何を基準に「イインジャナイ」って言ってるのか? 僕も確たる根拠がない(苦笑)のですが、最小限の基礎知識プラス・アルファの内容が含まれてると思います。最小限の基礎知識ならば、前半(=はじめの4節)を読めばイインジャナイと思います。前半は標準双対ベクトル空間の話ですが、標準双対ベクトル空間だけでもけっこうなんとかなります。
後半は双対ペアの話です。応用上は、双対ベクトル空間を双対ペアの文脈で理解したほうが便利だと思います。双対ペアを一通り説明した後で、標準双対ベクトル空間と一般の双対ペアの関係を明らかにします。
一部分、次元に無関係な議論も入れてますが、基本的には有限次元ベクトル空間の話です。無限次元は格段に難しいのでアウトオブスコープです。
内容:
- 記法の約束
- 標準双対ベクトル空間
- 双対線形写像
- 有限次元の場合
- 双対ペア
- 双対ペアのあいだの準同型写像
- ペアリングのカリー化
- 双対写像と全射・単射
- 双対写像と全射・単射 (続き)
- 双対ペアの標準化
- 有限次元再論
- 関連記事
記法の約束
X, Y などはベクトル空間を表すとします。ベクトル空間の要素(つまりベクトル)は x, x', y, y' などで表します。ベクトル空間のスカラー体〈係数体〉はRに固定します。ベクトル空間XからYへの線形写像の全体(からなる集合)を Lin(X, Y) とします。必要があれば、Lin(X, Y) にもベクトル空間の構造(足し算とスカラー倍)を持たせます*1。
ベクトル空間Xに対して、X* := Lin(X, R) と定義します。X*を標準双対ベクトル空間〈canonical dual vector space〉と呼びます。「標準」が付いているのは、後で別種の「双対ベクトル空間」が出てくるからです*2。ベクトル空間以外の「空間」は出てこないので、ベクトル空間を単に空間ともいいます。標準双対ベクトル空間も単に標準双対空間とも呼びます。(あるベクトル空間に対する)標準双対空間の要素は v, v', w, w' などで表します。
単に f:X→Y と書いたときは、fは線形とします。
- f:X→Y ⇔ f∈Lin(X, Y)
この記事内では、ほとんどの写像は線形です。線形である旨はイチイチ述べない/示さないかも知れません。線形写像以外に双線形写像が出てきます。双線形写像はギリシャ文字で表します。φ:X×Y→Z が双線形写像〈bilinear map〉だとは、次が成立することです。
- x, x'∈X, y∈Y, r, s∈R に対して、φ(rx + sx', y) = rφ(x, y) + sφ(x', y)
- x∈X, y, y'∈Y, r, s∈R に対して、φ(x, ry + sy') = rφ(x, y) + sφ(x, y')
標準双対ベクトル空間
標準双対空間の定義より、v∈X* とは、v:X→R のことです。よって、x∈X に対してvの適用〈application〉 v(x) が意味を持ちます。v(x) を <v|x> とも書き、標準スカラー積〈canonical scalar product〉、または、標準ペアリング〈canonical pairing〉と呼びます。標準ペアリング <-|->:X*×X→R は双線形写像になります。
- r, s∈R, x∈X, v, v'∈X* に対して、<rv + sv'|x> = r<v|x> + s<v'|x>
- r, s∈R, x, x'∈X, v∈X* に対して、<v|rx + sx'> = r<v|x> + s<v|x'>
次は、vが写像であることから、自明に成立します(写像の等しさの定義です)。
- (∀x∈X.<v|x> = 0) ⇒ v = 0
次は、無限次元ベクトル空間やベクトル空間の位相まで含めた一般論としては難しい命題です。
- (∀v∈X*.<v|x> = 0) ⇒ x = 0
対偶の形で書いてみると:
- x ≠ 0 ⇒ (∃v∈X*.<v|x> ≠ 0)
あるいは、
- x ≠ x' ⇒ (∃v∈X*.<v|x> ≠ <v|x'>)
