このブログの更新は Twitterアカウント @m_hiyama で通知されます。
Follow @m_hiyama

メールでのご連絡は hiyama{at}chimaira{dot}org まで。

はじめてのメールはスパムと判定されることがあります。最初は、信頼されているドメインから差し障りのない文面を送っていただけると、スパムと判定されにくいと思います。

参照用 記事

群の作用の左と右

群が「左から作用する」「右から作用する」という言い方があります。このときの「左」「右」はどんな意味なんでしょう? また、「左」か「右」かはどうやって判断するのでしょう? なにかを左(あるいは右)と呼ぶべき必然的根拠があるとは思えないので「約束によって左右を決める」のでしょうが、その約束はどのように決めるのでしょうか? 約束を変えると、どのような影響があるのでしょう?

以下、左右の問題を考えてみます。$`\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1} }
\newcommand{\On}{\:\text{ on } } % 使う
\newcommand{\id}{\mathrm{id} }
\newcommand{\hyp}{\text{-} }
\newcommand{\GL}{\mathrm{GL}}
\newcommand{\Lin}{\mathrm{Lin}}
\newcommand{\Grp}{\mathrm{Grp}}
\newcommand{\Hom}{\mathrm{Hom}}
\newcommand{\ContraHom}{\mathrm{ContraHom}}
\newcommand{\Iso}{\mathrm{Iso}}
\newcommand{\Aut}{\mathrm{Aut}}
\newcommand{\End}{\mathrm{End}}
\newcommand{\op}{\mathrm{op}}
\require{color}
\newcommand{\Keyword}[1]{ \textcolor{green}{\text{#1}} }%
\newcommand{\For}{\Keyword{For } }%
%\newcommand{\Let}{\Keyword{Let } }%
%\newcommand{\Declare}{\Keyword{Declare } }%
\newcommand{\Define}{\Keyword{Define } }%
\newcommand{\Abbrev}{\Keyword{Abbrev } }%
%`$

内容:

記法の約束

群は、$`G = (G, \cdot_G, 1_G)`$ のように書くことにします。記号の乱用で、群構造と群の台集合を同じ記号で表します。混乱の心配がなければ $`G = (G, \cdot, 1)`$ とします。積〈乗法〉だけを明示して $`G = (G, \cdot)`$ も使います。群の要素の積 $`a\cdot b`$ は $`ab`$ と略記していいとします。逆元は、群によらずに(オーバーロードして)右肩の -1 で表します。

無名ラムダ変数(引数のプレースホルダー)としてハイフンがよく使われますが、マイナスと誤解されるリスクがあるので、箱 $`\Box`$ を使います。例えば、群の特定元 $`a`$ を左から掛ける写像は次のように書けます。以下の $`\lambda`$ はラムダ記法のラムダです。

$`\quad (a\cdot \Box) = \lambda\, x\in G. a\cdot x\: : G \to G`$

2つの箱が出てきたときは、それぞれの箱は独立なラムダ変数と考えます。例えば、群の積〈乗法〉は次のように書けます。

$`\quad (\Box \cdot \Box) = \lambda\, (x, y)\in G\times G. x\cdot y\: : G\times G \to G`$

実数係数のn列m行(n行m列ではない)行列の全体(からなる集合)を $`\mrm{Mat}_{\bf R}(n, m)`$ と書きます。$`{\bf R}^n`$ の要素を縦ベクトルと考えたいので、次のように定義します。

$`\Define {\bf R}^n := \mrm{Mat}_{\bf R}(1, n)\\
\Define {\bf R}_n := \mrm{Mat}_{\bf R}(n, 1)
`$

定義より
$`\quad {\bf R}^1 = \mrm{Mat}_{\bf R}(1, 1) = {\bf R}_1 \cong {\bf R}`$
です。$`{\bf R}^n, {\bf R}_n`$ は実数係数のベクトル空間と考えます。

