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参照用 記事

もっとちゃんと微分、デザインパターンを使って

※この記事は、MathJax / XyJax 使いまくりで長いので、(クライアント側に負担がかかる)重いページです。この機会に書いておこうと色々詰め込んであり、ハナシが前後している箇所(良く言えばトップダウン的記述)もあります。記述の順番を整理する気力はないので、そのままで投稿します。

多様体のあいだの写像の微分」で、間違いや書き忘れがあって修正しました。修正箇所は薄いピンクでマークしているので、僕が何をやらかしたかもトレースできると思います。加群の係数環〈スカラー環〉の扱いが杜撰〈ずさん〉過ぎたのです。

当該過去記事から引用:

スカラー倍の計算をしてなかったのでさほどの影響はないですが、別記事で、係数〈スカラー〉の拡張と制限、スカラー倍の変換公式は話題にしないとマズい気はしてます。

マズいですね。それと:

今日は、大域セクションの微分だけを扱います。局所セクションの微分では、層/前層の議論が出てきて面倒になるからです。


大域セクションだけでは不十分で局所セクションも考慮する必要があります。これらの不満・要望から、加群層での定式化が出てきます。

やっぱり局所セクションも扱わないとダメです。加群層をちゃんと使って、係数環層によるスカラー倍について(ある程度は)ちゃんと書くことにします。僕にとって、(現時点において)一番納得感がある「写像微分」の定義を紹介します。ただし、個別の詳細には立ち入りません。全体の大枠を見ていくことにします。

表題にある「デザインパターン」(ソフトウェア開発の用語)については、「加群層とデザインパターン」以降に書いてあります。\require{color}%
\require{AMScd}%
\newcommand{\sh}[1]{ \mathcal{#1} }%
\newcommand{\T}{ \mathscr{T} }%
\newcommand{\D}{\mathscr{D}}%
\newcommand{\In}{\mbox{ in }}%
\newcommand{\hyp}{\mbox{-}}%
\newcommand{\Keyword}[1]{\textcolor{green}{#1} }%
\newcommand{\For}{\Keyword{ \mbox{For } } }%
\newcommand{\Define}{\Keyword{\mbox{Define } }}%
\newcommand{\Then}{\Keyword{\mbox{Then } } }%
\newcommand{\Assert}{\Keyword{ \mbox{Assert } } }%
\newcommand{\Let}{\Keyword{ \mbox{Let } } }%
\newcommand{\where}{ \Keyword{\mbox{ where } } }%
\newcommand{\vin}{ \style{display: inline-block; transform: rotate(-90deg)}{\in} }%
\newcommand{\veq}{ \style{display: inline-block; transform: rotate(-90deg)}{=} }%
\newcommand{\u}[1]{\underline{#1}}%
\newcommand{\wt}[1]{\widetilde{#1}}%
\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1} }%

内容:

記号と言葉の約束

多様体のあいだの写像の微分」と同じ約束を採用するので、当該記事の最初の2節を参照してください。

  1. 多様体のあいだの写像の微分 // 記号の約束
  2. 多様体のあいだの写像の微分 // 言葉・記号に関する注意

ベクトルバンドルE = (\u{E}, \wt{E}, \pi_E) のように書きます。この書き方については:

この記事で新しく導入する記法に \hat{\Gamma},\; \hat{C^\infty} があります。多様体に、それぞれ局所セクション/局所関数の集合(全体として層)を対応させる関手ですが、大域セクション/大域関数の場合と区別するためにハットを乗せます。従来の記法との関係は:


\For U\in Open(M), E\in |{\bf VectBdl}[M]|\\
\quad \hat{\Gamma}(E)(U) = \Gamma_M(U, E)\\
\quad \hat{C^\infty}(M)(U) = C^\infty_M(U)\\
\quad \Gamma_M(E) = \hat{\Gamma}(E)(M) \\
\quad C^\infty(M) = \hat{C^\infty}(M)(M) \\

ここで、Open(M) は、位相空間とみた多様体 M の開集合達の順序集合です(順序を射として、圏とみなすことがあります*1)。\hat{\Gamma},\; \hat{C^\infty} がどのような関手であるかは後述します。

多様体のあいだの写像の微分」で定義した \T にもハットを付ける約束を適用して、次のように定義します。


\For U\in Open(M)\\
\quad \hat{\T}(M)(U) := \T_M(U) = \Gamma_M(U, TM)

\hat{\T} M = \hat{\T}(M) は、M 上の \hat{ C^\infty }(M) 係数の加群層になります。「多様体のあいだの写像の微分」では、\T と別に微分の記号 \D を導入しましたが、微分は関手 \hat{\T} の射部分〈morphism part〉なので今回は同じ記号 \hat{\T} で済ませます

以下は、文字種・フォントに関する追加の約束です。

  1. 一般的な層は(TeXで言うところの)カリグラフィー体の大文字 \sh{X}, \sh{Y} などで表す。
  2. 環の層は \sh{R}, \sh{S} などで表す。
  3. 加群の層は \sh{A}, \sh{B} などで表す。
  4. 加群層のあいだの準同型射は大文字ギリシャ文字 \Phi: \sh{A} \to \sh{B} などで表す。
  5. 環層のあいだの準同型射は小文字ギリシャ文字 \rho: \sh{S} \to \sh{R} などで表す。

忘却関手(むしろ、構成素のセレクター関手)を明示しないために曖昧性や混乱が生じることがしばしばあるので、忘却関手の名前と記法を決めておきます。

  1. \sh{X} が載っている空間(この記事では多様体)をキャリア〈carrier | 担体〉と呼び、Carr(\sh{X}) = |\sh{X}| と書く。
  2. 加群\sh{A} の係数環層〈sheaf of coefficient rings〉を Coef(\sh{A}) = \wt{\sh{A}} と書く。
  3. 加群\sh{A} の台アーベル群層〈sheaf of underlying Abelian groups〉を  Ab(\sh{A}) = \u{\sh{A}} と書く。

キャリアは、台空間、底空間などとも呼ばれますが、用語のコンフリクトを避けるためにここでは「キャリア」を使います。

加群層の書き方 \sh{A}= (\u{\sh{A}}, \wt{\sh{A}}, \mu_{\sh{A}})\mu_{\sh{A}}スカラー倍)は、ベクトルバンドルの書き方  E = (\u{E}, \wt{E}, \pi_E) と対応するように決めています。

成り行きで決めた次の略記は今回も継続して使用します。略記の意味は後述します。

  1. \varphi^\flat[b] : 関数〈スカラー場〉(局所関数でもよい)の、写像 \varphi による引き戻し。\varphi^\flat は環層準同型射。
  2. \varphi^\sharp F = \varphi^\sharp(F) ベクトルバンドルの、写像 \varphi による引き戻し。\varphi^\sharp は関手。
  3. \varphi^{\sharp\sharp} \sh{B} = \varphi^{\sharp\sharp}(\sh{B}) 加群層の、写像 \varphi による引き戻し。\varphi^{\sharp\sharp} は関手。

概要

多様体のあいだの写像の微分」より:

微分 \varphi_* はなかなかに難しい概念だと思います。接写像 T\varphi と関係はしますが、もちろん接写像と同じではないし、素直な関手性を持つわけでもありません(込み入った関手性を持つ)。

この記事では、微分の「込み入った関手性」を説明します。局所関数/局所セクションまで考えると、写像微分微分した結果)は、加群層のあいだの加群層準同型射〈加群層射〉になります。単なる集合ではなくて層を扱う点で難しくなりますが、環層やアーベル群層じゃなくて加群層であることが話をややこしくしてします。