つまり、標準双対空間*3のなかに、もとの空間のベクトルを識別するために十分なだけの関数が存在する、という主張です。
この記事では、主に有限次元ベクトル空間を扱います。有限次元ベクトル空間では、次が成立します。
- (∀v∈X*.<v|x> = 0) ⇒ x = 0 ---(標準ペアリングの非退化性)
有限次元ベクトル空間に関する上記の命題は、後で具体的な計算により示します。
双対線形写像
f:X→Y が線形写像のとき、新しい線形写像 g:Y*→X* を次のように定義します。
- g(w)(x) := w(f(x))
一見、なんだか分からないかも知れませんが、次のようなステップで理解します。
- w∈Y* に対して、g(w)∈X*
- X*の要素は、X→R という線形写像だった。
- X*の要素は、x∈X に対する値で決まる。
- g(w)は、x∈X に対する値で決まる。
- x∈X に対する g(w)(x) = (g(w))(x) を決めればよい。
- その値は w(f(x)) と決める。
標準ペアリングを使って書けば:
- <g(w)|x> := <w|f(x)>
逆に、<g(w)|x> = <w|f(x)> という等式が x∈X, w∈Y* に対して成立するgが存在するなら一意です。g, g'が今の等式を満たすとして、
- <g(w)|x> = <w|f(x)>
- <g'(w)|x> = <w|f(x)>
引き算すると:
- <g(w) - g'(w)|x> = 0
これが、任意の x∈X に対して成立するので g(w) - g'(w) = 0, i.e. g(w) = g'(w) 、w∈Y* も任意にとれるので、g = g' 。
以上から次のことが分かりました。
- f:X→Y に対して、g:Y*→X* であって、∀x∈X.∀w∈Y*.(<g(w)|x> = <w|f(x)>) が成立するgが存在する(定義できる)。
- f:X→Y に対して、g:Y*→X* であって、∀x∈X.∀w∈Y*.(<g(w)|x> = <w|f(x)>) が成立するgは存在したとしてもひとつだけである。
結局、
- f:X→Y に対して、g:Y*→X* であって、∀x∈X.∀w∈Y*.(<g(w)|x> = <w|f(x)>) が成立するgがひとつだけ確実に決まる。
f:X→Y に対して決まる g:Y*→X* を f* と書き、fの双対線形写像〈dual linear map〉と呼びます。単に双対写像〈dual map〉とも呼びます。
f|→f* という対応は次の性質を持ちます*4。セミコロン';'は写像の図式順結合〈diagrammatic order composition〉記号です i.e. f;g = gf 。
- (f;g)* = g*;f*
- (idX)* = idX*
有限次元の場合
有限次元空間に関する結果をバラバラと述べます。幾つかの事実の寄せ集めになるので小見出しを付けます。
双対基底
Xが有限次元の場合は、有限個のベクトルからなる基底が存在します。標準双対空間X*にも、同じ個数(基数)の基底がとれます。しかも、非常に扱いやすいX*の基底(双対基底と呼ぶ)がとれます。基底・双対基底があるので、何でも具体的に計算できるところが、有限次元のいいところです。
{a1, ..., an} をXの基底とします。f1, ..., fn∈X* を次のように決めます。
- fi(aj) := δi,j
δi,jはクロネッカーのデルタで、次のように定義します。
- δi,j := if (i = j) then 1 else 0
基底 {a1, ..., an} の上での値が決まれば線形写像は決まるので、f1, ..., fn∈X* は完全に決まります。こうして決めた {f1, ..., fn} がX*の基底であることを示すには次が必要となります。
- 任意の v∈X*に対して、適当な実数 t1, ..., tn を選んで、v = t1f1 + ... + tnfn と書ける。