$`\GL_{\bf R}(n)`$ は実数係数のn次正則行列〈可逆行列〉の群とします。集合としては
$`\quad \GL_{\bf R}(n) = \mrm{Mat}_{\bf R}(n, n)`$
ですが、行列の積と単位行列で群構造を考えています。つまり:

$`\quad \GL_{\bf R}(n) = (\GL_{\bf R}(n), \cdot, \mrm{I}_n)`$

ここで、$`\cdot`$ は行列の積、$`\mrm{I}_n`$ はn次単位行列です。

$`V, W`$ を実数係数のベクトル空間として、$`V`$ から $`W`$ への線形写像〈線形準同型写像〉の全体を次のように書きます。

$`\quad \Hom_{{\bf R}\hyp\Lin}(V, W)`$

線形同型写像〈線形可逆写像〉の全体は:

$`\quad \Iso_{{\bf R}\hyp\Lin}(V, W)`$

そして、線形自己同型写像〈線形自己可逆写像〉の全体は次のように書きます。

$`\quad \Aut_{{\bf R}\hyp\Lin}(V) = \Iso_{{\bf R}\hyp\Lin}(V, V)`$

$`\Aut_{{\bf R}\hyp\Lin}(V)`$ は群とみなします。つまり:

$`\quad \Aut_{{\bf R}\hyp\Lin}(V) = (\Aut_{{\bf R}\hyp\Lin}(V), \circ,\id_V)`$

ここで、$`\circ`$ は写像の結合〈合成〉、$`\id_V`$ は恒等線形写像です。

係数体は実数体しか考えないので、次のような略記〈abbreviation〉を許します。

$`\Abbrev \mrm{Mat}(n, m) := \mrm{Mat}_{\bf R}(n, m)\\
\Abbrev \GL(n) := \GL_{\bf R}(n)\\
\Abbrev \Hom_{\Lin}(V, W) := \Hom_{{\bf R}\hyp\Lin}(V, W)\\
\Abbrev \Iso_{\Lin}(V, W) := \Iso_{{\bf R}\hyp\Lin}(V, W)\\
\Abbrev \Aut_{\Lin}(V) := \Aut_{{\bf R}\hyp\Lin}(V)
`$

反対群と群の反変準同型写像

群は、対象が1つだけで全ての射が可逆である圏と同一視できます。圏論の言葉「反対」「共変」「反変」を、群にも流用します。

$`G = (G, \cdot, 1)`$ が群のとき、新しい積〈乗法〉 $`\cdot'`$ を次のように定義します。

$`\For a, b\in G\\
\Define a\cdot' b := b\cdot a
`$

すると、$`(G, \cdot', 1)`$ は群になります。台集合はもとの群と同じですが、積〈乗法〉は変わっています。$`(G, \cdot', 1)`$ をもとの群 $`G`$ の反対群〈opposite group〉と呼び、次のように書きます。

$`\quad G^\op = (G, \cdot', 1)`$

$`(G^\op)^\op = G`$ (群として等しい)は明らかでしょう。$`G`$ が可換群なら $`G^\op = G`$ です。

群のあいだの写像 $`f:G \to H`$ が次を満たすとき、群の反変準同型写像〈contravariant homomorphism〉と呼ぶことにします。

$`\For a, b\in G\\
\quad f(a \cdot_G b) = f(b) \cdot_H f(a) \\
\quad f(1_G) = 1_H
`$

群 $`G, H`$ に対して、通常の群の準同型写像の全体は次のように書きます。

$`\quad \Hom_\Grp(G, H)`$

群の反変準同型写像の全体は次のように書きます。

$`\quad \ContraHom_\Grp(G, H)`$

次の写像の集合達は(集合として)同一です。同じ要素(写像)でも、解釈が三通りあるのです。

$`\quad \ContraHom_\Grp(G, H) = \Hom_\Grp(G^\op, H) = \Hom_\Grp(G, H^\op)`$

言葉のバランスの観点から、通常の群の準同型写像を共変準同型写像〈covariant homomorphism〉とも呼びます。

逆元を取る写像は、群の反変準同型写像になるので:

$`\quad (\Box^{-1}) \in \ContraHom_\Grp(G, G)`$

行列の転置も群の反変準同型写像です。

$`\quad (\Box^T) \in \ContraHom_\Grp(\GL(n), \GL(n))`$

反変準同型写像と共変準同型写像を結合〈合成〉すると反変準同型写像になります。反変準同型写像どうしの結合は共変準同型写像です。

群の線形表現

$`G`$ が群、$`V`$ がベクトル空間のとき、次は同値な言明です。

  1. $`f`$ は、$`V`$ を表現空間〈representation space〉とする $`G`$ の線形表現〈linear representation〉
  2. $`f: G \to \Aut_\Lin(V) \:\text{ is-a group homomorphism}`$
  3. $`f \in \Hom_\Grp(G , (\Aut_\Lin(V), \circ) )`$

$`f`$ が $`G`$ の線形表現のとき、次が成立します。以下の $`\text{on}`$ は、等式や等式的定義をどんな集合上で考えているかを示します。

$`\For a, b\in G\\
\quad f(ab) = f(a)\circ f(b) \On \Aut_\Lin(V)\\
\quad f(1) = \id_V \On \Aut_\Lin(V)
`$

同じセッティングで、次は同値な言明です。

  1. $`g`$ は、$`V`$ を表現空間〈representation space〉とする $`G`$ の反変線形表現〈contravariant linear representation〉
  2. $`g: G \to \Aut_\Lin(V) \:\text{ is-a contravariant group homomorphism}`$
  3. $`g \in \ContraHom_\Grp(G , (\Aut_\Lin(V), \circ) )`$
  4. $`g \in \Hom_\Grp(G^\op , (\Aut_\Lin(V), \circ) )`$
  5. $`g \in \Hom_\Grp(G , (\Aut_\Lin(V), ;) )`$

$`(\Aut_\Lin(V), \circ)^\op`$ を $`(\Aut_\Lin(V), ;)`$ と書きました。記号 $`;`$ は図式順結合記号〈diagrammatic order composition symbol〉で、$`\circ' =\, ;`$ となります。

$`g`$ が $`G`$ の反変線形表現のとき、次が成立します。

$`\For a, b\in G\\
\quad g(ab) = g(b)\circ g(a) \On \Aut_\Lin(V)\\
\quad g(1) = \id_V \On \Aut_\Lin(V)
`$

あるいは:

$`\For a, b\in G\\
\quad g(ab) = g(a) ; g(b) \On \Aut_\Lin(V)\\
\quad g(1) = \id_V \On \Aut_\Lin(V)
`$

$`V`$ を表現空間とする $`G`$ の線形表現の集合と反変線形表現の集合を次のように定義します。

$`\Define \mrm{Rep}(G, V) := \Hom_\Grp(G , (\Aut_\Lin(V), \circ) ) \\
\Define \mrm{ContraRep}(G, V) := \ContraHom_\Grp(G , (\Aut_\Lin(V), \circ) )
`$

群の線形作用

$`G`$ が群、$`X`$ が集合のとき、$`\alpha`$ が $`X`$ への $`G`$ の左作用〈left action〉だとは、次が成立することです。

$`\quad \alpha: G\times X \to X\\
\For a, b\in G, x\in X\\
\quad \alpha(ab, x) = \alpha(a, \alpha(b, x) ) \On X\\
\quad \alpha(1, x) = x \On X
`$

同様に、$`\beta`$ が $`X`$ への $`G`$ の右作用〈right action〉だとは、次が成立することです。

$`\quad \beta: X \times G \to X\\
\For x\in X, a, b\in G \\
\quad \beta(x, ab) = \beta(\beta(x, a), b) \On X\\
\quad \beta(x, 1) = x \On X
`$

