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参照用 記事

ベクトル空間の二重の双対はどうなるか

別にシリーズにはしないけど、線形代数の計算例をチマチマと出そうかな、っと。だいたいは、コーヒー飲みながら紙ナプキンに書いたことの引き写し。

内容:

二重の双対空間

例によって、有限次元ベクトル空間だけ(だって、無限次元はむずかしいもん)。U* = Lin(U, K) (Kはスカラー体、Linは線形写像全体の空間を示す)。Uのn個のベクトルx1, ..., xnが基底であるとき、U*のn個のコベクトルf1, ..., fnを次のように決めます。

f1, ..., fnはU*の基底(もとの基底の双対基底)になるので、UとU*は同次元、したがって同型だとわかります。しかし、UとU*は標準的(canonical)に同型ではありません。基底を決めれば同型を作れますが、それは人為的な同型、あるいは無理矢理な同型です。

Uがn次元のとき、すぐ上に述べたことから U** = (U*)* もまたn次元です。UとU*の場合とは異なり、UとU**のあいだには標準的な(あるいは自然な)同型があります。その同型が今日の話題。「随伴の例」に書いた以下の部分を詳しく説明することになります。

A** = A (対合性/包合性)も成立していると思っていいのですが、ほんとにイコールかどうかは微妙で、「イコールとみなして差し支えない」と言うほうが適切でしょう。もう少し正確に言うと、(-) ⇒ (-)** という自然同型(成分がすべて同型な自然変換)があります。

二重の双対空間ともとの空間との同型

U, Wはベクトル空間とします(Vを使わないのは手書きでUと区別しにくいから)。U, Wの元はx、yなど、U*, W*の元はf, gなどで表します。(標準的な定義による)双対空間の元は関数なので、関数らしい文字を使ってます。U**, W**の元はξ, ηなどを使いましょう。U**, W**の元とは、関数に対して値を対応させる汎関数ですね。

x∈Uに対して、U**の元ξを次のように定めます。

  • ξ(f) = f(x)

これ、最初は意味不明に見えるのですが、落ち着いて考えてください。ξは、U*→K という関数(線形形式)ですから、f∈U*スカラーを対応させます。fは U→K という関数だったので、f|→f(x) という対応は確かに意味を持ち、U*上の関数です。ξが線形であることは定義からただちに確かめられます。このξをx^と書きます。つまり、

  • x^(f) = f(x)

x^ = 0 とは、∀f∈U*.(x^(f) = 0) を意味しますが、これは ∀f∈U*.(f(x) = 0) ですね。どんな線形形式で計っても0なら、それはゼロベクトルなので、x^ = 0 ⇒ x = 0 が成立します。これから、x|→x^が単射であるとわかります。UとU**は同じ次元なので x|→x^は可逆です。(-)^をラムダ式で書いておくと:

  • x^ = λf.f(x)
  • (-)^ = λx.λf.f(x)

自然変換Θ

(-)^はUごとに決まるのでΘUと書きましょう。つまり、ΘU:U→U**で、ΘU = λx∈U.λf∈U*.f(x) です。文字シータに特別な意味はありません(ギリシャ大文字で目立つものを選んだだけ)。ΘUの逆ΘU-1は、イプシロン記法で次のように書けます。

  • ΘU-1(ξ) = εx∈U.[∀f∈U*.(ξ(f) = f(x))]

さて、Uをすべてのベクトル空間を動かしたときの{ΘU}は自然変換になります。さらに、すべての(どんなUであれ)ΘUは同型なので、自然同型です。このことを以下でハッキリと示しましょう。

まず、双対を2回取る関手をDDとします。これは、双対を1回取る関手Dの結合(composition)だと思ってもいいですが、とりあえず'DD'で1つの記号扱い。DDは(有限次元)ベクトル空間の圏で定義されるので、DD:Lin→Lin (共変関手)です。IをLin上の恒等関手とします。すると、ΘはIからDDへの自然変換となります。僕がよく使う記法では、Θ::I⇒DD:Lin→Lin 。

Θが自然変換であるとは、A:U→W を線形写像(圏Linの射)として、次の図式が可換となることです。

         I(A)
    I(U) ----> I(W)
     |          |
Θ_U |          |Θ_W
     v          v
   DD(U) ----> DD(W)
         DD(A)

I(U) = U の元xを取れば:

  • A**U(x)) = ΘW(A(x))

(-)^の記法を使うなら、次のように書けます。

  • A**(x^) = (A(x))^

Θの自然性を確認する

等式 A**(x^) = (A(x))^ は定義を追うだけで示せます。双対写像の一般的な定義は

  • (A*f)x = f(Ax)

でした。ちょっと紛らわしいので、一時的にx^をξ、A*:W*→U* をFとして、双対の定義を書き下すと、g∈W*として:

  • (F*ξ)g = ξ(Fg)

計算を進めると:

   ξ(Fg) //↓ ξをx^に戻して
 = x^(Fg) //↓ x^の定義
 = (Fg)(x) //↓ FをA*に戻して
 = (A*g)x //↓ 双対の定義
 = g(Ax)

一方、(Ax)^(g) は g(Ax) なので、A**(x^) = (A(x))^。これで、先のΘが自然変換であることが示せたわけです。どのΘUも同型(可逆線形写像)なので、Θは恒等関手Iと二重の双対を取る関手DDのあいだの自然同型です。

おまけ:ストーンやゲルファンドの双対性

UとU**自然に同型であることは無意識に使っているほどに当たり前のことなんですが、Uが無限次元になると、U**はUよりもはるかに大きな空間になります(U*でも既に大きい)。有限次元と同様にしてΘU:U→U**を構成できますが、単射なだけで、通常は同型になりません。

Uがベクトル空間ではなくてコンパクトな位相空間として、U*をU上のスカラー複素数)値連続関数の全体とします(普通はU*なんて書きません、C(U)とか書きます)。U*には掛け算が入ります。U*の双対空間U**のなかで、掛け算も保存するものを考えます。ξ∈U**が掛け算を保存するとは:

  • ξ(fg) = ξ(f)ξ(g) (f, g∈U*、並置は掛け算)

このとき、x∈U(xはベクトルじゃなくて点!)に対して、x^(f) = f(x) として「U**で掛け算も保存する元x^」を対応付けることができます。x←→x^ という対応は、次の意味で同型です。

  • U*を最大値ノルムでノルム環とみなし、掛け算も保存する連続線形汎関数の全体をM(U*)とすると、x←→x^ の対応は位相も込めて同型を与える。

有限次元ベクトル空間のときとはドエラク事情が違うのですが、それでも僕は、ベクトル空間の同型 U←→U** と、すぐ上の事実(たぶんゲルファンドによる)は親類のような気がします。このテの双対性は「古典論理は可換環論なんだよ」でも書きました。