- {f1, ..., fn} は線形独立〈1次独立〉である。つまり、任意の実数達 t1, ..., tn に対して、t1f1 + ... + tnfn = 0 ⇒ t1 = ... = tn = 0 。
念のため、論理式で書いておくと:
- ∀v∈X*.∃t1, ..., tn∈R.(v = t1f1 + ... + tnfn)
- ∀t1, ..., tn∈R.(t1f1 + ... + tnfn = 0 ⇒ ∀i∈{1, ..., n}.(ti = 0))
一番目は、ti := v(ai) と選べばOKです。二番目は、対偶の形
- ∀t1, ..., tn∈R.(∃i∈{1, ..., n}.(ti ≠ 0) ⇒ t1f1 + ... + tnfn ≠ 0)
が示しやすいでしょう。tk ≠ 0 だとして、(t1f1 + ... + tnfn)(ak) の値を計算してみてください。
以上により、{f1, ..., fn}⊆X* がX*の基底であることが分かりました。{f1, ..., fn} を、{a1, ..., an} の双対基底〈dual basis〉と呼びます。
双対基底の個数〈基数 | 濃度〉もnなので、
- dim(X) = dim(X*)
はただちに分かります。次元が同じ有限次元ベクトル空間のあいだには同型線形写像を作れます(基底のあいだの対応を拡張すればよい)。よって、同型線形写像 h:X→X* があります。しかし、X X* に対する標準的、あるいは自然な同型写像はありません。人為的・恣意的に同型が作れるだけです。
標準ペアリングの非退化性
既に出した標準ペアリングの非退化性を示しましょう。
- (∀v∈X*.<v|x> = 0) ⇒ x = 0 ---(標準ペアリングの非退化性)
Xの基底 {a1, ..., an} と、その双対基底 {f1, ..., fn} を使って具体的に計算します。
xを基底 {a1, ..., an} を使って x = s1a1 + ..., snan と書き、vを基底 {f1, ..., fn} を使って、v = t1f1 + ..., tnfn と書きます。s1, ..., sn, t1, ..., tn は実数です。こうすると、
- <v|x> = t1s1 + ... + tnsn = Σi(tisi)
- x = 0 ⇔ ∀i∈{1, ..., n}.(si = 0)
これにより、もとの命題は、実数列 t1, ..., tn と s1, ..., sn に関する次の命題になります。(一番外側の ∀s1, ..., sn∈R. は省略しています。)
- (∀t1, ..., tn∈R.(Σi(tisi) = 0)) ⇒ ∀i∈{1, ..., n}.(si = 0)
対偶をとると:
- ∃i∈{1, ..., n}.(si ≠ 0) ⇒ (∃t1, ..., tn∈R.(Σi(tisi) ≠ 0))
sk ≠ 0 の仮定のもとで、「tk = 1, i ≠ k では ti = 0」として Σi(tisi) を計算すれば分かります。
これで、有限次元ベクトル空間の標準ペアリングに関しては次が成立することが分かりました。
- (∀x∈X*.<v|x> = 0) ⇒ v = 0
- (∀v∈X*.<v|x> = 0) ⇒ x = 0
二重双対空間
Xが有限次元ベクトル空間のとき、その二重双対空間X**はXと同型になります。単に同型であることは、dim(X) = dim(X**) から分かりますが、標準的な同型を作れます。なにをもって「標準的」というのかは、圏論の自然同型〈natural isomorphism〉で説明されます。そのへんの話は次の記事にあります。
- ベクトル空間の二重の双対はどうなるか (2008年記事)
XとX**のあいだの標準的同型写像として、g:X→X** を次のように定義します。
- g(x)(v) := v(x)
次のように理解します。
- x∈X に対して、g(x)∈X**
- X**の要素は、X*→R という線形写像だった。
- X**の要素は、v∈X* に対する値で決まる。
- g(x)は、v∈X* に対する値で決まる。
- v∈X* に対する g(x)(v) = (g(x))(v) を決めればよい。
