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参照用 記事

本日の線形代数:双対空間と共役空間

ヒルベルト空間Hに対して、双対空間(dual space)と共役空間(conjuagete space)という概念があります。Hの双対空間も共役空間も H* という記号で書かれることが多いので、僕は昨日まで同じものだと思い込んでいました。実際、同義語として扱う流儀もあるのですが、どうも別物と考えたほうがよさそうです。別物だとしても、双対空間と共役空間のあいだに標準的な同型があるので、同一視しても問題はありません。が、区別しないと「同型である」という主張に意味がなくなります。

線形写像と反線形写像

複素数tに対してt-複素共役だとします。複素数tによるベクトルxのスカラー倍はxtと記します。関数の記述にインフォーマルなラムダ記法とイプシロン記法を使います。

さて一般に、UとWが複素ベクトル空間のとき、足し算を足し算に移す写像 f:U→W が f(xt) = f(x)t であるとき線形と呼びます。一方、f(xt) = f(x)(t-) と、複素共役が掛け算されるときは反線形(antilinear)と呼びます。「反」という語はあんまり適切じゃないので、共役線形も使われるようです。

線形写像と反線形写像の結合(合成)結果は次のようになります。

線形 反線形
線形 線形 反線形
反線形 反線形 線形

複素ベクトル空間U上の線形形式(複素数値の線形写像)の全体をU*、反線形形式の全体をU# とします。U*は、普通の意味の双対空間ですが、U# は U* とは異なります -- 反双対空間とでも呼ぶべきものです。

f∈U* に対して f- = λx∈U.(f(x))- と定義すれば、f-∈U# となります。同様に、g∈U# に対して g-∈U*。この対応により、U*とU# は同型になります。ただし、同型を与える写像は線形ではなくて反線形です

ヒルベルト空間の2つの双対空間

ここから先では、ヒルベルト空間Hのスカラー乗法を x・t (tは複素数)、内積を (x|y) で表します。内積はエルミート対称性があるので、次が成立します。

  • (y|x) = (x|y)-

a∈Hに対して f = λx∈H.(x|a) と定義されるfは線形ですが、g = λx∈H.(a|x) で定義されるgは反線形となります。これは内積がエルミート対称だからです。a |→ f, a |→ g という対応は、それぞれ H→H*, H→H# という埋め込みを定義します。Hが有限次元なら、次元を考慮すれば(あるいは、基底で具体的に書き下して)H→H*, H→H# が同型であることがわかります。無限次元ヒルベルト空間でも、同じ結果が成立するようです(リース(Riesz)の表現定理)。

  • Φ = λa.λx.(a|x) : H→H# 線形写像
  • Ψ = λa.λx.(x|a) : H→H* 反線形写像
  • Γ = λf.λx.(f(x))- : H*→H# 反線形写像
  • Γ-1 = λg.λx.(g(x))- : H#→H* 反線形写像

とすると、次の図式が可換になります。


 H ===== H
| |
Ψ| Φ|
 v v
 H* ←→ H#
Γ-1, Γ

ヒルベルト空間の共役空間

引き続きHをヒルベルト空間とします。Hの下部構造で、足し算を備えた集合を |H| と書くことにします。すると、H = (|H|, ・, (-|-)) と書いていいでしょう。・はスカラー乗法、(-|-) は内積です。

新しいヒルベルト空間H'を、H' = (|H|, ・', (-|-)') として定義します。つまり、Hと同じ集合にHと同じ足し算を考え、スカラー乗法と内積だけは別物を与えます。新しいスカラー乗法・'と、新しい内積(-|-)'の定義は次の通りです。

  • x・'t = x・(t-)
  • (x|y)' = (y|x)

(y|x) = (x|y)- なので、スカラー乗法も内積複素共役の分だけHと違っています。HとH'は、上部構造(スカラー乗法と内積)は違いますが、同じ集合の上に載っています。集合としての恒等写像 x |→ x は当然に1:1の写像ですが線形ではありません。反線形です。恒等写像により、HとH'は反線形に同型ということになります。

さらに、任意のヒルベルト空間Gに対して:

  • HとGが反線形に同型なら、H'はGと同型
  • HとGが同型なら、H'はGと反線形に同型

が成立します。

双対空間と共役空間

先に触れたリース(Riesz)の表現定理は次のものです。

  • f∈H* に対して、a∈H が一意に決まり、f(x) = (x|a) と書ける。

この定理は、有限次元なら基底を使った具体的な表現からわかります。無限次元のときは関数解析の教科書を参照してください。

次のイプシロン項は、リースの表現定理のおかげで意味を持ち、fごとにaを定めます。

  • εa.∀x.(f(x) = (x|a))

λf.εa.∀x.(f(x) = (x|a)) というイプシロン・ラムダ項は H*→H という関数(写像)を定義しますが、これは線形ではなくて反線形です。その形から、Ψ = λa.λx.(x|a) : H→H* という反線形写像の逆であることがわかります。

  • Ψ-1 = λf.εa.∀x.(f(x) = (x|a)) H*→H 反線形写像

HとH* が反線形に同型なので、H'とH*は同型なことがわかります。