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幾何単体複体と抽象単体複体

単体集合〈simplicial set〉に関するジュリア・バーグナーの解説(本文第1節参照)には、単体集合以前に使われていた概念である幾何単体複体と抽象単体複体(それと、向き付き抽象単体複体)の説明があります。幾何単体複体/抽象単体複体と比べてみると、単体集合がイノベーションの産物であることがわかります。

この記事では、単体集合ではなくて、それ以前の概念である幾何単体複体/抽象単体複体について述べます。単体集合を理解するために役立つと思います。$`\newcommand{\cat}[1]{ \mathcal{#1} }
\newcommand{\mbf}[1]{ \mathbf{#1} }
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%\newcommand{\u}[1]{ \underline{#1} }
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\newcommand{\hyp}{\text{-} }
\newcommand{\H}{\text{-}}
\newcommand{\base}[1]{ {{#1}\!\lrcorner} }
\newcommand{\conv}[1]{ \langle{#1}\rangle }
`$

内容:

バーグナーの解説

ジュリア・バーグナーの以下の解説論文は、単体集合入門として優れたものです。

  • [Ber24-]
  • Title: Simplicial sets in topology, category theory, and beyond
  • Author: Julia E. Bergner
  • Submitted: 27 Nov 2024
  • Pages: 23p
  • URL: https://arxiv.org/abs/2411.18561

いきなり単体集合の定義から始めるのではなくて、幾何単体複体〈geometric simplicial complex〉、抽象単体複体〈abstract simplicial complex〉、向き付き{抽象}?単体複体〈oriented {abstract}? simplicial complex〉なども述べて、それらの弱点・問題点を解決しながら概念が進化する過程も説明しています。

幾何単体複体は直感的に分かりやすいですが、幾何的概念と組み合わせ的概念が混じっています。組み合わせ構造だけを抽出したものが抽象単体複体です。抽象単体複体から、幾何単体複体を構成すること(幾何実現)もできます。抽象単体複体をより扱いやすくするために順序・向き〈ordering-orientation〉を入れたものが向き付き単体複体です。

向き付き単体複体でも、射の定義が面倒だったり、商空間構成との相性が悪かったり、幾何実現の自由度があり過ぎたりと問題はあります。それらの問題を解決した組み合わせ幾何的構造が単体集合です。

僕は、単体集合以前の幾何単体複体/抽象単体複体について馴染みがなかったので、以下にメモします。単体集合の解説はしません。

凸集合と凸閉包

ユークリッド空間 $`\mbf{R}^n`$ 内の凸集合〈convex set〉については知っているものとします。$`\mbf{R}^n`$ 内のすべての凸集合(凸部分集合)達からなる集合を $`\mrm{Conv}(\mbf{R}^n)`$ とします。空集合も凸集合だとします。

$`\quad A\in \mrm{Conv}(\mbf{R}^n) \iff A \text{ は }\mbf{R}^n \text{ の凸部分集合}`$

任意の部分集合 $`X \subseteq \mbf{R}^n`$ に対して、その凸閉包〈凸包 | convex hull | convex closure〉は次の性質を持つ部分集合 $`A`$ です。

  • $`A \in \mrm{Conv}(\mbf{R}^n)`$
  • $`X \subseteq A`$
  • $`\forall B \in \mrm{Conv}(\mbf{R}^n).\, X \subseteq B \Imp A \subseteq B`$

つまり、$`X`$ を含む凸集合のなかで最小なものが $`A`$ です。$`X`$ の凸閉包 $`A`$ は次のように定義できます。

$`\quad A := \bigcap \{B\in \mrm{Conv}(\mbf{R}^n)\mid X \subseteq B \}`$

任意の部分集合 $`X \subseteq \mrm{R}^n`$ の凸包 は一意的に存在するので、次の関数が定義できます。$`\mrm{Pow}(\hyp)`$ はベキ集合です。