- その値は v(x) と決める。
写像 g:X→X** の核空間〈kernel〉を見てみます。x∈Ker(g) とは g(x) = 0 in X** のことですが、それは:
- ∀v∈X*.(g(x)(v) = 0)
g(x)(v) をその定義により置き換えると:
- ∀v∈X*.(v(x) = 0)
あるいは、標準ペアリングを使って書けば:
- ∀v∈X*.(<v|x> = 0)
標準ペアリングの非退化性より、x = 0。つまり、x∈Ker(g) ⇒ x = 0 となりgの核空間はゼロ空間になります。核空間がゼロなので、gは単射です。同じ次元(dim(X) = dim(X**))のベクトル空間のあいだの単射は全射でもある(ベクトル空間の準同型定理から dim(Im(g)) = dim(X/Ker(g)) = dim(X) = dim(X**))ので、gは同型写像です。
Xが有限次元でないときは、gが単射までは言えますが、全射とは限りません。X**がXより“大きな”空間になることがあります。X→X** という同型写像(一般には単射埋め込み)はゲルファント変換(Gelfand transform)と呼びます。ゲルファント変換の利用例は、「線形回帰とゲルファント変換」にあります。また、「ベクトル空間の二重の双対はどうなるか」でも、ゲルファント変換に触れています。
双対ペア
双対ペア〈dual pair〉とは、(X, Y, φ) という3つ組で、次のようなものです*5。
- XとYはベクトル空間。
- φは Y×X→R という双線形写像。(X×Y→R じゃなくて Y×X→R なのは行きがかり上です。)
- φは非退化性条件を満たす。
- (∀x∈X.φ(y, x) = 0) ⇒ y = 0
- (∀y∈Y.φ(y, x) = 0) ⇒ x = 0
Xを第一空間〈first space〉、Yを第二空間〈second space〉、φをペアリング〈pairing〉と呼びます。Xを主要空間〈primal space〉、Yを双対空間〈dual space〉とも呼びます -- 特に、Yを「Xの双対空間」と呼ぶのはポピュラーです。しかし、この呼び方だと、Xがエライ/Xが先にある印象を与えますが、そんなことはありません。XとYは対等です。
双対ペアの例を挙げましょう。
標準双対ペア
有限次元ベクトル空間Xに対して、(X, X*, <-|->) は双対ペアになります。ここで、X*はXの標準双対空間、<-|->は標準ペアリングです。任意の有限次元ベクトル空間Xに対して、標準双対ペア (X, X*, <-|->) は一意に決まります。
内積空間ペア
Xは内積空間で、(-|-)をその内積とします。このとき、(X, X, (-|-)) は双対ペアになります。双線形性や非退化性は、内積の条件(公理)に含まれます。任意の(有限次元とは限らず)内積空間Xに対して、(X, X, (-|-)) の形の双対ペア(内積空間ペア)は一意に決まります。
ユークリッド単純内積空間ペア
内積空間ペアの特別なものとして、X = Rn の場合を考えます。任意の非負整数nに対して (Rn, Rn, (-|-)) は内積空間ペアになります。内積(-|-)は、成分の単純積和 (t|s) = t1s1 + .. + tnsn で与えるとします。この例は、最も簡単な双対ペアと言えるでしょう。
一列行列と一行行列
Mat(n, m) を実数係数〈実数成分〉のm行n列行列の全体とします。行列の掛け算の演算子記号として'・'を使うことにします(普通は演算子記号なしの併置ですが)。(Mat(1, n), Mat(n, 1), -・-) は双対ペアになります。ただし、x∈Mat(1, n), y∈Mat(n, 1) に対する積 y・x を(1行1列行列ではなくて)実数とみなします。
この例は、計算のとき頻繁に使われる重要な双対ペアです。
Lp-Lqペア
