クランについては「クラン、ファイブレーション、スパン」で述べました。クランの非常に特別なものとして、カートメル/ヴォエヴォドスキーのC-システムが出現します。
クランの台圏とファイブレーションクラス(が定義する部分圏)に、とある強い制約を課します。すると、C-システムになります。任意のC-システムがこの方法で得られるわけではありませんが、クランとC-システムが無関係でないことが分かります。$`
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\newcommand{\MC}[1]{\mathscr{#1} }
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%\newcommand{\Fibr}{\mathrm{Fibr} }
\newcommand{\FA}{ \twoheadrightarrow } % fibration arrow
%\newcommand{\AFA}{\mathrel{ \triangleright\!\! \twoheadrightarrow} } % atomic fibration arrow
\newcommand{\AFA}{\mathrel{ \circ\!\! \twoheadrightarrow} } % atomic fibration arrow
`$
内容:
特別な圏達
クランを特殊化してC-システムを絞り出したいわけです。クランのファイブレーションクラス(が定義する部分圏)に条件を課していくのですが、条件を満たす特別な圏の種別を幾つかみていきましょう。それらは:
- やせた圏
- 骨格的圏
- とてもやせた圏
- 骨皮圏
- 一意分解圏
骨皮圏は今回使いませんが、ついでに述べておきます。
ホムセットが空集合か単元集合である圏をやせた圏〈thin category〉といいます。やせた圏は、プレ順序集合〈preordered set〉と同じものです。
任意の対象 $`X, Y`$ に対して、次が成立する圏を骨格的圏〈skeletal category〉といいます。
$`\quad X \cong Y \Rightarrow X = Y`$ (同型ならば同一)
骨格的圏の対象の同型類(同型同値関係の同値類)は単元集合です。やせた圏が骨格的なら順序集合〈ordered set〉になります。やせていて、かつ骨格的な圏はとてもやせた圏〈very thin category〉ともいいます。とてもやせた圏=順序集合 です。
同型射が恒等射に限るような圏は骨皮圏〈gaunt category | ほねかわけん〉といいます。骨皮圏は骨格的圏ですが、逆は成立しません。自然数 $`n`$ を対象として、ホムセットは$`n`$次対称群か空集合であるような圏は骨格的(同型類が単元集合)ですが、恒等射ではない同型射(恒等でない置換)を持ちます。
"gaunt category" は、「ガリガリ圏」とか「骸骨圏〈がいこつけん〉」とかの翻訳語も使ってましたが、ガリガリ圏は「ガリガリ君」と誤認されそうだし、「骸骨圏」は「骨格的圏」と字面が似ていて混同されそうです。「骨皮圏」だって「骸骨圏」と大差ないし良いとは思えませんが、とりあえずコレで。
素数に相当するような射について、過去記事「原子射と末端射」で述べたことがあります。過去記事で述べたように、恒等射ではなく非自明な因子分解を持たない射が原子射〈atomic morphism〉、あるいは素射〈prime morphism〉です。恒等射ではないすべての射が、幾つか(有限個)の原子射の結合に一意的に分解できる圏を一意分解圏〈unique factorization category〉と呼ぶことにします。グラフから生成された自由圏は一意分解圏になります。
カートメル・クラン
$`(\cat{C}, \mbf{1}, \MC{F})`$ をクランとします。$`\cat{C}`$ は圏、$`\mbf{1}`$ は特定された終対象、$`\MC{F}`$ はファイブレーションクラスです。クラン $`(\cat{C}, \mbf{1}, \MC{F})`$ が次の条件を満たすときカートメル・クラン〈Cartmell clan〉と呼ぶことにします。なお、$`\MC{F}`$ を射の集合とする $`\cat{C}`$ の部分圏は $`(|\cat{C}|, \MC{F})`$ と書くことにします。
- 台圏 $`\cat{C}`$ は骨格的圏である。したがって、同型射は恒等射である。
- 部分圏 $`(|\cat{C}|, \MC{F})`$ はやせた圏である。
- 部分圏 $`(|\cat{C}|, \MC{F})`$ は一意分解圏である。
$`(|\cat{C}|, \MC{F})`$ は一意分解圏なので、原子射〈素射〉の集合が決まります。$`(|\cat{C}|, \MC{F})`$ の原子射の集合を $`\MC{F}_\mrm{atom}`$ とします。射のクラス $`\MC{F}_\mrm{atom}`$ に属する射は当然にファイブレーションなので、原子ファイブレーション〈atomic fibration〉とも呼びます。
$`\cat{C}`$ は骨格的なので、$`\mbf{1}`$ 以外の終対象は存在しません。対象 $`X`$ が $`X \ne \mbf{1}`$ ならば、$`X`$ は $`\mbf{1}`$ と同型にはなりません(骨格的だから)。したがって、終射〈{terminal | final} morphis〉$`!_X : X \to \mbf{1}`$ は同型射(今の場合恒等射)ではありません。$`(|\cat{C}|, \MC{F})`$ が一意分解圏であることから、恒等ではない $`!_X`$ (定義よりファイブレーション)は次のような分解を持ちます。
$`\quad X = X_n \overset{p_n}{\to} X_{n -1} \overset{p_{n - 1}}{\to} \cdots \overset{p_1}{\to} X_0 = \mbf{1}\\