$`\quad \mrm{ConvHull} : \mrm{Pow}(\mbf{R}^n) \to \mrm{Conv}(\mbf{R}^n) \In \mbf{Set}`$

$`\mrm{Conv}(\mbf{R}^n)`$ は $`\mrm{Pow}(\mbf{R}^n)`$ の部分集合なので、その包含写像を $`\mrm{Incl}`$ とします。

$`\quad \mrm{Incl} : \mrm{Conv}(\mbf{R}^n) \hookrightarrow \mrm{Pow}(\mbf{R}^n) \In \mbf{Set}`$

凸閉包と包含のあいだには次の関係があります。これは順序関係に関する随伴(ガロア接続とも呼ぶ)です(「順序随伴性: ガロア接続の圏論」「ガロア接続(順序随伴系)の簡単な例」参照)。

$`\text{For }X \in \mrm{Pow}(\mbf{R}^n), A \in \mrm{Conv}(\mbf{R}^n)\\
\quad ( \mrm{ConvHull}(X) \subseteq A \In \mrm{Conv}(\mbf{R}^n) ) \iff (X \subseteq \mrm{Incl}(A) \In \mrm{Pow}(\mbf{R}^n) )
`$

$`\mrm{ConvHull} ; \mrm{Incl}`$ が $`\mrm{Pow}(\mbf{R}^n)`$ 上のモナドになりますが、通常 $`\mrm{ConvHull}`$ と $`\mrm{ConvHull} ; \mrm{Incl}`$ が区別されません。この場合、区別しなくても特に問題は起きないでしょう。ここでも特に区別しません。

次の性質があります。$`X\in \mrm{Pow}(\mbf{R}^n)`$ に対して:

  • $`X \subseteq \mrm{ConvHull}(X)`$
  • $`\mrm{ConvHull}( \mrm{ConvHull}(X) ) = \mrm{ConvHull}(X)`$

幾何単体

$`\mrm{ConvHull}(X)`$ をよく使うので、次の略記を定義します。

$`\text{For }X \in \mrm{Pow}(\mbf{R}^n)\\
\quad \conv{X} := \mrm{ConvHull}(X)
`$

ここから先では、$`X`$ が有限集合のときだけを考えます。よって:

$`\quad \conv{\hyp} : \mrm{FinPow}(\mbf{R}^n) \to \mrm{Conv}(\mbf{R}^n)
\In \mbf{Set}`$

$`\mrm{FinPow}(\hyp)`$ は、有限部分集合達だけからなるベキ集合(の部分集合)です。

有限集合 $`X\in\mrm{FinPow}(\mbf{R}^n)`$ が一般の位置にある〈in general position〉とは次のことです。

$`\quad \forall x\in X.\, \conv{X\setminus \{x\}} \ne \conv{X}`$

$`X`$ から一点を除くと、凸閉包が真に小さくなってしまう、ということです。否定をとると:

$`\quad \exists x\in X.\, \conv{X\setminus \{x\}} = \conv{X}`$

この場合は、凸閉包を張るには無駄な点が含まれます。一般の位置にあるとは、無駄な点がないことです。有限集合が一般の位置にあることをアフィン独立〈{affine | affinely} independent〉ともいいます。

$`k + 1`$ 個の点からなる有限集合 $`X \subseteq \mbf{R}^n`$ が一般の位置にある(アフィン独立である)とき、その凸閉包 $`\conv{X}`$ を$`k`$-単体〈$`k`$-simplex〉と呼びます。一点だけからなる集合は$`0`$-単体で、空集合は$`(-1)`$-単体です。$`\conv{\{a, b\}}`$ は$`1`$-単体で、二点 $`a, b\in \mbf{R}^n`$ を両端とする線分です。$`k`$-単体の $`k`$ は幾何的次元です。

$`k`$-単体 $`\conv{X}`$ に対して、$`k + 1`$ 個の要素を持つ有限集合 $`X`$ を、その$`k`$-単体の頂点の集合〈set of vertices〉と呼びます。$`k`$-単体はその頂点の集合から一意に決まります。逆に、一般の位置にある頂点達が決まれば$`k`$-単体(凸閉包)が一意に決まります。$`k`$-単体と、一般の位置にある $`k+1`$ 個の点達は一対一に対応します。

