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参照用 記事

バタニン・ツリー 再論

バタニン・ツリーについては、以下の過去記事に書いています。

ディーン達の論文の p.6 "2 Batanin trees" でもバタニン・ツリーを扱っています。

  • [DFMRV22-24]
  • Title: Computads for weak ω-categories as an inductive type
  • Authors: Christopher J. Dean, Eric Finster, Ioannis Markakis, David Reutter and Jamie Vicary
  • Submitted: 18 Aug 2022 (v1), 20 Mar 2024 (v3)
  • Pages: 67p
  • URL: http://arxiv.org/abs/2208.08719

バタニン・ツリーはやっぱり重要なので、もう一度調べてみます。バタニン・ツリー特有な話の前に、ツリーとリストの一般論を入れます。最後にバタニン・ツリーに特有なポジション集合とポジションのアドレスを定義します。$`\newcommand{\mrm}[1]{ \mathrm{#1} }
\newcommand{\mbf}[1]{\mathbf{#1}}
%\newcommand{\mfk}[1]{\mathfrak{#1}}
\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
\newcommand{\hyp}{\text{-} }
\newcommand{\In}{ \text{ in } }
%\newcommand{\On}{ \text{ on } }
\newcommand{\id}{\mathrm{id} }
%\newcommand{\op}{\mathrm{op} }
\newcommand{\Iff}{\Leftrightarrow }
\newcommand{\twoto}{\Rightarrow }
\newcommand{\T}[1]{\text{#1} }
\newcommand{\EL}{\varepsilon} % Empty List
\newcommand{\Cons}{\mathop{\blacktriangleright} }
\newcommand{\Snoc}{\mathop{\blacktriangleleft} }
\newcommand{\Apnd}{\mathop{\#} }
\newcommand{\BCons}{\mathop{\|\!\blacktriangleright} }
`$

内容:

バタニン・ツリーの参考文献

過去記事「指標の話: ペースティング図とバタニン・ツリー」と「球体集合達の圏の構文表示 1/2」 で参照したフィンスター/ミムラムの論文、p.7 "D. Batanin trees" にバタニン・ツリーについて書いてあります。

  • [FM17-]
  • Title: A Type-Theoretical Definition of Weak ω-Categories
  • Authors: Eric Finster, Samuel Mimram
  • Submitted: 9 Jun 2017
  • Pages: 12p
  • URL: https://arxiv.org/abs/1706.02866

過去記事「指標の組織化と表現方法と呼び名は色々だ」で参照したマルカキスの論文、p.27 付近にもバタニン・ツリーの記述があります。

  • [Mar23-]
  • Title: Computads for generalised signatures
  • Author: Ioannis Markakis
  • Submitted: 21 Mar 2023 (v1), 9 Jun 2023 (v2)
  • Pages: 39p
  • URL: https://arxiv.org/abs/2303.11978

バタニン・ツリーへの直接的言及はないのですが、アラウージョの論文も参考になりそうです。

  • [Ara22-]
  • Title: Simple string diagrams and n-sesquicategories
  • Author: Manuel Araújo
  • Submitted: 18 Feb 2022 (v1), 16 Nov 2022 (v4)
  • Pages: 42p
  • URL: https://arxiv.org/abs/2202.09293

そして、冒頭で参照したディーン達の論文にもバタニン・ツリーの記述があります。

バタニン・ツリーはただのツリー

バタニン・ツリーはごくごく普通のツリーです。普通のツリーが、ある特別な状況で使われるときにバタニン・ツリーと呼ばれるだけです。

普通のツリーを定義するための普通の方法は、有向グラフの特別なものをツリーと定義することです。有向グラフをもとにツリーを定義する話は以下の過去記事にあります(この記事でも説明しますが)。

兄弟ノードのあいだに順序がないツリーについては、以下の過去記事も参考になるでしょう。

ツリーを有向グラフとみなしたときの辺の方向として、root-to-leaf と leaf-to-root の二つの選択肢がありますが、ここでは root-to-leaf とします(別にどっちでもいいけど)。

有向グラフについては知っているとします。以下、「グラフ」は有向グラフのことです。グラフ $`X`$ のノードの集合と辺〈edge〉の集合を次のように書きます。

$`\quad \mrm{Node}(X)\\
\quad \mrm{Edge}(X)
`$

「頂点」と呼ばずに「ノード」と呼んでいるのは気分だけの問題です、理由はありません。

グラフ $`T`$ と特定のノード $`r\in \mrm{Node}(T)`$ の組 $`(T, r)`$ が有限ツリー〈finite tree〉であるとは:

  1. $`\mrm{Node}(T)`$ も $`\mrm{Edge}(T)`$ も有限集合である。
  2. 任意のノード $`x\in \mrm{Node}(T)`$ に対して、特定のノード $`r`$ から $`x`$ に至るパスが一本だけある。

ノード $`r\in \mrm{Node}(T)`$ をルートノード〈root node〉、または単にルート〈root〉と呼びます。ルートからルートに至るパスは空パスです。ノードがルートだけで辺がないグラフも有限ツリーです。

記号の乱用で、有限ツリーを以下のように書きます。

$`\quad T = (T, r)`$

有限ツリー $`T`$ の任意のノード $`x\in \mrm{Node}(T)`$ に対して、ルート $`r`$ から $`x`$ に至るパスの長さを $`\mrm{height}_T(x)`$ と定義します。

$`\quad \mrm{height}_T : \mrm{Node}(T) \to \mbf{N} \In \mbf{Set}`$

$`\mrm{height}_T`$ を $`T`$ の高さ関数〈height function〉と呼びます。高さ関数を深さ関数とかレベル関数と呼ぶこともあります。どう呼ぶかは趣味の問題です。

有限ツリー $`T`$ の $`\mrm{Node}(T)`$ は有限集合なので、高さ関数の像集合も有限集合になります。

$`\quad \mrm{Img}(\mrm{height}_T) \subseteq \mbf{N}`$
$`\quad \mrm{Img}(\mrm{height}_T) \in |\mbf{FinSet}|`$

有限集合 $`\mrm{Img}(\mrm{height}_T)`$ の最大値を、有限ツリー $`T`$ の高さ〈height〉と定義します。

$`\quad \mrm{Height}(T) := \mrm{max}( \mrm{Img}(\mrm{height}_T) )`$

$`T`$ の高さ関数 $`\mrm{height}_T`$ と、$`T`$ の高さ $`\mrm{Height}(T)`$ は別物なので混同しないように注意してください。

有限ツリー $`T`$ の任意のノード $`x\in \mrm{Node}(T)`$ に対して、その子ノード〈child node〉の集合 $`\mrm{Child}_T(x)`$ は以下のように定義します。

$`\quad \mrm{Child}_T(x) := \{ y\in \mrm{Node}(T) \mid
\exists e\in \mrm{Edge}(T).\, \mrm{src}(e) = x \land \mrm{trg}(e) = y \}
`$

子ノードの集合を対応させる関数は、次のような関数になります。$`\mrm{Pow}(\hyp)`$ はベキ集合です。

$`\quad \mrm{Child}_T : \mrm{Node}(T) \to \mrm{Pow}(\mrm{Node}(T)) \In \mrm{Set}`$

もし $`\mrm{Child}_T(x) = \emptyset`$ ならば、$`x`$ はリーフノード〈leaf node〉、または単にリーフ〈leaf〉と呼びます。

任意のノード $`x\in \mrm{Node}(T)`$ に対する子ノードの集合 $`\mrm{Child}_T(x)`$ に全順序〈total order〉が入っている有限ツリーは、順序付き有限ツリー〈ordered finite tree〉と呼びます。

以下、有限ツリーしか扱わないので、有限ツリーを単にツリー〈tree〉、順序付き有限ツリーを単に順序付きツリー〈ordered tree〉と呼びます。

バタニン・ツリー〈Batanin tree〉は順序付きツリー(つまり、順序付き有限ツリー)のことです。先に述べたように、特別な用途で使うことを想定してバタニン・ツリーと呼ぶだけで、それ自体は何の変哲もない“いわゆるツリー”です。

習慣として、バタニン・ツリーは平面内に、ルートが下端で上に枝が伸びるレイアウトで描きます。次は、XyJax(このブログの図式描画に使っているツール)で描いたバタニン・ツリーの一例です(「指標の話: ペースティング図とバタニン・ツリー」より再掲)。