X = (X, ΣX, μX) を測度空間とします。Xが台集合、ΣXがσ代数、μXが測度です。Lp(X) = Lp(X, ΣX, μX) は、X上のLp空間とします。(1/p) + (1/q) = 1 となるqに対して、Lq(X) を考えると、f∈Lp(X), g∈Lq(X) に対して次のペアリングφが定義できます。
積分論の難しい議論を経て*6、(Lp(X), Lq(X), φ) が双対ペアであることが分かります。
双対ペアの反転
(X, Y, φ) が双対ペアのとき、(Y, X, φσ) は双対ペアになります。ここで、φσは次のように定義されます。
- φσ(x, y) := φ(y, x)
(Y, X, φσ) を (X, Y, φ) の反転〈converse | flip〉と呼びます。任意の双対ペアの反転が再び双対ペアになることから、XとYが対等であることが分かります。
双対ペアのあいだの準同型写像
(X, Y, φ) と (X', Y', φ') を2つの双対ペアとします。このあいだの準同型写像〈homomorphism〉を、f:X→X' と g:Y'→Y の組で、次の条件を満たすものとします。
- x∈X, y'∈Y' に対して、φ(g(y'), x) = φ'(y', f(x))
準同型写像を (f, g):(X, Y, φ)→(X', Y', φ') のように書きます。f:X→Y ですが、gは逆向きで g:Y'→Y であることに注意してください。
- (f, g):(X, Y, φ)→(X', Y', φ'), (f', g'):(X', Y', φ')→(X'', Y'', φ'') が双対ペアのあいだの準同型写像のとき、(f;f', g';g):(X, Y, φ)→(X'', Y'', φ'') は双対ペアのあいだの準同型写像である。
- (idX, idY):(X, Y, φ)→(X, Y, φ) は双対ペアのあいだの準同型写像である。
双対ペアのあいだの準同型写像の例を挙げましょう。
標準双対ペア
f:X→Y は有限次元ベクトル空間のあいだの線形写像とします。fの双対線形写像を f*:Y*→X* とすると、
(f, f*):(X, X*, <-|->)→(Y, Y*, <-|->)
という、標準双対ペアのあいだの準同型写像が誘導されます。準同型写像であるための条件は次です。
- <f*(w)|x> = <w|f(x)>
これは、標準ペアリングと双対線形写像の性質として成立します。
内積空間ペア
f:X→Y は内積ベクトル空間のあいだの線形写像とします。fの(内積に関する)随伴線形写像を f†:Y→X とすると、
(f, f†):(X, X, (-|-))→(Y, Y, (-|-))
という、内積空間の双対ペアのあいだの準同型写像が誘導されます。準同型写像であるための条件は、次です。
- (f†(y)|x) = (y|f(x))
これは、随伴線形写像の性質として成立します。
一列行列と一行行列
A∈Mat(n, m) とします。つまり、Aはm行n列の実数係数行列です。行列の掛け算は'・'で示します。(A・), (・A) は次の意味で使います。以下で使っているラムダ記法に関しては、「古典的微分幾何・ベクトル解析のモダン化: ラムダ記法の利用 // 入力型と出力型を持つ型付きラムダ記法」をみてください。
- (A・) := λx∈Mat(1, n).(A・x : Mat(1, m))
- (・A) := λy∈Mat(m, 1).(y・A : Mat(n, 1))
(A・):Mat(1, n)→Mat(1, m) と (・A):Mat(m, 1)→Mat(n, 1) を組み合わせると、
- ((A・), (・A)):(Mat(1, n), Mat(n, 1), -・-)→(Mat(1, m), Mat(m, 1), -・-)
という双対ペアのあいだの準同型写像ができます。これが実際に準同型写像であることは、w∈Mat(m, 1), x∈Mat(1, n) に対して、
- (w・A)・x = w・(A・x)
ですが、これは掛け算の結合律に過ぎません。当然に成立します。
双対ペアの反転
(f, g):(X, Y, φ)→(X', Y', φ') を双対ペアのあいだの準同型写像とします。このとき、