$`\mbf{R}^n`$ 内のすべての$`k`$-単体達からなる集合を $`\mrm{Simplex}_k(\mbf{R}^n)`$ とします。次は明らかでしょう。

  • $`\mrm{Simplex}_k(\mbf{R}^n) \subseteq \mrm{Conv}(\mbf{R}^n)`$
  • $`\mrm{Simplex}_{-1}(\mbf{R}^n) = \{\emptyset\}`$
  • $`\mrm{Simplex}_{0}(\mbf{R}^n) \cong \mbf{R}^n`$
  • $`k \gt n`$ ならば、$`\mrm{Simplex}_{k}(\mbf{R}^n) = \emptyset`$

すべての次元の単体を合わせた集合を $`\mrm{Simplex}(\mbf{R}^n)`$ とします。

$`\quad \mrm{Simplex}(\mbf{R}^n) := {\displaystyle \sum_{k = -1}^\infty} \mrm{Simplex}_k(\mbf{R}^n)`$

$`\alpha`$ が単体であるとき、その頂点達の集合を $`\mrm{Vert}(\alpha)`$ と書きます。単体は頂点達の集合で決まることは次のように書けます。

$`\text{For }\alpha \in \mrm{Simplex}(\mbf{R}^n)\\
\quad \conv{\mrm{Vert}(\alpha)} = \alpha
`$

この節で定義した$`k`$-単体は幾何的な概念なので、そのことを強調して幾何単体〈geometric simplex〉とも呼びます。

単体の面と面順序

$`X\subseteq \mbf{R}^n`$ が、一般の位置にある〈アフィン独立な〉点達の有限集合だとすると、次は成立します。

$`\quad Y \subseteq X \Imp \conv{Y} \subseteq \conv{X}`$

単体 $`\conv{X}`$ の頂点の集合 $`X`$ の部分集合 $`Y`$ の凸閉包も単体で、$`\conv{Y}`$ を $`\conv{X}`$ の〈face〉と呼びます。$`k + 1`$ 個の要素を持つ集合 $`X`$ の部分集合は $`2^{k + 1}`$ 個あるので、$`k`$-単体 $`\conv{X}`$ の面も $`2^{k + 1}`$ 個あります。

例えば、$`\conv{X}`$ が3-単体なら、$`2^{3 + 1} = 16`$ 個の面があります。その内訳は:

  1. (-1)-単体の面 1個
  2. 0-単体の面 4個
  3. 1-単体の面 6個
  4. 2-単体の面 4個
  5. 3-単体の面 1個

$`\conv{Y}`$ が $`\conv{X}`$ の面であることを次のように書きます。

$`\quad \conv{Y} \preceq \conv{X}`$

関係 $`\preceq`$ は、集合 $`\mrm{Simplex}(\mbf{R}^n)`$ 上の順序関係になります。単体のあいだの面順序〈face order〉関係は、一般の位置にある有限集合の包含関係と同じです。

$`\quad \conv{Y} \preceq \conv{X} \iff Y \subseteq X`$

幾何単体複体

ユークリッド空間 $`\mbf{R}^n`$ の幾何単体複体〈geometric simplicial complex〉とは、$`\mrm{Simplex}(\mbf{R}^n)`$ の有限部分集合*1 $`C`$ で次の条件を満たすものです。

  1. $`\alpha \in C, \beta\preceq \alpha \Imp \beta \in C`$
  2. $`\alpha, \beta \in C \Imp \alpha \cap \beta \in C`$
  3. $`\alpha, \beta \in C \Imp (\alpha \cap \beta) \preceq \alpha \land (\alpha \cap \beta) \preceq \beta`$

