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参照用 記事

モノイドだけで作る幾何空間 復習編

1年と3ヶ月ほど前に「モノイドだけで作る幾何空間 準備編」という記事を書きました。完結してない記事ですが、次のような但し書き(言い訳)が付いています。

お断り:続きはいつになるか分かりません。この準備編だけで終わる可能性もありますね ^^;

シリーズが完結しないのはいつもの事なのでそれを気にすることはないのですが、最近また「モノイドだけ」の状況に興味が湧いた、というか動機が出てきたりしました。掛け算だけで足し算がない線形代数や幾何は、ストレージ操作に適用できそうなんですよね。そのことは次の記事で触れました。

足し算がない、つまり一元体エフイチ(F1)上の線形代数/幾何に僕が下心を持っていることは何度か書いています。

とりあえず、基本的な知識を再確認するために「モノイドだけで作る幾何空間」の続きらしきことを書きます。でも、あまりに間が空いて僕も忘れてしまったので(苦笑)、背景や雰囲気を思い起こすための復習です。

内容:

  1. 参考にしているネタ元
  2. デカルトの解析幾何
  3. 座標幾何の方法
  4. 関数の集合
  5. 空間上の層
  6. 圏に値を取る層
  7. 層のインデックス付き圏と幾何空間
  8. 座標幾何の一般化

参考にしているネタ元

僕が参考にしているのは、コンヌとコンサニの論文 "Characteristic 1, entropy and the absolute point" ( http://www.alainconnes.org/docs/Jamifine.pdf)の第3章 "The functorial approach" だけです。関連する文献は膨大だと思いますが、他は全然見てないので、歴史的経緯とかアイディアのオリジナルが誰か?とかに関しては事実誤認があるかもしれません。

用語や記号の関しては、だいたいはコンヌ/コンサニに沿うつもりですが、花文字や黒板文字を表記するのが面倒なので代替記法を使います。また、コンヌ/コンサニの「可換で点付き(pointed)のモノイドを単にモノイドと呼ぶ」というようなローカルルールもやり過ぎな気がするので採用しません。って、結局、コンヌ/コンサニにそれほど忠実じゃないってことになりますね。しかし、紹介する概念や枠組みはすべてコンヌ/コンサニにあるものです。

デカルトの解析幾何

コンヌ/コンサニ(その他多くの人)が定式化した幾何空間(geometric spaces)の目的・用途は、足し算なしで、デカルトの意味の解析幾何を展開することでしょう。

デカルトの解析幾何」と言いましたが、歴史的事実を僕はよく知りません。通俗的理解ですが、デカルトのアイディアは次のようにまとめられると思います。

  1. 点や図形を数で表す。
  2. 数の計算により、図形の性質を調べる。

デカルトの解析幾何は座標幾何とも呼ばれますが、点に“座標”と呼ばれる数値の組を対応させることが本質的イノベーションだったのでしょう。“数”とは計算できるモノです -- 計算という手段が自由に使えるようになり、解析(分析)の能力が格段に拡張・強化されたのです。

「点や図形 ←→ 計算できる数」という対応を基本に置くとなると、次のことをハッキリさせる必要があります。

  1. 点や図形とは何か。
  2. 計算できる数とは何か。

とりあえず、点や図形は位相空間の枠組みで捉えることにします。すべての位相空間連続写像からなる圏をTopとして、Topの部分圏を図形の世界と考えます。

計算できる数の解釈はいろいろあります。加減乗除すべてを要求するなら(可換)体、割り算は出来なくてもいいとするなら可換環が計算の舞台となります。

座標幾何の方法

X, Y などは空間を表すとします。今は厳密な定義はしませんが、空間といったときは、完結した世界をイメージしてください。地球の表面のような球面とか、普通の3次元空間とか、2次元の平面とかです。もちろん、これらのイメージは曖昧なものですが、説明の方便ですから神経質にならないように。

U, Vなどは空間の領域を表すために使います。地主がいる土地だと思えばいいでしょう。ただし、現実の土地と違うのは:

  1. Uに境界線はあるが、Uはその境界線を含まない。
  2. U, Vが2つの領域(土地)のとき、UとVに重なり(共通部分)があってもよい。

3人の地主がいて、所有する土地を U1, U2, U3 とすると、人間世界では U1∩U2, U2∩U3, U1∩U3 は空でないと紛争になりますが、そんなことは気にしないのです。また、U = 空 とか U = X (Xは空間全体)でもかまいません。

「計算できる数」としては、とりあえず実数を選んで、R = (実数の全体) とします。Rに普通の加減乗除を考えます。基礎となる数体系を一度選ぶと、すべての計算は基礎体系とその拡張のなかで行うことになります。別な言い方をすると、基礎となる数体系を変えると、すべてがガラッと変わるかもしれません。