$`\quad \xymatrix{
{\bullet} \ar@{-}[dr]
\ar@{.}[rrrrr]
&{}
&{\bullet} \ar@{-}[dl]
&{}
&{\bullet} \ar@{-}[d]
&{2}
\\
{}
\ar@{.}[rrrrr]
&{\bullet} \ar@{-}[drr]
&{}
&{\bullet}\ar@{-}[d]
&{\bullet}\ar@{-}[dl]
&{1}
\\
{}
\ar@{.}[rrrrr]
&{}
&{}
&{\bullet}
&{}
&{0}
}`$

横方向の点線は、ノードの高さを示すための補助線で、ツリーの一部ではありません。辺〈エッジ〉の向きは描いてませんが、下から上〈root-to-leaf〉です(約束を決めておけば、どちらでもいいが)。

リストとリスト処理

集合 $`X`$ の要素を成分〈項目〉とするリストの集合を $`\mrm{List}(X)`$ と書きます。略記としてクリネスター〈Kleene star〉も使います。

$`\quad X^* := \mrm{List}(X)`$

空リストは $`\varepsilon`$ で表します。

Lispの伝統に従い、リストの先頭に成分を追加する演算〈関数 | 写像〉を $`\mrm{cons}`$〈コンス〉と書きます。

$`\quad \mrm{cons}_X : X \times\mrm{List}(X) \to \mrm{List}(X) \In \mbf{Set}`$

リストの末尾に成分を追加する演算は $`\mrm{snoc}`$〈スノック〉と書きます。

$`\quad \mrm{snoc}_X : \mrm{List}(X)\times X \to \mrm{List}(X) \In \mbf{Set}`$

"cons" は "construct" から、"snoc" は "cons" の綴りを逆にしたものです。

リストの連接(並べてつなぐ)演算は、Lispでは $`\mrm{append}`$ と呼びます。

$`\quad \mrm{append}_X : \mrm{List}(X)\times \mrm{List}(X) \to \mrm{List}(X) \In \mbf{Set}`$

次の中置演算子記号を使うことにします。

  • $`\mrm{cons}`$〈コンス〉の中置演算子記号は $`\Cons`$
  • $`\mrm{snoc}`$〈スノック〉の中置演算子記号は $`\Snoc`$
  • $`\mrm{append}`$〈アペンド〉の中置演算子記号は $`\Apnd`$

$`\quad (\Cons) : X \times\mrm{List}(X) \to \mrm{List}(X) \In \mbf{Set}`$
$`\quad (\Snoc) : \mrm{List}(X)\times X \to \mrm{List}(X) \In \mbf{Set}`$
$`\quad (\Apnd) : \mrm{List}(X)\times \mrm{List}(X) \to \mrm{List}(X) \In \mbf{Set}`$

集合 $`X`$ によらずに同じ演算子記号を使うので、オーバーロードされた総称〈ジェネリック〉な演算子です。

リストの特徴は、それが帰納的〈inductive〉に定義できることです。例えば、次のように定義できます。

  1. 空リスト $`\EL = ()`$ はリストである。
  2. $`l`$ がリスト、$`x\in X`$ なら、$`x\Cons l`$ はリストである。
  3. 以上で得られるものだけがリストである。

$`\mrm{List}(X)`$ が帰納的に定義されるので、$`\mrm{List}(X)`$ 上の関数を、帰納的構成に沿って定義できます。こうして定義された関数は「再帰的関数」と呼ぶことが多いようです(「帰納」と「再帰」の使い方は「再帰的構成のために: 順序数の圏 // 再帰と帰納」参照)。

バタニン・ツリーとリスト

リストは帰納的に定義できましたが、バタニン・ツリー(ただのツリー)も帰納的定義を持ちます。バタニン・ツリーの定義のために、リストの定義も一緒に使います。

ツリーのノードを表す“象形文字”として '$`\bullet`$' を使います。$`\EL`$ は空リスト $`()`$ でした。

  1. 空リスト $`\EL = ()`$ はバタニン・ツリーのリストである。
  2. $`L`$ がバタニン・ツリーのリスト、$`B`$ がバタニン・ツリーなら、$`B\Cons L`$ はバタニン・ツリーのリストである。
  3. 以上で得られるものだけがバタニン・ツリーのリストである。
  4. $`L`$ がバタニン・ツリーのリストなら、$`\bullet L`$ はバタニン・ツリーである。特に、$`\bullet \EL = \bullet ()`$ はバタニン・ツリーである。
  5. 以上で得られるものだけがバタニン・ツリーである。