環やアーベル群のように、単一の集合を台〈underlying object〉とする代数系は単ソート代数〈single-sorted algebra〉と呼びます。ベクトル空間や加群は、係数域とアーベル群の2つの代数系の複合物で、複数の台を持ちます -- これは多ソート代数〈many-sorted algebra〉ですね。 ベクトル空間/加群の場合、スカラー倍〈スカラー乗法〉が2つの代数系の相互作用を規定しています。

加群層は、単ソート代数に比べて複雑な多ソート代数で、さらに、層〈集合層〉ベースの構造物として定義されています。二重に複雑化しているわけです。その複雑なメカニズムをできるだけハッキリさせたいと思います。

以下、次の圏が出てきます。

  1. {\bf Man}多様体と(なめらかな)写像の圏
  2. {\bf VectBundle}ベクトルバンドルとバンドル射の圏、「多様体のあいだの写像の微分」参照
  3. {\bf ModSheaf}加群層と加群層射の圏、後述。
  4. {\bf RngSheaf} : 環層〈可換環層〉と環層射の圏、後述。

微分関手(微分をおこなう操作)は、次の図式で定義されます。

 % 三角
\xymatrix {
  {\bf Man} \ar[d]^{T} \ar[dr]^{\hat{\T}}
  & {}
\\
  {\bf VectBundle} \ar[r]^{\hat{\Gamma} }
  & { {\bf ModSheaf} }
}\\
\mbox{commutative in }{\bf CAT}

つまり、微分関手 \hat{\T} は、接関手 T とセクション加群層を作る関手 \hat{\Gamma} のこの順での結合〈composition〉です。

ベクトルバンドルの圏 {\bf VectBundle} と、加群層の圏 {\bf ModSheaf} は、ファイバー付き圏〈fibred category〉の構造を持ちます。関手のペア (\hat{\Gamma}, \hat{C^\infty}) は、ファイバー付き圏のあいだの準同型関手〈デカルト関手 | cartesian functor〉になっています(下図)。

 % 四角
\xymatrix{
 {\bf VectBundle} \ar[r]^{\hat{\Gamma}} \ar[d]_{Base}
 & { {\bf ModSheaf} } \ar[d]^{Coef}
\\
 {\bf Man}         \ar[r]^{\hat{C^\infty} } &  { {\bf RngSheaf}^{op} }
}\\
\mbox{commutative in }{\bf CAT}\\


(\hat{\Gamma}, \hat{C^\infty}): 
\begin{bmatrix}
 {\bf VectBundle}\\
 Base \downarrow \\
 {\bf Man}
\end{bmatrix}
\longrightarrow
\begin{bmatrix}
 {\bf ModSheaf}\\
 Coef \downarrow \\
 {\bf RngSheaf}^{op}
\end{bmatrix}\\
\In {\bf FiberedCAT}

全体像をひとつの図式にまとめると以下のようです。{\bf FiberedFiberedCAT} は、ファイバー圏を底圏として入れ子になったファイバー圏の圏です(これ以上の説明は今日はしませんが)。

 % 総合
\xymatrix @R+3ex{
   {\bf Man} \ar[r]^-{T} \ar@/_/[dr]_{\mathrm{Id}_{\bf Man}} \ar@/^2pc/[rr]^{\hat{\T} }
 & {\bf VectBundle} \ar[r]^{\hat{\Gamma}} \ar[d]^{Base}
 & { {\bf ModSheaf} } \ar[d]_{Coef} \ar@/^3pc/[dd]^{Carr}
\\
 {}
 & {\bf Man} \ar[r]^{ \hat{C^\infty} } \ar@/_/[dr]_{\mathrm{Id}_{\bf Man}}
 & { {\bf RngSheaf}^{op} } \ar[d]_{Carr}
\\
 {}
 & {}
 & {\bf Man}
}
\\
\mbox{commutative in }{\bf CAT}\\


(\hat{\Gamma}, \hat{C^\infty}, \mathrm{Id}):
\begin{bmatrix}
\xymatrix{
  {\bf VectBundle} \ar@/_/[d]_{Base}
\\
  {\bf Man} \ar@/_/[u]_{T} \ar@{=}[d]_{\mathrm{Id}}
\\
  {\bf Man}
}
\end{bmatrix}

\longrightarrow

\begin{bmatrix}
\xymatrix{
  {}
  & {\bf ModSheaf} \ar@/_/[dd]_{Carr} \ar[dl]_{Coef}
\\
 { {\bf RngSheaf}^{op}} \ar@/_/[dr]_{Carr}
 &  {}
\\
 {}
 & {\bf Man} \ar@/_/[uu]_{\hat{\T} } \ar@/_/[ul]_{\hat{C^\infty}}
}
\end{bmatrix}\\
\In {\bf FiberedFiberedCAT}

ここで、{\bf RngSheaf}(環層の圏)が反対圏になっていることに注意してください。次に挙げる関手は反変関手です。

  1.  Coef: {\bf ModSheaf} \to {\bf RngSheaf} \mbox{  (contravariant)}
  2.  \hat{C^\infty}: {\bf Man} \to {\bf RngSheaf} \mbox{  (contravariant)}
  3.  Carr: {\bf RngSheaf} \to {\bf Man} \mbox{  (contravariant)}

同じ名前に(オーバーロード)してますが、Carr: {\bf ModSheaf} \to {\bf Man} は共変関手です。反変関手と共変関手が入り混じっているので混乱しがちです。

[補足]
今日は説明しませんが、 \Omega:{\bf RngSheaf} \to {\bf ModSheaf} という関手があります。この関手は、環層から1次微分形式の加群層を作り出す関手です。線形代数/層の理論の意味での双対をとると、環層から接加群層を作り出す関手 \Omega^* になります(\Omega, \Omega^* のどっちが先でもいいですが)。関手の反図式順結合記号を小さい黒丸として \hat{\T} = \Omega^* \cdot \hat{C^\infty} と書けます。

このことから、環層 \hat{C^\infty}(M) = C^\infty_M のなかに、微分形式や接ベクトル場の情報もすべてエンコードされていることが分かります。
[/補足]

環層と引き戻し

層の引き戻し〈逆像〉と前送り〈順像 | 押し出し〉については既知とします、ここで説明はしません。

多様体 M 上の集合層〈sheaf of sets | set sheaf〉の圏を {\bf SetSh}[X] とします。写像 \varphi:M \to N\In {\bf Man} に対して、双方向の関手ペアが対応します。


\For \varphi:M \to N\In {\bf Man}\\
\xymatrix @C+4ex{
  {{\bf SetSh}[M]} \ar@/^1.5pc/[r]^{ {\bf SetSh}_*[\varphi]} \ar@{}[r]|{\top}
  &{ {\bf SetSh}[N]} \ar@/^1.5pc/[l]^{ {\bf SetSh}^*[\varphi]}
} \\
\In {\bf CAT}

図式内の   {\bf SetSh}^*[\varphi] \dashv {\bf SetSh}_*[\varphi] は随伴関手ペアです。“圏の圏”における随伴ペア〈随伴系 | adjunction〉というより、トポスのあいだの幾何射〈geometric morphism〉と捉えるのが適切でしょうが、ここでは単に随伴ペアとしておきます。