$`V`$ がベクトル空間で、$`V`$ への $`G`$ の左作用 $`\alpha`$ がさらに次の条件を満たすとき左線形作用〈left linear action〉と呼びます。

$`\For a \in G\\
\quad \alpha(a, \Box) \in \Aut_\Lin(V)
`$

右線形作用〈left linear action〉も同様です。

ベクトル空間 $`V`$ への $`G`$ の左線形作用の集合と右線形作用の集合を次のように定義します。

$`\Define \mrm{LLinAct}(G, V) := \{ \alpha:G\times V \to V \mid \alpha\; は左線形作用 \} \\
\Define \mrm{RLinAct}(G, V) := \{ \beta: V \times G \to V \mid \beta\; は右線形作用 \}
`$

さて、作用の二つの引数の順序を入れ替えたときのことも考えたいので、次の定義をします。

写像 $`\alpha`$ が次の条件を満たすとき反変左線形作用〈contravariant left linear action〉と呼びます。

$`\quad \alpha: G\times V \to V\\
\For a, b\in G, x\in X\\
\quad \alpha(a, \Box) \in \Aut_\Lin(V)\\
\quad \alpha(ab, x) = \alpha(b, \alpha(a, x) ) \On X\\
\quad \alpha(1, x) = x \On X
`$

同様に、$`\beta`$ が反変右線形作用〈contravariant right linear action〉だとは:

$`\quad \beta: X \times G \to X\\
\For x\in X , a, b\in G \\
\quad \beta(\Box, a) \in \Aut_\Lin(V)\\
\quad \beta(x, ab) = \beta(\beta(x, b), a) \On X\\
\quad \beta(x, 1) = x \On X
`$

言葉のバランスの観点から、通常の群の左作用を共変左作用〈covariant left action〉、通常の群の右作用を共変右作用〈covariant right action〉とも呼びます。

ベクトル空間 $`V`$ への $`G`$ の反変左線形作用の集合と反変右線形作用の集合を次のように定義します。

$`\Define \mrm{ContraLLinAct}(G, V) := \{ \alpha:G\times V \to V \mid \alpha\; は反変左線形作用 \} \\
\Define \mrm{ContraRLinAct}(G, V) := \{ \beta: V \times G \to V \mid \beta\; は反変右線形作用 \}
`$

$`\mrm{swap}_{A, B}: A\times B \to B\times A`$ はペアの順番を入れ替える写像とします。左線形作用 $`\alpha`$ に対して、$`\alpha^\mrm{swap} := \alpha\circ \mrm{swap}`$ は反変右線形作用になります。それは次の計算でわかります。

$`\quad \alpha^\mrm{swap}(v, ab)\\
= \alpha(ab, v)\\
= \alpha(a, \alpha(b, v) )\\
= \alpha(a, \alpha^\mrm{swap}(v, b) )\\
= \alpha^\mrm{swap}(\alpha^\mrm{swap}(v, b), a )\\
\:\\
\quad \alpha^\mrm{swap}(v, 1)\\
= \alpha(1, v)\\
= v
`$

また、右線形作用 $`\beta`$ に対して、$`\beta^\mrm{swap}`$ は反変左線形作用になります。

$`(\Box^\mrm{swap})`$ は次のような(オーバーロードされた)写像です。

  • $`(\Box^\mrm{swap}) : \mrm{LLinAct}(G, V) \to \mrm{ContraRLinAct}(G, V)`$
  • $`(\Box^\mrm{swap}) : \mrm{RinAct}(G, V) \to \mrm{ContraLLinAct}(G, V)`$
  • $`(\Box^\mrm{swap}) : \mrm{ContraLLinAct}(G, V) \to \mrm{RLinAct}(G, V)`$
  • $`(\Box^\mrm{swap}) : \mrm{ContraRLinAct}(G, V) \to \mrm{LinAct}(G, V)`$