さて、例えば X = 球面 のような状況を考えます。座標成分は、X→R のような関数です。Xが球面なら、その上の1点は2つの数値で特定できるので、2つの実数値関数 f, g:X→R が必要です。p∈X に対して、点pの座標 (f(p), g(p)) が対応することになります。

実は球面の場合、2つの実数値関数 f, g だけで完全な座標システムを作れないことがわかっています。X = U∪V のように空間を領域に分けて、U上ではfとg、V上ではuとvのようにするとうまくいきます。このことは、「座標関数(の組)がいつでも大域的に取れるわけではない」という教訓となります。

まとめると:

  • 空間Xをいくつかの領域(例えばUとV)に分けて、それぞれの領域上に座標関数の組を割り当てると、座標幾何の方法(=デカルトのアイディア)が使える。

関数の集合

座標(の成分)は、空間Xやそのなかの領域U, Vなどの上で定義される関数です。X→R という関数のとある集合を F(X, R) のように書きましょう。「とある集合」が曖昧ですが、具体例としては、X上の連続関数の全体なら C0(X, R) と書くのが習慣です。空間X全域ではなくて、領域U上で定義されている連続関数の全体なら C0(U, R) と書きます。

関数の値は常に実数と約束してしまえば、C0(X, R), C0(U, R) を C0(X), C0(U) と略記してもかまいません。領域U上で通用する座標成分 f, g は C0(U) から選ぶことになります。空間の次元がもっと高いなら、関数達 f1, f2, ..., fn ∈C0(U) を組(関数のタプル)にして座標とするでしょう。

C0(-) の肩に乗っている0は、微分が0回できる(要するに出来るとは限らない)ことを意味します。n回(階)微分が出来て、その結果が連続である関数の全体は Cn(X), Cn(U) のように書かれます。特に、何回でも微分できる関数の集合は C(X), C(U) と書きます。

関数が微分できるの/できないのと言えるためには、空間Xに位相空間以上の構造が必要です。一方で、Ck(X), Ck(U) などがハッキリと決まってしまえば、それが「微分できる/できない」の構造を決めているのだ、とも言えます。いずれにしても、関数の集合が空間の構造を体現していることになります。

空間上の層

ここで記号法を少し変えます。今まで、C0(-) と書いてきたものを c(-)、C(-) を s(-) とします。'c' は「連続=continuous」から、's'は「なめらか=smooth」からです。それにしても何で太い小文字なのか? 実はコンヌ/コンサニ論文などでは花文字大文字を使っているのですが、それは面倒なので代替記法です。太い大文字は別な意味で使っているので、太い小文字くらいしか残ってないのですよ。というわけで、関数の集合は太い小文字、ということで。

空間Xに対してそのなかの領域と言っていたものは開集合です。Xの開集合の全体はOpen(X)と書きます*1。Open(X)は集合の包含順序から順序集合となります。順序集合は圏とみなせるので、以下Open(X)と書いたらそれは圏だとします。圏の対象は開集合で、U⊆V のときの射を [U, V] と書きましょう。

空間Xの開集合Uに対して、c(U)やs(U)は(それが定義されているなら)関数の集合ですから、圏Setの対象となります。以下のように定義すれば、c(-)やs(-)は反変関手となります(cの例で記述)。

  • 対象 U∈|Open(X)| に対して、c(U)∈|Set|
  • 射 [U, V]∈Mor(Open(X)) に対して、c([U, V]) は、V上の関数をU上に制限する写像 c(V)→c(U) in Set

一般に、圏Cから圏Dへの反変関手と自然変換の圏(関手圏)を [C, D]* と書くことにすると、csは(それが定義されているなら)、関手圏 [Open(X), Set]* の対象になります。csは単なる関手ではなくて、「整合的な部品を貼り合わせて大きな関数を作ることができる」性質を持ちます。この「貼り合わせ可能性」を持つ関手を(sheaf)と呼びます*2

層の典型的事例としてcsを引き合いに出したのですが、必ずしも関数の集合である必要はなくて、関手圏 [Open(X), Set]* の部分圏として層の圏を定義できます -- 「貼り合わせ可能性」も圏と関手の言葉だけで記述できるからです。空間X上の層の圏を Shf[X] と書きます*3

圏に値を取る層

前節で、U∈|Open(X)| に対する c(U) は集合だと考えました。だから、Open(X)→Set という関手になったのです。しかし、より一般に圏Cに対して Open(X)→C という関手を考えることができます。反変関手の圏 [Open(X), C]* のなかで貼り合わせ可能性を持つ関手をCに値を取る層と呼び、その全体([Open(X), C]* の部分圏)を Shf(C)[X] と書きます。Shf(Set)[X] を Shf[X] と略記したのです。