次のように略記します。

  •  \varphi_\vdash = {\bf SetSh}_*[\varphi]  : {\bf SetSh}[M] \to {\bf SetSh}[N] 集合層の順像〈前送り〉関手
  •  \varphi^\dashv = {\bf SetSh}^*[\varphi] : {\bf SetSh}[N] \to {\bf SetSh}[M] 集合層の逆像〈引き戻し〉関手

この関手達を使うと、多様体の射に沿って、集合層を別なキャリアに双方向に移すことができます。ここでは主に、集合層の引き戻し関手 \varphi^\dashv を使います。

\sh{S} が、多様体 N 上の環層のとき、\sh{S} = (U(\sh{S}), +_\sh{S}, 0_\sh{S}, -_\sh{S}, \cdot_\sh{S}, 1_\sh{S}) のように書けます。ここで、U(\sh{S}) は台集合層で、その他は環の演算や特別な要素を表します。

\sh{S} を、\varphi:M \to N \In {\bf Man} に沿って M 上に引き戻すには次のように定義します。

  •  \varphi^\dashv(\sh{S}) := (\varphi^\dashv(U(\sh{S})), \varphi^\dashv(+_\sh{S}), \varphi^\dashv(0_\sh{S}), \varphi^\dashv(-_\sh{S}), \varphi^\dashv(\cdot_\sh{S}), \varphi^\dashv(1_\sh{S}))

環構造の構成素である集合層/集合層射をすべて引き戻します。環は等式的な公理系で定義されているので、引き戻された集合層/集合層射の集まりも同じ等式達を満たします -- つまり、 M 上の環層({\bf SetSh}[M] 内の環対象)になります。次が成立します。

  • \sh{S}N 上の環層ならば、\varphi^\dashv(\sh{S})M 上の環層になる。

記号的な表現で書くなら:

  • \sh{S} \in |{\bf RngSh}[N]| \Rightarrow \varphi^\dashv(\sh{S}) \in |{\bf RngSh}[M]|

対象だけではなく、射に関しても同様なことが言えます(以下に、同じ内容を別な書き方で)。

  • \tau: \sh{S} \to \sh{S'}N 上の環層射ならば、\varphi^\dashv(\tau) : \varphi^\dashv(\sh{S}) \to \varphi^\dashv(\sh{S'})M 上の環層射になる。
  •  \tau \in {\bf RngSh}[N](\sh{S},  \sh{S'})  \Rightarrow \varphi^\dashv(\tau) \in  {\bf RngSh}[M](\varphi^\dashv(\sh{S}), \varphi^\dashv(\sh{S'}) )
  •  \tau: \sh{S} \to \sh{S'} \In {\bf RngSh}[N] \Rightarrow \varphi^\dashv(\tau) : \varphi^\dashv(\sh{S}) \to \varphi^\dashv(\sh{S'}) \In {\bf RngSh}[M]

環層の圏

\sh{S}, \sh{R} が環層のとき、これらのあいだの準同型射(圏 {\bf RngSheaf} の射)を定義します。注意すべきは、\sh{S}, \sh{R} のキャリア(多様体)が同じとは限らないことです。\sh{S}\sh{R} は、異なる多様体の上に載っているかも知れません。

環層の射 \sh{S} \to \sh{R} を定義するためには、まずは \sh{S}, \sh{R} のキャリアを揃える必要があります。環層 \sh{S} を、キャリア |\sh{R}| 上に移動します*2。そのためには、キャリア(多様体)のあいだの射 \varphi: |\sh{R}| \to |\sh{S}| \In {\bf Man} による引き戻しをします。

  • \varphi:M \to N \In {\bf Man} \where M = |\sh{R}|, N = |\sh{S}|
  •  \varphi^\dashv: {\bf RngSh}[N] \to {\bf RngSh}[M] \In {\bf CAT}
  • \For \sh{S}\in |{\bf RngSh}[N]|,\; \varphi^\dashv \sh{S} \in {\bf RngSh}[M]

これで、|\sh{R}| = M 上の環層 \varphi^\dashv \sh{S} が作れたので、同じキャリア上での環層の準同型射を考えることができます。

  •  \rho' :  \varphi^\dashv \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSh}[M]

\rho = (\varphi, \rho') と組にして、キャリアが異なるかも知れない環層のあいだの射を定義します。

  •  \rho = (\varphi, \rho') : \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSheaf}

\varphi を環層射 \rhoキャリアパート〈carrier part〉、\rho'\rho余ファイバーパート〈{cofibre | cofiber} part〉と呼ぶことにします。呼び名「余ファイバーパート」は、後の一般論における呼び名をそのまま流用しています。余ファイバーパートを次のように略記します。

 
\rho = (|\rho|, \rho^\flat) :\sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSheaf} \\
\where \\
\qquad |\rho| : |\sh{R}| \to |\sh{S}| \In {\bf Man} \\
\qquad \rho^\flat  : |\rho|^\dashv \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSh}[|\sh{R}|]

環層射の余ファイバーパートを cofibpar(\rho) = \rho^\flat と書くと、環層射にその余ファイバーパートを対応付ける写像のプロファイル(域と余域)は次のようになります。


\begin{array}{ccc}
cofibpar : & {\bf RngSheaf}   & \to & \coprod_{M\in |{\bf Man}|}{\bf RngSh}[ M ] \\
       & \vin             &         &  \vin \\
 & \rho : \sh{S}\to \sh{R} & \mapsto & \rho^\flat : |\rho|^\dashv \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSh}[|\sh{R}|]
\end{array}

キャリアパートが環層射の“横成分”、余ファイバーパートが“縦成分”であると解釈されます。縦横の成分を組み合わせることにより環層射を作り出すことができます。

次のことに注意してください;  \rho : \sh{R} \to \sh{S} に対して  |\rho| : |\sh{S}| \to |\sh{R}| となるので、キャリア関手〈キャリアパート関手〉は反変関手です。

  •  Carr = |\hyp| : {\bf RngSheaf}^{op} \to {\bf Man} \In {\bf CAT}

環層の圏が(細部はともかくとして)定義できたので、反変関手 \hat{C^\infty} を定義できます。対象 M \in |{\bf Man}| に対する値 \hat{C^\infty}(M) \in |{\bf RngSheaf}| は知られているとして、反変関手の射パートだけを定義します。以下の \Let は、定義をするのではなくて、便宜上の名前付けをするだけの指示語です。


\For \varphi: M \to N \In {\bf Man} \\
\Let \rho := (\hat{C^\infty}(\varphi) : \hat{C^\infty}(N) \to \hat{C^\infty}(M) \In {\bf RngSheaf} ) \\
\Define |\rho| := (\varphi : M = |\hat{C^\infty}(M)| \to N = |\hat{C^\infty}(M)|) \\
\For U\in Open(M) \\
\For V\in Open(N) \where \varphi(U) \subseteq V \\
\Define (\rho^\flat)_{U,V} : \hat{C^\infty}(N)(V) \to \hat{C^\infty}(M)(U) := \\
\qquad \lambda\, b\in \hat{C^\infty}(N)(V).(\, b\circ \varphi \; \in \hat{C^\infty}(M)(U)\,)

層の逆像(引き戻し)の定義を参照すると、 \rho^\flat の定義は、開集合 V \where \varphi(U) \subseteq V を動かして余極限を取ることになりますが、やっていることは、関数を \varphi でプレ結合引き戻しするだけです。

