N(TN)

しかし、このようには定義できません

仮に(あくまで仮)、


\For X\in \T M\\
\Define Y := \D \varphi [X] \\
\Then Y\in \T{N}

だとしましょう。\varphi: M \to N全射ではないとき、y \in N\setminus \varphi(M) である点  y \in N が取れます。この点に対して、 Y_{|y} をどう定義すればいいでしょうか?

\varphi: M \to N単射ではないとき、x, x' \in M, x \ne x', \varphi(x) = \varphi(x') = y である点  x, x' \in M, y\in N が取れます。X_{|x} \ne X_{|x'} であるベクトル場 X \in \T N を選んだとき、 Y_{|y} をどう定義すればいいでしょうか?

うまくいかないですよね。上記のような安直な期待はかなえられないと分かります。

写像に沿ったセクション

[追記 date="投稿当日"] あっ、係数の拡張〈スカラーの拡張〉を忘れた。全体的な修正をしたくないので、この節において、 \T_\varphi N = \Gamma_\varphi(TN) の定義を小細工して辻褄を合わせることにします。\bar{\Gamma}_\varphi(F) が小細工のために導入した記法です。

スカラー倍の計算をしてなかったのでさほどの影響はないですが、別記事で、係数〈スカラー〉の拡張と制限、スカラー倍の変換公式は話題にしないとマズい気はしてます。ベクトルバンドルより加群として扱うなら、そういうところをちゃんとしないとダメだし。[/追記]

\varphi: M \to N多様体のあいだの写像FN 上のバンドル(i.e. \wt{F} = N )だとします。写像 s:M \to \u{F} が次の図式を可換にするとき、\varphi に沿った F のセクションと呼びます。


\xymatrix{
 {} & \u{F} \ar[d]^{\pi_F}\\
 {M}\ar[ur]^s \ar[r]^\varphi & {N= \wt{F}}
}\\
\mbox{commutative in }{\bf Man}

\varphi に沿った F のセクションの全体を \bar{\Gamma}_\varphi(F) と書きます。セクションのあいだの足し算とスカラー倍が定義できるので、加群 \bar{\Gamma}_\varphi(F)/C^\infty(N) となります。が、このままでは C^\infty(M) 上の加群にはなりません。以下のようにして、セクションに C^\infty(M) の要素(関数)を掛け算〈スカラー倍〉できるようにします。([追記 date="投稿翌日"]以下、 C^\infty(M)\otimes_{C^\infty(N)}\bar{\Gamma}_{\varphi}(F) を作ろうとしています。C^\infty(M)\otimes_{C^\infty(N)}\Gamma_N(F) でも同じことだと思いますが、写像に沿ったセクションのほうが幾何的に理解しやすいだろうと。でも、手短に説明ができなくてグダグダです。[/追記]

直積集合 C^\infty(M) \times \bar{\Gamma}_\varphi(F) の上に、次の関係 \sim を導入します。

\For a\in C^\infty(M), b\in C^\infty(N), Y\in \bar{\Gamma}_\varphi(F)\\
\quad (a\cdot_\varphi b, Y) \sim (a, b Y)

ここで、掛け算 \cdot_\varphi は、

 (a\cdot_\varphi b)_{|x} := a_{|x}b_{|\varphi(x)}

と定義します。

関係 \sim は、C^\infty(M) \times \bar{\Gamma}_\varphi(F) から自由生成されたアーベル群にまで拡張でき、足し算と整合する同値関係になります。同値関係としての \sim による商集合
(\, C^\infty(M) \times \bar{\Gamma}_\varphi(F)\, からの自由生成アーベル群)/\sim
はアーベル群になりますが、さらに C^\infty(M) の要素によるスカラー倍を、

\For a'\in C^\infty(M),\;  a'[(a, Y)] := [(a'a, Y)] (ブラケットは同値類)

と定義して、C^\infty(M)-加群になります。同値類 [(a, Y)]a\otimes Y とも書きます。([追記]とりあえずの修正、ここまで。係数環を C^\infty(N) から C^\infty(M) に拡張できました。詳細はまたいずれ。[/追記]

上記の手順で作ったC^\infty(M)-加群\Gamma_\varphi(F)/C^\infty(M) と書きます。特に、 \Gamma_\varphi(TN)/C^\infty(M) \T_\varphi(N)/C^\infty(M) とも書きます。