要するに、既にバタニン・ツリーのリストがあれば、それにルートを表す '$`\bullet`$' を前置すると、それもまたバタニン・ツリーになる、ということです。このルールに基づいてバタニン・ツリーの例を幾つか挙げると:

  1. $`\bullet()`$
  2. $`\bullet(\bullet())`$
  3. $`\bullet( \bullet(), \bullet() )`$
  4. $`\bullet( \bullet( \bullet(), \bullet() ))`$
  5. $`\bullet( \bullet( \bullet(), \bullet() ), \bullet() )`$
  6. $`\bullet( \bullet( \bullet(), \bullet() ), \bullet(), \bullet(\bullet()) )`$

最後の例は、先に挙げた図(再掲)のバタニン・ツリーです。

$`\quad \xymatrix{
{\bullet} \ar@{-}[dr]
\ar@{.}[rrrrr]
&{}
&{\bullet} \ar@{-}[dl]
&{}
&{\bullet} \ar@{-}[d]
&{2}
\\
{}
\ar@{.}[rrrrr]
&{\bullet} \ar@{-}[drr]
&{}
&{\bullet}\ar@{-}[d]
&{\bullet}\ar@{-}[dl]
&{1}
\\
{}
\ar@{.}[rrrrr]
&{}
&{}
&{\bullet}
&{}
&{0}
}`$

$`\bullet()`$ を単に $`\bullet`$ と略記すると視認性が向上します。この略記は色々な場面でよく使われています。

  1. $`\bullet`$
  2. $`\bullet(\bullet)`$
  3. $`\bullet( \bullet, \bullet )`$
  4. $`\bullet( \bullet( \bullet, \bullet ))`$
  5. $`\bullet( \bullet( \bullet, \bullet ), \bullet )`$
  6. $`\bullet( \bullet( \bullet, \bullet ), \bullet, \bullet(\bullet) )`$

バタニン・ツリーの帰納的定義に基づいて、バタニン・ツリーの高さ(ノードの高さではない!)を定義してみましょう。

  1. $`\mrm{Height}(\bullet () ) := 0`$
  2. バタニン・ツリーのリストを $`L = (B_1, \cdots ,B_n)`$ として、
    $`\mrm{Height}(\bullet L) := 1 + \mrm{max}_{i = 1, \cdots, n}\, \mrm{Height}(B_i)`$

さて、すべてのバタニン・ツリーからなる集合を $`\mrm{BaTree}`$ とします。次のような関数を定義します。

  1. バタニン・ツリーのリスト $`L`$ にルートノードを追加して、バタニン・ツリー $`\bullet L`$ を作る関数 $`\mrm{br}`$
  2. バタニン・ツリー $`\bullet L`$ からルートノードを取り除いて、$`L`$ を作る関数 $`\mrm{hedge}`$

'$`\mrm{br}`$' は、バタニン・ツリー関連ではよく使われる名前ですが、僕は語源を知りません。Batanin の b と root の r かな? '$`\mrm{hedge}`$' は、ツリーのリストは生垣〈hedge〉と呼ぶからです。これらの関数は互いに逆になります。

$`\quad \mrm{br} : \mrm{List}(\mrm{BaTree}) \to \mrm{BaTree} \In \mbf{Set}`$
$`\quad \mrm{hedge} : \mrm{BaTree} \to \mrm{List}(\mrm{BaTree}) \In \mbf{Set}`$
$`\quad \mrm{br} ; \mrm{hedge} = \id_{\mrm{List}(\mrm{BaTree})}`$
$`\quad \mrm{hedge}; \mrm{br} = \id_{\mrm{BaTree}}`$

バタニン・ツリーの用途

何度か言っているように、バタニン・ツリーそれ自体は単なる順序付き有限ツリーです。特定の用途で使われるときに「バタニン・ツリー」と呼ぶわけです。その用途とは、ペースティング図の表現です。

ペースティング図〈pasting diagram〉とは、1-圏のドット&アロー図の高次圏への一般化です。高次圏の高次射達の組み合わせ方を、図として表したものがペースティング図です。ペースティング図は、実際に描いて使っているものですが、厳密に定義しようとすると非常に難しい。

一般的なペースティング図を厳密に定義するのは難しいのですが、そのなかでも単純で取り扱いやすいものだけに限定すると、ラベル付きの順序付き有限ツリーで表現可能〈エンコード可能〉なことが分かっています。バタニン・ツリーの用途は、単純なペースティング図の表現〈コード〉です。