\text{Where } p_i \in \MC{F}_{\mrm{atom}}
`$
自然数 $`n`$ を、対象 $`X \ne \mbf{1}`$ の長さ〈length〉といいます。上の分解列も $`n`$ も、$`X \ne \mbf{1}`$ に対して一意に決まります(一意分解圏だから)。
唯一の終対象 $`\mbf{1}`$ の長さは $`0`$ と約束します。すると、長さ関数 $`\ell : |\cat{C}| \to \mbf{N}`$ が全域関数として定義できます。
対象 $`X \ne \mbf{1}`$ の分解列に現れる対象 $`X_{n - 1}`$ を、$`X`$ の親対象〈{parent | father} object〉と呼び $`\mrm{ft}(X)`$ と書きます。終対象 $`\mbf{1}`$ は分解列を持たないので、親対象を定義できません。分解列の一意性から $`\mrm{ft}`$ は次のような関数になります。
$`\quad \mrm{ft} : |\cat{C}|\setminus \{ \mbf{1} \} \to |\cat{C}|`$
対象 $`X \ne \mbf{1}`$ の分解列に現れる射 $`p_{n} : X \to X_{n - 1}`$ を $`\rho^X`$ と書きます。$`\rho^X`$ は、$`X`$ に対して一意的に決まる原子ファイブレーションです。$`X \mapsto \rho^X`$ は次のような関数になります。
$`\quad \rho^{\hyp} : |\cat{C}|\setminus \{ \mbf{1}\} \to \mrm{Mor}(\cat{C})`$
$`\rho^X`$ を、$`X`$ の標準射影〈canonical projection〉と呼ぶことがあります。
以上に定義した $`(|\cat{C}|, \mbf{1}, \ell, \rho^\hyp)`$ がカートメルツリー構造〈Cartmell tree structure〉だとは、次を満たすことでした(「C-システム、分裂ディスプレイクラス、カートメルツリー構造 // カートメルツリー構造」参照)。
- $`\ell(X) = 0 \Iff X = {\bf 1}`$
- $`\ell(\mrm{ft}(X)) = \ell(X) - 1 \;\text{ where } X \ne {\bf 1}`$
- $`\mrm{dom}(\rho^X) = X \land \mrm{cod}(\rho^X) = \mrm{ft}(X) \;\text{ where } X \ne {\bf 1}`$
これらの条件は、$`(\cat{C}, \mbf{1}, \MC{F})`$ がカートメル・クランであることから示せます。つまり、カートメル・クランには、規準的なカートメルツリー構造が載ります。
ファイブレーションの長さとプルバック四角形
$`\cat{C} = (\cat{C}, \mbf{1}, \MC{F})`$ (記号の乱用)はカートメル・クランだとします。$`p: Y\to X \In \cat{C}`$ が恒等射ではない(同型射ではない)ファイブレーションだとします。ファイブレーション $`p`$ は一意分解できるので、分解列の長さが決まります。分解列の長さを $`p`$ の長さ〈length〉と定義し、$`\mrm{length}(p)`$ と書きます。恒等射(同型射)の長さは $`0`$ とします。
前節の対象 $`X`$ の長さは、ファイブレーション $`!_X`$ の長さにより定義していたことになります。
$`\quad \mrm{length} : \MC{F} \to \mbf{N}`$
$`\text{For }X \in (|\cat{C}|\setminus \{\mbf{1} \})\\
\quad \ell(X) = \mrm{length}(!_X)`$
$`p`$ は $`\cat{C}`$ のファイブレーションで、$`f, p`$ が以下のようにコスパンを形成しているとします。ファイブレーションであることを、二重矢頭矢印 $`\twoheadrightarrow`$ で示すことにします。
$`\quad \xymatrix{
{}
& Y \ar@{->>}[d]^p
\\
A \ar[r]_f
&X
}\\
\quad \In \cat{C}
`$
このコスパンに対するプルバック四角形は次のように書きます。
$`\quad \xymatrix{
{f^\# Y} \ar[r]^{f\uparrow p} \ar@{->>}[d]_{f^\# p}
\ar@{}[dr]|{\text{p.b.}}
& Y \ar@{->>}[d]^p
\\
A \ar[r]_f
&X
}\\
\quad \In \cat{C}
`$
$`f^\# p`$ を、$`f`$ による $`p`$ のファイバー引き戻し〈fiber pullback of $`p`$ by $`f`$〉と呼びます。$`{f\uparrow p}`$ は、$`p`$ による $`f`$ のファイバー持ち上げ〈fiber lift of $`f`$ by $`p`$〉と呼ぶことにします。ファイバー引き戻しはファイバー積の第一射影、ファイバー持ち上げはファイバー積の第二射影のことです。
ファイブレーションクラスの定義により、ファイブレーション $`p`$ のファイバー引き戻し $`f^\# p`$ はファイブレーションです。カートメル・クランのファイブレーションクラスはやせているので、$`f^\# p`$ は一意的に決まります。
ファイブレーション $`p`$ そのファイバー引き戻しであるファイブレーション $`f^\# p`$ の長さに関して次の問題が考えられます。
- $`p`$ の長さと $`f^\# p`$ の長さは等しいか?