以上の \hat{C^\infty} の定義から、次のことが分かります。

  •  |\hat{C^\infty}(\varphi)| = \varphi
  •  \hat{C^\infty}(\varphi)^\flat = \varphi^\flat
  •  \hat{C^\infty}(\varphi) = (\varphi, \varphi^\flat)

以前使った記法 \varphi^\flat は乱用(肩のフラット記号のオーバーロード)になりますが、\varphi が誘導する環層射の余ファイバーパートの略記と位置付けられます。

[補足]
環層〈sheaf of rings | ring sheaf〉と環付き空間〈ringed space〉は同義語です。環層の射と環付き空間の射も同じものです。

https​://ncatlab.org/nlab/show/ringed+space を見ると、環付き空間の射のファイバーパート(余ファイバーパートの随伴によるパートナー)は

  •  \rho^\sharp: \sh{S} \to \varphi_\vdash \sh{R} \In {\bf RngSh}[|\sh{S}|] \where \varphi = |\rho|

となっています。実は、随伴性  \varphi^\dashv \dashv \varphi_\vdash からのホムセット同型

  •  {\bf RngSh}[|\sh{R}|](\varphi^\dashv \sh{S}, \sh{R}) \cong {\bf RngSh}[|\sh{S}|](\sh{S}, \varphi_\vdash \sh{R})

があるので、この同型により \rho^\flat \leftrightarrow \rho^\sharp が対応しているのです。

上記nLab項目では、 \rho^\sharp を環付き空間の射の余射〈comorphism〉と呼んでますが、別な項目 https​://ncatlab.org/nlab/show/comorphism での余射の意味はちょっと違っています。
[/補足]

加群層とデザインパターン

多様体 M, N をキャリアとする環層 \sh{R}, \sh{S} があり、それぞれの環層の上の加群\sh{A}, \sh{B} があるとします。2つの加群層のあいだの射 \Phi: \sh{A} \to \sh{B} はなかなかに複雑なものです。

加群層の射  \Phi は、係数環層の射〈coefficient part | scalar part〉Coef(\Phi) = \wt{\Phi} と主要部〈main part〉main(\Phi) からなりますが、主要部のプロファイル(域と余域)は次の形になります。


\sh{A} \to CExt[cofibpar(Coef(\Phi))](\, {\bf RngSh}^*[Carr(\Phi)](\sh{B}) \,) \In (Coef(\sh{A}))\hyp{\bf ModSh}[Carr(\sh{A})]

随分とゴチャゴチャしてますよね。通常は、暗黙の了解とか様々な略記によりスッキリした記法にしています。この記事では、スッキリ書く努力はあまりせずに、ゴチャゴチャのままを提示することにします。ゴチャゴチャしているのが事実なので。

このようなゴチャゴチャ -- 大規模で複雑な構造物 -- へのアプローチとして、ソフトウェア開発ではデザインパターン〈design pattern〉という手法が古くから使われています。繰り返し現れる構造と定式化のパターンに名前を付けて識別します。パターンの実例〈インスタンス〉に対しては、パターンの一般論を適用します。

デザインパターンとその実例は、(モデル理論における)指標〈signature〉とモデルと言ってもほぼ同じですが、デザインパターンのほうがより非形式的〈informal〉でカジュアルだと言えます。自然言語による補足的説明や若干の曖昧性を許します*3

ゴチャゴチャした加群層の射を記述するために使用するデザインパターンは「ベース・ファイバー分解」と名付けます。このデザインパターンの背景は、インデックス付き圏〈indexed category〉とファイバー付き圏〈{fibered | fibred} category〉の同値性ですが、背景をあまり意識しなくてもデザインパターンの運用により実例を取り扱い可能となります。

“ベース・ファイバー分解”デザインパターンの背後にあるインデックス付き圏については、次の記事が参考になるかも知れません。

“ベース・ファイバー分解”デザインパターンには2つの変種があり、以下の図式で表現できます。

域側ベース・ファイバー分解:

\xymatrix@C+2pc {
  {\cat{D}} \ar@{-->}[r]^-{\delta} \ar[d]^{\pi}
  & { \coprod_{X\in |\cat{B}|}\cat{C}[X]  } \ar[d]^{\pi'}
\\
  {\cat{B}} \ar@{-->}[r]^{dom}
  & {|\cat{B}|}
}

余域側ベース・ファイバー分解:

\xymatrix@C+2pc {
  {\cat{D}} \ar@{-->}[r]^-{\gamma} \ar[d]^{\pi}
  & { \coprod_{X\in |\cat{B}|}\cat{C}[X]  } \ar[d]^{\pi'}
\\
  {\cat{B}} \ar@{-->}[r]^{cod}
  & {|\cat{B}|}
}

これらの図式は、圏論で出てくる通常の可換図式とは少し違います。実線矢印は関手ですが、破線矢印は関手ではありません。したがって、可換性の意味も変わってきます。

デザインパターンだけを実例なしに説明しても分かりにくいと思うので、次節で実例と共に説明します。“域側ベース・ファイバー分解”と“余域側ベース・ファイバー分解”の実例は既に出てきています(それを次節と次々節で解説)。

“ベース・ファイバー分解”デザインパターン(2種類)に慣れておけば、加群層の射も“ベース・ファイバー分解”デザインパターンの実例として理解できます。

ベース・ファイバー分解の実例:ベクトルバンドル

前節のデザインパターン“域側ベース・ファイバー分解”の事例を挙げます。パターン内で使われている一般的呼称・記号と、事例〈インスタンス〉内の特定的呼称・記号の対応を示します。

一般的 特定的
全圏 \cat{D} ベクトルバンドルの圏 {\bf VectBundle}
底圏  \cat{B} 多様体の圏 {\bf Man}
射影 \pi 底空間関手  Base
ファイバーパート \delta ファイバーパート VectBdl.\delta
インデックス付き圏 \cat{C}[\hyp] インデックス付き圏 {\bf VectBdl}[\hyp]
離散化射影  \pi' 離散化射影  VectBdl.\pi'

この事例は VectBdl という名で呼びます。パターン内の一般的呼称・記号は、役割名/役割記号〈role name / role symbole〉ともいいます。事例内の圏や関手は、VectBdl. を前置した役割名/役割記号で参照してもよいし、この事例固有の呼称・記号で参照してもかまいません。

デザインパターン“域側ベース・ファイバー分解”の事例 VectBdl は、以下の図式で示せます。


\xymatrix@C+2pc {
  {\bf VectBundle} \ar@{-->}[r]^-{VectBdl.\delta} \ar[d]^{Base}
  & { \coprod_{X\in |{\bf Man}|} {\bf VectBdl}[X]  } \ar[d]^{VectBdl.\pi'}
\\
  {\bf Man} \ar@{-->}[r]^{dom}
  & {|{\bf Man}|}
}

四角形の左縦列はファイバー付き圏〈fibred category〉で、右縦列は離散化したファイバー付き圏〈discretized fibred category〉です。圏の対象集合 |{\bf Man}| は離散圏ともみなします。

四角形の横の辺である VectBdl.\delta,\; dom は、圏の射集合のあいだの写像です(右下の |{\bf Man}| は離散圏とみなしての話です)。対象については考えないので、横の辺は関手ではありません。