以下の絵は、Wikipedia項目「複体」にある $`\mbf{R}^3`$ の幾何単体複体の絵です。

*2

この絵の幾何単体複体に含まれる単体の内訳は:

  1. (-1)-単体 1個
  2. 0-単体 18個
  3. 1-単体 23個
  4. 2-単体 8個
  5. 3-単体 1個

幾何単体複体 $`C`$ に対して、その頂点達の集合 $`\mrm{Vert}(C)`$ と{ユークリッド}?多面体〈{Euclidean}? polyhedron〉$`|C|`$ は次のように定義します。

$`\quad \mrm{Vert}(C) := \bigcup_{\alpha\in C}\mrm{Vert}(\alpha)`$

$`\quad |C| := \bigcup_{\alpha\in C} \alpha`$

$`|C|\subseteq \mbf{R}^n`$ であり、部分集合の位相〈相対位相〉から $`|C|`$ は位相空間です。我々が目視で認識している幾何単体複体は、その多面体 $`|C|\subseteq \mbf{R}^n`$ です。

抽象単体複体

幾何単体複体 $`C \subseteq \mrm{Simplex}(\mbf{R}^n)`$ は、各単体の頂点集合が分かれば決まります。幾何単体と頂点集合は一対一対応するからです。幾何単体の幾何的実体(ユークリッド空間に埋め込まれた位相空間)は無視して、各単体の頂点集合だけを考えましょう。これにより、幾何単体複体から組み合わせ構造だけを抜き出せます。

位相空間としての構造は無視して、組み合わせ構造だけを抜き出した単体複体を抽象単体複体〈abstract simplicial complex〉と呼びます。その定義は:

  • 有限集合 $`V`$ と、ベキ集合の部分集合 $`S\subseteq \mrm{Pow}(V)`$ から構成される。
  • $`\emptyset \in S`$ *3
  • 任意の $`v\in V`$ に対して、$`\{v\} \in S`$
  • $`X \in S, Y \subseteq X`$ ならば $`Y\in S`$

抽象単体複体 $`(V, S)`$ から幾何単体複体を構成できます。十分大きな $`N`$ に対して、次のような写像 $`\varphi`$ を作れます。

  • $`\varphi : V \to \mbf{R}^N \In \mbf{Set}`$
  • 任意の $`X\in S`$ に対して、有限点集合 $`\varphi(X)\subseteq \mbf{R}^N`$ は一般の位置にある。

幾何単体 $`\conv{\varphi(X)}`$ 達を寄せ集めれば、それは $`\mbf{R}^N`$ の幾何単体複体になります。さらに、幾何単体複体の多面体も作れます。

抽象単体複体 $`(V, S)`$ に対する幾何単体複体/多面体は、組み合わせ構造の幾何実現〈geometric realization〉と言えます。

おわりに

幾何単体複体、抽象単体複体から(向き付き単体複体を経由して)単体集合に至る道筋はバーグナーの解説論文に書いてあります。

ここに書いた幾何単体複体/抽象単体複体の定義から、うまいこと射を定義して幾何単体複体達の圏/抽象単体複体達の圏を定義するのは面倒そうなのは察せられるでしょう。抽象単体複体の幾何実現はまったく一意的ではありません。幾何実現の自由度があり過ぎます。

トーラス(ドーナッツの表面)を三角形分割して、その組み合わせ構造を抽象単体複体にすると、けっこうな数の単体が必要です。単体集合なら、1個の頂点、3本の辺、2個の三角形で済みます。

幾何単体複体/抽象単体複体を知った後だと、単体集合の便利さがよく分かります。

*1:有限性の条件を外せますが、そのときは、「$`C`$ に所属するすべての単体は、$`C`$ の有限個の単体達としか交わらない近傍が取れる」という条件を付けます。局所的には有限的に扱える、という条件です。

*2:画像は https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/50/Simplicial_complex_example.svg/220px-Simplicial_complex_example.svg.png

*3:この条件は他の条件から出るので冗長です。空集合も要素であることを強調するために条件に入れてます。