線形表現と線形作用

これで準備ができたので、左右の約束ごとの分析をはじめましょう。まず、群の線形表現から線形作用を定義できますが、それが左か右かをみてみましょう。

$`f\in \mrm{Rep}(G, V)`$ とします。線形表現 $`f`$ から左線形作用 $`\alpha`$ を次のように定義します。

$`\For a\in G, v\in V\\
\Define \alpha(a, v) := f(a)(v) \On V
`$

これが実際に左線形作用であることは次の計算でわかります。

$`\quad \alpha(ab, v)\\
= f(ab)(v)\\
= (f(a)\circ f(b))(v)\\
= f(a)( f(b)(v) )\\
= f(a)( \alpha(b, v))\\
= \alpha(a, \alpha(b, v)))\\
\:\\
\quad \alpha(1, v)\\
= f(1)(v)\\
= \id_V(v)\\
= v
`$

$`f \mapsto \alpha`$ という対応は、集合のあいだの同型写像
$`\quad \mrm{Rep}(G, V) \to \mrm{LLAct}(G, V)`$
を定義します。次のように言えます。

  • 群の線形表現は、群の左線形作用を誘導する。

次に、$`g\in \mrm{ContraRep}(G, V)`$ とします。反変線形表現 $`g`$ から右線形作用 $`\beta`$ を次のように定義します。

$`\For v\in V, a\in G \\
\Define \beta(v, a) := g(a)(v) \On V
`$

これが実際に右線形作用であることは次の計算でわかります。

$`\quad \beta(v, ab)\\
= g(ab)(v)\\
= (g(b)\circ g(a))(v)\\
= g(b)( f(a)(v) )\\
= g(b)( \beta(v, a) )\\
= \beta(\alpha(v, a), b)\\
\:\\
\quad \beta(v, 1)\\
= g(1)(v)\\
= \id_V(v)\\
= v
`$

これから、次のように言えます。

  • 群の反変線形表現は、群の右線形作用を誘導する。

一般に、線形表現または反変線形表現 $`f`$ に対して、$`\mrm{leftAct}(f), \mrm{rightAct}(f)`$ を次のように定義します。

$`\For a\in G, v\in V\\
\Define \mrm{leftAct}(f)(a, v) := f(a)(v)\\
\For v\in V, a\in G \\
\Define \mrm{rightAct}(f)(v, a) := f(a)(v)
`$

線形表現と線形作用の関係をまとめると次のようになります。

  1. $`f`$ が共変線形表現ならば、$`\mrm{leftAct}(f)`$ は共変左線形作用。
  2. $`f`$ が反変線形表現ならば、$`\mrm{leftAct}(f)`$ は反変左線形作用。
  3. $`f`$ が共変線形表現ならば、$`\mrm{rightAct}(f)`$ は反変右線形作用。
  4. $`f`$ が反変線形表現ならば、$`\mrm{rightAct}(f)`$ は共変右線形作用。

ということは、$`\mrm{leftAct}, \mrm{righttAct}`$ は次のような写像ですね。

  1. $`\mrm{leftAct} : \mrm{Rep}(G, V) \to \mrm{LLinAct}(G, V)`$
  2. $`\mrm{leftAct} : \mrm{ContraRep}(G, V) \to \mrm{ContraLLinAct}(G, V)`$
  3. $`\mrm{righttAct} : \mrm{Rep}(G, V) \to \mrm{ContrRLinAct}(G, V)`$
  4. $`\mrm{righttAct} : \mrm{ContraRep}(G, V) \to \mrm{RLinAct}(G, V)`$

ベクトル空間の双対ペア

双対ベクトル空間が、群の線形表現や線形作用とどう絡むのか? これはややこしい話になります。まず、標準的とは限らない一般的な双対ベクトル空間、つまりベクトル空間の双対ペアを定義しましょう。