この図式の可換性は、圏の射集合〈morphism set〉のあいだの写像としての可換性です。つまり、以下の図式の可換性です。


\xymatrix@C+2pc {
  {Mor({\bf VectBundle})} \ar[r]^-{VectBdl.\delta} \ar[d]^{Base_{mor}}
  & { Mor( \coprod_{X\in |{\bf Man}|}  {\bf VectBdl}[X]  ) } \ar[d]^{ VectBdl.\pi'_{mor} }
\\
  {Mor({\bf Man})} \ar[r]^{dom}
  & {|{\bf Man}| \approx Mor(|{\bf Man}|)}
}\\
\mbox{commutative in }{\bf SET}

ここで、(\hyp)_{mor} は関手の射パート、{\bf SET} は大きい集合も含む集合圏です。|{\bf Man}| \approx Mor(|{\bf Man}|) は、対象を恒等射(離散圏の射)ともみなす、ということです -- 同様な記法は後でも使います。

f:E \to F \In {\bf VectBundle} をバンドル射として、 Base(f) = (\varphi : M \to N \In {\bf Man}) と置いて、射のあいだの関係を図示すると:


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{f:E \to F} \ar@{|->}[r]^-{VectBdl.\delta} \ar@{|->}[d]^{Base}
  & *++[o][F]{ \delta(f):E \to \varphi^\sharp F  } \ar@{|->}[d]^{VectBdl.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ \varphi: M \to N} \ar@{|->}[r]^{dom}
  & *++[o][F]{ M \approx \mathrm{id}_M }
}

ここで、\delta(f) はファイバーパート VectBdl.\delta(f) の略記、 \varphi^\sharp Fベクトルバンドルの引き戻しです。

特に、f = T\varphi のときは次のようになります。


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{T\varphi: TM \to TN} \ar@{|->}[r]^-{VectBdl.\delta} \ar@{|->}[d]^{Base}
  & *++[o][F]{ \delta(T\varphi):TM \to \varphi^\sharp TN  } \ar@{|->}[d]^{VectBdl.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ \varphi: M \to N} \ar@{|->}[r]^{dom}
  & *++[o][F]{ M \approx \mathrm{id}_M }
}

\varphi の接写像をベース・ファイバー分解すると、\varphi, \delta(T\varphi) に分解されます。接写像のファイバーパート  \delta(T\varphi) は、ユークリッド空間の微分計算におけるヤコビ行列に相当します。

ベース・ファイバー分解の実例:環層

デザインパターンを使うと、共通構造を持つ現象を、パターンの“当てはめ”で理解できます。環層は“余域側ベース・ファイバー分解”デザインパターンの事例になっています。しかし、反変関手が出てくると、どう“当てはめ”るかがややこしくなります。

反変関手を表すために、以下の3種類の書き方をします。

  1. F:\cat{C} \underset{\mathrm{cont.}}{\longrightarrow} \cat{D}
  2. F:\cat{C}^{op} \to \cat{D} (反対圏からの共変関手)
  3. F:\cat{C} \to \cat{D}^{op} (反対圏への共変関手)

反対圏を使うことにより、共変関手だけに統一することができます。

(f:X \to Y) \In \cat{C} に対して、反対圏における同じ射を次のいずれかで書きます。

  1.  (f:X \to Y)^{op} \;\in \cat{C}^{op}(Y, X)
  2.  f^{op}: (X \to Y)^{op} \;\in \cat{C}^{op}(Y, X)
  3.  f: (X \to Y)^{op} \;\in \cat{C}^{op}(Y, X)

射自体は、もとの圏でも反対圏でも同じモノを使うので  f = f^{op} です。変更されるのは射や対象ではなくて、dom, cod, comp (域、余域、結合)の定義です。

さて、“余域側ベース・ファイバー分解”デザインパターンの、環層の事例は RngSh という名で呼びましょう。

一般的 特定的
全圏 \cat{D} 環層の圏 {\bf RngSheaf}
底圏  \cat{B} 多様体の圏の反対圏 {\bf Man}^{op}
射影 \pi キャリア反変関手  Carr
余ファイバーパート \gamma 余ファイバーパート cofibpar
インデックス付き圏 \cat{C}[\hyp] インデックス付き圏 {\bf RngSh}[\hyp]
離散化射影  \pi' 離散化射影  RngSh.\pi'

“域側ベース・ファイバー分解”の事例 RngSh は、以下の図式で示せます。


\xymatrix@C+2pc {
  {\bf RngSheaf} \ar@{-->}[r]^-{cofibpar} \ar[d]^{Carr}
  & { \coprod_{X\in |{\bf Man}|} {\bf RngSh}[X]  } \ar[d]^{RngSh.\pi'}
\\
  { {\bf Man}^{op} } \ar@{-->}[r]^{cod}
  & {|{\bf Man}^{op}|}
}

キャリア反変関手  Carr は反変関手ですが、図では反対圏への共変関手としています。下段横矢印の cod は、反対にする前の圏では dom のことです。また、インデックス付き圏 {\bf RngSh}[\hyp] と書いてありますが、これは反対圏 {\bf Man}^{op} 上のインデックス付き圏なので、{\bf Man} 上で考えれば余インデックス付き圏〈coindexed category〉です。反変・共変による矢印の向きの逆転は、ほんとにハナシをややこしくしています。

\rho:\sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSheaf} を環層射として、 Carr(\rho) = (\,(\varphi : M \to N)^{op} \In {\bf Man}^{op}\,) と置いて、射のあいだの関係を図示すると:


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{\rho:\sh{S} \to \sh{R} } \ar@{|->}[r]^-{cofibpar} \ar@{|->}[d]^{Carr}
  & *++[o][F]{ \rho^\flat : \varphi^\dashv \sh{S} \to \sh{R} } \ar@{|->}[d]^{RngSh.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ (\varphi: M \to N)^{op}} \ar@{|->}[r]^{cod}
  & *++[o][F]{ M \approx \mathrm{id}_M }
}

特に、\rho = \hat{C^\infty}(\varphi) のときは次のようになります。


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{\hat{C^\infty}(\varphi): \hat{C^\infty}(N) \to \hat{C^\infty}(M) } \ar@{|->}[r]^-{cofibpar} \ar@{|->}[d]^{Carr}
  & *++[o][F]{ \hat{C^\infty}(\varphi)^\flat: \varphi^\dashv \hat{C^\infty}(N) \to \hat{C^\infty}(M) } \ar@{|->}[d]^{RngSh.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ (\varphi: M \to N)^{op}} \ar@{|->}[r]^{cod}
  & *++[o][F]{ M \approx \mathrm{id}_M }
}

\hat{C^\infty}(\varphi)^\flat を(記号の乱用で)単に \varphi^\flat とも書くのでした。

なお、環層射は、“域側ベース・ファイル分解”でも記述できます(下図)。色々な記述ができることは、柔軟性と混乱の両方をもたらします。


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{\rho:\sh{S} \to \sh{R} } \ar@{|->}[r]^-{fibpar} \ar@{|->}[d]^{Carr}
  & *++[o][F]{ \rho^\sharp :  \sh{S} \to \varphi_\vdash\sh{R} } \ar@{|->}[d]^{RngSh2.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ (\varphi: M \to N)^{op}} \ar@{|->}[r]^{dom}
  & *++[o][F]{ N \approx \mathrm{id}_N }
}

ベース・ファイバー分解の実例:加群

“域側ベース・ファイバー分解”デザインパターンを使って加群層の構造を記述します。最初にパターンに当てはめて状況を把握して、その後で実際の定義をします。この事例は ModSh という名で呼びます。