- 特に、$`p`$ が原子ファイブレーションのとき、$`f^\# p`$ も原子ファイブレーションか?
カートメル・クランでは、$`\mrm{length}(p) = \mrm{length}(f^\# p)`$ が成立しそうですが、現状よく分かりません。「$`p \mapsto f^\# p`$ は長さを保存する」ことと、「原子ファイブレーションのファイバー引き戻しは原子ファイブレーション」であることが同値なのはすぐ分かります。もし、反例($`\mrm{length}(p) \ne \mrm{length}(f^\# p)`$ であるプルバック四角形を持つカートメル・クラン)があるなら、ファイバー引き戻しによる長さの保存を追加公理として要求する必要があります。
定理か公理かはともかく、カートメル・クランでは、次が成立して欲しいのです。
- 原子ファイブレーションのクラス $`\MC{F}_{\mrm{atom}}`$ はディスプレイクラスである。
ディスプレイクラスとは、ファイバー引き戻しに関して閉じている〈closed under fiber pullbacks〉射のクラスです。
以下、カートメル・クランでは「原子ファイブレーションのクラスがディスプレイクラス」であることを仮定して議論します。
順序構造と標準プルバック四角形
$`\cat{C} = (\cat{C}, \mbf{1}, \MC{F})`$ (記号の乱用)がカートメル・クランだとします。カートメル・クランの台圏 $`\cat{C}`$ は骨格的なので、部分圏 $`(|\cat{C}|, \MC{F})`$ は骨格的になります。定義より $`(|\cat{C}|, \MC{F})`$ はやせた圏なので、結局 $`(|\cat{C}|, \MC{F})`$ はとてもやせた圏〈骨格的なやせた圏〉、つまり順序集合になります。
とてもやせた圏 $`(|\cat{C}|, \MC{F})`$ を順序集合とみなした場合の順序関係を $`\preceq`$ で表します。
$`\text{For }X, Y\in |\cat{C}|\\
\quad X \preceq Y :\Iff \exists p\in \MC{F}.( p : Y \FA X )
`$
$`X \preceq Y`$ を定義するファイブレーション $`f`$ は一意に決まります。必要があれば、ファイブレーション $`f`$ を添えて $`X \preceq_f Y`$ と書きます。不等号の向きとファイブレーションの向きが“逆向き”のように感じるかも知れません。勘違いしないように気を付けてください。
$`X \preceq_f Y`$ であって、$`f`$ が原子ファイブレーションであるときは、$`X \LT_f Y`$ と書きます。次の同値があります。原子ファイブレーションであることを、特別な矢印 $`\AFA`$ で示すことにします*1。
$`\quad X \LT_f Y \Iff (\rho^Y : Y \AFA X \In \cat{C})`$
結局、$`|\cat{C}|`$ に誘導される順序関係 $`\preceq`$ と、順序関係ではない関係 $`\triangleleft`$ は、カートメル・クランのファイブレーションクラス $`\MC{F}`$ と原子ファイブレーションのクラス(ディスプレイクラス)$`\MC{F}_{\mrm{atom}}`$ により完全に統制されています。
原子ファイブレーションのファイバー引き戻しは原子ファイブレーションだと仮定していたので、任意の対象 $`Y\in |\cat{C}|`$ に対して、次のプルバック四角形が一意的に作れます。
$`\quad \xymatrix{
{f^\# Y} \ar[r]^{f\uparrow \rho^Y} \ar@{o->>}[d]_{f^\# \rho^Y}
\ar@{}[dr]|{\text{p.b.}}
& Y \ar@{o->>}[d]^{\rho^Y}
\\
A \ar[r]_f
&X
}\\
\quad \In \cat{C}
`$
これは、C-システムの標準プルバック四角形〈canonical pullback square〉です。
カートメル・クランがC-システムになるには、原子ファイブレーション達のディスプレイクラス $`\MC{F}_\mrm{atom}`$ が分裂子〈splitting〉を持つディスプレイクラス〈分裂ディスプレイクラス〉である必要があります(「C-システム、分裂ディスプレイクラス、カートメルツリー構造」参照)。$`\MC{F}_\mrm{atom}`$ が分裂ディスプレイクラスになることは簡単に示せるので、カートメル・クランからC-システムを構成できました。
おわりに
カートメル・クランは、クランのなかで非常に特殊なものです。カートメル・クランから作られたC-システムも、特殊なC-システムです。よって、クランとC-システムの一般的な対応を構築したことにはなりませんが、クランとC-システムに接点があることは分かりました。
クランにもカートメルツリー構造は欲しいのですが、カートメル・クランは条件が厳しすぎるし人為的な感じがします。もっと現実的な事例を自然に反映させる形でカートメルツリー構造を導入できるといいのですが。
*1:$`{ \triangleright\!\! \twoheadrightarrow}`$ を使いたかったのですが、XY-pic(XyJax)がサポートしてませんでした。