随伴系〈adjunction〉の典型的例というと、やはり自由忘却随伴系〈free-forgetful adjunction〉でしょうかね。あと、カリー化・反カリー化も典型的だと言えるでしょう。集合圏で考えるとして、カリー化・反カリー化による次のホムセット同型があります。$`\newcommand{\mrm}[1]{ \mathrm{#1} }
\newcommand{\mbf}[1]{\mathbf{#1}}
\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
\newcommand{\hyp}{\text{-} }
\newcommand{\id}{ \mathrm{id} }
\newcommand{\In}{ \text{ in } }
`$
$`\quad \mbf{Set}(X\times Y, Z)\cong \mbf{Set}(X, Z^Y)`$
ここで、指数〈累乗〉形式の $`Z^Y`$ は関数集合〈関数空間 | 写像空間〉です。
$`\quad Z^Y := \mrm{Map}(Y, Z)`$
上記同型において $`Y = \mbf{1}`$ ($`\mbf{1}`$ は特定された単元集合)と置くと、カリー化・反カリー化のホムセット同型は:
$`\quad \mbf{Set}(X\times \mbf{1}, Z)\cong \mbf{Set}(X, Z^\mbf{1})`$
$`X\times \mbf{1} \cong X`$ 、$`Z^\mbf{1}\cong Z`$ なので、上記の同型は面白くありません。が、集合圏とは限らない圏 $`\cat{C}`$ を絡ませると少し面白くなります。次のようなホムセット同型が成立して、全体として随伴系〈adjunction〉を形成します。
$`\quad \cat{C}(X \cdot 1_\cat{C}, B)\cong \mbf{Set}(X, \cat{C}(1_\cat{C}, B) )`$
以下に、順番に説明します。
内容:
離散余完備な圏の余ベキ
$`X`$ を集合として、写像 $`F: X\to |\cat{C}|`$ は、離散圏とみなした $`X`$ からの関手だと言えるので、次のように解釈します。
$`\text{For }X \in |\mbf{Set}|\\
\quad F: (X \text{ as category}) \to \cat{C} \In \bf{CAT}`$
$`(X \text{ as category})`$ を単に $`X`$ とも書きます。
圏 $`\cat{C}`$ は、任意の“集合=離散圏”からの関手が余極限を持つ圏(離散余完備な圏)だとします。
集合 $`X`$ と圏 $`\cat{C}`$ の対象 $`A`$ に対して、余ベキ〈copower〉 $`X\cdot A`$ を定義します。余ベキは、ベキ〈power〉 $`A^X`$ の双対ですが、今ここでは余ベキだけ定義します。
一般に、圏 $`\cat{D}, \cat{E}`$ と $`\cat{E}`$ の対象 $`E`$ に対して、定数関手〈constant functor〉を次のように書きます。
$`\quad K_{\cat{D},\cat{E}}^E : \cat{D}\to \cat{E}\In \mbf{CAT}\\
\text{For } A \in |\cat{D}|\\
\quad K_{\cat{D},\cat{E}}^E(A) := E\\
\text{For } f: A\to B \In \cat{D}\\
\quad K_{\cat{D},\cat{E}}^E(f) := \id_E
`$
文字 K を使うのは、ドイツ語 Konstant からでしょう。
さて、余ベキですが、$`X\cdot A`$ の具体的な構成は次のようです。
$`\quad X\cdot A := \mrm{colim}\, K_{X, \cat{C}}^A`$
$`X\cdot A`$ とは、「対象 $`A`$ の $`X`$-個分のコピーの直和」だと言えます。よって、次のように書くこともあります。
$`\quad X\cdot A := {\displaystyle \sum_{x \in X} A}`$
この具体的構成は、$`\cat{C}`$ が離散余完備である(余極限が存在する)ことに依拠しています。
余ベキの公理的な特徴付けは、以下のようなホムセット同型で与えられる随伴系が存在することです。
$`\quad \cat{C}(X\cdot A, B) \cong \mbf{Set}(X, \cat{C}(A, B))`$