一般的 特定的
全圏 \cat{D} 加群層の圏 {\bf ModSheaf}
底圏  \cat{B} 環層の圏の反対圏 {\bf RngSheaf}^{op}
射影 \pi 係数環層反変関手  Coef
ファイバーパート \delta 主要部  main
インデックス付き圏 \cat{C}[\hyp] インデックス付き圏  (\hyp)\hyp{\bf ModSh}
離散化射影  \pi' 離散化射影  ModSh.\pi'

デザインパターン“域側ベース・ファイバー分解”の事例 ModSh は、以下の図式で示せます。


\xymatrix@C+2pc {
  {\bf ModSheaf} \ar@{-->}[r]^-{main} \ar[d]^{Coef}
  & { \coprod_{X\in |{\bf RngSheaf}^{op}|} X\hyp{\bf ModSh} } \ar[d]^{ModSh.\pi'}
\\
  {{\bf RngSheaf}^{op} } \ar@{-->}[r]^{dom}
  & {|{\bf RngSheaf}^{op}|}
}

ややこしい反変・共変に注意; 一般的パターンにおける“ファイバー付き圏の射影”のインスタンスである加群層の係数環層 Coef は反変関手です。それが図では、反対圏への共変関手になっています。インデックス付き圏  (\hyp)\hyp{\bf ModSh}{\bf RngSheaf}^{op} 上のインデックス付き圏なので、{\bf RngSheaf} 上の余インデックス付き圏です。

\Phi:\sh{A} \to \sh{B} \In {\bf ModSheaf}加群層射として、 Coef(\Phi) = (\rho : \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSheaf})^{op} と置いて、射のあいだの関係を図示すると:


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{\Phi:\sh{A} \to \sh{B}} \ar@{|->}[r]^-{main} \ar@{|->}[d]^{Coef}
  & *++[o][F]{ main(\Phi):\sh{A} \to \rho_\$ \sh{B} } \ar@{|->}[d]^{ModSh.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ (\rho: \sh{S} \to \sh{R})^{op} } \ar@{|->}[r]^{dom}
  & *++[o][F]{ \sh{R} \approx \mathrm{id}_{\sh{R}} }
}

ここで出てきた関手 \rho_\$ については次節以降で説明します。

特に、\Phi = \hat{\T}\varphi のときは次のようになります。


\xymatrix@C+2pc {
  *++[o][F]{\hat{\T}\varphi: \hat{\T} M \to \hat{\T} N} \ar@{|->}[r]^-{main} \ar@{|->}[d]^{Coef}
  & *++[o][F]{ main(\hat{\T}\varphi): \hat{\T} M \to (\hat{C^\infty}\varphi)_\$ \hat{\T}N } \ar@{|->}[d]^{ModSh.\pi'}
\\
  *++[o][F]{ (\hat{C^\infty}\varphi: \hat{C^\infty}(N) \to \hat{C^\infty}(M))^{op} } \ar@{|->}[r]^{dom}
  & *++[o][F]{ \hat{C^\infty}(M) \approx \mathrm{id}_{\hat{C^\infty}(M)} }
}

\hat{\T}\varphi は、多様体のあいだの写像 \varphi の“微分”です。写像微分は、2つの多様体の接バンドル加群層〈接層〉のあいだの射になっています。加群層の射は係数部と主要部からなり、主要部 main(\hat{\T}\varphi) は、環層 \hat{C^\infty}(M) 上の加群層射です。

環層の場合と同様、加群層の記述も多様性〈恣意性〉があるので、記述法の変種は他に幾つもあります。変種が生まれる原因は、あちこちに随伴・双対が潜んでいるので、ペアのどちらを選ぶかの二択自由度が 2n の選択肢を作ってしまうからです。n が大きくなると“指数爆発”します*4

インデックス付き圏

“ベース・ファイバー分解”デザインパターンの背後にはインデックス付き圏があります。インデックス付き圏自体もデザインパターンとして記述できるでしょう。ここでは、次の図式で“インデックス付き圏”デザインパターンを表すことにします。


\xymatrix @C+1pc {
  {\cat{D}} \ar[d]_{\pi}
 & {}
\\
  {\cat{B}} \ar[r]^-{\cat{C}[\hyp]}
  & { {\bf CAT}^{op} }  \ar@{.}@/_1pc/[ul]
}

このパターンにおける一般的呼称・記号は次のとおり。“ベース・ファイバー分解”とおおむね同じです。

記号 呼称
\cat{D} ファイバー付き圏の全圏
\cat{B} ファイバー付き圏の底圏=インデキシング圏
 \pi ファイバー付き圏の射影
 \cat{C}[\hyp] インデックス付き圏の構造関手

 \cat{C}[\hyp] はインデックス付き圏そのものなので、パート〈構成素〉としての名前は特にないのですが、ありきたりに構造関手と呼んでおきます。

図の曲がった点線は、それ自体には意味がありませんが、次の関係を示唆しています。

  • \cat{D} \cong \int_{x\in \cat{B}}\cat{C}[x] (圏同型または圏同値*5

点線は、「横向きの構造関手が立ち上がってファイバー付き圏になる」というイメージを表しています。積分記号については、「グロタンディーク構成と積分記号」を参照してください。

今までに出てきた“ベース・ファイバー分解”パターンの事例は、“インデックス付き圏”パターンの事例でもあります。

事例:ベクトルバンドル


\xymatrix @C+1pc {
 { \begin{array}{c}{\bf VectBundle}\\ f:E \to F\end{array} }  \ar[d]_{Base}
& {}
\\
 { \begin{array}{c} {\bf Man}\\ \wt{f} = \varphi: M \to N\end{array} } \ar[r]^-{ {\bf VectBdl}[\hyp]} 
  & { \begin{array}{c}{\bf CAT}^{op}\\ ( \varphi^\sharp: {\bf VectBdl}[N] \to {\bf VectBdl}[M] )^{op} \end{array} } 
  \ar@{.}@/_1pc/[ul]
}

次の略記が使われます。

  •  Base(\hyp) = \wt{(\hyp)}
  •  {\bf VectBdl}[\hyp] = (\hyp)^\sharp (習慣上、略記は射に対してのみ)

 {\bf VectBdl}[\hyp] は、多様体に圏/写像に関手を対応させる対応(インデックス付き圏の構造関手)です。 Base^{-1}(M) \cong {\bf VectBdl}[M] (射影関手の逆像ファイバー \cong 構造関手の値である圏)が成立しています。パターンの一般論としては、 \pi^{-1}(Y) \cong \cat{C}[Y] です。

事例:環層


\xymatrix @C+1pc {
  { \begin{array}{c}{\bf RngSheaf}^{op} \\ (\rho : \sh{S} \to \sh{R})^{op} \end{array}}
   \ar[d]_{Carr}
& {}
\\
  { \begin{array}{c}{\bf Man}\\ |\rho| = \varphi : M \to N \end{array} } 
    \ar[r]^-{ {\bf RngSh}^*[\hyp]} 
  & { \begin{array}{c}{\bf CAT}^{op} \\ (\varphi^\dashv : {\bf RngSh}[N] \to {\bf RngSh}[M])^{op} \end{array} } 
    \ar@{.}@/_1pc/[ul]
}

この場合、ファイバー付き圏の射影関手が反変なので余ファイバー付き圏〈反ファイバー付き圏〉といいます。変性(反変または共変)が変わると、「余」「反」の接頭辞が付きます。 {\bf RngSh}^*[\hyp] の上付きアスタリスクは、次の前送り〈順像〉関手を使ったインデックス付き圏と区別するためです。