典型的な層の例であるc(連続関数の層)にしても、集合圏Setに値を取ると考えるのはあまり適切ではないと気が付きます。なぜなら、関数には演算が定義されているからです。f, g∈c(U) のとき、足し算 f + g は、(f + g)(p) = f(p) + g(p) (p∈U)として定義できます。同様に掛け算も定義できます。つまり、c(U) は可換環になっています。

ですから、cの値の圏は、集合圏Setより可換環の圏CRingがふさわしいことになります。可換環の圏CRingに値を取るX上の層の圏は Shf(CRing)[X] と書けますから、cは圏 Shf(CRing)[X] の対象ということになります。

層のインデックス付き圏と幾何空間

Xを空間として、圏Cに値を取る層の圏が Shf(C)[X] でした。ここで、空間Xを色々と変化させてみましょう。まず、位相空間連続写像の圏Topの部分圏Tをとります。T = Top としてもかまいません。あるいは、タチの良い空間、例えばコンパクトハウスドルフ空間だけの圏をTとしてもかまいません。

空間ごとの層の圏を寄せ集めた {Shf(C)[X] | X∈|T| } を考えます。X |→ Shf(C)[X] という対応は、Tの対象ごとに圏を割り当てます。さらに、空間のあいだの連続写像 r:X→Y があると、この連続写像に沿った層の押し出し(push forward)により関手 Shf(C)[X] → Shf(C)[Y] が定義できます。このへんのことは「モノイドだけで作る幾何空間 準備編」に書いておきました。

「モノイドだけで作る幾何空間 準備編」の最後で注意したように、Shf(C)[-] はインデックス付き圏(indexed category)となりますから、グロタンディーク構成を適用できます。インデックス付き圏(共変か反変かは気にしないことにします)Shf(C)[-]:TCat に対するグロタンディーク構成(平坦化)を Flatten(Shf(C)[-]:TCat) とすると、これが幾何空間の圏となります。

幾何空間の圏の定義には、層の値の圏C位相空間圏の部分圏Tがパラメータに入っています。つまり、次のようになります。

  • GS(T, C) := Flatten(Shf(C)[-]:TCat)

座標幾何の一般化

ここで、冒頭近くで提示した2つの問を再掲します。

  1. 点や図形とは何か。
  2. 計算できる数とは何か。

幾何空間の圏 GS(T, C) という定式化においては、「点や図形とは何か」に答えるのが位相空間圏の部分圏Tです。X∈|T| であるとき、Xを幾何学的対象物と認めるということです。一方、「計算できる数とは何か」は、層の値の圏Cにより指定します。例えば、C = CRing の設定では、「計算」とは可換環の演算だし、「数」とは可換環の要素です(ちょっと比喩的な表現ですけど)。

まとめると、幾何空間の圏 GS(T, C) とは、圏Tに属するモノ(対象)とハタラキ(射)を幾何学的対象物として、圏Cが提供する計算を使って分析する枠組みなのです。基本的な手法としては「点や図形を数で表し、数の計算により図形の性質を調べる」を踏襲しています。よって、幾何空間の圏もデカルトの解析幾何の系譜にあると言えるでしょう。

幾何空間 GS(T, C) の枠内で「一般化をする」とは次のようなことだと思っていいでしょう。

  1. 空間として認める範囲の圏Tをできるだけ広く取る。
  2. 計算手段を提供する圏Cへの要求をできるだけ低くする。

二番目の計算能力への要求を下げるとは、次のことです。

  1. 使える演算の種類を減らす。例:割り算と引き算をなくす。
  2. 計算法則を減らす。例:掛け算の可換性を仮定しない。

可換環(その全体はCRing)は比較的に高い計算能力を持つので、これより演算と計算法則を減らした計算体系に置き換えると「一般化」になります。今回は、可換付点モノイド(commutative pointed monoid)あるいは同じことですがゼロ付き可換モノイド(commutative monoid with zero)の圏CMoZを使いたいのです。

空間として認める範囲Tは最大に取って T = Top としちゃいましょう。すると、次が目的とする幾何空間の圏となります。

  • GS(Top, CMoZ)

パラメータT, Cを具体化しても、GS(Top, CMoZ) は漠然としています。GS(Top, CMoZ) のなかで扱いやすい対象と射からなる部分圏を取り出して、それに注目したほうがいいでしょう。そのような良い部分圏のひとつがスキームの圏 Sch(Top, CMoZ) です。

スキームの圏 Sch(Top, CMoZ) を、圏Topと圏CMoZから具体的に作り出すのが次の課題となります。はい、復習ここまで。

*1:Top(X)と書かれることもよくあります。

*2:Open(X)の空集合に対する値に条件を付けることもあります。

*3:sheafの複数形はsheavesなので、sheaves on X ならShv[X]が適切かもしれません。