\varphi: M \to N微分 \D \varphi は次の形で定義できます。

  • \D \varphi : \T M/C^\infty(M) \to \T_\varphi N/C^\infty(M)

加群射であることを強調するために係数環も書きました。C^\infty(M)-加群の圏を C^\infty(M)\hyp{\bf Mod} とすると、次のようにも書けます。

  • \D \varphi : \T M \to \T_\varphi N \In C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}

実際の定義は:


\For X \in \Gamma_M(TM), x\in M\\
\Define (\D \varphi [X])_{|x} := (T_x\varphi) [X_{|x}] \;\in T_{\varphi(x)}N \\
\Then \D \varphi [X] \in \Gamma_\varphi(TN) = \T_\varphi N

[追記]\D \varphi [X] \in \Gamma_\varphi(TN) = \T_\varphi N であることを示すには、拡張したスカラー倍に関する考慮が必要です。が、今回は気にしないで別な機会に説明します。[/追記]

これをもとに、微分作用素 \D = \D_{M,N} のプロファイルを書くことができるでしょうか?

 
\begin{array}{ccc}
{\D = \D_{M, N} :} & {\bf Man}(M, N) & \to & ? \\
                   & \vin            &     & \vin \\
                   & \varphi         & \mapsto & (\D \varphi  : \T M \to \T_\varphi N )
\end{array}

これを見てわかるように、作用素 \D の被作用素〈operand〉ごとに戻り値〈return value〉の型が違ってしまうのです。プログラミング言語型理論では、プロファイルに依存型を含む、という言い方をします。作用素 \D の余域〈codmain〉がシグマ依存型と呼ばれる型になります。シグマ依存型を使ってプロファイルを書けば:


\D = \D_{M, N} : {\bf Man}(M, N) \to \sum_{\varphi\in {\bf Man}(M, N)} C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}(\T M, \T_\varphi N)

ここで、C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}(\hyp, \hyp) は、可換環 C^\infty(M) 上の加群の圏のホムセットです。シグマ記号は、ホムセットを \varphi に渡ってすべて寄せ集めることです。型理論の習慣によりシグマを使いましたが、\coprod\int のほうが“感じ”が出るかも知れません。

これで一応、作用素 \D のプロファイルを書けましたが、幾何的にあまり扱いやすくないので、もう少し調整します。

ベクトルバンドルの圏と引き戻し

多様体 M に対して、M 上のベクトルバンドルの圏を {\bf VectBdl}[M] とします。この圏の射は、底写像\mathrm{id}_M であるバンドル射です(下図)。


\begin{CD}
\u{E} @>{\u{f}}>>  \u{F} \\
@V{\pi_E}VV        @VV{\pi_F}V\\
\wt{E} = M @>{\mathrm{id}_M}>>  M = \wt{F}
\end{CD}\\
\mbox{commutative in }{\bf Man}

すべてのバンドル射を含む圏 {\bf VectBundle} と、多様体ごとに定義される圏 {\bf VectBdl}[M] は、グロタンディーク構成で結ばれますが、今日はその話は省略します。

 {\bf VectBdl}[\hyp] は、多様体に圏を対応させますが、多様体の射 \varphi:M \to N \In {\bf Man} には関手が対応します。

 
\begin{array}{cc}
 {\bf Man}         & \to \mbox{  (反変)} & {\bf CAT} \\
   \vin            &         & \vin \\
  (\varphi:M\to N) & \mapsto & ( {\bf VectBdl}[\varphi]: {\bf VectBdl}[N] \to {\bf VectBdl}[M])
\end{array}

\varphi:M \to N \In {\bf Man} から誘導された反変関手 {\bf VectBdl}[\varphi] \varphi^\sharp と略記します。

  • \varphi^\sharp : {\bf VectBdl}[N] \to {\bf VectBdl}[M] \In {\bf CAT}

F \in |{\bf VectBdl}[N]| に対する値 \varphi^\sharp F \in |{\bf VectBdl}[M]| は、ベクトルバンドル引き戻し〈pullback〉と呼ばれるものです。引き戻しバンドルの具体的な構成は割愛しますが、ここで必要な事実は次です。