バタニン・ツリーへのラベリングは特殊です。通常のラベリングは、ツリーのノードや辺〈エッジ〉にラベルを割り当てるのですが、バタニン・ツリーのラベリングでは、ツリーを平面に描いたときにできるパイ形(扇形)領域〈エリア | セクター〉にラベルを割り当てます。このことについては、次の過去記事を参照してください。

冒頭に挙げたディーン達の論文では、独特なラベリングをうまく記述するために、バタニン・ツリーに対して、もうひとつの帰納的定義を与えています。それを次節で述べます。

バタニン・ツリーの、もうひとつの帰納的定義

ディーン達は、バタニン・ツリーの集合に新しい二項演算を導入しました。リストのコンス〈cons〉演算と似てますが、引数〈被演算子〉は2つともバタニン・ツリーです。ここでは、この二項演算をバタニン・コンス〈Batanin cons〉と呼び次のように書きます。

$`\quad \mrm{baCons}: \mrm{BaTree}\times \mrm{BaTree} \to \mrm{BaTree} \In \mbf{Set}`$

バタニン・コンス $`\mrm{baCons}`$ の中置演算子記号を $`\BCons`$ とします。バタニン・コンスの定義は:

  1. $`B \BCons \bullet() := \bullet( B )`$
  2. バタニン・ツリーのリストを $`L = (B_1, \cdots ,B_n)`$ として、
    $`B \BCons \bullet L := \bullet (B \Cons L) = \bullet (B, B_1, \cdots, B_n)`$

バタニン・コンスの雰囲気的な絵を描くと次のようです。

バタニン・コンスの第一引数のツリーは、第二引数のツリーの“左端”に繋がれます。このとき、新しい辺が一本増えます。

バタニン・コンスを使って、バタニン・ツリーの帰納的定義ができます。

  1. ルートだけのツリー $`\bullet ()`$ はバタニン・ツリーである。
  2. $`B, B'`$ がバタニン・ツリーのとき、$`B\BCons B'`$ もバタニン・ツリーである。
  3. 以上で得られるものだけがバタニン・ツリーである。

この帰納的定義が、最初の定義と同じ集合を生成することは証明を要しますが、構成法を丁寧に見れば、同じ集合を生成していることが分かるでしょう。

新しい帰納的定義に基づいて、バタニン・ツリーの高さを定義してみます。

  1. $`\mrm{Height}(\bullet () ) := 0`$
  2. $`\mrm{Height}(B\BCons B') := \mrm{max}( \mrm{Height}(B) + 1, \mrm{Height}( B'))`$

バタニン・ツリーのポジション集合

バタニン・ツリーのラベリングは、パイ形領域に対してラベルを割り当てるのでした(「指標の話: ペースティング図とバタニン・ツリー // バタニン・ツリーのラベリング」参照)。ラベルを割り当てる場所(パイ形領域)をポジション〈position〉とも呼びます。バタニン・ツリー $`B`$ のポジションの集合を $`\mrm{Pos}(B)`$ とします。

値を集合 $`X`$ に取るラベリング $`l`$ は、次のような写像です。

$`\quad l : \mrm{Pos}(B) \to X \In \mbf{Set}`$

バタニン・ツリー $`B`$ に対する $`\mrm{Pos}(B)`$ がちゃんと定義されてないと、ラベリングの概念もハッキリしません。$`\mrm{Pos}(B)`$ をちゃんと定義しましょう。

おおよそのアイディアは、前節の帰納的定義に沿って、$`\mrm{Pos}(B)`$ が次のようになるように定義します。

  1. $`\mrm{Pos}(\bullet ()) \cong \mbf{1}`$ ($`\mbf{1}`$ は特定された単元集合)
  2. $`\mrm{Pos}(B \BCons B') \cong \mbf{1} + \mrm{Pos}(B) + \mrm{Pos}(B')`$ ($`+`$ は集合の直和)

上記の定義をより具体的にするために、$`\mrm{Pos}(\bullet ())`$ の要素にアドレスを振ります。アドレスは二進数(自然数の二進表示)で十分ですが、もう少し扱いやすいアドレス形式を考えます。次節で述べます。

バタニン・アドレス

バタニン・ツリーのポジションに割り当てるアドレスをバタニン・アドレス〈Batanin address〉と呼ぶことにします。バタニン・アドレスは、3つの文字 'i’, 'u', 'r' から作られる文字列です。例えば、"iurru" はバタニン・アドレスです。実際には、2文字 'u', 'r' で十分ですが、視認性や分かりやすさから 'i' も入れてます。それぞれの文字の由来は次のようです。