$`(W, V, b)`$ がベクトル空間の双対ペア〈dual pair〉であるとは、

  1. $`W`$ は有限次元ベクトル空間である。
  2. $`V`$ は有限次元ベクトル空間である。
  3. $`b`$ は非退化な双線形形式である。

非退化は次の条件です。

  • $`(W\ni w \mapsto b(w, \Box) \in \Hom_\Lin(V, {\bf R}) )`$ は単射(核がゼロ)である。
  • $`(V\ni v \mapsto b(\Box, v) \in \Hom_\Lin(W, {\bf R}) )`$ は単射(核がゼロ)である。

有限次元の仮定から「単射である」から「全単射である」が出ます。

ベクトル空間の双対ペアの例を挙げます。

  1. $`({\bf R}^n, {\bf R}^n, \mrm{ip})`$ ($`\mrm{ip}`$ は内積〈inner product〉)
  2. $`({\bf R}_n, {\bf R}^n, \mrm{mp})`$ ($`\mrm{mp}`$ は行列積〈matrix product〉)
  3. $`(\Hom_\Lin({\bf R}^n, {\bf R}), {\bf R}^n, \mrm{app})`$ ($`\mrm{app}`$ は適用〈application〉)

それぞれの双線形形式は次のようです。$`\cdot`$ は行列の積です。1列1行の行列は実数と同一視します。

$`\For u \in {\bf R}^n, v \in {\bf R}^n\\
\Define \mrm{ip}(u, v) := u^T \cdot v \On {\bf R}\\
\For w \in {\bf R}_n, v \in {\bf R}^n\\
\Define \mrm{mp}(w, v) := w \cdot v \On {\bf R}\\
\For \psi \in \Hom_\Lin({\bf R}^n, {\bf R}), v \in {\bf R}^n\\
\Define \mrm{app}(\psi, v) := \psi(v) \On {\bf R}
`$

双対ペア $`(W, V, b)`$ を前提に、$`W`$ を $`V^{* b}`$ と書きます。$`V^{* b}`$ は、$`V`$ の(双対ペアにおける)左双対パートナー空間〈left dual partner space〉の意味です。

  1. $`{\bf R}^n = ({\bf R}^n)^{* \mrm{ip}}`$
  2. $`{\bf R}_n = ({\bf R}^n)^{* \mrm{mp} }`$
  3. $`\Hom_\Lin({\bf R}^n, {\bf R}) = ({\bf R}^n)^{* \mrm{app} }`$

$`\mrm{app}`$ による左双対パートナー対応が標準なので、次の略記を許します。

$`\Abbrev ({\bf R}^n)^{*} := ({\bf R}^n)^{* \mrm{app} } = \Hom_\Lin({\bf R}^n, {\bf R})`$

線形写像の双対は、自己線形写像〈自己線形準同型写像〉の場合だけを述べます。$`(W, V, b)`$ が双対ペアで、$`f:V \to V`$ は自己線形写像とします。自己線形写像 $`g:W → W`$ が $`f`$ の双対線形写像〈dual linear map〉であるとは、次が成立することです。

$`\quad \forall w\in W, v\in V.\, b(g(w), v) = b(w, f(v)) \On {\bf R}`$

$`f`$ の双対線形写像が存在すれば、それを $`f^{* b}`$ と書きます。つまり:

$`\quad \forall w\in W, v\in W.\, b(f^{* b}(w), v) = b(w, f(v)) \On {\bf R}`$

双対ペアの条件から、任意の自己線形写像 $`f`$ の双対線形写像が一意に存在することが示せます。したがって、$`(\Box^{* b})`$ はwell-definedです。

$`\quad (\Box^{* b}) : \Hom_\Lin(V, V) \to \Hom_\Lin(W, W)`$

あるいは:

$`\quad (\Box^{* b}) : \Hom_\Lin(V, V) \to \Hom_\Lin(V^{* b}, V^{* b})`$

線形自己同型群のあいだの双対化反変準同型写像

$`\Hom_\Lin(V, V)`$ を $`\End_\Lin(V)`$ と書きます。$`\End_\Lin(V)`$ は群にはなりませんがモノイドにはなります。以下、$`\End_\Lin(V)`$ はモノイドとみなします。
i.e. $`\End_\Lin(V) = (\End_\Lin(V), \circ, \id_V) \:\text{ is-a monoid}`$