これを使うと、写像微分のプロファイルを書き換えられます。


\For \varphi\in {\bf Man}(M, N) \\
\D_{M, N}\varphi = \D\varphi : \Gamma_M(TM)/C^\infty(M) \to \Gamma_M(\varphi^\sharp TN )/C^\infty(M)

 \Gamma_M(\varphi^\sharp F ) \cong \Gamma_\varphi(F) なので、同じ略記  \T_\varphi N := \Gamma_M(\varphi^\sharp TN ) を採用すると、

  • \D\varphi : \T M \to \T_\varphi N

と短く書けます。実際のところ、\T_\varphi = \Gamma_M(\varphi^\sharp F ) = \Gamma_\varphi(F) という同一視をおこないます。

加群の圏と引き戻し

多様体の関数環の上の加群の圏を C^\infty(M)\hyp{\bf Mod} と書きました。ベクトルバンドルからセクションの加群を作ることは、次のプロファイルの関手とみなせます。

  • \Gamma_M : {\bf VectBdl}[M] \to C^\infty(M)\hyp{\bf Mod} \In {\bf CAT}

関手 \Gamma_M の像圏を  C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl} と書くことにします。 C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl} の対象とは、ベクトルバンドルから構成された加群で、射はベクトルバンドル射から誘導された加群射です。

局所セクションまで考えれば、ベクトルバンドルから構成された加群を代数的・位相的に〈層論的に〉特徴付けることができます*2が、今は大域セクションしか考えてないので、セクション関手の像圏という扱いでガマンします。

以下の図式が可換になるような、加群の圏のあいだの関手を考えます。


\For \varphi:M \to N \In {\bf Man}\\
\:\\
\begin{CD}
{\bf VectBdl}[N] @>{ {\bf VectBdl}(\varphi) }>>  {\bf VectBdl}[M] \\
@V{\Gamma_N}VV                           @VV{\Gamma_M}V \\
C^\infty(N)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl} @>{ C^\infty(\varphi)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl} }>>  C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl}
\end{CD}\\
\:\\
\mbox{commutative in }{\bf CAT}

この図式で出てきた  C^\infty(\varphi)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl} は長ったらしく不格好なので、\varphi^{\sharp\sharp} と略記することにすれば:


\begin{CD}
{\bf VectBdl}[N] @>{ \varphi^\sharp }>>  {\bf VectBdl}[M] \\
@V{\Gamma_N}VV                           @VV{\Gamma_M}V \\
C^\infty(N)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl} @>{ \varphi^{\sharp\sharp} }>>  C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl}
\end{CD}\\
\:\\
\mbox{commutative in }{\bf CAT}

この可換図式が言っている内容を等式的に書き下してみましょう。圏の対象に関する等式は:


\For F \in |{\bf VectBdl}[N]| \\
\varphi^{\sharp\sharp}(\Gamma_N(F) ) = \Gamma_M( \varphi^\sharp (F) ) \In C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl}

この等式は、右辺により左辺を定義しているとみると、\varphi^{\sharp\sharp} の対象パートの存在が示せます。

圏の射に関する等式は次のようになります。


\For g:F \to F' \In {\bf VectBdl}[N] \\
\varphi^{\sharp\sharp}(\Gamma_N(g) ): \varphi^{\sharp\sharp}(\Gamma_N(F) ) \to \varphi^{\sharp\sharp}(\Gamma_N(F') )\\
\qquad  \veq \\
\Gamma_M( \varphi^\sharp (g) ): \Gamma_M( \varphi^\sharp(F)) \to \Gamma_M( \varphi^\sharp (F'))
\quad
\In C^\infty(M)\hyp{\bf Mod}_{vectBdl}

この等式も、上段の \varphi^{\sharp\sharp} が下段により定義される、と読めます。

関手 \varphi^{\sharp\sharp} は、多様体のあいだの写像 \varphi に沿って、逆向きに加群加群射を引き戻す作用を持ちます。この加群加群射引き戻し関手は、次節の合成関数の微分公式で使います。

合成関数の微分公式

\varphi: M \to N,\; \psi:N \to L \In {\bf Man} とします。それぞれの微分は次の形です。

  •  \D\varphi: \Gamma_M(TM)/C^\infty(M) \to \Gamma_M(\varphi^\sharp TN )/C^\infty(M)
  •  \D\psi: \Gamma_N(TN)/C^\infty(N) \to \Gamma_N(\psi^\sharp TL )/C^\infty(N)