- (g, f):(Y', X', φ'σ)→(Y, X, φσ)
は、双対ペアのあいだの準同型写像となります。準同型写像であるための条件は、
- φ'σ(f(x), y') = φσ(x, g(y'))
ですが、これは、
- φ'(y', f(x)) = φ(g(y'), x)
もとの準同型写像の条件と同じです。成立します。
ペアリングのカリー化
ペアリング φ:Y×X→R はニ変数の関数とみて、ラムダ記法で次のように書けます(当たり前過ぎますが)。
- φ = λ(y, x)∈Y×X.(φ(y, x) : R)
φの左カリー化と右カリー化は次のように定義できます。
- ∩φ := λx∈X.(λy∈Y.(φ(y, x) : R) : Y*)
- φ∩ := λy∈Y.(λx∈X.(φ(y, x) : R) : X*)
∩φ, φ∩ という書き方の由来(絵)は、「非対称閉圏のカリー化:記号法を工夫すれば、右と左の混乱も解消」を見てください、ただし、過去記事では ^φ, φ^ を使ってます、今回'^'は別な意味(ゲルファント変換)で使います。
ともかくも、双対ペア (X, Y, φ) があれば、次のプロファイル(域と余域)の写像 ∩φ, φ∩ が作れます。
- ∩φ:X→Y*
- φ∩:Y→X*
次の関係があります。
- (∩φ)(x)(y) = φ(y, x)
- (φ∩)(y)(x) = φ(y, x)
∩φとφ∩の定義を、無名ラムダ変数(ハイフン)を使って簡略に書くなら:
- (∩φ)(x) := φ(-, x)
- (φ∩)(y) := φ(y, -)
φの非退化性から、∩φもφ∩も単射であることが従います。逆に、単射である f:X→Y*, g:Y→X* が、
- f(x)(y) = g(y)(x)
を満たすなら、f, gから双対ペアのペアリングを作れます(練習問題)。
∩φ:X→Y* と φ∩:Y→X は無関係ではありません。∩φとφ∩は次の等式で結び付けられます。
- (∩φ)* = φ∩ : Y→X*
- (φ∩)* = ∩φ : X→Y*
ただし、この等式は、X** = X, Y** = Y という同一視のもとで成立しています。二重双対でもとに戻らない場合はこの等式は言えません。
X** = X という同一視は、x^ ←→ x という対応により行います。ここで、x^∈X** はxのゲルファント変換で、v∈X* に対して次のように定義されます。(Y** = Y も同じ。)
- x^(v) = v(x)
∩φ:X→Y* に対する (∩φ)*:Y**→X* を計算してみます。
<(∩φ)*(y^)|x> = <y^|(∩φ)(x) > = <y^|φ(-, x)> = y^(φ(-, x)) = (φ(-, x))(y) = φ(y, x)
一方、
(φ∩)(y)(x) = (φ(y, -))(x) = φ(y, x)
これより、(∩φ)*(y^) = (φ∩)(y) が成立しますが、y^とyを同一視する約束で (∩φ)* = φ∩ と言えます。(φ∩)* = ∩φ も同様に示せます。
今の話はペアリングφからスタートしましたが、f:X→Y*, g:Y→X* が先にあるとして、(適当な条件を仮定して)そこからペアリングを構成することもできます(割愛)。
双対写像と全射・単射
ここで再び標準双対空間と双対写像の話をします。次の命題を示したいと思います。
'⇒'方向は比較的簡単で、しかも条件なしで示せます。反対方向は無条件では無理です。適当な条件を付けて示すことにします。
まずは、次の命題を(条件なしで)示します。
論理式で書いて、証明のお膳立てをします。ターゲット命題をそのまま論理式にすると:
- ∀y∈Y.∃x∈X.(y = f(x)) ⇒ ∀w, w'∈Y*.(f*(w) = f*(w') ⇒ w = w')
'|-?'の左に前提、右にターゲット(証明すべき命題)を書いた証明要求の形にして、それを変形します。Γは諸々の予備知識(背景知識)を表します。