  • {\bf RngSh}_*[\varphi] = \varphi_\vdash : {\bf RngSh}[M] \to {\bf RngSh}[N] \In {\bf CAT}

ウーム、ややこしい

次の略記が使われます。

  •  Carr(\hyp) = |\hyp| (反変のキャリア関手)
  •  {\bf RngSh}^*[\hyp] = (\hyp)^\dashv (習慣上、略記は射に対してのみ)
事例:集合層

環層の台〈underlying object〉となっているのは集合層です。環層と同じパターンに従います。次の図で示せます。


\xymatrix @C+1pc {
  {\begin{array}{c} {\bf SetSheaf}^{op} \\ (\alpha: \sh{Y} \to \sh{X})^{op} \end{array} }
    \ar[d]_{Carr}
& {}
\\
  { \begin{array}{c} {\bf Man} \\ |\alpha| = \varphi : M \to N \end{array} } 
    \ar[r]^-{ {\bf SetSh^*}[\hyp]} 
  & { \begin{array}{c} {\bf CAT}^{op} \\ (\alpha^\dashv: {\bf SetSh}[N] \to {\bf SetSh}[M])^{op} \end{array} } 
    \ar@{.}@/_1pc/[ul]
}

略記は環層の場合と同じです。

事例:加群


\xymatrix @C+1pc {
  {\begin{array}{c} {\bf ModSheaf} \\ \Phi: \sh{A} \to \sh{B} \end{array} }
    \ar[d]_{Coef}
& {}
\\
  { \begin{array}{c} {\bf RngSheaf}^{op} \\ (\wt{\Phi} = \rho : \sh{S} \to \sh{R})^{op} \end{array} } 
    \ar[r]^-{ (\hyp)\hyp{\bf ModSh_*}} 
  & { \begin{array}{c} {\bf CAT}^{op} \\ (\rho_\$ : \sh{S}\hyp{\bf ModSh} \to \sh{R}\hyp{\bf ModSh} )^{op} \end{array} } 
    \ar@{.}@/_1pc/[ul]
}

次の略記が使われます。

  •  Coef(\hyp) = \wt{(\hyp)} (反変の係数環層関手)
  •  (\hyp)\hyp{\bf ModSh}_* = (\hyp)_\$ (習慣上、略記は射に対してのみ)

 (\hyp)\hyp{\bf ModSh}_* は共変関手です。インデックス付き圏の構造関手は反変関手なので、共変の場合は余インデックス付き圏になります。図式の横方向が余インデックス付き圏のときは、縦方向は余ファイバー付き圏(射影関手が反変)です。あー、ややこしい。でも、そろそろ慣れてきたでしょ。

加群層-余インデックス付き圏

前節の最後に出てきた次の余インデックス付き圏の構造共変関手を定義します。

  •  (\hyp)\hyp{\bf ModSh}_* : {\bf RngSheaf} \to {\bf CAT} \In \mathbb{CAT}

 \mathbb{CAT} は、“小さいとは限らない圏”の圏 {\bf CAT} を対象として含む圏の圏です。ここで扱うインデックス付き圏は、高次圏を出さずとも通常の圏論で扱えるものなので、 {\bf CAT},\; \mathbb{CAT} の2-射〈自然変換〉は考慮していません -- 1-圏ベースのデカルト閉圏とみなしています。

 (\hyp)\hyp{\bf ModSh}_* の対象パートと射パートは次のような対応です。

  • 対象パート: \sh{S} \mapsto \sh{S}\hyp{\bf ModSh} \in |{\bf CAT}|
  • 射パート:  (\rho : \sh{S} \to \sh{R}) \mapsto (\rho_\$: \sh{S}\hyp{\bf ModSh}\to \sh{R}\hyp{\bf ModSh} \In {\bf CAT})

対象パートは明らかでしょうから、射パートの構成をします。 \rho_\$ = (\rho)\hyp{\bf ModSh}_* が関手なので、対象パートと射パートがあります。

  • 対象パート:  \sh{B} \mapsto \rho_\$ \sh{B} \in |\sh{R}\hyp{\bf ModSh}|
  • 射パート:  (\Psi:\sh{B} \to \sh{C}) \mapsto (\rho_\$(\Psi): \rho_\$ \sh{B} \to \rho_\$ \sh{C} \In \sh{R}\hyp{\bf ModSh})

\rho : \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSheaf} に対して \rho_\$ を構成するのがけっこう面倒。加群の代数におけるよく知られた構成(係数拡大)を実行すればいいのですが、層が絡むとけっこう複雑です。単一のキャリア上での話から始めましょう(次節)。

同一キャリア上の加群層の係数拡大

環層、加群層がすべて同一のキャリア M 上にある場合を考えます。 {\bf RngSh}[M] はキャリアを固定した環層の圏、{\bf ModSh}[M] はキャリアを固定した加群層の圏です。\sh{R}\in {\bf RngSh}[M] に対して、\sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M] は、キャリアは M で、係数環層が \sh{R} である加群層の圏です。

環層にはキャリアの情報が組み込まれているので、次のどの書き方をしても同じです。

  • \sh{R}\hyp{\bf ModSh}
  • \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[|\sh{R}|]
  • \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M] \where M = |\sh{R}|

情報として冗長ですが、\sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M] が一番分かりやすい気がします。

加群層に関する“インデックス付き圏”パターンを、同一キャリア上の環層/加群層に適用すると:


\xymatrix @C+1pc {
  {\begin{array}{c} {\bf ModSh}[M] \\ \Phi: \sh{A} \to \sh{B'} \end{array} }
    \ar[d]_{Coef}
& {}
\\
  { \begin{array}{c} {\bf RngSh}[M]^{op} \\ (\wt{\Phi} = \tau : \sh{S'} \to \sh{R})^{op} \end{array} } 
    \ar[r]^-{ (\hyp)\hyp{\bf ModSh[M]_*}} 
  & { \begin{array}{c} {\bf CAT}^{op} \\ (\tau_\$ : \sh{S'}\hyp{\bf ModSh}[M] \to \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M] )^{op} \end{array} } 
    \ar@{.}@/_1pc/[ul]
}

{\bf ModSh}[M] がよく分からない気がしますが、下段の余インデックス付き圏がハッキリすれば、上側の {\bf ModSh}[M] はグロタンディーク構成〈Grothendieck construction〉で自動的に作れます(それも含めて“インデックス付き圏”パターン)。

余インデックス付き圏の構造関手  (\hyp)\hyp{\bf ModSh[M]_*} に下付きアスタリスクが付いているのは、上付きアスタリスクの別バージョンがあるからです。ここでも二択自由度があるのです。下付きアスタリスクの構造関手に環層射 \tau : \sh{S'} \to \sh{R} を渡した形は:

  •  (\tau)\hyp{\bf ModSh[M]_*} = \tau_\$ = CExt(\tau)

今出てきた CExt(\hyp)加群層の係数拡大〈coefficient extension | scalar extension〉の意味で、環層射に沿って加群層の係数環層を取り替えます。環/加群の場合の係数拡大は、(加群の)線形代数の教科書にある話題です。それを層に対して延長した手順が CExt です。次のように定義されます。


\For \sh{B'} \in |\sh{S'}\hyp{\bf ModSh}[M] | \\
\Let \sh{B''} = CExt(\tau)(\sh{B'}) \in |\sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M]| \\
\Define \sh{B''} := (\underline{\sh{R}|^\tau \otimes_{\sh{S'}} \sh{B'} }, \sh{R}, \mu_{B''} )