抽象的余ベキは集合圏以外でも定義できます。nLab項目 copower を参照してください。
終対象を持つ圏のポイントセット
圏 $`\cat{C}`$ は終対象を持つとして、特定された終対象を $`1_\cat{C}`$ と書きます。圏 $`\cat{C}`$ が了解されているなら、その終対象を単に $`1`$ と書きます。これは、「数のイチ」と紛らわしいですが、「注意してください」とお願いしたうえで使います。
終対象からの射はポインティング射〈pointing morphism〉、あるいは単にポイント〈point〉と呼びます。集合圏で考えれば、ポイントは集合の要素と同一視可能なので、たしかに“ポイント”です。ポイントが、いつでも“集合の要素のようなモノ”だとは限らないので注意してください。例えば、実ベクトル空間の圏 $`\mbf{Vect}_\mbf{R}`$ のポイントはゼロベクトルしかありません*1。
対象 $`A`$ のポイントの全体は、次のホムセットです。
$`\quad \cat{C}(1, A)`$
$`A`$ のポイントの集合だから、ポイントセット〈point set〉です。
ポイントセットは、ホムセット双関手〈homset bifunctor〉の第一引数を $`1`$ に固定したものなので、共変関手になります。
$`\quad \cat{C}(1, \hyp) : \cat{C} \to \mbf{Set} \In \mbf{CAT}`$
終対象の余ベキ関手とポイントセット関手の随伴系
この記事では、余ベキもポイントセットも具体的に定義しました。その具体的な定義に基づいて、次のホムセット同型を示すことが出来ます。
$`\quad \cat{C}(X\cdot A, B) \cong \mbf{Set}(X, \cat{C}(A, B))`$
この同型を与える写像を $`\Phi^A_{X, B}`$ とします。
$`\quad \Phi^A_{X, B} : \cat{C}(X\cdot A, B) \to \mbf{Set}(X, \cat{C}(A, B)) \In \mbf{Set}`$
これが同型であることから、次のような双方向対応があることになります。
$`\quad \cat{C}(X\cdot A, B) \ni f \longleftrightarrow \varphi \in \mbf{Set}(X, \cat{C}(A, B))`$
$`X\cdot A`$ が余極限(余錐の余頂点)で定義されているので、$`f: X\cdot A \to B`$ は、次のような射の族と同一視できます。
$`\quad (f_x : A \to B \In \cat{C})_{x\in X}`$
$`\mbf{Set}(X, \cat{C}(A, B))`$ の要素も同じ形の射の族として書けるので、集合の要素達のあいだの一対一対応になります。
ホムセット同型が整合的・系統的に与えられることも示す必要がありますが、割愛します。
圏 $`\cat{C}`$ に特定された終対象 $`1 = 1_\cat{C}`$ があるとき、ホムセット同型は次の形になります。
$`\quad \cat{C}(X\cdot 1, B) \cong \mbf{Set}(X, \cat{C}(1, B)) \In \mbf{Set}`$
全体として随伴系になるので、次のように書けます。
$`\quad (\hyp \cdot 1) \dashv \cat{C}(1, \hyp)`$
この随伴系は次のように言えます。
- 左随伴関手は、集合を $`\cat{C}`$ の対象とみなす関手
- 右随伴関手は、$`\cat{C}`$ の対象を集合〈ポイントセット〉とみなす関手
ところで
なんでこの話をしたかというと、とある論文で余ベキをアスタリスク記号 $`*`$ で書いてあって、初見で意味不明だったからです。$`\hyp * 1`$ が $`\cat{C}(1, \hyp)`$ の随伴と書いてあって、「あー、余ベキの中置演算子記号がアスタリスクだったんだ」とわかりました。
集合圏の代わりに十分に良い圏*2 $`\cat{V}`$ を考えて、$`\cat{V}`$-豊穣圏のセッティングでも、余ベキ関手とホム関手の随伴系の話ができます。
*1:ベクトル空間の圏では、終対象からの射ではなくて、テンソル積のモノイド単位からの射を考えるのが適切です。
*2:十分に良い圏をコスモス〈cosmos〉と呼んだりします。コスモスの定義は人により違いますがベナブー・コスモス〈Benabou cosmos〉が典型的です。