「クリーネ代数 再論」で、クリーネ代数の定義を(いまさらに)述べたのですが、不等式と等式に関してちょっと微妙なところがあります。
最小な前不動点は不動点になる
クリーネ代数もコンウェイ半環も、最小不動点を扱う代数系だと言えます。最小不動点と最小前不動点に関して次のように書きました。
最小不動点〈least fixed point〉であることは、最小前不動点〈least pre-fixed point〉であることと同じなので、次の2つの条件を満たすtは最小不動点となります。
「同じ」という言い方は誤解をまねくかな、と思って次のように修正しました。
最小不動点〈least fixed point〉であることは、最小前不動点〈least pre-fixed point〉であることと同様に扱えるので、次の2つの条件を満たすtは最小不動点とみなせます。
しかし、修正後もまた別な誤解がされそう。文言の削除挿入ではうまく説明できそうにない。ので、この記事で説明します。
Kを順序半環、a∈K とします。集合 PreFix(a) を次のように定義します。
- PreFix(a) := {x∈K | ax + 1 ≦ x }
PreFix(a)は、アフィン線形写像 f(x) = ax + 1 の前不動点〈pre-fixed point〉の集合です。PreFix(a)は空でないと仮定して、t∈PreFix(a) に関する次の条件を考えます。
- x∈PreFix(a) ならば t ≦ x
この条件は、前不動点tが、他のfの前不動点より小さいことを意味します。このようなt(最小前不動点)があれば、それはfの不動点になります。
まず、f(t)がfの前不動点になることを見ます。f(t) ≦ t は成立しているので、両辺にfを適用して f(f(t)) ≦ f(t) 、これは「f(t)がfの前不動点」であることです。tに関する条件 ∀x∈K.(f(x) ≦ x ⇒ t ≦ x) から、
- t ≦ f(t)
最初から
- f(t) ≦ t
は成立しているので、上記ニ条件から
- f(t) = t
よって、fの最小前不動点があれば、それはfの最小不動点です。
不等式と等式
クリーネ代数では、最小不動点の存在を最小前不動点の存在として定式化しています。クリーネスターa*は最小不動点を与えるので、
- aa* + 1 = a*
を公理に入れるのは別に問題はない(冗長になるだけ)ですが、実際に使いたいのは、
- ∀x∈K.(ax + b ≦ x ⇒ a*b ≦ x)
という不等式条件のほうです。この不等式条件を使った証明法は不動点帰納法と呼ばれたりします。クリーネ代数の公理は、不等式による推論が出来るように選ばれているのです。
一方で、コンウェイ半環のスターも不動点を与えます。次の積スター等式で、b = 1 とすると、a*の不動点等式です。
- (ab)* = 1 + a(ba)*b
大雑把に言えば、クリーネ流はアフィン不動点の不等式的な性質に注目し、コンウェイ流は等式的な性質に注目しています。この流儀の違いはどうも後々まで影響しそうで、「不等式でも等式でも同じ」とは言いにくいのです。
トレース付きデカルト圏のような不動点理論の圏論的な定式化は、等式的なので、クリーネ代数よりコンウェイ半環の圏化(亜化)と言えそうです。クリーネ代数の圏化では、順序/不等式を、どのように表現するかが鍵となるでしょう。