前節の
$`\quad (\Box^{* b}) : \End_\Lin(V) \to \End_\Lin(V^{* b})`$
は、反変モノイド準同型写像になります。つまり次が成立します。

$`\For f, g \in \End_\Lin(V)\\
\quad (\Box^{* b})(g\circ f) = (\Box^{* b})(f)\circ (\Box^{* b})(g) \On \End_\Lin(V^{* b})\\
\quad (\Box^{* b})(\id_V) = \id_{V^{* b}} \On \End_\Lin(V^{* b})
`$

もっと普通の書き方をすれば:

$`\For f, g \in \End_\Lin(V)\\
\quad (g\circ f)^{* b} = f^{* b}\circ g^{* b} \On \End_\Lin(V^{* b})\\
\quad {\id_V}^{* b} = \id_{V^{* b}} \On \End_\Lin(V^{* b})
`$

このことは、双対線形写像の定義と、線形写像に対してその双対線形写像が一意に存在することから言えます。

$`f \in \End_\Lin(V)`$ がモノイド $`\End_\Lin(V) = (\End_\Lin(V), \circ, \id_V)`$ の可逆元(可逆線形写像)のとき、$`(\Box^{* b})(f)`$ がモノイド $`\End_\Lin(V^{* b}) = (\End_\Lin(V^{* b}), \circ, \id_V)`$ 内の可逆元になることもすぐに言えます。このことから、$`(\Box^{* b})`$ をモノイドの部分群のあいだの写像に制限することができます。次のような写像を定義できるのです。

$`\quad (\Box^{* b})|_{\Aut_\Lin(V)}^{\Aut_\Lin(V^{* b})} : \Aut_\Lin(V)\to \Aut_\Lin(V^{* b})`$

制限した写像も同じ記号で表します。つまり:

$`\quad (\Box^{* b}) : \Aut_\Lin(V) \to \Aut_\Lin(V^{* b})`$

群のあいだの写像としての(制限した) $`(\Box^{* b})`$ は反変群準同型写像になっています。

$`\quad (\Box^{* b}) \in \ContraHom_\Grp(\Aut_\Lin(V) , \Aut_\Lin(V^{* b}) )`$

共変・反変と左右が入れ替わる要因

線形表現を素直に線形作用に変える方法は次でしょう。

  • $`\mrm{leftAct}: \mrm{Rep}(G, V) \to \mrm{LLinAct}(G, V)`$
  • $`\mrm{rightAct}: \mrm{ContraRep}(G, V) \to \mrm{RLinAct}(G, V)`$

次のケースでは、反変線形作用が出来てしまいます(ちょっと使いにくい)。

  • $`\mrm{leftAct} : \mrm{ContraRep}(G, V) \to \mrm{ContraLLinAct}(G, V)`$
  • $`\mrm{rightAct}: \mrm{Rep}(G, V) \to \mrm{ContraRLinAct}(G, V)`$

ニ引数のスワップを使うと、左作用と右作用が入れ替わります。そのとき共変・反変も入れ替わります。

  • $`(\Box^\mrm{swap}) : \mrm{LLinAct}(G, V) \to \mrm{ContraRLinAct}(G, V)`$
  • $`(\Box^\mrm{swap}) : \mrm{RinAct}(G, V) \to \mrm{ContraLLinAct}(G, V)`$
  • $`(\Box^\mrm{swap}) : \mrm{ContraLLinAct}(G, V) \to \mrm{RLinAct}(G, V)`$
  • $`(\Box^\mrm{swap}) : \mrm{ContraRLinAct}(G, V) \to \mrm{LinAct}(G, V)`$