2つの写像の合成写像(結合した写像)の微分は次の形です。

  •  \D(\psi\circ \varphi): \Gamma_M(TM)/C^\infty(M) \to \Gamma_M( (\psi \circ \varphi)^\sharp TL )/C^\infty(M)

これらのあいだには次の関係があります。合成関数の微分公式ですね*3

  •  \D(\psi \circ \varphi) = \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi)  \bullet  \D \varphi

これを示すには、左辺と右辺を計算して一致すればいいわけです。実際の計算の前に注意事項を述べます。

  1. \T_\varphi = \Gamma_M(\varphi^\sharp F ) = \Gamma_\varphi(F) という同一視は全面的に使います。引き戻しバンドルのセクションと写像に沿ったセクションは同じものとして扱います。([追記]ここでも、拡張したスカラー倍に関する考慮が必要です。計算のなかで、生のセクション \bar{\Gamma}_\varphi(F) と係数拡大したセクション \Gamma_\varphi(F) がハッキリと区別されてませんが、スカラー倍をしないときは気にしなくても大丈夫です。詳細は別な機会に。[/追記]
  2. x\in M, y\in N, z\in L としますが、自由に選ばれた点ではなくて、y = \varphi(x), z = \psi(y) という縛りがあります。

まず、 \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi) の見た目がグロテスクなので、一点での値の計算をしておきます。


\For Y \in \Gamma_\varphi(TN), x\in M \\
\quad ( \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi) [Y])_{|x} \:\in T_z L \\
= T_{\varphi(x)} \psi [Y_{|x}] \:\in T_z L \\
= T_y \psi [Y_{|x}] \:\in T_z L \\
\quad \where Y_{|x}\in T_y N,\; T_y\psi : T_y N \to T_z L

定義をたどるとこうなります。一点での値はゴツイ式ではないです。

次に、右辺の \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi)  \bullet  \D \varphi に引数〈argument〉を渡してみます。


\For X \in \Gamma_M(TM) \\
\quad (\varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi)  \bullet  \D \varphi)[X] \:\in \Gamma_{\psi\circ \varphi}(TL) \\
= \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi)[ \D \varphi[X] ] \:\in \Gamma_{\psi\circ \varphi}(TL) \\
= \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi)[ Y ] \:\in \Gamma_{\psi\circ \varphi}(TL) \\
\quad \where Y = \D \varphi [X] \in \Gamma_\varphi(TN)

これに対して一点での値を求めます。


\For Y \in \Gamma_\varphi(TN), x\in M \where Y = \D \varphi [X]\\
\quad ( \varphi^{\sharp\sharp} (\D \psi) [Y])_{|x} \:\in T_z L \\
= T_y \psi [Y_{|x}] \:\in T_z L \\
= T_y \psi [T_x \varphi [X_{|x}]  ] \:\in T_z L \\

これは、左辺の一点での値(以下)です。


\For X \in \Gamma_M(TM), x\in M \\
\quad (\D (\psi \circ \varphi)[X])_{|x}  \:\in T_z L \\
= T_x (\psi \circ \varphi)[X_{|x} ]  \:\in T_z L \\
= T_y \psi [ T_x \varphi [X_{|x} ]  ]  \:\in T_z L

そして、それから

定義や計算をするために、バンドルの圏と加群の圏を行ったり来たりしてました。これは鬱陶しいですね。バンドルの圏を介さないで、加群の圏だけで議論をしたいところです。また、大域セクションだけでは不十分で局所セクションも考慮する必要があります。これらの不満・要望から、加群層での定式化が出てきます。

写像微分加群層射と解釈する方針をとると、この記事で説明した以外の“微分”も定義できるようになります。微分の定義は一通りではないので、用途に応じて使い分けることが出来るようになります。微分の概念って、多様多彩なんですね。

*1:追記を挿入して修正すると汚くなってしまうのですが、同じ間違いを繰り返すことがあるので、間違った記録を残すのは無意味ではないと思います。

*2:局所的に有限階数自由生成な加群層です。

*3:厳密に言うと等式ではなくて同型で結ばれる関係ですが、幾つかの同一視のもとで等式だとみなしています。