  • 'i' は initial の意味
  • 'u' は up の意味
  • 'r' は right の意味

文字列としてのバタニン・アドレスの最初の文字は必ず 'i' です。その後には、任意個(0個でもいい)の 'u' または 'r' が並びます。

バタニン・ツリーのポジション(パイ形領域)へのバタニン・アドレスの割り当て方は、帰納的定義に基づいて定義します。

  1. ルートだけのツリーに対する $`\mrm{Pos} (\bullet ())`$ は単元集合なので、その唯一のポジションにアドレス $`\T{i}`$ を割り当てる。
  2. $`B, B'`$ がバタニン・ツリーのとき、$`B\BCons B'`$ で追加された新規辺の左の領域にアドレス $`\T{i}`$ を割り当てる。$`B`$ のポジションの各アドレスに文字 $`\T{u}`$ を左に追加した〈スノックした〉アドレスを新しいアドレスにする。$`B`$ のポジションの各アドレスに文字 $`\T{r}`$ を左に追加した〈スノックした〉アドレスを新しいアドレスにする。

次は、バタニン・ツリーのポジションにアドレスを割り振った例です。

$`\quad \xymatrix{
{\T{iuu}\,\bullet} \ar@{-}[dr]_{\T{iu}}^{\T{iru}}
\ar@{.}[rrrrr]
&{}
&{\T{iruu} \, \bullet} \ar@{-}[dl]^{\T{irru} }
&{}
&{\T{iurru} \, \bullet} \ar@{-}[d]_{\T{iurr}}^{\T{iurrr}}
&{2}
\\
{}
\ar@{.}[rrrrr]
&{\bullet} \ar@{-}[drr]_{\T{i}}^{\T{ir}}
&{}
&{\T{irru}\, \bullet }\ar@{-}[d]^{\T{irr}}
&{\bullet}\ar@{-}[dl]^{\T{irrr}}
&{1}
\\
{}
\ar@{.}[rrrrr]
&{}
&{}
&{\bullet}
&{}
&{0}
}`$

最初の文字 $`\T{i}`$ は取り除いても影響はありません。長さ 1 の文字列 $`\T{i}`$ の代わりに空列(長さ 0 の文字列)$`\EL`$ を使います。

バタニン・ツリー $`B`$ におけるバタニン・アドレスの割り当て関数を $`\mrm{baAddr}`$ とすると、次のような関数です。

$`\quad \mrm{BaAddr}_B : \mrm{BaTree} \to \{\T{u}, \T{r}\}^* \cup \{\EL \}`$

どんなバタニン・ツリー $`B`$ に対しても、$`\mrm{baAddr}_B`$ は単射になります。したがって、次のような集合の同型があります。

$`\quad \mrm{Pos}(B) \cong \mrm{Img}(\mrm{baAddr}_B)`$

しばしば、$`\mrm{Pos}(B)`$ と $`\mrm{Img}(\mrm{baAddr}_B)`$ は同一視されます。例えば、$`\mrm{Pos}(B)`$ 上の関数を定義する代わりに、$`\mrm{Img}(\mrm{baAddr}_B)`$ 上の関数を定義して済ませます。

一例として、バタニン・ツリーのポジションに対する次元関数 $`\mrm{dim}`$ を、バタニン・アドレスに対する関数として定義してみます。

  • $`\mrm{dim}(\EL) = 0`$
  • $`\mrm{dim}(\xi \Snoc \T{u}) = \mrm{dim}(\xi) + 1`$
  • $`\mrm{dim}(\xi \Snoc \T{r}) = \mrm{dim}(\xi)`$

アドレスに対して定義された $`\mrm{dim}`$ を、$`\mrm{Pos}(B)`$ 上の関数とも解釈します。

バタニン・ツリーのラベリングは、バタニン・アドレス全体の部分集合で定義された関数とみなせます。

おわりに

バタニン・ツリーに対する2種類の帰納的定義と、バタニン・ツリーのポジションの定義を納得すれば、ポジションの集合が球体集合〈globular set〉になることや、ラベリングが球体集合のあいだの射とみなせること、そしてバタニン・ツリーとペースティング図の関係なども理解できるでしょう。