Γ |-? ∀y∈Y.∃x∈X.(y = f(x)) ⇒ ∀w, w'∈Y*.(f*(w) = f*(w') ⇒ w = w') ---------------------------------------------------------------------------- Γ, ∀y∈Y.∃x∈X.(y = f(x)) |-? ∀w, w'∈Y*.(f*(w) = f*(w') ⇒ w = w') ---------------------------------------------------------------------------- Γ, ∀y∈Y.∃x∈X.(y = f(x)), (w, w'∈Y*) |-? f*(w) = f*(w') ⇒ w = w' ---------------------------------------------------------------------------- Γ, ∀y∈Y.∃x∈X.(y = f(x)), (w, w'∈Y*), f*(w) = f*(w') |-? w = w'
これで、ターゲット命題は、w = w' になりました。w, w'∈Y* だったので、この等式の意味は、
- ∀y∈Y.(w(y) = w'(y))
です。f:X→Y が全射であること(仮定)から、
- ∀x∈X.(w(f(x)) = w'(f(x))
と書いても同じです。標準ペアリングを使って書けば:
- ∀x∈X.(<w|f(x)> = <w'|f(x)>)
この命題を証明しましょう、と言っても一瞬で終わります。
仮定より f*(w) = f*(w') よって、 ∀x∈X.(<f*(w)|x> = <f*(w')|x>) 双対写像の性質より、 ∀x∈X.(<w|f(x)> = <w'|f(x)>)
双対写像と全射・単射 (続き)
次は逆向きの命題です。
これを、有限次元ベクトル空間において示せればいいのですが、有限次元じゃなくてもタチの良いベクトル空間なら成立しそうな条件を探してみます。標準双対空間X*の要素(線形形式、コベクトル)が少なすぎるとうまくありません。X*が豊富であることは、位相空間の分離性と似た形で表現できます。
Xの異なる2つのベクトルがX*の要素で分離できるとは:
- x ≠ x' ⇒ ∃v∈X*.(v(x) ≠ v(x'))
x ≠ x' とは x - x' ≠ 0 なので、非ゼロの判定ができることだ、としても同じです。
- x ≠ 0 ⇒ ∃v∈X*.(v(x) ≠ 0)
対偶をとれば:
- ∀v∈X*.(v(x) = 0) ⇒ x = 0
これは、標準ペアリングの非退化性です(第2節でも述べました)。標準ペアリングの非退化性は、有限次元ベクトル空間では証明できる性質であり、タチの良いベクトル空間を特徴付ける性質でしょう。ここでは、異なる2つのベクトルの分離性より強い以下の分離性を仮定します。
- S⊆X が部分ベクトル空間で、zはSに含まれないXの要素 ⇒ ∃v∈X*.(v(z) = 1 ∧ ∀x∈X(x∈S ⇒ v(x) = 0))
これは、Xの部分空間とその部分空間に入らないベクトルを、X*の要素できれいに分離できることを要求する条件です。Xが有限次元なら、この分離性条件を満たします。Xに適切な位相があるなら、閉部分空間Sと連続線形形式vに関してこの命題が言えます(ハーン/バナッハの定理から)。有限次元でもなく位相もない状況だと、僕は何もイメージできないのでサッパリ分かりません。
さて、ターゲット命題の証明は背理法を使うことにして、
を示しましょう。
f:X→Y が全射ではないので、像空間Im(f)に入らないYの要素bがあります。Yに課した分離性の条件から、w∈Y* で、w(b) = 1, ∀y∈Y.(y∈Im(f) ⇒ w(y) = 0) を満たすwをとれます。w(b) = 1 なので、明らかに w ≠ 0 です。
f*は単射なので、f*(w) ≠ f*(0)、つまり f*(w) ≠ 0 です。これは、
- ∃x∈X.(f*(w)(x) ≠ 0)
f*(w)(x) = <f*(w)|x> = <w|f(x)> なので、