群のあいだの反変準同型写像には次のものがありました。

  • $`(\Box^{-1}) : G \to G`$ 表現の域側の群で、逆元を取る写像
  • $`(\Box^{-1}) : \Aut_\Lin(V) \to \Aut_\Lin(V)`$ 表現の余域側の群で、逆元を取る写像
  • $`(\Box^{T}) : \GL(n) \to \GL(n)`$ 行列の転置を取る写像
  • $`(\Box^{* b}) : \Aut_\Lin(V) \to \Aut_\Lin(V^{* b})`$ 双対線形写像を取る写像

これらの写像はすべて反変群準同型写像です。群の共変線形表現に反変群準同型写像をプレ結合またはポスト結合すると反変線形表現に変わります。反変線形表現に反変群準同型写像をプレ結合またはポスト結合すると共変線形表現に変わります。線形表現の共変・反変が変わると、対応する(対応は一意的ではないですが)線形作用の左右と共変・反変にも影響します。

線形作用の左右を決める要因、左右が入れ替わる要因がけっこう多様であることが分かったと思います。注意深く調べないと、左右/共変・反変をキチンと把握するのは難しそうです。

事例:自明そうで、そうでもない

群 $`G`$ が行列群、つまり $`\GL(n)`$ の部分群で、表現空間がユークリッドベクトル空間 $`{\bf R}^n`$ の場合を考えます。次のように定義される線形表現は、標準的で自明なものでしょう。

$`\quad t:G \to \Aut_\Lin({\bf R}^n) \\
\For A\in G \subseteq \GL(n)\\
\Define t(A) := (\, (A\cdot \Box) : {\bf R}^n \to {\bf R}^n\,) \On \Aut_\Lin({\bf R}^n)
`$

この自明な線形表現 $`t`$ に、双対線形写像を取る写像 $`(\Box^{b *})`$ をポスト結合してみます。次の可換図式の疑問符の写像ですが、これは反変線形表現になるはずです。

$`\require{AMScd}
\begin{CD}
G @>{t}>> \Aut_\Lin({\bf R}^n) \\
@| @VV{(\Box^{b *})}V \\
G @>{?}>> \Aut_\Lin( ({\bf R}^n)^{* b} )
\end{CD}
`$

左双対パートナー空間 $`({\bf R}^n)^{* b}`$ と双対線形写像を取る写像 $`(\Box^{b *})`$ は、双対ペアの定義に依存します。$`b = \mrm{ip}`$ の場合と $`b = \mrm{mp}`$ の場合を計算してみると、$`(\Box^{b *}) \circ t`$ は次のような写像になります。

  • $`b = \mrm{ip}`$ の場合
    $`G \ni A \mapsto (\, (A^T \cdot \Box): {\bf R}^n \to {\bf R}^n \,)`$
  • $`b = \mrm{mp}`$ の場合
    $`G \ni A \mapsto (\, (\Box \cdot A): {\bf R}_n \to {\bf R}_n \,)`$

具体的な表示としては、次のような差が出ます。

  • 転置した行列を、縦ベクトルに左から掛ける。
  • もとの行列を、横ベクトルに右から掛ける。

さらに、前節で述べた反変群準同型写像をプレ結合/ポスト結合する場合もあります。次のように定義される線形表現は(もとの線形表現 $`t`$)の反傾線形表現〈contragredient representation〉と呼ぶようです。

$`\quad (\Box^{b *}) \circ t \circ (\Box^{-1}) : G \to \Aut_\Lin( ({\bf R}^n)^{* b} )`$

$`t, \,(\Box^{b *}) \circ t, \,(\Box^{b *}) \circ t \circ (\Box^{-1})`$ に $`\mrm{leftAct}, \mrm{rightAct}`$ を適用すると、線形作用が作れます。$`(\Box^\mrm{swap})`$ で左右を入れ替えられます。自明な表現から少し細工しただけでもけっこうややこしいです。

「約束によって左右を決める」のはそのとおりなのですが、決め方と約束を変えたときの影響は思いのほか多様でした。