ここで:

  • \sh{R}|^\tau は、環層射 \tau: \sh{S'} \to \sh{R} を介して、\sh{R}\sh{S'}-加群層とみなしたものです(環構造は忘れます)。
  •  \sh{R}|^\tau \otimes_{\sh{S'}} \sh{B'} は、2つの\sh{S'}-加群層をテンソル積した加群層です。\sh{S'}-スカラー倍を持ちます。
  • \underline{\sh{R}|^\tau \otimes_{\sh{S'}} \sh{B'} } は、\sh{S'}-スカラー倍を忘れてアーベル群層とみなしたものです。
  • \mu_{\sh{B''}} は、\sh{R}-加群としてのスカラー倍で、次のように定義されます。
    \mu_{\sh{B''}}(r', r\otimes b') := (r'r)\otimes b'

この手順 CExt(\tau) は、加群射に対しても拡張できて、全体として次のような関手となります。

  •  CExt(\tau): \sh{S'}\hyp{\bf ModSh}[M] \to \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M]

さらに、\tau \mapsto CExt(\tau) という対応が、余インデックス付き圏の構造関手(下)となることも確認できます。

  • CExt : {\bf RngSh}[M] \to {\bf CAT} \In \mathbb{CAT}
  • CExt(\hyp) = CExt_M(\hyp) = (\hyp)\hyp{\bf ModSh[M]_*}

キャリアが異なる加群層のあいだの射

いよいよ大詰め、キャリアが異なる(かも知れない)加群層のあいだの射を定義します。次の状況です。

  • \sh{A} \in |\sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M]|
  • \sh{B} \in |\sh{S}\hyp{\bf ModSh}[N]|
  • \Phi : \sh{A} \to \sh{B} \In {\bf ModSheaf}
  • \Phi \in {\bf ModSheaf}(\sh{A}/\sh{R}, \sh{B}/\sh{S})

\sh{A}/\sh{R} という書き方は、加群\sh{A} が環層 \sh{R} 上の加群層であること(つまり、 Coef(\sh{A}) = \sh{R} )を意味しています。

加群層射 \Phi をベース・ファイバー分解すると、

  •  \Phi = (\wt{\Phi}, main(\Phi))

係数環層の射を

  • \Let \rho := \wt{\Phi} = Coef(\Phi) : \sh{S} \to \sh{R} \In {\bf RngSheaf}

と置きます。

さらに \rho = (|\rho|, \rho^\flat) とベース・ファイバー分解できます。

  • \Let \varphi := |\rho|:M \to N \where M = |\sh{R}|, N = |\sh{S}|

と置けば:


\Phi = (\wt{\Phi}, main(\Phi)) \\
= ( \rho, main(\Phi)) \where \rho := \wt{\Phi} = Coef(\Phi)\\
= ( (|\rho|, \rho^\flat), main(\Phi)) \\
= ( (\varphi, \rho^\flat), main(\Phi)) \where \varphi := |\rho| = |\wt{\Phi}| = Carr(Coef(\Phi))\\

係数環層の射 \rho = (\varphi, \rho^\flat) : \sh{S} \to \sh{R} は既知として、主要部 main(\Phi) を定義します。主要部は、“ベース・ファイバー分解”パターンのファイバーパートになります。主要部=ファイバーパートは次のプロファイルを持ちます。

  • main(\Phi):\sh{A} \to \rho_\$ \sh{B} \In \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M]

関手 \rho_\$:\sh{S}\hyp{\bf ModSh}[N] \to \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M] \In{\bf CAT} は、前節の \tau_\$ とほぼ同じですが、次の置き換えをして考えます。

  •  \sh{S'} := \varphi^\dashv \sh{S}
  •  \sh{B'} := \varphi^\dashv \sh{B}
  •  \tau := \rho^\flat

つまり、次のようになります。


\quad \rho_\$ \sh{B} \\
= CExt(\tau)( \sh{B'}) \where \tau := \rho^\flat, \sh{B'} := \varphi^\dashv \sh{B} \\
= (\underline{\sh{R}|^\tau \otimes_{\sh{S'}} \sh{B'} }, \sh{R}, \mu_{B''} )
\where \sh{B''} := CExt(\tau)( \sh{B'})
= (\underline{\sh{R}|^{\rho^\flat} \otimes_{\varphi^\dashv \sh{S} } \varphi^\dashv \sh{B} }, \sh{R}, \mu_{B''} )

 \rho_\$  \sh{B} の定義に出てくる素材はすべて関手なので、射 \Psi:\sh{B} \to \sh{C} \In \sh{S}\hyp{\bf ModSh}[N] に対する \rho_\$ \Psi も同様に定義できます。そして、 \rho_\$ が関手であることが確認できます。

“ベース・ファイバー分解”パターンのベースパートである係数環層のあいだの射 \rho = \wt{\Phi} = Coef(\Phi) から誘導された関手 \rho_\$ = (\rho)\hyp{\bf ModSh}[M]_* が決まったので、ファイバーパートである main(\Phi) は次のプロファイルの射ならいいわけです。

  •  main(\Phi) : \sh{A} \to \rho_\$ \sh{B} \In \sh{R}\hyp{\bf ModSh}[M]

以上で、キャリアが異なる加群層のあいだの射

  • \Phi = (\wt{\Phi}, main(\Phi)):\sh{A}/\sh{R} \to \sh{B}/\sh{S}  \In {\bf ModSheaf}

の定義は完了です。

このような加群層射の特別な例として、多様体写像 \varphi: M \to N \In {\bf Man}微分があります。

  •  \hat{\T}\varphi = ( Coef(\hat{\T} \varphi), main(\hat{\T}\varphi)): \hat{\T} M / \hat{C^\infty}(M) \to \hat{\T} N / \hat{C^\infty}(N)  \In {\bf ModSheaf}
  •  Coef(\hat{\T} \varphi) = \hat{C^\infty}(\varphi) = (\varphi, \hat{C^\infty}(\varphi)^\flat) : \hat{C^\infty}(N) \to \hat{C^\infty}(M) \In {\bf RngSheaf}
  •  \hat{C^\infty}(\varphi)_\$ = \varphi^{\sharp\sharp} : \hat{C^\infty}(N)\hyp{\bf ModSh}[N] \to \hat{C^\infty}(M)\hyp{\bf ModSh}[M] \In{\bf CAT}
  •  main(\hat{\T}\varphi) : \hat{\T} M \to \varphi^{\sharp\sharp}( \hat{\T} N) \In \hat{C^\infty}(M)\hyp{\bf ModSh}[M]

この枠組みのなかで「多様体のあいだの写像の微分」を解釈すれば、事情はハッキリすると思います。

*1:Open(M) を圏とみなした場合は、U\in |Opne(M)| と書くべきでしょうが、そこまではしません。

*2:環層 \sh{R} を、キャリア  |\sh{S}| 上に移動することもできます。移動は双方向にできるからです。

*3:ゆるい指標〈relaxed signature〉と言えばいいのかな。

*4:今の話題では、n = 2, 3 くらいなので爆発というほどのことは起きません。が、随伴/双対がたくさんある状況での記述では、小爆発くらいにはなる可能性があります。対策としては、選択肢のどちらかを選ぶのではなくて、随伴/双対をそのまま扱う方法があります。

*5:当面は圏同型で考えます。圏同値のほうが望ましいと思います。