- ∃x∈X.(<w|f(x)> ≠ 0)
これは ∀y∈Y.(y∈Im(f) ⇒ w(y) = 0) と矛盾します。
前節とこの節の結果を合わせると:
特に、
これを使うと、次が示せます。
- X, Yが有限次元ベクトル空間、(X, Y, φ) が双対ペアのとき、∩φ:X→Y* と φ∩:Y→X* は全単射である。
∩φ:X→Y* について考えると、定義から∩φが単射なのは分かっています。(∩φ)* = φ∩ で、φ∩は単射、したがって∩φは全射となり、結局∩φは全単射です。φ∩についても同様です。
双対ペアの標準化
線形代数において、双対ペアを出さずに、標準双対空間だけで話を済ませることは多いと思います。標準双対空間だけでも、まー大丈夫なわけですが、その根拠(なぜ大丈夫か?)を明らかにしましょう。
[追記 date="翌日"]この節で、φ∩ と書くべきところが ∩φ となっていたので修正しました。[/追記]
(X, Y, φ) を有限次元ベクトル空間の双対ペアとします。このとき、標準双対ペア (X, X*, <-|->) ともとの双対ペアのあいだの(双対ペアとしての)同型写像を作れます。
さっそく同型を定義しましょう。
- (idX, (φ∩)-1):(X, Y, φ)→(X, X*, <-|->)
ここで、
- idX:X→X
- (φ∩)-1:X*→Y
φ∩が全単射なのは前節で示しているので、逆写像(φ∩)-1は存在します。
双対ペアの準同型写像が同型であることは、構成素である2つの線形写像がどちらも同型(線形な全単射)であることです。idXも(φ∩)-1も同型なのでOKです。
あとは、(idX, (φ∩)-1)が双対ペアのあいだの準同型写像である条件を確認するだけです。
- φ((φ∩)-1(v), x) = <v|idX(x)>
ここで、y = (φ∩)-1(v) と置けば、v = (φ∩)(y) となります。上の等式を書き換えると:
- φ(y, x) = <(φ∩)(y)|x>
この等式の右辺を計算してみましょう。
<(φ∩)(y)|x> = <φ(y, -)|x> = (φ(y, -))(x) = φ(y, x)
左辺と一致しているので、上記の等式は成立しています。
同型な2つの双対ペアは同じ構造を持つので、一般の双対ペアの代わりに標準双対ペアだけ扱っていてもまー大丈夫だろう、ということです。「まー大丈夫だろう」を正確に言うには、圏論の圏同値や反映的部分圏を使うことになります。
有限次元再論
有限次元ベクトル空間は、有限基底を持ちます。これは有限次元性の定義です。双対空間も有限基底を持ちますが、もとの基底の双対基底がとれるところがキモです。基底・双対基底の組はとんでもなく便利です。基底・双対基底を使えば、どんな問題も行列計算に持ち込めます。
有限基底という直截的な性質以外に、有限次元ベクトル空間の著しい特徴として次があります。
- XとX*が同型である。ただし、標準的同型写像があるわけではない。
- XとX**が標準的に同型である。標準的同型写像はゲルファント変換 g:X→X** で与えられる。
- 部分空間 S⊆X と、Sに含まれないベクトルzに関して、v(z) = 1, S⊆Ker(v) となる v∈X* が存在する(部分空間とベクトルの分離性)。
このような条件を満たすベクトル空間は、無限次元であったとしても扱いやすいことになります。とはいえ、素のベクトル空間構造(足し算とスカラー倍)だけで面白いことは言えそうにないので、ベクトル空間に位相を考えることになるでしょうが。
(R上の)有限次元ベクトル空間では、位相にまったく言及しなくても自動的に位相が入り、連続線形写像や閉部分空間のような都合のいい状況が(何もせずとも)実現します。有限次元はいいわー(無限次元は難しいわー)。
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最後に、今回の話題に関連する過去記事で、本文内で参照してないものを古い順にリストしておきます。だいぶ昔、2008年と2010年の記事です。